「パルスィ、いったい何やってるの?」
土蜘蛛の妖怪、黒谷ヤマメが不思議そうに尋ねてくる。
「見てわからないの、釣りよ」
と私、水橋パルスィは答えた。ここは橋の上で、当然下には川が流れている。
「でも、魚なんているの? こんな地底で。それにちっぽけな川だし」
「まあ、たぶんいないでしょうね。いや、いないわ。見たことないもの。こんな川に住めるわけがない」
「じゃあ、いったい何を釣ってるのよ!」
「さあ……とりあえず、ヤマメが釣れたわね」
ムッとした顔でヤマメは黙り、ややあってため息をついた。
「最近、お前さん、ちょっと変じゃないか?」
「妖怪なんだから、変で当たり前でしょ? 私だって、貴方だってね」
雑に答えて、私は欄干の上から川を見下ろす。黒いまでに濁った川だ。確かになんで私はこんなところで釣りなんかしてるのだろう。
「ちょっと考えてることがあるのよ」
私はポツリと言った。
「ふむ? 聞いてもいいことなら、聞くけど」
と言うヤマメの顔は心配しているのか好奇心なのか。しかし、彼女が期待するほど面白い話でもないだろう。
「最近、妖怪の子供がいるのよね。男の子が。旧都にね。どこから湧いて出たのかわからないけど。それは私達だって同じだけどね」
「ほう、そりゃ珍しいことだ。新顔ってわけか。まだまだ迷信深い人間がいるんだねえ」
「何の妖怪だかわかんないけど、本当に小さな子供だから、その……可愛くてね。妬ましいことに。でも、いつものことながらそんなこと言ってる私自身が、はずかしくなってくるような、本当に純真無垢って感じで」
「随分惚れ込んだものだね」
「可愛がってるだけよ。ただ、それでだけど……」
私達がそんな話をしていると、頭の上を火車が飛んでいくのを見た。
「あれは火焔猫燐ね」と私は言った。
「そうだね、最近よく地上に行くのを見るね。前は私達のような地底の妖怪が上に行くのははばかられたけど、この頃は別にいいやって感じで、私も上にたまに出ては河童と喧嘩したりしてるよ」
「えっ、貴方も出てるの? それは羨ましいわね。……羨ましい、のかしら」
「なんでそこで悩んでるの、自分のことでしょ」
「そうだけど、私はたとえ上に行くのを禁止されてようとされてまいと、ああいう明るい場所の似合う妖怪じゃないから」
「夜に出れば?」
「そういう問題ではない……だいたい、夜は夜で夜空がとっても綺麗で見入っちゃうのよね……こんな地底の真っ暗なだけの世界とは違うわ」
「わかる」
「心地よい風が吹いて、虫達が賑やかな音楽を奏でるのよ」
「いや、私は虫は嫌いだな、うっとおしくて」
「ヤマメ、貴方何の妖怪?」
そろりそろりと私は釣り竿を持ち上げ、片付けた。当然だけど何の釣果もなかった。長靴でも釣れるのがお約束だったかもしれないけど。
ヤマメと別れて私は旧都に向かった。旧都というのは、商店街のようでいて、いつ来ても誰もいないように見える。気配をあらわさない連中ばかりだからそうなるのだが、適当にお店に入ってみると、なんだ、ちゃんといたんだなということになる。
そんな不思議な空間で外を走り回ってる一人の妖怪の男の子がいる。私のお腹くらいの身長で、人間でいうと五歳ぐらいになるだろうか。愛嬌のある顔をしている。最近私がかまってあげてる子だが、いったい親はいるのかいないのか、多分その辺の岩陰から産まれたんじゃないかと思っている。それはともかく、私は子供が好きだ。
「坊や、こんにちは(といっても今何時だか地底ではよくわからない)。今日も元気ね」
「あ、お姉さん」
彼はペコリと頭を下げた。どこでしつけられたのか謎だが、丁寧であることは好感が持てる。
「名前はそろそろ決まった?」
