ゴトン、ゴトン
意識がはっきりしない。
いつのまにか眠ってしまっていたのだろうか。
辺りを見回して、現状を把握する。
――そう、私はお姫様。
カボチャの馬車に揺られて、どこともなく旅をしている。
ゴトン、ゴトン
馬車が揺れる、馬車が進む、くるりくるりと視界が回る。
御者の運転に不安を感じた私は、窓から半身を乗り出した。
もうちょっと静かに進んで欲しいと頼むと
薄汚い黒服を纏った御者は静かに頷いた。
私はお姫様。
カボチャの馬車に揺られ、美しい衣装を身に付けて先にゆく。
全ては一夜限りの魔法の産物だと理解している。
だから進む、私が求めるのは永遠に過ごす幸せの国。
ゴトン、ゴトン
ある国に辿り着いた。
私は窓からそれを一望する、カラフルな色彩が目に映る。
ありとあらゆる果物がところせましに育まれていた。
窓から手を出して、赤い苺をもぎ取り口に運んだ。
食欲を刺激する、芳醇な甘い香りが口に広がった。
幸せな時間が私の中に広がる。
それなのに何処か私の心は満たされなかった。
私の求めるものとは違う、ここには無い。
御者を促すとその国を後にした。
ゴトン、ゴトン
ある国に辿り着いた。
私は窓からその空気を取り入れる、暖かく柔らかいものが身を包む。
薄暗い静寂の中、静かに虫の音が聞こえ、蛍の光が飛び交う。
美しく幻想的なその空間の中で私はそっと瞼を閉じる。
安らかな心地に、そのままずっと眠ってしまいたい気分になった。
幸せな時間が私の中に流れる。
それなのに何故か私の心は満たされなかった。
私が求めるものとは違う、ここにも無い。
御者を促しその国を後にした。
ゴトン、ゴトン
ある国に辿り着いた。
私は窓からそれを迎え入れる、自律する人形がわらわらと群がる。
自立を夢見る子供のようにせわしなく動き、従者として張り切った。
私は、主人のために面白い劇をやりなさい、と命じる。
動き出した舞台、滑稽な女優が私を飽きさせなかった。
幸せな時間が私の中に創られる。
それなのに何時までも私の心は満たされなかった。
私が求めるものは違う、ここに無い。
御者を促しその国を後にする。
ゴトン、ゴトン
またある国に辿り着いた。
私は窓からそれを覗き、感じ取る。
幸せな時間が私を支配する。
それでも私の心は満たされない。
私が求めるものは無いのだ。
御者は言った、次が最後の国だと。
今宵の夢はもう終わりだと私に告げた。
ゴトン、ゴトン
最後の国に辿り着いた。
私はそっと窓から一望する。
ひゅっと一つの人形が入り込むと、甘い香りが広がった。
優しい音色が心に響く、暖かい空気に包まれ癒される。
幸せな時間が私を通過した。
私の心が満たされることは無い。
幸せの国は無かったのだ。
ゴトン、ゴトン
馬車が揺れる、馬車が進む、それなのに視界は変わらない。
辺りは一面の闇、この先には何一つ無い。
魔法は解ける。
この美しい衣装もカボチャの馬車も消えてなくなる。
夢を見たお姫様は、リアリズムの人形遣い――アリスに戻るのだ。
ゴトン……ゴトン……ゴト、
馬車が止まる。
私はそっと降りて、地面に足を付ける。
そこには何も無かった。
何も、何も。
匂うものも、聞くものも、観るものも無い。
御者が申し訳なさそうに言う。
貴女には何一つ幸せを与えられなかった、と。
カボチャの馬車が音を立てずに消えていく。
体を見ると、私の服は元のアリスの物に戻っていた。
私は言った。
いいえ、最後に私の元には確かな幸せが残った。
私に夢を見せてくれた、黒い魔法使いさん――
――目が覚めた。
意識がはっきりしてくるにつれ、私は自分の部屋に居ることに気づく。
口の涎を拭き、冷静に周囲を見回す。
目の前の机には、作りかけの人形と童話『シンデレラ』が開かれていた。
そうか、新しい人形を作ってる途中に眠ってしまったんだ。
このまま人形を作るか、もう一度眠ろうか迷った。
「お~い、居るか~?」
ノックもせずに魔理沙がズカズカと入ってくる。
私の選択肢は両方消えてしまったようだ、残念だ。
失礼極まるその態度にも、長い付き合いからか憤りといったものは感じない。
呆れるわけでもなく、むしろ慣れ親しんだいつものやり取りに心が和む。
「ほら、ケーキ持って来たぜ。クリスマスケーキってやつだ」
ぐぅ。そういえばお腹が空いていた。
体は正直に反応するが、私は突っ込まずにはいられなかった。
「クリスマスにはまだ早いじゃない、明後日よ?」
「そうか、でもケーキはもうあるんだ。
だから食べるしかないだろ、それが自然な流れだ」
ムードもへったくれもあったものではない。
私は魔理沙に呆れたような表情を示してやった。
「なんだよ、クリスマスじゃなきゃ駄目なのか?
あれか、アリスは実はサンタさんを信じてるんだな」
「冗談、そんな訳ないじゃない」
「そうか、それならケーキを食べよう。
嫌なら私独りで食うだけだ」
信じる訳が無い。
私が信じるのは、礼儀も無い、気が利かない、ムードのかけらも無い。
そんな黒いサンタさんだけだから。
ひょいっ、
「あ、先に食うなよ!」
隙を見て手を伸ばし、ケーキの上の苺をつまみ口に運ぶ。
甘い香りが口に広がった。
幾つもの夢の国を訪れ、それでも幸せを見つけられないアリス。
彼女の幸せはリアルの黒いサンタとともにあるから。
いいアリスをご馳走様でした。
赤いサンタの橇の後ろにこっそりくっついて来て、赤いサンタが良い子にプレゼントを配っている間に、黒いサンタは悪い子の部屋を訪ね、そこにジャガイモの皮だの獣の内臓だのを散らかしてくるんだそうで。
それでも反省しない悪い子は、背負った袋でぶん殴るんだとか。
世界中のサンタに関する話を集めた小話集みたいなものに載っている、オフィシャル設定らしいですよ、黒サンタ。
得られない虚無感を醸し出す……それだからこそ、黒いサンタのありがたみ
が増すというもの。
幸せな物語を、ありがとうございました。
この場合、ちょっと黒くてヤクザな鳥ですけどね。
ともあれ、綺麗な幻視が見れました。ありがとうございます~。
>>おやつ氏
原型が黒。……ふ、全く知りませんでした。
こういう素敵なアリスを書いていきたいです、またご馳走できると良いな。
>>与作氏
なんかナマハゲみたいですね、怖い……。
知識を一つありがとうございました。
>>床間たろひ氏
今回の狙いがそのまま上手く感じてもらえたようで嬉しいです。
こういうの好きなんでいつかまた書くかもしれないです。
>>名伏氏
いつも傍らにあるものこそが幸せなんですよね。
綺麗なものを視て頂けて嬉しいです、ありがとうございます。
零れ落ちないように、どれだけ気をつけたって、ぽろぽろとその手から消えていってしまう。
でも、アリスの手には、最後の一滴が、しっかり残ってくれたみたいですね。幸せになってほしいです、この二人には。お見事でした。