Coolier - 新生・東方創想話

東方挿話片 ――遊戯の日々

2005/12/19 09:32:33
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 掃除の行き届いた赤い絨毯の上を歩く。
 踏み出したそばから足先が沈む独特の感触を、なんとなく意識しながらパチュリー・ノーレッジは自
室へ向かっていた。
 紅茶のカップを、厨房へ下げに行っていたその帰りだった。
 この屋敷――紅魔館――には、十六夜咲夜という名の優秀なメイドがいる。ティータイムの紅茶を淹
れ、また食器をさげるのも当然彼女の役割である。
 とはいえ、たまには気まぐれに自分で食器をさげたりもするのがパチュリーだった。
 従者をねぎらって、というワケではない。日ごろ書斎から一歩も出ないパチュリーの、純然たる気分
転換のためだ。

「パチェ、ちょっとこっちへ来ない?」
 自室へ帰る途中、呼び止められた。
 分厚い本をかかえたまま振り返ると、廊下の壁にこの屋敷の主が寄りかかっている。
 レミリア・スカーレット。永遠の紅い幼い月。
「何?」
 物憂い声音で問い返した。自室では書きかけの魔道書が待っているのだが。
「一戦まじえようかと思って」
 紅魔館の主はそう言って、楽しそうににこりと微笑みかける。
 とはいえ、レミリアは見た目とはかけ離れた実力の持ち主だ。思わず身を硬くしてしまう。
「……お屋敷の中で?」
「スペルカードじゃないよ。これ、たしかパチェはルール知ってたでしょ?」
 そう言って、幼い風貌の吸血鬼は手の中のモノをこちらに見せた。
 チェスの駒だった。

 結局、レミリアの部屋で盤を挟んで向かい合う事になった。
 断ろうかとも考えたが、屋敷の主じきじきの頼みでもある。たまには気まぐれに付き合ってみようか
、という気分になったらしい。
「……で、こんな時でも本は開いているわけね」
 皮肉っぽく言う吸血鬼の少女は、しかし別にそれをとがめる風ではなかった。
「この方が落ち着くの。別に、レミィとの勝負が嫌なわけじゃないんだよ」
「ふうん。余裕のあらわれ?」
「そういうわけでもない」
 ひざの上に分厚い魔道書を広げ、難解な文字のつらなりに視線を落としたままパチュリーは答える。
その返答に嘘はない。膨大な書棚の間を自分の居場所と定めているパチュリーにとって、本のない景色
というのはそれだけで落ち着かないのだ。
 ことり。強大な力をふるうとはとても思えないレミリアの細い指が、ポーンを静かに盤上に置く。
「けど、さすがに指し手は面白いね。嬉しいわ。互角にできる相手がいなくて、今まで楽しめなかった
の」
「……互角でない相手ならいたのね」
 ナイトを動かし終え、再び紙面に向き直りつつパチュリー。
「そう。一番マシだったのは、咲夜かな。あれは器用だから、何でもそれなりにこなす」
「でも物足りない、と」
「追い詰められると時間を止めて長考するわ。別な意味で面白いけど」
「ふうん。他は? たとえば、ほら……あの、中国とか」
「あれは駒の動きを覚えないからダメ」
「妹様は」
「盤をこわすんだよねぇ、フランは」
「……。小悪魔」
「弱すぎる」
 容赦のない言い振りがレミリアらしい。皆、一応お嬢様のワガママに真摯に応えたのだろうに。
 もっとも、これくらいの事は日常茶飯事なのが紅魔館なのだけれど。
 さりげなく視線をあげ、盤面に集中する館の主を見た。透き通るような赤い瞳を、どこか気だるげな
表情の中で光らせている。見た目の幼さと、そこから覗く深遠。魔道書数百冊に匹敵するほどの、秘さ
れた意志……闇……世界。
 パチュリーにとってさえ時に恐ろしく感じられるその瞳は、けれど、他愛もない遊戯のために見開か
れている。
 こうしてゲームに集中している姿は、見た目通りの少女とさして変わりはない。
 パチュリーは読んでいた魔道書に顔をうずめて、レミリアに見えないように、小さく笑った。
「ふぅん。いやなところにクイーンがいるわね」
 吸血鬼は気づかず、そんな独り言。
 そういえば――咲夜に聞いた話だが――いつぞやの月の異変の際、このスカーレット・デビルの口か
ら「今の紅茶を飲む毎日の方が楽しい」などという言葉が出たのだそうだ。魔物としての本分を果たす
より、その方が良いと。
 この幻想郷という土地は、そういう所だった。レミリアのような者にまで、変節をさせる。
 いや。そんな風に思う自分だって、博麗神社の宴会には参加しているのだ。
「パチェ。あなたの番」
「ああ、ごめん」
 現実に引き戻されたパチュリーは、盤面を五秒ほど眺め、次の一手を無造作に指した。レミリアは、
後退した相手陣のナイトを見てほんのわずか怪訝そうにする。少し迷ってから、その疑問を口にした。
「今の、どういう狙い? 私には無駄な手に見えるけど」
「……白羊宮」
「え?」
 パチュリーは、ゆっくり自陣の駒を順番に指差して見せた。駒同士を線で結べば、黄道十二宮のうち
のエリーズの形が出来上がる。
 紅い幼い月は、呆れたようだった。
「チェスでそんなことするやつ、初めて見たよ」
「たたかいの場で呪術的な陣形を取るなんて、昔はよくあったことだよ。震旦とかの古い本にあるわ」
「そうかも知れないけど、チェスではあまりやらないような……まぁ、パチェらしいわ」
 ふふ、と笑って自身も駒を進める。

