肌を差す冷たい風にあおられ、満天の星空の下、不死鳥人間藤原妹紅は空を飛んでいた。
背中の籠には、竹細工を満載している。
竹とんぼ、水鉄砲、竹馬、虫篭、竹で作った動物の人形等々。
それらを背負いて向かうは、親友上白沢慧音の家。
人里から少し離れたそれを見つけ、妹紅はふわりと庭に着地する。
いつもの癖で縁側に回ろうとして、今は夜でなおかつ冬ということに気がつく。
この真冬に縁側を開けっ放しにするバカはいない。
玄関に回り、不死鳥の炎を解除すると途端に寒気が体を襲う。
「ううう、さぶい~~~」
勝手知ったるなんとやら。玄関から居間へ。
居間の襖を開けると同時に荷物を降ろし、炬燵にもぐりこむ。
「は~、あったかいわ~」
「玄関からここに来るまでにそんなに冷えるものじゃないだろう」
妹紅の竹細工を一つ一つ包装しながら、妹紅の対面で慧音がつぶやく。
「慧音~。ミカンがないよー。こないだ里のおばちゃんから沢山もらってたのはどうしたのよ」
「それの八割を消費したのはどこの誰だったかな」
指が黄色くなるまでミカンを食べた時の事を思い出し黙る。
「それよりも竹細工ありがとうな。おかげで随分助かったよ」
「他ならぬ慧音の頼みだからそれはいいんだけどねー。それ何に使うの?」
包装できた竹細工やおもちゃを白い大きな袋に入れていく。
「ん? 今日が何の日が知らないのか?」
言われて、壁にかかった薄い日めくりを見る。
「あー、そうか。今日はクリスマスイブだっけー」
千年以上生きていれば、そういうイベントはどうでもよくなる。
「なるほど。そういや去年もそんなことやってたねぇ。それで今年も慧音サンタ出動ですか」
「妹紅もだが、思いのほかプレゼントの入手先が増えてな。結構バリエーションがついたのが嬉しい」
「へぇ、それって誰?」
「魔法の森の人形遣いと香霖堂だよ」
意外な名前に目をぱちくりさせる妹紅。
「香霖堂はともかくとしてさ。あの人形遣いが素直に頼みごと聞いてくれるとはねぇ」
「なぁに、ちょっとした取引をしただけさ」
その時のことでも思い出したのか、くすくす笑う慧音。
「まいいけどさ、配るの大変そうね? 手伝う?」
プレゼントを詰め終えたのか、肩にかつぐ慧音に声をかける。
「おや、そっちからそういってくれるのはありがたい。頼もうかどうしようか迷ってたんだ」
しまったーという顔をして、こたつに埋もれる妹紅。
「今日のわたしはこたつむり。こたつがないと生きていけないのよー」
「それは残念だな。妹紅にもちゃんとプレゼントは用意してあるのに。手伝わない悪い子にはサンタさんは来ないよなー」
もぞもぞと炬燵の中から這い出てくる。
「慧音、それ卑怯」
「私だってこの寒い中、一人でプレゼント配るのはしんどいんだ」
「私はホッカイロ代わりなのね。慧音の愛がつらいわ」
よよよと崩れ落ちてみる。
「で、手伝ってくれるのかくれないのか?」
「最近けーねまじセメント。わかったわよ、慧音に働かせて一人で炬燵もぐってるのも心苦しいし」
やれやれと言ってこたつから出てくる。
「じゃ妹紅。これを被ってくれ。それとこれが妹紅の分な」
渡されたのはサンタの帽子とプレゼントの詰まった袋。
「ちゃっかり用意してあるんだから~。慧音には敵わないわね」
帽子を被り、自分の分の袋を背に担ぐ。
「さ、行こう。今晩は私達二人がサンタクロースだ」
玄関を開け、外に出る。
「ま、たまにはこういうのもいいかな」
何故か心が弾む。千年の間に大分心は磨耗したと思っていたのに。
「あ、プレゼントが燃えるから炎の羽は無しな?」
「がーん」
「で、どうやって配るの? まさか不法進入?」
木枯らしの吹く中、里の上空を飛ぶ。妹紅は袋が燃えない程度に炎を出して暖を取っている。
「そんなわけないだろう。まぁ見ていろ」
そういって一軒の家の裏へ降りる。
「妹紅。プレゼント」
「あ、はい」
袋の中から一つ取り出して慧音に渡す。
慧音はそれを持って裏口を軽く叩く。ぱたぱたと廊下を叩く音がして、裏口がそっと開く。
顔を出したのはやや小太りの女性。
「あらあら、慧音様じゃないですか。こんな夜中に御用ですか?」
「いやなに、今日はクリスマスだろう? ここの庄助にプレゼントを持ってきた」
