幻想郷と外界との境界に位置する場所の一つ、八雲家。その庭は、突き抜けるように青い空から降り注ぐ陽光を存分に受け取る事が出来る。そんな庭の一角で八雲藍は今日の洗濯物と布団を干していた。
「ん~……、今日はよく晴れたなぁ。ちょっと寒いけど洗濯日和には変わりないと言ったところか」
九つの大きな尾をゆらゆらとさせながら思いっきり伸びをする。
冬に入り、身を切るような冷たい風が吹くようになったが、太陽さえ出ていれば湿った洗濯物も割とよく乾く。
一通りの作業を終え、そのまま縁側で一休み。これで午前中の家事も大方終わりだ。
「出来れば紫様の布団も干したかったんだけどな……」
折角晴れているのだから布団くらい干したい。だが布団を干すには、その使用者が起きて活動していなければならない。主人の睡眠時間と睡眠時間帯を考えると、いっその事主人ごと干してやりたい気分になるが、そこは何とか踏み止まる藍であった。
まだ上昇途中とは言え、太陽がもたらす光は冬の寒さを感じなくさせる程に心地良い。そんな陽気が次第に藍の瞼を重くする。
「ふ……ああぁぁ……」
思わず、柄にも無い大欠伸だって出てしまう。
「…………いい天気だ……」
柱にもたれかかり、無意識のうちに目を閉じる藍。
そのうちに静かな寝息を立て始めた。
……。
「……はッ! イカンイカン。こんなところでうたた寝なんかしてたら橙に示しがつかないじゃないか……」
「えへへー、藍さまとっても気持ち良さそうでしたよー?」
「おぉう!? 橙、いつの間に……」
藍の隣には、満面笑顔の橙がちょこんと座っていた。
「きっと藍さまお疲れなんですよー」
「お、心配してくれるのか? ありがとう橙。でも私は大丈夫だぞ」
「そうですかぁ? あんまり無理しないでくださいね」
「ああ、分かってるさ。……さてと……」
午後の分の仕事も少し片付けてしまおうかと、ちょうど藍が立ち上がりかけた時、突然橙が思いついたように声を上げた。
「そうだ! 藍さま、今日の家の事はこの橙がやります! だから藍さまはゆっくり休んでてください!」
「橙……。ふふ、その気持ちだけで嬉しいよ」
「ダーメですよ。今日一日、藍さまには何としても休んでもらいますから」
「そ、そうか? しかしだなぁ……」
「大丈夫ですって、私だって藍さまの式なんですよ? だから安心して休んでてくださいってば」
そう言いながら、橙は藍の背中をグイグイと押していく。
「はい、藍さまはここで休んでてくださいね。今お茶を淹れますから」
「あ……あぁ」
藍を居間に座らせ、トタトタと台所へ急ぐ橙。
その場に一人残された藍は、着っぱなしだった割烹着を渋々外し、台所を心配そうに見遣る。
「橙がああ言ってくれるのは嬉しいんだけど……ちょっと心配だな……」
居間からでも見ることができる庭では、先程干した洗濯物が僅かな風に揺れている。この分なら夕方までには乾いてくれるだろう。
しばらくして、台所からシュンシュンと湯が沸く音がしてきた。
「まぁ、たまにはこういうのも橙の為になるかもしれないが……」
ちゃぶ台に頬杖をつきながら藍がそんな事を思っていた時だった。
「うにゃ! 熱ッ!!」
「…………火を止めてすぐのヤカンの扱いには気をつけろって……。橙の奴、早速為になる経験をしたようだな……」
思わず苦笑。
「藍さま、お茶がはいりましたよ~」
またしばらくして、橙がもうもうと湯気の立ち昇る湯飲みを運んできた。直に持つには熱すぎるのか、お盆の上に乗せている。
「お、ありがとう。ところで橙、さっき火傷しただろ」
「え……あー、な、にゃんの事ですか~?」
ちょうど湯飲みをちゃぶ台に置いたところだった橙は、その手を慌ててお盆ごと引っ込める。
ちなみに顔の向きは明後日の方向だ。
