Chapter1:魔女たちの集い 交錯する思い
外では木枯らしが吹き荒れていた。12月に入って冬が本格的に訪れ、その凪ぐ冷たい風に
木々は木の葉の衣を脱ぎ落としていた。
一部の氷精や冬の使者を除けば、ほとんどのものは息を潜めじっとその寒さを耐えしのいでいた。
それゆえに、世界はしんと静まり返っていた。ただ風の音だけが吹きぬける、そんな季節。
そんな外界とは分厚い壁を隔てた図書館は、年中静か――であるべきだった。
その静寂が崩れたのはこの1年あまり。 外からの来訪者が訪れるようになってからのことだ。
今日も暖炉の火がバチッっとはじける音が、少女たちの声に霞んで消えた。
「はい、魔理沙さん。『複合スペルに関する考察』お持ちいたしましたよ」
「サンキュ、小悪魔。後ザードリー・レイニ著の『魔化系魔法各論』も全部持ってきてくれないか?」
「かまいませんけど…魔理沙さん、ちょっと最近根詰めすぎじゃないですか?
ここのところ、この図書館に泊り込みみたいですし……本が持ち去られないのはこちらとしても
ありがたいんですけど、その、大丈夫ですか?」
「あんまり時間がないんだよ、私が人間であることは別にしてな。原稿の締め切り前に似た
状況なんだよ、今は」
「良くわかりませんけど……無茶して倒れても知りませんからね?」
含むところのある表情をしながらも、小悪魔はそれ以上多くは言葉を投げかけず、背を向けて
本棚へとゆらゆら飛んでいった。ゆっくりした動きにあわせてゆれる後ろ髪に目もくれず、
魔理沙はすぐに手元の本へと目を落とす。
「小悪魔の言う通りよ、魔理沙。いくら人間の最大の特徴が急激な成長にあるからといって、
体を壊したら元も子もないわよ?」
気遣わしげに声をかけながら、魔理沙の隣に腰を下ろしたのはパチュリー。顔も向けない
魔理沙の横顔をそっとのぞき込んだ。
「だから、締め切り前の修羅場なんだって。今は時期がアレだから無理をしているだけだ。
お前にだって、そういうのはあるだろ?」
「あいにくと、私は締め切りに追われたことなんて、ないわ」
「お前に言った私が馬鹿だった……まあいいや、ところでパチュリー」
やれやれ、とため息をつきながら、ようやく魔理沙は顔を向けた。
「改造って得意か?」
「改造? そういう手先の器用さに関わることは、私は適正の逆にいると思うのだけれど」
「いや、物の改造じゃなくて、魔法の改造、とでも言うのかな。正確には魔化魔法の改造、
強化なんだが」
魔化系魔法。すなわち道具に魔法の力を付与し、これを固定する。要するにマジックアイテムを
作り上げる魔法である。
「なるほどね、そっちね。 ……魔化の改造は、できなくはないと思うわ。そっち専門の
技術者ではないからわからないけれど……でも、何が目的なの?」
「何、私の箒の出力を強化したくてな」
「貴女ねぇ……そんなに光になりたいの?」
「ああ、なりたいね。光になって、夢を、魅せたい」
にっ、と魔理沙はいたずらっぽく笑って、白い歯を見せた。そんな笑顔に、パチュリーは
どこか戸惑いと、羨望のようなものを覚える。似ているけれど、少し違う。
「で、これが私の箒にかかっている術式なんだが」
「きゃっ!?」
急にのめりこんできた魔理沙に、ぼうっとしていたパチュリーは驚いて裏返った声とともに
ぐっと身を引いてしまう。
「ちょ、どうしたんだよ、急に」
「……貴女が急に顔を突き出してきたからでしょ!?」
「それぐらいでいちいち声を上げるな。耳元で叫ばれても困る」
そう言われて、パチュリーはまだ何か言いたげな表情をした。けれど、その言葉を口の中で
噛み砕いて飲み干した。
「…………」
その様子を、少しはなれた席に座っていたアリスはじっと見つめていた。
ぼうっと、だけれど少し鋭く、研ぎ澄ました表情で。
羨望というのが近いのだろうか。それとも、そこには嫉妬のようなものも入り混じって
いるのだろうか。本人でさえ、それはわからないけれど。
ただ、目をそらすことはなかった。いや、できなかったというほうが正しい。
手元の本に目を向けることなく、飽きもしないで二人を――魔理沙を、見つめていた。
「どうしたんですか」
急に声をかけられる。えっ、と、彼女らしくもなく驚いて声の主へと振り向く。
そこには、いたずらっぽい微笑を含んだ小悪魔がいた。
「別に、なんでもないわよ。ただあの二人が騒々しいだけ。まったく、図書館では静かに
してほしいものだわ。館主があの有様じゃ仕方ないけど」
つんと澄ました表情へと顔を変じて、アリスはテーブルに置いた本へと視線を落とした。
それでも小悪魔はなおも微笑を途絶えさせなかった。おもむろに魔理沙とパチュリーへと
目をやると、そっと口を開いた。
「仲よさそうですよね、あの二人」
「――――」
ごく自然な言葉が響く。あまりにも自然なのに、なのに違和感がある。
実際、今もあれこれと議論を交わしている魔理沙とパチュリーは、とても仲良さそうに
見えるのに。
アリスは声すら出さなかった。表情も変わらなかった。でも、こくりとのどは鳴った。
「自分の主人に注意するのもあれですけど、ちょっと注意してきますね。魔理沙さんに頼まれた
本も届けないといけないですし。あ、後でお茶をお持ちしますね」
「……ありがと」
相変わらずにこにこと笑ったままの小悪魔に、アリスは短く答える。それだけで、また口を
閉ざした。
一瞬、小悪魔のにこにこした笑顔が、複雑なそれへと変わる。けれどそれも次の瞬間には
すぐに平常に戻った。
そのまま離れていく小悪魔を、アリスはただ黙って見送った。
それからまた、魔理沙たちへと、視線を戻した。
黒白の魔法使いの隣には、紫の七曜の魔女がいて。
――そしてそれを見つめる自分がいて。
自然に、アリスは自身も気付かないうちに、湿った深いため息をついていた。
「はい、魔理沙さん。ご入用の本をお持ちしましたよ」
「お、サンキュー。後悪いんだが『光術応用理論』も頼む」
「ってまだいるんですか!? この間咲夜さんやリグルさんとも弾幕勝負してませんでした?
