Coolier - 新生・東方創想話

月で歩いて息をする

2020/04/28 22:06:38
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ああ、新入りですか。
なら悪いことは言いません早くお逃げなさい。



……私ですか。 いえね、出たくても出られないんです。






  一

なんとも非人情な話ですが、思い切って人生を前半と後半に分けて考えてみますと、私の人生の前半、これは全く文句の付けようの無いほど順風満帆なものでした。

私は中流階級の家の出で、父は里で古道具屋を営んでいました。ご存知の通り、商売人の家は、商売をする店で家族とともに寝食を行うのが殆どですが私の家は何故か別々で、どういう訳か住まいは長屋、そこから十間ほど歩いたところに父の古道具屋があるという少し奇妙な、というよりもったいないような暮らし方をしていました。勿論幼い頃はそんなことは微塵も気にしませんでしたが、年近所の子供と遊ぶような年になりますと、当然のことながら自分の世界が広がるに連れてやがて疑問を持つようになります。やはり粗末な長屋に住むよりも、人の出入りが多いきらびやかな商業区の中に構えた商店に住んでいたほうが子供心に格好良く写ったのです。

ある時、思い切って父に聞いてみました。一体どうして店の方に住んではならないのかと。その方が泥棒よけにもなりますし、長屋をわざわざ借りなくてもすむのに一体なぜかと。その時、父は一寸困ったような顔をして言いました。

「昔は店の方に住んでいたんだが、どうにも売上がよくなかった。そこで、俺はなんとかしなきゃならんということで寺の和尚さんに相談しに行ったんだが、そこで和尚さんは大変ありがたい話をしてくださったんだよ。確か……どういう話だっけな。雀と猫が出てきて……。あれ、男と猫だっけな……。男が出てきて死にかけの猫を助けるんだが、色々あって最終的に腹が減ったその男は猫を食べてしまうんだよ。たしか。一見物騒な話に聞こえるかもそれないがとにかくとてもありがたい話だったんだ。その時まだ若かった俺はその話を通じて和尚さんが何を伝えたかったのか四六時中考えていてな。そして、一週間ほど考えに考えた挙句、急に思いついたんだ。あの話は、商売と寝食を一緒くたにしてはいけないという話だったんじゃないかってね。それで今の方法に変えてみた途端、客足が増え成功したんだよ。だから邦之助、もしお前も困ったことがあったらお寺に行きなさい。そうすれば和尚さんが力になってくれるから」

もっと長々と話していましたが要約するとこういった具合の話でした。今思うと父の話は曖昧なところも多く、どうにも父が持っていた神秘色の影かちらついて納得しづらい話です。困ったことがあっても私が和尚さんに相談しなかったのは分かって頂けると思います。父がこの話をする前に一寸困ったような顔をしたのは、きっと本人にしか分からいことがあって、説明するのは難しかったのは察することができますが、一体どうして男が猫を食べる(私は猫が雀を食べる方が正解だと思います)という仏教の考えからは遠く外れたような何とも怪しい話から父がそんなことを感じ取り、尚且つ実践したのか今でも不思議です。ですがこの話を聞いた当時は、優れた商売人というものは全く関係のない事柄を商売に結び付けてしまうことが出来てしまう大人物なんだと、子供ながらに納得してますます父を尊敬するようになりました。

まだ私が幼い頃、よく私は父の古道具屋を手伝いに行っていましたが、その面白い事といったら! 例えば、小さな物を大きく見ることができる拡大鏡であったり、外の世界から来たという腕にはめることが出来る小さな時計だったり、うっとりするような珍しい綺麗な色の石だったり。私が売り物に勝手に触ると父は怒るので私はそれらを眺めたりするだけでしたが、それだけでも十分楽しいもので、子供の頃の私にとってこの古道具屋は私の大きな宝箱そのものでした。並べられた商品は対して変わっていないはずでしたが、私は父の古道具屋に行くたびに何か新しい発見をしていたのです。子供とは何とも不思議な生きもので、飽きっぽいのですがある特定の物事になりますと毎回同じものから全く違う情報を得ることができるようです。そしてその宝箱か自分のものになることがとても楽しみで、早く大人になってしまいたいと常に考えるようになりました。

平凡でしたが私は楽しい少年時代を過ごしていたわけで、振り返ってみると特別不自由なこともなく、元気に育っていったのです。今なら分かりますがとても恵まれていたのだと思います。

人生というものは一体なんだろうという話はほとんどの青年が考える、一種の通過儀礼のようなものだと思っていますが、私も例に漏れず、十六か七の時に私達の仲間内でよく話合われた話題でした。魚屋のせがれは「人生は釣りのようなものだ」とか、書店のせがれは「人生は小説だ』とかそんな具合です。これから広大な眩いばかりの未来の道しるべがどうしても欲しかったのでしょう。私も里の食堂で恥ずかしげもなく、声を大にして熱く語っていました。この時話した私の主張の内容は今考えると恥ずかしいのであなたの想像にお任せしたいと思います。結局「おい、文章の最後に”これはまるで人生のようだ”という一文を付け加えるだけで何でもそれなりに当てはまるじゃないか。全て無意味だ、畜生!」と、ヒステリックに誰かが叫んで、この話は誰もしなくなってしまったのですが、それでも当時は本当に楽しかったのです。

 はじめに人生を前半後半に分けるという言い方をあえてしましたのは私の人生の後半があまりにもこれまでの生き方と食い違っていたからです。早い話が、先程話しました美しい思い出と今の状態を一緒くたにして考えたくなかったのです。人生とは一体なんだろうと今更になって考えてみますと、私は、人生は丘のようなものだと断言することができます。但しここで重要なのは、残酷な話ですが人生の終着点は丘の頂上なのではなく、丘を超えた先にあるのです。したがって、ある一つの部分を超えてしまうとその登った分だけ下りないとなりません。

確か私が二十を越えたか越えていないか、丘の頂上は人によって違うのであまり忠告の意味がないかもしれませんが…… ともかくある時、私と友達数人で人里の居酒屋で楽しく飲んでいたところ、誰かがこんな話をしてくれました。

「ちょうど一昨日のことなんだが、嫌なことがあって滅茶滅茶に飲んでいた。そしたら、久しぶりに酒を飲んだせいか知らないがとても陽気になってしまって、それで店を出た後も歌でも歌いながら肩で風切ってずんずんと歩いて長屋に向かった。その途中、橋を渡るんだが、暗闇で初めは気が付かなかったがたもとのところで誰かがうつむいている。暗闇でぼんやりとしか見えないが、どうやら背格好からして女だろう。俺が声をかけてみると、逃げるようにしてどこかに走り去ってしまったがその時ちらりと見えた横顔があまりにも綺麗で、その夜はその顔が頭から離れなくて全然眠れない。それで翌日、女を探そうとその話を他の人にもしてみたところ似たような経験がある人が多数いる。噂によるとその女はどうやら人里の外に住んでいるらしいが、それを除くと素性は全くわからないそうで、一部では狐か狸か、はたまた妖怪なんじゃないかいう人までいるそうだ」。

そんな話を聞きますと、酒の勢いもあってか当然俺たちでその正体を見てやろうという話になりまして、その店で適当に時間を潰しますと、酔っ払ったまま店を出まして皆で何か歌を歌いながら人里をぐるぐる歩き回っていました。あの様子は探しながら歩いていたというより彷徨っていたという方が正しいかもしれません。何しろかなり酔っ払っていましたからこの時の記憶は少しばかり曖昧です。しかし不思議なことにこの時皆で歌った『たんたんたぬきの金時計。風も無いのにぶーらぶら』という歌詞だけは何故か今でも頭の中にはっきりと残っています。確かこの日は五人くらいで飲んでいた筈なのですが、里の中をぶらぶらしていると一人、また一人と家に帰ったか、はたまた道で寝そべっているのか、とにかく消えてしまい、気づいたときは私と友達の茂八と二人だけになっていました。他の人は別れる前に何か言っていたようなきがしますが覚えていません。月明かりに照らされた木々とそこから伸びる歪な妙に不気味で、なんとなく体がそこに吸い込まれそうで不安でした。先ほどまでは酒のせいで世の中の全てが自分のものになったような快活な気分でしたが、それもどこへだか去ってしまい空しいような悲しいような、ちょうど酷い結末で話を終えた小説を読んだような気分でした。

 それでも暫く自分の体に鞭打って歩いていたのですが、目当ての女は見つかりそうにもありません。皆もう寝てしまったのでしょうか。周囲はすっかり闇の中でその雰囲気おされてか、初めは愉快に喋っていた私と茂八も段々と口数が減っていきとうとう二人とも黙ってしまいました。すると辺りは、夜の境内のようにすっかり静まり返り、遠くから何か獣の唸り声のようなものが断続的に聞こえるのみになってしまいました。こんな夜中ですからいくら人里は安全といってもやはり私たち二人は段々と不安になり、こんな時間に、噂に踊らされて何をやっているんだろうという気持ちが強くなってきいきます。それでも半時間ほどはあるいていたのですが、茂八が一言

「そろそろ帰ろうか」

私も一言

「そうだな」

それで今日の夜の冒険はここでお開きになりました。

 私と茂八は同じ長屋に住んでいましたので私たち二人は速足で長屋に向かっていきます。そしてこの時私は広場で例の女に出くわしたのです。

ここで不思議に思う方がいるといけないので少し付け加えておきたいのですが、この時私たちは人里の西にある商業区におり、我々の長屋は南西に位置していました。したがってそのまま西の大通りを通って行けばよかったのですが、何故かこの時の我々は里の中央の広場を通って帰ろうとしてました。この時の我々の心の動きを説明するのは少し難しいのですが早く帰ってしまいたい気持ちに酔いが覚めた時特有の微妙な人生にたいする寂しさみたいなもの混ざって、知らず知らずのうちに、速足で遠回りをするということになっていました。