「いいから手を見せなさい。……フゥム、指先が赤くなってるな」
「な、何とも無いですよ……」
「何とも無くたって、火傷したんなら冷やすくらいしなきゃ駄目だぞ。ほら、おいで」
「うー……」
―――ザバザバザバ……
「そう。そうやって、痛いのが無くなるまで水をかけるんだ」
「もう大丈夫ですよぉ」
橙を台所の流しに連れて行き、火傷の応急処置を指導する藍。
何故か橙のほうは嫌々だが……。
「さて、私は廊下の掃除をしてくるから、もうちょっとの間そうしてるんだぞ?」
「あー、駄目です藍さま! 手伝うって言ったじゃないですか。だから掃除は私がやります!」
「でも、お前は火傷の手当てをしなきゃいけないだろ?」
「雑巾がけなら手もぬれますから問題なしです。それに、今日は藍さまにゆっくり休んでもらうって決めたんですから!」
そうまで言われると、さすがの藍も引き下がらざるを得なかった。
「むう……分かったよ、掃除は橙に任せるとしよう。バケツは倉庫にあるからね」
「はーい!」
藍から許しを貰った橙は、嬉しそうに倉庫へと駆けて行った。
「ふふ、私の手伝いが出来るのがそんなに嬉しいのか。………………だけど橙、水くらい止めて行けって……」
藍の隣では、栓を開けっ放しにされた蛇口がザアザアと音を立てて水を出し続けていた。
「うんしょ、よいしょ……」
外でバケツに水を溢れんばかりに汲み、よたよたとしながら廊下を目指す橙。
「ちょっと入れすぎたかなぁ……よいしょっと」
何とか無事廊下に到着。
「せっかく藍さまに休んでもらうんだから、さっきみたいに迷惑かけないようにしなくちゃね……。よぉし、やるぞー!」
意気込みは十分。
雑巾をバケツに入れ、ジャブジャブと水をしみ込ませる。水が冷たいのはガマンガマン。
ギューッと絞ってスタンバイ。
「それっ」
―――トットットットットット……
―――タッタッタッタッタッタ……
―――トットットット……
「ほぉ……、橙の奴、ああ言うだけあってなかなか頑張ってるじゃないか」
一方の藍は、廊下から聞こえてくる橙の軽快な足音を聞きながら再び台所に立っていた。
いくら休んでいろと言われても、何にもしないというのもどこか落ち着かないのだ。
「よし、お昼は橙の好きな焼き魚にしてやるか」
そう呟きながら魚を準備し始める藍。
しかし、網の準備に移ったところでふと何かの気配が……。
もはやその気配の主はただ一人。
「……紫様、つまみ食いはやめて下さい」
「あら~ん、もう少しだったのに。貴女も鋭くなったわねぇ」
「フフフ、何年紫様の式をしていると思ってるんですか」
「やん、怖いわぁ」
藍が菜箸をスッと突き出す。
すると突然目の前に小さなスキマが現れ、そこからスキマ妖怪・八雲紫が顔を覗かせた。
「それにしても、いつの間に起きてらしたんです? 起きたんなら言ってくださらないと布団が干せませんよ」
「夜に干すのも悪くないわよぉ。月明かりと夜風に当てて夜の力を布団に溜め込んで……」
「夜に干したら布団が冷たくなるだけでしょうが」
正論。
というか夜の力って何だ。
「起きたらお腹が空いたわ」
「つまみ食いはやめてくださいって。……ってか生魚をつまみ食いしようというその気が私にゃ分かりませんよ……」
「あら、藍ったら知らないの? お魚のドコサヘキサエン酸は血液をサラサラにしてくれるのよ」
「普通にDHAって言って下さい……。それに、いくらそれが豊富だからって普通生でいきますか……」
「お魚は焼かなきゃいけないって言う決まりは無いわ」
「そりゃそうですけど……そのままだと生臭くて食べられたものじゃないでしょうに」
「大丈夫よ、匂いと臭いの境界を弄るから」
「はぁ……、わざわざそんな事をする位ならちゃんと焼けるまで待ってて下さいよ。紫様の分もすぐ焼きますから」
「えーん、藍のいじわるぅ」
