Coolier - 新生・東方創想話

バッドムーンの掛かる一夜に   《後編》

2005/12/22 04:18:30
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 低く腐った竹の群生は、慧音を拒むように、人間を拒むように網目を描いている。
 慧音の守る里に隣接した竹林はうっそうとしていて、まだ太陽が出ているものの薄暗い。
また環境のおかげで、すぐに湿地、苔と泥くらいしか見当たらない地面へと降り立つこと
になる。
 
 人間のかすかな気配を感じた慧音は、釣られるかのように泥の道を歩む。力強く根を張
る強靭な節くれを押して、髪が引っ掛からぬようにしながら足を進めてゆく。

 だが、もう後ろに里の見えなくなるほどに歩いた頃、もう数十分は経った頃。
「まさか」 
 慧音は震えた。足跡という足跡は湿地ではすぐに消えてしまうものだが、ここではまだ
残っていた。つけられて浅い跡なのだ。
 無数の人の痕跡として……それは地を埋め尽くすほどに。
 それも何十年も前の気配―――あの、掘り返された、歩きだした死体達のものだ。間違
いはない。
 過去の邂逅をいと懐かしく思い出し、少し足を取られつつ長い脚を進めて、長い雑草の
群れへと飛び込む。
 
 夕日の気がある。影は一層長く暗く、竹林を血染めにしてゆく。霧が出てくる季節だ。
なるべく早く切り上げないといけない。

「っと、ここは」
 少し開けた林道へと出る。ここは人が通るにはそれなりに適した場所で、慧音の友人で
ある藤原妹紅の庵へと続く道でもある。
 横道から抜けてきてしまったようだ。しかし、すぐに強く気配を感じて注意深く辺りを
見回す。

「誰だ」
 霧の立ち込める道の向こうに、複数の影が蠢いてるのが見えた。腰を低くして身構える。
紅い太陽の光と白い霧がせめぎ合い、複雑な色を出している。
 人間にしては――随分と動きがおかしい。

 一瞬後、慧音の足元へ、泥を散らして鉄製の桑が突き刺さった。
「ちっ、姿を表せ!」
 怒号を浴びせた瞬間、桑を投げた張本人が霧を抜けて飛び出してきた。人間。すぐに慧
音には分かった。
「明也!」
 歴史を見た白沢は悟った。飛び出してきた少年は死人だ。慧音は立ちあってはいなかっ
たものの、それを“思い出した”。慟哭するようにその名を叫ぶ。
 蛆と泥に塗れて、不自然な走りで慧音へ掴みかかる少年。迎撃する事も出来ずにいたが。
 ……ついに霧の向こうから無数に渡る人影が一斉に突貫を始めた。
 それはそれは、老若男女も関係なく。
 竹を岸とした人の河。慧音は飲まれることしか出来ない。なんとか明也を振り払い、
人間達の手にある得物が振り下ろされるのを避ける事しかできない。
 そのどれもが、例の里の死人達だと理解できた。 
 無表情で、無言で迫る白い顔の屍たちは慧音へとじりじりと詰め寄ってゆく。こんな光
景からはすぐに眼を逸らしたかった。
 死した者がこんな風に還ってくることなんて、信じたくはない!
 
「上白沢慧音、あんたか……気配を散らしておけばすぐに引っ掛かると思っていたが」
 
 声の方へ顔を上げると、死人達は手を止め、声の主の邪魔にならぬようにか道を空ける。
幼くもある響きだ。改めて慧音はそれを見据えた。

「まさか本当に、敵対していようと人間には手を出せないとはな」
 漆黒の瞳が慧音を上から下まで舐める。逃げ腰になっていた慧音は、彼女のおかしさに
疑問を持つ。
 この少女に、気配が一切無い事だ。
 白い髪を捻りながら、魔理沙にそっくりな服装、容姿をした少女――墨目は、ばかにす
るように尻尾をしならせる。 

「あんたを殺せば任務へ支障はでなくなる。愛しき者よ。慧音を殺せ」

「おまえ、任務とはなんだ。犯人はおまえなのか!?」
 我に帰った慧音は、薄ら笑いを浮かべる墨目へと掴みかかる。
 すぐに、長身の青年が慧音の腕を拒んだ。その手には長刀を握っている。
「私では慧音に勝つ事が出来ないかもしれないから、後は頼んだわよ」

 高みの見物というわけだ。墨目は再び人の列の間中へと戻っていった。
「こ、狐英……なんで」
 もう面影もないほどに腐って朽ちた顔だが、すぐに慧音には理解できた。その青年の名
を弱々しく辿る。
「早くしろ、主様を待たせることになるぞ」
 墨目の命令が飛ぶと、青年は黙って長刀を振りかぶり――――止まった。

「なにをしている……おい、おまえはもう死んだんだ、過去などどうでもいいだろう!」
 慧音の耳へ墨目の叫びが入り込む。
 どういうわけか分からないが、これは――
 “今まで助けてきた人間に屠られる”という事実に怯えた瞳をしていた慧音も訝りだす。

「……慧音様……?」
 青年は表情を変えず、一言だけ呟いた。長刀は、その痩躯から取り落とされ、泥の地面
へと突き刺さる。
 どういう事か分からなかった。理解はできた。
 彼にはもう、殺気というものがないのだ。


「何をしている――くそ!」
 墨目は叫ぶと同時に、死人の一つが握っていた巨大な鉈刀を、強引に奪った。
 あきらかな焦燥に中てられるように、慧音も同時に動いた。
 もはや殺気もない青年の横をすりぬけ、慧音は走る。
 かすかな霧を吹き飛ばし、墨目は腕を鉈刀とともに、右から左へ薙ぎ払う。瞬間、地面
を覆う泥、苔が、墨目を中心として粉砕されて地面ごと抉れる。死人達も衝撃波に弾かれ、
四散する。
 慧音はひた走る。

