――いや、なんで? って聞かれても困るっていうか。
うん。要するにさ、私は今のセカイが気に入ってるんだよ。
セカイ。そうだね。セカイだ。幻想郷がー、とかそんな大それた話じゃなくてさ、そういうもんじゃん? 世界ってのはさ、けっきょくのところ自分の手の届く範囲のことだし、自分の目が届く範囲のことなんだよ。ふらふら揺れる竹の青さとかさ、私の炭焼き小屋の焦げた匂いとかさ、輝夜の小憎らしいくらい優美な声とかさ、里の人間たちが笑い声とか怒鳴り声あげてんのを平和だなーって思うときの気持ちとかさ。
気に入ってるんだよね。そんなあれこれがさ。
理由になってないって? たはは。そうかもね。でもさ、これってけっこう大事なんだ。そんな気に行ってるセカイで生きててさ、迫害もされないしさ。
……うん、嫌な思い出だよ。私はどんな妖怪より、けっきょく人間が一番怖いと思うよ。自分とは異質なナニカを排除しようとする人間の正義感。あれほど怖いもんはない。ここに流れ着くまでは、いろいろあったしさ。私は人間だけど死ななくてさ、死なない人間なんて、普通に死ねる人間にとってはバケモンじゃん? もう細かいことは忘れちゃったけど。痛い思いも怖い思いもたくさんある。
ごめん、話、逸れちゃったね。
そんな顔しないでよ。頼むからさ。もう済んだ話なわけだし。
そこじゃないって? そっか。そうだよね。
それで、どこからだったっけ。
あぁ、うん。そうだよ。『消失死体』の正体は私だよ。
半年前に、醤油問屋の裏路地で臓物をブチ撒けて死んでたのは私。酒井さんの玄関前でバラバラになってたのも私。稗田の家に上がっていく坂道の途中で、周囲に水気がないのに溺死してたのも私。春先の新月の夜に市中で悲鳴を上げ続けて、半鐘鳴らしちゃったこともあったね。あの時は死体、誰にも見られなかったけど。なんせ食べられちゃったからね。あ、大丈夫。肝だけは食うなよって念押しといたから。
人間の里ン中で誰かが死体を見つけて、でも騒ぎになる前には消えちまう。だから『消失死体』。ははは、どこの誰が考えたのか知らないけど、うまい具合の名前だよね。死体が消失するだけならミステリだけど、それが繰り返されればホラーになるんだねぇ。今じゃ里をちょっと歩くだけで、あの口もこの口も『消失死体』の噂ばっか呟いてるもん。
ん? いいや? 別に好き好んで自殺してるわけじゃないよ。
そんなちょいとしたイタズラなんかで死んでたまるかよ。痛いし怖いし苦しいよ。私は確かに死なないけどさ、だからって死んでもいいわけじゃないよ。もちろんね。
んー、なんていうかさ。夜鷹みたいなもんなんだよ。
当たり前だけど、そのまんま夜鷹してるわけじゃないよ。人間の里にも、金に困ってる連中は少なくないしね。そいつらの食い扶持を奪うつもりなんてないし、そういう目的で私に言い寄ってきた奴らは追っ払ってきた。女が抱きたいだけなら、私じゃなくて別の女にしてやんなっつってさ。私は金が欲しいわけでも抱かれたいわけでもないんだからさ。だから、金をとったこともない。うん。一度もないよ。
うん。そうだよ。
私はさ、どうしてもどうしても人を殺したくて仕方ない奴に、私を殺させてやってんだ。
ねぇ、想像もできないかもしれないけどさ。この世界にはどうしようもない連中がけっこういるんだよ。本当に、どうしようもないんだ。私を求める連中のほとんどは、伊達や酔狂なんかじゃなくて、本当の本当に、人間を殺さなくちゃいられない可哀想な奴らなんだ。そういう業を背負っちまった彼らがさ、もう自分が死ぬとか生きるとかどうでも良くなるくらいに悩んで、苦しんで、頭がおかしくなるくらいまで我慢して、我慢して、我慢して、そんなどん詰まりまで辿り着いちまってさ、それで私のところに来るんだよ。
難しいよね。人間を殺さなくちゃならない奴の気持ちを判ってやるなんてさ。
じゃ、こう考えてみて。お前さんにも性欲はあるだろう? 私にだってある。
今日この瞬間から、自慰禁止。
もちろん、セックスも駄目だ。
貞操帯あるだろ? あれをたった今、取り付けられたと思うといい。
いつまで? そんなもん、お前が死ぬまでさ。一日二日なら平気だろ? 一週間しなくたって、へっちゃらだよな? 一か月あったって大丈夫だろ? 二か月、三か月経つと……どうかな? でもな、お前さんにつけられた貞操帯はさ、ずっと取れないんだ。鍵が外される日は来ない。一生、死ぬまで、性欲が発散される日は来ない。
問題ない?