とにかくその女の美しさといったら完全に私の想像の範囲を上回っていました。月並みな表現になってしまいますが、まさしくこの世のものとは思えない美しさという表現が最も正しいように思えます。整った顔ですが、不思議と冷淡さが感じられず、鼻も低すぎず、高すぎずといった塩梅で程よい愛らしさを持っています。目は驚くほど澄み切っていて見ていて吸い込まれそうになります。通常、美しさといったらそのもの自体から放出されるものですが、その女には何かそういった印象を受けず、ここにはない何か別のところから無尽蔵の美を放出しているような印象を受けました。私は目がくらむような、体が急に重くなり何故かそのまま空に浮かびだすような、ともかく気が触れそうになりましてそのまま全く動けなくなってしまいました。一体美による金縛りなんてものがこの世に起こりうるのでしょうか。一方の茂八はといますと、彼もまた私と同じ放心状態になってまして、白痴のように口をぱくぱくさせていました。友人のそのような様子を見ていると何だか急に愉快になってしまい、気がついた付いた時には私は大声で笑っていました。その声もまた、私ではなく別のとこから流れてきているようで、ある種の奇妙な夢の中で現実の笑い声を聞いているような気分でした。

その時です。その女が私の笑い声に気づいたようで、怯えたようにこちらをちらりと一瞥しました。

「誰なの」

雪解け水のような透き通る声でぴしゃりとそう言うと、おおよそ女の脚力では考えられないような凄まじい速さであっという間に闇の中に消えていきました。私は呆気に取られてぽかんとそれを眺めていたのですが、茂八はふらふらとまるで憑かれたかのように、女の後を追いかけていくではありませんか。初めのうちはその茂八のこの奇行も女と同じようにぼうっと眺めて私ですが、その後急いで彼の後を追いかけました。

 この頃父は店番、私は人里の中を歩きまわり、いらなくなったものを買い取っていくという方法で道具屋を回しておりました。したがって一日中歩き回るということも普通にあったので、足腰にはそれなりに自信がありました。茂八の後ろ姿も辺りは暗かったですが、目を凝らすとぼんやりと確認できたのでそのうち追いつくだろうと高をくくって私は走っていました。しかし、その差は縮まるどころか次第に開いていくのです。私もこれではいけないと思い速度を上げて走っていくのですが茂八の走る速度もどんどんと上がっていきます。そのうちに彼の走力は全く狂人のようになり、そのままどんどん遠ざかっていき、私はとうとう彼の姿を見失ってしまいました。さらにその見失った場所というのが人里の南門のところであの分ではこのような危険な時刻に里の外に飛び出したということになります。最悪の光景が頭によぎった私は一旦長屋に戻り、提灯を手に取るともう一度門の前に戻り、少し迷った後、意を決して魑魅魍魎が徘徊する里の外へ足を踏み入れました。

 夜の里の外側を歩くことがどれだけ恐ろしいところか詳しく私は理解していませんでした。暗闇の中に長時間いましたので段々と目が慣れて、一応は外の様子が見えるのですが、茂八の姿は全く見当たりません。足音も全然聞こえませんので、もう少し奥へ奥へと足を進めていかなければなりません。しかし一寸先は闇。ここから一歩でも足を動かしたら頭からくしゃくしゃと、簡単な算術ですらできないようなどうしようもない妖怪に食われてしまうのかもしれません。病気や、寿命で死ぬのならば正直諦めもつくものですが、妖怪に殺されるとなると、この世の不条理さを呪いながら死ななければなりません。一体誰がこのような死に方を好んで行うのでしょうか。

暗い考えが頭をよぎると足はガクガク震え、まるで沼に足を取られるような心持ちになりました。それでも私は足をずるずると引きずりながらも一所懸命、姿が見えない茂八目掛けて走るように歩いていたのですがとうとう熱い友情より冷たい恐怖がまさってしまい一歩とも歩けなくなってしまいました。それでは逆に里に帰ってしまえばいいのですが、それでも一歩でも足を後ろに持っていったらまた妖怪に食われるような気がします。ならば夜が明けるまでここにたっているかと考えますと、同じところにいることすらもどうにも危ないような気がして、私は途方にくれてしまいました。風が少しずつ強くなり、道の横に規則的に並べられた木々が私の心を脅かすようにゆらゆらと落ち着かない動きで揺れています。足元に生えていた大葉子もその動きに合わしているのか、月明かりに照らされて催眠術のようにゆらゆらと動いています。ここで光を放っているものは私の持つ提灯の明かりと空に浮かぶ月のみで、私の心中には心細さから生まれた一種の針のようなものが私の活力をさらに奪ってしまおうと、ちくちく動いています。私はひたすら陰鬱な気持ちでそれに耐えていました。

それから何十分か時間が立ちました。実際は数分だったかもしれません。時間というものは状況によって伸び縮みを行うらしいのです。私はふと、不吉な気配を感じて、顔を上げて辺りを見渡してみます。すると何やら夜の闇に混じって黒い靄のようなものがぼうっととどこからともなく現れて木々の間を器用に抜けながらこちらに近づいてくるではありませんか。これもまた、先刻遭遇した女とは全く別種のこの夜のものとは思えないような光景でした。私は先程まで体に纏わりついていた恐怖を忘れ、持っていた提灯をその得体のしれないものに投げつけると、ちょうど人里の反対方向に夢中に駆け出しました。この時は怖くて全く後ろを視ることが出来ませんでした。しかし、背後には常にその黒い影の存在をひしひしと感じることが出来たのです。『そら言わんこっちゃない。追いつかれたらお終いだ。こんなことになるなら大人しく朝になるまで待っていればよかった』私の頭の中はその考えでいっぱいになっていました。そしておそらくこのせいでしょう。私は足元が急な斜面になっているのに気づかずにそのまま前のめりになって派手に転んでしまいました。そして更に悪いことに、その先に示し合わせたかのように太い大木が直立しており、そのまま思いっきり鼻っ柱を打ち付けてしまいました。火でそのまま炙られたような痛みが顔中を包み込みます。転んだ際に足も擦り剥いたようでそこから何か温かいような熱いような感覚が広がり、顔の痛みと混ざり合いぐちゃぐちゃになっていきます。それはここ数年感じたこともないようなあまりにも壊滅的な気分でした。それに加えて背後から迫る恐ろしい化け物の気配も段々と強まっていきます。すると痛みのお陰か、私はとにかくその化け物の正体を確認してやろうという気がむくむくと湧き上がり、そのまま手を顔に当てながら思い切って振り向きます。しかしそこにあったのは完全なる黒い塊。それ以上でもそれ以下でもありませんでした。その黒い靄は私の目と鼻の先まで迫っていました。

私はとにかくその靄から距離を取ろうと痛みも忘れて無我夢中で、足を引きずりながら体を揺らして進んでいきます。靄は、私を襲うのをまだ決めかねているのか、それとも私のその無様な姿を眺めて楽しんでいるのか分かりませんが私の周りを結構な速さでくるくると回転しています。汗水を撒き散らしながら必死に走る私と、楽しそうにくるくる回る不吉な靄。この一種の飼い殺しのような状態はしばらく続いたように思われます。そのうちに私は直感的に動くのをやめたらこの靄が攻撃してくると感じ始め、少しずつ落ち着きを取り戻しつつ、なるべく体力を残しておこうと歩調を緩めました。

今思うとこれがいけなかったのでしょう。その靄は私の精神の縄に生まれた緩みのようなものに反応して、私の左手目掛けて突っ込んできました。あまりにも急なことだったので私は何も出来ません。そしてその数瞬後、私の左手がまるで人形のようにすぽんと抜けて、中に詰まった赤いものを撒き散らしながら綺麗な弧を描いて明後日の方向に飛んでいきます。そしてほぼ同時に私の腕に地獄のような痛みが襲いかかります。この痛みといったらそれは凄まじいもので、もう思い出したくありません。しかし、尋常なものでは無いことは分かってもらえると思います。冷たい汗が体中の穴という穴から吹き出して、二日酔いのような頭の重さが私に襲いかかります。そして途方もなく痛かったので、私は急激な眠気のように意識が沈んでいきました。そしてその須臾に私が見たのは私のちぎれた手の指をせっせと一生懸命にその小さい口に運ぶ金髪の少女。そしてその巨大な赤い目と目があったとたんに私の記憶は鋏で寸断されたのごとくぶっつりと途切れてしまいまいました。

   二

 薬品の鼻につく刺激臭。それが私の思い出せる最初の記憶です。なんだか高いところから落下する夢を見ていた気がします。私が目をさますと体には僅かに妙な浮遊感が残っていました。寝ている最中に小さな子供が私の顔を覗き込んでいたようで、踵を返して全速力で扉から出ていきます。頭に白い羽根のようなものをつけていた気がしますがきっと気のせいでしょう。辺りを見渡すと左手に小さな本棚、その横には簡素な机と椅子が置いてあり、その上に赤色と液体と白色の鮮やか液体が詰まった瓶が己の存在を主張するように並んでいます。瓶には日焼けした紙が貼られており、文字が書かれているのですが異国の字でしょうか、何が入っているのか分かりませんでした。私はとにかく時間を確認したかったのですが、辺りを見渡しても目的のものを見つけることが出来ません。見たところ、どこかのお屋敷の中だとは思いますが一体どうしてこんなところにいるのか全く身に覚えがないのです。そこで私は記憶を辿ってみることにしました。

