最近とても嬉しいことがあった。今日はその書き記した日記について話そう。
この私──紅魔館の門番、紅美鈴のとても嬉しかったことの話をしよう。
一、咲夜さんの場合
「美鈴起きなさないよ」
そう言ってナイフを投げてくるものだからたまったものじゃない。気配で目が覚めてはいるので投げられたナイフをキャッチする。
「……起きてるなら返事しなさいよ」
「いやーごめんなさい今起きたんですよ。気がついたらナイフを取ってまして」
「ならいいけども。美鈴、朝ごはん食べた?」
咲夜さんはそうやって聞いてくるものだから驚く。朝ごはんなんて食べなくてもいいのに。というより普段から食べたりはしていない。何の心境の変化なのだろう?
「いいや……食べていませんが。咲夜さん私普段食べないことは知ってるはず……」
いい終わろうとしたところで咲夜さんは私を押すようにしている。力が入っているので押せはしないのだけれど。
「どうしたんですかいきなり?」
「なんでもいいじゃない。ほら、一回館の中に入りなさい」
命令口調で何故か咲夜さんは必死になって言っていた。せっかくだからそれには従おう。
「分かりましたよ。中に入りましょうか」
何故かほっとしたような顔で咲夜さんは先に中に入っていく。私は小走りでそれを追いかけた。
「まったく美鈴はせっかちね」
中に入ってから気になる匂いを聞いてみると咲夜さんはそう言った。
「普段しない匂いしてるのに疑問に思わない方がおかしいじゃないですか。しかも私の故郷の料理の匂いですし」
辛い様な、しょっぱいような。色々な匂いが綯い交ぜになったような感じ。庶民の料理所の混ざるような匂いだった。臭いわけじゃない、むしろ食欲をそそるような匂いだった。
「なんでそんなに分かるのよ。今日は美鈴の好きな料理を作ってみたのよ。朝ごはん食べてないの少し申し訳ないなって」
咲夜さんがそこまでしてくれるとは思わなかった。でもとても嬉しくて抱きつこうとする。咲夜さんは時を止めて一瞬で逃げてしまったけれど。恐らく食堂にいるんだろう。
コツコツ靴が響く中、食堂を目指す。扉が開いているのでそのまま入るととても良い匂いがした。青椒肉絲に八宝菜。それとご飯。とても美味しそうな組み合わせだった。
「咲夜さん、これ作ってくれたんですか?」
料理の側に立つ咲夜さんに聞く。当たり前のことだけど知りたくて。
「ええ。前に教えてくれたもので作ったわ。ちょっと自信はないけども……」
咲夜さんに手招きされつつ私は席に座った。
「どうぞ召し上がれ」
「……いただきます」
私にとってこんなに満足できるものは無い。いざ、と一口頂いた。
口の中に広がる旨み。それにピリッとする唐辛子に……ああ美味しい。
「んんん〜〜〜美味しい! 咲夜さんとても美味しいです!」
「そ、そう。そんなに喜んで貰えるなら嬉しいわ」
咲夜さんは照れていた。可愛いな〜このっ!
