宇佐見蓮子は割りに大雑把であるとメリーは思っている。
例えば、先日、喫茶店にて他愛無い世間話をしていたときのことである。
「そういえばメリー、貴方に何かCD貸していなかったかしら」
なんでも彼女が言うには、大切なCDを何枚か紛失したらしい。
「いやあ、誰かに貸した気もするんだけれど。普通に私が失くしたのかな? あ、もしかして中古で売ってしまったのかも」
大雑把である。
いや、無頓着に近いかもしれない。
いつもそんなことばかり言っていると、もったいないお化けが出るぞと脅かしてやりたかったが、物理学を志すものは往々にして現実主義である。
とりあえずメリーは、自分は該当するCDを借りていないと明言し、次の話題へと橋を架けるのであった。
まあ、これで終わる話であるのならば、蓮子の大雑把は日常的な笑い話として処理できるのだが、問題はまだ続く。
幾日かが経った。
今日も今日とて行きつけの喫茶にて暇を潰す女が二人。
「そういえばメリー、貴方にスリッパ貸してなかったかしら」
思わずメリーは上等の紅茶を噴き出しそうになってしまった。
誰が他人のスリッパなぞ借りて帰るか、と。そう言い返したかった。
「いやあ、誰かに貸した気もするんだけれど。普通に私が失くしたのかな? あ、もしかして中古で売ってしまったのかも」
メリーが頼るところの常識に照らし合わせれば、スリッパは普通、屋外で他人に貸さないし中古で売るケースも限りなく少ない。
まあ、ただ、この目の前にて相対する蓮子という少女をメリーの常識尺度で測ってよいかが一番の問題ではあるが。
とりあえずのところ、メリーは辛抱強く蓮子に語りかけ、スリッパは普通中古で売らないこと、他人にスリッパなぞ貸したら水虫が伝染して大変なことを理解させる。
「ああ、そうだ。そういえばスリッパは全部タンスにしまったんだったわ。ん? そういえばこの前失くしたCDもタンスに入れた気がするわね」
万事落着である。
メリーはほっと豊満な胸をなでおろした。
そうだ、いくら蓮子が大雑把だからといってスリッパやCDを異次元空間にねじ込んでしまうほど特殊なわけではない。
ただ単に、ちょびっと、ちょびっとだけ物事に対し寛容なだけなのだ。
そんなんで超統一物理学とか極められるんだろうかと心配になるメリーだが、まあそれは別のお話である。
後日
やはりいつもの喫茶店にて優雅なひと時を楽しんでいた少女二人。
今日のメリーはバイトのお金が入ったばかりで少しリッチであった。
だので、今回に限っては紅茶に加え、ブルーベリーのタルトをつけている。
ここのタルトはどれをとっても非常に洗練された味を持つ一品なのだ。
メリーはゆっくりとタルトを一切れ口へ運び、全てを味わうように咀嚼する。
その時であった。
「ねえ、メリー。タンス失くしちゃったんだけど貴方に貸してなかったっけ?」
吹いた。
容赦なく吹いた。
ブルーベリーのタルトは見るも無残な破片となって正面の蓮子に降り注ぎ、文字通りブルーベリー色の染色を施した。
「ちょっと、汚いなあ。何をそんなに驚いているのよ」
いや、むしろ蓮子が驚かないことのほうが驚く。
というかなんだ、タンスを失くした?
それはどういう状況だ。
気づいたら部屋のタンスが消えてなくなっていたのか。
蓮子の部屋には知らぬうちに相当不自然な空白の空間が出来ていたのだろう。ちょうどタンス大ほどの。
気づけ。頼むから。
でないとメリーの心臓が危うい。
「いや、なんでかしらねえ。さっぱり思い出せないの」
辛抱強く。実に辛抱強く忍耐力を持ってメリーは説得を行った。
タンスは急に消えないこと。四次元ポケットは実在しないこと。蓮子の視力に問題がないか確かめ、最近注意力散漫になっていないかどうかも問いただした。
「あー、あー、そういえば粗大ごみの日に捨てちゃったんだったわ。忘れてた忘れてた」
大丈夫なのか我らの蓮子は。
若年性痴呆症とかじゃないのか。
大丈夫なのか我らの秘封倶楽部は。
班長入院で休止とかにならんのか。
「あの中にスリッパとCDも入っていたからねえ。ちょっと今から取りに行くわよ。メリーもついてきて」
あーもー、いつも蓮子はそんなんばっかだ。
出る。間違いなくもったいないお化けが出る。
☆
近隣のゴミ捨て場である。
まあ、ゴミ捨て場であるから、多少匂いがきつい。
ゴミ捨て場であるから、ゴミゴミとしている。
そんなごみの中を蓮子は華麗に分け入って、目当てのタンスを見つけた。
「あー、これよこれ。間違いないわね」
というかなんで捨てたのか。必要じゃないのか。
「まあ、いいじゃない、そんなこと……それよりも」
蓮子は辺りを睥睨し、メリーに目配せする。
ゴミ捨て場の一角を指差し、宣言するように言葉を吐く。
「この辺って、『入り口』じゃない?」
「……え?」
瞬間、メリーの視界は暗転した。
ぐるぐると回り続ける光景。
メリーはぐっと息を呑み、奇妙な感覚に備える。