自身が覚えている最後の記憶について集中していきますと、何か薄っすらとしたものが頭の中で広がります。それを少しばかり時間をかけて器用に拡大していきます。そして最終的に私は触れると破裂する火薬庫のような昨日の記憶にぶつかってしまいました。ですが、私が大急ぎで自分の左手のありかを確認して見ますと昨日の出来事がまるで唯の悪夢と言わんばかりにきちんとつながっているではありませんか(包帯は巻かれていましたが)。指の数も何度数えても、五本ついています。私は喜びを通り越して気味の悪さを感じました。しかし、昨日の腕の痛みや体の痛みは夢とは到底思えません。美しい女、走る苦痛、気味の悪い靄、そしてあの腕を千切られたという凄まじい感覚。あれらが全部私の妄想だとすると、もしかすると実は私は頭がおかしいのかもしれません。実はここはどこかの病院で、今までの出来事は全て私の狂った妄想が生み出したおかしな悪夢かもしれません。そうではないと誰が断定できるのでしょうか。そういえばそんな話を何かの小説で読んだことがあります。私はじわじわと恐ろしさに覆われていき、そしてそれに耐えることが出来ずに思わず叫びたいような衝動に駆られました。叫んだら誰かがこの異常な状況を説明してくれるかもしれません。しかしそんな行動でキ印などと噂されるのは願い下げです(既に手遅れかもしれませんが)。

 私の頭の中で湖の泡のように不吉な想像が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返しているといつからいたのやら、目の前の扉から背の高い長い銀髪を後ろで三編みにした大柄な女が音もなくお盆を手に部屋に入り、私の目の前に立っていました。彼女の持っている盆の上には水薬のようなものが置かれています。細い目と眉、見るからに裕福そうな家の生まれの顔立ちです。しかし私の目を一等引いたのは彼女の着ていたその面妖な服装でした。紺色と蒼色に別れたその服は何やら見ている人間の正気を試しているかのようで、辺り一帯に不安を振りまいているようでした。唯、それを着ている等の本人は対照的に物腰柔らかなで誠実そうな表情です。

「あら、やっと起きたのね」
「あなたは一体誰ですか。それとここは一体どこなんですか。どうして私はここにいるんですか」

 半ば気が動転していた私でしたが、突然あらわれた彼女はその態度を崩さずに持っていたお盆を机の空いた所に置くと、傍にあった椅子に腰掛けました。その動きの一挙手一投足がやけに洗練されており不安で溢れていた私に安心感を与えるようです。きっと彼女は、高貴な家に仕えていたに違いないぞと私はその動きを見て確信しました。そして同時にやっとこの苦しみから開放されると思い、彼女の次の言葉を待ちました。

話を聞いて分かったのですが、ここはどうやら診療所のようなところだそうで、彼女はここのお医者様らしいのです。さらに、少々複雑なのですがどうやらこのお屋敷には大変高貴な方を匿っておられるそうで、彼女はその従者だそうです。私を発見したのも勝手に抜け出して?人里に遊びにいったのその人物を彼女の部下が迎えにいった際に、妖怪に襲われていた私を見つけて応急手当を施してわざわざここまで運んでくれたらしいのです。

何ともありがたい話で、命の恩人に感謝してもしきれません。しかし、今の話を聞いたところやはり疑問が残ります。あれが恐ろしい悪夢でないのならばどうして私は未だに五体満足でいられるのでしょうか。私がそれについて尋ねると、彼女は私の腕は綺麗に切断されており、上手くくっつけることができたと説明しました。しかし私はまだその説明に不満で、一度ちょん切れたのに腕が付くはずが無いだろうと抗議しますと、彼女は何やら難解な用語が立ち並ぶややこしい話をし始めます。その説明があまりにも意味不明で不可解なものだったので失礼な話ですが、私は目の前の命の恩人が妖怪か何かの類で、私は今現在騙されつつあるのではないかという考えがちらっと頭をよぎりました。先程彼女が口に出した『高貴な人物』というのはおそらく昨日見た美女のことではないかと想像ができます。彼女が妖怪変化の類ならあの一種の”神がかり”的な美貌にも説明がつくような気がします。ですが、同時に目の前の彼女が嘘をついているとはとても思えませんでした。それに自分の正気を疑うより虚しいこともありません。私が結局今浮かんだ妄想を打ち消して、何か私の知らないとんでもない医療技術が影で存在するのだろうと無理やり納得することにしました。私が夜に人里の外で何をしていたか聞かないのはきっと彼女なりの配慮でしょう。

 さて、先程まで感じていた疑問が大体氷解すると今度は別の疑問が湧き上がってきます。茂八のことです。彼は無事に里に戻ることができたのでしょうか。あの金髪の薄気味悪い少女の餌食にはなってはないでしょうか。あのゾッとするような、不自然なほど大きい赤い目。今思い出しても体の芯から凍りつきそうです。あの生き物に私の大切な友人の腸を食い破られる光景なんて考えるだけも忌まわしいことです。私は早速先生(後で名前を聞いたところ、彼女は八意永琳というそうです。大変立派な名前ですが八意という性には聞き覚えがありません。古い貴族の家系でしょうか)に茂八のことを思い切って尋ねてみます。私は絶望的な返答も覚悟していたのですが彼女の返答は、あなたの言っている茂八という人物か分からないが人里へ向かう途中の道端で寝そべっている人を見つけたので介抱して人里に運んだといった内容のものでした。私はその話を聞くと嬉しくて嬉しくて今まで胸のうちに溜まっていた霞のような不安が抜けていくようでした。私は丁寧に先生にお礼を言い、後でその運んでくれた人にもお礼が言いたいとしつこく彼女に頼みまして、後で呼んでいただけることになりました。彼女が置いていった水薬を飲むように私に言って部屋を出ていきますと、私は久しぶりに太陽を浴びた病み上がり風の清々しい気分になりまして、そのままぐっすりと寝てしまいました。

 さてここで私はある夢をみます。これが何とも不思議な夢で、夢の中でこれは夢の中の出来事だと自分で気づくというものなのです。夢の話というものは総じて他人が聞くと、意味不明で退屈なものですが、今回のものは私の今後の行動に大きく関わってくるものなので話さなければならないでしょう。

初めは私と茂八が何か宿?のようなところで話しているのですが、次第に辺りの景色が墨のように溶けて歪んでいき、夜の人里の広場に移動します。その広場の中央にはどういう訳か、大きな松の木が生えており(実際には存在しません)、その下にふもとに誰か子供がうつむいています。風は全く吹いておらず、月も出ていない夜でした。しかし辺りは妙に明るく、足元の砂が黒ずんでおりちかちかする感じでした。そのうちに茂八がそのうつむいている子供に声をかけますとその少女がずずずと大きくなり、件の美女に変化します。そして執拗に茂八の腸を、爪を振りかざして切り裂こうとするのです。私はその一連の光景を興味のない絵画でも眺めるような無感動な気分で見つめていますと、なんの前触れもなくどういう訳か私の頭に突然嫉妬のどす黒い刃が頭に思いっきり突き刺さります。これは全く青天の霹靂でした。そしてその時の私はこんな理不尽なことはこの世には起こってはいけないという何か強迫観念めいたもの、確信のようなものを抱き、そこから発展していって、この同時にこれは現実ではなく、夢ではないかと小さな疑問が芽吹きました。それがぐんぐん育っていき、自分が今立っている場所が作り物の箱庭の中だということに気づいたのです。

 夢の中でこれが夢だと気づいたならば、夢特有の、あの自分が自分でないような催眠状態のようなものも解けていいように思えますが私の場合はそうではありませんでした。この夢を自由に操ることができるぞと一種の高揚のようなものは覚えるのですがその高揚の源泉は説明しにくいのですが、私から来るものではないように思えました。そして私はその夢の中で再び女と茂八の方向に目をやると、あろうことか茂八とその女の頭を傍に落ちていた石で殴り殺したら気持ちが良いだろうという唾棄すべき欲望がこれまた唐突に沸き起こたのです。『ここが夢の中なら何をしても構わないはずだ。よし、思い切って殺してやろう』そして、私が殴り殺さんと足元の石を拾って茂八に振り上げたと同時に、現実の私は無理やり目を開き、その夢の世界をねじ伏せるように脱しました。

目が覚めると背中にべっとりと寝汗が広がっており、虚無的な寒々しい気分が体中に広がります。私は水を一杯持ってきてくれませんかとシーツを替えに来てくれた先生に頼みました。(初め頭につけていたものは白い羽根かと思っていましたがよくよく観察してみると兎の耳のようでした。魔除けか何かでしょうか。とうとう聞きそびれてしまいました。まだ見かけていませんが、ここで働いている男もあれをつけているのだと思うと一寸嫌な気分になります)
 
   三
 
 傷はどこにも見当たりませんし、体の具合はもう大丈夫だと先生には何度も言ったのですが、処方した薬の効果で今重いものを持ったら腕がすっぽ抜けると物騒なことを言われたので、私は大人しくしてました。初めの数日は先生から借りた本を読んだり、両親に宛てて手紙を書いたり、句を詠んでみたりとそれなりに新しい生活を満喫していました。先生に貸していただいた本の中に歌集がありましたので、私も一つ。

病室の飯は不味し薬は旨し
外は雨暮れゆく山の一人霧
春の雲口笛に流され山の裏
先生の装い回転させて紫色
暗闇でうさぎ現れ夜つの耳

こんな塩梅に不細工ですが色々試して遊んでいた訳です。しかし恥ずかしい話ですが、一週間ほどたつととうとう外に出て体を思い切り動かしたいという気持ちが抑えられなくなってしまいました。体の何処にも不調を感じないのに療養に励むのは何とも耐え難いものです。それでも我慢はしていたのですが、私の目は四六時中ギラギラと小動物じみた暗い輝きを放ち、体中の筋肉は私の体から離れて勝手に走って何処かに遊びに行ってしまいそうでした。先生は後一週間もすれば腕も体に馴染んで抜けることはなくなるからその時まで待つようにとおっしゃるのですが私は我慢できません。私はある日とうとうこの建物の家事でも何でもいいからとにかく体を動かすことを許してくれと先生に頼みこみました。そしてやっとのことで私はこの屋敷(後から聞いたのですがこの屋敷は永遠亭というそうです)の掃除の任を獲得することができたのです。 
 