美味しい美味しいご飯を食べて、咲夜さんに追い出されるように門の前に戻された。
二、小悪魔さんの場合
お腹いっぱいになってウトウトとしながらたっていると声をかけられた。
「美鈴さん、少しいいですか?」
赤い髪に、頭の耳のようなもの。小悪魔さんだった。
「ああ、小悪魔さん。どうしたんですか?」
今日はやけに声をかけられる日だな。小悪魔さんは少し悪そうな笑顔で告げる。
「少し愚痴でも言いませんか? 楽しいですよ」
「いやあ……いきなり過ぎませんか? 少しぐらいならいいですけれど」
そう言うと小悪魔さんは私を手招きしてこちらへ来いと言っていた。それに従うように門の付近に行く。
「せっかくですし書庫まで行きましょうよ。門番の仕事は大丈夫ですし」
「いや、仕事しないと……」
「いつも寝ている美鈴さんに言われたくないですねえ」
うぐっ。確かに寝てるけど。気配で起きるから仕事してないとは言わせたくないけど……これは言い訳と言われるんだろうなあ。普段の行いだから仕方ないよね……
「ま、まあ、それなら行きましょう。図書館に入ることになりますけどパチュリー様の許可はいいんですか?」
「それなら許可はもらってます。なら行きましょう」
ああ、咲夜さんに怒られるんだろうな……こっちも断れないので行ってしまいましょう。そんなことを頭の中で考えながら小悪魔さんについて行った。
紅い廊下をコツコツと歩く。隣の小悪魔さんは悪そうな顔で言った。
「美鈴さんの愚痴って何があるんですか〜?」
私。私ねえ……不満、という程のものもないし。愚痴と言える程のものはなさそうだった。
「うーん、ないですねえ。お嬢様と出会って、使われるようになって、パチュリー様と出会って、咲夜さんに会って……」
「私はどこですかぁ!」
「だって小悪魔さんあなた、パチュリー様といたじゃないの」
「だからってまとめるのは酷いですよ!」
「いやそれ言ったらフランドール様も……」
あわわわと小悪魔さんは私の口を塞いだ。本人に聞こえないとはいえども聞かれたくなかったんだろう。私は気にしていないけれど。
「ちょっと何言うんですか!」
「いや、事実ですけど」
「怖いんでやめてくださいな!」
ふむ。そういうものなのだろうか。
「それよりも愚痴ですよ!普段の不満でもいいんです」
普段の……ね。まあそれなら。
「そうですね、強いて言うなら咲夜さんが冷たい事ですかね。抱きしめてあげたい時があるんですけど、咲夜さん嫌がっちゃって……」
「それってただのノロ……」
次の瞬間ナイフが身体に刺さる感覚がした。サクサクサクッと切れ味の良いナイフが刺さる。
「あいたたたた!?」
「うわあっ!?」
ナイフの雨に小悪魔さんは驚いて避けていた。地獄耳の咲夜さんが聞いていたんだろう。痛くて仕方ないけれどすぐに治るだろうと勝手に思って、驚く小悪魔さんを連れて図書館へと向かった。
三、パチュリー様の場合
痛い体は少しづつ傷口は閉じていく。それを横目で小悪魔さんは見ながら図書館に入った。
「こんにちはパチュリー様。今日はどうなさいましたか」
二人で歩きながらパチュリー様の座る机の前まで行く。いつものように本を広げて読みふけっているパチュリー様。私たちに気がついてやっと顔を上げた。
「あら。やっと来たのね。レミィから伝言。あとから庭に来てくれって」
「おや。何かあるんでしょうか。と言うか、私のサボりバレてますね……」
パチュリー様にわざわざそういいつけるものだから確信した。運命で見たのか、はたまた咲夜さんが言ったのか。どちらだろうか。分からないけれどバレた以上お叱りは仕方ないかー……トホホ。
「そりゃあそうよ。バレるものはバレるわ。あ、美鈴そこの椅子に座ってちょうだい」
指を指された場所に座る。
「それでどうしました? 私になにか話すことでも?」
普段呼びつけないものだからとても聞いてしまう。これは直した方がいいんだろうけれど……
「うーん、そうね、美鈴は読みたい本があるかしら」
「えっ、そりゃあ、ありますけれど。漫画とか故郷の本とか……何しろ沢山」
いきなりすぎて本音を言ってしまった。あっと、口を閉じようとしてしまう。
「大丈夫よ。今日は本を読んでいいわよ。でもあの泥棒が来たらつまみ出して欲しいわ」
「も、もちろん! やってやりますよ!」
ああ、少し無理なことを言ったかもしれない。どうしてってあの白黒魔法使いとても強いんだもの。私は肉弾戦なら勝てるけど弾幕勝負はからきし。むしろ、パチュリー様が自分で戦った方が強そうだけれど。ああダメダメ。私の仕事を全うしなきゃ。
「とても微妙な反応ありがとう美鈴。あなたならそう言うと思ったわ」
なんなのほんとに。お嬢様といい、パチュリー様といい。予知能力でもあるのかな?
