Coolier - 新生・東方創想話

紅の親子

2005/12/16 01:06:04
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外は素晴らしい天気と言っても、紅魔館の中は薄暗い。
主人が日光を嫌うために窓は無く、必要最低限の明かりしか点いていない。
普段は主人とメイドしかいないために中はほとんど物音がしない。

が、今日は少し例外である。


「待ちなさい中国!あんた今月何回白黒に侵入されてるの!」

「ごめんなさあああああああああああああい!!!!」

紅魔館の長い直線廊下を銀と赤が駆け抜ける。
ここに何度か訪れればよく見られる光景だ。
美鈴の額など数箇所にナイフが刺さるのもまたいつものことである。
今日も殺人ドールクラスの量のナイフが美鈴に向かって投げつけられている。
ちなみにうかつに二人の直線上に入ると巻き添えを受けるのでメイド達は二人が通過するまで近くの部屋に避難している。

サクッ

「アイヤー!」

今日も逃げ切れず、美鈴はナイフの山の餌食になった。
その姿はどこか針ねずみに似ていたと言う。



++++++++




「いやぁここの菓子は美味いな。癖になるぜ。」

「褒めていただいてうれしいです。今日のは自信作なんですよ。」

「食べるのはいいけど本に食べかすこぼさないでよ。」

恐らく幻想郷随一の蔵書量を誇るヴワル魔法図書館。
その中にあるテーブルに魔理沙とパチュリー、小悪魔がいる。
魔理沙はいつものとおり不法侵入してここにいるわけだがそれが当たり前のようになってしまい、馴染んでしまっている。
何かがおかしいが住人があまり気にしていなかったり中には歓迎するのもいたりで乱入が日常化している。
本が魔理沙が来るたびに減っていくが。

「ところでさぁ。」

魔理沙が菓子を齧りながら言う。
小悪魔は本の整理をパチュリーに言い渡されたので図書館の奥に消えていった。

「何?」

「中国って門番としてはどうなんだ?弾幕は単調だし何かとポカるし正直役に立ってないぜ。」

言いにくいことを軽く言い切る魔理沙。
初めて紅霧異変の時に弾幕った時にもさほど脅威にはなっていない。
宴会に参加したときもあまりぱっとはしていなかった。
パチュリーは手元の本に目を落としたままである。

「・・・宴会の時に鬼がいたじゃない。」

「ああ、萃香のことか?まだ神社にいるぜ。」

「あんな子鬼でもあれ程力があるのに炒った豆なんかに負けるとでも思う?」

魔理沙は少しだけ考える。
萃香は生粋の鬼であるが疎と密を操る程度の能力も使う。
いくら節分で豆を投げつけたところで散らされそうな気がする。

「多分無いんじゃないか?レミリアはやたら火傷を負ってたみたいだが。」

「レミィも吸血”鬼,,だから系統的には似てるのかもしれないけどあれはまぁいいわ。」

パチュリーは手元の本を閉じる。
本をテーブルに置き、自らも身を乗り出してテーブルに肘をついて魔理沙を見つめる。

「あれはね、変な弱点を晒して本来の弱点を隠してるの。レミィの日光も同じ。傘一本で防げるなんて弱点じゃないもの。」

「・・・まぁそういえば、そうなのか?」

理解できないといった表情の魔理沙。

「で、それが中国のだめっぷりとどういう関連があるんだ?」

「あの二人は自らの力を誇示できるしする必要があるから変な弱点をあえて晒す。でも門番は晒す必要は無い。」

パチュリーの眼は徐々に鋭さを見せ、言葉も少し重くなったように感じる。
子どもの間違いを正す親のような口調。
ただ語る口調はヒートアップしている。

「本当にあの程度の実力だったらそもそも門番警護の下っ端くらいしかならないわよ。」

「・・・昼行灯ってことか?」

「ただの昼行灯ならいいけどね。アレがどんな妖怪なのか見たければ泊まっていけばいいわ。」

「・・・あぁいいぜ。あいつがどんだけ私をなめているか見てやろうじゃないか。」



「・・・文さん。これ記事になりますか。」

「えぇ小悪魔さん。多分これ系のネタは大うけしますよきっと。ばれないうちに帰ることにしますね。写真のほうはお願いします。」

本棚の間をばれないように抜き足で歩く文。
が、下駄靴でバランスを崩したのか、

「おっと。」

本棚に手を着いた。

「あ、それは・・・・」

言いながらものすごいスピードのバックステップで逃げ始める小悪魔。
「?」と疑問符を浮かべる文だが、どうして逃げるのかすぐわかった。
自分の目の前に突然銀の歯車が現れたから。