部屋の外、先生から箒と塵取りを渡されますと私はお屋敷の長い長い廊下をせっせと右から左へせっせと履いていきます。長いこと体を動かしていなかったため、傍から見ればからくり人形のようなぎこちない動きだったと思います。しかし久しぶりの運動はやはり快いもので体中に植え付けられた蕾が開花していく心地でした。足元から塵や埃を集めていく、その作業はひたすらに単純なものですがこうしたものは私に幼い頃に通った寺蔵のことを何となく思い出させました。寺蔵のしんとした空気の中、ジジジジ、パチパチとそろばんの音だけが教室の中を満たしていく、私はそんな雰囲気が大好きでした。寺蔵の仲間、慧音先生、狭い人里ですが近頃会っていません。蔵の井戸の蓋の上に捨てられていた皆で世話をした体中の毛が剥げかかった猫、慧音先生の教卓の中に放り込んだ竹やぶで見つけた蝋細工のような蛇、寺蔵の天井を這い回っていた謎の生き物。子供心を激しく震わせたあれらも悲しいことに既に過去の世界に生きています。過去の思い出に浸っていると里に帰りたいという気持ちが強くなります。

一通り綺麗になった廊下を私が満足に眺めていると、おそらく下女でしょう。こぢんまりとした雰囲気の若い娘がやってきて先生に何かを伝えました。先生は私に客が来たから応対してくる、貴方は休んでよろしいという内容の言葉を残しててきぱきと何処かにいってしまいます。下女は下唇を一寸噛むと私に一礼をして早足で先生の後に続きます。一人残された私は少し迷った後,またせっせと掃除の続きをはじめました。

掃除をするついでにあらゆる部屋を見て回っていると、私が前々から感じていたこの屋敷の”奇妙な感じ”というものの正体に合点がいきました。どうしてか屋敷の広さに反して人が全く見当たらないのです。私がこの屋敷で見た人物を数えあげて行きますと

一. 八意先生
二. 兎耳をつけた少女
三. 兎耳をつけた下女らしき人物

私はこの三人しか今まで見かけていないのです。しかしこの広さのお屋敷では十人以上住んでいてもおかしくありません。一体これはどういう訳でしょうか。先生がおっしゃっていた『高貴な人物』が住んでいるならばもう少しその護衛や付き人などもっと人がいても良さそうなものです。さらに、ここの施設についても今更ながらに気になることが出てきます。全く魔法のような医療技術を持っているのにも関わらず、大々的に人間の里で診療所を開こうとしないのは一体どういう訳でしょうか。一度離れた腕を再びつけてしまうという技術など私は今まで聞いたことがありません。それも『高貴な人物』というのが関係しているのでしょうか。そしてさらにもう一つ。これも掃除していて気がついたのですが、この屋敷の東側に存在する離れの存在です。縁側から若干起伏のある広い庭を越えて橋を渡ることで行くことができるその離れは、この屋敷と同じように旧風の建物なのですが明らかに最近建てられたもので、建物全体が澄み切った河の水のような艶やかさを振りまいていました。件の『高貴な人物』はあの中にいるのでしょうか。もしあの夜見た美女が『高貴な人物』と同一人物で、あの離れで寝食していると考えると、胸の中で何かが暴れまわるような気分になります。先日までは全く気にならなかったのにひどく気になるのは夢であの美しさに当てられたせいでしょう。どうしてもここを出る間にひと目見ておかないといけないような気がします。なんとかしてあの離れに行けないものでしょうか。

 結局、私は離れで掃除を行ってもよいか先生に尋ねることにしました。私が廊下を曲ってつきあたりにある客室の前に到着すると襖の向こうから何やら声が聞こえます。先程先生がいった客のことでしょう。今はよしておこうと、私は回れ右をして用事が終わるまで適当に時間を潰そうと考えたのですが、そこで客室から先生の声ともう一つはしわがれた野太い声が私の耳に入りました。聞いたことがある声だが誰だろうと一生懸命考えていると、そのうちにその緩急つけた独特のしわがれ声で、あれは里の長老の声だと私は確信しました。

「しかし本当に結構なお屋敷ですな。総体檜造りでございましょう。ふむ、この畳は備後の五分縁のようですな。書物で読んだだけですが、その特徴が合致している。ほほうこの掛け軸は探幽の松ではありませんか。ほら、ここに印が。実に結構結構」

興味本位で聞き耳を立てていると中でこのように長老は調子の良いことをぺらぺらとまくし立てています。先生はそれに合わせてまあお上手と相槌を打っています。私はその様子がどうしてかいらしい醜悪に満ちたやりとりのような印象を受けました。なぜだか分からないのですが、私は先生に裏切られたような心地になったのです。このまま部屋に飛び込んでやろうかという気も湧いたのですが、私はそのまま箒を持って黙ったまま部屋を後にしました。自分の部屋に戻ったら何をしようかと私は頭を巡らせていたのですが、望むことというものは常に予期せぬ時に起こるもので、部屋を出て数秒後私は再び“彼女”を見ることになったのです。

 私が部屋に戻ろうと廊下を歩いていた時のことでした。外から差し込んでくる日光がやけに明るい気がして、何気なく硝子窓から外を眺めますと、例の離れが目に入ります。ぼんやりとそれを眺めていますと、突然離れの襖ががらりと開き、長い黒髪の少女が出てきたのです。私は直ぐにあの夜見た女だとはっきり分かりました。少し距離があったのではっきりと確認できませんが、彼女は桃色の打掛を着て、何か白いものを両手でしっかり抱きかかえてそれを手で優しく撫でています。私はその光景を見て面喰いました。突然あの女にこういう形で再開(一方的ですが)したことに対することもそうなのですが、私が今眺めている女にはあの晩みた、恐ろしげなる美、見るものを凍り付かせる凄まじいまでの妖艶さが放つ暗い影のようなものが全く見当たらないのです。あの女であることは間違いないのですが、今の彼女は大事に育てられた箱入り娘といった感じで、彼女の容姿を例えるならば、あの夜みた彼岸花のような蠱惑的な美しさではなく梅の花のような穏やかな可愛らしさと言った方が適切であるように思えました。私が彼女の様子を食い入るように見つめていますと、仔細に観察する暇も与えず彼女は直ぐに離れの中に隠れてしまいました。なまじ彼女の姿を見ることができたせいで、もっと眺めていたいという強い衝動が風船のごとく私の胸中で膨れ上がります。そして私はこの時、彼女をもっと眺めるためにあの離れに行くことを決意しました。

私は速足で箒と塵取りを自室に置き、玄関に人目を避けながらたどり着くと下駄箱から自身の草履がないか探しだそうとしました。私がきょろきょろと下駄箱を探しますと玄関の右側のきっちりと閉じられた木製のいかにもという棚見つかります。私がこれだと思い、右手で力いっぱい開けてみますと、案の定下駄箱だったのですがどういうことか入っているのは子供靴のみ。上から下、右から左と子供靴が弁当箱のようにぎっしりと詰まっています。それはかなり異様な光景でした。ここの病院は子供専用の靴屋でも営んでいるのでしょうか。何しろ私は人目を盗んでこそこそと自分の靴を探していたわけですからこの不意打ちにはかなり驚きました。私がこれから行おうとしていることに対する、この屋敷が執り行った一種の復讐行為のようにも思えます。今日は諦めて部屋に帰ろうかという考えも浮かんだのですがここで諦めて今彼女に会わなければもう二度と会えないような気がします。私は乱れた動悸を正常に戻すべく、一度深呼吸してその棚の事を見なかったと自分に言い聞かせると私は棚を閉じて再び自分の草履を探し始めました。

自分の草履は直ぐに見つかりました。玄関前の抽斗の中段にちょこんと寂しげに置いてあったのでそれを手に取ると私はわざと客室の前を通って、話の様子を窺いつつ縁側から草履を履いて庭に出ました。他を警戒していてよく観察できませんでしたが、それでも手入れの行き届いたのどやかな庭だということは知識を持たない私でも理解することができました。緩やかな坂道に並べられた真新しい石畳を歩いていき、巨大な桜の木の下を通って橋を渡っていきます。橋の下を覗いてみましたが魚一匹泳いでいませんでした。そこから少し足場の悪い砂利道を歩いていくと、目的の離れにたどり着くことができました。改めて近くで眺めてみますと、最近建てられたものだとよく分かります。思っていたよりもずっと大きい建物でここからでも新築特有の香ばしいさが漂ってきました。私は注意深く石段を登りっていき引き戸の前に立ちます。そこから中の様子が探れないか私は聞き耳をたててみたのですが、中は全くの無人であるかのごとく物音一つせず、辺りには朝らしく雀が鳴いているのみです。私は中にいる彼女に向かって声をかけてみようかと思いましたが、それをすることで、何か私が抱いている彼女の神秘性の一部分を損ねてしまうような気がします。そこで私はこっそり眺めて満足しようという結論に達しました。

 辺りに覗き見のし易そうな硝子窓がないか、建物の周りを一周回って探してみたのですがどうやらこの離れは母屋とは違って窓がついていないようで障子が張られているのみのでした。したがって建物の中の様子を覗き見るためには、引き戸を開けるという危険を起こさなければならないようです。ですが私にとってこの種類の危険自体は忌避なものではなくむしろ喜ばしく歓迎すべきことでした。彼女の姿を見ることは容易なことではあってはならないような気がするのです。私は辺りを見渡して人がいないのを確認すると草履を脱いで縁側の上に膝立ちになると、ゆっくりと引き戸を開けて中の様子を眺めました。

 障子があるにも関わらず、建物の中は日の光がほとんどありませんでした。どういうことか中の様子を探ってみると障子の後ろにぴたりと布が張られているようで、中に外の光をなるべく入れないようにしていました。部屋は完全に締め切られた状態で、布団が一つ置かれているのみです。私は多少緊張しながら布団からすぽりと出ている顔を確認してみますと、間違いありません。あの夜に私と茂八が確かに見たあの女でした。顔を見るのは二回目だったのであの夜ほどの衝撃はありませんでしたが、それでも鳥肌が立つようなあの破滅的な美しさでした。先程、窓の外から見た彼女と容姿は全く同じであるのに、雰囲気といいますか、ともかく店頭に並べられた全く別の水菓子を見ているようで何とも妙な気分です。彼女は私に気づいた素振りはおろか、起きる気配すらありません。そもそも呼吸すらしていないように思えて、まるで絵画の中の住人です。私はじっと眺めているうちに段々と彼女は神様ではないかと考えるようになりました。