 その後、数十手のあいだ特に会話らしい会話もなくゲームは進んだ。
 終盤になるほど、盤上の駒は少なく、荒涼としてくる。クイーンやビショップのような駒はますます
動きやすくなり、うかつな動きはできない緊迫感をもたらす。
 優勢は……やはりレミリアだった。
 本を覗き込むのも忘れて次の手を考えていたパチュリーは、不意に苦笑を浮かべる。
「? なぁに、パチェ。急に笑ったりして」
「いえ……やっぱり、運命を操る貴方に勝つのは相当むずかしいみたいね」
「そうでもないんだけどね。こんなゲームの結果なんて、瑣末すぎて《運命》というほどじゃない。も
っと激しい戦いの方が良い。お互いにとってより重要な戦いであればあるほど、私には操りやすいわ。
命がけの戦いなら、事実上私は無敵」
 口元を細い指先でなぞりながら、蠱惑的な笑みでレミリアは言う。
 絶対の自信。ほとんど無邪気と呼べるくらい。
 ふと。
 そんな友人の様子を見ているうちに、パチュリーの胸の内に意地の悪い気持ちが湧いた。抑揚のない
声で、思ったままのことを、口に出していた。
「けど、レミィは巫女相手に一度負けているわね」
「……」
「もちろん、あれは命がけな戦いというほどでもなかったけれど。裏返せば、それが巫女の能力なんだ
よ。相手を本気にさせない能力、事態を深刻にしすぎない能力。だから、レミィの力をもってしても勝
てなかった――どちらの《運命》もあまり左右しない弾幕ごっこだったから」
「……」
「鬼の騒ぎの時や、月の異変の時みたいに、別な大きな事情が関わっていればまた別。けれどいずれに
せよ、霊夢や魔理沙みたいな相手に対しては分が悪いの。ここ幻想郷では、レミィは無敵でいられない
よ」
 言い終えてから、少し後悔する。こんな事でレミリアの機嫌を損ねても、なんにもならないのに。
 赤い瞳の吸血鬼は、しばらくパチュリーの方を見つめていた。それから目を細めて盤上を見、無造作
に駒を動かした。
「チェックメイト」
「え? ……あ」
 盤の端にいたクイーンを失念していた。気づかなかった一点にレミリアの駒がおかれ、パチュリーの
キングは行き場所をなくす。こちらの負けだった。
 レミリアは静かに席を立ち、月の光が差し込む窓辺に優雅な動きで腰掛ける。
 穏やかな笑みを、浮かべていた。
「別に、それでもいいって思ってるよ」
 予想外の答え。パチュリーは思わず首をかしげた。
「……本当に?」
「ええ、本当。神社の宴会に出かけるのは嫌いじゃないもの。負けと引き換えに得られたのがそういう
楽しさなら、悪くないわ。パチェだって連中にやられたけど、そんなに根に持ってる風じゃないじゃな
い? 魔理沙とは仲いいみたいだし」
「まあ、ね」
「ふふ。それに」
「それに?」
「パチェの話でいけば、本気になれば私は勝てるということよ。互いの運命を取り合うくらいの戦いを
仕掛ければいいだけ。なら――いつでも勝てるとわかっている相手になら、負けてもそんなに悔しくな
いわ」