「意地悪でも何でも結構。つまみ食いされるよかマシです」
「ぶー」
空腹な紫が台所でお預けを食らっている間に、橙の掃除の方は着々と進んでいた。
「ふぅ、これでどの位終わったかな?」
額にうっすらと浮く汗を袖で拭い、雑巾をバケツに戻す。
顔を上げてみると、綺麗になった廊下とそうでない廊下がちょうど半分半分になっていた。
「うーん、まだ半分か……。雑巾がけって結構大変だなぁ……。でも藍さまはこれを毎日やってるんだから私も頑張らなくちゃ!」
雑巾を再びバケツに突っ込み、それまでについた汚れを落とす。
「あッ! 紫様! それはまだ焼けてませんってば……! ちょ……それは橙の分で……!」
その時、続きに取り掛かろうとした橙の耳に台所の方から藍の声が聞こえてきた。
「ん? 藍さま何してるんだろ?」
不思議に思って台所に向かった橙が見たものは、紫から魚を救出しようと色々頑張っている藍の姿だった。
「あー! 藍さま! 今日の家事は私がやるって言ったじゃないですかー!」
「橙! ちょうど良いところに! お前のお昼ご飯が紫様に食べられちゃいそうなんだ!」
「藍さまは休んでてくださいよー!」
「今はそれどころじゃ……」
「スキありぃ」
「ああ! しまった!」
藍の一瞬の隙を突いて、紫はあっという間に魚ともどもスキマに消えた。
「……むう、私とした事が……。仕方ない、今焼いてるのを橙の分にするしかないか……」
「藍さまぁ……」
「はは、大丈夫だ橙、お前の分はちゃんとあるぞ。さ、お昼にしよう」
「そういう事じゃないんですけど……」
「ごちそうさまでした……」
昼食を終え、どこか浮かない顔で廊下掃除に戻る橙。耳も尻尾も力無くダランとしてしまっている。さっきも後片付けの手伝いをすると主張したのだが、藍に“大丈夫だよ”と宥められてしまったのだ。
「どうして藍さまは休んでてくれないのかな……」
ぼやきながらバケツの水に浸けてあった雑巾を絞り、掃除の続きを始める。
―――トッ……トッ……トッ……
―――タッ……タッ……
―――ナァーゴ……
「うん?」
突然聞こえた声に橙が顔を上げると、廊下に面する庭にまだ子供なのであろう小さな白猫がいた。
「あれ、この辺じゃ見ない子だね。どうしたの? 道に迷っちゃった?」
猫が道に迷うなんて事はあまり無いだろうが、まだ子供なら十分に考えられる。
庭に降りて橙が優しく抱き上げてやると、子猫はまた“ナァーゴ”と鳴いた。
「……え? どうしてそんなに悲しそうなのかって?」
急に目の前の子猫にそう聞かれ、橙は思わず片手を自分の顔にやる。
「そんな事無いよ? 私はいつも通り元気だよ」
――ナァー……?
しかし、そんな橙の言葉を否定するかのように、子猫は橙の頬を前足でポンポンはたく。
「ひゃん、なんだよぅ……」
爪は立っていないが、子猫の肉球がくすぐったい。
「あらあら、微笑ましいわねぇ……」
これまた突然、そう言いながら縁側に腰掛けたのは、先程台所で一騒動起こした紫。
「あ、紫さま……」
「ふふ、その子は貴女の事を心配してるのよ。“そんな顔してどうしたんだ”ってね」
「それは分かりますけど……。私、そんなに暗い顔してますか……?」
「今の貴女はとっても暗いわぁ。いつもの元気はどこへ行っちゃったのかしらん?」
「…………」
「まあ、こっちへ来てお座んなさいな」
紫は俯く橙に手招きをして自分の隣に座らせる。
暫くの間二人とも黙ったままだったが、太陽の西への傾きが目に見える程になった頃、それを見上げながら紫が口を開いた。
「昔を思い出すわぁ……」
「え……?」
膝の上で丸くなっている子猫の背中を撫でていた橙は、紫の言った言葉の意味が分からず、反射的に彼女を見上げる。
「藍は貴女になかなか家事を手伝わせてくれないでしょう?」