エレメンタルハーベスター


図書館に鳥の首を捻ったような悲鳴が響いた。
ヴワル図書館名物対ねずみ用トラップである。






「なぁパチュリー。」

「何よ。」

「なんだってこんなところであんなもの見てるんだ?」

「メインはこれじゃないわよ。この後。」

ここは紅魔館の中庭の一画である。
もう完全に陽は沈み、空には満月が雲にさえぎられることも無く輝いている。
二人は中庭にあるベンチに腰掛け、門番隊の訓練を見ていた。
内容は美鈴対門番隊全員で美鈴の体に少しでも触れられた者から上がりというものである。
1時間経っても残っている者にはペナルティとして何かあるらしい。
現時点ですでに40分は経過しているが誰も美鈴に触れることが出来ない。
ちなみに美鈴は反撃もしていないし逃げ回っているわけでもない。
むしろ門番隊の面々の中心に近い場所で避けている。


「3・・・2・・・1・・・」

ベンチの近くにいる門番隊の一人―門番隊の雑務担当らしい―がカウントを始め、数え終わると手に持った小さい鈴を鳴らした。
その音と共に門番隊の面々から悲鳴が起きる。
ある者は顔を両手でふさいで泣き叫び、ある者は狂ったように笑い始める。

「・・・なぁ、ペナルティって何だ?」

「妹様の相手。」

「なるほど。」

門番隊の面々は夜勤組と終業組に別れ、どちらも号泣しながら各自の目的地へ移動していった。
中庭に残ったのは美鈴ただ一人。
ストレッチを一人で黙々と続けている。
既に冬の寒さが訪れているため、夜はかなり冷える。
美鈴の体はまだ暖かいらしく、体から湯気が出ている。


「で、この後なにが起きるんだ。中国が変身でもするのか?」

「・・・似たようなものかもしれないわね。ここじゃ巻き添えを喰うからもうちょっと安全な場所に移動しましょう。」

なんでだよ、と不満を漏らす魔理沙をパチュリーは風で強制移動させる。
二人がベンチから中庭の本当に隅に辿り着いた時、中庭に入る戸から美鈴に向けて突如銀の閃光が走る。
美鈴は顔も向けずそれを人差し指と中指の間でつまんで止めた。
その正体は銀のナイフであり、持ち主は言うまでも無く。

「遅かったね、咲夜。」

中庭に踏み入ってきたのは十六夜咲夜。
両手にはいつものナイフを一本ずつ持っている。
ただ、その表情はいつもの門番に罰を与える表情ではなく、強張っているように見える。
そう、自分が超えられない壁にまた挑むような、そんな表情。

「・・・お嬢様が急に竹の花ケーキを食べたいと仰ったから準備をしていたのよ。美鈴さん。」

咲夜が美鈴に答えるのとほぼ同時、二人の雰囲気が変わる。
美鈴が咲夜を振り返ったとき、その表情はとても愉しそうに笑っていた。
ナイフを地面に投げ捨てて咲夜と対峙する。
いつものメイド長に怯える門番ではなく、堂々と。



「おい。」

「何よ。」

茂みに隠れる二人はぼそぼそと会話をする。

「中国がメイド長を呼び捨てにするわ、メイド長は門番をさん付けで呼ぶわどこかおかしいぜ。」

「・・・見てればわかるわよ。あんたの自信も少し崩れるかもね。」

「なんだとこの野郎。」

「あ、始まるわね。」



開始の合図は無い。
最初に動いたのは咲夜。
牽制にナイフを数本、美鈴に向けて投げる。
美鈴は避けることなく最小限の動きでそれを全て叩き落す。
そのナイフの陰からさらにナイフがもう一本突き出される。
通常のスローイングダガーとは異なる一回り大きい、少々刃が反っているナイフだ。
要は近距離戦、格闘用ということ。
咲夜はそれを二刀で、先手を打った勢いに乗じてそのまま攻め立てる。
生来の身のこなしも利用し、美鈴の視界の外からも攻撃を仕掛ける。
恐らく美鈴にはたった二本のナイフが無数に襲ってきているように見えるだろう。
さきほどの訓練では服にすら触らせなかった美鈴だが、服がところどころナイフに切り裂かれている。
傷符「インスクライドブラッドソウル」を使わずともこの速度と威力。
中程度の妖怪では瞬く間に沈められてしまうだろう。