「まあ、とりあえずレミィの所に行ってあげて。本は後から来てくれればいいもの」
シッシッと手を払われて小悪魔さんに無理やり引きずられるようにポイと図書館を追い出された。
パチュリー様なりの優しさだと私は思った。
四、レミリア様の場合
ざっと空いている戸から外に出るとお嬢様は日傘をして一人、庭に佇んでいる。私の育てた花たちを切れるような横目で見ていて。とても美しいと思った。吸血鬼の惹かれる魅力は抗いがたいもので。
「あら、美鈴来たのね。こっちに来なさい」
手招きされていて私はひょいひょいと走っていく。
「はい、どうしましたか」
「とりあえず向こう見なさい」
門の方を指さされてそこに立っていたのは咲夜さんだった。あっ!とても申し訳なく感じる。
「美鈴、申し訳ないと思ってるんだろうけれど咲夜が立ちたいって言ったのよ。愛らしいでしょう?」
ニコニコと楽しそうにお嬢様は言った。私もつられて笑う。
「さ、今はそういう話じゃなくて。美鈴、あなたのお花を摘んでも良いかしら?」
くるりと回るあなたは美しく見えて。ああ、この方に仕えてよかった。
「ええ、大丈夫ですよ。誰かに差し上げるのですか?」
「そうよ。あげる人をまた言ってあげるわ」
ふふふと人差し指でシーと笑った。美しいなあ。それを様にするお嬢様は素晴らしいと思った。
日傘をクルクルと回してとてもとても楽しそうにしている。
「ああそうね、美鈴。あなたはとても素敵よ」
鼻歌混じりにお嬢様は庭の奥に行ってしまった。さらりとお褒めの言葉を頂いて嬉しい。
その笑顔が素敵で。ドキドキと私の心は跳ね上がっていた。
五、フランドール様の場合
ここまでみんなと出会ってきたので私はフランドール様に会いたくなって図書館の地下を降りていく。石畳の階段は冷たさを感じさせ、どことなく冷徹さを思う。どうしてフランドール様が引きこもっているのか、それが閉じ込められているのか。もうその理由も私は覚えていない。それはお嬢様のみぞ知るなんだろう。一人でいることも、フランドール様は時に楽しそうに、時に気だるそうに過ごしていらっしゃる。
そんなにことを思いながらフランドール様の部屋の前の扉に着く。コンコンコンと軽くノックした。
「はぁーい。誰かしら?」
「フランドール様、私です。美鈴です」
中から戸が開けられてフランドール様がひょこっと出てきた。鍵はしていない。自由に空くようになっている。
「どうしたの美鈴。いきなりね」
お嬢様より少し高い声を階段に響かせ、フランドール様は問う。
「少し会いたくなりまして。来たんです」
「あなた仕事は大丈夫なの?」
「なんか皆さんと色々話したりしていたんですが結局仕事してないんですよ」
「美鈴、それを誇るのはおかしいわよ? まあいいけれど。入って」
ギギィと戸が不穏な音を鳴らしながら手招きされた。通されるがままに入っていく。
近くにあった椅子に座らせてもらい、フランドール様が話すのを待った。フランドール様は好きなようにしていた。ベッドに座ったかと思えば寝転んで何をするでもなくベッドの天蓋を見つめている。私は静かな空間が眠気を誘い、ウトウトとし始めた頃に頭を叩かれた。
「ギャッ!」
痛みで飛び起きる。
「こーら、美鈴起きなよ。少しだけ遊びましょう?」
叩かれた痛みに悶えながらフランドール様が持ち出してきたのはトランプだった。二人で遊ぼうと言うことなのだろう。
「いててて……私に出来ることならやりますが」
「神経衰弱でもいいかしら。簡単だし、美鈴がどのくらいの記憶力があるのか知りたいし」
「が、頑張りますよ……っ!」
勝てるように頑張ろうか……
「美鈴弱すぎて話にならないわ」
「ひゃー、今はダメですね。覚えてられないです」
結果は惨敗だった。一般的な記憶力はあったけれど、フランドール様の方が圧倒的に強かった。およよ、私は悲しいです。
「ね、美鈴そろそろ仕事に戻った方が良いのじゃないかしら。お姉様に怒られるわよ」
「それは勘弁ですねえ。咲夜さんの方が怒りそうですがとりあえず戻りますね。楽しかったですよ」
「ええ、ありがとう美鈴」
私はフランドール様に手を振って出ていった。冷たい階段をコツコツとまた登りだした。
六、私の場合
門の前に立つ。今日は何故かみんなが話しかけてくれた。フランドール様だけは自分で行ったけれど。咲夜さん、小悪魔さん、パチュリー様、お嬢様、フランドール様……みんなみんな私は愛していて。家族だと勝手に思ってる。それが迷惑なんて言われたら引き下がるけれど。
今日は本当にとても嬉しかった。思い出がひとつ増えて嬉しくなる。
