あなたは自分の姉をどう思っているのと聞かれた私は、二拍ほど置いて別に普通よと答えた。その会話を丁度姉に聞かれてしまったので、もう少し気の利いた事を言っておけばよかっただろうかと思った。
自分の部屋の、使いまわしていたグラスがいつの間にか綺麗なものと取り替えられていて、咲夜がやってくれたのだなと感謝の念を覚えるのと同時に、いつも何かに見られているというような不快感も同時にあった。それは透明に光る容れ物で水を飲んだ時、いつもより美味しいような気がして霧散する程度のものだったが、こういった累積が自堕落を生み不摂生に繋がっていくのだよなと自己分析をした。
例えばご飯を食べたいなと思ったが、ご飯を食べることが何らかの待ち時間によって直ぐに叶わなかった(特にそれが他人の存在によるものだった)時、それはご飯を食べることも含めた全ての行為への諦めを生じさせるものだと思う。咲夜に私の部屋の管理はしなくてもよいと言ってみたが、彼女は姉に紅魔館の管理を一任されているのであり、私のお願いはそこそこにショックをうけるものだったようだ。
咲夜の仕事が気に入らないわけじゃない。ただ、私は自分の部屋の真ん中に大の字に寝転がって、口を開けて天井を見ているような様をお互いの為に晒さないべきだと言っているに過ぎない。いや、もっと言うならば私はそう言った自分の状態を見られることに大した抵抗はないかもしれない。だがきっとそれを見た方は私に気まずい感情を抱き反応に困るだろう。それが嫌だ。常に己を律するか、あるいは奔放に振る舞うことに忖度のないという矛盾した両立を持つ姉には必要がないだろうが、私はそうじゃない。
こいしの見送りが終わって部屋に帰ってきて、改めて考える。姉をどう思っているか。全く本音を言うと、尊敬しているし愛している。その事実に何ら恥じることもない。
こいしは常々私が男性的な振る舞いをすると言う。私自身にその自覚はない。こいしはこいしの姉について、如何に彼女が素晴らしく、美しく悍ましいのかを私に語って聞かせるが、私はそういった話をあまりしない。だから聞かれたのだろう。自分の姉をどう思っているのか。そこで別に普通よなんて答えたので、こいしは頬を膨らませて、あなたって本当に男の人みたいね、なんて言ったんだと思う。単にこいしの男性観が偏ってるだけだと思う。
そんなことを近頃ずっと考えていたので、しまいには食事中、姉にそんなに見つめてどうしたのかと聞かれた。今日もお美しいなと見惚れていました(あながち嘘は言っていない)と茶化したらそうだろうとのたまった。
姉はその日、微妙に欠けた月が何度も登り、何時まで経っても満月が訪れない原因をとうとう突き止めに行き、咲夜が慌ててそれについていった。後で聞いたことには、色んな誰かが色んな方法で時間を遅らせるもんだから夜がいつまでも明けなかったので、また別の問題が起きかけたらしい。私が図書館でドラゴンボールを読破している内にまさかそんなことが起こっていたとは。私はいつも外で起こる事件とは無関係の場所に居る。
***
姉は紅魔の経済的維持と権威的維持に尋常ならざる労力を払っているが、それを辛いと言った態度はおくびにも出したことがない。姉はいつも微笑んでいるか、笑っている。それでいて暇であるかのような振る舞いをするし、誰にでもよく構ってもらいたがり、邪険にされても怒ったりはしない。飼い主にとって最も都合のいい猫の様な人格でもって、紅魔の者共を愛の名の下に完全に支配下においている。ここに居る誰もが、恐らく姉のことを狂おしい程に愛している。
姉はいざ力を振るえば、多分、私の知る限り神とだって渡り合う。そして姉は力を振るうことをそこまで嫌がらない。実際ナメた相手がいれば平気で滅ぼしてきている。紅魔館の実態はマフィアじみていて、面子以上に大事なものが存在しないのが大きな要因だと思う。幻想郷に来て、挨拶代わりに異変を起こしてからは表立って誰かと敵対することがなくて、姉はのびのびとしているように思う。戦う時の姉は酷く楽しそうではあるけれど、戦わないのはもっと好きなんだろうと思う。
姉は焼き菓子が得意。姉が作るものの中で私が一番好きなのはマドレーヌ。どんなもんだいという顔で館の連中に菓子を振る舞っているが、正直そんなにめちゃくちゃ美味しいわけではなくて、味だけで言えば咲夜が作るものには遠く及ばないのだけれど、それでも私は時々、姉が作るマドレーヌを無性に食べたくなる。ねだったことはないけれど。
姉はいつも私を引っ張り回す。私は外がそんなに好きじゃないけれど、姉は全くこちらの意を汲むことはなく定期的に私をピクニックやら散歩に連れて行きたがる。最初は断るけどいつも私が折れて、いざ外に出てみると姉は本当に嬉しそうな、楽しそうな顔をする。私が「仕方ないな」という立ち位置で小狡い快楽を享受しているのも、きっと見透かされている。
姉は興味のないものに対しては本当に冷たい。特に、姉は自分の持つ誇りについて頻りに語る。でも、はっきりいって、その誇りの内訳について完璧に理解できている他人は私も含めて居ないように思う。姉は誇りに基づいて物事を判断するし、それにそぐわないものを視界に入れない。入れたがらないというより、入っていない。例えばそれが人間だったとして、話したり、握手をしたりはしても、相手にはしていない。その機微を少し理解出来てくると、途端に世界の全ては姉のおもちゃで、興味のないものから棄てられていくのではないかという考えが巡って背筋が凍る。