(・・・なんだ、結局咲夜のペースじゃないか。これの何が面白いんだよ。)

(意外と注意力無いのね。ほら、服は切れても外傷は一つもなし、全部見切っているのよ。)


咲夜はハイペースのままナイフを振るい続ける。
段々息は切れ始め、顔には汗の球が浮かぶ。
対する美鈴は涼しい顔のままだ。

ここで咲夜は奇策に出る。
左手のナイフを槍投げのように美鈴に叩きつけようとする。
突如のナイフのスピードの変化に美鈴は体勢を若干崩すが服にかすらせることもなくしゃがむように避けた。
帽子の龍の字にナイフが命中し、帽子が美鈴の頭を離れて宙を舞う
それを見た咲夜はとっさに身を屈め、美鈴の足元に鋭い蹴りを放つ。
地面スレスレを這い、相手の脚を払う。
俗に言う水面蹴りだ。
直前のナイフ投擲で体勢を崩してからの水面蹴り。
普通に考えて避けることの出来ない理想の連携であるし魔理沙もこれで咲夜の勝ちを確信した。

(・・・それじゃあ倒せないわね。)

咲夜の蹴りがあたる直前、美鈴はさらに体勢を下げて片膝をつく。
これでは脚を払うことなど出来ない。
咲夜は蹴りを止めることができず、美鈴の脚に蹴りが直撃して乾いた音を立てる。
あまりにも綺麗に響く。
つまり上手く当てさせられたというわけだ。
咲夜の体はちょうど美鈴の正面。
距離は眼前。
美鈴にとっては絶好の勝機。

が、刹那の間に咲夜は美鈴の眼前から4メートルは離れた位置に立っていた。
これを可能にしたのは咲夜の「時を止める程度の能力」だ。
この能力を使っている間は時間が停止し、世界で動けるのは咲夜一人になる。

「ちょっと咲夜、その能力は反則だよ。能力なしで訓練してあげてるのに。」

「ごめんなさい・・・でも使わずに負けるよりはいいと思ったから・・・。」

「その姿勢は良し。生き抜くのには絶対に欠かせないね。」

美鈴は立ち上がり、肩や足首を回して調子を確かめる。
そして深呼吸。
一時の静寂が訪れる。
息切れしているはずの咲夜の息遣いも聞こえない。
息を整えようとしているのか、二人とも俯いたままだ。

「じゃあ、能力、スペル有でやってみようか。言わば実戦だね。」

顔をあげた美鈴はいつもの花のような笑顔。構えは自然体。
自ら咲夜に本気を出させようと言うのにリラックスしている。

「・・・・覚悟は良くて?中国。」

咲夜の表情は先程と同じ真剣なものだ。
ただ一つの相違点。
眼が紅く、血のように染まっている。
紅霧異変後あまり見られなくなった紅い眼。
間違いなく、咲夜の本気の証。



「魔理沙、賭ける?」

「咲夜一点張りだ。私が勝ったら本棚一つもらうぜ。本ごとな。」

「・・・賭けは成立ね。新魔法の実験体になってもらうわ。」



またも先手は咲夜。
だがさっきとは違う。
牽制無しに一瞬で美鈴の懐にもぐりこむ。
美鈴も待っていたと言わんばかりに体勢を低くし、掌を咲夜に叩きつける。
タイミングはピタリ。
しかし、一瞬後咲夜はそこに居らず、代わりに複数のナイフが掌の先にいた。

