Coolier - 新生・東方創想話

アリスのメリークリスマス! -回想~前日-

2005/12/24 00:11:54
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一ヶ月前のこと。
香霖堂に珍しいマジックアイテムが入ったというので見に行った。
丁度魔理沙と出くわし、そのアイテムを巡ってさんざん言い合いした挙句
弾幕勝負にまでなり、そしてアリスが勝利してそのアイテムを手に入れた。
悔しがる魔理沙の表情は他の皆に見せてやりたいものだった。

軽い足取りで家に帰り、鍵を開けて中に入る。

「ただいまー」

出かけるときは人形達に留守を頼んでいるので、帰ったときは
きちんと挨拶をするのがアリスの習慣。
靴の泥を落とそうと、靴棚のブラシに手を伸ばそうとしたとき、
奥の部屋から物音が聞こえた。

(……?)

皿を運ぶような、カチャカチャと陶器が鳴る音がする。
昼食に使った食器なら既に自分で片付けてたはず。
別に人形達には特に何も頼んでいないのだが。

靴の泥を落とし終わり、ドアを後ろ手で閉める。
居間に向かおうと足を進める。



空気が、変わった。



(え―――――)

ぴたり、と歩が止まる。
その先の空間は明らかに異質だった。
そこから先だけ、世界が違う。

どくん。

まるで自分一人が世界から切り離されたような感覚。
暗闇の海に投げ出され、誰からも見向きもされないような孤独を感じる。

どくん。

アリスの歩を止めたのは、その異質な空気による直接的なものではない。
それによって呼び起こされた、一つの結論。

誰かが、いる。
この先の部屋に、何者かがいる。

アリスは、足を前に出す。
更に、もう一歩。

もう、そこにいるのが誰だかわかっていた。
その空気が。気配が。そこから湧き出るオーラそのものが。

アリスは、その人物を知っていた。



「久しぶりね、アリス。」



居間のソファに腰掛け、

人形の淹れた紅茶を手に取り、微笑みかけてきたのは。



「神綺―――様―――――」



紛れも無く、魔界神その人だった。









アリスのメリークリスマス!

   -回想~前日-








何故だろうか。

久しぶりに会った神綺様は、片手に紅茶のカップを持ち、
もう片手でお茶を持ってきた人形の髪を撫でつつとても穏やかな表情でこちらを見ていた。
まるで母のような、姉のような暖かな視線をこちらに送り、微笑んでいた。

それなのに。

こんなに不安な気持ちになるのは何故?

「どうしたの?折角久々に会ったんだもの。一緒にお茶でも飲まない?」
「は、はい」

家の主であるはずの私が逆に促され椅子に座る。
神綺様は静かに紅茶を飲みながら私のことを見ている。
私は何故か目を伏せた。
正面から見ることができなかった。

しばらくして、上海が慣れた手つきで紅茶を持ってきてくれた。
私は有難うも言わずカップを手に取ると、俯いたまま静かにお茶を啜った。
お茶の表面に映り込んだ私の顔は、どこか怯えてるように見えた。

どうして、私は怯えているんだろう。



「よく出来た子たちね」

不意に、神綺様から声がかけられた。
私は思わず顔を上げる。
神綺様は、相変わらず優しげな微笑をたたえたまま座っていた。

「貴方は随分変わった。誰も信じず、誰からも信じられず、ただ一人で生きていた貴方とは、もう違うのね」

少しぼんやりした視線で神綺様は私の方を見る。
今あの瞳には、昔の私の姿が映っているのだろうか。

「……神綺様は、昔と全然変わっていない」

呟くようにポツリと、私は言った。

「あはは、それもそうよね。私が変わると魔界も変わる。
 だから今の魔界は、貴方が知ってるあの魔界そのものよ。」

私が知っている魔界。
ひやりとした空気。呼吸をするかの如く魔力が漲る不思議な世界。

まるで自分がその世界そのものと一つになったようで、
世界から拒絶されているかのような感覚。

魔界とはそういう世界だ。
住民にとってはこの上なく居心地がよく、永い時を過ごしていける。
私はその永い時を、人形や本と共に過ごした。
他人と交わらず、交わろうともせず、一人の殻に閉じこもっていた私。
私は、何故そんなに他人を拒んだのだろう?
今となっては判らないし、判ろうとも思えない。