姉は私に、お前は私の誇りそのものだと言った事がある。多分その意味を理解することは永劫無いと思う。
以上を踏まえても、姉をどう思っているのかと言われた時、別に普通よと答えることに何ら不自然な点はないと思う。私はこいしの振る舞いを嫌っては居ないけれど、だからといって自分の方からキャピキャピと慕っている誰かの陶酔話を誰かに聞かせようなんて思えない。
「でもでも、私だってフランちゃんの話を聞きたいじゃない?」
とイマジナリーこいしが私に言ってきた。私はしかし、自分が違和感のない振る舞いしかしない。できない。本物のこいしが待ち遠しい。一緒にドーナツを食べたい。
いたる処の植物が枯れまくる異変について、紅魔は特に関与しない内に解决を見た。その間に私がしたのは、咲夜が、美鈴の菜園が枯れたら悲しいですと漏らしたので、一応気休め程度に害意を全般的に防ぐ結界魔法を張ってみたくらいだった。私が結界の魔法陣を書いている横で、笑顔で特製の肥料を撒いているパチュリーが妙に印象的でしばらく頭から離れなかった。私がしたことについて姉は喜び、大いに私を褒めたので悪い気はしなかった。
***
こいしの提供する話題に度々現れる命蓮寺の連中にあまりいい感情を抱いていない。こいしが誰と仲良くしようが構わないが、露骨にそぐわない者共の話を延々聞かされるのはやはり辟易する。私はそれらの顔すら見たことはないけれど、その思想には反吐が出る。
仕方がない。だって、吸血鬼は妖怪の中でも露骨に人間を直接糧とする存在だから。修行して信仰のみを拠所にすることで人間を喰わずに済むなんて選択はできない。できたとしても吸血鬼の誇りに照らし合わせて忌避するはずだ。姉的に。
種族的な嫉みを差し引いたとしても、あれらの言っていることは妖怪側の独りよがりな理屈だと思う。人間と妖怪の共存なんて、考えれば欺瞞でしかないことは直ぐにわかる。妖怪は人間を害さねばならないという縛りがあるからこそ人間とぎりぎり対等で居られるのに、それがなくなったら妖怪はただの人間の上位互換になるじゃないか。
もっと言えば、人間を喰わないなんてのは妖怪が勝手に言っているだけだ。そりゃ、喰う必要はなくなるのかもしれないが、依然として喰うことはできるのだ。「君たちを喰う必要はなくなったから、安心して仲良くしてください」なんて言われたとして、納得できる人間は居ないはずだ。完全な上位互換の少数種族に対して人間が行うのは、数による圧倒的な暴力と排斥、撲滅だ。
命蓮寺がそれを目指しているのに排斥されていない理由は、みんな何処かで「そんなことはできっこない」と願っているからだと私は思う。つまり、根本的には相手にされていないのだ。目をそらされていると言い換えてもいい。
私が考えていることを見透かしてかどうなのか、濁った笑みをこいしは浮かべる。特にこいし自身、話も滅多にしないらしいが、そこにいる中では船幽霊が一番のお気に入りなのだと言う。そいつの話を聞いていると、こいしも私と同じで命蓮寺の掲げる思想を鼻で笑っているに違いないと思う。こいつはマジで性格と性根がクソだと思う。
気が向いたので姉に命蓮寺の連中をどう思っているか聞いてみたら、珍しいなと言う顔をされた。
「……私が吸血鬼という種族を誇りに思う理由の一つに、吸血鬼は最も人間に密接な妖怪の一つだからというのがあってね。だって、考えてもみなさい。大体の人間って働いて稼いで、食ってかなきゃならないんだよ。めちゃくちゃ数が多いから囚われるしがらみの数が尋常じゃないし、しかも寿命が決まってて50年とか100年とかで死ぬ。その前提の上で更に、個人個人の色んな悩み事がある。
断言するけれど、働く必要も同族に辟易することも死への恐れもないような妖怪の悩みなんて、所詮は人間ごっこに過ぎないね。私達は人間ほど複雑に悩むこともなければ、それに付随する難解な情緒を理解することもないんだろうって、そう思うね。
そこへ行くと吸血鬼って、やたらと弱点が多くて滅びが身近だし、人間から血を貰わないと生きていけないし、同族は基本的に商売敵だしで人間そっくりで親しみやすいだろ? それでも人間に比べると大分、冗長に過ぎるけども。
だからある意味、愚かだったり醜かったりすることを、私は寧ろ愛している。あの連中だって、私は嫌いじゃないよ。如何にも滑稽だろ? それに、我が妹よ。お前が言っているような思想をきちんと抱いているのはきっと、あの尼だけさ。他の奴らはあの尼に心酔しているだけで、そんなことは本当はどうだっていいんだよ。私達だけでいくら陰口を言っても仕方ないがね。あの尼に直接お前の思っていることをぶつけてみたら、案外はっとするような知見を貰えたりするかもしれないじゃない?」
と言われた。私達も人間も、なんで存在しているんだろうと思わせるような、全てが茶番であるかのような、そんな理屈だった。姉の言ったポリシーに照らし合わせるなら、私は姉に養ってもらっているだけの、永遠の合理的なつまらない引きこもりだった。私の考えは顔に出ていたらしい。姉は、きっと存在することに意味なんてないんだよ、でももしかしたら、それがたまには楽しいかもしれないだろ、と笑った。