嘘だね。ちゃんと想像できてないだけさ。
宗教家みたいにきちんと修行もしてないくせに、性欲なんて強大な我欲を、理性ごときで抑え続けていられるものかよ。
性欲ってのはさ、砂時計みたいなもんだよな。少しずつでも、確かに積もっていく。大きくなっていく。毎日、毎日、発散されない限りに、ずっと、ずっと、ずっとずっとずーーーーーーーっと、増えていく、溜まっていく。でも、貞操帯のせいで発散できない。だから我慢する。我慢する。我慢する。ひたすら、ひたすら我慢、我慢、我慢だ。何も手につかなくなって、情緒が不安定になってもセックスのことしか考えられないバカ頭になっても生まれたばかりの赤子から死ぬ前日の老人まで興奮の対象になっても、我慢。発散できないなら、我慢しかない。
けど、その我慢は実を結びゃしない。
今日の我慢が、明日も続く。明後日も我慢する。一週間後も、一か月後も、春が夏になっても、秋になっても、冬になっても続く。なぜって、死ぬまで我慢しなくちゃいけないんだもんな。終わらないさ。死ぬまで我慢は終わらない。ずっとそのはちきれんばかりの状態で生き続けるんだ。
我慢しろ。
我慢できないなら死んじまえ。
自分の殺人衝動と付き合ってる連中が、まさにそれなんだ。我慢してる。ずっと我慢してる。情緒が不安定になっても殺人のことしか考えられないバカ頭になっても生まれたばかりの赤子から死ぬ前日の老人まで殺したい相手になっても、我慢して生きてる。
哀れだよ。可哀想な奴らなんだよ。連中にとっての世界は、そういう地獄の責め苦みたいな我慢が占めてるんだ。救われない業を背負っちまってるんだ。針の山の行軍者さ。肌着だけで冬の吹雪を耐えるようなもんさ。生きながら燃えてる連中さ。
私を殺す奴らのほとんどが、何て言うと思う?