私は今、魔法使いのアリス・マーガトロイドとして幻想郷にいる。





「神綺様、何故ここに来たんですか?」

紅茶のカップが空になったところでテーブルに置き、初めて真正面から神綺様の顔を見る。
私の言葉を聞いたとき、僅かにその微笑が崩れたように見えた。

「そうね、簡潔に言いましょう」

神綺様はカップをテーブルに置くと、
膝の上で手を組み、目を閉じてふぅ、と一息ついた。

そして、目を開いた。
―――その顔から微笑は消え、慈愛や母性といったものは欠片もなくなっていた。



まっすぐにこちらを見る視線に



思わず背筋が寒くなった。





「アリス、魔界に戻りなさい。」







―――――え?



「貴方を魔界から出したのは、元々はあの人間の魔法使いに勝つためでしょう」



戻って来いということは、つまり―――――



「もう既に貴方は彼女と互角に渡り合えるようになり、事実何度も勝利しているのでしょう。
 それなら目的は果たしたはず。それなのに何故戻ってこないのかしら?」



―――この幻想郷を捨てろと?



「それに魔界はもう荒れ果てた世界ではなく、美しく再生したわ。
 それなら、もう帰ってきても良いんじゃないかしら?」



神綺様が何かを言ってきても、もう何も聞こえなかった。
目は何も写さず、脳は思考を停止させる。

魔界へ帰るですって?

じゃあこの幻想郷は、この家は、―――みんなはどうすればいいの?



またはぐれて、あの一人ぼっちに戻る?



そんな、そんなの―――嘘だ―――――



「じゃあね、今日はこれを伝えに来たかっただけ。
 一ヶ月後に迎えに来るから準備しておきなさい。」

その言葉で。
不意に現実に引き戻される。

……一ヵ月後ですって?

冗談じゃない。
ここで何としても断らないと。

「それじゃ」
「ま、まって―――待って!」

やっとの思いで、擦れた声を搾り出す。
ソファから立ち上がったときに勢いでテーブルに膝をぶつけてティーカップを落としてしまう。
僅かに残っていたお茶がスカートに染みを作ったが、そんなことにも構っていられなかった。

「神綺様、その、私は―――」
「魔界に戻りたくない、とでも言うのかしら?」
「―――――ッ」

半目でじろり、と睨まれる。
反論は許さない、という意思が込められた視線だ。

それでも、私は言わなければならない。

「……はい。私は、幻想郷に留まります」



暫しの静寂。
完全にその場から動きというものが無くなった。
人形達は私と神綺様をじっと見つめ、
神綺様は厳しい目つきで私を睨んだまま、
そして私は……それこそ蛇に睨まれた蛙のように縮こまっていた。
外は風すら吹かない。
静寂がじわじわと私を蝕んでいく。
深い湖の底にいるように静かで、冷たく、息苦しい。

ふとした既視感。
魔界で時折感じていた苦しい感じは、これに似たものではなかったか―――

それは絶対の孤独。
誰にも振り向かれず、気付かれることすら無い。

独りであった私は、それが孤独であることすら気付かなかった。
……他人と接し、温かみを知ってしまったからには。

陸上に上がり、地上に適応していった古代生物のように、
私はもう、湖の底へは戻れない。



………静寂が染み入ってくる。
体がじわじわと凍っていくような感覚に、私は耐えきれず声を上げようとした。

「はぁ」

神綺様が、肩の力を抜いて溜息をこぼす。
それだけで辺りの張り詰めた空気が、さっと流れどこかへ消え去った。
緊張が抜け、その場にへたりこんでしまいそうになるのをなんとか堪える。

「まったく、しょうがないわねアリスは」

呆れた、と言わんばかりの表情を浮かべ、神綺様は腕を組んで私を見つめる。
先ほどのような威圧感や圧迫感は感じない。
そのことに、少し安心した。

「神綺様、それじゃあ―――」

もしかして、この幻想郷にこのまま居てもよいのだろうか。
意外と言ってみるものなのかもしれない。

神綺様は暫く目を伏せて、そして言った。

「それじゃあ、期限を設けましょう」

―――期限?