と私は尋ねた。彼にはまだ名前がないらしく、そういう状態では力が弱いままである。個人的には弱くてもいいと思うが、やはり一人で生きていくことを考えたらあった方がいいだろう。単純に、不便だし。
「はい、こないだ決めました」意外にも彼はあっさり答えた。「†絶†といいます」
「え、何? ぜつ?」
「†絶†です」
どうもうまく聞き取れないが、絶くんと呼べばいいらしい。
「絶くん、いつも一人で遊んでて寂しくない?」
「大丈夫です、お姉さんやみんながかまってくれるので」
いい子だよ……。ホロリと涙ぐみそうになった。その意気に感じて私はしばらく彼と一緒に子供の遊びをして過ごした。
その後、野良妖怪の友人らと酒を飲んだ。その時に話題になったのは地上の世界のことだった。驚くことに彼女らも頻繁に外へ出かけているそうだ。それくらい、今は地上との垣根が無くなっているのだとか。では逆に人間に悪さをする妖怪がいないのかと思うが、そこは博麗の巫女を始め大妖怪、聖人、神様などなどが見張っていてあんまり勝手なことはできないのだそうだ。良いことなのかどうなのか。私なんかはかつてこの地底に押し込められて今更、頼まれたって出てやるもんか!という気持ちにもなっていて、そういう意地を張るような思いでもあったのだが。勇儀やヤマメなんかも地上に遊びに行ってるという話も聞いたりすると、それはそれで悔しくもあり妬ましい。
飲み屋を出て一人で町を歩いていると、鬼の星熊勇儀と出会った。勇儀はいつもどおりほろ酔いで、道端でも気軽に私に話しかけてくる。
「やぁパルスィ、景気はどうだい。噂に聞いてるぞ」
「何をよ」嫌な予感がしつつも私は答えた。
「最近は小さい子と一緒に遊んでるそうじゃないか。だいぶ、気に入ってるみたいだな?」
「何言ってるの、そんなことないわよ」
鬼の前で嘘をついてしまった。でも、バレバレの嘘は嘘には入らないらしい。
「ははは、照れるなよ、パルスィは母性があるからな。お母さん役にはぴったりだ」
むう……と口を閉じてしまった私に勇儀はそういえば、と話を変えた。
「酒を作るのに良い水は必要不可欠なんだけど、そのための湧き水が減ってきてるそうなんだ。何か知らないか?」
「さあねえ……私が知るわけがないけど、地上で雨不足でも起きてるのかしら?」
「うん、そうかもしれない。でも、私が思うに、水をせき止めてる奴らがいるんだよ、それで全体的に水が減っちゃってるんだ」
「そんなことしてどうなるの? 水をいっぱい貯めて商売でもするの?」
「そんなことしたら戦が起きるよ。それもそれで面白いけど……たぶん、酒を作ってるんだな、そいつらは。うん、大量に作ってるに違いない。今度地上に出た時、どっさり奪ってきてやるから、楽しみにしててくれよ」
どうやら酔っ払いの与太話であることに気がついた私は、笑いながら去っていく勇儀の背中を呆れながら見送るのだった。
数日後、とうとうというかようやく私も決意して、地上に出てみることにした。というのにはひとつ目的もあったのだが、今は置こう。道中にはゲームでいうと一面程度の多少危ない道があるが、苦労なく進むことができた。
久しぶりの地上は夜のようで、当然暗いけど、それでも地底よりはるかに明るい。月が大きく見える。あんなに大きかっただろうか。私はしばらく歩いてみた。私がずっと思い描いていたままの地上で嬉しかった。季節は春で、心地よい暖かさだったが、桜は散っているようで残念だ。もうちょっと早い時期に来たら良かった。だけど、やはり良い。
私は地底に戻って、その足で旧都へ向かった。絶くんに会いに来たのだ。彼は今日も無意味に走り回っていたのですぐに見つけることができた。大声で呼び止める。
「絶くん! ちょっといいかしら?」
彼は立ち止まって私の方を向くと笑顔になった。かわいい。
「お姉さん、どうしたんですか」