空を見ると日が傾いて夕焼け空になろうとしているところだった。
門の後ろから五人ほどの気配を感じて振り向きそうになる。ひとつ、こちらに対して険しいような気配があったために、振り向くのは躊躇ったけれど。
五つの気配。館の住人の数と合う。みんな出てきているんだろうか。
「よく振り向かなかったわね。美鈴、後ろを向いても良いわよ」
そう言ったのはお嬢様。ずっと険しい気配はお嬢様だったのか。言われたままに私は後ろを向いた。
そこにあったのは大輪の花束。私の育てたお花たち。それを持つお嬢様は私の胸まであげていて。その後ろに日傘を持って立つのは咲夜さん。小悪魔さんの肩を使って疲れたように立つパチュリー様。日傘をクルクルと回しながら楽しそうにしているフランドール様。そこにみんながいた。
「えっ、どうして」
「どうしてもなにも無いわよ? 美鈴、あなたと出会った日なのに祝わなきゃダメじゃない。もしかして忘れてた?」
お嬢様がサラリとそんなことを言うものだから驚く。ああ、そう言えば出会った日……何百年? 覚えていないけれども……ああ、とてもとても嬉しいじゃない。
「ふふ美鈴、笑ったわね。とても素敵な笑顔よ」
私の口はもう笑っていて。喜びを表せる術などない。
「ありがとうございます!」
にこりと、私は喜びを伝えるために笑った。
「まるで大輪の紅い花ね。素敵、素敵よ美鈴!」
「ふふ、畏れ多いです。みんなありがとうございます!」
嬉しくて私はみんなを抱きしめた。私の両手いっぱいの愛を、いつか伝えることが出来ればいいな、と思った。
……これが私の嬉しかったこと。愛されているだなんて、どれほど嬉しいことだろうか。それを再確認出来た一日だった。
ああ、私はみんなを愛している。
この私──紅魔館の門番、紅美鈴のとても嬉しかったことの話をしよう。
一、咲夜さんの場合
「美鈴起きなさないよ」
そう言ってナイフを投げてくるものだからたまったものじゃない。気配で目が覚めてはいるので投げられたナイフをキャッチする。
「……起きてるなら返事しなさいよ」
「いやーごめんなさい今起きたんですよ。気がついたらナイフを取ってまして」
「ならいいけども。美鈴、朝ごはん食べた?」
咲夜さんはそうやって聞いてくるものだから驚く。朝ごはんなんて食べなくてもいいのに。というより普段から食べたりはしていない。何の心境の変化なのだろう?
「いいや……食べていませんが。咲夜さん私普段食べないことは知ってるはず……」
いい終わろうとしたところで咲夜さんは私を押すようにしている。力が入っているので押せはしないのだけれど。
「どうしたんですかいきなり?」
「なんでもいいじゃない。ほら、一回館の中に入りなさい」
命令口調で何故か咲夜さんは必死になって言っていた。せっかくだからそれには従おう。
「分かりましたよ。中に入りましょうか」
何故かほっとしたような顔で咲夜さんは先に中に入っていく。私は小走りでそれを追いかけた。
「まったく美鈴はせっかちね」
中に入ってから気になる匂いを聞いてみると咲夜さんはそう言った。
「普段しない匂いしてるのに疑問に思わない方がおかしいじゃないですか。しかも私の故郷の料理の匂いですし」
辛い様な、しょっぱいような。色々な匂いが綯い交ぜになったような感じ。庶民の料理所の混ざるような匂いだった。臭いわけじゃない、むしろ食欲をそそるような匂いだった。
「なんでそんなに分かるのよ。今日は美鈴の好きな料理を作ってみたのよ。朝ごはん食べてないの少し申し訳ないなって」
咲夜さんがそこまでしてくれるとは思わなかった。でもとても嬉しくて抱きつこうとする。咲夜さんは時を止めて一瞬で逃げてしまったけれど。恐らく食堂にいるんだろう。
コツコツ靴が響く中、食堂を目指す。扉が開いているのでそのまま入るととても良い匂いがした。青椒肉絲に八宝菜。それとご飯。とても美味しそうな組み合わせだった。
「咲夜さん、これ作ってくれたんですか?」
料理の側に立つ咲夜さんに聞く。当たり前のことだけど知りたくて。
「ええ。前に教えてくれたもので作ったわ。ちょっと自信はないけども……」
咲夜さんに手招きされつつ私は席に座った。
「どうぞ召し上がれ」
「……いただきます」
私にとってこんなに満足できるものは無い。いざ、と一口頂いた。
口の中に広がる旨み。それにピリッとする唐辛子に……ああ美味しい。
「んんん〜〜〜美味しい! 咲夜さんとても美味しいです!」
「そ、そう。そんなに喜んで貰えるなら嬉しいわ」
咲夜さんは照れていた。可愛いな〜このっ!
