Coolier - 新生・東方創想話

百の鬼が夜を往く

2005/12/17 02:59:39
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朝。
陽光が障子で漉され、木漏れ日のようになって降り注いでいる。心地良い、つい二度寝をしてしまおうかと考えてしまう日和だった。
というか二度寝、決定。
博麗の巫女として幻想郷でも一目置かれるぐうたら巫女『博麗霊夢』は、布団の中で寝返りを打った。

博麗神社は今日も静かに存在する。一人の巫女が住まう其処は、人間と妖怪を隔てる『博麗大結界』の真上。いや、真下? ……どちらとも言い切れない。だが確かに存在する『それ』の内側は、人間にとってはまさしく、不可侵の『幻想郷』だろう。巫女に魔法使い、メイドも居れば庭師も居る。挙句は吸血鬼、亡霊、不死人、閻魔、何でもござれ。人外も居れば人間も居る。自由気侭に暮らす奴等の、和洋折衷(別に和洋ではないが)なこの世界に、イレギュラーバウンドというものは無い。幻想郷の住人皆が、イレギュラーなのだから。どんな奴だろうが、一週間もすればすぐに幻想郷の一部となる。それ相応の『能力』が備わっていれば、の話だが。

そういう意味では条件を満たしている『鬼』だって、今ではすっかり幻想郷の一部である。

「いい? 皆、準備は出来たわね?」

ひそひそと隣の部屋から何か聞こえるが、霊夢は別段気にしない。眠い、久しぶりの休日なんだからゆっくり寝かせてもらったって、罰は当たんないわよね。……元々毎日が休日のくせに、という突っ込みは厳禁である。念のため。だが、約束は破るために有るとはよく言ったものだ。

「それ~~! かかれ~~~~~!!」
「「「わ~~~~~!」」」

障子がいきなり開き、木漏れ日が直射日光に突然変化したことによる独特の目晦ましを受け、霊夢は思わず目を覆った。そこを更に追撃するかのように小さな生き物の波が霊夢を襲う。

「わッ!? こらこのチビ萃香ども、ちょ、まっ、なななな、何をする~~!?」

突然すぎて初めはよく判らなかったが、この小さな波は皆『萃香』だ。百鬼夜行、最小の密度は霧だが、これは明らかに違う。一人一人が大体手の平に乗るほど。身の丈おおよそ五寸程度であろうか。その小さな萃香が何百と集まり、一斉に一定方向へ動いているから波のように見えるのだ。

「きゃ~!? どこつれてく気よ馬鹿ぁ~~~!!」

例えるならば『生きたベルトコンベアー』だろうか。見事に統率された波の上を、霊夢はこれから箱詰めされる品物の如く流れていく。見事に虚を突かれたので、逆らうどころか動くこともままならない。取った行動といえば、白い寝巻きをきつく胸に押さえつけたこと位だ。まったく、博麗の巫女ともあろう者が情けない。
と、神社の長い廊下の曲がり角。鳥居がその左に見える。……いや、鳥居などはどうでもよい。曲がり角を曲がらずに直進した向こうの方、白を基調とする整った石畳の上にあるのは、

「え? ……ぇええええ!?」

いかにも冷たそうな水の湛えられた、人一人余裕で納まる大きさの桶。よぎった焦燥感、それは間をおかずに、

「それ~、投げろ~~!!」
「ちょっと待――

浮いた。飛んだ。能力制御不可。涙出てきた。落ちる。あっあっ、ちょっと待ってこんな、絶対風邪引く、ぅ――――ドボン!
盛大に水飛沫を上げ、霊夢は多分頭から水の中に突っ込んだ。その様子を見て、屋根の上で朝っぱらから瓢箪に口を付けている本体の萃香はカラカラと笑う。

「やたッ、大成功!」

そして拳を握り、ガッツポーズ。ちっちゃい萃香たちも、作戦がことの他上手くいったことに喜びを隠し切れないようだった。小さな波の中に、更に小さな漣が起こる。だがそれもつかの間、本体の萃香による号令で、小さな百鬼夜行は消え去った。

「………………」

トレードマークのリボンまでびしょ濡れである。うわ寒そう。ていうか、額に怒ったとき特有のあのマークが見えるのは気のせいだろうか。……いや、気のせいではあるまい。だって、なんか出てますもん、殺気みたいなオーラが。そんなものを意に介せず、萃香がふわりと地上に着地。今なおニヤけているその顔が憎たらしい。

