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日常というものは、変化しないからこそ日常なのだ。
変化してしまったならば、それはもう日常と呼べなくなるだろう。
1
「おーい、霊夢ー……って、いないのか」
ある日の幻想郷。
いつものように博麗神社へとやって来た魔理沙は、普段なら居る筈の存在が居ない事に首を傾げた。
「どっか行ってるのか……って、まだ何か異変でも起こったか?」
勘を頼りにふわりと飛んで行ってしまう霊夢の事だ。もしかしたら幻想郷のどこかを飛んでいる可能性が高い。
「調査がてらに探してみるか……」
2
「霊夢? 来てないわよ」
血色の紅魔館。
魔理沙の問いに、メイドである少女、十六夜・咲夜はそう答えた。
「神社に居なかったから、ここにでも来てるかと思ったんだが」
その言葉に溜め息を吐き、咲夜が言う。
「魔理沙じゃないんだし、霊夢がここに来る必要はない気がするけど」
「それもそうか」
3
「霊夢? 来ていないよ」
冥界の白玉楼。
魔理沙の問いに、庭師である少女、魂魄・妖夢はそう答えた。
「神社に居なかったから、ここにでも来てるかと思ったんだが」
その言葉に箒を止め、妖夢は言う。
「まだ桜には気が早いし、霊夢がここに来る必要はない気がするけど」
「それもそうか」
4
「霊夢? 来てない来てない」
其処にある鬼の住処。
魔理沙の問いに、鬼である少女、伊吹・萃香はそう答えた。
「神社に居なかったから、ここにでも来てるかと思ったんだが」
その言葉にひらひらと手を振り、萃香は答える。
「次の宴会は来週でしょ? 霊夢がここに来る必要はない気がするけど」
「それもそうか」
5
「霊夢? 来てないわね」
停滞の永遠亭。
魔理沙の問い掛けに、月人である少女、蓬莱山・輝夜はそう答えた。
「神社に居なかったから、ここにでも来てるかと思ったんだが」
その言葉に茶を点てていた手を止めると、輝夜は言う。
「もう月を弄る事も無いし、霊夢がここに来る必要はない気がするけど」
「それもそうか」
6
「霊夢? 来てないな」
命無き三途のほとり。
魔理沙の問い掛けに、川の渡し人である少女、小野塚・小町はそう答えた。
「神社に居なかったから、ここにでも来てるかと思ったんだが」
その言葉を聞きつつ船から下りると、小町は言う。
「花の異変はようやっと終わったし、霊夢がここに来る必要はない気がするが」
「それもそうか」
7
「霊夢? 来ていないわ」
そこは幻想郷。
魔理沙の問い掛けに、尋ねて行った人妖全てがそう答えた。
「神社に居なかったから、ここにでも来てるかと思ったんだが」
その言葉に、人妖は言う。
「……霊夢がここに来る必要はない気がする」
「それもそうか」
8
「霊夢? 誰だそれは」
人間の里。
魔理沙の問い掛けに、ワーハクタクである少女、上白沢・慧音はそう答えた。
「なん、だって?」
その言葉と魔理沙から目を逸らし、辛そうな色を持って慧音は言う。
「だから、霊夢などという人間を私は知らないと言っている」
「一体、何を……!」
……
「霊夢という人間は居ない。解るか?」
「……」
……
「霊夢はもう、居ないんだ」
「……それも、そうか」
9
「霊夢……」
独りの神社。
誰のものか解らない急須で、誰のものか解らない茶葉を使ってお茶を淹れ、誰のものか解らない湯飲みで、霧雨・魔理沙はお茶を飲んでいた。
「誰、だったっけ……」
その呟きに、彼女は答える。
「誰だったでしょうね」
「……」
10
「博麗・霊夢」
幻想の血。
紫の呼び掛けに、幻想郷の巫女、博麗・霊夢は振り返った。
「魔理沙、どうだった?」
「大丈夫。霊夢の事は忘れていたわ。だから、彼女が悲しむ事はない」
「良かった。これでもう、心残りは無いわ」
11
「……?」
夜の神社。
何をするワケでもなく居た魔理沙は、突然空が光り輝くのを見た。
「……なんだ、今の」
その呟きに、誰かが答えた。
「なんだったのだろうな……」
目の前には、辛そうな慧音の姿。
12
「それじゃ」
博麗の血。
普段と変わらない風に言って、霊夢は結界の中へと入っていった。境界を操る事が出来る唯一の妖怪、八雲・紫は、目の前に広がる結界を見つつ呟く。
「空が光ったのは役目を果たしたから、か……」
その呟きに、魔法使いの叫びが重なった。
「――紫!」
13
「博麗大結界を維持している、その根本の力は何処から来ているか解る?」
神社の境内。
悲しみの色を持った紫は、俯いたまま顔を上げない魔理沙に告げる。
「博麗の血。それこそがこの結界の全てなのよ」
その言葉に、顔を上げる事無く魔理沙は問う。
「……なんとか、出来なかったのか」
「ただ境界を操る事しか出来ない私には、どうする事も出来ない。どうする事も、出来ないの……」
14
「……」
魔法使いが住む森。
何度眠りに就いた所で、この現実は夢にはなってくれなかった。
「……」
「畜生……」
15
「みこさん?」
遠い日の神社。
神社に集まった子供達を前に、その女は卍傘を軽やかに回しながら口を開く。
「そう。昔からこの神社にはね、代々凄い巫女さんが居るのよ。どれだけ凄いかって言うと、この幻想郷を一人で守れるくらい凄いんだから」
その言葉に、子供達は驚きと共に言う。
「すっごーい!」
16
「紫、何話してたの?」
博麗の神社。
のほほんとお茶を飲みながら、博麗の巫女は隣へと座る紫に問いかけた。
「んー、ちょっとした昔話みたいなものよ」
その言葉に、微笑みながら巫女は言う。
「ふーん」
「……にしても、今日も平和ね……」
17
変化してしまった日常は、もう日常に戻る事無く進んでいく。
だが……もしそれが日常になってしまったら、変化する前の日常は異常になってしまうのだろうか。
「……」
魔理沙には、その答えは解らなかった。
今日も幻想郷は此処にある。
彼女の居た日常は、もう戻って来ない。
end
残された者に痛みを残す。例え別のピースを持ってきたところで。
『色や形がぴったりきても、重さがちょっと足りないみたい』by橘いずみ
うん、霊夢そのものの重み。それは魔理沙にとって代わりのきくものでは
ないでしょう。
初読の時は、さすがに内容の理解を「読者側に放りっぱなしすぎ」かなとおも思ったのですが。
何度か読み直す内にこれはこれで「全体の雰囲気に合っているのでは」と思うように成りました。
噛めば噛むほど味の出るスルメのような作品と言ったところ??
よく分からない感想ですいません…。