美味しい美味しいご飯を食べて、咲夜さんに追い出されるように門の前に戻された。
二、小悪魔さんの場合
お腹いっぱいになってウトウトとしながらたっていると声をかけられた。
「美鈴さん、少しいいですか?」
赤い髪に、頭の耳のようなもの。小悪魔さんだった。
「ああ、小悪魔さん。どうしたんですか?」
今日はやけに声をかけられる日だな。小悪魔さんは少し悪そうな笑顔で告げる。
「少し愚痴でも言いませんか? 楽しいですよ」
「いやあ……いきなり過ぎませんか? 少しぐらいならいいですけれど」
そう言うと小悪魔さんは私を手招きしてこちらへ来いと言っていた。それに従うように門の付近に行く。
「せっかくですし書庫まで行きましょうよ。門番の仕事は大丈夫ですし」
「いや、仕事しないと……」
「いつも寝ている美鈴さんに言われたくないですねえ」
うぐっ。確かに寝てるけど。気配で起きるから仕事してないとは言わせたくないけど……これは言い訳と言われるんだろうなあ。普段の行いだから仕方ないよね……
「ま、まあ、それなら行きましょう。図書館に入ることになりますけどパチュリー様の許可はいいんですか?」
「それなら許可はもらってます。なら行きましょう」
ああ、咲夜さんに怒られるんだろうな……こっちも断れないので行ってしまいましょう。そんなことを頭の中で考えながら小悪魔さんについて行った。
紅い廊下をコツコツと歩く。隣の小悪魔さんは悪そうな顔で言った。
「美鈴さんの愚痴って何があるんですか〜?」
私。私ねえ……不満、という程のものもないし。愚痴と言える程のものはなさそうだった。
「うーん、ないですねえ。お嬢様と出会って、使われるようになって、パチュリー様と出会って、咲夜さんに会って……」
「私はどこですかぁ!」
「だって小悪魔さんあなた、パチュリー様といたじゃないの」
「だからってまとめるのは酷いですよ!」
「いやそれ言ったらフランドール様も……」
あわわわと小悪魔さんは私の口を塞いだ。本人に聞こえないとはいえども聞かれたくなかったんだろう。私は気にしていないけれど。
「ちょっと何言うんですか!」
「いや、事実ですけど」
「怖いんでやめてくださいな!」
ふむ。そういうものなのだろうか。
「それよりも愚痴ですよ!普段の不満でもいいんです」
普段の……ね。まあそれなら。
「そうですね、強いて言うなら咲夜さんが冷たい事ですかね。抱きしめてあげたい時があるんですけど、咲夜さん嫌がっちゃって……」
「それってただのノロ……」
次の瞬間ナイフが身体に刺さる感覚がした。サクサクサクッと切れ味の良いナイフが刺さる。
「あいたたたた!?」
「うわあっ!?」
ナイフの雨に小悪魔さんは驚いて避けていた。地獄耳の咲夜さんが聞いていたんだろう。痛くて仕方ないけれどすぐに治るだろうと勝手に思って、驚く小悪魔さんを連れて図書館へと向かった。
三、パチュリー様の場合
痛い体は少しづつ傷口は閉じていく。それを横目で小悪魔さんは見ながら図書館に入った。
「こんにちはパチュリー様。今日はどうなさいましたか」
二人で歩きながらパチュリー様の座る机の前まで行く。いつものように本を広げて読みふけっているパチュリー様。私たちに気がついてやっと顔を上げた。
「あら。やっと来たのね。レミィから伝言。あとから庭に来てくれって」
「おや。何かあるんでしょうか。と言うか、私のサボりバレてますね……」
パチュリー様にわざわざそういいつけるものだから確信した。運命で見たのか、はたまた咲夜さんが言ったのか。どちらだろうか。分からないけれどバレた以上お叱りは仕方ないかー……トホホ。
「そりゃあそうよ。バレるものはバレるわ。あ、美鈴そこの椅子に座ってちょうだい」
指を指された場所に座る。
「それでどうしました? 私になにか話すことでも?」
普段呼びつけないものだからとても聞いてしまう。これは直した方がいいんだろうけれど……