助けてくれ、って叫ぶんだ。
頼むから助けてくれって、私の足元に這いつくばるんだよ。
涙ながらに訴える奴だって少なくない。
変だと思う? 殺す奴が、殺される奴に、助けてって叫ぶのを? 私は、そうは思わないな。私には殺人衝動なんかないからさ、連中の気持ちに共感はしてやれないけど、理解はしてやれる、と思う。殺したくて殺したくて、もう気が狂うくらいにどうしようもなくなって、でも人間を殺すことが禁じられててさ、だから我慢して我慢して、ずっと我慢して、もういっそ死んじまったほうが楽なんじゃないかとか、どうせ死ぬなら誰か殺してもいいんじゃないか、とか思いつめに思いつめた奴が、もう他にどうすることもできないから私を殺しに来るんだよ。そういう奴にだけ、私は殺されてやることにしてるんだよ。
ほら、それ見て。そこの箱ン中。開けてみ。
すごいでしょ。全部、私を殺した奴から貰った手紙とお礼の品。
たいてい、「殺しちゃってごめんなさい。でも、本当にありがとうございました」ってな感じの内容さ。たまーに、「次はこうやって殺したいんですけどいいですか?」みたいなことを書いて送ってくる奴もいるけどね。
あ、びっくりしてる。
そうだよ。私を殺すのって、何も妖怪だけじゃないんだ。
里の人間もいるよ。普通に仕事して、普通に嫁さん貰って、普通に子供育ててるような、本当にどこにでもいそうな奴なんだけどね。
それ、内緒ね。絶対に誰にも言わないで。殺人衝動を持ってる人間なんてさ、バレたらもう里で生きていけないじゃん? そいつも我慢して我慢して、普通の幸せを維持してるんだわ。それってさ、私は到底真似できないようなすごいことだと思うんだよね。だから、それをぶち壊しにするようなことはしたくないな。
……さて、これで判ってもらえたかな。
これが、『消失死体』こと私の活動のおおよその部分さ。
この世界には妖怪にも人間にも、人間を殺さなくちゃいけない理由がある奴がいて、私はそいつらに殺しの機会を与えてやってる。そいつが我慢の限界になって、ほかの人間を殺しちまう前にね。こう言っていいなら慈善事業みたいなもん。私を殺すことで救われる奴が結構いて、そいつらが私を殺すことで、間接的にこのセカイの平和が保たれてる。それって私にしか……いや、輝夜のアホとか永琳とかもいるけど、アイツらそんなこと絶対しないじゃん? だから、私にしかできないことなんだよね。
だから、申し訳ないけど『消失死体』事件はまだ続くと思うなぁ。里の人間たちを怖がらせちゃってるから、里の中で殺されるのは、なるべく控えるようにするけどさ。いやはや、仕方ない話だよ。仕方ない。他にどうしようもない。どうすることもできない、どん詰まりの話なんだ。可哀想な奴らの殺人衝動が収まることはない。その向き先が、何回殺しても生き返れる私になるなら、誰も困らないわけじゃん? だから、できればそっとしておいてほしいな。可哀想な連中のことも、私のこともさ。
……まぁね。辛くないよ。
別に、なんでもないさ。
そりゃ、痛いし苦しいし怖いけど、殺されることには慣れてるし、それに、連中の切実な顔を見ちまうと……うん、どうしてもね。救ってやりたいっていうか、私が犠牲になることでコイツが少しでも楽になるのなら、それでいっかって思うというか――
……どうかした?
え? 顔? 私の?
……………………。
……あぁ、顔に出てたか。バレちゃったなら、仕方ないかな。うん。
そうだよ。
私はさ、楽しいから、殺されてるんだよね。
楽しいんだよ。想像もつかないほどの我慢の果てで、狂ったように私を殺させて、とせがんでくる奴らを見るのが。切実な声はかわいいと思う。流す涙は綺麗だと感じる。狂乱状態で謝りながら何度も何度も私を殺す連中が、愛しいんだ。痛いのも苦しいのも怖いのもどうでも良くなるくらい、私は私を殺人衝動のはけ口にして、私を殺すことに依存してる奴らの様を見るのが好きなんだ。
人を殺したいという欲求を、パンパンに膨れ上がるまで溜め込んだ奴ら。愛すべき可哀想なお客たち。私のハラワタを掻き分けながら、罪悪感でぐちゃぐちゃになった表情をする奴。私の身体をバラバラに捌きながら、感動と絶頂に打ち震えてる奴。私の肺の中に直接水を注いで、もがき苦しむ私を見下ろす奴の真っ暗な瞳。私の肉を欲望のまま噛み千切って、私が悲鳴を上げる様を見て、泣きながら狂ったように笑う奴。
色んな殺し方がある。そしてそこには、色んな激情がある。それは私を殺す奴ごとにそれぞれ違って、私はまるでぜんぜん違う宝石をひとつひとつ検分してるみたくうっとりする。こいつらのこんな極まった一面を見られるのは私だけ。理性も倫理もかなぐり捨てて、ただ一匹の殺人鬼となった奴に殺されてやると、誰も知らないそいつの本当の姿を堪能できるんだ。知ってるのは私だけ。私だけがそいつの全部を知ってるんだよ。上っ面の理性から無意識の底まで、何もかも見てる。私だけが見てる。
楽しい。愉しいよ。すごく楽しい。すごく愉しい。やめられやしないさ。殺して殺されて、私はセックスなんて比較にもならないくらい、そいつの深いところと繋がるんだ。楽しいに決まってるじゃんか。どうしようもなく、どうしようもない殺人鬼たちを、私の頭の中の美術館に陳列していくんだ。もう、輝夜との殺し合いと同じくらい楽しい。たぶん幻想郷から人間も妖怪もいなくなっちまうまで、やめないだろうね。生きてるのって本当に素晴らしいよな。死なない身体って、本当に素敵だよな。
だから私さ、いま、すっごい幸せなんだ。
殺されて殺されて殺されるたびに、生きてるって実感を謳歌してる。
――ま、そういうわけだからさ。
そんな理性なんかかなぐり捨ててさ。
お前さんもそう気兼ねせず、遠慮なく私を殺してくれて構わないんだぜ?