「力を! 私は死の歌をもって生けるものを祝福する!」 
 墨目はもう一度、竹の葉から覗く曇り空へと声を荒げた。彼女の瞳から、血霧のような
赤い光が溢れ出した。 

 先見た“脅威”はこれだ! 歴史を垣間見た白沢は益々焦りを募らせる。

 墨目が腕を、今度は左から右へと振るった。黒鉄色の大鉈が鈍い光と共に薙ぎ払われた。
その細い腕からはとうてい想像できない速力を乗せた一撃が、風となって竹の間を奔った。
 腐れ竹が、一斉に、輪を描いてへし折れ、舞い上がる。矢のように竹の節は空へ飛び、
次に一斉に慧音の元へ、降り注ぐ――――竹槍の雨。
 
 一瞬だけ足を止め、後ろへ飛ぶ慧音の正面へ、鋭い音を立てて緑の幹が突き立つ。次
に右へ、左へと。
 この重量、まともに食らえば致命傷は免れない、と彼女は冷や汗を浮かべる。
死人たちはもう墨目の手を離れたのか。その場で立ちつくしたまま、次々と槍の雨に刺し
貫かれ、崩れ倒れてゆく。
 それらを傍目に、慧音は腕を掲げ、巨大な光の弾丸を放つ、それは頭上で爆発し、数本
の槍を巻き添えに粉砕。
 
 光はすぐに晴れた。慧音は槍の雨が止んだ事に安堵した事を少々悔やんだ。
 彼女とて並大抵の人間と同じではない。既に頭上に迫っていた墨目の鉈の刃を視認でき
ない程には堕ちてはいなかった。
 過去の死人たちも守れずして、ここで妖怪の餌食になど、なれるはずがないのだ。
 慧音は叫んだ。そして砲台である自身の腕の標準を、今正に上空から降ってくる白鼠へ
と、定め――白鼠が霧のように掻き消えた。
「なっ、」
 苦し紛れに発射した光弾が昼の空へと消えるのも目で追わずに、しかしスペルカードを
取り出す時間も無い事は慧音も分かっていた。
 白沢は持てる最大の瞬発力を使い、全身から光の奔流を射出。
 霊撃だ。
 墨目が使ったのが幻影の技ならば、すでに“本体は”死角へと回りこんでいるはずなの
だ。八方を完全に固めた妖力の放出から逃れられる場所はない。
 視界の端を、けん制するような鼠の細い尻尾がかすめる。
 霊撃をまともに食らってはくれないらしい。更に焦る。焦る。全く動きの読めない敵の
影へ、慧音はさらに弾を撃ち込み、撃ち込みそして薙ぎ払うように閃光を撒き散らす。

 どれも一撃一撃が致死ダメージのはずだ。今は人間の慧音だ。闇雲に撃つには、視界に
映らない敵を相手にするには、矢張り力の制御に困る。

 ――歴史をもっと良く視ろ、上白沢慧音!
 
 それは幻聴かと思った。
 自分の内にある別の何かが、慧音を正そうとする。
 当たらないなら何故当たらないのか考えろという事だが、どうも既に遅いらしい。彼女
の背の後ろで綺麗な弧を描いて荒々しく迫るのは、鉈の刃だった。

「慧音、どけ!!」
 どけ、だと。本当にそんな暇があれば既に動いているが、もう助け舟である魔力は、墨
目を確実に捕らえていた。

 ガラスの砕け散るような炸裂音と共に墨目は吹き飛んだ。慧音の髪をわずかに焦がし、
墨目を巻き込んで、超巨大な閃光が慧音の横を突き抜けたのだ。 
 
 頭を上げると、もんどりうって泥へ突っ込む墨目が見えた。慧音はすぐに体勢を立て直
すと、振り向かずに叫ぶ。
「魔理沙! どうしてここまできた」
「どうしてって……そいつが」箒の速度を一瞬緩め、着地しながら魔理沙は答える。「人
里を襲った犯人なんだろう、なんか私と同じ服着てるけど」
 箒の先端を構え、倒れたまま動かない、黒のエプロンドレスに包まれた墨目を指す。

「なんか竹林の方で爆発が起きたみたいだから、急いで来てみたってわけだ」
「……余計なお世話だ。それに、こいつは殺してはいけない。人間らの前で公開処刑でも
させないと」
「おお、お前もおっかないな」

 人間では到底考えられないほどの形相を前にして、魔理沙は箒片手に一歩下がった。
 一瞬でも、墨目へは気を抜いてはいけないだろう。今でこそ竹林は静かになったものだ
が、慧音には一触即発の空気すら感じられた。
 墨目の指が引きつるのを魔理沙は気づかなかったが、慧音は泥を蹴飛ばして飛んでいた。
人間の技ではない。
 焦らされた一枚の符を、既に慧音は宣言しようとしていた。
 とどめを刺すわけではない。白鼠は体勢を立て直そうとするが、もう遅い。

「産霊“ファースト――」 
 その呟きにスペルカードが反応して輝き始めた瞬間、墨目が予想外の行動に出た。外か
ら来る者は本当に面倒な事をする!
 墨目の手は魔理沙の方へと突き出されていた。
 刃こぼれこそしているものの、切れ味は反則的に強い大鉈が、魔理沙の方へ投げられた
のだ。
「――おい!」
 慧音はまたも叫ぶ。鉈の進行方向に気づくまでに、数十分の一秒を要したのが災いした。
人間では気付けないのだ、あの速さでは!

