冥い冥い竹林の中、一つの光を灯らせる。
その篝火に目を向ける。ぱちりぱちりと小気味良い音を立てて、辺りを照らす。
火の中を覗き込めば、在りし日の記憶は鮮明によみがえる。
一瞬、瞳に映るをソレをつかまえようと、手を伸ばす。
――――当然、掴めずに火は消える。
焼けただれた手は、瞬く間に元に戻る。
老いることも死ぬこともない。人の温かみを知ってから、忘れるまで、多大な時間を消費した。
不老不死になろうと思ってなったわけじゃない。
それでも、あの時の劇場は本物だった。
似非ではない、仮にそれが子供じみた嫌がらせだったとしても。
思い返す過去の日々は、いつまでも綺麗で美しい。
食生活も色々注意された。栄養が不足しているだの、服装がだらしないだの、私に関わってくる変な奴がいたことは覚えている。
そうだ、覚えているんだ。私は。
流れゆく時の中に、永遠に取り残されている感覚だ。
ずっとずっと、私は一人だった。それがこの数百年、半分妖怪半分人間の彼女と出会った。
そして、数百年は時を共に過ごした。二人でいるときは無敵だったように思える。
寺子屋で私が先生のまねごとをやった時もあったっけな、懐かしい。
寂しいことは半分に嬉しいことは二倍以上に。そうやって同じ時を刻んで、歩んで、そして――――。
思い返したことはすべて、起こった事象でしかない。
懐かしいと思うことがあっても、もう戻りたいとは思えない。
私は最初から知っていたはずだった。大勢から一人取り残されるという悲しみを。
結局のところは、前に踏み出すのが怖いだけだ。彼女みたいな馬鹿と出会って、私はまた絆されるのが怖いだけ。
……違うか、失うことに恐怖しているだけだ。
煌めきは一瞬にて、そして記憶は永遠に残る。死んだときにそれを抱えて、駄賃として三途の川を渡っていく。
輪廻転生というシステムからはじき出された私は、いったいどれくらいの思い出を持っているのだろうか。
何年分だろう、それとも人として生きていられたあの頃の思い出しか駄賃にならないだろうか。
老いも死もないこの人生。生を謳歌するのは無理そうだな。と一つため息をつく。
それにだ、死なない私のこれを生と呼べるのかは、甚だ疑問になるところか。
周囲が暗闇ということは、今は夜か。それとも朝が近いのか。
時間の感覚も当の昔に抜けている。
起きたいと身体が言えば起きて、眠いと身体が叫べば寝る。
朝も夜も私にはもうなくなっている。
だけど、一つの約束を律儀に守っている。迷った村人は守ってやってくれと。
わけのわからない奴はともかく、はからずとも迷ったやつは助けている。
その時に、私の名前で呼び出される。
きっと、遥か昔の友人がこう叫べと言ったのだろう。
ったく、私は便利屋じゃないのにな……。
さて、昔に思いを馳せるのはここまでだ。
もう一度、火を灯すのも面倒だし、今日は寝てしまおうと考えた。
後ろから物音がするまでは。
「……懐かしいわね」
「えぇ、本当にね。こんなに腑抜けになるとは思っていなかったわ」
声でわかる。不老不死のきっかけ、そしてずっと殺したいと思っていた蓬莱山輝夜が後ろにいる。
「腑抜けで結構。私はもう、いいんだ放っておいてくれ」
「……そんな貴女じゃ張り合いがないわ、でも顔くらいは見せなさいよ」
「わかったわ、善処する」
行く気はない。もうあの時ほど殺したい欲もない。
そもそも幻想郷に流れ着いて以来、こいつを本気で殺そうと思っていたことはあっただろうか。
あぁ、でも羨ましいとは思っていたな。こいつには従者がいて、こいつは一人になることはないって。
――顔を見せろ。この言葉の意味は痛いほどにわかっている。
明日、友人の命日だからだ。あいつも毎年、その日を伝えに私に会いに来ている。
お決まりの煽り文句と、希望とそして微かな苛立ちを抱えて。
でもな輝夜、そんな風に簡単に吹っ切ることが出来たらどれだけ楽なんだ。
身体はいくら元通りに戻っても、心は、心だけはあの日のままなんだ。
心だけは復活してくれないんだ。
命日、私には訪れることのないものだ。
村を見れば、彼女は讃えられている。
くすぐったそうに笑って、やめてくれと言っている彼女の笑顔が見えるようだ。
人里の守り神と言っても過言ではなかった彼女は、みんなに好かれていたな。
そのみんなはと一緒に今は仲良くやっているんじゃないかなきっと。
私は、その輪に入る資格はない。永久に。
だから、毎年見えないところでそっと祈っている。
年に一回呟く彼女の名前。
鮮烈に私の心に刻み込まれたその名前。
その篝火に目を向ける。ぱちりぱちりと小気味良い音を立てて、辺りを照らす。