殺人鬼さん。
うん。要するにさ、私は今のセカイが気に入ってるんだよ。
セカイ。そうだね。セカイだ。幻想郷がー、とかそんな大それた話じゃなくてさ、そういうもんじゃん? 世界ってのはさ、けっきょくのところ自分の手の届く範囲のことだし、自分の目が届く範囲のことなんだよ。ふらふら揺れる竹の青さとかさ、私の炭焼き小屋の焦げた匂いとかさ、輝夜の小憎らしいくらい優美な声とかさ、里の人間たちが笑い声とか怒鳴り声あげてんのを平和だなーって思うときの気持ちとかさ。
気に入ってるんだよね。そんなあれこれがさ。
理由になってないって? たはは。そうかもね。でもさ、これってけっこう大事なんだ。そんな気に行ってるセカイで生きててさ、迫害もされないしさ。
……うん、嫌な思い出だよ。私はどんな妖怪より、けっきょく人間が一番怖いと思うよ。自分とは異質なナニカを排除しようとする人間の正義感。あれほど怖いもんはない。ここに流れ着くまでは、いろいろあったしさ。私は人間だけど死ななくてさ、死なない人間なんて、普通に死ねる人間にとってはバケモンじゃん? もう細かいことは忘れちゃったけど。痛い思いも怖い思いもたくさんある。
ごめん、話、逸れちゃったね。
そんな顔しないでよ。頼むからさ。もう済んだ話なわけだし。
そこじゃないって? そっか。そうだよね。
それで、どこからだったっけ。
あぁ、うん。そうだよ。『消失死体』の正体は私だよ。
半年前に、醤油問屋の裏路地で臓物をブチ撒けて死んでたのは私。酒井さんの玄関前でバラバラになってたのも私。稗田の家に上がっていく坂道の途中で、周囲に水気がないのに溺死してたのも私。春先の新月の夜に市中で悲鳴を上げ続けて、半鐘鳴らしちゃったこともあったね。あの時は死体、誰にも見られなかったけど。なんせ食べられちゃったからね。あ、大丈夫。肝だけは食うなよって念押しといたから。
人間の里ン中で誰かが死体を見つけて、でも騒ぎになる前には消えちまう。だから『消失死体』。ははは、どこの誰が考えたのか知らないけど、うまい具合の名前だよね。死体が消失するだけならミステリだけど、それが繰り返されればホラーになるんだねぇ。今じゃ里をちょっと歩くだけで、あの口もこの口も『消失死体』の噂ばっか呟いてるもん。
ん? いいや? 別に好き好んで自殺してるわけじゃないよ。
そんなちょいとしたイタズラなんかで死んでたまるかよ。痛いし怖いし苦しいよ。私は確かに死なないけどさ、だからって死んでもいいわけじゃないよ。もちろんね。
んー、なんていうかさ。夜鷹みたいなもんなんだよ。
当たり前だけど、そのまんま夜鷹してるわけじゃないよ。人間の里にも、金に困ってる連中は少なくないしね。そいつらの食い扶持を奪うつもりなんてないし、そういう目的で私に言い寄ってきた奴らは追っ払ってきた。女が抱きたいだけなら、私じゃなくて別の女にしてやんなっつってさ。私は金が欲しいわけでも抱かれたいわけでもないんだからさ。だから、金をとったこともない。うん。一度もないよ。
うん。そうだよ。
私はさ、どうしてもどうしても人を殺したくて仕方ない奴に、私を殺させてやってんだ。