 轟音が風を破り、泥を跳ね飛ばして魔理沙へ迫る。迫る。慧音には目で追えない。
 肉の裂けるような音を後ろにして、慧音に一瞬だけ迷いが生じた。墨目の細い腕が、飛
び込んで来る慧音の腕を潜り抜ける。
 迎え撃つようにして、墨目の右腕が慧音の服を巻き込んで突き刺さり、腹を貫いていた。
 背中まで貫いている、という事だけ、慧音は理解した。痛みが酷く遅い――
「はぁ、はぁー……いまいましい人間どもが……!」
 白鼠は呪いの言葉を上げ、呻く慧音を泥の地面へ叩きつけた。臓器を指に絡ませ、どす
黒く濡れた腕を無理に引き抜く。湿った音が霧の立ち込める竹林に響く。
 その泥にまみれた顔は憎悪に満ちていた。
「うぐ」
 痛みという痛みよりも、吐き気に襲われて慧音は喘ぐ。
 みるみるうちに、慧音の青いスカートが黒く染まってゆく。仰向けに、銀と青の髪を
泥へ沈めて慧音は動けずにいた。
 もう季節的にも空気の冷たい頃だ、体温は急激に奪われてゆく。その目の前には墨目の、
慧音を貫いた張本人の深紅の瞳があった。
 これだけ小柄でも妖怪なのだ。
 まだ人間に近い慧音は消耗してゆく脳で悟った。力では勝てなかったか――

「ま、待っ」
 墨目がきびすを返すのを視界に、持てる限りの力で腕を伸ばす慧音だが――もう目に入
るのは竹の葉の一部だけだった。


 ――おい!!

 荒々しく、しかし幼い乾いた声が慧音の耳を打った。まだ意識はある。
「なんだ、どうなった! おい!」 
 魔理沙が、膝を下ろして肩をゆするのを感じ、
「……大丈夫、なのか? 魔理沙」
 まずは人間の心配をしなければならない。首を回すほどの力は残っていない、後は回復
へ中てている。魔理沙の顔は慧音には見えない。
「あぁ、単なるかすり傷だから……いや、とにかく私はどうすればいい、あいつは?」
 矢継ぎ早に、急かすように魔理沙は問う。

「それじゃあ……私を、人里へ運んでくれないか」
 あれを放置しておくわけにはいかない、それに、もう日の沈むのも時間の問題だ。
妖怪共には里を開けっ放しにしておけないのだ。
 しかし、
「わ、悪い、実は腕をやられててさ……あーちくしょ、何でこんなときに」
 紅く照らされた魔理沙の頬が、横目には見えた。腕を怪我する程度で済んだのなら、
まだ良いかもしれない。
「……もうすぐ満月になるから……そうしたら、私は力を取り戻せる、それまで里の人間
に、厳戒令を出しておいてくれないか」

「お前は……おい、いいのか? 私が来なければこんな事には……その」
「ばかを言うなよ、死人たちを……助けられなかったのは……私の責任だ」
 必死に、なんとか動く唇で言葉を紡ぐ。慧音に出来るのはここまでのようだった。
 屍たちはもう原型をほぼ留めずにいた。もう里の皆に返すことは出来なさそうだった。
 …… 

「あぁ、行ってくるから、どうにかする、するから」
 魔理沙は決意したらしい。いつもの力強い声ではなかったが、怪我の事もあるだろうか
ら、と慧音は自らの身体を休めた。
 ――あいつはこの夜、始末しなければいけない。 
 すぐに魔理沙の気配は消えていった。







 ***








 不吉な月だ。

 魔理沙は両腕に包帯をつよく巻いていたが、応急処置の薬草では大した鎮痛効果もなか
った。箒を握る事ができず、飛ぶ事を断念して竹林を両足で走りぬける事にしたのだ。
 帽子と箒は忘れてきた。彼女のアイデンティティーであるそれらは、人間として足を
動かすには不便だから。

 竹の群生は断続的に星空をうつす窓になり、横目でちらちらと確認しながら、しかし
焦れば焦るほど泥に足を取られるばかりで、尚焦る。

 暗雲は邪悪な腕となって魔理沙へ追いすがるようで、そして竹林の影に隠れた林道は只
管黒く。
 魔理沙は分かっている。ここの開けた道をまっすぐ通過すれば……藤原妹紅の庵がある
はずだ。 
 ――ほら、もう松明がおぼろげに見える。

 魔理沙の安堵の息に、別の瘴気のようなものが混じった。気付かず、皮製の靴先をピッ
チを上げて突き出す。
 青い霧は昼の時より濃厚で、冷たくて腐臭が滞る。それでも酸素を補給しようと何と
か喘いで……普段の運動不足が祟る。
 すぐに小さな石段の前へとたどり着いた。

 それは大して大きくもない――いってしまえば木製の掘建て小屋と見て区別がつかない。
棘でも刺さりそうなほどに荒んだ引き戸の向こうから、炎の揺らめく光が見えた。
 家主は在宅。
 石段へ飛びつき、古びた金で形造られた取っ手――やはり剥がれかけだが、妖怪の襲撃
の所為か――を思い切り引くと、
 
 明確には感じられない、なぜなら魔理沙は人間だからだが、得体の知れない何かが身体
中にまとわり付くような感じがした。
 妖怪の類ならすぐに追い払えるのは、怪我をしていない普段の魔理沙の話だ。

「そこ、いつまで開けっ放しにしてんのよ」

 床敷きの上であぐらをかいて魔理沙を睨みつけるのは、当然ながら家主である妹紅だ。
一尺と少しの寸法しかない囲炉裏のようなものに顔を寄せ、長い鬢は今にも紅く燃える灰
から引火しそうだった。