「よし、本はいただきだ!」

魔理沙が自分が隠れていることもわすれて叫ぶ。
咲夜お得意の奇策。
少し離れた場所にナイフを置かれるならばまだしも、この至近距離ではかわしようがない。
加えて美鈴は攻撃のモーションに入ってしまっている。
攻撃も防御も不可能、くわえてナイフのカウンターとあまりにも好条件が揃っている。
普段の美鈴なら九分九厘ここで終わりだ。
美鈴は突き出した掌を止めることなく打ち抜き、ナイフが移動を開始する前に掴み取った。
咲夜のナイフ配置は動き出すまでに若干のタイムラグがある。
そこを抑えてしまえばナイフが飛んでくることはない。
咲夜のナイフの弱点の一つというわけだ。
美鈴はナイフを投げ捨て、咲夜の位置を探ろうと辺りを見回す。
中庭には植物も多く、隠れるところはいくらでもある。
咲夜はそのどこかに潜んで勝機をうかがっているのだろう。
美鈴は中庭の中央、開けた部分に陣取ったまま微動だにしない。


そのまま数分が経過。


「・・・寒いな。」

魔理沙がぼやいた時、状況は動いた。
美鈴が突然後ろに飛びのいた。
美鈴がちょうど飛びのいた辺りに、ナイフが一本突き刺さる。
ただのナイフ投擲かと魔理沙は思ったが、様子がおかしい。
正確に美鈴の後を追うように一本、二本、三本と上空からナイフが降ってくる。
しかもその狙いは正確かつ迅速。
まるでマシンガンのように美鈴を追い立て、動きを制限していく。

さらに前方だけではなく後方、上方、左右。
四方八方からナイフが襲ってくる。

幻葬「夜の幻影殺人鬼」

咲夜のスペルカードの中でも奥の手に位置する殺人ドールの強化版だ。
弾幕ごっこであれば被弾したところで痛いで済むだろうが今の二人は本気である。
当たれば軽傷ではすまない勢いのナイフ。
美鈴は気の放出などでダメージを最小限に防ごうとする。
が、ナイフの数が多すぎるのか、数本のナイフが体に突き刺さる。
避けたナイフが魔理沙とパチュリーがいる茂みに十本ほど飛び込んだがそれはまぁどうでもいい。



降り注ぐナイフの雨の中、さすがに回避しぬくのは不可能と見たのか美鈴はスペルカードの一つを開放する。

虹符「彩虹の風鈴」

色とりどり、七色の弾幕が周囲にばら撒かれ、ナイフと相殺していく。
ナイフの方が威力が高いが「風鈴」のほうが数で上を行く。
結局五分五分になり、スペル自体が相殺され、相殺されず地面に突き刺さった弾は土煙を巻き起こす。
ほぼ中庭一帯に及ぶ土煙はその内部を全く視界が届かなくした。
美鈴と咲夜はその土煙に飛び込んでいく。

周囲からは、何も見えない。

ただ衝突の音だけが響く。




「・・・死ぬかと思ったぜ。」

魔理沙は茂みの中で何とも形容しがたい姿勢になっていた。
まず上下逆さになっており、服がナイフで壁に縫い付けられ、その周囲には風鈴の弾痕が残っている。
弾幕ごっこで用いられるスペルとはいえ、殺意を込めれば十分に殺すに足りる。

「死んだらあんたの家から本回収できたのに。」

平然と腰を下ろしたままパチュリー。
パチュリーは最初にいた位置から動いていない。
スペルの余波が届く前に自分の周囲に防御結界を敷いていたのだ。
魔理沙はその範囲には入っていなかっただけのこと。

「ひどいぜ、私のところまで結界で囲んでくれたっていいじゃないか。」

「過ぎたことを言ってもしょうがないでしょ。ほら、私喘息持ちだし。」

「関係あるのか?」

「あるわ。」

そういったなんら意味のない言葉の応酬をしている間に土煙は晴れていく。
中心はまだ見えないが、徐々に視界が開けていく。

「さぁ本棚を頂く決定的瞬間だ。どんな魔法の本があるのか考えただけでよだれが出るぜ。」

魔理沙がうっとりと本当によだれをたらしながらつぶやく。
頭の中ではすでに本棚を手に入れているに違いない。
そして視界が完全に開けた。
そこに立っていたのは。




「・・・・・なんであんたがここにいるのよ。」


「あれ?夕食の時もいましたよ?咲夜さん気づかなかったんですか?」



咲夜と美鈴の両方だった。
しかもご丁寧に魔理沙とパチュリーの前に移動済。
二人とも服はぼろぼろだが特にひどい外傷は見当たらなかった。
むしろいつも異常の露出と月を背負っていることで少々いつもより艶っぽく見えていたりする。