「あ~、霊夢? ……もしかしてめっちゃくちゃ怒って、る?」

そして一言。
言っちゃった。
ブチッと何かの切れる音。

「こここの馬鹿~~~! 何だってこんな寒い日に寒中水泳の真似事しなくちゃいけないのよ!? もう怒った勝負よ勝負、弾幕張りなさい一秒でケチョンケチョンにしてあげるからッ!!」

霊夢は桶の中で冷たい水に浸かった体を叱咤し、浮遊の術式を作動。空中に飛び出し萃香に照準を合わせ、まごう事無き一撃必殺、『夢想封印』が――
炸裂、しない。
ニヤニヤ不敵な笑みを浮かべる萃香がこちらを差した、人差し指。
つい、攻撃の手が止まった。
そして、

「普通に考えてさ、いま霊夢は白地の服だよ」

え?

「で、水でびしょ濡れ。ていうか、そのカッコで飛んじゃっていいの?」

ッッッ!

「……前。………………透けてる」

声にならない霊夢の悲鳴が木霊した。同時に霊夢は桶の中へ、物凄いスピードでリターン。再び物凄い水飛沫が上がり、先程の光景がデジャビュした。流石にやり過ぎたと思ったのか、萃香は心配そうに桶を覗き込む。
今度こそ頭を打ったらしい。
恥も体裁も関係ない、そんな感じで霊夢が目を回してのびていた。


  ◆


その後萃香の身に起こった惨劇は、筆舌に尽くし難いものがあった。必死の弁解も虚しく、自業自得とはこの事であろう、そのことは萃香の身にも染みたようだった。まだヒリヒリする。多分、一秒に五発くらいの速度が出てたんじゃないかな、霊夢の往復ビンタ。痛む頬を涙目でさすりつつ、洒落にならない事実を確認。今更ながらあんな事するんじゃなかったと、現在猛省中である。無論正座。
ただ、よかったことと言えば。
赤くなる霊夢の顔が見れたことかな、えへへへへ。

「何ニヤけてるのよ。……内容によっちゃ、それはもう凄い勢いで『夢想封印』叩き込むわよ」

おっと、どうやら顔に出ていたらしい。
腕組みをし、怒りを通り越してもはや無表情な霊夢は、冗談の欠片も感じ取れない語気で言った。今では巫女服に着替えてはいるが、どちらにせよ寒そうな格好である。冬もこの格好で過ごしているのだから凄い。なので『寒中水泳などお手の物』と考えた萃香の発想力も凄いが。

「大体、百鬼夜行の練習であんなことする? 一歩間違えば私の方が大惨事よ、色々と」
「間違えなくても大惨事だったけどね」

霊夢の投げた座布団がボフンと萃香の顔面にクリーンヒット。

「あぶぶッ! な、何すんのさ!?」

顔を覆う形でヒットした座布団を萃香が跳ね除ける。と、目の前に霊夢の指。

「あ痛ぁッ!」

デコピン。
不意を突かれ、しかも眉間に直撃した事により、萃香は目に涙が浮いてきたのを感じた。痛む眉間を思わず押さえる。

「ぅ~~…………」

霊力込めやがったなこの野郎、痛みを堪えるので精一杯である。
そんな萃香の様子を見て霊夢はふと立ち上がり、

「ま、今回はこれで許してあげる。ただし、次やったら、……酷いからね?」

部屋の奥の方へ、行ってしまった。
結局許してくれたんだか、そうでないんだか判らない。
自分の都合のいい方でいいや、と一人、萃香は思う。勿論、いまだ痛む眉間を押さえながら。


  ◆


暗がり。
神社の中では異様に暗い、暗過ぎるといっても過言ではない闇。襖を締め切ればこんな部屋だって出来るのだ、博麗神社は。

(ホントに丸くなったわね、私)

霊夢は後ろ手に襖を閉めた腕を動かそうとしない。何がそうさせるのか、霊夢自身にも理解は出来なかった。別に、解す必要も無い。昔の霊夢ならそう思うところだ。

(原因は……やっぱり、そうなのね…?)