火の中を覗き込めば、在りし日の記憶は鮮明によみがえる。
一瞬、瞳に映るをソレをつかまえようと、手を伸ばす。
――――当然、掴めずに火は消える。
焼けただれた手は、瞬く間に元に戻る。
老いることも死ぬこともない。人の温かみを知ってから、忘れるまで、多大な時間を消費した。
不老不死になろうと思ってなったわけじゃない。
それでも、あの時の劇場は本物だった。
似非ではない、仮にそれが子供じみた嫌がらせだったとしても。
思い返す過去の日々は、いつまでも綺麗で美しい。
食生活も色々注意された。栄養が不足しているだの、服装がだらしないだの、私に関わってくる変な奴がいたことは覚えている。
そうだ、覚えているんだ。私は。
流れゆく時の中に、永遠に取り残されている感覚だ。
ずっとずっと、私は一人だった。それがこの数百年、半分妖怪半分人間の彼女と出会った。
そして、数百年は時を共に過ごした。二人でいるときは無敵だったように思える。
寺子屋で私が先生のまねごとをやった時もあったっけな、懐かしい。
寂しいことは半分に嬉しいことは二倍以上に。そうやって同じ時を刻んで、歩んで、そして――――。
思い返したことはすべて、起こった事象でしかない。
懐かしいと思うことがあっても、もう戻りたいとは思えない。
私は最初から知っていたはずだった。大勢から一人取り残されるという悲しみを。
結局のところは、前に踏み出すのが怖いだけだ。彼女みたいな馬鹿と出会って、私はまた絆されるのが怖いだけ。
……違うか、失うことに恐怖しているだけだ。
煌めきは一瞬にて、そして記憶は永遠に残る。死んだときにそれを抱えて、駄賃として三途の川を渡っていく。
輪廻転生というシステムからはじき出された私は、いったいどれくらいの思い出を持っているのだろうか。
何年分だろう、それとも人として生きていられたあの頃の思い出しか駄賃にならないだろうか。
老いも死もないこの人生。生を謳歌するのは無理そうだな。と一つため息をつく。
それにだ、死なない私のこれを生と呼べるのかは、甚だ疑問になるところか。
周囲が暗闇ということは、今は夜か。それとも朝が近いのか。
時間の感覚も当の昔に抜けている。
起きたいと身体が言えば起きて、眠いと身体が叫べば寝る。
朝も夜も私にはもうなくなっている。
だけど、一つの約束を律儀に守っている。迷った村人は守ってやってくれと。
わけのわからない奴はともかく、はからずとも迷ったやつは助けている。
その時に、私の名前で呼び出される。
きっと、遥か昔の友人がこう叫べと言ったのだろう。
ったく、私は便利屋じゃないのにな……。
さて、昔に思いを馳せるのはここまでだ。
もう一度、火を灯すのも面倒だし、今日は寝てしまおうと考えた。
後ろから物音がするまでは。
「……懐かしいわね」
「えぇ、本当にね。こんなに腑抜けになるとは思っていなかったわ」
声でわかる。不老不死のきっかけ、そしてずっと殺したいと思っていた蓬莱山輝夜が後ろにいる。
「腑抜けで結構。私はもう、いいんだ放っておいてくれ」
「……そんな貴女じゃ張り合いがないわ、でも顔くらいは見せなさいよ」
「わかったわ、善処する」
行く気はない。もうあの時ほど殺したい欲もない。
そもそも幻想郷に流れ着いて以来、こいつを本気で殺そうと思っていたことはあっただろうか。
あぁ、でも羨ましいとは思っていたな。こいつには従者がいて、こいつは一人になることはないって。
――顔を見せろ。この言葉の意味は痛いほどにわかっている。
明日、友人の命日だからだ。あいつも毎年、その日を伝えに私に会いに来ている。
お決まりの煽り文句と、希望とそして微かな苛立ちを抱えて。
でもな輝夜、そんな風に簡単に吹っ切ることが出来たらどれだけ楽なんだ。
身体はいくら元通りに戻っても、心は、心だけはあの日のままなんだ。
心だけは復活してくれないんだ。
命日、私には訪れることのないものだ。
村を見れば、彼女は讃えられている。
くすぐったそうに笑って、やめてくれと言っている彼女の笑顔が見えるようだ。
人里の守り神と言っても過言ではなかった彼女は、みんなに好かれていたな。
そのみんなはと一緒に今は仲良くやっているんじゃないかなきっと。
私は、その輪に入る資格はない。永久に。
だから、毎年見えないところでそっと祈っている。
年に一回呟く彼女の名前。
鮮烈に私の心に刻み込まれたその名前。
大切な人の名を忘れられなくて、忘れないように足掻いているような、そんな妹紅が印象的でした。
しんみりした雰囲気が妹紅によく似合っていると思いました