いくらなんでも無理しすぎだと思いますよ」」
「あれぐらいは運動したうちに入らんよ。さすがに咲夜は結構応えたけどな。それに、
片方はパチュリーのおかげで何とか目処が立ったんでな、もうちょいがんばれそうだ」
「はぁ、まあかまいませんけど。それと、もう少し静かにしてくださいね。他にも閲覧者が
いらっしゃるんですから」
「ああ、そうだった。すっかり忘れてた」
思い出したように立ち上がると、魔理沙はそのままつかつかとアリスの下へ歩み寄った。
急な行動に一番驚いたのは、誰よりアリス本人だった。大きく目を見開くと、すぐそばで
自分を見下ろしている魔理沙を見上げる。
「アリス、ちょっといいか?」
「何よ急に」
断りを入れてから、魔理沙はすうっと呼吸をすると、真剣な表情でアリスを見つめた。
「明日、弾幕勝負をしてもらいたい」
「は? いきなり何よ」
あまりにも唐突な申し出に、アリスは怪訝そうな表情を浮かべる。
「ただの弾幕勝負じゃない。勝ったほうが、負けたほうにひとつだけ言うことを聞かせる
ことができる。要するに、賭け弾幕勝負だ」
「へぇ、面白そうじゃない。いいわ、受けて立ってあげる。
後で泣き目を見たって知らないんだから」
「いい度胸だ、それでこそアリスだぜ」
お互いに不敵に笑いあう。それが、約束成立の、何よりの証。
「…………」
そんな二人を、パチュリーはじっと見つめていた。
表情はいつもとあまり変わらないように見える。だけれど、その瞳が、わずかに潤み
揺れ動いているのが、彼女を良く知るものならば気付いたであろう。
例えば、
「……パチュリー様?」
彼女の使い魔である、小悪魔のような身近な人物なら。
すぐそばにいつのまにか、心配そうにしている小悪魔がいた。
「何かしら?」
応えるパチュリーは、いつもの主人らしい毅然とした感じ……に、したつもりなのだろう。
嘘の苦手な彼女の下手な演技に、誰よりも身近な小悪魔がどうして気付かないことがあろうか。
「いえ、そろそろ時間も良いですし、お茶にしてはと思いまして、お持ちいたしました」
「そうね、いただこうかしら」
小悪魔の手にしたティーカップを手に取ると、パチュリーはいつもの優雅さもなく紅茶に
口をつけた。味なんて、まるでわからないだろうな、なんていうことを小悪魔は思いつつも、
砂のように心の中で滑らせて消した。
Chapter2:Dancin' in Moonlight
空は冷たい空気に透き通っていた。
眩しく凍りつくような月明かりが貫き、大地を照らす。
幻想のようなその様。白い輝きが、ぽぅっと灯っては、消える。そんな光景。
二人の少女が、そんな澄み渡った空気の中で対峙していた。
片方は箒に乗った黒白の少女が厚手のコートを着て。
片方は鮮やかな服に身を包んだ少女が長いスカートを風になびかせて。
共通しているのは、お互いの髪の毛が冬空に踊っていることだけ。
「怖気づきもせずによく来たな。冬の地面に這い蹲るのは冷たいぞ?」
「あんたこそ大言はいて逃げ出したのかと思ったわ。約束を守っただけ、上等上等」
お互いに憎まれ口を叩くと、ふっ、と笑いあった。
二人の気が、空気を張り詰めさせていた。
だけれどそれは、同時に高揚を誘うような、そんな不思議な空気だった。
「それじゃあ、はじめようか」
「ええ、いいわよ。何を合図にする?」
「こいつがある」
魔理沙が懐から何かを取り出す。それは、月明かりを反射してきらきらと輝いていた。
一枚の、銀製のコインだった。
「こいつを打ち上げる。後は適当でいいだろ」
「わかったわ。コイン1個か。コンティニューできないのは――」
そこでアリスは言葉を区切り、すうっと深く息をした。
「お前のほうだぜ!!」
「貴女のほうよ!!」
同時に、二人の口から決意の言葉が響いた。
それがお互いに突き刺さると、二人とも表情を引き締めつつも、どこかおかしそうに笑いあった。
魔理沙は右手の指にコインを乗っける。
キィン! ――鋭く響く音とともに、コインはくるくると回転しながら夜空に放られた。
投げられたサイは、再びその手に戻ることなく、月光を反射しつつ二人の間を音もなく
落下していく。
二人の目線に、コインが差し掛かった。その瞬間、ひときわまぶしく輝いて――
二筋の光条が交錯して駆け抜けていった。
双方獲物を捕らえることなく掠めるだけで突き抜けていく。
お互いにわずかに体をそらして交わしていた。
その一瞬がスローモーションのように流れていく。
二人してにやりと笑うと、同時、一対の流星が夜空に生まれた。
流星となった魔法使いたちは、月光の下舞いめぐる。
ふわりと、アリスの腕が大きく振り払われる。
鮮やかに輝く弾幕が渦巻きながら旋風のように踊りかかる。
箒をトップギアのまま走らせる魔理沙は止まることを知らず直線の動きで突き抜ける。
アリスは苦笑した。渦巻きながら左右に展開する弾幕に曲線を一切使わず、直線の動きで
翔け抜けるあたりが魔理沙らしい。
つまり――小細工無し、ガチンコ勝負。
「笑ってられるとはたいした余裕だな、アリス!」
「あんたの馬鹿さ加減にあきれ返ってるのよ、魔理沙!」
お互いの口から放たれる憎まれ口。
魔理沙はただ一直線にアリスめがけて飛翔し。
アリスは距離を詰めさせまいと、愛用の人形たちを展開する。
射(テ)ッ! と号令がかかると、人形たちは一斉に魔理沙へ向けて掃射する。
絶え間なく降り注ぐ弾幕を、魔理沙は上昇しながら交わしていく。
その様はまるで、魚が押し寄せる波を飛び越えていくかのよう。
今度は魔理沙から仕掛ける。
上空からレーザーを放つ。
アリスはあわてずに空中で軽やかにバックステップを踏むことでこれを交わす。
一瞬後に、その眼前に光の柱が走り抜けていく。
「ふん、だから音速が遅いって言われるのよ!」
「るっさい、一発二発交わした程度でほざくな!」
アリスの挑発に、魔理沙は噛み付く。
決して心底から憎みあっているのではない。時には肩を並べて戦ったこともある。
だからこそ、あるいはそれは――お互いが、惹かれあっている証。
アリスが指を鳴らす。赤の弾幕が薙ぎ払うように放たれ、青の弾幕がさらにその隙を埋める。
一見放射状に放たれているように見えて、その軌道はわずかにずれている。
避けやすいと見えたほうが、かえって死地となるのだ。
「うおっ!?」