 現に寄せすぎて髪結がわずかに焦げていたが、それを指摘しようかどうか悩んでいるう
ちに魔理沙は中へ入れ、と催促されていた。
「何であんたこんな時間に」
 顔色の悪さには気付いていたが、妹紅はまず、血の滲んだ魔理沙の両腕の包帯と……靴
のまま式台の段をまたぐ図々しさに目がついた。

「おい……なに、その手はどうしたの。そして扉をしめなさいよ」
「えっとだな、妖怪にやられた。その……慧音も」
 少し後ろめたそうに話す魔理沙をよそに、慧音という単語に露骨な反応を示して妹紅は
身体を起した。
 その衝撃で火のついた囲炉裏の灰が彼女の銀髪に燃え移ったりしたが、炎を操るので問
題は無いようだ。
「えぇーいやいや、慧音が妖怪に怪我させられたって?」 
 慧音“程の実力者”と言いたいのだろうが、残念ながら今度の敵は一枚上手だと魔理沙
は落ち着いて話した。

「だから……今日は満月だから、たぶんすぐに回復すると思うんだ」
「それで竹林に放置してきたっての? 何やってるのよあんたは!」
 おもわず正座させられた幼く小柄な白黒は、より一層縮こまってしまった。確かに判断
が少々甘かったかもしれない。
 いや、あれは甘かったんだ。
 選択肢が増えないのは実力そのものが低いから――しかし妹紅はすぐに平静とした顔に
戻っていた。
 見た目の歳としては大人びた顔立ちの妹紅だが、その実際年齢は蓬莱の薬によって無制
限に増え続けている。
 だてに慧音と長くはいないのだ。
 無茶な事でなければ、満月の日には不可能はない。確かに人間である妹紅にとって満月
は不吉な月ではあるが。
 慧音なら大丈夫であろう……でも今すぐには動けはしない。
「そいで、私は人里の方に知らせてこればいいの?」
 すぐに状況を理解した蓬莱人はいそいそと暖炉の火を砂で消す。すぐに寒気が人間二人
を襲う。ただでさえ包帯のために両袖をまくっている魔理沙にはたまったものではなかっ
た。
「あぁ、本当悪い。今は飛べないから……あ、留守番はしておくから」
「……あったりまえでしょーが。暖房なしで!」
 うぅ、と魔理沙はうな垂れる。
 何か、今日の魔理沙はおかしくないか。妹紅は何となしに考える。というか……大人し
いような。
 
「まぁいいか」
 次の瞬間、妹紅の背中は、銀の長髪を巻き込んで炎に包まれた。蝶の羽化のようにそれ
は次第に明確な形をつくりはじめ―――鳳凰の翼へと成る。
 熱量の高い部分は黄鉄のように輝き、周囲に熱風を送り出す。
「……あのさ」
「何よ」
 不意に魔理沙は口を開いた。気分が悪くテンションも低いのは薬草の副作用と思ってい
た。でも、この声は魔理沙の意思ではないように、本人は思えた。

 こんなところで妹紅を引き止める事に意味はないのに、魔理沙は妹紅へと歩きだして。

 “自分が重い”のだ。
 振り向いた妹紅は、魔理沙の瞳が紅色に染まっているのを見た。
「――――妖怪の感じはしなかったけど」
 妹紅の右手の中に焔が誕生した。一瞬でそれは人の頭の大きさになる。
「魔理沙、なんの、つも」 

 魔理沙は右手に大鉈を握っていた。その切っ先が自分の心臓を貫通している、と妹紅が
気付くのは、数秒後の事だった。
「がっ、あんた、誰だ!!」 
 持てる力で妹紅は叫んだ。苦痛と酸素不足で咳き込み、魔理沙の顔を見据える。
「ど、どうなってんだ、私は何もしてないぞ!」
 逆に聴き返すのは涙を浮かべた魔理沙だった。身体が勝手に動くことに疑問符しか浮か
ばないからだ。


「意思が強いのね、人間」魔理沙の声ではない別の何かが囁く。「でも、あなたの役目は
ここまで。あまりに顔が似ているから、上手く藤原妹紅を騙せた」


 “魔理沙に重なっていた影”が、握った鉈を回転させる。
 それだけで滝のように胸から血を溢れさせた妹紅は、眼から光を失わせ、板張りの床の
上に、仰向けに倒れた。
 同時に魔理沙も気を失うようにして崩れた。
 その傍には、血塗れの鉈を握った墨目が佇んでいた。 

 ――これこそ忍術だ。自身の気配から存在までも、別の生物に重ね合わせる事が出来る。
 魔理沙は質量の近い存在だった。だから何もかも上手くいったわけだ。


 後は……やる事は一つ。
 夜まで上白沢慧音を行動不能にできれば――夜の呪法を行使する事ができる。

「薄明の空に浮かぶ眼よ、我に視力を与えよ。 
 我が捧げものを取り、我に力を与えよ。
 我が力を夜の涙に変えよ」
 
 墨目の瞳が、更に深紅に染まる。自身では抑えきれないほどの力が、墨目の中で渦巻き、
放出される。これぞ夜の魔法、暗黒の魔法だ。
 その凶悪さを兼ね備えた眼が、紅い霧を放出しながら息の無い妹紅を見下ろす。
 妹紅の血溜まりができると、彼女は脇に武器を投げ捨て、妹紅の脇に膝をついた。
 
 ――――猶予は数秒間。
 咲夜の言葉が脳裏に浮かぶ。
 墨目は手をまだ暖かい血の中につけた。
 そして床にすばやく二つの弧を描くと、再度、手を血に浸して、その腹の上へ小さな円
を描く。
 更に妹紅の周りに大きな円の紋様を引き、赤いつなぎが血に染まるのを見ていた。
 ここまで凡そ三秒―――その間、妹紅が動く気配はなかった。
 