 チェスゲームを終え、パチュリーは図書館の中へ戻って来た。
「ふぅ」
 ソファに座り息を吐く。たかが遊戯とはいえ、レミリア相手なら疲れもする。
 図書館の中は暗い、夜ともなればなおさらだ。燭台からの頼りない明かりと、窓から差し込む月光だ
けが灯りだった。
 しばらく、窓の外を眺めたまま動かずにいた。
「……」
 パチュリーは人ではない。この姿で百年余りを過ごしてきた者だ。
 それでもレミリアとは数百年ほどの歳の開きがある。スカーレット・デビルの長生はパチュリーの比
ではない。
 だから、パチュリーは以前のレミリアのことをあまりよく知らない。
 ”人間”とどのように接してきたのか、それも推測するしかない。
 ――長生きした末の悟りの境地……なんていうのは、レミィの印象からは遠いんだけれどね。
 そう思いつつも、色々と考えてしまう。おそらく、かの吸血鬼が本気で巫女を襲う時は永久に訪れな
いだろう。ここは、幻想郷なのだ。
 ふいに、ノックの音がした。続いて、図書館の重々しい扉が開く音。
「失礼します」
 丁寧で品のある十六夜咲夜の声に、パチュリーはゆっくりと振り返る。銀髪のメイド長はうやうやし
く一礼し、ゆっくりと口を開いた。
「先ほど、霧雨魔理沙が立ち寄りました。今晩、博麗神社でまた宴会を催すとか。パチュリーさまはい
かがなさいますか?」
「……レミィは、なんて言ってたの?」
 この瀟洒な従者が、レミリアより先に自分に知らせに来ることはありえない。なんとなく投げた問い
に、咲夜は柔らかな微笑で答えた。
「新しいブランデーを用意するようにと。本日は特にご機嫌麗しいご様子でした」
「そう」
 おもちゃ箱を開ける子供のような、嬉しそうな表情で咲夜に命じるレミリアを思い浮かべた。
 何事もない、いつもどおりの日々。きっと悪くはないのだろう。数百年を生きる者たちにとって、日々
を彩る幸福はいくらあっても足りないのだ。
 なら――こんな毎日に、身を任せてみるのも良い。
「今日は体の調子も悪くないし。私も行くわ。咲夜、準備をお願い」
「かしこまりました。では、ロビーで」
 完璧な礼をして、メイドは図書館を出て行った。
 それを見送るパチュリーは、静かな笑みが頬を去らない自分を感じていた。
                                                       〈了〉
初投稿です。お手柔らかにどうかひとつ。

パチェが書きたくてシチュを決めてみたものの、
書き始めてみるとレミィのことがどんどん気になっていった感じ。
私のイメージでは、彼女たちはこんな感じの存在なのですが、はてさて。

ともあれ、最後までお読みいただき感謝いたします。
Tao
[email protected]
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コメント



0.2090簡易評価
25.60ハッピー削除
なんか、よかったです。
特に強調したい事が見えてこなかったのが残念ですが。
28.70名前が無い程度の能力削除
正統派。
40.80削除
下の方の言葉を借りれば、まさに正統派。
こういう直球ものは大好きです。レミ様のカリスマと余裕ぷりにものすごく悶えさせられました。
これからもぜひがんばってください。