その身を掠める弾に、魔理沙は思わず声を上げ、冷や汗を流した。
弾が通り過ぎてから、ヒュー、と口笛を吹くように息を吐いた。
弾幕はパワー、を信条とする魔理沙。
これに対して、アリスは弾幕はブレインなのだという。
まったくもって対照の二人。そしてお互い蒐集家ということもあり、よく衝突していた。
馬が合うのか合わないのか。確かに会えば会ったで喧嘩は絶えないけれど。
だけれど頭から離れない。
例えば顔をつき合わせてケンカしたときのこと。
例えば二人して夢中になって古文書を解き明かそうと研究したときのこと。
例えば、二人が背中合わせで、強敵と戦い抜いたこと。
「おいで、西蔵! 廻り廻りて、魔理沙を地獄へ叩き落しなさい!」
「おーおー、言ってくれるじゃないか。やれるもんならやってみやがれ!」
アリスが、ついにスペルカードを仕掛けた。
宙に放たれた6体の人形がはねるように空に踊る。
そのたびに空に鮮やかな緑色の弾が撃たれ、弾幕となって埋め尽くす。
弾は数発が一組となって襲い掛かる。上から、下から、左から、右から。
ぶっきらぼうに全方位に射たれているかのように見えて――
「チィッ」
舌打ちする魔理沙が、頭の帽子を押さえた。
頭上すれすれを、人形の弾が掠めていったのだ。
大雑把に弾幕を放出しているように見えて、わずかに軌道をずらしているのだ。
本体と同じやり方。しかし、スペルカードとして展開されているこの弾幕は、出力と厚さが
先ほどと違いすぎていた。
まるで暴風にさらされた鳥のように、魔理沙は上へ下へくるくると回り、時に天地を
逆さまにしながら空を翔ける。
しつつ、数日前のことを思い返していた。
『咲夜、ちょっと弾幕勝負に付き合ってくれないか?」
『別にいいけど、やるからには本気でやるわよ?』
『ああそうしてくれ。お前の虚実の奇術、凌げなかったらお話にならないんだ』
『引っかかる言い方ね。まるで何か目的がある見たい』
『まあな……綺麗に勝ちたい奴が、いるんだよ』
やれやれ、咲夜との特訓がやっぱり役に立ったぜ。
心中、魔理沙はそうつぶやかずにはいられなかった。
もとより咲夜は、フェイント・フェイク・強襲と何でもありの弾幕を得意としている。
どんな位置にいてもそのナイフは反射を利用したりして襲い掛かってくるし、少しずつ
袋の鼠となるように追い込んでいく。
つまり、アリスに似ているのだ。
奇術、奇襲とは、先の先まで計算しつくされた手段をもってしてはじめて成功する。
その計算高さが、アリスとの戦いに通じるものがあったのだ。
「ふ、ん。あんたらしくないわね、交わし続けるなんて。いつもならパワーで何もかも
ふっ飛ばしてくるのに」
「ああそうかい、そんなに退屈ならそろそろお見舞いしてやるぜっ!」
魔理沙の手に輝く光が生まれ、腕を振り払うと、その光は宙を飛び交い煌く。
すなわちそれは、星の煌き。
その光は五芒をかたどりてくるくると踊る。
月明かりに息をひそめるはずの星が、月下に燦々と輝いていた。
そしてその輝きは、無数の星型弾となりてアリスへと放たれる。
星型弾と緑の魔弾が空中のいたるところででぶつかり合い、爆裂して光の華を咲かせた。
「くっ……でもこの程度の弾幕では押し切れないわよ!」
「みたいだな。だが、これならどうかな?」
なおも退くことなく人形を操っていたアリスに対し、魔理沙はにやりと笑う。
次の瞬間、左手から眩しい輝きが、遮る両者の弾幕を全て吹き飛ばしながら迸る。
アリスは身をよじって交わす。だが、狙い自体がそもそも甘く、頭のやや上を通過していった。
「へたくそ、ちゃんと狙――」
そう言って、あざ笑おうとしたそのとき。
アリスの表情から余裕が消え、目は大きく見開かれる。
魔理沙が、すでに突撃体制を整えていたのだから。
その瞬間、アリスはあのレーザーの真意を知る。
つまり、狙いは自身ではなく、血路を開きたかったのだ。
その一瞬を見逃す魔理沙ではない。
モーセによって割られた海が元に戻っていくかのように道をふさいでいく弾幕。
しかしそれは、音速のごとき速さで翔け抜けていく魔理沙の進路を阻むには一瞬遅かった。
「さあ見てな、お前の頭の上、星空で染めてやるぜっ!」
「なんですって!?」
驚愕するアリス。それに対して魔理沙は、ためらうことなくスペルカードを宣言する。
――魔空『アステロイドベルト』
本来なら全方位に重厚な星型弾幕を展開させつつ上下左右から小さな星型弾を以て詰める
スペルカード。しかし魔理沙は、あえてそれを突撃しながら使った。
空間を埋め尽くすほどの大量の星型弾が、今は魔理沙の手のひらから直接空へと放たれていく。
空を翔け抜けながら星をばら撒く魔理沙の姿は、まさに流星のようで。
ついさっきまで月に照らされていたはずのアリスの頭上が、一瞬にして満天の星空へと変わる。
「きゃっ!」
頭のすぐ上を魔理沙が高速で突き抜けていった突風で、アリスは吹き飛ばされ、一瞬
目の前に腕をかざして視界をふさいでしまう。
次に目を開いた時には、その空はもう落刹銀河。天蓋が早送りで周り、西の空に落ちていくかの
ように、数多の星が降り注ぐ。
後ろへ飛んで交わす。しかしそこもすぐに星が一筋降りかかり。
それをかいくぐるようにして交わしても、すぐまたそこにも星々が舞い降りてくる。
舌打ちしてなおも前に後ろに左に右に、時に上に、あるいは下にと交わし続ける。
しかし圧倒的な密度で襲い掛かる星型弾幕を全て交わしきることはできない。
腕に、背に、足に、星型弾がぶち当たり、あるいは掠めていく。
そのたびに、アリスの顔が苦痛に歪む。
「ほんとに、あんたってば……」
弾幕の海をたゆたいながら、ぽつりと、小さな声が零れ落ちた。
それに共鳴したのだろうか。魔理沙の目もまた、どこか遠い。
――ムチャクチャよ、あんた!
遠い日。それは魔界での出来事。
『ふ、ん。魔界人もたいしたことはないな』
『ッ! あんた少しやりすぎよ。もうちょっとおとなしくできないの?』
そうして、二人は出会った。
あの日、魔界に侵入した魔理沙と、それを阻もうとしたアリスが。
たいした魔法も使えないくせに。
アリスはそう言った。人間を――魔理沙を、侮っていた。
しかし魔理沙は歯牙にもかけなかった。
試してみる?
ただ、それだけを言って挑発して。
もちろん真っ直ぐなアリスは、それに乗った。
許さない……そう言い放って。
強い――!