私の父の神秘主義的傾向は前にお話したと思うのですが、それのせいか私は神秘というものについて懐疑的でした。勿論私は神を信じていますし、参拝にも行きます。しかし私の信じている神は神秘性を見るための拡大鏡でしかなかったのです。つまり私にとって、神のための神秘ではなく神秘のための神でした。神秘を信じて神を崇拝する方は沢山いると思いますが、私は神を信じることで、自身が疑問に思っている神秘性というものの存在に確証を持ちたかったのです。そして私の目の前には神秘の塊のような女がいるのです。彼女を神と呼ばずして私は一体いつ神様を見ることが出来るのでしょうか! 私は自身のこの発見に感動して、この扉をがらりと開けて彼女の前に今すぐ跪きたいという衝動に駆られました。しかし、もしそのような行為によって彼女が起きてしまったらと考えると、とてもとても恐ろしくてできそうにありません。結局私は数分ほど彼女の顔を隅から隅まで舐めるように眺めた後、静かに引き戸を閉めて離れを後にしました。離れから母屋に向かう際にくすくすと鈴のような笑い声が背後から聞こえたような気がしました。

 私は誰かに見咎められないよう注意しながら来た道をそのまま辿り、靴を元あった抽斗に戻しました。部屋に帰る途中に客室の前に寄ったのですが、先生と長老はまだ話している最中でした。私は胸をなでおろすとそのまま自室へと向かいました。部屋に着くと私は未だに熱い風呂から出たばっかりのような心持ちで、暫くぼうっとしていました。本の続きでも読もうかと思い、栞を挟んだ頁を開いてそこに書いてある字を読もうとしても、その字が何か私の全く知らない異国の字に思えて内容が全く入ってきません。それに私の頭の中には先程の記憶、陶器のようなあの艶やかな肌が私の頭を離れません。それはまるで彼女以外のことを考えてはならないと私に命令しているようでした。仕方がないので私は本を閉じると壁に立て掛けた箒と塵取りを眺めて昼間のあの光景を繰り返し頭の中で再現していました。

   四

一日が終わり部屋で私が今日の出来事を日記に書いていると、食事を持ってきたという先生の声が外から聞こえてきました。私がどうぞと答えると先生が音もなく部屋の中に入ってきました。無言で食事を机に並べてくださる先生に対して私は何か話さないといけないと考え、思い切って彼女のことを先生に尋ねてみることにしました。勿論離れに黙って行ったことは省くつもりで。

「今日の昼頃、窓の外から向こうの離れを眺めていたのですがそこで長い黒髪の女性を見かけました。彼女がこの前先生のおっしゃっていた方でしょうか」

先生は少し驚いたように自分の頬に軽く触れて、直ぐに

「そうよ」

とだけ言いました。私は先生の言葉の続きを待っていたのですが、先生は話を終えたつもりのようで、そこから何も話さす、そこから一寸した沈黙が続きました。私の前に茶碗が机にコツンと置かれます。私は話を続けようと

「彼女の名前は一体何というのですか」

と言ってみました。あくまで先生の反応を見たくて出た言葉であり、何となく彼女のことについては、先生にはぐらかされてしまい知ることは出来ないと思っていましたので次に来る先生の言葉は私にとって意外でした。

「あの子はかぐやというのよ」

先生は何でもないことのようにそう言うと、私がその名前の響きを味わう暇もなく、先生はいつも通りのてきぱきとした調子でまたどこかへ行ってしまいました。私はその時に素早く先生の顔の表情を読み取ろうとしたのですが、先生はいつもと全く変わらない誠実そうなそれに思えました。

 私は目の前に置かれた食事を機械的に口に放り込みそれを咀嚼しながら先生のおっしゃった”かぐや”の三文字についてじっと考えていました。私がかぐやと聞いてまず初めに思い浮かんだのはいつか母に聞いた竹取物語の内容です。『かぐや、かぐや、かぐや……、かぐや姫……。』この奇妙な偶然の一致に、私は何か超自然的な力が働いていると思わずにいられませんでした。勿論先生がその名前を使って私に嘘を教えた可能性も考えられますが、私にとって彼女の名前が”かぐや”であることが全く相応しいものであり、それ以外の名前が考えられないように思えたのです。そして私はまたもや彼女が持つ神秘性の一端に触れることが出来たと私は感じ、これは、後に私が感じる彼女の名前を知ることができたこという現実の実感から湧き上がる幸福を味わうのと同等の快楽を私にもたらしてくれたのです。彼女の神秘性に触れる度に私は彼女の秘密を暴いているような気がして、その後ろ暗さに照らされて私の喜びは影のようにさらに濃く長く伸びていきました。

 日は完全に沈み、部屋の中家具は窓から差し込む青白い月の光に照らされています。さらに外から雨の音が。月が出ているのにその音が聞こえてくると一寸得をした気分になります。窓から月を眺めてみますとちょうど霧が月を覆ってほのかに霞んで見えました。私はそろそろ寝てしまおうと考えベッドの上に横になります。月明りから浮かび上がる青、黒、黒、薄い黒、白、濃い茶色。天井の様々な色彩を眺めていると私は急に昼間のでき事、彼女のことを思い出されます。そうなると彼女の黒髪が、彼女の滑らかな肌の色、瞳の色が様々な部屋に配置された色からオートマチックに連想されていくのです。しまいには引き伸ばされた影、雨が地面を叩く音からもかぐや、かぐや、かぐや、かぐや……と。私は時々うとうとと朦朧としていましたが、とうとうぐっすりと眠ることは出来ませんでした。

朧月至る所にかぐや姫

この日から私の生活が少し変化しました。私の一日に参拝と礼賛、すなわち離れにいって覗き行為をするという予定が加わったのです。気がつけば私は絶えず先生や下女の動向を気にするようになり、離れに行く隙を伺っていました。そして先生や下女が何か用事をこなしているのを確認するやいなや、私は大急ぎで離れに向かいました。どういう訳かかぐやは、朝昼は眠っていましたので私は好きなだけ彼女を襖の間から眺めることが出来ました。次の日またその次の日も…… そして夜には毎回月明りから現れる彼女の幻影に悩まされました。

   五
 
 四日ほどたったある日のこと、私はいつもと同じ通り辺りの掃除を終えて、塵一つない廊下を自分の芸術作品のように満足げに眺めていました。その時先生が偶々通りかかったので私は挨拶をしてその後軽く世間話をしました。別れ際先生は明日には退院できるとおっしゃってくれたので私は嬉しい気分を感じるのと同時にひどい焦りを感じました。無論、私が里に帰りたかったのは事実ですがそれとは別に神秘に溢れたこの場所を去ること、あの女の寝顔を隠れて覗くことが出来なくなってしまうのがどうしても忍びなかったのです。自分のこの相反する気持ちに折り合いがつかないまま、私は部屋に戻りまして暫く頭を抱えていました。どうしたことかこの時、私には里に戻って再びここに来るという選択肢がまるでなかったのです。竜宮城を出た浦島太郎のように一度ここから出てしまったら二度と戻ってこれないような気がしたのです。私は一刻も早く彼女の姿を見なければならならないように思えました。彼女の姿を見ることで私は、何かこの状況を打開できる方法を思いつくことができると信じていたのでしょう。

 さて、先生と下女の目を掻い潜り、私は離れの前に立っていました。いつ見てもこの建物からは新築じみた輝かしさがらんらんと溢れ出ているようでした。私は草履を脱いで膝立ちになり、障子に耳をあてて中の様子を伺います。そしていつものように中から何も音がしないことを確認すると、私は息を止めるようにひっそりと障子を僅かに開けます。そして彼女がいつも頭を預けている枕の位置に目をやりました。しかし驚いたことに彼女は布団の中にいませんでした。私は焦ってともかく彼女の姿を探そうと、部屋中を隅から隅まで見渡します。この時、私はあまりに慌てていたので彼女が私の障子のすぐ裏側にいた事に気づきませんでした。

「前々から私のことを覗いていたのは貴方なのね。なんて穢らわしい」

彼女は小さくそうつぶやくと障子をするりと開けます。私は予想外のことに大変驚いてしまい逃げることも忘れて、突如として眼前に現れた彼女の姿をただ単に眺めているだけでした。

「この前イナバに運ばれてきた人間ね。名前を教えて頂戴」

有無を言わせぬ調子で私にそう尋ねました。そして私はあれこれ逃げる算段を講じることもせず次の彼女の質問に答えること、それのみに集中していました。

「邦之助です」
「邦之助ね、いいこと邦之助。貴方は私に不快な思いをさせた。だから私に償わなければならないのよ。貴方明日里に帰るつもりでしょう。でもそうはいかないわ。ここを出たら真っ直ぐ私の所に来るのよ。くれぐれも永琳に気付かれないように。分かったわね、邦之助」
「ええと……」
「おやすみなさい」

彼女はそれだけ一息にいってしまうと再び襖を閉じて私はまた一人になりました。背中からホーホケキョと鶯の鳴き声が聞こえます。近くに梅の木でもあるのでしょうか。

 私はまだ夢を見ているような気分で自分の部屋の椅子に腰掛けていました。先程の彼女との会話のことが煙のように私の頭一杯に広がっており、他のことは何も考えることは出来ません。自分がどのような道筋で自室に帰ってきたのもよく覚えていません。『どうして彼女はあんなことを言ったのだろう。行ったら私は何をされるのだろう。そもそも私は行くべきだろうか』頭に浮かんだ質問が回転している車輪のように繰り返し私に問いかけ続けます。そもそも自分が得体のしれない男に覗かれていることを知った時点で、普通の人間ならば助けを呼んだり叫んだりしそうなものですが、彼女の妙に落ち着いてる様子を見ていると元々私がしていたことを彼女は知っていたのではという気がしてきます。また、彼女は”償い”をしなければならないと言っていました。それは一体何を指しているのでしょう。目を閉じると瞼の裏に兎耳を付けた屈強な男が現れて、その男が彼女の目の前で私を目一杯殴り続ける様子が浮かびました。