「あの、あのね。もしよかったら……いいえ、是非、私と一緒に地上へ行ってみない?」
「え、なんでですか?」
嫌とも良いともなく、彼は不思議そうに尋ねる。
「貴方に地上を見せてあげたいのよ。前から思ってたけど、ここはあんまり子供が育つにはいい環境じゃないわ。いえ、生まれ落ちた場所は大切にするべきだけど、だけど一度も花の匂いを嗅いだり蝶や鳥が飛ぶのを見たりしないまま大人になるというのも悲しいものね」
「ぼくには地上というのはよくわかりませんけど……でも面白そうですね」
「じゃあ行こうか、早速!」
地底の妖怪には時間は関係ない。今から行けば朝には着くはずだ。私は彼を背負って飛び立った。軽いものだ。
朝日が眩しい。私が感動してしまっている。ちょっと拍子抜けなことに、絶くんはあまり感動していないようだ。子供ってそういうものかもしれない。野原に降り立って、彼を走らせてやった。いざそうしていると、やはりだんだん楽しくなってきたようで、ニコニコしながらこれは何?あれは何?と聞いてくる。私もできる限りそれに答えてやった。
「お姉さん、すごいね。生き物がいっぱいいるし、みんな簡単に死ぬんだ!」
「よく気がついたわね」
いい勉強になっているんだと思う。結局日が昇りきるまで遊んで帰った。
また数日後のこと。旧都に行くと、見知らぬ美青年がいて、こちらに近づいてくるのでちょっと焦った。なおかつそいつは話しかけてくる。
「パルスィさん、こんにちは」
「え、はい。こんにちは」
ちょっと身を引いて平凡な挨拶を返してしまった。
「僕です。絶です。こんなに成長したんです」
「えっ! そんな、早いわね、いくら妖怪とはいえ……」
「パルスィさんにいい経験をさせてもらったおかげです。きっかけになったんだと思います」
「そういうことなら……そうね、そう言ってくれて嬉しいわ」
彼は照れたような、邪気のない表情をしている。良い若者に育ったのだろう。
「それで、お願いがあるんです。パルスィさん、僕とつがいになりませんか?」
「は?」
「昔からパルスィさんのこと好きだったし、他の女性を知らないんです」
「わ、悪いけど、そういうことは考えたこともないわ。他の妖怪のことも知った方がいいんじゃないかしら?」
実際、あまりにも藪から棒で私も顔を赤くしてしまったかもしれない。彼はあくまで真面目に真剣に言ってくるし、確かに外見は立派に成長している。
「どうして、子供の頃から可愛がってくれたじゃないですか」
「ならはっきり言うけど」私は意を決した。「私が貴方を可愛がったというのは貴方が子供だったからで、それ以上のことはないの。それだけのことよ」
「待ってください!」
彼の手を振り払って私はその場を逃げ出した。彼は悄然として立ち尽くしている。可哀想な気もするが、曖昧にするよりは良かった……のだと思う……。
その日のその後は、私の家に遊びに来たヤマメと飲み明かして過ごした。
「まったく、男っていうのは! 本当にこれだから!」
憤激しながら私は酒をあおる。
「そりゃあ急展開だったね。もっとこじれたら面白かったのに」
「面白くないわよ! と言いたいけど、私もあんたの立場だったら面白がるというか嫉妬すると思うわ……」
「だけど、本当のところそんな立派になって自分を慕ってくれてるのに、すぐ振っちゃってよかったの? 実は後悔してるでしょ?」
「してない、全然してないよ。後悔なんて、するわけない。なんとも思ってないから」
「……下手な嘘をつくわよね」
土蜘蛛の妖怪、黒谷ヤマメが不思議そうに尋ねてくる。
「見てわからないの、釣りよ」
と私、水橋パルスィは答えた。ここは橋の上で、当然下には川が流れている。
「でも、魚なんているの? こんな地底で。それにちっぽけな川だし」
