大理石の床をわらじで擦る音の絶えない是非曲直庁。
四季映姫・ヤマザナドゥはこの大法廷の一人の裁判官である。
毎日のようにやってくる死者を天界・冥界・地獄に選別する職務にあたっている。
死者の増加に対応するため、裁判は簡潔化されており、事前に部下が用意した書類をもとに判決を言い渡すだけなので長くても5分で終わる。
しかし、こうした改革も効果は限定的で、ノルマ達成のために話半分で切り上げて判決をすることも多い。
今日は昨日の崖崩れにより集落一帯が被害を受けたことで通常よりも行列が長い。
「美濃部達之助、特に問題はないです、冥界へ。」
そんな感じで映姫は名前と判決だけ言い渡すことで人数をさばいていった。
映姫ほどのベテランになれば資料に目を通して被告人の様子を見て嘘がないか確認するだけで済む仕事である。
昔の形式ばった手続きを簡略するとここまで早く済む仕事と思うと気楽になる反面、自分の役割も軽く見られたような気分もした。
しかし、自分はこうして高いところに座って人を裁いている。
崖崩れの被害者は思ったよりも少なく、終業時刻まで時間が余りそうな気配があった。
「次で最後です」
と言いながら補佐官が渡してきた資料には見慣れた顔があった。
ため息を一つついてから、
「次の被告は入廷しなさい。」
と呼びかけた。へらへらと入ってきた猫背で白髪の女は証言台に立ち、下を向いたままだ。
「あなたね、はいあっち。」
『特別口』と書かれた扉を指して退廷を促した。
なぜなら、死んでも復活することを許された人間だからだ。
被告人の名は藤原妹紅。月の民から伝わる不死の薬を飲んで蓬莱人となった者だ。
「おいおい、つまんねえなあ」
妹紅はようやくこっちを見て不平そうに訴えた。
「いつものことでしょ。帰った、帰った」
「何か私に言うことがあるだろ」
「はぁ?」
映姫に思い当たりはない。しかし、妹紅は気持ち悪い笑みを浮かべるだけで黙って教えてくれそうにはない。
必死に記憶を遡った末に、
「…この前は竹林の案内ありがとう」
と無難な答えを出した。
「は?」
妹紅は肩をがっくり落として呆れてしまった。
「もしかしてお前、本当に知らないのか」
「何をよ」
「私がここに来るの何回目だと思う?」
「知らないわよ」
「100万回目だ」
「へえ」
「おいおい、その反応はないよ」
妹紅は再び肩を落としてしまった。今度は膝から崩れ落ちそうかと思うほどの勢いだった。
「なあんだ、祝ってくれるためにわざと時間を余らせたんじゃないのか」
「どこに死んだ回数を祝う奴がいるのよ。第一、死ぬということはあの娘に負けたってことでしょ、どこが誇らしいのよ」
一瞬驚かれた後、妹紅の落胆はさらに深いものになる。
「裁判官とあろうものが死因も見てないのか。見てみろ、他殺じゃないぞ」
焦って手元の資料を見ると確かに「死因:食中毒」とある。
胸の底から熱がこみ上げ、顔が熱くなるのが感じられた。
妹紅は、冷たく笑いながら
「あいつとやり合うのはもうやめたぞ。お前はそんなことも知らないで私を裁いているのか」
とも言われてしまった。
それがこの上なく恥ずかしくって、
「うるさい!あなたはいずれにしても戻る身なんだから関係ないでしょ!」
と、つい感情を露わにしてしまった。
妹紅は肩を震わせ、
「あはははは!」
と法廷にこだまするほどの大声で笑った。
その様子はまさしく「抱腹絶倒」という言葉がよく似合うほどの大爆笑だ。
「こりゃ、傑作だ。久々に面白いものを見た。閻魔様がお怒りだ!」
困惑する映姫をよそに妹紅は腹を抱えながらしゃっくりのような声でこう続ける。
「いやあ、あいつとやり合うことがなくなって一人でずうっと暇してたんだ。ちょうど100万回目だし祝ってくれるかなと思ってお前に会いに来たらもっといいもん見させてもらったよ。これで『閻魔様を怒らせた』と土産話ができる。ありがとうな、帰るよ」
そう言って妹紅は声帯と身体を震わせながら出口へ向かう。
「ちょっと待ちなさい!」
笑い声を打ち消すように映姫の大声がこだました。
制止の声が大法廷に緊張を取り戻す。
映姫は裁判官席から降りるなり、妹紅の目の前に立ちはだかった。
「忘れ物があるわよ」
そう言って、妹紅の耳に手を当て、囁いた。
「おめでとう」
四季映姫・ヤマザナドゥはこの大法廷の一人の裁判官である。
