ここは血の池地獄。私は独りでそこに浸かる。聖に人を殺すな、と言われて。善意で言っていることも分かる。だけれど舟幽霊の私に殺すことをやめろだなんて……とてもとても無理なのだ。
「あぁ、また水蜜来てる。聖にダメって言われてるんじゃないの?」
無意識の妖怪。古明地こいしはひょこひょこと血の池地獄の縁までやって来ていた。
顔だけ出して私は話す。
「何、こいし……」
「一輪が水蜜がいないーって言うから探しに来た」
ああ、また一輪は探しているのか……どうして何度も探すのだろうか。
「私のことは放っておいて。明日には戻る……」
ぶくぶくと目だけを出してまた浸かった。
「ふーん。だってさ、一輪!」
なっ! 連れてきていたのか。
「村紗! またここに来てる! なんでこっちに来るのよ!」
岩陰から怒鳴り込んできた一輪。どうして私なんか構うのか。私は慌てて血の池地獄から上がり、少し上を飛んだ。一輪は追いかけてくる。
「ちょっと、こいし! どうして連れて来たのよ!」
「だって、連れて来るななんて一回も言われていないもの。なら連れて来ても大丈夫でしょ?」
くそ! 言っていなかったことが罠に嵌った!
「こら! 村紗! どうしてまた血の池地獄に来たのよ!」
「放っておいてよ!一輪には関係ないでしょ!」
ああもう、並行線。私はイライラとして上がった所から追いかけてくる一輪に突き飛ばした。
「うわっ」
そのまま突き飛ばした一輪は血の池地獄に堕ちた。私は一輪の傍に降りた。
「ゴホッゴホッ……村紗、あんたね……うっ」
血を飲んだらしい。吐きかけている。私が突き飛ばしたとはいえ、可哀想になってきた。
「ちょっと、手を貸してよ! このままじゃ溺れる!」
ああ、そうか。一輪は泳げなかったな。忘れていた……言われるがままに手を伸ばす。怒ったような手さばきで一輪は私の腕を掴んで陸に引き上げた。
「なんかごめん」
「謝るぐらいなら突き落とさないでよ」
……ごもっとも。
「それと村紗。帰るよ」
「……分かったよ」
二人でぽつぽつと話しながら地上に行くために歩き出す。
「ねえ、村紗。あんたどうして地獄に落ちに行くの」
「……どうしてだろうね。分からない」
私は嘘をつく。だってそんなこと言いたくない。どうしてと言われても私は人を殺したい。解脱なんかしたら私が無くなる。そんなの嫌じゃないか。
「あんたは、嘘つきね。何回でも嘘をつく。はじめて会った時も絶望にまみれていたけれど。あんた、それより酷いわよ」
放っておいてくれ。本当に。私は命蓮寺にいても変われないのだから。
「……知らない。私はなんも知らない」
「見苦しいわね。あんたはそんなんじゃなかった」
黙れ! 一輪に何がわかるってんだ! 分かるふりならやめてくれ、私を蔑んでくれ。
「……あんたの夢。私は忘れてない」
夢。私の夢。いつかきっと、と信じたもの。
「黙ってくれよ、一輪。夢なんてもう無い。私が信じたものはもう無いんだ」
「また嘘ついたね。あんたは……水蜜はいつかできると思っていたのに」
「私のことを分かったように言わないでよ!」
私は叫ぶ。知ったような一輪が嫌で。何ももう考えたくなくて。
「水蜜、あんたが目指したものはきっと叶うのよ」
「嘘つき……嘘つき! 一輪の嘘つき! ならどうして私を私を……」
地下に閉じ込められた千年。一度だけ一輪は私を拒んだ。信じてくれると言ったのに。それがずっと不信感として残っている。
「……それは……」
「夢を語るくらいなら何も言わないでよ! 誰のことも興味が無いくせに!」
感情を爆発する。信じるものは救われる? そんなの嘘だ!
「違う! あの時は私は嘘をついた! それでも私はあんたを、水蜜をしんじているの!」
「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき……」
ガクリと私は地面に項垂れる。ずっと信じていたかった! 嘘をつかれても信じる愚か者でいたかった!
