冬だ。
冬である。
そして鍋なのである。
自分で食事を用意しなければいけない身で一番困るのは日々のレパートリーだ。大学にいればいかようにもなるが、夜ご飯となるとそうもいかない。毎日なにがしか用意する必要があるが、女子力の足りない私には一日ごとに献立を変えるほどの技量はないし、そもそも誰も見ていないところでそんなまめなことをしている女子はいないだろう。
ただ、冬になると少し楽になる。なぜならなんでも鍋にして煮込めばいいからだ。火加減にさえ気を付ければ、食材を煮込むだけで食べられるものになるからかなり簡単だ。しかも最近では「合成鍋セット」が市販されていて、そのまま鍋にぶちこめばすぐに彩り豊かな食事になる。合成だから栄養バランスも完璧なのだ。
逆に言うと、私は合成されていない鍋料理というものに明るくない。かつての京都の大学生の間では、各々が食材を持ち込み、道端でこたつを敷いて鍋パーティーをするという奇祭が存在したらしいが、科学的に計算されたセットがはびこる現代ではそうした文化も失われて久しい。人手を集め、食材を集め、こたつまで道にはこぶなど、もはやオカルトと言っていいほど理解に苦しい。
だからこそ、その失われたオカルトを再現するべきではないかというのが、今日の蓮子の弁であった。
「手分けして、切りましょう。蓮子はテーブルで切ってきて」
「えー、ここで一緒に切ればいいじゃん?」
「こんな狭いところで肩ひじぶつけて切るの無理でしょ?」
家庭用品店で非合成食品を見繕ったあと、二人で私の部屋に戻ってきた。こたつを持っているのが私だけだったのだ。蓮子はこれで西洋趣味なところがあり、京都という地にいながらこたつを嗜んではいない。
奇祭に則るのであれば私のこの愛すべきこたつを大学構内にでも持ち込む必要があったが、蓮子の「めんどい」のひとことでその部分は省略することとなった。買ってきた非合成の素材たちを二人で雑に切っていく。白菜、春菊、しいたけ。高くて合成に甘んじた筍。人参、白滝。葱……は、なぜ買ってしまったのか。私は彼奴が嫌いなのだ。切るのは蓮子に任せよう。あとは鶏肉に、豆腐。割と栄養も考えられているのではないだろうか。
「で、これを鍋にぶちこむと」
「あ、メリー、待って。出汁を取らないと。このかつお節を入れよう」
「かつお節……? 昆布じゃなくて……?」
まるで料理初心者のような事を言い合いながら、実際料理初心者の私たちはなんとか鍋に食材を詰め込み、火にかけた。
***************
「あ~、あったまる~」
「意外に雑に作ってもおいしいものね。さすが煮込み料理」
二十分ほど火にかけ、無事に鍋は完成した。そんな簡単で良いのかと自分でも思うが、鍋は簡単なのだ。
長広のこたつにふたり並んで入り込み、はふはふ言いながら鍋をつついていく。
「やっぱ一苦労かけると味も違うよね。このために、先人たちは奇祭を繰り広げてたのか」
「いやまあ、味は合成セットとそんなに変わらないような気もするけど……」
私の言葉に、蓮子がわびさびのわからん奴め、という顔をする。私はそんな蓮子の方に、鍋の中の葱をこっそり寄せていく。野菜を入れる順番は、もう少し考えてもよかったな。煮込まれた葱のぶじゅぶじゅ感が箸に伝わってくる。飾り切りというのか、妙に手の込んだ切り方をされている葱は、柔らかすぎてもはや葱かもよくわからない。
「あ、メリー、その鶏肉は私がもらった」
「なんでわざわざ私のお皿から取るの? 目の前の鍋から取りなさいよ」
「記載によれば、こうして対戦相手の皿から具を奪い取ることで、勝敗を争ったという」
「でまかせにもほどがある」
そうして醜い具材の取り合いをしながら、鍋は綺麗になくなった。締めに残っていたご飯も入れてこれがかなりおいしい。鍋セットにも付けてほしいな。
空になったお皿と鍋を前に、二人でちびちびとスパークリング日本酒を飲む。片づけるのは、あとでもいいだろう。どうせ二人しかいないし。
そのまままったりしていると、オイラーの公式が書かれた湯呑を傾けながら、蓮子は満足そうにつぶやいた。
「たまにはいいね、こういうのも。やっぱりオカルトと文化は密接に関連してるから。自分で体験していかないと」
「ただ食べたかっただけな気がするけど……。まあ、たまにはね」
そう、たまにはいいだろう。少なくとも、墓石を回したり、衛星に飛ぶよりは安心安全だ。物足りないとも言えるかもしれないが。そして、飲み干してしまったのか、湯呑を手の中で回しながら、蓮子はこう言った。
「でも、次は葱はやめよう。私、葱嫌いなんだ」
冬である。
そして鍋なのである。