 下女が食事を運んで来ても私は上の空でした。彼女が去り際に明日私が里に帰ることについて何か呟いていましたが私は「はい」とか「そうですね」とか適当に相槌を打つのみでした。食事を食べても味は一切感じず、腹が膨れるのみです。そして私があらゆる想像を行い尽くしたのは丁度、日が沈み辺りが暗くなって来た頃でした。彼女のことを無視して里に帰れば家族に会えます。友達にも合うことが出来ますし、体に障るという理由で止められていた煙草や酒も好きなだけ飲むことができます。そして何より安全です。妖怪に襲われる心配も一切ありません。布団に入って私が眠るまで彼女の幻影はとうとう現れることはありませんでした。私はこの日、久しぶりにぐっすり眠ることが出来ました。

   六

 翌朝、私は自室の片付けを行いました。一通り終わると自室の掃除はほとんどしていなかったと私は思い、雑巾で一通り乾拭きをしました。人様の部屋でしたので汚さないように生活をしていたつもりでしたが、それでも雑巾で床や机を拭って見ますと綺麗な布が薄く汚れていきました。考えてみると二週間ほど私はこの屋敷の中にいることになります。やはりどんなものでもそれなりに使っていると愛着が湧くようで、部屋の机や椅子を自分の古道具へ持って帰りたくなりました。

荷造り(ほとんどありませんが)もほとんど終えて最後の食事もした後、先生のところへ挨拶に行きました。そこで先生に挨拶をして幾つかの書類に署名し、後日改めてこちらにお礼に伺うと約束をして私は屋敷を後にしました。出発には絶好の天気で、空には雲ひとつありません。温かい日差しが私の緊張を緩やかに溶かしているようです。先生曰くこのまま先に進んでいくと竹藪が生い茂っているそうで、そこに案内人を待たせているそうです。振り向いて屋敷の方を見ているとこちらから誰の姿も確認できませんでしたので、私は今歩いている道から脇へそれて傍に生えていた桜の木の後ろ側に身を隠しました。そして今度は辺りの様子を探りながら注意深くこの進みづらい道からあの屋敷の離れに向かいます。身の安全と好奇心を天秤にかけた場合、結局後者に傾いてしまったのです。今まで安全志向で生活していたこの私ですがこの屋敷やあの女、先生ないしはあの下女からも微量に感じられたあの非日常感から生み出される魔力のようなものを浴びすぎたからかもしれません。屋敷の庭を眺めても外には誰もいなかったので私は盗人じみた心持ちで庭へ戻りました。それに加え、私の行いを咎めるように、この季節にはそぐわない冷たい風が袖の隙間から入ってきたので少し惨めな気持ちになりました。

昨日まで何回か繰り返し行っていた動作なので離れには比較的すんなり辿りつくことができました。悪いことだと思って行うことの方が人間比較的早く覚えてしまうのかもしれません。少し迷った後、私は縁側に腰掛けると小声で障子の向こうに声をかけてみました。

「すみません、私です」

しかし障子の向こうからはうんともすんとも返ってきません。不安になった私は障子の引き手を置いたのですが、その途端障子が向こう側からがらりと開けられ彼女の姿が目の前に現れました。桃色の小袖姿で、陽の光が染みるのか何度か瞬きをして私の方を向きました。

「約束通りね。それじゃ、早速移動するわ。私に付いてきて頂戴」

開口一番に彼女はそう言うと部屋の奥にまた引っ込んでしまいました。きっと用意があるのでしょう。てっきりこの離れの中で何かが行われると思っていましたが、さらに移動するようです。再び現れた彼女の手にはどこから持ってきたのか高下駄が。天気が良いのにも関わらず、彼女はそれを履いて屋敷とは反対方向に歩き出しました。何処に連れて行かれるのか尋ねても答えてくれそうにはありませんでしたので私は黙ってその背中を追いかけていきました。

 離れの裏側にある小さな木製の戸を通り、雑草が生い茂っている荒い道を黙って進んでいきます。小道は両脇の竹林に囲まれて薄暗く、歩いていると時々鴉の鳴き声が聞こえてきました。足元の水たまりは、寒さで震える肌のようにさざ波を立てています。暫く進んで行くと急に明るくなり開けた所に出ました。丁度広場のようなところで、その中心に竹林に囲まれて年季の入った蔵が一人寂しげに建っています。窓一つ見当たらないその壁には竹馬が二つ立て掛けられており、その横にお札のようなものが貼られています。蔵の入り口へと回ると黒い焦げ跡のついた扉には大きな錠前が。ほとんど錆びていないところを見ると最近新しくつけられたものでしょう。

「この蔵の中で貴方には仕事をしてもらうわ」
「仕事ですか。私はてっきり……」

私の言葉を無視して彼女は袖の中から小さな鍵を取り出すと、蔵の扉につけられた錠前にそれを入れてくるりと回しました。金属的な音が辺りに響きます。錠前を無造作に引き抜いて中へと彼女が悠々と入っていくので私も慌ててその後に続きました。

 蔵の中にはやはり窓一つありませんでした。天井から行灯が吊るされていましたが既に明かりは消えています。蔵は二階が存在するようで入った途端に階段が目の前に現れましたが、それを除くと一階はがらんとしており壁に古びた長槍が立掛けてあるだけで他に何もありません。階段をよく観察してみますとその造りが一寸妙で不必要に大きく造られているように見えました。私はてっきり二階の荷物整理か何かをやらされると思っていたのですが、彼女はその階段を上らずに横に回ります。暫く彼女は階段の横の壁を撫でている様子でしたが、やがて彼女がその壁を強く押したかと思うと壁の一部が外れて何と階段の中に入れるようになっていました。

「この階段はね、明り採り階段といって一寸珍しい代物なのよ。ほら蹴込みの所をご覧なさい。障子が張られているでしょう」

私がもう一度階段の正面に回って確認してみますと、先程は模様かと思っていましたが成程確かに障子が均一に張られています。

「この障子は外敵の足影などをこの階段の中から確認するためについているの。そして中からあそこに立てかけてある槍で刺し殺すのよ」

彼女の口から殺すという言葉が出てくるとその非日常な単語が急に現実性を帯びていくように思えました。私はこの時から少し、ここに来たとこを後悔し始めていました。

「物騒ですね。それで私は何をすればいいんですか」
「この蔵の上の階には永遠亭に置きたくないような少し特別な薬が保存してあるの。でも最近ここに泥棒が入って幾つか持ってかれてしまったわ。誰の仕業か当たりをつけてはいるのだけどやはり不安なの。それで……」
「ははあ、成程。それで私がこの中に入って見張ればいいんですね」
「見張るだけじゃないわ。あそこの槍で賊を突くのよ」
「えっ、しかしそんなの……」
「別に問題ないでしょう。障子越しに行う訳だし、何も殺せとまでは言ってないわ。それに賊が再びやってくるとは限らないのだから。ここの見張りを四日間だけすれば貴方のやったことは全て水に流すと言ってるの。きちんとやり終えたなら永琳には言わないわ。誰だって試験台は嫌なものね」
「試験台?」
「明日また見に来るわ。蝋燭は勝手に使っていいわよ。それじゃあ、おやすみなさい」

彼女はそれだけ言ってくるりと蔵の戸に向き直ると外に出ていこうとしました。私は慌てて彼女の腕を掴もうとしましたがすぐに振り払われ次の瞬間物凄い力で突き飛ばされました。一瞬馬か何かに蹴られたかと思うほどで、彼女はそのまま私のことを高下駄の上から見下ろすと扉を閉めてしまい蔵の中は真っ暗闇になってしまいました。僅かに痺れが残っている体を起こして外に出ようと戸を引いてみましたが既に鍵が掛けられています。私は完全に閉じ込められてしまいました。

    七

 戸はやはり開かず、裏口などの出入り口は案の定この蔵にはありませんでした。二階に窓があればと思い、確認してみましたが彼女の言った通り棚が並んでいるだけで、その幾つかに薬の瓶が並んでいるだけでした。全て丁寧にラベルが貼ってありますが、明かりがないせいで何の薬かまでは分かりません。用途の分からない薬程不気味なものはないようで、暗闇にぼんやりと存在する硝子瓶の一つ一つが私の命を奪おうと狙っている凶器に見えました。私は諦めるしかないと、仕方がなく言われた通りに私は立てかけてあった槍を手に取るとって階段の中に入りました。考えてみれば明日にはまた彼女がここにやって来るそうですし、そこまで悲観する必要はないと思いなおします。それに階段の中に入るなど滅多にできない体験です。人生後々何が起こるか分かりませんのでひょっとしたらこの体験がこれから先に役立つかもしれません。自分にそう言い聞かせ、少しだけ前向きな気分になると、私は蝋燭があるようなこと彼女が話していたのを思い出し、いいかげん暗闇に慣れてきた眼で辺りの様子を探ってみました。

 階段の中は想像していたよりも狭く窮屈でした。立つと私の背丈では頭を打ち付けそうだったので少し屈まないといけません。床には茣蓙が敷いてあり、その上に使いかけの蝋燭が何本か転がっていたようです。私はそのことに気づかずに少しばかり踏んづけて折ってしまいました。早速明かりをつけようと燐寸や火打ち石を探しましたがそれらしきものは何処にもありません。それでも根気よく部屋の中を手探り、足探りで進んでいくと何か足に当たるものがあります。拾い上げてみると木製の少し大きな箱で、開けてみると臓物を生きたままひっかき回されるような刺激臭が私の鼻の中に飛び込んできました。きっとこの中に用を足せということでしょう。まるで牢獄ではありませんか。私は段々腹が立っていき、持っていた蝋燭を目の前に広がる暗闇に向かって投げつけました。