自問自答。
答えられる筈の無い問いを、自分自身に投げかけてみた。
答えは、無い。

(…………ははッ)

霊夢は声には出さない自嘲を浮かべる。なんだか、こんなことをしている自分自身が馬鹿に思えてきた。『博麗』は、幻想郷の秩序を護る、畏怖の対象でなければならない。何遍も何遍も繰り返し教わったことだ。それがなんだ、今の『博麗』は。人間と行動を共にし、妖怪と戯れ、時には自身が秩序を破壊する。
そんなだから、なめられる。
今日だって……。
やっぱり、私の『巫女』も、私の『使命』も、潮時かな。
そう弱気になった瞬間だった。

(ええ)

その答えは、紛れも無く、霊夢自身が出した答えだった。


  ◆


夜。今日は満月だ。
煌々と輝く月夜の元、博麗神社の丁寧に敷き詰められた白い基調の石畳の上で、萃香は準備体操と思しき行動をとっていた。あくまで思しき行動であって、なにやら人間には不可能な動き(前三回転宙返りとか、逆立ちからアクロバティックな技を繰り出したりとか)が組み込まれている。

「やっぱり今日だったんだ。百鬼夜行」

突然の背後からの声に、ギョッとする。が、何の事は無い、そこにはいつもの寒そうな格好をした霊夢が立っていた。

「そう。九十九神…憑喪神かな? ……を呼び集めて、夜の空を跋扈するの」
「弔い、ね。……萃香、私もついてくわよ」
「……は!?」

予想外。
別段楽しいという訳でもなく何か利益がある訳でもない百鬼夜行に、何故霊夢がついて行くというのかが理解できなかった。が、霊夢の表情を見る限り、マジである。

「別にいいけどさ……楽しい事なんてそんなに無いよ?」

結局折れたのは、萃香だった。二人はふわりと空に浮かび、神社の上空に暫く滞空する。この間萃香は『百鬼夜行』の土台となる術式を組み、霊夢はその様子をぼんやりと眺めていた。成る程、と霊夢は得心する。極限まで密度を下げた自身の霊力を当たり一面に霧散させ、人為的な力が加わった物質にのみ霊力が宿る。それが『憑喪神』となるのだ。

「んじゃ、行こうか霊夢」

そう言い萃香は更に高い上空へと昇って行く。それを追い霊夢も上昇していくと――

「ぅ、わぁ……」

集まってくる憑喪神たちが、巨大なタワーのような形になっていた。これだけいるのに、まだまだ湧いて来る。流石の霊夢も、これには驚きを隠しきれない。

「ここ数年、憑喪神が爆発的に増えてるのよ」

萃香が言う。

「きっと、結界の外では『使い捨て』が当たり前なのね。それは見たとおり、憑喪神の量が証明してくれてる。戦争なんかより、もっと酷い。これ以上非生産的な光景は無いと思うわ」

その言葉は、どこか悲しげな雰囲気を纏っていた。伝統の人外として、そう変わってしまった世界を嘆いているのだろうか。それとも……

「さ、霊夢! 行こッ!! 今宵は楽しい大宴会、人間に捨て去られた道具達の些細な復讐劇が肴だよッ!! 極上の御酒もあるしね!」

しんみりしても仕方ない、といった具合のことを思ったのだろうか。萃香の無邪気な笑顔は、外見年齢そのもの、少女の破顔だった。それが逆に無理をしているような感じを拭わせてくれない。ふとその姿に、先程までの自分がかぶった。

そう、萃香にだって『使命』はあるのだ。
そんな大それた言葉で表してはおかしいと人は言うかもしれない。
確かに『博麗』と比べたら些細なことかもしれない。
だが、何事も『やり遂げる』ことが大切なのではないか。
ただ、遂げ難いか遂げ易いかの違いがあるだけで。

ならば。

自分もやり遂げようではないか。
この『博麗の巫女』という使命を。
先代がそうしたように、自分の跡継ぎが見つかるまで。
明日までかもしれない。
幾年幾月を重ねるかもしれない。

かまうもんか。

「ええ、そうね。…よしッ、今日は飲むわよ~~!」

憑喪神たちを先導して飛び立った萃香に続き、霊夢も飛ぶ。憑喪神たちが思い思いに会話を弾ませながらそれに続く。月夜に照らされるそれは、『百』鬼夜行などというものではない。まさしく『百万』鬼夜行。その先頭を行く小さな背中に、知らず知らず、自分の道を指し示してくれた鬼に。霊夢は言った。

ありがとう、と。                  
                                    終わり
三度目まして、明です。殆ど初めましてに近い、久しぶりの投稿となりました。今一度読み返してみると、どうしても支離滅裂な文章になってしまった気がしますが…どうでしょう? 是非とも感想・意見・投石をお願いしたい所存です。何気に前々作『春の夜長に、巫女と鬼』と似たり寄ったりになってしまいました。そういうところも自身の作文能力(?)の低さを思い知らされます。他の作者様と比べると拙劣極まりないですが、呼んでくださる親切な方、ありがとうございました。
それでは、御機嫌よう。
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