Coolier - 新生・東方創想話

蓬莱人の死

2005/12/12 10:45:58
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 人を狂わす竹林の中、永遠亭はもう随分と長い間そこに在った。
 その永遠亭の最奥、満ちた月の光すらも僅かにしか入らない部屋に二人の女が居る。
 一人は力無く壁にもたれる様に座りこみ、もう一人はその前に凛とした姿で座を構えていた。
 永遠亭の主である蓬莱山輝夜と、その従者であり薬師、八意永琳である。
 ぼんやりとしか永琳を見ようとしない輝夜の目には力が感じられず、永琳の目には悲壮の色が灯っていた。

「それで、実験の結果は出たのかしら」
「はい。しかしあらかじめ申しておきますが、この結果は体組織の一部を使った実験に過ぎず、
過去に例がないことからも全面的に信頼できるものかどうかは……」
「止めてちょうだい永琳。私は何も理論が知りたい訳ではないわ。知ったところで何も変わらないのでしょう?」
「しかし、姫」
「私が知りたいのは結果だけ。あなたの出した結論を教えてちょうだい、後どれだけ保つのかしら?」
「…………もって一月かと思われます。復活(リザレクション)を繰り返せば更に早く消耗していくでしょう」
「一月ね。不老不死に終わりが見えたと思ったら、今度は残されたのがたった一月とはね」
「これまで生きた時を考えれば、あまりにも短いものです」
「そう、短い。短すぎるわ。そんなもの、在っても無くても変わらないじゃない」

 二人の間に沈黙が流れた。
 輝夜は黙って考え込み、永琳は輝夜の言葉を待つ。
 長い永い時を生きてきた二人にとっても、
 短いとは思えなかった時間が二人の間を流れ輝夜の言葉が沈黙に終わりを告げる。

「永琳、メッセンジャーになってくれる? 内容は――――――」



「―――――――それを、彼女に伝えれば良いのですか?」

 永琳の目からは悲壮が消え、代わりに強い動揺の色が浮かんでいる。
 あまりにも無慈悲な主人の命令に、永琳は滅多に乱すことの無い感情を制御できずにいた。
 輝夜は既に永琳に目を向けていない。
 障子に薄く映る月の光にのみ目を向けている。
 説得をすれば変心するかもしれない。
 そんな希望が持てるほど永琳と輝夜が共に過ごした日々は僅かなものではなく、
その命が覆らない事を悟る程度には月の頭脳は優秀であった。
 永琳は静かに部屋を後にする。
 ただ、こちらを見ていない主人に一礼することだけは忘れずに。

「八意 永琳、確かにその言葉を伝えます」



  蓬莱人の死









 経験知とか暗黙知とでも言うのだろうか。
 無駄に長く生きていると理性や知識では説明できない部分が自らの中で強くなっていく。
 始めは『偶然』や『気のせい』で片付けられたことも、
 何十、何百と数が重なればある種の確信めいたものを掴める様になっていた。
 これは一つの予感。
 もちろんその説明できない予感が外れたこともあったはずだ。
 しかしそんな事はすぐに忘れてしまう。
 結果、ずばり当たった予感だけが記憶に残る。
 よく知る者がこの世を去るとき、
 それなりに気に入っていた者がこの世を去るとき、
 大切だと思っていた者がこの世を去るとき。
 考えてみればこの『予感』が訪れるのは、誰かがこの世に別れを告げるときばかりではないか。

「ハハハ、あとは誰が残っていたかな」
「今晩は、ずいぶんと楽しそうね。藤原 妹紅」
「ああ、薬師かい。そんなに楽しそうに見えるかしら?」

 外れる事がわかる予感。
 そんな矛盾したものが私の中に在る。
 もう私には『死んでしまう』知り合いなんて者はいないのに。
 これがおかしくないわけが無い。

「今日はあんたが相手か。それじゃあ、早速殺し合おうか」

 本当は輝夜を相手に思い切り燃えてしまいたい気分だったが仕方ない。
 この薬師だって私や輝夜と同じぐらい頑丈だし、
 暴れるだけ暴れてしまえば少しは気分も落ち着くかもしれない。
 怒りや憎しみとはまた違う、方向の定まらない苛立ちから生まれる炎もまた熱い。