「よう咲夜、結果はどうだったんだ?」

「結果?何のことかしら。」

「とぼけるなよ。お前の答え次第で私が至福になるか幸福になるか決まるんだ。」

割と切羽詰った声で言う魔理沙。
魔理沙の予想ではいつもどおり美鈴が地面に倒れているものだと思ったが予想外の事態で少々あわてているらしい。
パチュリーは動じない。
さすが動かない大図書館。

「・・・・・・・・・・。」

咲夜は少し考えた。
魔理沙がパチュリーといるということは間違いなく最初から見ているだろう。
この様子だと何かをかけている可能性は極めて高い。
さらに自分と美鈴の関係もあるし滅多なことは言えない。
そして瀟洒なメイドは答えを出した。

「・・・・・・・・・・・引き分け?」

妥協したらしい。
まぁ一番害のない回答を選んだのだろうが。
美鈴は驚いたように咲夜を見て。
魔理沙は少し盛大にこけて。
パチュリーはまたも動かなかった。

「つーか中国があまり手だしてないのに引き分けってなんだよ。引き分けだとかけはどうなるんだ?」

こけたままの体勢でつぶやく魔理沙。

「無効になるんじゃないの?」

えー、と不満を顔全体で表す魔理沙。
そしてまた微妙な言い合いを始める。
それをすこし呆れたように咲夜は見ていたがそれにも飽きたのか館に向かった。

「あ、咲夜さん今日はあがりですか?」

「ええ上がりよ。あなたも休んでいいわ。おやすみ美鈴。」

「おやすみなさい咲夜さん。」

中庭のドアがぱたん、と音を立てて閉まった。



「で、なんであんな実力隠していたのかぜひとも聞きたいんだが?中国。」

「隠すも何も弾幕ごっこの実力があの程度なんですよ。」

「ちなみに言っておくけど本当のことよ。符のことを教えてやっても全く上達しやしない。」

「ぅぅ、パチュリー様ばらさないでくださいよぅ。・・・まぁ何よりお嬢様が気に入ってる人間を叩き落そうなんて思いませんて。後が怖くて。」

「ほぅ、じゃあ次回からは出会いがしらにマスタースパーク叩きこんでも大丈夫ってことだな。楽しみだぜ。」

「だーかーらー!」






「はぅっ・・・!」

館の廊下から自室に戻った直後、咲夜は息を絞るように呻いてうずくまった。
体のあちこちが悲鳴を上げる。
さっき魔理沙が「中国があまり手を出していない」と言った。
それは半分正解。
確かに前半、美鈴はほぼ手を出していない。
しかし土煙の中では話は違う。
ただ的確に体を打たれた。
肩、腿、鳩尾、胸。
急所は外され、手加減も十二分にされていた。
途中で美鈴が魔理沙の気配を感じて止めていなかったとしたらもうちょっとひどい事になっていただろう。
さっき咲夜が早々に館に戻ったのも実は体がすでにガタガタだったからである。
なんとか咲夜はベッドに辿り着き、汚れた服のままベッドに倒れこむ。
身嗜みもメイドの基本だがそれを意識の外に放り出してしまうほど疲れていた。
倒れこむとともに凄まじい眠気が咲夜を飲み込んでいく・・・。





「さーくや。」


ドアがノックされずに突然開かれた。
全身が悲鳴を上げていたが時を止め、咲夜は速攻で着替えを完了。

「どうかなされましたかお嬢様」

まさに完全で瀟洒な身嗜みで自分の主を迎えた。
レミリアはそれを見て少し不機嫌な表情になり、咲夜に近寄ってくる。
困惑する咲夜をよそに咲夜の二の腕を掴み、

「えい。」

少し力を入れて握った。

「ひぎっ・・!」

「やっぱり手痛くやられたわねぇ。」

レミリアは咲夜のダメージを見抜いていた。
それもそのはず、あの夜の死闘の黒幕はレミリアなのだから。

「これで何度目かしら。数えるのも面倒になっちゃったけど。」

「私が館に来てからですから・・・10年くらいはやってますね。」

咲夜が館に来た当時、彼女はただ時が止められるだけの脆弱な人間、しかも子供だった。
レミリアが気まぐれに連れ帰ってきた子供の世話を任されたのが美鈴である。
作った表情とはいえ血の気の多い紅魔館では一番温和といえる妖怪だったからだ。
同時に咲夜がメイドとしてやっていけるようにと戦い方まで教えるよう命じていたのだ。
それからほぼ毎晩殺されかけ、今もまだ続いている。