「まあ、たぶんいないでしょうね。いや、いないわ。見たことないもの。こんな川に住めるわけがない」
「じゃあ、いったい何を釣ってるのよ!」
「さあ……とりあえず、ヤマメが釣れたわね」
ムッとした顔でヤマメは黙り、ややあってため息をついた。
「最近、お前さん、ちょっと変じゃないか?」
「妖怪なんだから、変で当たり前でしょ? 私だって、貴方だってね」
雑に答えて、私は欄干の上から川を見下ろす。黒いまでに濁った川だ。確かになんで私はこんなところで釣りなんかしてるのだろう。
「ちょっと考えてることがあるのよ」
私はポツリと言った。
「ふむ? 聞いてもいいことなら、聞くけど」
と言うヤマメの顔は心配しているのか好奇心なのか。しかし、彼女が期待するほど面白い話でもないだろう。
「最近、妖怪の子供がいるのよね。男の子が。旧都にね。どこから湧いて出たのかわからないけど。それは私達だって同じだけどね」
「ほう、そりゃ珍しいことだ。新顔ってわけか。まだまだ迷信深い人間がいるんだねえ」
「何の妖怪だかわかんないけど、本当に小さな子供だから、その……可愛くてね。妬ましいことに。でも、いつものことながらそんなこと言ってる私自身が、はずかしくなってくるような、本当に純真無垢って感じで」
「随分惚れ込んだものだね」
「可愛がってるだけよ。ただ、それでだけど……」
私達がそんな話をしていると、頭の上を火車が飛んでいくのを見た。
「あれは火焔猫燐ね」と私は言った。
「そうだね、最近よく地上に行くのを見るね。前は私達のような地底の妖怪が上に行くのははばかられたけど、この頃は別にいいやって感じで、私も上にたまに出ては河童と喧嘩したりしてるよ」
「えっ、貴方も出てるの? それは羨ましいわね。……羨ましい、のかしら」
「なんでそこで悩んでるの、自分のことでしょ」
「そうだけど、私はたとえ上に行くのを禁止されてようとされてまいと、ああいう明るい場所の似合う妖怪じゃないから」
「夜に出れば?」
「そういう問題ではない……だいたい、夜は夜で夜空がとっても綺麗で見入っちゃうのよね……こんな地底の真っ暗なだけの世界とは違うわ」
「わかる」
「心地よい風が吹いて、虫達が賑やかな音楽を奏でるのよ」
「いや、私は虫は嫌いだな、うっとおしくて」
「ヤマメ、貴方何の妖怪?」
そろりそろりと私は釣り竿を持ち上げ、片付けた。当然だけど何の釣果もなかった。長靴でも釣れるのがお約束だったかもしれないけど。
ヤマメと別れて私は旧都に向かった。旧都というのは、商店街のようでいて、いつ来ても誰もいないように見える。気配をあらわさない連中ばかりだからそうなるのだが、適当にお店に入ってみると、なんだ、ちゃんといたんだなということになる。
そんな不思議な空間で外を走り回ってる一人の妖怪の男の子がいる。私のお腹くらいの身長で、人間でいうと五歳ぐらいになるだろうか。愛嬌のある顔をしている。最近私がかまってあげてる子だが、いったい親はいるのかいないのか、多分その辺の岩陰から産まれたんじゃないかと思っている。それはともかく、私は子供が好きだ。
「坊や、こんにちは(といっても今何時だか地底ではよくわからない)。今日も元気ね」
「あ、お姉さん」
彼はペコリと頭を下げた。どこでしつけられたのか謎だが、丁寧であることは好感が持てる。
「名前はそろそろ決まった?」
と私は尋ねた。彼にはまだ名前がないらしく、そういう状態では力が弱いままである。個人的には弱くてもいいと思うが、やはり一人で生きていくことを考えたらあった方がいいだろう。単純に、不便だし。
「はい、こないだ決めました」意外にも彼はあっさり答えた。「†絶†といいます」
「え、何? ぜつ?」
「†絶†です」