「今日の私は刺客ではないわ」

 そんな私に水をさすようなことを薬師は言う。
 炎を使うから、という訳ではないだろうが私は水をさされることが嫌いだ。
 まぁ誰でもそうかもしれないけれど。

「ならば、今日のあんたは何なんだ?」
「今日の私はメッセンジャー。姫からの言葉を預かってきているわ」
「輝夜のことばぁ?」

 そんなもの、別に聞きたいとは思わない。
 何か言いたいことがあるのならば自分で来ればいい。
 お姫様とか言う身分は何か言葉を伝えるのにもワザワザ人を使うものなのか?
 …………そういうものだったっけ。
 どうも自分の出自に関する記憶が薄れてきている気がする。
 これでも私だって一応は『お姫様』だったか。
 もしかして不老不死にもボケは来るのだろうか?
 脳が成長しない限り、限界は来る気もする。
 ……でも何度も脳みそごと総取り換えはしてきたんだけれど。

「……まぁいいや。それで、輝夜の言葉って何さ? 聞いてあげるから早く言いなよ」

 私がそう言うと、薬師は一瞬だけすごく辛そうな顔をした気がした。
 しかし私が「おや?」と思った瞬間、薬師は顔から一切の表情を消して私に輝夜の言葉を告げた。

「藤原 妹紅、その命、もって後一月であなた『本当に』死ぬわよ。
 復活(リザレクション)を繰り返せばもっと短いわ」


 理解が、出来なかった。
 私がこれまでに何回、何十回、何百回と目にしてきた事象。
 しかし、私自身はとうの昔に別れを告げてきた事象。
 死。
 それが、すぐ手の届く場所にやってきただと?

「……それはアレかしら。輝夜が私に喧嘩を売っているってこと?
 一月以内に思いきった殺し合いをすると」
「それは半分違うわね。あなたが不死の存在ではなくなる、と言っているのよ」
「なん、ですって?」

 馬鹿な事をこの薬師は言う、そんなはずは無いのに。
 蓬莱の薬は私から大人への成長を奪い、病苦を奪い、永遠の苦輪を与えたはず。
 幾千に切り刻まれようと、体中を弾丸に穿たれようと、
 灼熱の業火に身を焼こうと、私が死ぬ事は無い。
 それが蓬莱の薬が私にもたらした苦しみなのだから!!

「そんな馬鹿な事がある訳無いじゃない!!
 私は確かに蓬莱の薬を飲んで、長い永い時を生きてきたんだから!!」
「その蓬莱の薬を作った本人が言っているのよ、信用しなさいな」
「ほん……とうなのか」

 はるか昔に失い、過去には渇望し、そしてやがては諦めていた物が私の元にやってくる。
 誰もが恐怖し、逃げようとするが、やがては等しく訪れるはずの死が。
 私にとっては望んでももう訪れることが無いだろうと思っていた死が。
 やって来るとコイツは言っている!

「あなたと私、そして姫。僅かに三人しか服用者がいない蓬莱の薬。
 その中にイレギュラーが発生しても、何の不思議も無いでしょう」
「はは、そうか。イヤ確かにそうかもしれないわね」
「…………そして、さっき言った半分。姫からの伝言はもう一つ」

 未だに自身に起こりつつある事に理解が追いついてない私へ、薬師は言葉を続ける。

『後一月しかない寿命を待つ必要なんて無いわ。私が明日、殺してあげる』

 その言葉と明日の場所を伝え終わると、すぐに薬師は帰ろうとした。
 私が別れの言葉も告げられずにただ呆然としていると、背後から薬師が語りかけて来る。

「もう一つだけ、いいかしら?」
「……まだ、何か伝言が残っているの?」
「これは私からあなたへの質問、研究者としての興味よ。妹紅、あなたは今何を感じているの?」

 それは難題だった。
 輝夜が出す物なんかよりもよほど難しい難題だった。
 今私が何を感じているかだと? そんなものこっちが聞きたいぐらいだ。
 勝手に伝えることを伝えて、今どう思うかなんて答えられるか!!
 そう叫んでやろうと振り向いた薬師の姿に、私はハッとした。
 先程、薬師に感じた内面からにじみ出るような『辛さ』
 それが再び薬師の顔に浮かんでいた。