「うーん、そうね、美鈴は読みたい本があるかしら」
「えっ、そりゃあ、ありますけれど。漫画とか故郷の本とか……何しろ沢山」
いきなりすぎて本音を言ってしまった。あっと、口を閉じようとしてしまう。
「大丈夫よ。今日は本を読んでいいわよ。でもあの泥棒が来たらつまみ出して欲しいわ」
「も、もちろん! やってやりますよ!」
ああ、少し無理なことを言ったかもしれない。どうしてってあの白黒魔法使いとても強いんだもの。私は肉弾戦なら勝てるけど弾幕勝負はからきし。むしろ、パチュリー様が自分で戦った方が強そうだけれど。ああダメダメ。私の仕事を全うしなきゃ。
「とても微妙な反応ありがとう美鈴。あなたならそう言うと思ったわ」
なんなのほんとに。お嬢様といい、パチュリー様といい。予知能力でもあるのかな?
「まあ、とりあえずレミィの所に行ってあげて。本は後から来てくれればいいもの」
シッシッと手を払われて小悪魔さんに無理やり引きずられるようにポイと図書館を追い出された。
パチュリー様なりの優しさだと私は思った。
四、レミリア様の場合
ざっと空いている戸から外に出るとお嬢様は日傘をして一人、庭に佇んでいる。私の育てた花たちを切れるような横目で見ていて。とても美しいと思った。吸血鬼の惹かれる魅力は抗いがたいもので。
「あら、美鈴来たのね。こっちに来なさい」
手招きされていて私はひょいひょいと走っていく。
「はい、どうしましたか」
「とりあえず向こう見なさい」
門の方を指さされてそこに立っていたのは咲夜さんだった。あっ!とても申し訳なく感じる。
「美鈴、申し訳ないと思ってるんだろうけれど咲夜が立ちたいって言ったのよ。愛らしいでしょう?」
ニコニコと楽しそうにお嬢様は言った。私もつられて笑う。
「さ、今はそういう話じゃなくて。美鈴、あなたのお花を摘んでも良いかしら?」
くるりと回るあなたは美しく見えて。ああ、この方に仕えてよかった。
「ええ、大丈夫ですよ。誰かに差し上げるのですか?」
「そうよ。あげる人をまた言ってあげるわ」
ふふふと人差し指でシーと笑った。美しいなあ。それを様にするお嬢様は素晴らしいと思った。
日傘をクルクルと回してとてもとても楽しそうにしている。
「ああそうね、美鈴。あなたはとても素敵よ」
鼻歌混じりにお嬢様は庭の奥に行ってしまった。さらりとお褒めの言葉を頂いて嬉しい。
その笑顔が素敵で。ドキドキと私の心は跳ね上がっていた。
五、フランドール様の場合
ここまでみんなと出会ってきたので私はフランドール様に会いたくなって図書館の地下を降りていく。石畳の階段は冷たさを感じさせ、どことなく冷徹さを思う。どうしてフランドール様が引きこもっているのか、それが閉じ込められているのか。もうその理由も私は覚えていない。それはお嬢様のみぞ知るなんだろう。一人でいることも、フランドール様は時に楽しそうに、時に気だるそうに過ごしていらっしゃる。
そんなにことを思いながらフランドール様の部屋の前の扉に着く。コンコンコンと軽くノックした。
「はぁーい。誰かしら?」
「フランドール様、私です。美鈴です」
中から戸が開けられてフランドール様がひょこっと出てきた。鍵はしていない。自由に空くようになっている。
「どうしたの美鈴。いきなりね」
お嬢様より少し高い声を階段に響かせ、フランドール様は問う。
「少し会いたくなりまして。来たんです」
「あなた仕事は大丈夫なの?」
「なんか皆さんと色々話したりしていたんですが結局仕事してないんですよ」
「美鈴、それを誇るのはおかしいわよ? まあいいけれど。入って」
ギギィと戸が不穏な音を鳴らしながら手招きされた。通されるがままに入っていく。
近くにあった椅子に座らせてもらい、フランドール様が話すのを待った。フランドール様は好きなようにしていた。ベッドに座ったかと思えば寝転んで何をするでもなくベッドの天蓋を見つめている。私は静かな空間が眠気を誘い、ウトウトとし始めた頃に頭を叩かれた。
