湖は今日もにぎやか。
年に一度のクリスマスに、何故か紅魔館ではパーティーを開いているらしい。神をも恐れぬとはこういう事を言うのだろう。
それゆえにとてもあわただしく、活気があった。
それは湖の上でも同じ。
風の子といわんばかりに、今日も妖精たちはにぎやかにはしゃぎまわって、湖に波紋という名の綺麗な花を咲かせ、その上を踊る。
けれど今日はめずらしく、普段は見ない顔があった。
四季豊かな幻想郷といえど、空が銀色に染まる季節に舞う冬の使者が。
きょろきょろと辺りをひっきりなしに見回していて、誰かを探しているようだった。
そんな白い少女を見つけて、妖精の輪の中心に居た青い少女がぱあっと顔を輝かせた。
「レティー!」
白い少女の名前を呼びながら、勢い良く飛んでいく。
すぐ目の前まで躍り出ると、わっと子供そのままに思いっきり飛びついて。
レティと呼ばれた少女は、ぎゅっと抱きとめる。
「チルノ、こんにちわ」
胸元に顔をうずめているチルノにくすっと優しく微笑みかける。
緩やかなウェーブがかかった柔らかい髪の毛をそっと撫でてあげると、まるで子犬のように表情をふわふわにしてよりいっそう強くしがみついた。
「や、こら、やめなさいって」
困ったような笑みを浮かべると、穏やかに言い聞かせる。だけれどチルノのほうはお構い無しに甘え続けて。
ひとしきり甘え終わると、ようやっと離れた。
「来てくれてありがとね、レティ」
「ううん、こちらこそ呼んでくれてありがとうね」
軽く首を振ってえくぼを作ってレティは答えた。
年に一度の聖いこの日を、妖精たちもにぎやかに祝福していたのだ。
もちろん、その本当の意味なんて雪の欠片ほどにもわかっちゃいないが。
とりあえずドンチャン騒いでプレゼントを交換し合えばソレで良いんだと思っている。
「レティ、私からのぷれぜんと~」
早速チルノはごそごそとプレゼントを取り出す。
「じゃ~ん!!」
取り出したものを思い切り天へとかざす。
それはとてもきらきらと、冬の透き通った光を照り返して、まるできらきらした宝石のようで。
――氷で出来た、花のヘアピンだった。
「これって……」
「えへへっ、あたいあんま器用じゃないケドさ、一生懸命作ったんだ、コレ! レティの髪に……似合えばいいな、って」
チルノははにかんで、顔をまっかにしながら言う。
一瞬、レティはまるで時が止まったかのように驚いた表情をしたけれど。
とてもとても、まるで新雪のように柔らかに微笑んで、口元をほころばせた。
「ありがとう、チルノ。これ、つけてみてもいいかな?」
「うん、もっちろんだよ!」
レティの言葉にチルノは勢い良くうなずいた。
それを丁寧に最後まで見届けてから、レティはゆったりとした仕草で宝石の様なヘアピンを髪に挿す。
雪色の薄青い髪に、光を織り成して虹色にきらめく花が咲いた。
「ありがとう……大事にするね、これ……」
薄く頬を桜色に色づかせて、レティはくすっと笑った。
満面に笑みを浮かべたチルノは、満足そうにうなずいた。
「それじゃ今度は私からね……チルノが喜んでくれるといいんだけど……」
「レティのくれるものならあたいはなんだってうれしいよ」
少し不安そうにしながら懐からプレゼントを取り出す。
わくわくてかてかと、チルノは期待を押さえられずに興奮した様子で目を輝かせていた。
――――そして、世界が
「はい、これ」
レティが屈託の無い笑みを浮かべて、両手でゆっくりとプレゼントを差し出して。
――――――――凍りついた。
「……………………」
チルノは顔をこわばらせたまま動けないでいる。
相変わらず、レティはにこにこと笑ったままでいる。
その手には、夢幻の口を開いた緑色の物体がちょこんと乗せられている。
人はソレを、俗にがま口と呼ぶ。
しかもそれは鮮やかな緑色をしており、ご丁寧にかえるをかたどった目がくっついていた。