自分で食事を用意しなければいけない身で一番困るのは日々のレパートリーだ。大学にいればいかようにもなるが、夜ご飯となるとそうもいかない。毎日なにがしか用意する必要があるが、女子力の足りない私には一日ごとに献立を変えるほどの技量はないし、そもそも誰も見ていないところでそんなまめなことをしている女子はいないだろう。
ただ、冬になると少し楽になる。なぜならなんでも鍋にして煮込めばいいからだ。火加減にさえ気を付ければ、食材を煮込むだけで食べられるものになるからかなり簡単だ。しかも最近では「合成鍋セット」が市販されていて、そのまま鍋にぶちこめばすぐに彩り豊かな食事になる。合成だから栄養バランスも完璧なのだ。
逆に言うと、私は合成されていない鍋料理というものに明るくない。かつての京都の大学生の間では、各々が食材を持ち込み、道端でこたつを敷いて鍋パーティーをするという奇祭が存在したらしいが、科学的に計算されたセットがはびこる現代ではそうした文化も失われて久しい。人手を集め、食材を集め、こたつまで道にはこぶなど、もはやオカルトと言っていいほど理解に苦しい。
だからこそ、その失われたオカルトを再現するべきではないかというのが、今日の蓮子の弁であった。
「手分けして、切りましょう。蓮子はテーブルで切ってきて」
「えー、ここで一緒に切ればいいじゃん?」
「こんな狭いところで肩ひじぶつけて切るの無理でしょ?」
家庭用品店で非合成食品を見繕ったあと、二人で私の部屋に戻ってきた。こたつを持っているのが私だけだったのだ。蓮子はこれで西洋趣味なところがあり、京都という地にいながらこたつを嗜んではいない。
奇祭に則るのであれば私のこの愛すべきこたつを大学構内にでも持ち込む必要があったが、蓮子の「めんどい」のひとことでその部分は省略することとなった。買ってきた非合成の素材たちを二人で雑に切っていく。白菜、春菊、しいたけ。高くて合成に甘んじた筍。人参、白滝。葱……は、なぜ買ってしまったのか。私は彼奴が嫌いなのだ。切るのは蓮子に任せよう。あとは鶏肉に、豆腐。割と栄養も考えられているのではないだろうか。
「で、これを鍋にぶちこむと」
「あ、メリー、待って。出汁を取らないと。このかつお節を入れよう」
「かつお節……? 昆布じゃなくて……?」
まるで料理初心者のような事を言い合いながら、実際料理初心者の私たちはなんとか鍋に食材を詰め込み、火にかけた。
***************
「あ~、あったまる~」
「意外に雑に作ってもおいしいものね。さすが煮込み料理」
二十分ほど火にかけ、無事に鍋は完成した。そんな簡単で良いのかと自分でも思うが、鍋は簡単なのだ。
長広のこたつにふたり並んで入り込み、はふはふ言いながら鍋をつついていく。
「やっぱ一苦労かけると味も違うよね。このために、先人たちは奇祭を繰り広げてたのか」
「いやまあ、味は合成セットとそんなに変わらないような気もするけど……」
私の言葉に、蓮子がわびさびのわからん奴め、という顔をする。私はそんな蓮子の方に、鍋の中の葱をこっそり寄せていく。野菜を入れる順番は、もう少し考えてもよかったな。煮込まれた葱のぶじゅぶじゅ感が箸に伝わってくる。飾り切りというのか、妙に手の込んだ切り方をされている葱は、柔らかすぎてもはや葱かもよくわからない。
「あ、メリー、その鶏肉は私がもらった」
「なんでわざわざ私のお皿から取るの? 目の前の鍋から取りなさいよ」
「記載によれば、こうして対戦相手の皿から具を奪い取ることで、勝敗を争ったという」
「でまかせにもほどがある」
そうして醜い具材の取り合いをしながら、鍋は綺麗になくなった。締めに残っていたご飯も入れてこれがかなりおいしい。鍋セットにも付けてほしいな。
空になったお皿と鍋を前に、二人でちびちびとスパークリング日本酒を飲む。片づけるのは、あとでもいいだろう。どうせ二人しかいないし。
そのまままったりしていると、オイラーの公式が書かれた湯呑を傾けながら、蓮子は満足そうにつぶやいた。
「たまにはいいね、こういうのも。やっぱりオカルトと文化は密接に関連してるから。自分で体験していかないと」
「ただ食べたかっただけな気がするけど……。まあ、たまにはね」
そう、たまにはいいだろう。少なくとも、墓石を回したり、衛星に飛ぶよりは安心安全だ。物足りないとも言えるかもしれないが。そして、飲み干してしまったのか、湯呑を手の中で回しながら、蓮子はこう言った。
「でも、次は葱はやめよう。私、葱嫌いなんだ」
料理のわちゃわちゃしているのが良かったです。
実は2人とも葱食べてなかったとか?