「薄明の空に浮かぶ眼よ、我に視力を与えよ。 
 我が捧げものを取り、我に力を与えよ。
 我が力を夜の涙に変えよ…………おいで」
 
 墨目が微笑んだ。妹紅のぐったりとした腕がひきつった。

 死体が、動き始めた。妹紅は血まみれの傷を残したまま立ち上がった。その目は既に光
を映しておらず、しかし愉悦に歪んでいることは墨目にも分かった。
「何を――」血に汚れた唇で、妹紅は言った。うつろな瞳は目の前の鼠を見つめたまま。
 彼女は墨目に頭を下げた。ゆっくりと跪いた。か細く呟きを漏らし、
「何をお望みですか、御主人様?」

 成功、成功だ。これの程度で不死人とは笑わせる。

 新たなる僕を―――忠実で、頑丈な、人間などとは比にならない力を備えた新たなる僕
を墨目は見つめた。
 この瞬間ばかりは、白い髪の鼠は酔える。
 そして嗤った。このときは、墨目は主様の喜びの貌を浮かべ、悦に溺れられる。
 
「いいだろう、おまえがやる事はいくらでもある」

 ぎりぎりと拳を握り、指を引きつらせて墨目は叫んだ。
「我が主様への忠義を!」
 その声に、妹紅はより一層恭しく一礼を。
 いまやこの人間の主となった白鼠は、妹紅の手を引き、庵の扉を蹴破る。

 そうして、叢へ靴先をつけ、妹紅を引きずるように敷居を越え、小さな石段を越え。

 鞭のように尻尾を躍らせながら、悠々と、竹の群生の間を抜けてゆく。 
 その間も当然ながら妹紅は抵抗しない。彼女の普段の快活さを知らない墨目は、やはり
意気揚々としていた。
 血で濡れた掌が、妹紅と自分を繋ぐ掌が、冷たくて心地がよいのだ。
 満月こそは不吉なる月だ。
 これは贄を献上するに相応しい。またも墨目は笑んだ。


 ――草を、泥を蹴る音が、やがて何の音かも分からないほどに強くなり、
   霧が絡み付くように彼女らを拒むように。
   精霊達が共鳴して、祝福するように。


 竹林も疎らになってきたころ、随分と空が曇って、星はほとんど見えなくて、それでい
て、金色の満月だけが不気味にこちらを見下ろしているのに気付いた。
  
「ほら、早くおいで」 
 焦るわけでもない。もう防御側……上白沢慧音は妨害できない。
 ただ藤原妹紅の足が、一歩進むごと、遅くなっている。血を失いすぎたわけでもあるま
い、なんのための血の儀式だ?
「ほら」今度は振り返って、墨目は呼びつけた。「あまり主様を苛立たせるな」
 青白い貌のままの、美しい銀髪をたたえた僕を墨目はねめつける。既に瞳は漆黒の墨の
目に戻っていたが、彼女の鋭くなった瞳孔は冷気を発するようで、鋭い。

 竹の林を抜けるころ、泥で出来た獣道は湿った砂利道に変わっていた。足袋のままの妹
紅には痛むだろうが、それを知った墨目ではない。
 今までどれだけの贄を引き連れては主様の元へ寄せてきたというのか。
 血を懇願する主様の元へ。

「……私に反抗するのか?」

 墨目が痺れを切らしたのは、ついに従順な下僕であるはずだった妹紅の死体が、歩みを
止めたからだった。
 自身の白い髪を掴むと、怒りに震えた。鉈刀を握る腕が、軋む。
 妹紅よりもはやり小柄な彼女も、鈍い光をたたえる瞳は威厳に近いものを放っている。

 元の世界では――――とうに彼女の上につける鬼など、いなかったのだ。
「もうしわけありません、ただ」
 弱々しく、疲弊したような妹紅の声はそれ以上出てこなかった。
 血塗れの身体は崩れ落ちたのだ。確かにもう生きて活動できるような身体ではなかった
かもしれない。しかし墨目の力は死者を無理やりにでも歩かせることだ。

 死者の手繰る糸が断ち切られた―――?
「なんなんだ、ここは……なぜ私のいう事が聞けない!!」 
 今日の夕方も同じ事があった。それは上白沢慧音を抑え込むために、人間の都から死体
を奪い、使役した時だ。
 何度腕を手繰っても、いつものように死体は動いてくれなかった。優に千の年を生きる
墨目でさえ不可解で仕方ない事で――すぐにそれは怒りへとなった。

「何をそんなに苛ついているのかしら」
 気配など既に気付いていた。ただ、あまりにも唐突にその気配が具現したため、墨目は
ぎくりとして振り返る。
「誰だ」
 姿を目にとめると、単純明快な問いを一つ、無造作に口に出す墨目。
 エプロンドレスのスカートが、瘴気にあてられて揺れた。 

「あら、人に名前を尋ねるときはまず自分からって言うでしょう?」
 匂いは、墨目には神か精霊と取れた。
 おしむらくは、墨目がその体中から溢れる膨大な妖気、魔力へ気付けなかったところか。
身の丈ほどもある鉈刀をやや低く構えて、
「言える名なんて無いよ」
 冷め遣らぬ激情を、神か……精霊かに、向ける。
「お先にどうぞ。名乗ってから死ぬか、今すぐに死ぬか」
「八雲紫。どうぞ今後ともよろしく」白と黒に彩られた、過去は河であった砂利の上で、
大妖怪は混沌を撒き散らした。
 倒れた妹紅のそばで、息を荒くするのは墨目だった。
「おまえは神か?」