「ギャッ!」
痛みで飛び起きる。
「こーら、美鈴起きなよ。少しだけ遊びましょう?」
叩かれた痛みに悶えながらフランドール様が持ち出してきたのはトランプだった。二人で遊ぼうと言うことなのだろう。
「いててて……私に出来ることならやりますが」
「神経衰弱でもいいかしら。簡単だし、美鈴がどのくらいの記憶力があるのか知りたいし」
「が、頑張りますよ……っ!」
勝てるように頑張ろうか……
「美鈴弱すぎて話にならないわ」
「ひゃー、今はダメですね。覚えてられないです」
結果は惨敗だった。一般的な記憶力はあったけれど、フランドール様の方が圧倒的に強かった。およよ、私は悲しいです。
「ね、美鈴そろそろ仕事に戻った方が良いのじゃないかしら。お姉様に怒られるわよ」
「それは勘弁ですねえ。咲夜さんの方が怒りそうですがとりあえず戻りますね。楽しかったですよ」
「ええ、ありがとう美鈴」
私はフランドール様に手を振って出ていった。冷たい階段をコツコツとまた登りだした。
六、私の場合
門の前に立つ。今日は何故かみんなが話しかけてくれた。フランドール様だけは自分で行ったけれど。咲夜さん、小悪魔さん、パチュリー様、お嬢様、フランドール様……みんなみんな私は愛していて。家族だと勝手に思ってる。それが迷惑なんて言われたら引き下がるけれど。
今日は本当にとても嬉しかった。思い出がひとつ増えて嬉しくなる。
空を見ると日が傾いて夕焼け空になろうとしているところだった。
門の後ろから五人ほどの気配を感じて振り向きそうになる。ひとつ、こちらに対して険しいような気配があったために、振り向くのは躊躇ったけれど。
五つの気配。館の住人の数と合う。みんな出てきているんだろうか。
「よく振り向かなかったわね。美鈴、後ろを向いても良いわよ」
そう言ったのはお嬢様。ずっと険しい気配はお嬢様だったのか。言われたままに私は後ろを向いた。
そこにあったのは大輪の花束。私の育てたお花たち。それを持つお嬢様は私の胸まであげていて。その後ろに日傘を持って立つのは咲夜さん。小悪魔さんの肩を使って疲れたように立つパチュリー様。日傘をクルクルと回しながら楽しそうにしているフランドール様。そこにみんながいた。
「えっ、どうして」
「どうしてもなにも無いわよ? 美鈴、あなたと出会った日なのに祝わなきゃダメじゃない。もしかして忘れてた?」
お嬢様がサラリとそんなことを言うものだから驚く。ああ、そう言えば出会った日……何百年? 覚えていないけれども……ああ、とてもとても嬉しいじゃない。
「ふふ美鈴、笑ったわね。とても素敵な笑顔よ」
私の口はもう笑っていて。喜びを表せる術などない。
「ありがとうございます!」
にこりと、私は喜びを伝えるために笑った。
「まるで大輪の紅い花ね。素敵、素敵よ美鈴!」
「ふふ、畏れ多いです。みんなありがとうございます!」
嬉しくて私はみんなを抱きしめた。私の両手いっぱいの愛を、いつか伝えることが出来ればいいな、と思った。
……これが私の嬉しかったこと。愛されているだなんて、どれほど嬉しいことだろうか。それを再確認出来た一日だった。
ああ、私はみんなを愛している。
イラストの美鈴の笑顔がSSの雰囲気とすごく合っていて思わずこっちまで笑顔になってしまいます
これぞ大団円といった味わいで大変すばらしいかと思います。文脈力が極まってらっしゃる。
お見事でした。素晴らしいと思います。
みんな優しくて好きですありがとうございました
まさに集大成
暖かくもやさしい話でした
とても愛に溢れた美鈴にほっこりしました。イラストも可愛く、内容もとても暖かくて良かったです。これからも素敵な作品をお待ちしております。
100作品おめでとうございます!