「ああ、そういえばそんな時期でしたねぇ。おかげでうちの子もなかなか寝付いてくれなくってねぇ」
「ははは、いや楽しみにしてくれるようでこっちも嬉しいよ。ほら庄助の欲しがっていた独楽だ」
「すいませんね、本当に。あ、寒いでしょうからお茶の一杯でもどうです?」
喜んで、と言いかけた妹紅の口を裏拳で塞ぐ。
「まだまだ回らなくてはならないのでな。気持ちだけ受け取っておくよ」
「そうですかぁ、残念ですね。じゃサンタクロース頑張ってくださいね」
「ああ、任せておけ」
そういって笑顔で答える。
「と、いうわけだ。さぁまだまだ配る家はたくさんあるんだ、しゃきしゃきいくぞ!」
「慧音痛いよ寒いよ」
「あっ、けいねせんせいだ! こんばんわ!」
二軒目で出てきたのは子供だった。丸刈りの頭に利発そうな目がよく似合う。
「ちょ、慧音。サンタってバレるとやばいんじゃ……」
わたわたする妹紅をよそに慧音の態度は堂々としていた。
「こら与作。夜更かしはあれほどするなといってあるだろう」
「いまどきの子供はこんくらいの時間にも普通起きてるって! それより先生、こんな夜更けに何の用? あっもしかしてヨバイか!」
意味もわからず使っているのだろう。ぽかりと子供の頭を叩く。
「そういうセリフはあと10年してから言いなさい。それよりもほら、サンタさんからのプレゼントだ」
手に持っていた武者の人形を渡す。
「うお、先生ありがとー! やっぱ先生はいい人だな!」
「うんうん、だからもうちょっと宿題はきっちりやろうな?」
「あちゃー。これ受け取っちゃったら、真面目にやるしかないじゃないか」
してやられたとばかりに顔を手で押さえる。
「ふっふっふ。してやったりだ。ちゃんと年明けには宿題提出するのを期待しているからな?」
「わかったよぅ。それより他のヤツのとこにも配るんだろ? ぐずぐずしてないで早くいったほうがいいんじゃない?」
「言われなくともそうするさ。それよりもこの事は……」
「わかってるって! 他の奴には内緒、だろ?」
笑いながら頭をくしゃくしゃに撫でてやる。
「じゃ先生達は行くから、おまえは早く寝るんだぞ?」
「わかったよ! 先生も頑張ってな!」
そういって、家の中へ戻っていく与作。
「子供は可愛いなぁ、妹紅」
「ただのマセ餓鬼じゃないのよ……」
「そういうな、ほら次へ行くぞ」
そんなこんなで里中に配り終えたのはそれから二時間後だった。
「寒い寒い寒い寒い~!」
慧音の家へ戻ってくるなり、再びこたつむりと化す妹紅。
「妹紅もお疲れだったな。おかげで大分助かったよ」
「みかんくれたら慧音に裏拳食らったことは忘れておいてあげるわ」
炬燵の中からくぐもった声が聞こえてくる。本格的にこたつむりと化した様だ。
「一休みしたらまた配りにいくぞ? まだあと4人残っているんだからな」
お茶を持ってきた慧音の言葉に妹紅はぽこりと炬燵から頭だけ出す。
「まーじーでー、里には全部配ったじゃない。あとは何処が残ってるっていうのよー」
「里に住んでいない人間だぞ? そんなのあいつらしかいないじゃないか」
「……あーあー、まさかあいつら? あれ人間の領域超えてるじゃない。あんなのに配らなくていいって」
「何言ってるんだ。あんなのでも人間だぞ。なら配らないと不公平というものじゃないか」
ちゃんとプレゼントも用意したしな、といって更に大きい袋を取り出す。
「紅魔館と魔法の森と神社だっけ。全部回るとなると結構時間かからない?」
「あとは白玉楼もだな。まぁ紅魔館と白玉楼には話を通してあるし大丈夫だろ。それに今年は永遠亭もいくぞ」
いつの間にそんな手回しをしていたのだろうか。妹紅の知る限りそんな事をしていたとは思えないのだが。
「その一言だけで行きたくなくなったんだけど……」
永遠亭は妹紅にとっては鬼門である。
「今年は人間に配ると決めたからな。こればっかりは譲れないぞ」
「仕方ないわねぇ。けど、永遠亭だけは絶対に手伝わないからね」
本気で嫌がっているのを無理矢理やらせても仕方がない。永遠亭なら一人でもなんとかなるだろう。慧音はこっちが折れる事にした。