「ウィザード、プレインズウォーカー。この小さな次元の……幻想郷の統治者」
「うぃざーど、ぷれいんずうぉーかー? おまえの匂いは神のものじゃないのか?」
「神のようであるけれども、それとは違うわ」
白い法衣、紫色の装飾、日傘のどれもが夜空にはよく似合う。黄金の波のような長髪と白
皙の美貌はやはり人間としては出来すぎていた。

「……いつも面倒なのよねぇ、この説明は」
 紫は白の帽子をずらして頭を抱える。何も知らないものに対してこれを最初から説明す
れば、大体が混乱の内に発狂するか、抱えきれない莫大な知識に崩壊する。だから、紫は
この名前が嫌いだった。
 尤も、それも墨目が許せばの話だったが。

「だいたい幻想郷とはなんだ」
 先から疑問符で頭上を埋める白鼠。尻尾がせわしなく動き、それが可笑しくて紫は唇を
歪める。
「私はずっと神河にいた、ここはなんだ。空気は似ているけど」  
「細かい事は気にしないで、とにかく私の話を聞きなさい」
「巫山戯るな!」
 墨目は恐れの声を混じらせた。静寂が走る。わけの分からない力に抑え込まれるように
身体がいう事を聞かない。
 死人の次は身体か。墨目は喘ぎ、取り落としそうになる大鉈を握り締める。

「あなたはこの世界での違反を犯しました。つまり罰されます、私に」
「なんの事だ……おい、主様へ忠義を尽くすために、なにが」
 次の言葉を紡ぐ前に墨目は嗚咽をもらした。“こいつは敵だ”と思う前に魔理沙にそっ
くりな唇から夥しい量の血が滝のように溢れだしたからだ。
 次に浮かんだのは怒りでなく、焦り。痛みではなく、強い違和感。

 石の地面に膝をつき、墨目の内から溢れた血は既に地に溜まっていった。
「はっ、ごぼ……う、薄明の空に浮かぶ眼よ、我に視力を与えよ。 
 我が捧げものを取り、我に力を与えよ!
 我が力を、夜の涙に変えよ!」
 
 震える手が血液にまみれ、それは黒い靄のように墨目の身体にまとわり付いてゆく。
 蛇がのたうつように黒の力は暴れ、ややあってすぐに、墨目の吐血は止まった。
「“暗黒の儀式”……ねぇ、いつのまに覚えたのかしら?」
 黙ってその様子を眺めていた紫は、日傘を持ち直してくすくすと笑う。余りにも懐かし
く古きその呪文を覚えているとは紫も関心していた。
 黒の力、血や月から生み出される力は時として瞬時に傷を塞ぐような魔法になりえる。
紫の行った攻撃は確実に墨目の内臓をぐちゃぐちゃに潰していたはずだが、もう復活させ
るとは、侮れないものだ。

 息も荒く、自分の胸をぎりぎりと掴みながら墨目は立ち上がった。魔理沙の顔を歪め、
片手の鉈を上へ構えて。
「はぁっ、“肉体の奪取”か……、神が!!」
 墨目は、かつて住まった世界で神が行使する邪な呪術を思い出した。
 軋む身体を揺り動かして、恐るべき切れ味を持つ鉈刀が振り上げられる。鼠の一蹴りは
大妖怪、紫との距離を一瞬で零にし―――
 振り下ろされた刃は、薄ら笑いを浮かべた紫の指先が触れた瞬間に、砕けて消滅した。
 速力でもっての必殺の一撃が、いとも容易く。

「あまり私に逆らわない方がいいわよ~?」
 一瞬の出来事に放心する墨目に、また紫は扇子を片手に微笑みかけた。何の慈悲も与え
はしない、言葉にはそう含まれていた。
 
「……そこの藤原妹紅はリジェネレーションではなくリアニメイト……つまりあなたとは
桁が色々と違う方法で生き返ります」
 細長い指が、魔理沙の顔をした鼠の顎を撫でた。
 またも、墨目は動けなかった。今度はほとんど、畏怖に寄るものだった。大きく丸く紅
く、潤んで美しい。
 
「で、あなたは“死の無い者を死のまま”に置きました。つまり違反です」
 脅威と疑問は墨目の心を掻き混ぜ、彼女は何を口に出す事もできなかった。ただ表情の
一向に変わらない大妖怪が淡々と語るのを見ている事しかできなかった。


 来れ、全てを司る力よ、来れ、万物を統べる力よ、応えよ――
 次元を歩む者の声を聞き届けよ。


 紫の呟きが、星をひっくり返す。何かとてつもない質量を持ったものが星の一つ一つか
ら降ってくるのを、そこにいる墨目だけが感じていた。
 夜空が次々と昇華するように、黄金の不吉の月が砕けた。

「最後の裁き(ジャッジメント)……ルール違反よ」 


 ぽつりと紫が漏らす呟きが大気を振動させ、息苦しさに墨目は再び倒れる。何度も痙攣
を繰り返し、その瞳には涙が浮かんでいた。

「なんで、なんでよ」
 嗚咽を漏らした。
 なんでこの幻想郷とやらでは、こんなに不可解な事が起きる――?