「……安らぎ、かな」
「安らぎ?」
「永遠の苦輪からハイ一抜けた。そんな初めて見えた終わりに、安らぎを感じているかもしれない」

 自分で言っていてそれが合っているのかどうかも判らない。
 ただ、長い腐れ縁の中でも始めて見る薬師の表情が、そんな答えを求めていた気がした。
 輝夜のように憎んでいるわけではないが、
 好んでいるわけではない薬師を相手に何故そんなことを思ったのかは判らなかった。
「ありがとう」 そう言って、今度こそ薬師は帰っていった。



 予感はやっぱり外れてはいなかった。
 今まで知人が死を迎えるときに感じていた予感が、
 今度は自らの死の予感に働いていた、それだけの違い。
 考えてみると、これはなかなかに凄い能力なのかもしれないと考えたが、
 一生に一度ではあまり役に立ちそうも無い。

 一生。

 私の一生は、明日で終わるのだろうか。







 死に装束はどんなものにしようか、などと考えながら昨日は眠った。
 結局のところいつもの服を着ることにした。
 そもそも白装束なんて気の利いた物は持ってないし、
 これから一戦交えるのに慣れない物を着る訳にも行かないだろう。
 約束の場所に着くと久しぶりに過去のことに思いを馳せて見た。
 なんせ常人以上の年月を生きてきた訳だから、
 その全てを思い出そうと思ったらそれこそ一月あったって全然足りないのだけれども、
 それでも過去に浸ってみたい気分だったんだ。
 遥か遥か昔のお父様とお母様の記憶から、ついこの間の輝夜との戦いまで、
 人類の歴史の大半と関わってきた…………というほど大した事はしていないけど、
 一緒に流れてきた位は言ってもいいだろう、この生涯。
 どうせなら、思い切り燃やし尽くしてやろうじゃないか。
 と考えてしまうのはただのヤケクソかそれとも蓬莱の薬の効果が切れたことで私の思考が壊れてきているのか。


「あら、随分と待たせてしまったかしら」
「いいや、丁度良い頃合だよ」

 空から降りてきた輝夜も、私と同じくいつも通りの格好だった。
 コイツの場合、喪服でも着て来るぐらいの嫌がらせでもしてくるかと思ったけれど。
 この状況、この瞬間だけを切り取ったならば、まるでいつも通り。
 何百何千何万と繰り返してきた殺し合いと何も変わらない、私と輝夜の日常のままのようだ。

「? どうかしたの、妹紅」
「いいや、ただ、いつも通りだなと思ってね」
「何か趣向を変えたほうが良かったかしら?」
「別にそういうわけじゃあないけどね、何しろこれが多分最後だからさ」
「ふーん…………」

 私の漏らした一言は本当にどうでもいいものだったのだけれども、
 輝夜の方には何か思うところがあったらしくて、少し考え込んでからこう言った。

「妹紅。一つ賭けをしましょう」
「賭け?」
「そう、あなたが勝ったなら、なんでも一つ願いを叶えてあげる。
 ただし、私に出来ることに限り、だけれどもね」
「そいつは随分と太っ腹な話ね。それで? 私には何を要求しようって言うの?」
「…………何も要求なんかしないわ」
「なんですって?」
「私は与えてやる側、あなたは与えられる側。対等な条件なんか、求めてはいないわ」
「なるほど、そいつは素晴らしい賭けになるな!!」

 どこまでも、どこまでも憎たらしい。
 最後の最後までお前は私に憎しみの素を与えてくれる。
 けれどもそれが一番正しい私たちの在り方だ。
 輝夜によって与えられた憎しみを、私は炎にして返す。
 この法則だけは、私が死ぬその瞬間まで変わる事は無い!!