「わかったわかった。永遠亭だけは手伝わなくて良いから。さて体もあったまった事だし、行くとしようか」
立ち上がり、マフラーを首に巻いて荷物を肩に背負う。
「やれやれ、何も起こらないといいんだけどね」
妹紅もそう言って立ち上がる。
今日はせっかくの聖夜だ。荒事はなるべく控えたい。そんな事を妹紅は祈った。
聖夜であっても紅く染まる紅魔館。
今日も今日とて門番紅美鈴は職務を全うしていた。
「さむい~~~。みんなは中でパーティか。咲夜さん差し入れ持ってきてくれないかなぁ」
淡い希望に望みを託すも、咲夜はパーティを取り仕切っている身。忙しすぎてそんな暇はないだろう。
「今年も去年みたいに、門番隊の皆と残り物で一日遅れのパーティかなぁ」
それはそれで楽しいのだが、それでも一抹の寂しさはぬぐえない。
そんな美鈴の視界に紅い鳥が移る。それは次第に大きくなり美鈴の前に着地する。
「はい到着~」
赤い鳥の正体は言わずもがなの藤原妹紅である。
「妹紅の背に乗ると暖かくていいな。今度からはそうするか」
「勘弁して慧音。結構疲れるんだよそれ……」
身構えている美鈴の前で漫才を始めた二人を見て、構えを解く。
「なんだ、慧音さんか。変なのも付いてるからわからなかったじゃない」
変なの扱いされて怒る妹紅を無視し、話しを進める慧音。
「いや、すまないな。まぁ細かい事は気にしないでくれ。それより準備は大丈夫か?」
「もちろん! 着替えは詰め所にあるからそこで着替えてね」
そう言って通用門を開けてくれる。
「そうそう、皆は東棟のホールで妹様とパーティしてるから近づかないように。咲夜さんの部屋は西棟の2階の一番奥よ」
「そうか、ありがとう。東棟には近づかないようにするよ。」
一言礼を言って通用門をくぐる二人。
「ねぇ慧音。着替えってなに?」
敷地中に入ったところで妹紅が聞く。
「この格好で紅魔館内部をうろつくわけにはいかないだろう?木を隠すなら森の中。メイドを隠すならメイドの中、だ」
そして詰め所の机の上に用意されていたのは二着のメイド服。
「やっぱりそれに着替えるわけね……」
うんざりした表情の妹紅。夏の肝試しの件といいメイドにあまり良い印象は無い。
「ほら、早く着替えろ」
手渡されるメイド服に複雑な表情の妹紅であった。
紅魔館のバカでかい廊下を二人のメイドが歩く。
「ねぇ慧音。足元がスース-するんだけど」
ふだんモンペを履いている妹紅はミニスカートは違和感があるものなのだろう。
「それくらい我慢しろ。わたしは胸がきついんだ」
サイズを考えてなかったのか、それとも故意になのか。慧音のメイド服は胸が強調されるデザイン。妹紅はミニスカートであった。
「ううう、腰冷えそう……」
お互いに微妙に気まずくなり黙る。こういう体のラインが出る服は慧音も妹紅も苦手であった。
廊下を歩くこと数分。目的の部屋にたどり着く。
「ここが、十六夜咲夜の部屋か……」
本人のキャラのせいか、メイド服を着ているせいか。部屋の扉がやけに大きく見える。
扉を開けるとそこは壁一面の刃物刃物刃物。あまりの数に少々呆然とする二人。
「ほんと、イメージ通りの部屋ね。うわ、これってグリフィンじゃない。こんなもの何処で手に入れたのよ」
妹紅が手にしたのはその名の通り、鷲の嘴に似た刀身に三日月型の抉れが入った美しい短剣。
「こっちはグルカナイフ……。なんというか見境ないコレクションね、これ」
長年生きているせいなのか、やたらと武器に詳しい妹紅。
そうやって部屋を見渡していた妹紅の視線が一点で止まる。
そこは咲夜のベッドの上。枕元に安置されている一抱えもある物体。
「えーっと、スヌー○ー?」
そこに鎮座していたのは紛れも無いスヌーピーの人形。普段のイメージとそれ以外の部屋の装飾品からは想像もつかない物体。
「うむ、はやり私の見立てに間違いはなかった」
そういって同じくらいの大きさの紙袋を枕元に置く。
「え? 慧音はこの趣味の事を知ってたの?」
半ば放心状態の妹紅をよそに一人頷いている慧音
「まぁな。プレゼントを配るのに好みがわからなくてはどうしようもない。だから少々歴史を食わせてもらった」
プレイベートもクソもあったもんじゃない。もしかして自分の好みも知られているんじゃなかろうか。そう思い妹紅は不安になる。