どうもうまく聞き取れないが、絶くんと呼べばいいらしい。
「絶くん、いつも一人で遊んでて寂しくない?」
「大丈夫です、お姉さんやみんながかまってくれるので」
いい子だよ……。ホロリと涙ぐみそうになった。その意気に感じて私はしばらく彼と一緒に子供の遊びをして過ごした。
その後、野良妖怪の友人らと酒を飲んだ。その時に話題になったのは地上の世界のことだった。驚くことに彼女らも頻繁に外へ出かけているそうだ。それくらい、今は地上との垣根が無くなっているのだとか。では逆に人間に悪さをする妖怪がいないのかと思うが、そこは博麗の巫女を始め大妖怪、聖人、神様などなどが見張っていてあんまり勝手なことはできないのだそうだ。良いことなのかどうなのか。私なんかはかつてこの地底に押し込められて今更、頼まれたって出てやるもんか!という気持ちにもなっていて、そういう意地を張るような思いでもあったのだが。勇儀やヤマメなんかも地上に遊びに行ってるという話も聞いたりすると、それはそれで悔しくもあり妬ましい。
飲み屋を出て一人で町を歩いていると、鬼の星熊勇儀と出会った。勇儀はいつもどおりほろ酔いで、道端でも気軽に私に話しかけてくる。
「やぁパルスィ、景気はどうだい。噂に聞いてるぞ」
「何をよ」嫌な予感がしつつも私は答えた。
「最近は小さい子と一緒に遊んでるそうじゃないか。だいぶ、気に入ってるみたいだな?」
「何言ってるの、そんなことないわよ」
鬼の前で嘘をついてしまった。でも、バレバレの嘘は嘘には入らないらしい。
「ははは、照れるなよ、パルスィは母性があるからな。お母さん役にはぴったりだ」
むう……と口を閉じてしまった私に勇儀はそういえば、と話を変えた。
「酒を作るのに良い水は必要不可欠なんだけど、そのための湧き水が減ってきてるそうなんだ。何か知らないか?」
「さあねえ……私が知るわけがないけど、地上で雨不足でも起きてるのかしら?」
「うん、そうかもしれない。でも、私が思うに、水をせき止めてる奴らがいるんだよ、それで全体的に水が減っちゃってるんだ」
「そんなことしてどうなるの? 水をいっぱい貯めて商売でもするの?」
「そんなことしたら戦が起きるよ。それもそれで面白いけど……たぶん、酒を作ってるんだな、そいつらは。うん、大量に作ってるに違いない。今度地上に出た時、どっさり奪ってきてやるから、楽しみにしててくれよ」
どうやら酔っ払いの与太話であることに気がついた私は、笑いながら去っていく勇儀の背中を呆れながら見送るのだった。
数日後、とうとうというかようやく私も決意して、地上に出てみることにした。というのにはひとつ目的もあったのだが、今は置こう。道中にはゲームでいうと一面程度の多少危ない道があるが、苦労なく進むことができた。
久しぶりの地上は夜のようで、当然暗いけど、それでも地底よりはるかに明るい。月が大きく見える。あんなに大きかっただろうか。私はしばらく歩いてみた。私がずっと思い描いていたままの地上で嬉しかった。季節は春で、心地よい暖かさだったが、桜は散っているようで残念だ。もうちょっと早い時期に来たら良かった。だけど、やはり良い。
私は地底に戻って、その足で旧都へ向かった。絶くんに会いに来たのだ。彼は今日も無意味に走り回っていたのですぐに見つけることができた。大声で呼び止める。
「絶くん! ちょっといいかしら?」
彼は立ち止まって私の方を向くと笑顔になった。かわいい。
「お姉さん、どうしたんですか」
「あの、あのね。もしよかったら……いいえ、是非、私と一緒に地上へ行ってみない?」
「え、なんでですか?」
嫌とも良いともなく、彼は不思議そうに尋ねる。