戦い始めてすぐに、そんな言葉がアリスの脳裏をよぎった。
今まで、低俗な被造物だと軽んじていた人間。
そんな人間に、魔界の神たる神綺の娘とも言うべき自分が、追い詰められている。
信じたくなかった。
だけれどそれは現実で。
目の前には、もう――恋の魔砲が迫っていて……
その閃光が、アリスの心に強く刻み込まれて。
魔理沙のことが、頭から離れなかった。
最初は、ただの人間に無様に負けてしまったことが認められなくて、ひたすら憎かった。
『究極の魔法』まで持ち出してきて、倒そうとした。
それでも、魔理沙に伸ばした手は……届かなくて。
強い強い、人間の放つ、一瞬の煌き。
あまりにも強く輝くそのまばゆい光に、魅せられたのだと気付いたのは、いつからだったろう?
それからアリスは魔界を出て幻想郷へと移り住んだ。
もっともっと見識を広め、強い力を手に入れるために。
住処と定めた魔法の森に、魔理沙も住んでいたのはたまたまだった。
顔をあわせれば喧嘩が絶えない。
蒐集の最中にばったりと出くわしてしまっては取り合いになることもあった。
そして、二人背中合わせで戦ったこともある。
いつだって魔理沙の目は遠くを見つめていて。
そこへたどり着こうと、ものすごい速さで駆け抜けていって。
ついていくのが精一杯で。
悔しさとか、憎たらしさから来る執着が、いつからだろう。
そばにいたい、そんな思いに変わっていったのは。
恋色の魔法使いの魅せる世界。そんな世界を、これでもかっていう速さでめぐって。
そのとき、すぐそばに一緒にいられたら――
「だから私は――」
流れ落ちる星々の中で、誰に聞かせるでもなく一人ごちるアリス。
けれどあるいは、届いてほしいのかもしれない。
すぐ目の前で眩しく煌く、恋の魔法使いに。
隣に並んで、一緒に空を飛び回ることができるよう。
同じ速さで駆け抜けていけるんだ、って、証明したくて。
「負けるわけにはいかないのよ!」
ぽぅっ…と大きな光が一粒、アリスを包み込むように生まれ出ると。
星の雫が、一斉に弾けとんだ。
同時に姿を現すのは、10体の人形の姿。
人形たちの放ったレーザーが、星々を貫いて吹き飛ばしたのだ。
「さあ私の傀儡(くぐつ)となりて可憐な踊りを踊るといいわ! ともに踊る人形たちと
ともに、気の狂うまでのたうちまわりなさい!」
「チィッ、スペルカードか!」
くるくると舞い踊る人形たちの放つ光に翻弄されるように、魔理沙は自身も回転しながら
飛び回る。
人形劇の舞台の幕は上がった。主役は魔理沙。それを引き立てるはアリスの操る10体の
人形たち。演目はすなわち、乙女の悲恋、そして――死。
星が消え、再び月光を取り戻した空を、襲い来る光条と魔弾を交わしながら舞いめぐる。
魔理沙を狙う光条は絶えることなく射線をとり、あれを墜とせと月影を逆上りて迸る。
同時、その光は遠く海を照らす灯台のように、弾幕を魔理沙へと導く。
正面から射線をとられ、きりもみするように回りながらこれを交わす。
しかし眼前に天を射抜くように下から射線が伸びる。間一髪急ブレーキをかけてこれを
凌ぐが、その慣性でふわりと踊った髪が一筋、貫かれた。
はらはらと綺麗な金色の髪の毛が舞い散ろうとしたときにはすでに魔理沙はそこにいない。
誰もいない虚空を、左右から挟みこんだレーザーと弾幕が交錯し衝突した。
上昇していた魔理沙は眼下の爆発に息を呑んだが、しかし息をつくまでの間は与えてもらえない。
そのさらに上を、人形がとっていたのだから。
わずかに体をそらすと、ジュッと布が焼け焦げる音がした。
左肩のちょうちん袖を、レーザーが掠めたのだ。
舌打ちする魔理沙。だが……何かが腑に落ちない。
本来このスペル――『乙女文楽』は、敵の前面から包み込むように射線をとり、弾幕を
敷き詰める符のはず。
こうしてあらゆる角度から絶え間なく攻撃する分には、確かに息をつく間はない。
しかし、到底交わしきれないような弾幕とは思えないのだ。
まるで、人形を散らばらせるためにわざと隙のある攻撃をしかけているように。
そこまで思い至ったとき、魔理沙の目にキラリと煌くものが映った。
あまりにも細すぎて、ともすれば見落としてしまいそうなその煌き。
人形を操る銀糸が、夜空に幾筋も張り巡らされ、月光を照り返していた。
ぞくりと、魔理沙は寒気に襲われた。
そうか、アリスの狙いは――
ピシィッ! ――つぅ。
「かかったわね、魔理沙」
魔理沙の右腕から赤い筋が滴り落ちるのと同時に、アリスはそう言い放った。
月を背景に、魔理沙を見下ろしながら、人形を手繰る両の手を胸で交差させて。
その手から伸びるのは、数多の銀糸。
「……どういう手品だ、アリス」
「どうもこうもないわ。ただあんたは閉じ込められたのよ――人形の織り成す牢獄にね」
ころころと、まるで鈴が鳴るような声が響く。
それにあわせるように、いつの間にか上下左右から魔理沙を取り巻いていた10体の人形たちも
また、ふよふよと踊った。
「見せてあげるわ……点をつなぎ、線を織り成せば面となる……人形遣いの真骨頂を!」
そう叫ぶと、手の銀糸を伝わらせてひときわ強く魔力を放出する。
それを受けた人形たちは妖しく輝き、互いをつなぐ銀糸を赤く輝かせる。
人形という点と点が魔力の線で結ばれ、面を作り出したとき。
魔理沙は光の結界の中に、閉じ込められた。
「く……そッ!」
赤い血の滴ったその手に魔力の光を灯し、レーザーとなしてアリスめがけて放つ。
しかしそれは、人形の織り成す面の結界に阻まれて霧散した。
「あははははっ、無駄よ魔理沙! この術は攻防一体の魔方陣。そんなヤワな魔法じゃ
傷ひとつつけられないわ」
勝ち誇ったように高笑いをあげるアリス。その目は絶対の自信を宿して揺るがない。
しかしだからといって、そこで詰めを誤るアリスではない。
人形に更なる魔力を送り込む。すると、魔理沙を取り巻く10体の人形の目が妖しく輝き、
機械的な動作で腕を上げた。
その向きは全て、織り成す面に囲まれた魔理沙に向かっている。
「さあ乙女文楽最終章、囃したてる人形の弾幕に滑稽な踊りを見せてもらいましょうか!」