そうして幾秒か経っただろうか。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ向こう側が見えた。
『向こう』のゴミ捨て場。
きちんと使い古されて、寿命を全うした品々が軒を連ねる。
その中に、ひとつ、動く人間。
紅白の色をした巫女服を着て。
腰を屈めながら、なにやらごそごそと辺りを探っている。
やがて一段楽したのか、満足げに息をつき、顔を上げ。
片手で額をぬぐい、全てが満ち足りたような笑顔で爽やかに言う。
――あー、もったいないもったいない
そこで向こう側の光景は切れた。
「メリー、大丈夫?」
がくがくと肩を揺すぶってくる蓮子。
メリーはまだはっきりしない頭を上下に振り、無事を肯定する。
「で? どうだった? 何が見えたの?」
――。
「え? 何? 聞こえない」
メリーは小さく小さくつぶやいた。
――もったいないおばけが出た……
☆
もはや辺りは夕暮れ時となり、仕事を終えた太陽は西へ沈もうとしている。
蓮子とメリーはお互いに疲れた体を並べ、家路へとついていた。
「いやあ、まさかゴミ捨て場が入り口だとはねえ。びっくりね」
一番びっくりしたのはメリーである。
タンスとかタンスとかそんな場合じゃなかったし。
「まあ、こういうハプニングもたまには楽しいじゃない」
ああ、やはり蓮子は図太く大雑把だ。
メリーにはとても真似できないが、それがまたうらやましくもある。
……。
…………。
………………大雑把?
二人は手ぶらである。
手ぶらである。
手ぶら……。
「あ、しまった。メリー。タンス持ってくるの忘れちゃったわ」
もういやだ。
「ほら、今から取りに戻るわよ」
というかなんだ、女手二人でタンスなんて運べるわけないではないかよく考えれば。
「何とかなるわよ。まあ、なんとか」
宇佐見蓮子は割りに大雑把であるとメリーは思っている。
例えば、先日、喫茶店にて他愛無い世間話をしていたときのことである。
「そういえばメリー、貴方に何かCD貸していなかったかしら」
なんでも彼女が言うには、大切なCDを何枚か紛失したらしい。
「いやあ、誰かに貸した気もするんだけれど。普通に私が失くしたのかな? あ、もしかして中古で売ってしまったのかも」
大雑把である。
いや、無頓着に近いかもしれない。
いつもそんなことばかり言っていると、もったいないお化けが出るぞと脅かしてやりたかったが、物理学を志すものは往々にして現実主義である。
とりあえずメリーは、自分は該当するCDを借りていないと明言し、次の話題へと橋を架けるのであった。
まあ、これで終わる話であるのならば、蓮子の大雑把は日常的な笑い話として処理できるのだが、問題はまだ続く。
幾日かが経った。
今日も今日とて行きつけの喫茶にて暇を潰す女が二人。
「そういえばメリー、貴方にスリッパ貸してなかったかしら」
思わずメリーは上等の紅茶を噴き出しそうになってしまった。
誰が他人のスリッパなぞ借りて帰るか、と。そう言い返したかった。
「いやあ、誰かに貸した気もするんだけれど。普通に私が失くしたのかな? あ、もしかして中古で売ってしまったのかも」
メリーが頼るところの常識に照らし合わせれば、スリッパは普通、屋外で他人に貸さないし中古で売るケースも限りなく少ない。
まあ、ただ、この目の前にて相対する蓮子という少女をメリーの常識尺度で測ってよいかが一番の問題ではあるが。
とりあえずのところ、メリーは辛抱強く蓮子に語りかけ、スリッパは普通中古で売らないこと、他人にスリッパなぞ貸したら水虫が伝染して大変なことを理解させる。
「ああ、そうだ。そういえばスリッパは全部タンスにしまったんだったわ。ん? そういえばこの前失くしたCDもタンスに入れた気がするわね」
万事落着である。
メリーはほっと豊満な胸をなでおろした。
そうだ、いくら蓮子が大雑把だからといってスリッパやCDを異次元空間にねじ込んでしまうほど特殊なわけではない。
ただ単に、ちょびっと、ちょびっとだけ物事に対し寛容なだけなのだ。
そんなんで超統一物理学とか極められるんだろうかと心配になるメリーだが、まあそれは別のお話である。
後日
やはりいつもの喫茶店にて優雅なひと時を楽しんでいた少女二人。
今日のメリーはバイトのお金が入ったばかりで少しリッチであった。
だので、今回に限っては紅茶に加え、ブルーベリーのタルトをつけている。
ここのタルトはどれをとっても非常に洗練された味を持つ一品なのだ。
メリーはゆっくりとタルトを一切れ口へ運び、全てを味わうように咀嚼する。
その時であった。
「ねえ、メリー。タンス失くしちゃったんだけど貴方に貸してなかったっけ?」
吹いた。
容赦なく吹いた。
ブルーベリーのタルトは見るも無残な破片となって正面の蓮子に降り注ぎ、文字通りブルーベリー色の染色を施した。
「ちょっと、汚いなあ。何をそんなに驚いているのよ」
いや、むしろ蓮子が驚かないことのほうが驚く。
というかなんだ、タンスを失くした?