毎日のようにやってくる死者を天界・冥界・地獄に選別する職務にあたっている。
死者の増加に対応するため、裁判は簡潔化されており、事前に部下が用意した書類をもとに判決を言い渡すだけなので長くても5分で終わる。
しかし、こうした改革も効果は限定的で、ノルマ達成のために話半分で切り上げて判決をすることも多い。
今日は昨日の崖崩れにより集落一帯が被害を受けたことで通常よりも行列が長い。
「美濃部達之助、特に問題はないです、冥界へ。」
そんな感じで映姫は名前と判決だけ言い渡すことで人数をさばいていった。
映姫ほどのベテランになれば資料に目を通して被告人の様子を見て嘘がないか確認するだけで済む仕事である。
昔の形式ばった手続きを簡略するとここまで早く済む仕事と思うと気楽になる反面、自分の役割も軽く見られたような気分もした。
しかし、自分はこうして高いところに座って人を裁いている。
崖崩れの被害者は思ったよりも少なく、終業時刻まで時間が余りそうな気配があった。
「次で最後です」
と言いながら補佐官が渡してきた資料には見慣れた顔があった。
ため息を一つついてから、
「次の被告は入廷しなさい。」
と呼びかけた。へらへらと入ってきた猫背で白髪の女は証言台に立ち、下を向いたままだ。
「あなたね、はいあっち。」
『特別口』と書かれた扉を指して退廷を促した。
なぜなら、死んでも復活することを許された人間だからだ。
被告人の名は藤原妹紅。月の民から伝わる不死の薬を飲んで蓬莱人となった者だ。
「おいおい、つまんねえなあ」
妹紅はようやくこっちを見て不平そうに訴えた。
「いつものことでしょ。帰った、帰った」
「何か私に言うことがあるだろ」
「はぁ?」
映姫に思い当たりはない。しかし、妹紅は気持ち悪い笑みを浮かべるだけで黙って教えてくれそうにはない。
必死に記憶を遡った末に、
「…この前は竹林の案内ありがとう」
と無難な答えを出した。
「は?」
妹紅は肩をがっくり落として呆れてしまった。
「もしかしてお前、本当に知らないのか」
「何をよ」
「私がここに来るの何回目だと思う?」
「知らないわよ」
「100万回目だ」
「へえ」
「おいおい、その反応はないよ」
妹紅は再び肩を落としてしまった。今度は膝から崩れ落ちそうかと思うほどの勢いだった。
「なあんだ、祝ってくれるためにわざと時間を余らせたんじゃないのか」
「どこに死んだ回数を祝う奴がいるのよ。第一、死ぬということはあの娘に負けたってことでしょ、どこが誇らしいのよ」
一瞬驚かれた後、妹紅の落胆はさらに深いものになる。
「裁判官とあろうものが死因も見てないのか。見てみろ、他殺じゃないぞ」
焦って手元の資料を見ると確かに「死因:食中毒」とある。
胸の底から熱がこみ上げ、顔が熱くなるのが感じられた。
妹紅は、冷たく笑いながら
「あいつとやり合うのはもうやめたぞ。お前はそんなことも知らないで私を裁いているのか」
とも言われてしまった。
それがこの上なく恥ずかしくって、
「うるさい!あなたはいずれにしても戻る身なんだから関係ないでしょ!」
と、つい感情を露わにしてしまった。
妹紅は肩を震わせ、
「あはははは!」
と法廷にこだまするほどの大声で笑った。
その様子はまさしく「抱腹絶倒」という言葉がよく似合うほどの大爆笑だ。
「こりゃ、傑作だ。久々に面白いものを見た。閻魔様がお怒りだ!」
困惑する映姫をよそに妹紅は腹を抱えながらしゃっくりのような声でこう続ける。
「いやあ、あいつとやり合うことがなくなって一人でずうっと暇してたんだ。ちょうど100万回目だし祝ってくれるかなと思ってお前に会いに来たらもっといいもん見させてもらったよ。これで『閻魔様を怒らせた』と土産話ができる。ありがとうな、帰るよ」
そう言って妹紅は声帯と身体を震わせながら出口へ向かう。
「ちょっと待ちなさい!」
笑い声を打ち消すように映姫の大声がこだました。
制止の声が大法廷に緊張を取り戻す。
映姫は裁判官席から降りるなり、妹紅の目の前に立ちはだかった。
「忘れ物があるわよ」
そう言って、妹紅の耳に手を当て、囁いた。
「おめでとう」
小町の方ともすごく仲良くなってそう
発想に脱帽です。とても好きです。
これはめでたい
妙に手慣れてる四季様もよかったです
小町も「またおまえか」ってなってそう。