アリスの号令がかかる。それを合図に、人形たちは一斉に魔理沙へ向けて魔弾を発射する。
交わそうとしても、魔力の面で限定された空間の中では思うように動くことができない。
ひとつ、またひとつと魔弾がぶち当たっていく。
顔をしかめ、やがてそれは歪みといえるぐらいに変わっていく。
痛みよりもむしろ、思ったように動けないその苛立ちが魔理沙を精神的に追い詰めている。
舌打ちして、大きく後ろに下がる。が、勢いあまって面にぶち当たる。
瞬間、激しい電撃が魔理沙を襲う。
かはっ、と息を漏らすと、目が薄くなっていき、意識が遠のきかけて――……
『くそ、一体なんだというんだ』
永夜の竹林で、魔理沙はそんな言葉を吐き捨てていた。
目の前にいる相手は二人。
博麗の巫女たる霊夢と、境界を支配せし八雲紫。
最強の結界使いたちを相手に、ただ一人で立ち向かっていた。
だけれど、切り札のマスタースパークさえも破られ、もう後がなかった。
『永遠におやすみなさい』
『これで終わりよ、魔理沙!』
結界の使い手が散り、挟み込むようにして追い詰める。
せめて一矢報いようとあがこうとして……けれど間に合わない。
目の前に無数の札と妖力針、さらに九尾の式まで迫って――
それらは人形に阻まれて、何一つ魔理沙に届くことはなかった。
『歪な月と終わらない夜を変に思って調べてみれば……何やってるのよ、あんたたち!』
突如姿を現したのは、アリスだった。
結界組と魔理沙の間に割って入り、立ちふさがった。
『ア、アリス!? どうして……』
『誤解しないでよ。あくまでもあんたを倒すのは、私なんだからね』
戸惑いがちにかけられた言葉は、ぷいっと顔を背けられてしまうけれど。
でも、魔理沙には、どこかうれしそうな笑みが宿った。
『へっ……ちょうどこれから面白くなるなんだ。アリスの手助けなんていらないな』
『そう言う台詞はもう少し余裕を持ってから言うことね』
さっきまでとてもいえそうになかったひねくれた軽口も、ぽんと飛び出すように出てきた。
崖っぷちで切羽詰っていた気持ちが、急に軽くなった。
どこまでも、翔け抜けていけそうなぐらいに。
『んじゃせっかくだから力借りるぜ。そして、一発ぶっ放してやろうぜ! このシケた永夜に、
禁呪の詠唱の放つ、とびっきりの極大魔法をさ!!』
『最初っから素直にそう言いなさいよ! うまくやりなさいよ魔理沙!』
こんなときまでもお互い憎まれ口を叩きながら、だけれどぴったりと息を合わせて。
魔理沙は今一度八卦炉を正面に構え、アリスの人形たちが周囲を狙う。
『『いっけえええぇぇぇぇーーーーーーーーーーッ!!!!』』
真っ直ぐに駆け抜けるとびっきりの閃光を、七色の鮮やかな輝きが囃し彩る。
二人の織り成した夢色の光は、永夜を飲み込むぐらいに、まぶしく煌いて――……
打ち合わせも何もあったものじゃない。
それなのに――まるで歯車がしっかりかみ合うかのように、自然に。
結局結界組には勝てなかったけれど、それでも何かをつかむことができた。
アリスがそばにいてくれてなしえたこと。
二人がひとつになったときに垣間見えた、とてもとても広い世界。
一瞬の閃光。あの光を、また見たくて。
二人の織り成した光の導く、夢の続きを。
「だから――」
落下しつつあった魔理沙は、我を取り戻した。
「こんな風に終わってたまるかっ!!」
待ち受けていた魔力の面に激突する直前に箒は自らの飛行を取り戻し、蜂が飛ぶように急に
制動をかけて落下をとめる。
同時、まるで瞬間移動するかのように高速で、点から点へと瞬時に動き、迫り来る弾幕を
交わしていった。
「ちっ……そのままおとなしくやられてしまえばよかったのに」
「悪いな、こんな程度でやられてやるほど私は安っぽくはないんでな」
アリスの舌打ちに、にやりと笑って返す。
それでもアリスはすぐに平静を取り戻して、再び号令を下す。
「まあいいわ。その結界の中にいる限りあんたは袋のねずみも同じ。一度運良く逃れることが
できたって、そう長く持つはずもないわ」
「あーそうだな、まずはこいつからどうにかしないとな」
言われて改めて魔理沙は周囲を見回した。
人形という点を、銀糸という線がつなぎ、魔力の面が立体となって結界を織り成している。
面倒くさそうに、ため息をついた。
しかし同時に人形の正確な位置を把握し、計算していた。
(上に1、右方向やや上に1、その下に1、背面に2、下方向に1、少しずれてまた1、左に1、前面に2)
宙に散らばり魔理沙を取り囲む10体の人形の配置を、正確に把握する。
そして、上方にいる人形の向こうに――アリスの姿を、はっきりととらえる。
状況を確認し終えた魔理沙は、目を閉じてへっ、と不敵に笑った。
「上等だ!!」
右手で胸から八卦炉を取り出し、アリスへ向けて真っ直ぐに構える。
隠し技を見せたアリスに対し、魔理沙もまた切り札を切ったのだ。
「甘いわ。確かにマスタースパークならこの結界を突き破れるでしょうね。でもほんの数秒は
持つわ。その間に私は射線を外れることができる。そしてあんたは自分に迫る弾幕をもろに
被弾しておしまい」
「へっ、それはどうかな?」
今も弾幕が迫り来る中、そんな会話を交わす二人。
アリスは冷静に勝負の行方を計算し、魔理沙はその自信をゆるがせなかった。
「そう――この結界さ、『人形』っていう『点』がなきゃ面を作り出せないよな?
だったら……その『点』を吹き飛ばしたら、どうなるだろうな?」
言いながら魔理沙は左手でもう一枚のスペルカードを取り出す。
「二重詠唱!? あんた、無茶苦茶よ! 正気なの!?」
「正気も正気さ。見てろよ……
右手より恋の魔砲マスタースパーク、左手より恋の星々ノンディレクショナルレーザー。
星よ、舞い踊れ。二つの恋、相見えて、その恋路を邪魔するものを全て――」
左手のスペルカードを宙に舞わせる。
きらきらと、星の雫のような10個の光玉となり、一対の五芒星を織り成す。
両の手を八卦炉に添えて、魔力を収束させていく。
すでに人形とアリス本体の位置は把握してあり、ロックオン済み。
後は――思い出せ。
アリスと二人で放った、あのまぶしい輝きを!