「で、そろそろ勝てそう?」

「・・・・・・残念ですがまだ無理です。今日も殺そうと思えば私は殺されていましたから。」

咲夜はさっきは魔理沙に引き分けと言ったが、主には嘘をつかない。
咲夜は時を止めるという反則級の能力を持ってはいるが、紛れもない人間だ。
その体で妖怪から打撃を受ける、しかも美鈴の打撃を受けると言うことはそのまま死に直結することを意味する。

「ふん、あんたらしくもない弱気な台詞だね。早く門番程度に勝てるようになって完全で瀟洒なメイドになりな。」

「じゃ、おやすみ」と言いながら部屋を出て行くレミリア。
咲夜はそのまま寝ようかとも思ったが眼が少し冴えてしまったので風呂に入ることにした。




紅魔館の風呂は部屋に付属しているわけではなく、大浴場一つしかない。
紅魔館の主の吸血鬼姉妹は余り利用しないが一般メイドは普通に利用している。
魔理沙宅の温泉を呼び出す術式を利用してパチュリーがより安定して温泉を召還する魔方陣を描いたものだ。
規定量、設定温度を越えないようになっている。
咲夜も吸血鬼でもなければ自分の体が垢まみれになるのも好きではなかったのでこの浴場ができたときは密かに喜んだ。
着替えを脱衣籠に入れ、意気揚々と浴場へ。

「あ、咲夜。」

先客がいた。
美鈴である。

「あー・・・そうかあなた今日夜勤じゃないものね・・・。」

美鈴は長風呂派ではないが今のような中途半端な時間には良く入りに来ているらしい。
咲夜は美鈴と入浴するたびに体のコンプレックスを思い出すため得意ではなかった。
美鈴に言わせれば「スレンダーなほうがいい」らしい。
咲夜は入り口で立っている訳にもいかないので控え気味の動きで浴槽へ。

「何ぎくしゃくしてんの?互いに見慣れたものなんだから今更恥ずかしがることもないだろうに。」

こういう時、つまり咲夜と二人になった時は美鈴は素に戻ることが多い。
少なくともタオルくらいは巻いてほしいと咲夜は思う。
周囲には「像が踏んでも壊れない天然の中国」という印象があるがその実姉御肌だったりする。
咲夜は温泉に浸かりながらチラチラと美鈴を横目で見る。

(うぅっ)

またコンプレックスを思い出したらしい。
上気した顔をさらに真っ赤にしている。
美鈴はそれに気づいた様子もなく鼻歌を歌っている。
酔ってるんじゃないか?

「どれ咲夜、見せてみな。」

と、不意に美鈴が咲夜の腕を掴んだ。

「わっ」

咲夜も急な出来事に驚く。
咲夜の腕は美鈴の腕よりも華奢に見える。
咲夜もある程度の鍛錬はしているものの、力仕事や侵入者撃退が主の美鈴に比べたら細く見えて当然だ。
美鈴の腕も筋骨隆々な訳でもないが、それでも筋肉の張りというかそういうものが見て取れる。

まぁ咲夜が驚いたのはそういう点ではなくて単に驚いただけ。
しかも徐々に羞恥心が顔を出す。
どこぞの腋巫女のようにいつでも腋出しっぱなしということも無いし。
美鈴はというとそんな咲夜の様子を気にもせず咲夜の腕を掴んでみたり揉んでみたりしていた。
その行為の間咲夜は悶絶しているわけだが。

「ま、この程度の打ち身なら問題ないだろ。痣もできないし。」

美鈴は咲夜の腕を開放。
咲夜はすぐさま腕の自分に引き寄せ、美鈴からもすすっと離れる。
その反応はまさに意地悪された犬のごとし。
少し離れたところで口まで湯に沈んでぶくぶくと泡を作っている。
なんだか微妙な間が開いた。