 やがて夜空が崩れて墨目の上へと降った。洪水のようなそれは次の瞬間に灼熱の白へと
色を変え、巨大な口を開いた。

「おお……かがち……」

 それは巨大な龍だった。
 幻想郷にも龍のような――妖怪に化けた龍もいるが、そのどれにも似てはいない。
 空からそれを落とした紫でさえ圧巻するものだ。
 なにせ、頭上の月から八つの頭をのぞかせる白い八岐大蛇そのものが、幻想郷中を覆う
ほどに炸裂したからだ。

 常軌なんて言葉が存在しない光景だった。
 剣山のような牙の羅列が墨目を捉えたかと思うと、世界は震えた。耳をつんざく轟音を
立てて、龍は夜空へと、昇るようにして還っていった。 
 一瞬の出来事だった。
 その力に大気は少し焦げたらしく、熱風が余韻のように辺りに吹きつけ――

 墨目は、跡形もなく消えていた。

「大口縄(おおかがち)。神河の世界では万物を統べる、最高の力を持つ神だったわね」 
 上昇した気温に汗ばんだ頬を扇子で仰ぎながら、紫はひとりごちた。
 彼女は神ではない、だから裁きは墨目の世界における神を選ばせてもらったまでだ。
 あそこまで強大なものだとは思わなかっただけで。


「“追放だと? 慈悲だ、死罪と言ってくれ、
  追放の先に見えるは恐怖、
  それは死よりもなお恐ろしい”――」


 恐ろしげに、しかし白々しい口調で紫は一つの文献を真似てみせた。
 
 ……倒れ伏す妹紅が目を覚ますのは、すぐの事だろう。
 
「予想外にうまく言ったじゃないの、ねぇ? 結局ルール違反って事で追い出したけど」
 言いながら振り向く紫は、やはり感じた気配にたがわずに人影がある事を確認した。

 銀髪を揺らめかせ、暫し呆然とするように十六夜咲夜は立っていた。
 すぐに首を振ると、紫の元へ歩きだす。
「結局あいつは危険因子よ。幻想郷にそぐわない。私も墨目と同じようにここへ導かれた
はずだ、あんたの手で、ずっと昔に」 
 咲夜は立ち止まり、眉を持ち上げた。「わかるでしょう」

 大妖怪は、手の中で日傘を弄んだまま、流し目に銀髪の人間を見据えた。
「あなたが幻想郷に来る前にどこにいたのか、何をしていたのか――なんだったのか」
 人間はわずかに緊張する。
「あなたが誰かは知ってるわ」と八雲紫は微笑みながら言った。「私の眼は常に多くの事
を映していて、私の隙間からは常に別の世界の空気が漏れてくる……ただ」
 改めて、月を仰ぎ見る紫。その視線を無意識に咲夜は目で追う。 
「ただ?」
「あなたら弱弱しい人間たちが……神を畏れ鬼を恐れ、妖精や妖怪から弄ばれてるのを見
ていると、たとえ隙間の向こうとはいえ私すら惨めな気持ちになるわ」紫は頭を振った。
いたく疲弊したような、わざとらしい溜息をついて。

「――それで?」
 人間は、弱弱しい人間は問うた。まだ聴かなければいけない事はある。
「随分と外の世界も物騒になったものね、千と数百年前はこんなでもなかった」
「幻想郷の創造から存在していたくせに」
 咲夜は目を伏せた。なんの気なしに腕を組む。
 少し目を見開く、美貌の大妖怪
「驚いた……プレインズウォーカーの好意を覚えてるなんて」
「好意? 好意ですって。本当にあんたは癪に障る事しか言わない!」
 草を踏み締めて、咲夜は瞳に熱を浮かべて言い放つ。
 懐かしい、衝動に駆られて。それは激憤。
「あんたはいつもそうだ、力を自分勝手な事にしか使わない、他人に迷惑しかかけない」
 咲夜はまた、彼女も気付かないような速さで紫の胸倉を掴んでいた。
「私の元いた世界はどこなのよ!!」
 叫んだ。目の前の大妖怪は、苦しがるでもなく咲夜を見つめ返していた。紫の相貌は怒
りも悼みも浮かべてはいない。
「……どこったって……」
 彼女の声は冷たい。
「そんなに幻想郷が気に入らないの?」
「気に入らないのはあんただ!!」
 夜の空気が、青々とした竹の葉が震えた。自分の従える式神が反抗するときでさえ、紫
はこんなに驚かない。
 人間が明らかな抵抗を示すのは、敵意という敵意を示すのは、幻想郷を良く知る大妖怪
に取っては恐れるものでも無かったのに。
 紫の襟首を一層強く握って、咲夜は怒号を飛ばす。脅迫のように。
「私が昔“何”だったのかは知らないが、いつまでここに居ればいい」

「未来永劫、あの吸血鬼のお嬢さんといっしょ」
 また相手をばかにするように笑う。
「お嬢様も! 元はあんたが――」 
「私は違うわよ、ほら……あなたが、どこかで主を求めていたから」
 墨目も同じよ、同じ。そう紫は付け加える。この場に不釣合いに微笑み、咲夜の貌と対
象的になるように。
 それは滑稽だ。ぐい、と紫がその鼻先を咲夜の方へと寄せる。
「……もう、私には関わらないで」
 咲夜は突き放した。ずっと、見た目より固い素材の法衣を掴んでいたため、指が少し痛
む。
 それでも紫は表情を変えずに。
「お嬢様は私にとって、手放すことの出来ない大切な人だわ。これで良いものなのよ。で
も、あんたが自分勝手に結びつけた運命なら」
 数歩、咲夜は紫から離れる。もう一度振り向いたときには激情など存在していなかった。
「……なら?」
 運命を手繰った大妖怪は、無意識に、人間に促す。

「それなら、私はあんたを今すぐここで消して、お嬢様を連れて“ここ”を出る」
 感情もなく言い放つ咲夜は、瀟洒であるからこそ恐ろしかった。
「もう一度新しい生活を始めるつもりかしら」
「それも良い」
 咲夜にとっては――もうここは、幻想郷は、随分と古い。
 その主と共に過ごして、過ごして、怪物である事をずっと偽ってきた。