姉が少し寂しそうに見えた私は、今日は一緒に寝てもいいか聞いた。姉は嬉しそうだった。私が姉の話を聞いてからというもの、こいしがあいつらの話をしている時の顔が、前よりもつまらなそうに映るようになった。私が嫌な顔をするのが好きだったんだろうか? この既に終わった女め。
姉の話を聞くのが好きだ。あの人の話は私の中にすんなりと入っていく。その場では納得いかなかったとしても、自分の部屋の中でそのことを繰り返し反芻していると、いつの間にか姉の言葉が私を構成する一部になっているような、そんな気がする。姉の思い通りになるのが気持ちいい。でも、きっと本当の処、私は何一つ姉の思い通りではなくて、それがああいった寂しそうな顔を生むのだと思う。それで、多分姉は私達二人のすれ違いをも楽しんでいる。そのことに思いを巡らすと少し自分がみじめに思えて、気分がいい。
こんなさもしい快楽ばかり貪っているから、私はいつまでもこんななんだと思う。何故あの姉の妹でありながら、しかもあの姉の隣で好きなだけあの姉を摂取していながら私はこんななんだと思う。私以外の紅魔の皆は、誰もが誇りと自負に満ちていてかっこいいよな、と思う。皆、姉の影響をちゃんと全身に受けていて羨ましいよな、と思う。
***
毎度々々、チェスが好きな割には絶望的に下手だの、ペットに貰った簪を毎日磨いてるだの、桃色の髪が透明で美しいだの、十一点だのといった話を聞いていると、ひょっとして私は世界で二番目にこいしの姉について熟知しているのではないかという気さえしてくる。
血肉どころか霊的構成ですらなさそう(どうやって物質的現象を及ぼしているのか研究したい)な彼女のことなので、多分姉への想い七割程度と好奇心で存在しているに違いないと思う。
「でも多分、私ってメカニズムじゃないと思うの」
今、私の目に映り会話をしている現状こそがこいしの能力なのであって、本来は何処にも観測されない状態がニュートラルなのだと私は思う。アッシャーもゲヘナも全て理屈で解決しようとする師匠がこの館にはいるので、メカニズムでないと言い張る分には戦争を仕掛けていきたい。でも友達を解剖したいとも思わない。妥協して、うざって思うくらいしかない。
こいしには、姉を愛しているという点で特に同調を覚える。こいしは私と違ってそれを前面に出す。姉を愛していることも、その点で私と同調を覚えていることも。せわしなく、騒がしいと感じる一方で羨ましく思うこともある。仮に私が猫撫で声で甘えたり愛を囁いたとして、姉はどんな顔をするのだろうかと。
「フランちゃん、自覚的でないのかもしれないけれど、フランちゃんは十分甘えたさんだわ」
「うるせえんだよなあ」
私のビンタを受けたこいしはほっぺの紅葉をさわさわとしながらにこやかだった。バカかテメーは。私は私が甘えたくて甘えているわけじゃない。姉がどうしても甘えて欲しそうにしている時があるので、仕方なく甘えてやっているだけだ。そういった口実にかこつけて抱きしめて寝たりしている訳では断じてないし、こちらが甘えたいのを姉が感じ取って、わざと甘えて欲しそうな態度を取ってくれているだなんてことには全く気付いていない。はい論破した。おしまいこの話。四肢の爆散と引き換えにしたくなければ終わりだよ終わり。
「幻想郷の人間たち、半年前の九割くらいまで減っちゃったんですって」
段々と、沢山の妖怪が食人衝動を抑えられなくなってきているらしい。姉も最近、咲夜がやたらとうまそうに見えると言っていた。私はまだなんともない。姉は無用な騒ぎを起こしたくないからと紅魔の妖怪を外出禁止にした上、咲夜を人里へ追い出した。私とパチュリーが手を尽くして色々と調べたけれど、原因は間違いなく博麗大結界の不調だった。
めちゃくちゃ凄まじいスキャンダルだ。これを知ってしまった事自体を全力で秘匿に走る程度には。と言っても、賢者達は不祥事のもみ消しがいつもガバガバなので幾つかの勢力がそれに気付いている可能性は高い。殊更それを糾弾しないのは、幻想郷から出るつもりが無いのと、八雲とやりあいたくないのと、何より、人間なんてどうでもいいと皆思っているからじゃないかと思う。また霊夢の胃に新しい穴が空くよ。荒事以外は苦手なのに、かわいそう。
姉は基本的に霊夢(というか、強い人間は大体)が結構好きなので、今回のことには胸を痛めていると思う。普段、腹芸は全部スキマにぶん投げている霊夢だけれど、今回ばっかりは理由も知らないまま博麗大結界のメンテナンスなんて訳にはいかないものね。そんで、隠しごととかめちゃくちゃ下手だから魔理沙あたりにちょっとカマをかけられただけでポロッと口を滑らせるに違いない。あーもうめちゃくちゃだよ。
私は姉のようには他人を心配できない。そんな余裕がない。誇りのない自分に対する葛藤で忙しい。姉のようになれれば良いと思う。でも、姉は強いからいいよな、と斜に構える自分も居た。力の総量とかじゃなく、精神の強靭さが。