それはどういう状況だ。
気づいたら部屋のタンスが消えてなくなっていたのか。
蓮子の部屋には知らぬうちに相当不自然な空白の空間が出来ていたのだろう。ちょうどタンス大ほどの。
気づけ。頼むから。
でないとメリーの心臓が危うい。
「いや、なんでかしらねえ。さっぱり思い出せないの」
辛抱強く。実に辛抱強く忍耐力を持ってメリーは説得を行った。
タンスは急に消えないこと。四次元ポケットは実在しないこと。蓮子の視力に問題がないか確かめ、最近注意力散漫になっていないかどうかも問いただした。
「あー、あー、そういえば粗大ごみの日に捨てちゃったんだったわ。忘れてた忘れてた」
大丈夫なのか我らの蓮子は。
若年性痴呆症とかじゃないのか。
大丈夫なのか我らの秘封倶楽部は。
班長入院で休止とかにならんのか。
「あの中にスリッパとCDも入っていたからねえ。ちょっと今から取りに行くわよ。メリーもついてきて」
あーもー、いつも蓮子はそんなんばっかだ。
出る。間違いなくもったいないお化けが出る。
☆
近隣のゴミ捨て場である。
まあ、ゴミ捨て場であるから、多少匂いがきつい。
ゴミ捨て場であるから、ゴミゴミとしている。
そんなごみの中を蓮子は華麗に分け入って、目当てのタンスを見つけた。
「あー、これよこれ。間違いないわね」
というかなんで捨てたのか。必要じゃないのか。
「まあ、いいじゃない、そんなこと……それよりも」
蓮子は辺りを睥睨し、メリーに目配せする。
ゴミ捨て場の一角を指差し、宣言するように言葉を吐く。
「この辺って、『入り口』じゃない?」
「……え?」
瞬間、メリーの視界は暗転した。
ぐるぐると回り続ける光景。
メリーはぐっと息を呑み、奇妙な感覚に備える。
そうして幾秒か経っただろうか。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ向こう側が見えた。
『向こう』のゴミ捨て場。
きちんと使い古されて、寿命を全うした品々が軒を連ねる。
その中に、ひとつ、動く人間。
紅白の色をした巫女服を着て。
腰を屈めながら、なにやらごそごそと辺りを探っている。
やがて一段楽したのか、満足げに息をつき、顔を上げ。
片手で額をぬぐい、全てが満ち足りたような笑顔で爽やかに言う。
――あー、もったいないもったいない
そこで向こう側の光景は切れた。
「メリー、大丈夫?」
がくがくと肩を揺すぶってくる蓮子。
メリーはまだはっきりしない頭を上下に振り、無事を肯定する。
「で? どうだった? 何が見えたの?」
――。
「え? 何? 聞こえない」
メリーは小さく小さくつぶやいた。
――もったいないおばけが出た……
☆
もはや辺りは夕暮れ時となり、仕事を終えた太陽は西へ沈もうとしている。
蓮子とメリーはお互いに疲れた体を並べ、家路へとついていた。
「いやあ、まさかゴミ捨て場が入り口だとはねえ。びっくりね」
一番びっくりしたのはメリーである。
タンスとかタンスとかそんな場合じゃなかったし。
「まあ、こういうハプニングもたまには楽しいじゃない」
ああ、やはり蓮子は図太く大雑把だ。
メリーにはとても真似できないが、それがまたうらやましくもある。
……。
…………。
………………大雑把?
二人は手ぶらである。
手ぶらである。
手ぶら……。
「あ、しまった。メリー。タンス持ってくるの忘れちゃったわ」
もういやだ。
「ほら、今から取りに戻るわよ」
というかなんだ、女手二人でタンスなんて運べるわけないではないかよく考えれば。
「何とかなるわよ。まあ、なんとか」
宇佐見蓮子は割りに大雑把であるとメリーは思っている。
斜め45度から襲い掛かる笑いのせいで紅茶吹いた
紅白の巫女服っていうと・・・・
あまりの略奪に手伝わされたのか?
もったいない霊夢に、しこたま吹かせて頂きましたw
私も見習いたい。 本当に。 本当に。
いやまったくです。
そんな感じの作品でした。
もったいない、って笑顔で言う事ですかね?
大雑把にもほどがある。でもそんな貴女が好きです。
これほどまでに大雑把だと、日々が楽しそうだ。
もったいないお化けの正体は・・・
兎に角笑った、吹いた!!
霊夢さんうれしそう