「さっきも言ったでしょう、私は違うって」手をひるがえし、面倒そうに、言う。もう、
いつものだらけた大妖怪に戻っている。 
「あんたのお嬢様が巡り合う運命を望んで、あなたが巡り合う運命を望んだ、だからこそ
あなたは……ここへきた」
 大妖怪は腕を広げてみせる。それは空に掛かった黄金の満月すら畏怖するような、一種
の戦慄すら抱かせるように。
 幻想郷へ、あらためてようこそ、と。

「ふん」鼻をならして紫を一蹴する。「そんな事」
「もし……あなたのお嬢さんが、墨目の主と同じようになったらどうするの?」  
 
「ばか言わないで、私のお嬢様は神河の鬼ほどやわじゃないのよ」 
 お互いに肩を竦める、二人。
 どこか、紫は諦めていた。プレインズウォーカーという魔法使いは、紫にとっては役目
を終えて長い。
 ただ戦乱の内にあった“神河”という世界から、ちっぽけな鼠一つが、もう戦で疲弊し
た世界から抜け出してきた。
 抜け出す手段を作ったのは紫だが、しかし切欠は墨目の意思。
 彼女は主である鬼を失い……そして千年近く新しい主を探した。
 その意思だけで彼女は、竹林の永遠亭に住む妖怪兎のように、妖怪へ成った。

 もし最初から排除する存在なら、紫は自分の意思で引き連れはしないのだ。

「『外』は……どこも物騒だわ」
 大妖怪は一人ごちた。その白く紫色の法衣が風にたなびく。
 竹林は静かだ。

「あなたはどうするのかしら、十六夜咲夜。時間停止の法を使う従者さん」
 
「私がなんであったかを知るのはけじめよ、けじめ」相変わらず鋭い瞳で、咲夜は凄む。
「……どうなっても知らないけどね」
 面倒くさそうに紫が言うのを、咲夜は少し滑稽そうに笑った。
 そうして、二人の間に丁度人一人が入れるほどの大きさの暗闇が出来た。空間にひびが
入るように出来たそれは両端がリボンのようなもので結ばれており、すぐに咲夜にはそれ
が紫の“次元の門”、隙間である事が分かった。 
 隙間の横へ立つと、紫は咲夜へと促す。
「それじゃ……ドミニアを回るわよ」
「ドミニア?」
「『外』の世界はもっと沢山あるのよ、それの総称だと思っておきなさい」
 『外』とは“幻想郷の外”を示す単語であって、それが決して博麗大結界で区切られた
外界一つを差す言葉ではない。
 それは人間の世界であり、
 魔法が当然の世界であり、
 悪魔が支配する世界であり、
 絶対悪と呼ばれる者が存在する世界であり、
 鬼や神が人間を襲う世界であり、
 『外』とは――――
「つまり多次元宇宙のうち、幻想郷はその一つに過ぎないわ。プレインズウォーカーの次
元の門を使わないとその間を移動する事はできないのよ」
 
「私はどうすればいいわけ?」
 一つ頷くと、咲夜は尋ねる。
「まぁ私に任せて、ほら」なぜかにやにや笑いつつ、紫は細い指で咲夜の肩を押す。煩わ
しいのか、黙って紫の方を睨みつけつつ一歩だけ足を進める。
「時間停止の法の生まれた世界へ」

 咲夜の眼の前は真っ暗だ。所々で目玉が瞬き、紅い靄が渦巻いているが、月明かりすら
そこでは堕ちてゆくだけだ。
「……いつもいつも、ここは怪しいと思ってるけど」
 吐き捨て、もう一歩足を進めた。
 身体の半分ほどが夜空よりも尚暗い空間へと吸い込まれる。

「他の世界ではどうなっても知らないわよ? 全てを受け入れなくてはだめ。それは幻想
郷でも、どこでも同じ」
 偉そうに胸を張ると、自ら、御高説とでも言いたげに笑う紫。
「私なら」
 勿論咲夜へは、紫の言葉など、脅しにも何にも成らない。
 そしてその声は、彼女の主から彼女の部下にいたるまで変わらぬ穏やかな声だった。
「私なら……もう人間よ、ただの一館主の従者。それだけは変わらない」
 咲夜は笑んでいた。
 眦に沈んだ青の瞳を、バッドムーンに閃かせて。



「来れ、暗黒の力よ、応えよ、我は次元を歩む者なり―――プレインズウォーカーなり」

 紫は頷き、呟いた。
 次の瞬間、黒い閃光が竹林中に迸り、震え、消えた。

 無人の草叢が風にたなびく以外、もうそこに動くものはなく。
 ただ、幻想郷の魔術師の声が、夜空に残響するだけだった。


















;゚д゚)<かかりすぎだよな時間

                       Σ(゚Д゚; エーッ!? デュエルしすぎだよお前!!

;゚д゚)<正直すいませんでした。時間も中身も。

                        (゚Д゚;一応、墨目の能力は「死者を操る程度の能力」らしいよ

;゚д゚)<ごめん、マイナーチェンジしました

                       Σ(゚Д゚; エーッ!?校正したんじゃないの!?

低速回線
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コメント



0.600簡易評価
14.70名前が無い程度の能力削除
墨目か…今いくらくらいなんだろうなぁ…
まぁなんにしてもGJ。まさかここでMTGを見れるとは
思いもよりませんでしたよ。

;゚д゚)<ダクリはもう使用禁止らしいよ
              Σ(゚Д゚; エーッ!?
                 
               ―――復帰した第五版時代のプレイヤー 
16.70bernerd削除
やはり東方のキャラ、東方の雰囲気が重視されていないのを含めたうえで
MTGに理解が無いと楽しめなさそうな点はやはり大きな問題なのかもしれません。
が、正直な感想は要所要所で格好よく雰囲気が出てて面白かったです。
これからも頑張ってください。