「そうね、12月25日の0時……聖夜までに魔界に帰るか、帰らないかを決めなさい」
「25日……」








「もしその時までも帰らないのなら、貴方はこの世界から消滅する」







――――――――――――。



「アリス。これは勧告ではない、命令なのよ。そのことをわきまえて行動しなさい」

―――消滅?

私が?

「大人しく魔界に戻るか、私の命に逆らい此処で消滅を迎えるか。それは自分で考えなさい」

消えたくなければ魔界に帰らなければならない。
魔界に帰りたくなければ消えるしかない。



それは、つまり。



どちらにしろ、幻想郷にはもういられない。



「……あ……あああ………」

へなへなと、その場にへたり込んだ。立っていられなかった。
こんな、こんな残酷なことがあるか。
これじゃあ最初より更に最悪な状況になっただけだ。
どうして。どうして。
何で何で、どうして、どうして!!



「じゃあね、アリス」

……神綺様は、捨て猫を見放すように冷たく一瞥し、踵を返した。

「あ……」

待って。神綺様……やめて、お願い―――――

「まっ…て……」

既に神綺様はリビングを出て、玄関へ向かっていってしまった。
部屋からその姿をうかがうことが出来ない。
―――追いかけないと。

「待って…待ってよ……神綺様ぁ……」

視界が滲む。
涙が出るのを堪えきれなかった。
おぼつかない足取りで、ふらふらと後を追う。

バタン。
玄関のドアが閉まる音がした。
神綺様は足早に家を出てしまった。
待って―――話を聞いてよ。

「やめて……やめて……神綺様……」

胸が締め付けられる。苦しい。息が、声が出ない。
ふらふらと、半分壁に寄りかかるようにして歩きながら、玄関にたどり着く。
ドアノブを捻り、倒れ掛かるようにしてドアを開ける。
そのままの勢いで地面に倒れた。

「……神綺様……」

泥だらけの顔で視界を上げると。



もうそこには、誰もいなかった。



 * * *



最初に視界に飛び込んできたのは、いつも見慣れた自分の部屋の天井。
柔らかな毛布の感触で、ここがベッドの中ということに気付いた。
上体を起こすと、上海と蓬莱が突然私に抱きついてきた。

「……あ」

よく見ると、床には土で汚れた私の服。
更に洗面器と、泥汚れが付着したタオルが何枚か置いてある。

どうやら私はあの後気絶してしまったらしい。
その後、人形達がこの部屋に連れてきて、服を変えたり汚れを拭いてくれたのだろうか。

上海と蓬莱が私の胸にぎゅっとしがみついてくる。
……その小さな手が握り締める力が、なんだか無性に悲しくて。

私は二人を抱きしめたまま、泣いた。



「よ、お目覚めか……っと、お邪魔だったかな」

―――え。

な、なんで……

「まり、さ……」
「ああ、隣の魔理沙さんだぜ」

魔理沙が。なんで私の家に。
いや別にあんた隣でもなんでもないでしょ。
ていうか泣いてるとこ見られた?いやなんでここにいるのよ。

「あー、ちょっと暇つぶしに寄ったんだが、玄関先でぶっ倒れてたからなぁ。
とりあえず服脱がせて体拭いて寝かせておくことにしたんだが」

え、え、ちょっと待って。
じゃあ、私を部屋に運んでくれたのは魔理沙?
それはいいけど……って、脱がせたのも……!?
え……あ………あああ。ああああああああああ。

「何か具合悪いのか?顔色が赤いんだが熱でも……」
「きゃあーーーーーーーー!!!」
「おわぁーーーー!!!??」



       ~少女物投中~



「はー、はー」
「ぜぇぜぇ……お、落ち着いたか?アリス…」
「あう、あううううう……」

うぅぅ、恥ずかしい。
魔理沙に着替えさせられた上に、こんな取り乱しちゃうなんて……。
あたり一面が投げ飛ばした物だらけになっちゃって足の踏み場も無くなったわね…。