 その日の殺し合いがそれまで物と何か違ったのかと問われれば、
 傍から見れば何も違いなど無かったかもしれない。
 結局のところ、常に手加減なんてものが存在し得なかった私たちの殺し合いに、
 最後だからといって何か大きな変化が起こるわけは無いのだから。
 しかし、私には輝夜が放つ弾幕が今まででもっとも強大な物の様に感じられる。
 その弾幕を受けた私の体はぼろきれの様に吹き飛び、千切れ飛び、そして復活する。
 一度失った身体は再生と同時に業火を創造する。
 輝夜が放つ弾幕が強ければ強いほど、私から生まれる炎も強く大きなものになる。
 自分が生きていることを最も実感させてくれる炎の熱さ。
 その素になっているのは憎しみ、その素になっているのは蓬莱山 輝夜。
 蓬莱山 輝夜が私に生の実感を与えている?
 死の直前という異常、激しい戦闘による気の昂り、
 それらが混ざって私の生涯にそんなふざけた結論を導こうとしている事が、
 また私の炎を熱く激しくさせた。


「楽しいわ。凄く凄く楽しかったわ妹紅」
「……そうね、私も楽しかったかもしれない」

 大地に仰向けに倒れた私を見下ろして、輝夜がおそらく最後になるだろう会話を始めた。
 倒れた私にはもう起き上がれるだけの体力も気力も残っていない。
 後はこのまま意識を手放すだけ、
 それだけで今までは夢の世界へ旅立っていたのが今度は死後の世界へと変わるのだろう。
 別に今までと何か違う気はしない、偽りの死でも重ねれば慣れるという事だろうか?
 そういえば冥界には知ってる者がいた、今でもいるのだろうか?

「妹紅、賭けの賞品には何を望むの?」

 もう喋ることも考えることも億劫な私に、輝夜は質問をぶつけてくる。
 そんな事どうでもいいじゃないか、結局のところ私はこうして死んでいくんだから。
 最後の最後で、私はお前に勝つことが出来なかったんだから。

「ねぇ、答えてちょうだい妹紅」

 うるさいなぁ、そんなに言うなら答えてやるよ。
 具体的なものは思いつかないけれど、私がお前に望むものは唯一つ。

「―――お、まえが、わたしのことを、シぬほどニクむようなモノを」

 私の答えに、輝夜は心底満足したような眩いばかりの笑顔を見せた。

「残念ね妹紅、たとえ勝ってもその願いは叶わない」

 たとえ勝っても?
 今まさに死の眠りに向かう私に対してたとえもへったくれもあるものか。
 思ったところでもはや口は動かない、言い返す術の無い私に輝夜は続ける。

「その願い、あなたのその生涯全てをかけても叶う事は無い。
 あなたはただ私に対する憎しみを無限に生み続けるだけ」

 だから、それも今日限りで終わるんでしょうが。
 殆ど途切れかけの意識の中、輝夜の最後の言葉が聞こえた。


「バイバイ、妹紅。一番に抜けるのは私のほうよ」


 何だと…………………………?






 意識を失ったのは夜で、意識を取り戻したのも夜だった。
 まだ殆ど時間が経っていないのか。
 それとも丸一日、いや場合によってはそれ以上の時が流れたのかが判らない。
 急いでそれを確かめるため、私は月を探した。
 しかし月は雲に隠れて視る事が出来ない。
 こんな事でさえ私は輝夜に馬鹿にされている気がした。
 私は全速力で永遠亭へと向かう。
 あの『予感』はまだ続いている、これは私の死なんかではない!!

「輝夜!! 出て来い輝夜!!」

 迷うことなく永遠亭の最奥、輝夜の居室へと飛び込む。
 そこには布団で眠る輝夜と、その横に座る永琳が待っていた。

「ちょっと、起きなさい輝夜!! さっきの言葉、説明しなさい!!」

 眠る輝夜の耳元で叫ぶ、起きない。
 白い寝巻きの襟を掴み前後に揺さぶる、起きない。
 前髪を掴んで頬を叩く、起きない。
 辛抱たまらず右手に炎を生み出したところでようやく永琳が「やめなさい」と言葉を発した。

「それ以上やれば傷が付いてしまうわ」
「それがどうしたって言うのよ、どうせすぐに治るじゃない!!」
「治りはしないわ、だってそこに居るのは姫の―――」

 永琳は決定的な一言を発しようとしている、私にそれを止める事は出来ない。

「亡骸だから」



「……説明してもらえるかしら」
「説明する事なんて何かある? 死んだのはあなたではなくて姫、それだけよ」

 永琳の言葉は酷くあっさりとしたものだった。

「お望みならば蓬莱の薬の製造法と姫の飲んだ初期型からあなたや私の飲んだ完成型までの変化、
 それによる服用者に起こる症状の違いについて、レポートにまとめたのがあるわよ」
「そんなことじゃない!!」