それは時間にすればほんの数秒の沈黙だったのだろう。
しかし、須臾の時は鉛のように重くチルノにのしかかっていた。
終わらない冬のように、それは長く感じられた。
「レティ……。ソレは……な……に……?」
引きつった表情のまま、ふるふると震える手で指差して、かろうじてチルノは声を絞り出した。
レティはきょとんと不思議そうにして可愛く小首をかしげながら口を開いた。
「あら、いつもチルノってばかえるを凍らせて遊んだり、大ガマさんと一緒に遊んでいるらしいじゃない? そんなにかえるさんが好きなら、せっかくなら、って思って。良く出来てるでしょう、コレ? 探すのに苦労したんだから」
ふふっと口をほころばせて笑う。私、頑張ったんだよ、と誇らしげにしながら。
あは、あははとチルノから乾いた笑い声が漏れる。明らかに無理をしているのが見え見えだったりする
のだ……が、レティがソレに気づいてくれた様子はまるでない。にこにこと笑いながら、さあ受け取って、とずいっと一歩前に突き出す。
下がりたかった。そりゃあもう逃げ出したいぐらいに気持ちがへこんでいた。
でも、だいすきなレティが、一生懸命になって選んでくれたプレゼントだから……
それをどうして、純真なチルノが足蹴にすることができよう。
震える両の手をゆっくりと伸ばして――――
彼女には無縁であろう、凍えるよな寒さに震える人間のようにガチガチになりながら、やっとのことでソレを手にした。
「あ……ありが……とう……」
雑に糊付けして貼り付けたような笑みから、ようやっとそんな言葉を搾り出す。
「あらやだ、そんな震えるほど喜んでくれなくったっていいのに……でも、大事にしてくれなきゃいやよ?」
そんなチルノの心情をまるで察することなく、とどめの一言を突き出すレティ。
それはまるで雪合戦でぼろぼろになった相手に、飛びっきり堅くした雪ダマを思い切り投げつけるかのようだった。
心無い天使の破滅の直球ストレートを全身で受け止めたチルノは、今にも崩れ落ちそうな。
それでも……レティを悲しませまいと、必死に笑顔を作ってこらえていた。
対照的にピュアな微笑を投げかけてくるレティが、悪意でやっているんじゃない……チルノにはそれがわかっていた。
天使の様な悪魔に見えたって、それは違うんだ、と幼心に強く信じ続けていた。
だけれどそれは、湖面に張った薄い氷のように、触れれば壊れてしまうぐらい、もろくて弱々しいものだった。
信じていたい。レティが、そんな人じゃないって。
少女のそんな思いは、溶けていく雪のようにはかなげで、触れただけでも壊れてしまいそうで。
と、不意に何かを思い出したように、レティはあさっての方向を向いて頬に手を当てた。
「ごめんねチルノ。ちょっと用事を思い出しちゃったから、これで失礼するわね」
「あ……うん、そっか」
ぎこちなく手を上げたチルノは、機械的な動きで手を振って送り出す。
と、背を向けて去ろうとしていたレティが不意に止まって、くるっと振り返った。
「かえるさん、あんまりいじめすぎちゃダメよ?」
いたずらっぽく笑ってからかうように言うと、レティは寒空の中に消えていった。
その姿が見えなくなるまでずっと繰り返し手を振り続けていたチルノだったけれど。
まるで糸の切れた人形のように、ふらっと体勢を崩して……
「ああっ、チルノ!?」
大妖精の叫びも届くことなく、ヒュー……と湖面に自由落下していって。
どっぼーん、と大きな水しぶきをあげて、沈んでいった。
しぶきが収まり、広がる波紋の中央には、今にもゲコゲコと言い出しそうなかえるのがま口がぷかぁと浮かんでいた。
落ちていく間際――チルノの口元がわずかに動いたのが妖精たちには見えていた。
けれど決して声にはならなかったその言葉
それは――――…………
いや、『カエル風ガマグチ』と聞いて真っ先に出たのがこれでした。