 できるだけ腹が減らないよう、私は階段の中で横になります。万が一泥棒がやってきても彼女への意趣返しとして見て見ぬ振りをしてやろうと考えていましたが、備えがないと少し不安でしたので一応長槍だけは両手でしっかりと握ります。暗く広い空間に四日ならばすぐに音を上げたところですが、なまじ狭いのでそういった空間から生まれる安心感が私を捕らえて離しませんでした。

時間というものはおかしなもので、視界から光を取り除くだけで驚くほど長くなってしまうようです。普段あまり退屈しない私ですが、ここに入れられて数時間ぐらいでしょうか。この時ばかりはとうとう参ってしまいました。かぐやのあの幻影でも出てくれれば暇も潰せそうなものですが、あれには病的な月明かりが必要でしたので私は長い間、何もないところで時が流れる苦痛に耐える覚悟をしました。こう何もなくては詩も詠む気にもなれません。その内に段々と体を動かしていないにも関わらず、頭が重たくなるなるように眠たくなっていき、気づいたときにはうとうとと寝てしまっていました。

目が覚めても外が暗いと、どうしてか罪悪感が湧いてきます。数瞬頭が混乱しまして、落ち着いた後に自分が今階段の中にいると自覚すると、また私の頭は混乱しはじめました。いったい今は何時なのでしょう。寝た時間も分からなければ、起きた時間もさっぱり分かりません。もう一日たったのでしょうか。腹はあまり減っていませんでしたが、口の中がからからに乾いて、唾液がほとんど出てきません。舌でつついてみると口の中の粘つくような感触が不快でした。唾液を飲み込んでみると喉が鈍い痛みを訴えてきます。とにかく口と喉を潤したいのですが、彼女はまだやってきません。きっと外は夜でしょう。獣の唸るような音が聞こえてきます。

   八

 死人のような気分で私は茣蓙に横になっていました。いったい今は何時でしょうか。一体今は何日でしょうか。あれから二、三日は経過したように思えますが、かぐやはおろか人っ子一人やって来ません。酷く腹が減っています。腹が減ると腹の虫がなるとはよく言いますが、虫の方もあまりの空腹で鳴くのを止めてしまったようでした。視界も霞んでいるようでしたが、辺りは真っ暗なので確認のしようがありません。私はのそりと起き上がると両手で探るようにして蝋燭の在りかを探しました。そしてようやく発見した蝋燭を手に持つと口の中に入れてみました。噛み砕いてみると歯に蝋が纏わりつき、おまけに腐った落ち葉のような味がしたので木箱の中に吐きだして、再び横になりました。自然と湧いてくる生きるか死かといった会議は私の遥か頭上で行わせ、それにひたすら関わらないようにしていました。そういったことを考える労力すらも私は惜しんだのです。

 そのうち空腹で目が覚めるようになります。絶望的なほどに腹が減っていました。それでも我慢して欲求を抑え込むようにして寝ようとしたのですが、脂の載った焼き魚やふっくらと炊かれた米が固まりとなって頭蓋骨の中でがんがんと鐘を鳴らし続けそれどころではありませんでした。再び体を起こすと、重力に力を吸われているような気分になります。『何か腹に入れないとこのままでは本当に気が触れてしまう』酷い焦燥感を感じつつ、私は槍を左手で持つと階段の外へ芋虫のように這い出ます。外に出るとひんやりとした空気が私の体を包みました。『仕事なんてもう知るか。かぐやは私をこのまま飢え死にさせるつもりだ。この蔵を壊してでも外に出て生き延びてやる』槍に体重を預けて何とか起き上がると、私はあらん限りの力で壁に向かって槍を振り下ろしました。しかしその槍は壁を突き破るどころか穴一つけられません。ばりばりと煎餅を間抜けな音を立てて不思議なことに弾かれてしまいました。

 私の頭は空腹でとうとうおかしくなってしまったのでしょう! 私は何度も槍を突き立ててみますが、その度にばりばりばりばりと妙な幻聴が聞こえてくるのみで全く傷がつきません。これは一体どういう訳でしょうか。私は恐怖でとても自分の口から出たとは思えないような唸り声にも似た悲鳴のようなものを叫びまくって、その場で倒れてしまいました。

死人のように倒れている私の目の前には暗く高い階段が私を見下ろすように聳え立っています。自身の無様な姿と階段を比べてみるとその不変的な姿に私は一寸した感動を覚えました。父が道具屋を営んでいるのはこういう面に魅せられたからだろうかと纏まらない頭でぼんやりと思います。誘われるように階段一段一段を目で丁寧に追っていくと私の意識は吸い込まれるように上へ上へと上昇していきます。そしてまだ口に入れていない階上の食糧について私は思い出したのです。『そうだ!この二階には山のように薬があるじゃないか。水薬で喉を潤し、粉薬や丸薬で好きなだけ腹を満たせばいいじゃないか。どうしてこんなことに気が付かなかったんだろう!』希望の光が私の頭上を照らし出すと、先ほどまで指一本動かせないと思っていた私の体は歯車を回された馬の玩具のように信じられないほど活発に動き出しました。私は責め立てられるように階段を一段飛ばしで駆け上がりました。

二階にたどり着くやいなや急いで棚の中を確認してみると薬はきちんとそこに置いてありました。初めてみた時には凶器か何かに思えたその瓶は、今では私の為に苦労して拵えた御馳走と姿を変えていました。暗くてよく分からなかったので適当に目の前の水薬のコルクを抜いて中のものを飲み込みます。そのまま間髪入れずに一番左に置いてあった丸薬を私は手に取って蓋を開けようとしましたが思うように開かなかったので床に叩きつけて瓶を割り、貪るように中のものを水なしで飲み込みました。舌が痺れるような酷い味でしたが、それでも久しぶりの食事は私に暫くの間幸せをもたらしてくれました。

腹や喉の調子が急によくなった私は気分よく階段を下りてその中に入りました。腹はほとんど膨れませんでしたが、先ほどまで眼の前に口を開けて広がっていた不安の色は薄まったのでその反動か、かぐやに頼まれた仕事をやってやろうという気が起こりました。私はあぐらをかくともう一度槍を構えなおし、そのまま目を閉じました。いい加減うんざりとしていた暗闇ですが、今では古くからの友人のように思え、変に優しい気持ちになれました。時間の流れが異様に早くなったような気がします。

   九

 金属が擦れあうような音で私は目を覚ましました。どうやら知らぬ間に寝てしまったようでした。目を開いてみますと、階段の障子から眩いばかりの光が際限なく部屋を満たしており、私は度肝を抜かれました。長い間暗い空間にいたせいか私の目の奥がちりちりするような痛みを訴えます。私は冷静さを保とうと自分の唾を飲み込みました。とうとう本当に誰かが扉を開けて中に入って来たのです! 私の心臓が急激に活動を始めます。この新たな客はかぐやでしょうか。それとも彼女が言っていた”賊”でしょうか。外の怪人物は何を迷っているのか、中々階段を上ってきません。私は息を殺して槍を両手で握りなおそうとしましたが、手汗で滑り中々自分が思った通りに握ることができませんでした。そうこう苦戦している内に外の人物が階段を上り始めます。かぐやは私が潜んでいることを知っているはずですので、無言で今上っているのは間違いなく泥棒の方でしょう。逃がすべきか突くべきか。もしここで下手を打てば二度と外に出られないかもしれません。そんな暗示が閃くと暗闇にいること自体が急に不吉な行為のように感じられてきました。階段生活で徐々に大きくなっていた肯定の炎が唯の光によって忽然と吹き消されてしまったのです。『もう、沢山だ!一刻も早くここからでないとおかしくなってしまう。そもそもこいつがこんな所に泥棒に入らなければここまで苦しまなくて済んだ筈だ!』外の人物は小刻みな音を立てながら進んでいきます。その音は時計の秒針のように私を急かしていきました。其内いよいよ自身の無行動に耐えることができなくなっていき、丁度目の前の障子に賊が影を落としたところを槍で突いてしまいました。

 賊は悲鳴どころか何の声も上げませんでした。床に何かが落ちる音がしました。槍を引き抜くと(当然のことなのですが)目の覚めるような赤色がべったりと付いており思わず悲鳴を上げそうになりました。取り返しがつかないことをしてしまった時のあの渦巻くような感覚が袖をひっぱります。私は中々外へ確認する気にはなれませんでした。刃先に付いた誰のものとも分からない血液に意識を向けますと、薄い紙越しから入ってくる淡い光によって先端は怪しげな光を四方八方にばらまいていました。その光線が私の目の中に入り頭に入り……。今度は確認しないことに対する恐怖が私の背中を押していきました。その内に我慢できなくなり、私は嫌々ながらも階段の外に出て早足で正面に回り込みました。

うつ伏せになって倒れていたので一瞬誰か分かりませんでした。しかしあの絹のような長い髪、桃色の小袖、間違いなくかぐやです。彼女の手は階段から外にはみ出し、ぶーらぶらと血が滴り落ちて、床に血溜まりをつくっています。私は真っ青になって大急ぎで彼女に駆け寄り、彼女の細い腕をとって脈を測りましたが彼女は既に息絶えていました。