「なに、そうそう人の歴史なんて覗かないさ。ましてや、お前が10歳までおねしょしてたなんて知ってるはずもないからな」
「やっぱり知られてるぅううううう」
頭を抱えてうずくまる妹紅。
「ほら妹紅。プレゼントは置いたし早くここから出よう。でないとお前の秘密を輝夜に」
「わかったわかった! わかったからそれだけはやめて」
忍び込んだ時と同じように詰め所で着替え、門を出る二人。
「お疲れ様、その様子だと首尾は上々みたいね」
「ああ、これもおまえのおかげだ。ありがとう」
礼を言って頭を下げる
「いえいえ、どうしたしまして。危害を加えるつもりならともかくこういうのなら大歓迎ですよ」
意外に融通が利く性格だったようだ
そんな風に答える美鈴をみて、妹紅は美鈴に対する印象を変える。
美鈴に見送られながら飛び立つ二人。
「さ、次はあの黒白魔法使いのところだ」
「あいつは普通に起きてそうなんだけどなぁ」
魔法の森の一角にある小さな家。それが霧雨魔法店である。
「ねぇ慧音。明かりがついてるんだけど……」
傍の森の木の陰から様子を窺う二人。
確かに、魔理沙の家の窓からは煌々と明かりが漏れている。徹夜で研究でもするつもりなのだろうか。
「まったく。クリスマスくらいちゃんと寝なさいっての」
毒づく妹紅。
「とりあえずもうちょっと近づいてみよう。もしかしたら、寝ているかもしれない」
窓からの視界の死角に入るようにこそこそと近づく。窓からこっそり中の様子を覗いてみれば。
「あ……、寝てる」
そこには、魔道書を枕代わりに机に突っ伏して寝ている魔理沙がいた。
そんな魔理沙を微笑ましくみている妹紅の肩を叩く慧音。
「妹紅。予想通り扉には魔法がかかっている。無理矢理破っても魔理沙が目覚めてしまうだろう。そこで、おまえの出番だ」
「へ? どういうこと?」
「サンタだからな。あそこから忍び込むのさ」
慧音の指差す先には暖炉の排気用の煙突。確かにあれなら人一人くらいは入れそうだ。
「で、なんで私なの?」
「おまえなら万が一、暖炉で火が燃えていても死ぬことはないから大丈夫だ」
びしっと親指を立てる慧音。
「最近、慧音の私に対する扱いがどんどんひどくなってるよう」
文句をいいつつも、屋根に上がる。煙突からは煙は出ていない。覗いてみれば多少火は燻っているものの、あの程度なら耐えられるだろう。
「じゃ行って来るわ。プレゼントは何を渡すの?」
慧音が袋から取り出したのは普通に包装された紙袋。触ってみる限り中身は布のようだ。
「これ服っぽいんだけどさ。もしそうなら慧音の手編みだったりするの?」
「まさか。それを作ったのも人形遣いだよ。というのもこれが取引材料でな。魔理沙にこれを届ける代わりに、子供達に配る人形を作ってもらったわけだ」
まさかそういう事情があろうとは。それにしても、人形遣いもひねくれているというか。
「直接渡せばいいのにねぇ。素直じゃないんだから」
でも、それはそれで乙女らしくて好感が持てる。自分はとっくにそういうものは無くしてしまったから。
そんな事を考えながら、煙突を慎重に降りる。両側の壁に手を置き、足でバランスを取って降りていく。
「げふげふ、もう服が煤だらけじゃない。慧音ったら後で覚えておきなさいよ」
手や足を真っ黒にしながら、暖炉から這い出る。
部屋の中は魔道書で乱雑に散らかり、ところどころに服が散乱している。生ゴミが見当たらないだけまだマシなのだろうか。
大きな音を出さないように本を書き分け、魔理沙の机へ近寄る。
そっと寝顔を覗けば、あどけない寝顔。魔法のランタンに照らされている無防備で柔らかそうなほっぺを思わずつつきたくなる。
「こうやってると可愛いんだけどねぇ」
近くの椅子にかかっていた毛布をかけ、そっとプレゼントを置いてやる。
「ま、今日は勘弁してやるよ。メリークリスマス」
再び煙突を這い上がる。出る際に煙突に炎を落とし暖炉に火をつけてやる。これで風邪を引くことはないだろう。
「今日は随分優しいんだな」
「ま、今日くらいはいいでしょ」
冷やかす慧音に笑って答える。
「さ、ちゃっちゃと終わらして帰って鍋でもしましょう」