「あー、なんだ、勝手に服脱がしたのを怒ってるなら、あれは不可抗力だ。すまんすまん」
「うぅぅ……」

確かに恥ずかしいけど、でもそれは有難いことだし。
……本当ならお礼を言うはずなのに、なんでこうなっちゃうんだろ……。

「じゃあな、元気みたいだし、私は帰ることにするよ」

魔理沙は片手をひらひらと振ると、そのまま部屋から出て行こうとした。

―――その姿が、去っていく神綺様の姿に一瞬重なって。

「ま、待って!」

私は無意識のうちに、呼び止めていた。

「んー?」

暢気な声を上げて、魔理沙は振り返った。
……ここで言っておかないと、後悔するかもしれない。
私の時間は、僅かにしかないのだから―――

「その……わざわざ、ありがとう」

……ああ、やっぱり、はっきりこういうことを言うのは苦手だわ。
どうにも恥ずかしくって、くすぐったい。

「ほぅ、お前から感謝の言葉を聞くとは。こりゃ明日は雪かな?」

ちょ、それどういう意味よ。
折角正直に感謝を述べたっていうのに。

「ははは、そう怒った顔するなよ。どういたしまして、アリス」

そういって魔理沙は軽く手を振ったあと、さっさと家を出て行ってしまった。
窓の外に、箒にのって飛んでいく魔理沙の白黒姿が見える。

後に残されたのは、私と、部屋中に散乱した無数の家具や小物ばかりだった。



ちなみにこの夜、この時期にしては妙に早い大雪が降ったのは私のせいではないと思う。



 * * *



泣くだけ泣いて、悩むだけ悩んで。
数日後、ふと私は出かけることにした。

神社に行くと、霊夢は雪かきもしないまま炬燵で丸くなっていた。
寒いからさっさと襖を閉めろとせかされ、そんなに寒いなら肩出し服やめたら?と言ったら
そんなことしたら腋という名のアイディンティティが、と反論された。
お茶を数杯飲み、他愛も無い会話をして神社を出た。
結局、肝心なことは話せなかった。
そんなことを言う空気じゃなかったから。



外に出て、白銀の世界を飛んでいると冬の妖怪に出くわした。
今日は最高の天気ね、と言われ、どこがだーと心の中で突っ込みつつ、そうね、と返しておいた。
そこで唐突だけど、さっきから言いたいことを彼女に聞いてみた。

「もし、あと少ししか生きられなかったら最期に何をしたい?」

彼女は顎に手を当て少し考えて、私だったら、と前置きし、
最期まで冬を感じながら生きるわね、と言った。
とりあえず有難うと言って、その場を去った。
それが私なら、最期まで人形達に囲まれて生きる……?
……特に参考にはならなさそうだった。



そのまま飛んでいくと、綺麗に凍った湖に出た。
すると、どこからともなく湧いて出た氷精がちょっかいを出してきたので
上海のレーザーで綺麗に撃ち墜としてあげた。
もう少し相手との力量差を見極めなさい。それが今の貴方に積める善行よ。





はぁ。
大した収穫も無いわねぇ。
こうしている間にも時間がどんどん経っていく。
もしかしたら私は物凄く無駄な時間を過ごしてるんじゃないかしら。
あと少ししか生きられなかったら最期に何をしたいか、ということを聞いて
何か良い意見があれば良いと思ったのだけれども。
というか、まともに話せるような相手がなかなかいない……。
それに会ったところで、このような話は切り出しにくい。
事実、霊夢にも言い出せなかった。
空気を悪くするのは目に見えてるし、感の鋭い霊夢はこちらの考えに気付くかもしれない。

そういう、恐れも半分はある。
できれば、私が長くは幻想郷にいられないという事実は言いたくなかった。
私には言う勇気も無いし、言ってしまえば自分が耐え切れなくなりそうだったから。

それにしても、しばらく凍った湖の上を飛んでたせいか妙に寒いわ。
そういえば紅魔館はこの近くのはず。
パチュリーに会えば小悪魔がお茶くらい出してくれるかも。



紅魔館は、白銀の雪の中でもその紅さを失わず聳え立っていた。
雪に落ちた血の雫が色を着けるならこんな感じになるのかしら。
まあ、それはどうでもいい。とりあえず正門に下りていく。
私はパチュリーのお陰で館に入ることを許可されているので、どこかの白黒さんみたいに
不法侵入する必要もない。

「あら、アリスさんこんにちは」

ふと、下方から声をかけられた。
その先には、緑の服を着込んだ門番の姿。
やはり寒いためか、ジャケット風の上着を羽織り、やや厚めの靴を履いている。
流石にこの季節ではチャイナスカートの下にズボンを履いているようだ。