 放って置けば本当に取りにいきそうな永琳を止め、私は叫んだ。
 私が聞きたいのはそんなことではない。

「そうそう、今日も姫からの伝言があるの。
『妹紅、勝ったのは、生き残ったのはあなた。けれどあなたの望みは叶わない。残念ね』
 ですって」
「……おまえの、お前の薬で治す事は出来なかったのか!!」
「出来たわよ!!」
 
 永琳は泣いていた。
 溢れる涙を止めようとせず、ただひたすらに泣いていた、

「月の頭脳を舐めないで頂戴!! その気になれば姫に真に永遠の命を与えることなんて簡単なことだわ」
「ならば何故!?」
「姫が拒んだからに決まっているでしょう」

 輝夜が、拒んだ。
 それならば永琳は無理矢理に輝夜に薬を飲ませる事はしないだろう。
 しかし何故……!?

「何故なんて問いに答えるのは簡単だわ。
 妹紅、あなたに私は聞いたわよね? 死を迎えるのはどんな気分と」

 確かに訊かれた、そして私は答えた『安らぎ』を感じると。
 永遠の苦しみから逃れることが出来ると。

「蓬莱の薬は禁薬よ、そして姫は永遠から抜けられた。
 素晴らしい、私はかつて無い喜びを感じているわ」

 嘘だ。
 永琳の顔は喜びに満ちてなど居ない。
 完全な蓬莱の薬を飲んだ永琳には辿りつけない所へ、
 一人行ってしまった輝夜に残されてしまった絶望が永琳には在った。

「そんな同情の眼差しなんていらないわ、妹紅」

 私の視線が永琳にはそう受け止められたらしい。
 同情、そんな事を意識したつもりは無かったが確かに永琳のこの状況は十分に同情足りえる。
 一応何か慰めの言葉でもと考えた私に向かって、永琳は恐ろしいことを言った。

「だって、あなたも私も変わらないじゃない」

「な、に?」
「私とあなた、何が違うと言うの? 二人とも姫に置いていかれたもの同士、変わらないでしょう」
「違う、お前と私は違う!!」

 永琳は輝夜に置いていかれた。
 永琳は輝夜の従者で、輝夜と共に生きてきた。
 永琳は輝夜のことを想い、尽くしてきた。
 私はどうだ?

 私は輝夜に置いていかれたのか?
  違う、あいつが先に死んだだけのこと。
 私は輝夜と共に生きてきたのか?
  違う、偶々不老なのが私たちだけだったから。
 私は輝夜のことを想ってきたのか?
  違う、断じて違う。私があいつへ向けるのは憎しみのみ。

 こんなにも私と永琳は違うのに、何故コイツは私と同じだなんて言うのだ!?

「……輝夜は、私と賭けをしていた」
「賭け? いったい何を賭けていたというの?」
「私が勝てばあいつが出来る限りのことで願いを一つ叶えるというものだった」
「へぇ、それを私に肩代わりしろというの?
 構わないわよ、私の出来る限りの事はしてあげる。
 土塊を金に変える秘薬?
 強大な力を手にする霊薬?
 それとも私の身体が欲しい? なんてね。
 ああ、何なら蓬莱の薬を打ち消す薬でもいいわ、
 今まで一度だって完成したためしは無いけれども、
 気長に待ってくれるのならばね!」
「そんなものはみんな要らないよ、私の望みはね――――――」
 
 私の望みは輝夜の憎しみ、それを具現化するモノ。
 それを伝えたとき、永琳の表情は再び絶望に染まった。
 しかし、その絶望の中にほんの一筋の歓喜が見えた。




 海よりも深く、夜よりも暗い意識の底から浮かび上がる感覚が。
 今までの復活(リザレクション)とは比べ物にならない彼方からの帰還が。
 輝夜の夢と現の境界を曖昧な物としていた。