「まったく、鍋なんて用意してな……」
「実は用意してるんでしょ?」
「……まぁな」
桜花結界を越え、白玉楼の庭に降り立つ。
「上空は随分寒いと聞いたが、妹紅を連れて来て正解だったな」
「私は慧音のホッカイロじゃないんだけど。しがみついてくるから重いし……」
「私が、お・も・い? そんなわけはないよな、も・こ・う?」
正に蛇に睨まれた蛙状態の妹紅。
「はい、慧音は軽かったです、はい」
「わかればよろしい。では、妖夢にプレゼントを渡しに行くとしようか」
すたすたと歩き出す慧音。
「ねぇ慧音。例によって話はつけてあるんでしょ?」
「うむ。亡霊の姫に話したら、一服盛って置くと。そう言われた」
「一服って……。まぁ確かにあの子じゃすぐに気配感じて起きちゃうか。にしても、えげつないわね」
幾らなんでも、従者に一服盛るなんて。呆れる他はない。
「さて、この部屋で寝ているはずだがな」
縁側伝いに歩き、一室の前で止まる。そっと障子を開ければ、部屋の真ん中ですやすや眠る妖夢。枕元には二本の刀。
一服盛られているとはいえ、妖夢は達人。油断は禁物とばかりにそぉっと忍び足で近寄る妹紅。
「さすが……。ここまで近づいても起きないなんてどんだけ強力なの飲ませたのよ。……って慧音は何で入ってこないのよ」
「い、いやほらあれだ。見張りだよ見張り」
あわてて弁解する慧音。だが、基本的に幽々子と妖夢しかいない白玉楼でいったい誰が来るというのか。
――また、いざという時の盾にするつもりだったわね。
不死身といえども、斬られると痛いのだが。
「それにしても、気難しい寝顔よね……」
魔理沙の寝顔は可愛かったのだが、妖夢はどことなくしかめっ面である。時折うなされているところを見ると悪夢でも見ているのだろうか。
「この子も苦労しているのね……」
なにかと慧音に便利アイテム扱いされる自分の境遇と照らしあわせ、思わず同情する妹紅。
「ま、そんなあんたにもプレゼントっと……」
事前に慧音から渡されていた長方形の箱をそっと枕元に置いてやる。
そして入ってきたときと同じように部屋の外へ出る。
「おつかれ、妹紅」
「ねぇ慧音。たまには危ない橋を渡ってみようとか思わない?」
「思わない。叩いてつぶれるような石橋は石橋じゃない。それは泥舟だ」
即答。
「そう、じゃもういいわ」
肩を落とす。何を言っても無駄なのは長年の付き合いでわかっている。だが、時には聞いてみたくもなる時もある。
「じゃ次行きましょう」
飛び立とうとする妹紅の腰に慧音がしがみつく。
「慧音、何してんの?」
「ほら、また桜花結界越えないとだめだろ? 寒いじゃないか」
「……」
文句を言う気力をもなくしたのか、鳳凰の羽を広げて妹紅は飛び立った。
桜花結界を越え、竹林を飛ぶ二人。
「次はどこ? もう幾つも残ってないと思うんだけど」
「ああ、次は永遠亭だな。妹紅を人間というなら輝夜も人間ということにしなければ問題だろう」
その言葉に絶句する妹紅。
「やっぱりあんなのにプレゼントなんてあげなくていいって! むしろ寝首をかくべきよ」
「妹紅の気持ちもわからなくもないが、今日だけは譲れないな。嫌なら外で待っていてもいいんだぞ?」
慧音がこうと決めたら頑として譲らないのはわかっていた。
「そうする……」
永遠亭が見えたところで、妹紅は離脱。慧音一人で永遠亭を目指す。
永遠亭の扉を叩くと、薬師の永琳が顔を出す。
「あら、いらっしゃい。随分遅かったわね」
「ちょっと色々手間取ってな。それよりも輝夜は?」
扉を抜け、無限廊下を歩きながら問う。
「ちゃんと寝かしつけてあるわよ。結構大変だったんだから……」
「まさか一服盛ったわけではないよな?」
白玉楼での事を思い出し聞いてみる。
「何言ってるの。幾らなんでもそんな事するはずないじゃない。……ウドンゲを使っただけよ」
狂気の瞳を持つ月兎の事を思い出す。催眠で無理矢理眠らせたのだろうか。どちらにしろ一服盛るのと大差ない。
「さ、ここが姫の部屋よ。起きるかもしれないからそっとね?」
襖を開け、部屋の中央で寝ている輝夜に近づく慧音と永琳。
「あぁ……姫、寝顔も素敵ですわ……」