「こんにちは、図書館に用があるのだけれど良いかしら?」
「大丈夫ですよー。パチュリー様も喜びますし。それじゃお通ししますね」

正面入り口の重い鉄の扉を開けて、どうぞ、と促される。
……あ、中に入る前に聞いておこうかしら。

「ねぇ、美鈴さん」
「はい?なんでしょう」
「あー、特に深い意味は無いんだけど…
 もし、あと少ししか生きられなかった場合、貴方なら何をして過ごすかしら?」
「あと少ししか……ですか」

うーん、と腕を組んで考え込む。
普段が楽天的な彼女は、こういう時にどう答えるんだろう?

「そうですねぇ、私は……自分に正直になって生きますね」
「正直、に……?」
「はい。ほら、やっぱり生きてるとあるじゃないですか。
 ずっと意地ばっかり張って素直になれないこととか。
 あと少ししか生きられないとしたら、そういう意地も全部捨てて
 素直な気持ちを残してから去りたいですね」

―――――素直な、気持ち。

私は、意地ばかり張っていた。
嬉しいのにありがとうも言わず。楽しいのに笑わず。
伝えたいことも伝えず。泣きたくても泣かずに。

ああ、私は何て勿体無い一生を送ってきてたんだろう。
今、彼女の言葉で目が覚めた。
―――素直になろう。みんなと笑いあい、楽しみながら―――

「そうか―――」
「アリスさん?」
「ありがとう、貴方の言葉、とてもいい参考になりそうだわ」
「え?参考ですか?」
「ああ、深く気にしないで。やっぱり私帰るわ。わざわざごめんなさい」
「え?わ、わかりました。それじゃお気をつけて」
「美鈴さん」
「はい?」
「……ありがとう」

ぽかーんとした顔の彼女をその場に、私は急いで家に帰った。





家に帰り着くなり、私は自室へ向かう。
大量に鎮座した人形達に軽く指令を出すと、一斉に目を覚ます。

「貴方達、これから忙しくなるわよ!頑張ってね!」

窓を開け、ぱちんと指を鳴らして人形達を外に送り出す。
一塊になって飛んでいった人形達は、少し上昇した後、四方八方に散っていった。



自分に素直になる。
それなら、もうやることは決めていた。
笑っていたい。楽しみたい。
みんなに笑ってもらいたい。楽しんでもらいたい。
……そして、もうすぐクリスマス。
ここから出る答えは一つ。



私は幻想郷のサンタクロースとして、皆に笑顔を届けにいく。



なんて安直かしら、と自分でもおかしくなっちゃうけど。
最後なんだし、そのくらいはっしゃけてもいいでしょう。
だって、自分に素直になるんだから。
変な意地はもうお終い。
変な奴と言われるかもしれない。
笑われたり指さされたりするかもしれない。
それでも、独りでいなくなるよりずっといい。
私がここにいたという証を、最期に遺したいから。



クリスマスに幻想郷を回るとなると、どれほどの時間がかかるものか。
なんとか25日になる前には終えるようにしないと。
0時を過ぎてはもう間に合わない。
ギリギリでもいいから、ちゃんと時間内に回れるようにしないと。





……そうすると、確実に私は消滅するけども。



構わない。
私は”魔界に戻りたくない”のだから。
幻想郷のアリス・マーガトロイドのままでいたいから。



自分に素直に。



 * * * * *



うーん。
あ、朝か。顔が冷たい。今日も冷え込みが厳しいみたい。
起き上がるのが億劫だけど、時計を見るともう8時。
今日は忙しいんだから、早く起きないと。

23日。今日が最後の準備の日だ。

居間の暖炉に火を入れる。
外は相変わらずの雪みたい。
窓の結露が凍ってて直接は確認できないんだけど。
家の周りだけ雪が積もらないように魔法を仕掛けておいたから、ドアが開かなくなるということは無い。