「永琳、久しぶりに面白い夢を見たわ」
「どのような、夢でしたか」
「いつも通りの日常なのよ、妹紅と私が殺し合う夢」
「それでは、何も面白くなど無いではないですか」
「けれど私だけが死んじゃうの、妹紅と永琳は生きたまま」
「死ぬとき、何を考えられました?」
「そんな事覚えていないわ、だって夢の中のお話なのよ」
「……姫、それは夢なんかでは!!」
「いいのよ、永琳」

 そういった輝夜の顔は、永琳が驚くほどに安らかだった。
 
「あなたが決めたの? それとも妹紅が言ったの?」
「妹紅が。けれどもあなたに完全な蓬莱の薬を与えて、
 再び永遠に縛り付けたのは私の罪です!!」
「妹紅が望んだのなら、それは正当な賭けの報酬よ」
「しかし、姫」
「けれどもね、妹紅の望みは叶わなかったわ。
 私は今妹紅のことを憎もうとは思わないもの、もちろんあなたのこともね」
「それは、いったい何故?」

 永琳の問いに対して輝夜の答えはない。
 黙って起き上がり、窓からふわりと出て行く。

「妹紅のところへ行って来るわ。新しい蓬莱の薬の効き目、試してきてあげる」
「姫様、待ってください」
「永琳、さっきの問いだけれどね」
クルリと永琳へ向きかえり、輝夜は笑って答える。
「一遍死んでみて、初めて気付いたの」
「それは、何に……?」
「生きているって素晴らしいって事よ」






 竹林の中で私は待っていた。
 あの薬師が出来るといっていたのだ、輝夜は間違いなく生き返る。
 生きてさえいれば憎しめる、生きてさえいれば戦える、また私は熱くなれる。
 薬師が蓬莱人を殺せるようになるのは遠い未来、
 それまでにこの闘争に終わりは来るのだろうか。
 終わりは無い、私が不死である限り終わる事はありえない。
 あいつが飽きようが勝手にあの世へ逃げようが、再び呼び戻す。
 蓬莱人殺しの薬が完成するのは、私が飽きてからでいいのだ。
 これからもこの殺し合いは続けていく。
 なんて素敵な未来。
 生きているってなんて素晴らしいんだろう。

「おまたせ妹紅、待たせたかしら?」
「そうね、今日は随分と待たされたわ」
「うふふ、妹紅。私あなたに教えてあげたいことがあるのよ」
「へぇ、それは何のこと?」
「私ね、あなたに感謝しているのよ。またこの楽しくてたまらない、
 殺し合いの日々に招いてくれて。恨んでなんか、これっぽっちも無いわ」
「そいつは、上等だぁ!!」


 ああ今日も、私は燃えるほどに熱くなれる。
話のコアの部分で、どうみても原作の設定を捻じ曲げて使っている話です。
初投稿がこんな作品で申し訳ありません。
弥一郎と申します。
なかなか多くの人に観てもらう事をしたことが無く、投稿させて頂きました。
最後まで読んでくださった方、有難うございます。

友人にこんな話だということを言った際、ハッピーED? バットED? と訊かれ私と意見が割れました。
読んでくださった方はどう感じたのでしょうか。

どうでも良い話なのですが、
最後の「燃えるほどに熱く」という一文が頭の中でどこか引っかかり
google検索してみたところ、FF関連で2件ヒットしました。
片方は私の大好きなカイエンに関することで、もう片方は……なんかすごいものがヒットしました。
悩んだ結果この言葉を採用決定。……初志貫徹しただけですよ。
弥一郎
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コメント



0.3170簡易評価
13.100点線削除
途中でうっかり泣いちゃいました。お互いの存在を再認識したという
ことでハッピーエンド?二人の物語自体は無限ループですが。
18.90名前が無い程度の能力削除
永琳・輝夜・妹紅以外の名前がまったく出てこないところから考えて
相当に遠未来?
最後の展開で救われたというか、救いが無くなったというか…
最近はハッピー・バットの他にトゥルーエンドというのもあるみたいですよ?
31.90れふぃ軍曹削除
HappyEDか、BadEDかと言われれば、限りなく救いがないHappyEDという所でしょうか?

いや訳の分からん私的解釈はともかく、感想です(笑)
話しのキモである輝夜の伝言。やはりこれが上手く話しの深みを作っていると思われます。好みの伏線の張り方でした。
三人それぞれのの感情描写もグッド。