が、それを聞いて思わず顔を再び伏せた。
「それでも貴女は何とかして藍に休んでもらおうとしてる」
「…………私は、藍さまに信用されて無いんでしょうか……」
「そうねぇ、されてないと言えばされてないわ」
「う……」
「でもね、それにはちゃんと意味があるのよ?」
「意味が……?」
「藍はね、貴女の事が心配なの。怪我でもしないか大丈夫かって。そんな心配をするが故に貴女へ家事を任せきる事が出来ないのよ。……手伝うって言われても、ほら、どうしても自分で動いちゃう……」
「あ……」
紫が示した先には、午前中に干した洗濯物やら布団やらを取り込む藍の姿があった。
「貴女はそれだけ藍に愛されているのよ。そう、まるで親子の様にね」
「うーん……」
「だから貴女は貴女で、藍のそんな心配を跳ね除けられるように努力するといいわ」
「でも……」
「納得がいかないみたいねぇ。……ふふふ、こうやって見てると本当に昔の藍とそっくりだわぁ」
「藍さまと……ですか?」
「そうよ。藍も貴女位の頃は私の手伝いをするんだって言って聞かなかったのよ。“紫さま、何か私にも手伝わせてください”ってね。一日中そればっかりだったわ」
―――『おはようございます紫さま!』
―――『あら藍、今日は早いのねぇ』
―――『へへ……』
―――『さぁ、もうすぐ朝ご飯が出来るわよ。座って待ってなさいな』
―――『紫さま、私にも何か手伝わせください。何でもやりますから!』
「……? 紫さまの手伝い??」
「あら、あの頃は私が家事をぜーんぶやってたのよぉ。朝から起きてたし」
「えぇ?」
ものすごーく意外そうな顔で紫を見る橙。
「もぅ、そんなに驚かないでよ……。それでね、私は折角だけど藍のそういう申し出は断ってたの。何故だか分かる?」
―――『藍、ありがとうね。だけど大丈夫よ』
―――『でも……、私も何か紫様のお役に立つ事がしたいです……』
―――『ふふふ、その気持ちだけ受け取っておくわ』
「……心配だったから……ですか?」
「あたり。今の藍がなかなか貴女に家事を手伝わせてくれないのと同じようにね、私もその頃の藍に手伝いをさせるのは心配で出来なかったわ。そしたらね、藍ったら後になってこの縁側で拗ねちゃってたのよ。笑っちゃうくらい今の貴女とそっくりだと思わない?」
「わ、私は別に拗ねてなんか……」
「そうかしら? 顔に出てるわよん。その証拠にこの子が貴女の事を心配してたじゃない」
「あ……」
橙が視線を膝の上にやると、そこに丸まる子猫が優しく一声鳴いた。
ふと、橙の顔から笑みがこぼれる。
それを見た紫の顔にも柔らかな笑顔。
「……私、頑張って藍さまをアッと言わせてみせます!」
「ふふふ、その調子よ。それじゃあ私は晩ご飯までもう一眠りしてくるわ」
「あ、紫さま……」
思わず引き止める。
「なあに?」
「……ありがとうございます!」
「うふふ、どういたしまして」
それだけ答えると、紫はスキマに消えていった。
「そうだ、キミにもお礼を言わなくちゃね……って、あれ?」
視線を戻すと、子猫はいつの間にか寝息を立てていた。
「あー、気まぐれな奴めぇ」
子猫の雪の様な毛並みに手を当てて、起こさないように“ありがとう”と言う橙の顔に、暗さなんて物はもうあるはずも無かった。
透き通るような冬空に浮かぶ午後の太陽は、先程より幾分か西に傾いてはいるものの、まだ十分に暖かいと言える光をマヨヒガへと投げ掛ける。
そんな陽光と気持ち良さそうな子猫につられ、だんだん橙もウトウトと……
ウトウト……と……。
「……はッ、いけない! こんな所で寝てたら藍さまに怒られちゃう……」
「ふふ、気持ち良さそうだったぞ橙」
「あぁ藍さま! ……ご、ごめんなさいぃ」
橙のそばには子猫がいなくなっていた代わりに、藍がお茶を啜りながら腰掛けていた。