居間が暖まってきたので、パジャマを脱いで服を着る。
外出するわけではないので、シンプルなスカートとタートルネックのセーターを着込む。
まずは朝食準備。
上海にお茶を準備させ、蓬莱にトーストとスクランブルエッグを任せて私はスープを煮込む。
分担作業はやっぱり早い。10分ほどですぐに朝食が出来上がった。
……あら、蓬莱ったらトーストの片面を少し焦がしちゃったわね。
気まずそうにうつむいちゃってる。叱られると思ってるのかしら。
その小さな頭を撫でてやる。怒られないと判って、すぐにほっとして喜ぶ。
大丈夫、トーストはおいしく焼けてるわよ。
スクランブルエッグも上手に出来てるわ。途中で上海が手伝ってたみたいだけど。
それに上海、貴方の淹れるお茶はいつも美味しいわ。ありがとうね。

朝食を終え、食器を片付ける。
……さて。早速作業にとりかかるとしましょうか。
今日はプレゼント準備の最後の仕上げ。
紅魔館で働くメイド達や門番隊の人たちにも一人一人にプレゼントをする。
門番隊が33人、メイドが89人。合計で112人分のクッキーを焼く。
できるならクッキーは作り置きせずに前日に作ろうと思っていたので予定通り。
一人あたり5枚を贈るとすると、合計560枚のクッキーを焼かねばならない。
間に合うかしら。いや、間に合わせなきゃ。

「さぁ、みんな協力お願いね!」

人形達に指令を出し、早速調理に取り掛かる。
さぁ、あとは時間との勝負。
流れ作業で作業効率を高め、一気に作りきってしまおう。





「で、できたぁ……」

全てが完成したのは夕方の5時。
作業を始めたのが9時頃だから、8時間近くずっと調理してたことになる。
うー、首と肩が痛い。
えーと、出発は深夜0時。だからあと7時間の余裕がある。
かなり疲れてしまったから、明日に疲れを残さないように今から寝たほうが良い。
台所の片付けは人形達に任せるとして、私は風呂に入ることにしよう。

湯に浸かると、じんと体の芯から温まる。
全身の疲れがほぐれて、思わず眠ってしまいそうなほど気持ちいい。

……よく考えたら、これが私の最後の入浴になる。
明日は入浴の時間もとれないからだ。
体を隅々まで綺麗に清め、髪も丹念に洗いきる。
気が済むまで、ずっと湯に浸かる。
この心地よい温もりもこれで最後かと思うと、思わず涙がこぼれそうになる。
だからこそ、本当に気が済むまで、ずっと湯に浸かる。

……たっぷり1時間近くを入浴に費やしてしまったけど、構わない。
湯船の栓を抜くと、勢いよく湯が流れ出し、すぐに空っぽになった。
さぁ、これで一つ未練が無くなった。

綺麗さっぱり体を拭いて、パジャマに着替える。
この服も、着るのはこれで最後。
私の好きな、綺麗な水色で、肌触りがよく着心地が良い。
見た瞬間にお気に入りになって、ずっと綺麗に使ってきた。
染みがついたときなんか大慌てしたっけ。
完全に落としきれず、僅かに残ったそれを見て思い出す。

……物思いに耽ってばかりではいけない。
本番は明日。0時になったらすぐ行動開始。
既に夕方の6時を回っている。明日は一日中活動するのだから、
今から眠っておかないととてもじゃないけど体力がもたない。
居間の暖炉の火を消し、ランプも順次消していく。
部屋を照らすのは雪明りのみ。
その中で、私はベッドに潜り込む。
絶対に寝過ごさないよう、人形達に起こしてくれるように頼んでおこう。

枕元には、昨晩作り終えたサンタクロースの衣装。
試着してみたけど、文句なしの完璧な出来栄え。
明日は皆の驚く顔が見物だわ。

―――さぁ、本当にもう寝よう。



 * * *



不意に、人形に髪の毛を引っ張られるのを感じて目を覚ました。
髪の毛以外にも、服やら布団やら、頬まで引っ張られてる。
ちょ、ちょっとちょっと。頬は痛いってば。

……あ、今は……11時45分。
そうか、そろそろ出発の時間。
布団から身を起こし、ベットから起き出す。
パジャマを脱ぐと、寒さが肌を刺す。ああもう、なんて寒いのよ。
十分に重ね着をして、例のサンタ服に袖を通す。
……うん、やっぱりバッチリ。それに暖かいし、これなら外も平気。
脱いだパジャマは綺麗にたたんで、やはり枕元に置いておいた。
また、綺麗にベッドメイクをして、部屋に一切散らかりがないようにする。
―――これが俗に言う、身辺整理ってやつかもね。
綺麗に片付けきった部屋は、鳥肌が立つほど整えられていた。