「・・・はぁ。その反応だけは昔と変わらないのな。」

呆れて美鈴はため息をつく。
煙草でもあれば吸っていたかもしれない。

「でも小さい時のほうがもうちょっと可愛げがあったぞ。めいりんおねーちゃーんとか言って走ってきたりな。」


ぶふぉっ


咲夜海底火山噴火。

「な、ななな何あることないこと言ってるのよ!そんなことやった覚えは・・・」

「あー?あんたの世話をお嬢様から任されてすぐの頃はやってただろ。三つ編みのやり方も私が教えたんだし。」

咲夜の反撃もあっさりと返す刀で切り裂かれた。
咲夜は口をパクパク動かすことしかできない。
メイドの面々がこの場面を見ていたとしたらもう大変なことになっている。
単に「メイド長愛してますっ!」と大挙してくるだけだが。

「・・・だってあの時はお嬢様とあなたしか私を食べようと思わなかった人がいないんだもの。しょうがないじゃない。」

咲夜はその能力ゆえに「忌み子」と呼ばれ、周囲の人間だけでなく親にまで見捨てられた。
餓死寸前まで彷徨った時にたまたま人間の捕食に来ていたレミリアに拾われたのだ。
当のレミリアは紅魔館に持って帰ってメインディッシュにしよう程度にしか考えてなかったのだが、なんとなく美鈴に世話を命じてメイドにしようと考えた。
パチュリーにはまず無理、小悪魔は誘惑しすぎ、フランは論外。
で、まわりにまわって美鈴のもとに来たわけである。
美鈴も人間を食べる妖怪ではあるがどうしても食べなければいけないというわけでも好物というわけでもなかった。
で、美鈴は咲夜の養育係兼いろいろなことの師匠になったわけだ。
言ってみれば親代わりである。

「んであんなちっこい引っ込み思案が今は私と同じくらいの背になってメイド長か。時間がたつのは早いもんだねぇ。」

しみじみと眼をつむって笑う美鈴。
恐らく昔の咲夜でも思い出しているのだろう。
対して咲夜はさっきとは違う意味で顔が赤くなっている。
長風呂派ではないのでのぼせてきているらしい。

「最初は紅茶の血を見て貧血起こすわ皿は壊すわ何もないとこで転ぶわ、メイド服はまるで七五三だったねぇ。」

「・・・・・・・」

咲夜の返答は無い。

「おまけに夜の見回りには『お化けが出そうだから付いてきて』なんて腑抜けたこと言うしなぁ。・・・・どうした咲夜?」

ここまで喋り続けて咲夜が何も言い返さずにいたことに気づいた。
咲夜は美鈴を睨んでいる、ように見えるが焦点が合っていない。
顔は美鈴の髪と勝負できるほどに赤くなっている。
もはや完全にのぼせたらしい。

「うぅ・・・」

咲夜、湯船に沈む。

「咲夜ぁぁ?!」





咲夜、本日三度目の起床は固い床の上だった。
正確にはそこに敷いてある布団の上、だが。
紅魔館は全部の部屋が洋式である。
メイドの部屋は全部ベッドであり、こんな布団を敷いて寝るメイドもいない。
咲夜はあたりを見回してみた。
とりあえず自分の部屋ではないということにはすぐ気づいた。
だってすぐ横には。

「あ、眼覚めたか。」

美鈴がいたから。
咲夜は美鈴からこの部屋(美鈴の部屋)に運ばれるまでの経緯を聞かされる。
ちなみに咲夜はしっかり寝巻きを着せられている。
脱衣所にあったものを着せたらしい。