***
食人衝動の騒ぎが収まって、異変は博麗の巫女によって解決されたという喧伝があり、その舌の根も乾かない内に、今度は隕石が降ってくるらしく、やれ世界の滅亡だと騒がれているそうだ。
私は自己肯定感が低いと思う。あの姉の妹でありながら、ちゃらんぽらんに引きこもって魔法の研究を繰り返しているだけの、何の誇りもない妹だ。生まれついて与えられた能力だって、まともに使いこなせないしその努力もしない。ただ興味を持ったことをその場その場でやっているだけの刹那主義者だ。
五百年弱も生きているとほとほと実感するけれども、誇り無くして長命を全うするなど狂気の沙汰でしかない。だが、惰性で生きていけるのもある程度事実だ。姉がことある毎に誇りについて語るのを最初は理解できていなかったけれど、今はある程度分かる。私だって、誇りのない生よりは誇りある死を選びたい。間延びした、倦怠との戦いの先にあるのは、死に様への憧れだ。ただ、その適切な場があれば。よっぽど平和な幻想郷にそんなタイミングはない。
私はいつも外で起こる事件とは無関係の場所に居る。皆死んじゃうかもしれないというこの状況にあっても、私はこいしと互いの姉について談笑している。パチュリーが、隕石が幻想郷に降ってくることの信憑性を調査していたけれども、それは只の噂が確信に変わるのを補強するだけの結果に終わったようだった。
「ねえ、さっきから何を書いてるの?」
こいしの話を流し聞きしながら書いていたのは魔法陣だった。これはそう、有り体に言うと元気玉のような。私の力を元にしつつ、破壊できる最大値については他者の魔力を奪い取って発動することで調整するというコンセプトの。幻想郷の全住人の魔力と隕石をぶつけ合わせることが出来ないかと考えてのものだった。勿論、机上の空論だ。仮に完成したところで、こんなものを行使することについての是非も問われよう。足の引っ張り合いを繰り返す幻想郷の勢力図が目に浮かぶ。
「別に。只の趣味よ。かっこいいでしょ、これ」
「うん、かっこいい。フランちゃんはかっこわるいけど」
「うるせえんだよなあ」
ビンタをする気も起きなかった。姉のように毅然とできれば私も良いのだけれど。姉のように。姉が私の部屋のドアを開け放った。
「我が妹よ、少し力を貸してほしいのだがね」
と姉は言った。姉が私を頼らなければならないようなことは何一つないはずだろうと思った。姉が私の書いた魔法陣を見ると、おお、丁度いいじゃないかとそれを見つめた。姉は魔法なんかわからない。
「お前の力が籠もっているだろう、これには。これを借りても構わないか?」
もちろん、欲しいのであれば貸すと言わず差し上げますわと言うと、姉はにこりとしてお礼を言って、直ぐに部屋を出ていった。直後にドアをもう一度開け放ち、こいしにいつも妹と遊んでくれてありがとうと言って、お菓子を与えた。こいしはすぐにそれを頬張って満足げだった。
それから数日して姉が、お前のおかげで何もかもうまく行ったよと私を抱きしめた。なんやかんや隕石はどうにかなったらしいという話を聞いた。幻想郷中が一丸となって協力したのだとか。私は家の中に居た。よくわからないけれど、私もその一丸の中に居たようだった。
のちにこいしが、その中に私は居なかったけれどと愚痴っぽく言ったのに、私は本当は、でもあなたがずっと私の相手をしてくれてなかったら、私にはふてくされてどうでもいいような魔法陣を書く程の元気すらなかったと思うし、そんな感じで元気をもらった子が一杯いるんじゃないかしらと思ったけれど、それを言うのもなんだか癪だったので、あんたはそんな感じで良いのよとだけ言っておいた。
***
夜、門前は冷えた。毎日ここで一人で突っ立っていて何故平気なのかと尋ねると、美鈴はむしろ、年がら年中地下で引きこもっていて何故平気なのか私にはわからないので、そんなものだろうと答えた。
たまに外に出ても見ているのは姉ばかりで、ちゃんと外の空気と空を認識したのは数年ぶりのような気がした。ここから目視できるようならそれはもう終わりなので当たり前だが、隕石が降ってくる感じはしなかった。
私は姉を尊敬しているし、愛している。その姉に近付けない自分に不甲斐なさを感じていた。ずっと。今はそうでも無い気がする。色んなことに、ほんのりと温もりを感じることが出来ている気がする。
寒いねー、と私が言うと、美鈴はそっすね、と答えて、私の手を握ってくれた。美鈴に姉の話を聞いた。姉のことどう思ってるか、今度は私が聞くんだなと思った。他人から聞く姉の話からは、私の知っている姉とはまた随分違う印象を受ける気がした。
美鈴に、妹様はお嬢様をどう思っているのですかと聞き返された。私は別に普通よ、と答えた。その会話を丁度姉に聞かれていたかどうかについては、正直定かではない。どうでもいい。あの時、姉は嬉しそうに笑っていたのだし。
自分の部屋の、使いまわしていたグラスがいつの間にか綺麗なものと取り替えられていて、咲夜がやってくれたのだなと感謝の念を覚えるのと同時に、いつも何かに見られているというような不快感も同時にあった。それは透明に光る容れ物で水を飲んだ時、いつもより美味しいような気がして霧散する程度のものだったが、こういった累積が自堕落を生み不摂生に繋がっていくのだよなと自己分析をした。