どこか別の世界にでも逝きそうな永琳を無視し、枕元にプレゼントを置く。香霖堂で見つけた珍しい機械。慧音にはそれの価値はまったくわからないが、月の住人だった輝夜なら使えるだろう。
いまだ恍惚としている永琳を一発叩いて、部屋の外へ出る。
「ありがとう。プレゼントが何かはわからないけれど、姫も喜ぶわ」
「そうそう、おまえにもプレゼントがあったんだ」
そういって、手渡すのは両脇にピンクのラインが入った紺色のリボン。
「あら、私にもくれるの?」
「細かい事はさておき、おまえも人間の範疇には入るだろうからな」
「どうせならウドンゲにもあげればいいのに……」
文句を言いながらも、嬉しそうに三つ編みの先をリボンで縛る。
「どう、似合う?」
蝶の形に結ばれたされたそれは、永琳の銀髪とも相まって妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「悔しいくらいに、よく似合っているよ。喜んでもらえてなによりだ」
「あら、もう行くの? 残り物で悪いけど料理くらいだせるけど」
「外で妹紅を待たせているのでな。それに、まだ配り終えていないところがある」
「そう、それじゃ頑張ってね」
残念そうにしながらも見送ってくれる永琳。
「ああ、機会があれば酒でも飲み交わそう。おまえとは何かと気が合いそうだ」
互いの相方の関係上なにかと共感する部分が多い二人であった。
外に出ると妹紅が心配そうに近寄ってくる。
「大丈夫、慧音? なにもされなかった?」
「まったく心配性だな妹紅は。さぁ次で最後だ。気合いれていこうか」
「そうね、いい加減あったかいお風呂に飛び混みたいところよ」
夜の博麗神社。宴会の会場ともなるこの場所も今は閑散とし風の音が響くのみ。
「昼間は結構にぎやかな感じなんだけど、夜ともなると寂しいわねぇ」
いつもは賑やかなだけに、それが一層際立っている。
「さて、霊夢は奥の母屋かな」
境内から母屋へ向かう。
「そういや、霊夢には何あげるの? なんかそういうのってあいつに限ってはまったく思いつかないんだけど」
「ああ、私も悩んだんだよ。 歴史を見てもさっぱりわからないからな」
「その割に結構重そうなのが入ってるみたいなんだけど……」
大きく沈んでいる袋を指差す。
「ああ、仕方が無いから即物的な物を持ってきた。ムードはまるでないんだがな」
「 ? 」
そんなこんなで母屋に辿りついた二人を待ち受けていたのは最大の障害。
「ねぇ慧音。これって二重結界とか言わない?」
「いうな妹紅」
母屋の周りに張り巡らされた二重の結界。妖怪どころか人間すら侵入を許さない鉄壁の防御。
「これじゃ枕元に置きにいけないねぇ。どうしよっか……」
「妹紅もいるし破れないことはないんだが、それでは霊夢が目を覚ますしなぁ」
二人して頭を抱える。一筋縄ではいかないと思っていたが、まさかこれほどとは。
そんな二人の背後から声がかかる。
「あらあらお二人さん。何をそんなに悩んでいるの~?」
振り向けばそこにはスキマ妖怪。
「んげっ! いつぞやのスキマじゃない。冬眠してるんじゃなかったの?」
「あらあら失敬ね。今日は聖夜よ? 寝ているなんてもったいないと思わない?」
中空のスキマから上半身を出しケラケラと笑う。
「すまない、八雲紫殿。あなたの能力を見込んで頼みがある」
覚悟を決めた顔で紫に話しかける慧音。
「ちょっと慧音。本当にこんな胡散臭いのに頼むの? 後でなにを請求されるやら……」
「仕方ないだろう。私達ではあの結界を越える術はないんだからな」
「なにか事情がおありのようね。私に何か御用?」
慧音は事情をかいつまんで話す。
人間にプレゼントを配っていること。霊夢に配ろうとおもったが結界が邪魔でプレゼントをおくことができないこと。
「なるほどねぇ。別にそれくらい構わないけれど、私は高いわよ?」
慧音は慌てず懐から何かを取り出し紫に見せる。
「西行寺幽々子のブロマイド5枚。うち1枚は入浴シーン」
「乗ったわ。で、どれを置いてくればいいの?」
スキマ妖怪の豹変振りに妹紅は空いた口がふさがらない。
「これを枕元に頼む」
「これって……。随分と生々しいプレゼントねぇ。」