ねぇ、想像もできないかもしれないけどさ。この世界にはどうしようもない連中がけっこういるんだよ。本当に、どうしようもないんだ。私を求める連中のほとんどは、伊達や酔狂なんかじゃなくて、本当の本当に、人間を殺さなくちゃいられない可哀想な奴らなんだ。そういう業を背負っちまった彼らがさ、もう自分が死ぬとか生きるとかどうでも良くなるくらいに悩んで、苦しんで、頭がおかしくなるくらいまで我慢して、我慢して、我慢して、そんなどん詰まりまで辿り着いちまってさ、それで私のところに来るんだよ。
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今日の我慢が、明日も続く。明後日も我慢する。一週間後も、一か月後も、春が夏になっても、秋になっても、冬になっても続く。なぜって、死ぬまで我慢しなくちゃいけないんだもんな。終わらないさ。死ぬまで我慢は終わらない。ずっとそのはちきれんばかりの状態で生き続けるんだ。
我慢しろ。
我慢できないなら死んじまえ。
自分の殺人衝動と付き合ってる連中が、まさにそれなんだ。我慢してる。ずっと我慢してる。情緒が不安定になっても殺人のことしか考えられないバカ頭になっても生まれたばかりの赤子から死ぬ前日の老人まで殺したい相手になっても、我慢して生きてる。
哀れだよ。可哀想な奴らなんだよ。連中にとっての世界は、そういう地獄の責め苦みたいな我慢が占めてるんだ。救われない業を背負っちまってるんだ。針の山の行軍者さ。肌着だけで冬の吹雪を耐えるようなもんさ。生きながら燃えてる連中さ。
私を殺す奴らのほとんどが、何て言うと思う?
助けてくれ、って叫ぶんだ。
頼むから助けてくれって、私の足元に這いつくばるんだよ。
涙ながらに訴える奴だって少なくない。
変だと思う? 殺す奴が、殺される奴に、助けてって叫ぶのを? 私は、そうは思わないな。私には殺人衝動なんかないからさ、連中の気持ちに共感はしてやれないけど、理解はしてやれる、と思う。殺したくて殺したくて、もう気が狂うくらいにどうしようもなくなって、でも人間を殺すことが禁じられててさ、だから我慢して我慢して、ずっと我慢して、もういっそ死んじまったほうが楽なんじゃないかとか、どうせ死ぬなら誰か殺してもいいんじゃないか、とか思いつめに思いつめた奴が、もう他にどうすることもできないから私を殺しに来るんだよ。そういう奴にだけ、私は殺されてやることにしてるんだよ。
ほら、それ見て。そこの箱ン中。開けてみ。
すごいでしょ。全部、私を殺した奴から貰った手紙とお礼の品。
たいてい、「殺しちゃってごめんなさい。でも、本当にありがとうございました」ってな感じの内容さ。たまーに、「次はこうやって殺したいんですけどいいですか?」みたいなことを書いて送ってくる奴もいるけどね。
あ、びっくりしてる。
そうだよ。私を殺すのって、何も妖怪だけじゃないんだ。
里の人間もいるよ。普通に仕事して、普通に嫁さん貰って、普通に子供育ててるような、本当にどこにでもいそうな奴なんだけどね。
それ、内緒ね。絶対に誰にも言わないで。殺人衝動を持ってる人間なんてさ、バレたらもう里で生きていけないじゃん? そいつも我慢して我慢して、普通の幸せを維持してるんだわ。それってさ、私は到底真似できないようなすごいことだと思うんだよね。だから、それをぶち壊しにするようなことはしたくないな。
……さて、これで判ってもらえたかな。
これが、『消失死体』こと私の活動のおおよその部分さ。