例えばご飯を食べたいなと思ったが、ご飯を食べることが何らかの待ち時間によって直ぐに叶わなかった(特にそれが他人の存在によるものだった)時、それはご飯を食べることも含めた全ての行為への諦めを生じさせるものだと思う。咲夜に私の部屋の管理はしなくてもよいと言ってみたが、彼女は姉に紅魔館の管理を一任されているのであり、私のお願いはそこそこにショックをうけるものだったようだ。
咲夜の仕事が気に入らないわけじゃない。ただ、私は自分の部屋の真ん中に大の字に寝転がって、口を開けて天井を見ているような様をお互いの為に晒さないべきだと言っているに過ぎない。いや、もっと言うならば私はそう言った自分の状態を見られることに大した抵抗はないかもしれない。だがきっとそれを見た方は私に気まずい感情を抱き反応に困るだろう。それが嫌だ。常に己を律するか、あるいは奔放に振る舞うことに忖度のないという矛盾した両立を持つ姉には必要がないだろうが、私はそうじゃない。
こいしの見送りが終わって部屋に帰ってきて、改めて考える。姉をどう思っているか。全く本音を言うと、尊敬しているし愛している。その事実に何ら恥じることもない。
こいしは常々私が男性的な振る舞いをすると言う。私自身にその自覚はない。こいしはこいしの姉について、如何に彼女が素晴らしく、美しく悍ましいのかを私に語って聞かせるが、私はそういった話をあまりしない。だから聞かれたのだろう。自分の姉をどう思っているのか。そこで別に普通よなんて答えたので、こいしは頬を膨らませて、あなたって本当に男の人みたいね、なんて言ったんだと思う。単にこいしの男性観が偏ってるだけだと思う。
そんなことを近頃ずっと考えていたので、しまいには食事中、姉にそんなに見つめてどうしたのかと聞かれた。今日もお美しいなと見惚れていました(あながち嘘は言っていない)と茶化したらそうだろうとのたまった。
姉はその日、微妙に欠けた月が何度も登り、何時まで経っても満月が訪れない原因をとうとう突き止めに行き、咲夜が慌ててそれについていった。後で聞いたことには、色んな誰かが色んな方法で時間を遅らせるもんだから夜がいつまでも明けなかったので、また別の問題が起きかけたらしい。私が図書館でドラゴンボールを読破している内にまさかそんなことが起こっていたとは。私はいつも外で起こる事件とは無関係の場所に居る。
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姉は紅魔の経済的維持と権威的維持に尋常ならざる労力を払っているが、それを辛いと言った態度はおくびにも出したことがない。姉はいつも微笑んでいるか、笑っている。それでいて暇であるかのような振る舞いをするし、誰にでもよく構ってもらいたがり、邪険にされても怒ったりはしない。飼い主にとって最も都合のいい猫の様な人格でもって、紅魔の者共を愛の名の下に完全に支配下においている。ここに居る誰もが、恐らく姉のことを狂おしい程に愛している。
姉はいざ力を振るえば、多分、私の知る限り神とだって渡り合う。そして姉は力を振るうことをそこまで嫌がらない。実際ナメた相手がいれば平気で滅ぼしてきている。紅魔館の実態はマフィアじみていて、面子以上に大事なものが存在しないのが大きな要因だと思う。幻想郷に来て、挨拶代わりに異変を起こしてからは表立って誰かと敵対することがなくて、姉はのびのびとしているように思う。戦う時の姉は酷く楽しそうではあるけれど、戦わないのはもっと好きなんだろうと思う。
姉は焼き菓子が得意。姉が作るものの中で私が一番好きなのはマドレーヌ。どんなもんだいという顔で館の連中に菓子を振る舞っているが、正直そんなにめちゃくちゃ美味しいわけではなくて、味だけで言えば咲夜が作るものには遠く及ばないのだけれど、それでも私は時々、姉が作るマドレーヌを無性に食べたくなる。ねだったことはないけれど。
姉はいつも私を引っ張り回す。私は外がそんなに好きじゃないけれど、姉は全くこちらの意を汲むことはなく定期的に私をピクニックやら散歩に連れて行きたがる。最初は断るけどいつも私が折れて、いざ外に出てみると姉は本当に嬉しそうな、楽しそうな顔をする。私が「仕方ないな」という立ち位置で小狡い快楽を享受しているのも、きっと見透かされている。
姉は興味のないものに対しては本当に冷たい。特に、姉は自分の持つ誇りについて頻りに語る。でも、はっきりいって、その誇りの内訳について完璧に理解できている他人は私も含めて居ないように思う。姉は誇りに基づいて物事を判断するし、それにそぐわないものを視界に入れない。入れたがらないというより、入っていない。例えばそれが人間だったとして、話したり、握手をしたりはしても、相手にはしていない。その機微を少し理解出来てくると、途端に世界の全ては姉のおもちゃで、興味のないものから棄てられていくのではないかという考えが巡って背筋が凍る。
姉は私に、お前は私の誇りそのものだと言った事がある。多分その意味を理解することは永劫無いと思う。
以上を踏まえても、姉をどう思っているのかと言われた時、別に普通よと答えることに何ら不自然な点はないと思う。私はこいしの振る舞いを嫌っては居ないけれど、だからといって自分の方からキャピキャピと慕っている誰かの陶酔話を誰かに聞かせようなんて思えない。