「現金よりはマシだ。それに他に喜びそうなものを思いつかなかったんだ」
慧音は肩をすくめる。
「それもそうね。じゃちょっと置いてくるわね」
そう言ってスキマへ消える紫。
「ねぇ慧音。その生写真どうしたの?」
「私の変身シーンを盗み撮りしていた天狗から奪った」
満月時の慧音の変身シーンを盗み撮り。あの天狗も命知らずなものだ。妹紅は心から同情する。
「さて、置いてきたわよ~」
紫がひょっこり現れる。
「ああ、手数をかけたな。ありがとう」
「いえいえ、どうしたしまして。それと、これは私からあなたたちへのプレゼントよ」
そういって四角い箱を渡してくれる。
胡散臭げに箱を受け取る慧音。
「信用しなさいな。それはただのケーキよ。この聖夜に頑張った貴方たちへの御褒美と思ってね」
「そうか、そういうことならありがたく頂くとするよ。疑ってすまなかった」
「じゃ私は他の妖怪にも色々配ってくるわね。それじゃ~」
再びスキマの中へと消えていく。
残されたのは慧音と妹紅と、手の中にあるクリスマスケーキ。
「さて、妹紅帰ろうか。いい加減体も冷えすぎだ。帰って炬燵にでも入りながらこいつを頂くとしよう」
「そうね、帰ろっか」
人里へ飛び去る二人の背後には綺麗に輝く半月の月。
その月をバックに、トナカイのソリに乗ってプレゼントを配る赤い服の老人の姿があった。
「ふぅ、今日は特に疲れたわね」
パーティの後片付けもひと段落し、十六夜咲夜が部屋に戻ってこれたのは明け方であった。
今頃妹様は、紅魔館住人全員からのプレゼントに埋もれて安らかに眠っていることだろう
プレゼントの受け取った時の妹様の笑顔を思い出すと自然に笑みがこぼれる。こんな時がメイドとしての至福の瞬間でもある。
そんな咲夜の目に止まったのは枕元にある大きな紙袋。付いているカードには「メリークリスマス」と書かれている。
いったい誰の仕業だろう。紅魔館のメイドは全てホールに居たのを確認しているし、美鈴が持ち場を離れるはずはない。
いぶかしみながら紙袋を開いて出てきたのは、熊のぬいぐるみ。
「これって……」
ふと昔の事を思い出す。小さい頃この熊のぬいぐるみが欲しくてショーウィンドウに噛り付いていたものだ。
「確かテディって言ったかしらね」
ぎゅっと熊の人形を抱き締め、顔を埋める。
誰かが侵入したのであれば美鈴が気づいているはずだ。でもまぁ問い質すのは後回しにしよう。
今はこの熊と一緒に寝るという誘惑に勝てそうにも無い。
「ん……ふあぁ~あ……よく寝たぜ……」
窓から差し込む朝の光が瞼を差す。昨晩はついつい研究に没頭するあまりそのまま寝てしまったらしい。
背伸びをする魔理沙の視界に入ったのは机に置いてある紙袋。
何かと思い、開けてみれば出てきたのは白い毛糸のマフラー。
「おお、こいつはいいな。去年のはいい加減ぼろくなってきたとこだったんだ」
さっそく首に巻いてみれば、真新しい毛糸の感触が心地よい。
いったい誰の仕業かと思えば、床に転々と残る黒い足跡。それは暖炉から出てきて、暖炉へと戻っている。
「ということは煙突からの侵入者か。……いい加減サンタなんて信じる年齢じゃないんだが」
でもまぁいいか。おかげで来年からは寒さに苦しむことは無いだろうから。
妖夢の寝覚めは最悪であった。
頭痛に軽い眩暈に吐き気とまともに動けそうにない。風邪かとも思ったが、引くような原因は思い当たらないし、体も特に熱っぽいわけでもない。
ふと昨晩、寝る前の幽々子様の様子が思い浮かぶ。体があったまるとといって出してくれたホットミルク。あれになにか仕込まれていたのではなかろうか。
「また紫様と宴会でもしたのかしら……」
睡眠薬を盛られたのはこれが始めてではない。夜通し宴会したい時などはよく眠らされる。そのくせ、時々本当に心配して差し入れしてくれる のだから性質が悪い。
大きく溜息をついた妖夢の視界に、枕元のプレゼントが目に入る。
「なんだろう、これ」
開けて見れば、出てきたのは派手だが嫌味ではない装飾がほどこされたペーパナイフ。刃物を扱う妖夢にはそれが相当の値打ち物であることが分かる。
そういえば昨晩はクリスマスイブ。じゃあこれはプレゼントだろうか。でもいったい誰が?