この世界には妖怪にも人間にも、人間を殺さなくちゃいけない理由がある奴がいて、私はそいつらに殺しの機会を与えてやってる。そいつが我慢の限界になって、ほかの人間を殺しちまう前にね。こう言っていいなら慈善事業みたいなもん。私を殺すことで救われる奴が結構いて、そいつらが私を殺すことで、間接的にこのセカイの平和が保たれてる。それって私にしか……いや、輝夜のアホとか永琳とかもいるけど、アイツらそんなこと絶対しないじゃん? だから、私にしかできないことなんだよね。
だから、申し訳ないけど『消失死体』事件はまだ続くと思うなぁ。里の人間たちを怖がらせちゃってるから、里の中で殺されるのは、なるべく控えるようにするけどさ。いやはや、仕方ない話だよ。仕方ない。他にどうしようもない。どうすることもできない、どん詰まりの話なんだ。可哀想な奴らの殺人衝動が収まることはない。その向き先が、何回殺しても生き返れる私になるなら、誰も困らないわけじゃん? だから、できればそっとしておいてほしいな。可哀想な連中のことも、私のこともさ。
……まぁね。辛くないよ。
別に、なんでもないさ。
そりゃ、痛いし苦しいし怖いけど、殺されることには慣れてるし、それに、連中の切実な顔を見ちまうと……うん、どうしてもね。救ってやりたいっていうか、私が犠牲になることでコイツが少しでも楽になるのなら、それでいっかって思うというか――
……どうかした?
え? 顔? 私の?
……………………。
……あぁ、顔に出てたか。バレちゃったなら、仕方ないかな。うん。
そうだよ。
私はさ、楽しいから、殺されてるんだよね。
楽しいんだよ。想像もつかないほどの我慢の果てで、狂ったように私を殺させて、とせがんでくる奴らを見るのが。切実な声はかわいいと思う。流す涙は綺麗だと感じる。狂乱状態で謝りながら何度も何度も私を殺す連中が、愛しいんだ。痛いのも苦しいのも怖いのもどうでも良くなるくらい、私は私を殺人衝動のはけ口にして、私を殺すことに依存してる奴らの様を見るのが好きなんだ。
人を殺したいという欲求を、パンパンに膨れ上がるまで溜め込んだ奴ら。愛すべき可哀想なお客たち。私のハラワタを掻き分けながら、罪悪感でぐちゃぐちゃになった表情をする奴。私の身体をバラバラに捌きながら、感動と絶頂に打ち震えてる奴。私の肺の中に直接水を注いで、もがき苦しむ私を見下ろす奴の真っ暗な瞳。私の肉を欲望のまま噛み千切って、私が悲鳴を上げる様を見て、泣きながら狂ったように笑う奴。
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楽しい。愉しいよ。すごく楽しい。すごく愉しい。やめられやしないさ。殺して殺されて、私はセックスなんて比較にもならないくらい、そいつの深いところと繋がるんだ。楽しいに決まってるじゃんか。どうしようもなく、どうしようもない殺人鬼たちを、私の頭の中の美術館に陳列していくんだ。もう、輝夜との殺し合いと同じくらい楽しい。たぶん幻想郷から人間も妖怪もいなくなっちまうまで、やめないだろうね。生きてるのって本当に素晴らしいよな。死なない身体って、本当に素敵だよな。
だから私さ、いま、すっごい幸せなんだ。
殺されて殺されて殺されるたびに、生きてるって実感を謳歌してる。
――ま、そういうわけだからさ。
そんな理性なんかかなぐり捨ててさ。
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