「消し飛ばせぇえぇぇぇぇぇーーーーーーーーーッ!!!!」
夜空に星影が煌いた。
一対二つの五芒星は八方に迸りて牢獄の縛めをなす人形たちを貫く。
一斉に、まるで花火が刹那の時の中に咲いて散るように。
それによって崩された魔力の面は。
その鎖に絡めとられ猛り狂っていた魔砲を縛めることかなわず。
吼える。月の夜空に、解き放たれし恋の星の煌きが。
光の濁流は全てを押し流して。
ただ一筋、その輝きは強く眩しく、天へと昇る龍のごとく、アリスへ迫り来る!
「――――ッ!」
寸前、かろうじてアリスは光の洪水から逃れる。
一瞬前いた場所は、ゴウッ、っという爆音とともに、閃光に飲み込まれていった。
だけれどそれでも五体満足ではすまない。
衝撃波に体を刻まれ、吹き飛ばされる。
口も体も悲鳴を上げながら、アリスは空をキリキリ舞ってしまう。
それでも決して閉じないその瞳は、薄く見開きながらもはっきりととらえた。
魔砲を放ってなお、決着をつけに空を翔ける黒白の魔女の姿を!
光の加減のせいか……その姿は、ダブって霞んで見えるけれど。
「止めを刺しにきたつもりなんでしょうけど……」
くすくすと笑うその声には未だ自信が伺える。
「だから甘いのよ、あんたは!」
懐から取り出す、切り札の人形二人。
――魔彩光の上海人形・首吊り蓬莱人形。
アリスのとっておき。その鮮やかな閃光が真っ直ぐに飛翔する魔理沙を貫いて――
そして、弾けた。
直後、魔理沙の姿が薄れ、大きな爆発となってあたりを吹き飛ばす。
「な!?」
予想だにしなかったことにアリスの思考回路はとまり、爆発になすがままにされてしまう。
レーザーが貫いたものは魔理沙ではなかった!? それならあれは何だというのか。
本物の魔理沙は、どこに――
「チェックメイト――化かしあいは、私の勝ちだな」
不意に、吹っ飛んでいたアリスの体が、抱きとめられて。
耳元に、そんな宣告が響いた。
「魔理沙……これは……」
ぽぅっと、呆けたように声を漏らすアリス。そんな彼女に、魔理沙はにやりと笑った。
「へへん、驚いたろ? リグルに教えてもらった技が役に立ったぜ」
「リグル? ああ、そういうことか。あれは……幻術だったのね」
意外な名前を聞いて、やっとアリスは合点がいった。
「お前が撃ったのは、ただの星型弾だよ。もともとそれ自体が光を放っているからな。その光を
ちょちょいと操作してやって、私の似姿に仕立て上げたんだ。幻覚魔法を使う要領でな」
「まったく、今回ばかりは恐れ入ったわ……あんたらしくないけどね」
アリスはやれやれ、と両手を挙げて深くため息をついた。最後に一言付け加えて。
だけれどなぜか、魔理沙は顔を少し背けて、消え入りそうな声でつぶやく。
「綺麗に――勝ちたかったんだよ」
「えっ……?」
「なんでもないっ!」
聞きとがめたアリスが聞き返すように声を出すけれど、かき消すようにひときわ大きい声で叫んだ。
気のせいか、その頬が――ほんのりと、色づいているような。
「そ、それよりアリス! 私が勝ったんだから、ちゃんと約束は守ってくれるんだろうな!?」
「あー、そういえば負けたほうが言うことをひとつだけ聞くんだったわね。大丈夫よ、私は
あんたみたいに約束を反故にしたりしないわ。さあ、煮るなり焼くなり好きにするがいいわ」
しょうがない、というあきらめに似た、悟ったような表情でアリスは言う。
どうせまた秘蔵のグリモワールだとかせびられるんだろうなぁ、とか思いながら。
だけれど予想に反して、魔理沙はやけに緊張した面持ちをしていた。
「一度しか言わないからな……」
「……何よもったいぶって」
いぶかしげにアリスは目を細める。
しばらくためらっていた魔理沙は、やがて意を決したように真剣な表情をすると、アリスに向き直る。
「……24日、暇……か?」
「えっ?」
思いもよらない言葉に、アリスは我と我が耳を疑い、大きく目を見開いてしまう。
まじまじと魔理沙の目を覗き込むと、その顔がたちまち上気したように赤く染まっていく。
「つまりそれって……その……?」
「だ、だからその……クリスマスイヴ、一緒に……すごさないか、って!」
恥ずかしさのあまりか、その語尾は噛み付くように上がってしまう。
だけれどその勢いはすぐにしぼんでしまって。
そんな様子に、アリスは目を丸くしていたけれど。
やがて優しい目に変わっていって、魔理沙を見つめる。
「え、と……はじめてお誘いを受けたから、どうしていいかわからないけれど……
ありがとう。特に予定は入ってないから、その……大丈夫よ」
「ほ、ほんとか!?」
アリスの答えに、勢い身を乗り出すようにして魔理沙は言う。
耳にした言葉を、しっかりと確認するように。
それを見て急に恥ずかしくなったのか、アリスはつんと顔を背けた。
「で、でも、誰とも予定のないあんたがかわいそうだから、受けてあげたんだからね!?