「まぁ長話に付き合わせた私が悪いな、すまん。」

バツが悪そうに謝る美鈴だが、咲夜はあまり気にしていなかった。
途中から意識が朦朧としていたこともあってあまり記憶が無いのだ。

「ねぇ美鈴。」

「ん?」

「今日はここで寝てってもいいかしら。」

美鈴は眼を丸くした。
反抗期の子供から久しぶりに素直な言葉を聞いたような、そんな顔。

「ま、好きにするといい。私は迷惑しないからね。」

そういうと予備の布団をクローゼットから取り出して咲夜の布団の横に並べる。
布団にもぐりこんでしっかりと寝る体勢を取った後。

「じゃ、おやすみー」

3秒後には呼吸が寝息に変化した。
このスピードは紅魔館随一である。
咲夜は久しぶりに見たそのスピードに少しだけ驚き、すぐにその表情は微笑みに変わった。











「おやすみなさい、美鈴お母さん。」















翌日。


「ねぇ咲夜、昨日私の部屋に紅茶を淹れに来てないわよね。」

「・・・・・!!!す、すいませんお嬢様!」

「なんで?」

その笑顔は可憐にして凶悪だった。



「待てや中国うううぅぅぅぅうう!」

「私が何をしましたかあああああああっ!!」



「なぁパチュリー。私が昨日見たのは見間違いだろうか。」

「何のことかしら。」

「中国がナイフで刺されてるぜ。」

「いつものことじゃないの。」



今日も、紅い門番と銀色の従者が館を走り回る。


「いったぁ!さ、咲夜さん!頭蓋骨貫通しましたよ?!」

「大丈夫よ!いつものことだから!殺人ドール!!」

「そ、それは洒落じゃ済みませんってばああ!!」

この二人の喧騒が、紅魔館中に平和を知らせて回る。
紅魔館は今日も平和だ。




了。
美鈴はとってもいいお母さんになると思うんだ。(挨拶

初の紅魔館メインのSSです。
咲夜さん>美鈴の作品が多い中美鈴>咲夜さんの電波を感知したので投下。
美鈴は実は紅魔館屈指の実力者だと思います。
永夜抄で妖怪が無駄にハッスルしたときも紅魔郷以前から館を守り続ける存在ですから。

外を美鈴が守り、中を咲夜さんが守る。
二人がいる限り紅魔館は安泰だと思います。
小宵
http://geocities.jp/snowtic_road/
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コメント



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4.-30.削除
次に期待しています
19.30所属不明削除
斬新だと思った
21.50名前が無い程度の能力削除
嫌いじゃない。
22.70沙門削除
 あ、ネタが被ってしまった。全く同じではないけれど、投稿しようと考えていた話に。それは脇に置いといて、微笑ましくていいお話でした。こんな『もしも』の二人もありだと思います。 
29.40clone削除
嫌いではないが、なんともかんとも途中の呼称が転々とし過ぎるのがまずいと思う。
開始直前は『美鈴さん』で、急に
>「・・・・覚悟は良くて?中国。」
に変わるのは合点がいかない。

後、中国と呼べばオチになると思うのは間違ってるのではないか。是非その辺りも考えてもらいたいと思う。
31.60名前?知らんなそんなモノは削除
所々の喋り方にちと違和感を感じたもののこういうのは嫌いじゃないっすね。
32.50まっぴー削除
着眼点はよかったんですがちょっと違和感が。

個人的に咲>中よりは中>咲派です。(いろいろ条件付きますが。)
ですので楽しめた事は楽しめたんですが、、まじめな場で中国は無いだろうと。
冗談のつもりで言わせたんでしょうがちょっとかみ合いません。
33.30774削除
誰やねん
47.70ちょこ削除
あ、こんな中国もええわぁww
50.70名前が無い程度の能力削除
かっこいい中国は久しぶりに見ました。
「美鈴お母さん」萌え(何
52.40HK削除
お母さんというよりお師匠さまみたいな感じですね。
ラストのシーンがやっぱり落ち着く自分に正直に……。
53.30名前が無い程度の能力削除
色々惜しいです。
『実は強い美鈴』が好きな自分としては展開等もかなり好みで楽しめましたし、文章も読みやすかったのですが……。
皆様の仰る違和感、私はラスト前のシーンで最も強く感じました。
58.無評価小宵削除
なんかこんな駄作に大量にレスしてくださってありがとうございmす(´`

>「・・・・覚悟は良くて?中国。」について。
これは咲夜さんが美鈴を挑発する、という目的で使ったのですが表現足らずだったようで。
その他諸々の違和感も私の毛玉並みの文章力の結果のようです。
精進します。

・・・母美鈴がいるっていうことは子(幼)咲夜がいても全く問題はないですよね
60.90コイクチ削除
これは良い意味裏切られた!!
斬新ッス!うん面白かったです。
61.80温泉削除
これもまたよし
63.70kimagure削除
おぉ!こういう設定もありか!
65.40削除
イイネ!
78.40自転車で流鏑馬削除
おかぁーさーーーん!!!!!!!!!