現在時刻は11時50分。
物置部屋に人形達を引き連れて向かう。

大き目のドアを開けた、その部屋の中には
巨大なプレゼント袋が無数に鎮座していた。
一つ一つがかなりの重量を持ち、それが複数。
下手すれば200kgほどか。私の筋力では全てを持ち上げることはできないほど。
―――これを全て、一日のうちに運び終えるのは骨が折れる。
しかし期限は今日一日限り。遅れることは許されない。
覚悟を決め、人形達と一緒にプレゼント袋を外に運び出す。

家の表は雪が積もらないように工夫してあるとはいえ、多少はやはり積もる。
とはいっても、粉雪がうっすらと被る程度だけど。
その庭の中央に、白く雪化粧を被ったものがある。
あれはカバーをかけてあるので、中のものまでは濡れてもいない。
そのカバーを手にとって、一気に取り除く。



中には、魔法仕掛けで空を飛ぶ赤い大型のソリ。



やっぱりサンタといったらソリに乗っていかないと。
それにこれなら、あの大量の荷物も一度に乗せて運ぶことができる。
トナカイがいないのは仕方ないけど、人形達と一緒に飛ぶほうが私らしくて良い。

人形達に指示を出し、荷物をソリに積み込ませる。
……これで、家にはもう用が無くなった。
私は玄関に立つ。
もう目を閉じても家具の配置や通路の形状などがまざまざと映るほど見慣れた家。
その家とも、今日でお別れ。

居間に立つ。
ぐるりと見回してみる。
とても今日まで私が住んでいたとは思えないほど、がらんとしていた。
主が居ない家は死ぬ、とどこかで聞いたことがある。
まさに、そうだろう。
主がこの家を出ることを、家自身がわかっている。
私は……涙が出てくるのを堪えなかった。堪えようともしなかった。
壁に手を添える。もう、何かが抜けてしまっていた。

「ありがとう……」

静かに。どれだけ込めても込め足りない、感謝の念を精一杯込めて、私は家にお礼を言った。

みしっ、と少しだけ、床が軋んだ。



外に出て、家の鍵を閉める。
これで、この家とも本当にお別れ。
誰かが窓かドアを破るか、それこそ煙突から入りでもしない限り
この家が息を吹き返すことは無いだろう。
名残惜しい気持ちを胸に仕舞い、私は既に待機してるソリに向かって歩き出した。

荷物を満載したソリは、人形達に導かれるようにゆっくり夜空に浮かんでいく。
星こそ出ていなかったけど、ふわふわと舞う牡丹雪が美しい。

最後に、眼下の家を一瞥し、私と人形達は夜空に駆け出した。







さぁ、幻想郷のクリスマスの始まり。









         クリスマス・イヴへ続く
何このイタくて強情なアリス!
何この極悪人な神綺様!
ごめんなさいごめんなさいごめんなs

というわけで前章の倍以上になったのですが、6時間でなんとか書けるもんなんですねぇ。
時折意識飛んでたけどっ。

さてあと一日、更にこれの倍近くになるであろう最終章。
今から書いてきます!!!111

うはwwwwwwテラヤバスwwwwwwwww

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コメント



0.4680簡易評価
22.70名前が無い程度の能力削除
JIH・・・じゃなくて今は丼さんでしたな。
このキャラの珍しい一面が新鮮ですが、何気にメイリンがキーなのも個人的にポイントです。
26.100tera削除
うん、いい。
30.80削除
神綺様テラヒドス。子の心親知らずとはこの事か。

何故か美鈴が試しの門を七の門まで開いてるところを幻視しました。
35.100名前が無い程度の能力削除
スバラシスwwww
アリスがんばれ
52.80HBK削除
悲しみを背負ったアリスは強そうですよね。
64.100名前が無い程度の能力削除
テラヤバスw
ガンガレアリスwww
70.90名前が無い程度の能力削除
読んでて涙出た
107.80名前が無い程度の能力削除
ママ…どうなるの_