そうです。私は自身の神をこの手で殺めてしまったのです。僅か三尺ばかりの手の動作によって、この煌びやかな巨大な神は酔っぱらいがみる夢の如く瞬時に崩れ落ちてしまったのです! 一体これはどういう訳でしょう! 不思議と彼女の倒れた姿を階下で発見した時、私の酷い後悔の裏に彼女が死ぬことなんてまずないだろうという妙な安心が二重構造となって薄い膜状に張っていました。しかしそんな私の期待は見事に裏切られ、彼女は私の目の前で完全に死んでしまったのです。彼女の胸からは血液が噴水のように溢れ階段の板を染め、障子の紙を染めて、私の手のひらを染めていきました。「やってしまった! やってしまった!」つい先程まで抱いていた憎しみは、私の胸中に出現した途轍もない感情の嵐によって遥か後方に吹き飛んでしまいました。泣きたいような笑いたいような、自分で自分の感情の分別がつかない狂ったような心地になり大急ぎで階段の中に戻り自分の襟元を両手で掴んで、ひたすら自身の体が震えるのに身を任せました。

自身の体全体が自分のものではないような気で私はこの嵐が収まるまでじっとしていました。そしてそのうちに自分がしゃがんでいるのが段々と億劫になっていき、横になろうと姿勢を崩した際に私の足に何かが当たったものがありました。彼女を殺したあの槍です。その刃先に手をやると仄かに温もりを帯びた忌まわしい液体が指の先を濡らしました。『このまま逃げ出してしまおうか。しかし、これからの人生、目隠しをして谷に架けられた板の上を歩くような生活をしなければならないぞ。そんな生活を送って正気を保てるのだろうか。しかも相手は人間の手をいとも簡単にくっつけてしまう海千山千の怪物先生だ。先生はきっと草の根分けても私を見つけ出し、私に対してあの誠実そうな表情のまま眉一つ動かさず拷問にかけるに違いない。けれども恐怖で自ら命を絶つなんて真似は……』懇願するように目の前の長槍を握りしめて長い間そうしていました。すると突如として閃光の如く一つのある恐ろしい考えが私の脳髄から出現し、いつか見た夢のように私を支配しだしたのです。「そうだ。これは私とかぐやの心中なんだ!」

 私にとってこの時、私の死を情死としてしまうことが最良で自然な選択肢のように思えました。逃げても生き地獄、しかし恐怖から逃げるため死ぬのはあまりに不名誉。そのような袋小路に突如として空から舞い降りてきた縄梯子です。一度現れたこの考えを、掴んで離さないように心中を美化してしまおうとゴム風船の如くどんどん膨らませていきました。
『そもそも心中を超える男女の遊びがどこにある。肥えた金持ち共が、全ての遊びに飽きてしまったような面持ちで里を練り歩いているのが気にくわない。やつらは私と違って心中すらしたことがないのに。
心中とはその男女仲を永久的に結晶化してしまおうという行為だ。現実から逃げるように死ぬのではなく、さりとて陶酔に浸って目をつぶって死ぬのではなく、美のために真っ直ぐ死ぬのだ。これは一体里の藝術家連中の最終目標と何が違うのだ。自殺は自分から死の奈落へ飛び込む行為だが、単なる自殺とは違い心中なら奈落へ落ちずに途中で止まることができるだろう。そして私はかぐやと奈落の中で永遠に生きるのだ。
もしかするとかぐやは私に殺されると分かっていてわざと刺されにいったのではないだろうか。いや、聡明そうな彼女のことだ、そうに違いない。私に殺されに来たということは心中するためにやってきたということだ!』

 こうした塩梅に気違いじみた見解を高速で組み立て、自身でそれを信じ込みました。そして世界の隠された法則を見つけたような気分で槍を握るとそこから這い出て、階段を一段一段登っていきます。極度の疲労と心労で私は頭がどうかしてたのでしょう。これから死のうとしているにも関わらず酩酊しているような晴々とした気持ちで進んでいき、とうとう彼女の傍までやって来ました。横たわった彼女の肌は未だに血色がよく弾力があり、まるで生きているようでした。しかし、この美しさもいつ失われるか分かりません。急がないと心中ではなく単なる殺人になってしまうと、私は槍の刃先を自分の心臓に向けました。すると面白いぐらい自分の腕が震え始め、足が震え初め、それに呼応するように私が支配しているもの全てが震えはじめました。今まで枯れていた涙が私の目からどんどん溢れ出します。それでも尚、私は歯を食いしばってやるべきことをやってしまおうと槍を再び心臓の正確な位置に向け直します。この時の槍の重さと言ったら尋常ならざるもので、通常の二、三倍あるかのように思えました。何度か深呼吸をします。すると辺りの音は急速に小さくなっていき、自分の鼓動だけが今まで聞いたことのない速さで鐘を打っていることに気がつきます。深く息を吸い込み血液特有の頭痛を誘うような臭いを肺一杯に詰め込みますと、一息に『えいっ』と……。

   十

 恐らく心臓は外れてしまったのでしょう。しかし槍を無理に引き抜くと体からは滝のように血液が流れ出し、体から生気を搾りつくしかねない痛みが私を襲います。直ぐに致命傷だと理解しました。少しでも恐怖から逃れようと一生懸命、自分の頬の筋肉を釣り上げて無理やり笑顔を作ろうとしましたが、思うように体が動きません。そしてそのうち足に力が全く入らなくなってしまい、糸の切られた人形じみた動きで私は階段から転げ落ちました。落下の痛みだけは不思議なことにほとんどなく、体は急激に熱を持ったり冷たくなったり、挙句痺れたりを一定の間隔で繰り返しとうとうほとんど動かせなくなってしまいました。想像以上の苦痛でしたが、私は悲鳴を上げないことだけに専念し続けます。悲鳴を上げた途端、この美しき心中は悍ましい自殺行為に変わってしまうことを理解していたからです。

 彼女が起き上がったのは丁度私が階下から力を絞り切って階段を見上げたのとほぼ同時でした。きっと幻覚か何かだろうと思っていましたが、それにしてはいやにはっきりとしています。まるで先ほどまで寝ていたかのように彼女は口を押えてあくびをすると、私に気づかないのか上の階へと上っていきます。暫くして再び降りてきた彼女の腕の中には赤、青、無色の薬の瓶が日の光を浴びてきらきらと光っています。それを見た私の脳裏には子供時代に見たあの古道具の情景が重なります。彼女は目の前までやってくると私をじっと眺めているようでした。何かを思い出そうとするかのように少し眉をひそめると私を置いてそのまま外へ出ていきます。背後で、がらりと戸が閉められる音。それと同時に蔵は再び闇の中に。

『嗚呼、やっぱり神様か』そして私の冷たい体は暗闇の中にそのまま。
かぐや姫できることならあと一目辺りは暗いが月は見えずに
封筒おとした
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気がとても良かったです
2.100サク_ウマ削除
月の狂気に満ちていました。お見事でした。
3.100終身削除
真面目で友人を思いやる心も理解のゆかないものを怖がる心も人並みに持っていた邦之助がどんどん深みにはまっていくのが内側から次第に分かってくる様子に引き込まれました 外から見た分にはどうしてか居なくなってしまったと片付けられてしまいそうなのがなんとも言えない気分になりました
4.90名前が無い程度の能力削除
とても良い雰囲気のお話でした。神秘と狂気に満ちた永遠亭良いですね。
一見して改行の少ない読みにくい文章かなと思いましたが、語りが上手く大変読みやすく面白かったです。
有難う御座いました。
5.100名前が無い程度の能力削除
なんと言うのか おもしろいと言うよりスゴい作品だと
輝夜が現れた瞬間に 「あっ このキャラクターは弄ばれて死ぬな」 と言ういやな予感をつねに背後に感じながら読むのが堪りませんでしたねこれは
6.100イド削除
ページを進める手が止まりませんでした。不気味ながら、でも面白かったです。
7.100名前が無い程度の能力削除
よかったです
8.100名前が無い程度の能力削除
主人公の人の好さとか心情が文章からにじみ出ている分終盤のえぐみが刺さりました。良かったです。
9.100Actadust削除
永遠亭のいびつさと狂気さが、素敵な語り文も相まって実際に自分自身が体験しているような、そんな不思議な気分になりました。素敵な作品でした。
10.100ルミ海苔削除
しゅき
11.100FTH削除
芸術に達した狂気の表現、傑作でした。
12.100ふさびし削除
引き込まれる文章で一気に読み終えてしまいました。豊かながらしつこさのない心理・情景描写に脱帽です。冒頭の言葉、夢の内容、長老の目的、輝夜の真意、邦之助が飲んだ薬など書かれていない部分にこそ楽しむ余地があってとても素敵な作品だと思います。
13.100ヘンプ削除
かぐやさま、かぐやさま。どうしてあなたはうつくしいのです……
一人の男が振り回される様がとてもよかったです。そう、美しさに滅ぶ傾国のように……
14.100モブ削除
作品の中で思ったのが、本当にこの男は可哀そうにこんなにも多い闇の中で最期を迎えたのかと。自業自得と、よくわからない自身ではどうにもできない破滅がない交ぜになって、とても面白かったです。ご馳走様でした。
15.100クソザコナメクジ削除
終始の薄気味悪さが凄い
16.100水十九石削除
いやはや本当に恐ろしい物語でした。中盤までのなんてことのない幻想郷的な一般人の日常と臨床生活だったハズなのに、魔性の女に魅入られて心を支配されて転げ落ちて墜落していく様は恐ろしく。髪の黒も離れの暗黒も全てを吸い込んで離さないかのように描かれていたのもまた懼れの感情を逆撫でされる程の不気味ささえ湛えていました。
そして意中の人を二つの意味で射止めたのだという感情を抱いてから移った行動のその救われなさときたら。蓬莱人故の再生に弄ばれる哀れさも、輝夜の狂気への畏怖へとすぐさま変わってしまいそうなぐらいでした。で、冒頭の数行。どっからのループか、それとも別の犠牲になる誰かさんなのか。一生盆に返る覆水で遊んでいる様はこちらには理解し得ない、出来ようも無い歪な領域。凄い作品だとしか言えません。ただただ圧巻です。ありがとうございました…。
17.100こしょ削除
せめて即死できれば何も知らずにいれたのに
でもとても良かったです