そこんところ勘違いしないでほしいわね!」
「あー、なんだよそれ?」
豹変した態度を見た魔理沙はジト目がちになって口を尖らせる。
自分がきっかけになったことだけれど、気まずい空気にアリスは困ってしまった。
どうにかしようとして、あわてて口を開いた。
「にしてもあんた、よくも複合スペルなんて無茶やらかしたわね。理論上はできないことは
ないけど……たいしたもんだわ」
「ああ、あれか。実はさ……」
話題を変えて先ほどの大技について話を振ると、魔理沙はばつが悪そうに横を向いて
頭をぽりぽりとかいた。
「そりゃまあ、お前と戦うのに必要だろうと思って、研究はしていたんだけどさ……
実際アリスだって人形を基点にした魔方陣なんて新しい技を開発していたしな。
でも、……成功したのは、今回が初めてなんだ……」
「……へ?」
予想外の返答に、アリスは間の抜けた声をあげて呆けたような表情をしてしまう。
それを見てますます具合が悪くなったのか、魔理沙はあははと苦笑いを浮かべる。
「つまり、ぶっつけ本番、ってこと?」
「まあ、平たく言うとそうなるかな?」
無い胸を張って開き直った答えが、おかしくて。
自身気付かないうちに、アリスの口から、笑みがこぼれていて。
「くっくっく……あっははは! ほんと、すごいわあんた。おかしいぐらい。まさか、
できるっていう自信もなしにそんなことしちゃうんだから、本当人間の成長力ってすごいわね」
おかしそうに思い切り笑う。何がおかしいのか、とても大きな声で。
だけれど同時に、その目は少しさびしそうに。
「この調子じゃ……永夜の時みたいに、私の手助けなんて、いらないわね、もう……」
「そうでもないさ。やっぱりさ、あの光の輝きは……」
自嘲気味に言ったアリスの言葉を、魔理沙は間髪入れずに否定した。
えっ、と魔理沙のほうを向くと、じっと真剣な目つきでアリスのことを見つめていた。
「アリスじゃなきゃ、ダメなんだ」
「――――ぁ」
ぽつりと零れた、けれどはっきりと聞こえたその言葉に。
まるでどこかのメイド長が時を止めたかのように、二人とも動けなくなる。
寒い冬の夜空の下なのに、どうしてか、二人とも顔が熱くなっていくのが抑えられない。
「あー、その、なんだ? あの魔法はやっぱ二人でやらないとどうも今ひとつっていうか……」
取り繕いながらも、魔理沙の視線は宙を泳いでしまっている。
そんな様子を見て、アリスはくすっと笑った。
頬を染めながらこぼした微笑は、月光もあいまってひどく神秘的に見えて、だけれどとても、
かわいらしくて。
思わず魔理沙が、見とれてしまうほどに。
「やっぱあんたは私がいないとダメみたいね、ほんと」
「なんだよそれぇ? ひっどいなぁ」
からかわれて口を尖らせる魔理沙だけれど、アリスはますます声を立てて笑う。
むー、と唸った黒白が、まるで猫のように七色をつかみにかかっていく。
蝶々のようにひらひらと交わしていくけれど、やがてつかまって。
そんなじゃれあう二人を、月光は優しく見下ろして包む込んでくれて。
冬の夜空に、二人の周りだけは、とても暖かかった。
――――遠くからそれを見つめて。
ため息が白く、冷たい空気の中に零れ落ちる。
紫色の魔女が、二人に気付かれないぐらい遠くにたたずんでいた。
こんな寒空の中ひどく薄着で、だけれどそんなことをまったく気にすることもなく。
黒白と七色の交わりを映す紫の瞳は、潤んで揺れている。
それにあわせるように、トクントクンと鼓動も高鳴っていって。
耳障り。そう思っても、決して収まっていかなくて。
「パチュリー様――」
不意に後ろから声をかけられる。それと一緒に、ふわさと暖かいものが背中にかけられた。
風邪、引きますよ……なんて、そんな言葉が添えられて。
えっ、と柄にもなく気の抜けた声をあげながら振り向くと、そこには心配そうな表情をした
彼女の使い魔――小悪魔がいた。
「普段着のままどこかへ出て行ってしまうんですもの……あわてましたよ。外はもう木枯らしが
吹き荒れて、空気が冷たいんですよ。ほら、月夜でもこんなに星が見えるぐらい……」
言われてパチュリーは空を見上げた。
外に出て、こんな風にするのはいったいどれぐらい久しいのだろう、そう思いながら。
きら、きら、きら。
冷たく澄んだ夜空は、恋の魔法使いを象徴する星が、とても綺麗で……
Chapter3:Feeling Heart
ポロン、ポロン……
机の上に置かれたオルゴールが、まるで弾むような澄んだ音を奏でる。
その上で回るのは、二人の人形。
黒白の服を着た女の子と、鮮やかなで綺麗な色合いをした服に身を包んだ女の子。
二人が向き合って、ゆっくりと、ゆっくりと、踊るように回っていた。
重ねた両腕を枕に、まるで夢を見ているかのようにぼうっとした表情で見つめているのは、アリス。
疲れているからか。かもしれない、あんな弾幕勝負の後なのだから。
実際、あの後急に体がふらついてしまった。
すぐに魔理沙が支えてくれたけれど、結局強がってしまって。
送っていくよ。危なっかしいから。
気遣う言葉はうれしかったけれど、 素直になれなくて。
よく言うわ……あんただって随分ダメージ喰らってるくせに。
なんて、そんな言葉が出てきてしまう。
でもそれは……魔理沙のことが、心配だったから。
結局押し切られるような形で、魔理沙は家までくっついてきた。
口ではしょうがないわね、なんてあきれたように言うけれど。
心の中は、しんみりと温まっていって。
けれど、そんな感動は家に着いたら吹っ飛ばされた。
お茶を出せ、ご飯を出せ、って。まるで我が家のように。
本当、人の気持ちも考えないで!
心はそう叫んでも、口にまでは出さなかったけれど。
それなのに、どうしたんだよそんなふてくされて、なんて逆なでするようなことを言われて。
おこって、追い出してしまった。
一人になってみると、急に気持ちがしょんぼりしてきてしまって。
いつもと変わらない自分の家が、なぜだかやけに広く感じられてしまう。
暖房もちゃんと利かせているはずなのに、さむさを感じて。
魔理沙がそばにいてくれることが、こんなに大きかったなんて。
ひどくしめったため息をついた後、気がついたらこうしてオルゴールを開いていた。
以前、香霖堂で見つけたアンティーク。響くように澄んだ音色に惹かれて、手に入れたもの。
ただ、人形の服が傷んでいたから、家に持ち帰って、直してあげることにした。
最初は元通りにしようと作業をしていたのだけれど、ふと、服を着る人形をあらためて見直した。
二人の女の子が、とても幸せそうな笑顔で、見つめ合っている。
何かを願うような、そんな想いが湧き出てくると、アリスは夢中で一から服を作った。
魔理沙のよく着る黒白のエプロンドレスと、自分の着ている色鮮やかなワンピースのドレス。
心のうちに広がっていった想いをこめて、着せてあげた。
ポロン、ポロン……
止まることなく、だけれどとてもゆっくりと、まるでガラス細工のように繊細な音色は響く。
魔理沙とアリス。二人をかたどる人形が、奏でられる静かな音色にあわせて踊る。
この曲、どんな歌だったっけ――ぼんやりした頭でそんなことを思う。