そこまで考えて睡眠薬のことが思い当たる。まさかプレゼントするために睡眠薬を?
まさかそこまではという疑惑とそうだったらいいなという期待がごちゃまぜになる。
「まぁいいか」
手の中にあるナイフを見つめる。
どちらであろうとなかろうと、おそらくプレゼントを置いたのは幽々子様だ。
せめてものお礼に、今日の朝食は好物のメニューにしよう。
自然と妖夢の表情が綻ぶ。さっきまでの不快感はどこかへ消えていた。今日はいい一日になりそうだ。
「姫、そろそろ朝です。いい加減お目覚めになってください」
朝食の時間になっても起きてこない輝夜の様子を見に来た永琳が見たのは、寝起きの格好のままで何か二つ折れの機械を弄っている輝夜の姿であった。
枕元に封の解かれた箱があるので、おそらく昨晩のプレゼントであろう。
「姫、そろそろ朝食の時間でございます。一旦お辞めになって広間のほうへ……」
やんわりと諌める永琳の言葉を輝夜の声がさえぎる。
「ちょっとえーりん! ここ日本よね!? なんてWi-Fi入らないのよ! これじゃ対戦できないじゃない!」
「……は?」
あまりの輝夜の理不尽な怒りに思わずあっけにとられる。
「何やってもいいからWi-Fi入るようにして頂戴! 対戦できないとこのソフトの価値なんて半減よ!」
「わかりました。わかりましたから、朝食を摂りに来て下さい」
ウドンゲの耳を改良したら何とかなるだろうか。心の中で溜息をつく。
「……わかったわ。一人用はもう遊び尽くしちゃったしね。」
そう言って着替え始める輝夜。それを見て安心し、退出しようとする永琳に声をかける。
「ああそれとね永琳。……そのリボン似合ってるわよ」
「……ありがとうございます」
八意永琳、数年振りの心からの笑顔であった。
「……ん、今日もいい朝ね」
ほぼ日の出と共に目覚める霊夢。雀の鳴き声が心地よい。
「さて今日も境内の掃除……ん?」
起きた手の先に妙な感触。見ればそこには米袋がひとつ。
夢かと思い目をこする。頬をつねる。しかし、米袋は消えていない。
そういえば昨夜はクリスマスイブ。
「なるほど。これは普段の行いが良い私に対するサンタさんからのプレゼントね!」
さっそく台所の米櫃に米を入れる。米櫃が一杯になったのはいつ以来だろうか。
これで年末年始が無事過ごせます。ありがとうサンタさん。
で、文は結局掘(ry
「ー」がマイナスになってます。まぁ気にするほどでもないですけど、一応。
掘られる代わりに写真を出したのか、或いは「もしかして両方ですかァーッ!?」「YES YES YES (Oh,my God)」だったのか。
考えるまでもないでしょうけれど。
4人目の半幽霊な彼女がいないんですが・・・
ってことでフリーレス。この小説の完成をまってますw
というわけで、私もフリーレス。完成をおまt(←作者様にいらぬ負担をかけるな
それでは、妖夢待ちということで。
それにしても無線LANとは……。姫、幻想郷じゃワールドワイドは無理ですよ! って月からの電波が届くんですから、可能なのかも……。
嗚呼、あと+10点したいのだが上書きできない(泣)残念。
本物偽者を問わず、サンタさんのプレゼントは一人一つですか。
霊…夢…