「でもでも、私だってフランちゃんの話を聞きたいじゃない?」
とイマジナリーこいしが私に言ってきた。私はしかし、自分が違和感のない振る舞いしかしない。できない。本物のこいしが待ち遠しい。一緒にドーナツを食べたい。
いたる処の植物が枯れまくる異変について、紅魔は特に関与しない内に解决を見た。その間に私がしたのは、咲夜が、美鈴の菜園が枯れたら悲しいですと漏らしたので、一応気休め程度に害意を全般的に防ぐ結界魔法を張ってみたくらいだった。私が結界の魔法陣を書いている横で、笑顔で特製の肥料を撒いているパチュリーが妙に印象的でしばらく頭から離れなかった。私がしたことについて姉は喜び、大いに私を褒めたので悪い気はしなかった。
***
こいしの提供する話題に度々現れる命蓮寺の連中にあまりいい感情を抱いていない。こいしが誰と仲良くしようが構わないが、露骨にそぐわない者共の話を延々聞かされるのはやはり辟易する。私はそれらの顔すら見たことはないけれど、その思想には反吐が出る。
仕方がない。だって、吸血鬼は妖怪の中でも露骨に人間を直接糧とする存在だから。修行して信仰のみを拠所にすることで人間を喰わずに済むなんて選択はできない。できたとしても吸血鬼の誇りに照らし合わせて忌避するはずだ。姉的に。
種族的な嫉みを差し引いたとしても、あれらの言っていることは妖怪側の独りよがりな理屈だと思う。人間と妖怪の共存なんて、考えれば欺瞞でしかないことは直ぐにわかる。妖怪は人間を害さねばならないという縛りがあるからこそ人間とぎりぎり対等で居られるのに、それがなくなったら妖怪はただの人間の上位互換になるじゃないか。
もっと言えば、人間を喰わないなんてのは妖怪が勝手に言っているだけだ。そりゃ、喰う必要はなくなるのかもしれないが、依然として喰うことはできるのだ。「君たちを喰う必要はなくなったから、安心して仲良くしてください」なんて言われたとして、納得できる人間は居ないはずだ。完全な上位互換の少数種族に対して人間が行うのは、数による圧倒的な暴力と排斥、撲滅だ。
命蓮寺がそれを目指しているのに排斥されていない理由は、みんな何処かで「そんなことはできっこない」と願っているからだと私は思う。つまり、根本的には相手にされていないのだ。目をそらされていると言い換えてもいい。
私が考えていることを見透かしてかどうなのか、濁った笑みをこいしは浮かべる。特にこいし自身、話も滅多にしないらしいが、そこにいる中では船幽霊が一番のお気に入りなのだと言う。そいつの話を聞いていると、こいしも私と同じで命蓮寺の掲げる思想を鼻で笑っているに違いないと思う。こいつはマジで性格と性根がクソだと思う。
気が向いたので姉に命蓮寺の連中をどう思っているか聞いてみたら、珍しいなと言う顔をされた。
「……私が吸血鬼という種族を誇りに思う理由の一つに、吸血鬼は最も人間に密接な妖怪の一つだからというのがあってね。だって、考えてもみなさい。大体の人間って働いて稼いで、食ってかなきゃならないんだよ。めちゃくちゃ数が多いから囚われるしがらみの数が尋常じゃないし、しかも寿命が決まってて50年とか100年とかで死ぬ。その前提の上で更に、個人個人の色んな悩み事がある。
断言するけれど、働く必要も同族に辟易することも死への恐れもないような妖怪の悩みなんて、所詮は人間ごっこに過ぎないね。私達は人間ほど複雑に悩むこともなければ、それに付随する難解な情緒を理解することもないんだろうって、そう思うね。
そこへ行くと吸血鬼って、やたらと弱点が多くて滅びが身近だし、人間から血を貰わないと生きていけないし、同族は基本的に商売敵だしで人間そっくりで親しみやすいだろ? それでも人間に比べると大分、冗長に過ぎるけども。
だからある意味、愚かだったり醜かったりすることを、私は寧ろ愛している。あの連中だって、私は嫌いじゃないよ。如何にも滑稽だろ? それに、我が妹よ。お前が言っているような思想をきちんと抱いているのはきっと、あの尼だけさ。他の奴らはあの尼に心酔しているだけで、そんなことは本当はどうだっていいんだよ。私達だけでいくら陰口を言っても仕方ないがね。あの尼に直接お前の思っていることをぶつけてみたら、案外はっとするような知見を貰えたりするかもしれないじゃない?」
と言われた。私達も人間も、なんで存在しているんだろうと思わせるような、全てが茶番であるかのような、そんな理屈だった。姉の言ったポリシーに照らし合わせるなら、私は姉に養ってもらっているだけの、永遠の合理的なつまらない引きこもりだった。私の考えは顔に出ていたらしい。姉は、きっと存在することに意味なんてないんだよ、でももしかしたら、それがたまには楽しいかもしれないだろ、と笑った。
姉が少し寂しそうに見えた私は、今日は一緒に寝てもいいか聞いた。姉は嬉しそうだった。私が姉の話を聞いてからというもの、こいしがあいつらの話をしている時の顔が、前よりもつまらなそうに映るようになった。私が嫌な顔をするのが好きだったんだろうか? この既に終わった女め。