それが答えにたどり着く前に、自然に唇が動いて、その詩を紡ぎだす。
「偶然が……いくつも……重なり合って……」
ぽつり、ぽつり。
零れ落ちる雫のような詩句に導かれて、アリスの目はそこにないものを見つめていた。
あの日、魔界で出会った。
出会いなんてきっと全て偶然。必然なものなんて、ひとつもない。
でもその出会い方が最悪。
人の世界に出入りする魔界の住人に殴りこみにいった魔理沙の前に立ちふさがって。
後はもう、売り言葉に買い言葉。
挙句の果てには、弾幕が言葉代わりに成り果てて。
きっとあの時、魔理沙の目には、私なんて映ってなかったんだろうな……
そう思うと、少しだけ心が痛くなる。
だって、アリスの目は、まぶしいぐらいに光っている魔理沙でいっぱいだったのだから。
人間だとか、魔法使いだとか、むしろそんなことは関係ない。
何よりも真っ直ぐで、輝いていて、そして――アリスには追いつけないぐらい、はやくて。
早くて、速くて。見とれている間に見失ってしまいそうなぐらい。
一生懸命、追いつこうとした。はじめて、こんな風に、誰かが心の中に入ってきたから。
究極の魔法を持ち出したときは、多分きっと……はじめて、ちゃんと見てくれたんだ、って思う。
到底手に負えない魔法にぼろぼろだったけれど、それだけで十分に、アリスの心は満たされた。
でも、もっと見てもらいたい、かなうなら――その隣を一緒に飛べるぐらい、はやくなりたい。
だから、もっと強い力がほしい。もっとたくさんのものを見たい、聞きたい。
二度目の出会いは本当の偶然。
魔界を出て、移り住んだ幻想郷の魔法の森で、魔理沙に出会って。
とくん、と鼓動が高鳴って。こんな偶然、まるで何かのめぐり合わせみたいに。
それなのに、顔をあわせてみたら――やっぱり、出てくるのは、憎まれ口で。
よお。久しいな、七色馬鹿。
いきなり言われたのはそんな言葉。
心臓がどきどきしていたからか、すぐに頭に血が昇っていって。
ご挨拶ね、たった二色の魔法使いさん。
なんて、出てくる言葉はとげとげしいもので。
後はもう、悪口の応酬。お互いよく次から次へと、こんなに言葉が出てくるものだと思いながら。
本当に言いたいことは、まるで出てこないのに。
そのときは、まだ気付いていない、心の奥底に芽生えたものだったけれど。
それからというもの、会うたびに口げんかして、ちょっかい出されたり、振り回されたり。
終わらない冬の時だってそうだった。
顔をあわせるや否や、なけなしの春をよこせ、なんて言いあって。
頻繁に続いた宴会の時もそうだった。
いきなり押しかけてきては『お前が犯人か?』とか言われたりして。
永夜の時もそうだった。
せっかく助けに行ってあげたのに、ひねくれたことしか言わないし。
本当、嫌になっちゃうぐらいに迷惑をこうむっているはずなのに。
でも、どんなに口げんかしたりしているときでも、その時はとても充実してる。
だからこそ、心と裏腹な言葉しか出てことに、時々いらいらしてしまうのだけれど。
かといって内に秘めたものを、素直に言えるはずもなくて。
なのに、離れてしまうとやっぱり――さびしい。
その後に、いつだって思い返すのは、魔理沙の顔。
目に、そして心に、焼きついて離れない。
こんなに思うようになったのは、いつからだろう。
気がついたら、それはしっかりと根付いていて。
魔理沙のことをもっと知りたい、とか。
魔理沙のいろんな表情をもっと見てみたい、とか。
何より――その隣を、一緒に飛んでみたい、とか。
気恥ずかしくて、そして素直になれなくて。
自分から言い出すことはできなかったけど。
誘ってもらったX'masの約束。
どんな一日になるんだろう。
「魔理沙――」
ぽぅっと、憂いを秘めたような、どこか熱っぽい声で大切な名前を呼ぶ。
一瞬、止まってから、その唇は続きの言葉をつむぐけれど。
それは、綺麗な音色を奏で続けるオルゴールの中に、吸い込まれていってしまうけれど……
・
・
・
「おーいアリス~、悪い、忘れ物しちゃってさ」
大きな声をあげながら、ずかずかとあがりこんでくるのは他でもない魔理沙。
いないのか、おーい、なんてまるで我が家のように歩き回って。
「いたいた、おーい……っと」
ようやくその姿を見つけて、名前を呼ぼうとして……やめた。
机にうつぶせになって、静かに、かわいらしい寝息を立てて眠っていたのだから。
まるで、童話のお姫様のように。
「寝てれば、ほんと可愛いのにな、こいつ……」
優しい表情をして言う。だけれど口に出してみると、相手は眠っているのに恥ずかしくなって、
かわいらしい寝顔から顔を背けて頬を指でなぞる。
ポロン、ポロン……
「ん……これは……オルゴール?」
そこでようやく、机の上で鳴り響く綺麗な音色に気付いた。
奏でる主の上で、二人の人形がゆっくりと踊っている。
「これ……私と、アリスか? よくできてるな……」
感心しながら、じーっと見つめる。
笑顔の人形が見詰め合って、ゆっくりと踊るダンス。
まるで物語のようなそんな幸せを思い描いて、魔理沙の頬が真っ赤に染まる。
「っ! って、違う違う。早く忘れ物探してかえろ――」
自分に言い聞かせるように顔を左右に振って言おうとして、すぐそばで眠っているアリスが
目に入った。
あまりにも無防備な姿。それこそ、ぎゅっ、と抱きしめたくなるぐらいに。
真っ赤だった魔理沙の表情が、ゆっくりと気遣わしげに変わっていく。
「どこにあるんだろうな……」
そんなことを言いながら辺りを見回して、探す。
やがて見つかったのか、それを手につかんでアリスのそばに戻ってくる。
「風邪、引くなよ……」
優しく声をかけてやりながらアリスの背中にかけてやったのは、暖かい毛布。
起きる気配のないアリスを見つめながら、やれやれ、と意地悪に、だけれどとてもとても
暖かな顔をして、背を向ける。
「おやすみ、アリス……」
挨拶と一緒に閉じられるドアの向こうに、七色の心の中にある黒白の思い人は消えていった。
パタン、とドアが閉まると、まるでそれを待っていたかのように、ゆっくりと、ゆっくりと
踊っていた七色と黒白の人形は止まり――
――ポロン……ポロン……ポロー……ン……
奏でられていた綺麗な音色は、暖かな空気の中に余韻を残して消えた…………
命短し、恋せよ乙女、というところでしょうか。
行き着く先は、月か花か?
恋愛ものは、大好きです。
章毎の展開分け、構成と進行が上手いですね。
綺麗な雰囲気と余韻を残す描写の数々には流石と言うしかありません。
あと良い斬新さと溢れるパワーを感じました。
>「偶然が……いくつも……重なり合って……」噴いた。
しかし、パチュリー好きの私にとってパチュリーが悲しむような作品を好むのは……;;;;;ってことで70点っ
許して…orz
それでも物語に引き込ませる手腕と熱いバトル!
堪能させて頂きました!
熱っ! 甘っ! 全身の毛穴から砂糖が噴出しそう!
そしてその砂糖は熱によってわたあめになり夜店で街のお子さんを喜ばせるのであった。めでたいわけがなし。
素敵でした。
しっかし、タイトル&オルゴールの歌詞で反応したワタシは既にオジサンなのかなぁ・・・orz