「貴方に地上を見せてあげたいのよ。前から思ってたけど、ここはあんまり子供が育つにはいい環境じゃないわ。いえ、生まれ落ちた場所は大切にするべきだけど、だけど一度も花の匂いを嗅いだり蝶や鳥が飛ぶのを見たりしないまま大人になるというのも悲しいものね」
「ぼくには地上というのはよくわかりませんけど……でも面白そうですね」
「じゃあ行こうか、早速!」
地底の妖怪には時間は関係ない。今から行けば朝には着くはずだ。私は彼を背負って飛び立った。軽いものだ。
朝日が眩しい。私が感動してしまっている。ちょっと拍子抜けなことに、絶くんはあまり感動していないようだ。子供ってそういうものかもしれない。野原に降り立って、彼を走らせてやった。いざそうしていると、やはりだんだん楽しくなってきたようで、ニコニコしながらこれは何?あれは何?と聞いてくる。私もできる限りそれに答えてやった。
「お姉さん、すごいね。生き物がいっぱいいるし、みんな簡単に死ぬんだ!」
「よく気がついたわね」
いい勉強になっているんだと思う。結局日が昇りきるまで遊んで帰った。
また数日後のこと。旧都に行くと、見知らぬ美青年がいて、こちらに近づいてくるのでちょっと焦った。なおかつそいつは話しかけてくる。
「パルスィさん、こんにちは」
「え、はい。こんにちは」
ちょっと身を引いて平凡な挨拶を返してしまった。
「僕です。絶です。こんなに成長したんです」
「えっ! そんな、早いわね、いくら妖怪とはいえ……」
「パルスィさんにいい経験をさせてもらったおかげです。きっかけになったんだと思います」
「そういうことなら……そうね、そう言ってくれて嬉しいわ」
彼は照れたような、邪気のない表情をしている。良い若者に育ったのだろう。
「それで、お願いがあるんです。パルスィさん、僕とつがいになりませんか?」
「は?」
「昔からパルスィさんのこと好きだったし、他の女性を知らないんです」
「わ、悪いけど、そういうことは考えたこともないわ。他の妖怪のことも知った方がいいんじゃないかしら?」
実際、あまりにも藪から棒で私も顔を赤くしてしまったかもしれない。彼はあくまで真面目に真剣に言ってくるし、確かに外見は立派に成長している。
「どうして、子供の頃から可愛がってくれたじゃないですか」
「ならはっきり言うけど」私は意を決した。「私が貴方を可愛がったというのは貴方が子供だったからで、それ以上のことはないの。それだけのことよ」
「待ってください!」
彼の手を振り払って私はその場を逃げ出した。彼は悄然として立ち尽くしている。可哀想な気もするが、曖昧にするよりは良かった……のだと思う……。
その日のその後は、私の家に遊びに来たヤマメと飲み明かして過ごした。
「まったく、男っていうのは! 本当にこれだから!」
憤激しながら私は酒をあおる。
「そりゃあ急展開だったね。もっとこじれたら面白かったのに」
「面白くないわよ! と言いたいけど、私もあんたの立場だったら面白がるというか嫉妬すると思うわ……」
「だけど、本当のところそんな立派になって自分を慕ってくれてるのに、すぐ振っちゃってよかったの? 実は後悔してるでしょ?」
「してない、全然してないよ。後悔なんて、するわけない。なんとも思ってないから」
「……下手な嘘をつくわよね」
面白かったです
本当に急成長ですね。面白かったです。
読んでいて少しむず痒くなるのは、乾いているからかもしれません。
ご馳走様でした。
†絶†君になにがあったんだよ
「旧都というのは、商店街のようでいて、~ちゃんといたんだなということになる。」、目の付け所が細やかでここの表現すごく好きです。
本当に過分な評価を頂きまして……嬉しいです
ちょっと急展開はワンテンポ何か挟むべきだったかもしれません
ギャグなのは本当ですねw;
また次に活かせたらと思います!