姉の話を聞くのが好きだ。あの人の話は私の中にすんなりと入っていく。その場では納得いかなかったとしても、自分の部屋の中でそのことを繰り返し反芻していると、いつの間にか姉の言葉が私を構成する一部になっているような、そんな気がする。姉の思い通りになるのが気持ちいい。でも、きっと本当の処、私は何一つ姉の思い通りではなくて、それがああいった寂しそうな顔を生むのだと思う。それで、多分姉は私達二人のすれ違いをも楽しんでいる。そのことに思いを巡らすと少し自分がみじめに思えて、気分がいい。
こんなさもしい快楽ばかり貪っているから、私はいつまでもこんななんだと思う。何故あの姉の妹でありながら、しかもあの姉の隣で好きなだけあの姉を摂取していながら私はこんななんだと思う。私以外の紅魔の皆は、誰もが誇りと自負に満ちていてかっこいいよな、と思う。皆、姉の影響をちゃんと全身に受けていて羨ましいよな、と思う。
***
毎度々々、チェスが好きな割には絶望的に下手だの、ペットに貰った簪を毎日磨いてるだの、桃色の髪が透明で美しいだの、十一点だのといった話を聞いていると、ひょっとして私は世界で二番目にこいしの姉について熟知しているのではないかという気さえしてくる。
血肉どころか霊的構成ですらなさそう(どうやって物質的現象を及ぼしているのか研究したい)な彼女のことなので、多分姉への想い七割程度と好奇心で存在しているに違いないと思う。
「でも多分、私ってメカニズムじゃないと思うの」
今、私の目に映り会話をしている現状こそがこいしの能力なのであって、本来は何処にも観測されない状態がニュートラルなのだと私は思う。アッシャーもゲヘナも全て理屈で解決しようとする師匠がこの館にはいるので、メカニズムでないと言い張る分には戦争を仕掛けていきたい。でも友達を解剖したいとも思わない。妥協して、うざって思うくらいしかない。
こいしには、姉を愛しているという点で特に同調を覚える。こいしは私と違ってそれを前面に出す。姉を愛していることも、その点で私と同調を覚えていることも。せわしなく、騒がしいと感じる一方で羨ましく思うこともある。仮に私が猫撫で声で甘えたり愛を囁いたとして、姉はどんな顔をするのだろうかと。
「フランちゃん、自覚的でないのかもしれないけれど、フランちゃんは十分甘えたさんだわ」
「うるせえんだよなあ」
私のビンタを受けたこいしはほっぺの紅葉をさわさわとしながらにこやかだった。バカかテメーは。私は私が甘えたくて甘えているわけじゃない。姉がどうしても甘えて欲しそうにしている時があるので、仕方なく甘えてやっているだけだ。そういった口実にかこつけて抱きしめて寝たりしている訳では断じてないし、こちらが甘えたいのを姉が感じ取って、わざと甘えて欲しそうな態度を取ってくれているだなんてことには全く気付いていない。はい論破した。おしまいこの話。四肢の爆散と引き換えにしたくなければ終わりだよ終わり。
「幻想郷の人間たち、半年前の九割くらいまで減っちゃったんですって」
段々と、沢山の妖怪が食人衝動を抑えられなくなってきているらしい。姉も最近、咲夜がやたらとうまそうに見えると言っていた。私はまだなんともない。姉は無用な騒ぎを起こしたくないからと紅魔の妖怪を外出禁止にした上、咲夜を人里へ追い出した。私とパチュリーが手を尽くして色々と調べたけれど、原因は間違いなく博麗大結界の不調だった。
めちゃくちゃ凄まじいスキャンダルだ。これを知ってしまった事自体を全力で秘匿に走る程度には。と言っても、賢者達は不祥事のもみ消しがいつもガバガバなので幾つかの勢力がそれに気付いている可能性は高い。殊更それを糾弾しないのは、幻想郷から出るつもりが無いのと、八雲とやりあいたくないのと、何より、人間なんてどうでもいいと皆思っているからじゃないかと思う。また霊夢の胃に新しい穴が空くよ。荒事以外は苦手なのに、かわいそう。
姉は基本的に霊夢(というか、強い人間は大体)が結構好きなので、今回のことには胸を痛めていると思う。普段、腹芸は全部スキマにぶん投げている霊夢だけれど、今回ばっかりは理由も知らないまま博麗大結界のメンテナンスなんて訳にはいかないものね。そんで、隠しごととかめちゃくちゃ下手だから魔理沙あたりにちょっとカマをかけられただけでポロッと口を滑らせるに違いない。あーもうめちゃくちゃだよ。
私は姉のようには他人を心配できない。そんな余裕がない。誇りのない自分に対する葛藤で忙しい。姉のようになれれば良いと思う。でも、姉は強いからいいよな、と斜に構える自分も居た。力の総量とかじゃなく、精神の強靭さが。
***
食人衝動の騒ぎが収まって、異変は博麗の巫女によって解決されたという喧伝があり、その舌の根も乾かない内に、今度は隕石が降ってくるらしく、やれ世界の滅亡だと騒がれているそうだ。
私は自己肯定感が低いと思う。あの姉の妹でありながら、ちゃらんぽらんに引きこもって魔法の研究を繰り返しているだけの、何の誇りもない妹だ。生まれついて与えられた能力だって、まともに使いこなせないしその努力もしない。ただ興味を持ったことをその場その場でやっているだけの刹那主義者だ。