「ははは、うたた寝位じゃとやかく言わないさ。私もあまり人の事は言えんし……」
苦笑しつつ午前の出来事を思い出す。
そのまま見上げる冬の夕空。日はもうほとんど西に沈みかけ、辺りを綺麗な朱色に染めていた。
「もうこんな時間……」
ポツリと橙。
「そうだな。夕焼けが綺麗だ……」
夕日を見てると何だか寂しくなってくるのは何故だろうか。
「明日も晴れるでしょうか」
「うむ、晴れるといいな」
―――“あーしたてんきになぁれ”
橙が飛ばした靴は転がる事無く見事に着地した。
「さあ、そろそろ夕飯の支度をしようか。ふふ、橙、お前にも手伝ってもらうぞ?」
「あ……、はいっ!」
橙の顔に明るい笑顔が戻る。
「私、頑張りますよぉ!」
「おお? 張り切ってるじゃないか。じゃあまずは掃除の続きを頑張ってくれ」
「あ……」
湿っていたはずの雑巾は、放っとかれた間にすっかり乾いてしまっていた。
―――グツグツグツ……
―――トントントン……
―――コトコトコト……
「おっと……橙、鍋が吹きそうだぞ」
「わっ、いけないいけない……ふう、これで大丈夫」
日も沈み、辺りもすっかり暗くなった頃、八雲家の台所には包丁を握る藍と鍋の番をする橙の姿があった。
「藍さま」
「何だい?」
「私、これからも藍さまのお手伝い頑張りますから」
「ふふ、ありがとう橙。今日はお前が手伝ってくれた分、いつもより仕事が少なくて楽だったぞ?」
「今度はお昼ご飯も私に作らせてくださいね」
「ははは、ヤカンで火傷をしなくなったらな」
「もー、その事は忘れてくださいよぉ」
どちらとも無く笑い出す。
「藍さま」
「んん? どうした?」
「藍さまと私ってそっくりなんですって」
「? 何がだい?」
「えへへ、それは秘密ですっ」
「???」
話が全く見えず困り果てる藍と、銀色の鍋に自分の笑顔を映してすっかりご機嫌な橙。
……そして、突如現るつまみ食いの常習者。
「ら~ん、スキだらけよん」
「あっ……ちょ! 紫様! 大根を!!」
思考が完全に橙の方に回っていた藍は、紫の強襲に全く対応できず……
「紫さま! つまみ食いはダメですよー!」
これもお手伝いの内と、代わりに橙が立ちはだかる。
バッと取り出したるは一枚の符。
「ちょ……! 橙、それは……!!」
「大丈夫ですよ藍さまっ。負荷はそんなに無いですから!」
「そうじゃなくて!」
「あらん、橙ったら目が本気だわぁ。退却退却ぅ~」
「逃がしませんよ! それぇ」
「まっ……! ストップ、ストップ!! 今ここでスペルなんて使ったら……!!」
「護法天童乱舞っ!」
「あああぁ、お鍋が吹き飛んで行くうぅぅぅ……」
星が輝く冬の空に藍の叫びが木霊する。
その後、つまみ食いの犯人と鍋を吹き飛ばした張本人へのお説教、更に夕飯の作り直しやら何やらで、その日の団欒がいつもより少し遅い時間になったのは言うまでもない。
「らーん、私の布団が無くなってるんだけど知らない?」
「あ、紫さまのお布団でしたら藍さまの言いつけでさっき干したところですよ」
「あら橙、まだ起きてたの? ……って、貴女今何て?」
「紫さまのお布団なら私がさっき干しましたけど……」
「だって今は夜よ? 布団はお日様が出ているうちに干さなきゃ……」
「布団に夜の力を溜め込ませるんじゃなかったんですか紫様?」
「あ、藍……。それは冗談……」
「紫様が夜に布団を干すのも悪くないと仰っていたので、お望み通り夜に干させていただきました」
「え~、冷たいのやぁよぉ……」
「魚と大根の恨みです。さぁ橙、そろそろ“あったか~い”布団で寝る時間だぞ」
「はーい。お休みなさい藍さま、紫さま」
「はい、おやすみ」
「おやすみ……ぐすん」
しかし、生魚まるごとって…どこぞの亡霊嬢ですか貴方は(^^;