「ごめん、ごめん……水蜜……本当にごめん」
もう私は何も言わなかった。
***
「どうして、あの二人……仲悪いと思う?」
「こいし様、悪趣味では?」
「ええ、お燐は興味無いの?」
「死体にしか興味無いですよ。かたや幽霊、かたや妖怪。付き合う分にはいいですけど死なないのならどうでも良いです。愛せませんから」
「わーお、お燐もすごいねぇ」
「あぁ、また水蜜来てる。聖にダメって言われてるんじゃないの?」
無意識の妖怪。古明地こいしはひょこひょこと血の池地獄の縁までやって来ていた。
顔だけ出して私は話す。
「何、こいし……」
「一輪が水蜜がいないーって言うから探しに来た」
ああ、また一輪は探しているのか……どうして何度も探すのだろうか。
「私のことは放っておいて。明日には戻る……」
ぶくぶくと目だけを出してまた浸かった。
「ふーん。だってさ、一輪!」
なっ! 連れてきていたのか。
「村紗! またここに来てる! なんでこっちに来るのよ!」
岩陰から怒鳴り込んできた一輪。どうして私なんか構うのか。私は慌てて血の池地獄から上がり、少し上を飛んだ。一輪は追いかけてくる。
「ちょっと、こいし! どうして連れて来たのよ!」
「だって、連れて来るななんて一回も言われていないもの。なら連れて来ても大丈夫でしょ?」
くそ! 言っていなかったことが罠に嵌った!
「こら! 村紗! どうしてまた血の池地獄に来たのよ!」
「放っておいてよ!一輪には関係ないでしょ!」
ああもう、並行線。私はイライラとして上がった所から追いかけてくる一輪に突き飛ばした。
「うわっ」
そのまま突き飛ばした一輪は血の池地獄に堕ちた。私は一輪の傍に降りた。
「ゴホッゴホッ……村紗、あんたね……うっ」
血を飲んだらしい。吐きかけている。私が突き飛ばしたとはいえ、可哀想になってきた。
「ちょっと、手を貸してよ! このままじゃ溺れる!」
ああ、そうか。一輪は泳げなかったな。忘れていた……言われるがままに手を伸ばす。怒ったような手さばきで一輪は私の腕を掴んで陸に引き上げた。
「なんかごめん」
「謝るぐらいなら突き落とさないでよ」
……ごもっとも。
「それと村紗。帰るよ」
「……分かったよ」
二人でぽつぽつと話しながら地上に行くために歩き出す。
「ねえ、村紗。あんたどうして地獄に落ちに行くの」
「……どうしてだろうね。分からない」
私は嘘をつく。だってそんなこと言いたくない。どうしてと言われても私は人を殺したい。解脱なんかしたら私が無くなる。そんなの嫌じゃないか。
「あんたは、嘘つきね。何回でも嘘をつく。はじめて会った時も絶望にまみれていたけれど。あんた、それより酷いわよ」
放っておいてくれ。本当に。私は命蓮寺にいても変われないのだから。
「……知らない。私はなんも知らない」
「見苦しいわね。あんたはそんなんじゃなかった」
黙れ! 一輪に何がわかるってんだ! 分かるふりならやめてくれ、私を蔑んでくれ。
「……あんたの夢。私は忘れてない」
夢。私の夢。いつかきっと、と信じたもの。
「黙ってくれよ、一輪。夢なんてもう無い。私が信じたものはもう無いんだ」
「また嘘ついたね。あんたは……水蜜はいつかできると思っていたのに」
「私のことを分かったように言わないでよ!」
私は叫ぶ。知ったような一輪が嫌で。何ももう考えたくなくて。
「水蜜、あんたが目指したものはきっと叶うのよ」
「嘘つき……嘘つき! 一輪の嘘つき! ならどうして私を私を……」
地下に閉じ込められた千年。一度だけ一輪は私を拒んだ。信じてくれると言ったのに。それがずっと不信感として残っている。
「……それは……」
「夢を語るくらいなら何も言わないでよ! 誰のことも興味が無いくせに!」
感情を爆発する。信じるものは救われる? そんなの嘘だ!
「違う! あの時は私は嘘をついた! それでも私はあんたを、水蜜をしんじているの!」
「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき……」
ガクリと私は地面に項垂れる。ずっと信じていたかった! 嘘をつかれても信じる愚か者でいたかった!
「ごめん、ごめん……水蜜……本当にごめん」
もう私は何も言わなかった。
***
「どうして、あの二人……仲悪いと思う?」
「こいし様、悪趣味では?」
「ええ、お燐は興味無いの?」
「死体にしか興味無いですよ。かたや幽霊、かたや妖怪。付き合う分にはいいですけど死なないのならどうでも良いです。愛せませんから」
「わーお、お燐もすごいねぇ」