五百年弱も生きているとほとほと実感するけれども、誇り無くして長命を全うするなど狂気の沙汰でしかない。だが、惰性で生きていけるのもある程度事実だ。姉がことある毎に誇りについて語るのを最初は理解できていなかったけれど、今はある程度分かる。私だって、誇りのない生よりは誇りある死を選びたい。間延びした、倦怠との戦いの先にあるのは、死に様への憧れだ。ただ、その適切な場があれば。よっぽど平和な幻想郷にそんなタイミングはない。
私はいつも外で起こる事件とは無関係の場所に居る。皆死んじゃうかもしれないというこの状況にあっても、私はこいしと互いの姉について談笑している。パチュリーが、隕石が幻想郷に降ってくることの信憑性を調査していたけれども、それは只の噂が確信に変わるのを補強するだけの結果に終わったようだった。
「ねえ、さっきから何を書いてるの?」
こいしの話を流し聞きしながら書いていたのは魔法陣だった。これはそう、有り体に言うと元気玉のような。私の力を元にしつつ、破壊できる最大値については他者の魔力を奪い取って発動することで調整するというコンセプトの。幻想郷の全住人の魔力と隕石をぶつけ合わせることが出来ないかと考えてのものだった。勿論、机上の空論だ。仮に完成したところで、こんなものを行使することについての是非も問われよう。足の引っ張り合いを繰り返す幻想郷の勢力図が目に浮かぶ。
「別に。只の趣味よ。かっこいいでしょ、これ」
「うん、かっこいい。フランちゃんはかっこわるいけど」
「うるせえんだよなあ」
ビンタをする気も起きなかった。姉のように毅然とできれば私も良いのだけれど。姉のように。姉が私の部屋のドアを開け放った。
「我が妹よ、少し力を貸してほしいのだがね」
と姉は言った。姉が私を頼らなければならないようなことは何一つないはずだろうと思った。姉が私の書いた魔法陣を見ると、おお、丁度いいじゃないかとそれを見つめた。姉は魔法なんかわからない。
「お前の力が籠もっているだろう、これには。これを借りても構わないか?」
もちろん、欲しいのであれば貸すと言わず差し上げますわと言うと、姉はにこりとしてお礼を言って、直ぐに部屋を出ていった。直後にドアをもう一度開け放ち、こいしにいつも妹と遊んでくれてありがとうと言って、お菓子を与えた。こいしはすぐにそれを頬張って満足げだった。
それから数日して姉が、お前のおかげで何もかもうまく行ったよと私を抱きしめた。なんやかんや隕石はどうにかなったらしいという話を聞いた。幻想郷中が一丸となって協力したのだとか。私は家の中に居た。よくわからないけれど、私もその一丸の中に居たようだった。
のちにこいしが、その中に私は居なかったけれどと愚痴っぽく言ったのに、私は本当は、でもあなたがずっと私の相手をしてくれてなかったら、私にはふてくされてどうでもいいような魔法陣を書く程の元気すらなかったと思うし、そんな感じで元気をもらった子が一杯いるんじゃないかしらと思ったけれど、それを言うのもなんだか癪だったので、あんたはそんな感じで良いのよとだけ言っておいた。
***
夜、門前は冷えた。毎日ここで一人で突っ立っていて何故平気なのかと尋ねると、美鈴はむしろ、年がら年中地下で引きこもっていて何故平気なのか私にはわからないので、そんなものだろうと答えた。
たまに外に出ても見ているのは姉ばかりで、ちゃんと外の空気と空を認識したのは数年ぶりのような気がした。ここから目視できるようならそれはもう終わりなので当たり前だが、隕石が降ってくる感じはしなかった。
私は姉を尊敬しているし、愛している。その姉に近付けない自分に不甲斐なさを感じていた。ずっと。今はそうでも無い気がする。色んなことに、ほんのりと温もりを感じることが出来ている気がする。
寒いねー、と私が言うと、美鈴はそっすね、と答えて、私の手を握ってくれた。美鈴に姉の話を聞いた。姉のことどう思ってるか、今度は私が聞くんだなと思った。他人から聞く姉の話からは、私の知っている姉とはまた随分違う印象を受ける気がした。
美鈴に、妹様はお嬢様をどう思っているのですかと聞き返された。私は別に普通よ、と答えた。その会話を丁度姉に聞かれていたかどうかについては、正直定かではない。どうでもいい。あの時、姉は嬉しそうに笑っていたのだし。
……一行だけの出演で何故こんなに頭に残るんだ!!
お前だよ笑顔で肥料をまく魔女!!
ビンタも加えてバランスもいい。男前。
ところでフランちゃんドラゴンボールどの辺が好きだった?????
僕としては単行本18巻と19巻がお勧めなんですけど
お姉ちゃんのことを本当によく見てるフランがとてもかわいらしかったです
笑顔で特製の肥料を撒いているパチュリーが妙に印象的でしばらく頭から離れそうにありません
ずるいやつだよ
と…暖かくなりました
最高でした、好きです好きすぎて好きすぎて
最後にちょろっと登場する美鈴の気の置けなさとか好きです
兄弟間の感情って形にしづらいくらい普遍的ですよね。
レミリアとの独特の距離感や関係がすごくいい
フランドールの外との距離感というか、無視はしないけど積極的に関わるのは面倒っぽい感じも良かったです。
ほろ苦くも暖かい、そんな姉妹愛がとても楽しいお話でした。ありがとうございます。