Coolier - 新生・東方創想話

宇佐見探偵 調査員の苦難

2020/04/24 05:22:58
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 ある日、宇佐見蓮子の元に電話の着信があった。その主は彼女が勤める探偵事務所の所長である森近だった。
「電話で連絡を寄こすなんて珍しいじゃないですか。何かあったんですか?」
 蓮子は嫌な予感を感じつつ、電話に出るとその予感は的中したことを悟ることになった。
「超特急の案件だ。と言ってもよくある浮気調査だけどね」
 探偵事務所に所属する調査員の仕事は多岐にわたるがその1つとして浮気調査がある。これは今も昔も変わらず大きな収入源の1つとなっていることが多い。
「嫌ですよ。私はハーンさんの監視を遂行している最中なんですから。二重に案件をこなすなんて」
 そう言って電話を切ろうとすると「話だけでも聞いてくれ」と上司の制止を求める声が聞こえたため「聞くだけですよ」と渋々了承した。
「今、ちょうど調査員が出払っていて派遣できる人がいないんだ。僕が出て行ってもいいけど残念ながらそういうわけにもいかないんだよ。だからもう君しか頼れる人がいないんだ」
「それなら断ればいいじゃないですか。今から東京に戻って仕事なんて嫌ですからね」
「それが現場は酉京都なんだ。調査対象は出張でそっちに行っているみたいなんだ」
 彼女は今度こそ大きなため息をはいた。
「なるほど、それで私に連絡したわけですね。私しか頼れる人がいないんじゃなくて私を使えば人件費を削減できるからですね」
「嘘はついてないさ。君しか頼れないというのは本当だ。ここ数年で数々の修羅場をかいくぐった君ならばできないはずがないと思ってね。できないと思うなら断ってもらって構わない」
 その言葉を聞いて彼女はむっとする。彼は蓮子が負けず嫌いなのを知っていて挑発しているのだろう。電話越しに浮かんでいるであろうにやけ顔は想像に難くない。
「いいですよ。そこまで言うならやってやりますよ。その代わり、しっかり報酬はいただきますよ。いつもより多めにね!」
「もちろんだとも。それじゃあ必要な情報はメールで送るよ」
 彼はそう言って電話を切ろうとするが、その前にと1つ彼女にたずねた。
「今日は土曜日で大学の授業はないはずだが、どうやって調査対象を監視しているんだい?まさか付きっ切りなんてことはないだろう?」
「まさか、ハーンさんにチャットツールでデータを送ったときにスパイウェアを仕込みました。これでハーンさんの端末の位置情報をいつでもわかります」
 それを聞いた彼は大きなため息を漏らす。
「今の話は聞かなかったことにしよう。バレないようにしたまえ」
 彼はそう言って電話を切った。
 彼女の頭に政府が行った労働改革が成功したおかげで死語となって久しい『ブラック企業』という言葉がよぎったのであった。

 早速、メリーを調査対象の位置情報が示すショッピングモールに呼び出した。
 浮気調査といえば張り込みと尾行だ。今回は調査対象の位置情報がわかるため、尾行になる。さすがに尾行しながらメリーの位置情報を確認し続けるのはいくら蓮子とは言え、無理難題と言えるだろう。仮にできたとしても彼女に何かあったときに駆けつけることができない。そこでメリーを現場に呼び出し、彼女を連れて尾行することにしたのだ。無理のあるプランだが、現状ではこれが最適解だろう。
 蓮子は適当にメリーの似合いそうな洋服を選び、彼女を試着室に押し込む。これを繰り返すことによって自由に動ける時間を稼ぎ、浮気調査を行う。
 彼女には悪いと思いつつ普段はかけることのない変わったデザインの眼鏡の側面をいじりながら調査対象のほうを見る。
蓮子がかけている眼鏡はウェアラブルデバイスの1種でフレームにある小型のボタンを使って操作することによって現在見ている景色を記録や、拡大して見ることが優れものだ。これのお陰でカメラなどを持ち歩かなくても証拠写真を収めることができるのだ。
 現在、彼らはショッピングモール内に入っている洋服屋で共にいる浮気相手だと思われる若い女性と共に女性ものの洋服を見ている。様子を見る限り、彼は彼女に服をプレゼントするつもりのようだ。
 彼らを監視していると背後から「どうかしら?」とメリーに声をかけられる。彼女の姿を見て蓮子は思った感想をそのまま述べる。
「やっぱり良く似合っててかわいいわ。やっぱりお人形さんみたいにスタイルがいいからなのしら」
 そういうと次の洋服を選びに行くふりをして店内を歩き出す。背後で試着室のカーテンが閉まる音を聞いたところでさっきと同じように監視を再開する。
 彼らは洋服を買い終え、店を出ていくようだ。
 蓮子はメリーを連れ出すために試着室に戻るとちょうどカーテンが開いたところだった。
「もうお人形さんごっこは終わりかしら?」
彼女はさっきの蓮子の発言に対する皮肉のような言葉を投げかけてくる。しかし蓮子にそんなことを気にする余裕はない。彼らが取りそうな行動を予測する。
時間はもう夕方で日が落ちてしまっているという状況で男女のカップルが最後に行くところは決まっている。だからそこに行く前に訪れる場所は1つしかないだろう。ショッピングの後となれば尚更だ。
「お腹すいちゃったからどこかで食事にしましょう」
 この台詞が蓮子の答えだった。
 
 ショッピングモール内は人の往来はあるものの彼らを見失うほどではない。しかし地下1階のレストランフロアに降りると仕事終わりの人々が多く混雑していた。
 蓮子は人込みの中、彼らを捕捉しつつこのフロアを1回りしましょうと提案して。ごく自然な流れで尾行を行った。周りの店の様子を見つつ、尾行をしているととあるレストランに入っていったため、あそこに入りましょうと彼女の手を引っ張って入店した。 その店はフロア内で大きな存在感を放っており、ランタンを模した照明器具によって少し暗めの明るさになっている雰囲気あるレストランだった。
 レストランに入ると2人掛けの席に通され、メリーがメニューを見ている間に彼らの様子を見る。彼らの席はちょうどメリーの右斜め後方辺りでとても見やすい位置だった。どうやら予約してあったらしく男性が店員に声をかけるだけでメニューを広げる様子はなく、そのまま談笑を始めた。
 そんな様子を眺めているとメリーが蓮子にだけ聞こえるくらいの音量で話しかけてくる。
「ちょっと高すぎない?別な店にした方がいいんじゃない」
 そう言われてメニューを確認すると並んでいる数字に驚いた。もしかしたら少し表情に出ていたかもしれない。しかしこの食事代は調査に必要な支出、つまり経費だ。当然、メリーの分の食事も経費として認められるはずだ。それに今から店を変えるなんてできるはずがない。
「少し高いけど大丈夫よ。今日は私がおごるから気にしないで」
 そんな悪いわと断れそうになるが、いいからと無理やり押し切った。
蓮子は森近への腹いせとしてメニューにおすすめと書いてあるお高いミートソーススパゲティを注文した。
メリーはグラタンとパンのオニオンスープセットを注文したようだ。
 彼らの様子を見ながらメリーと話しつつ、ゆっくりと食事をし、ティーブレイクまでしていると彼らに動きがあった。拡大して見るとコース料理を食べ終え、店を出る準備をしているようだ。
「私の後ろに何かあるの?」
 不意にメリーに声をかけられた。
思わず眼鏡の操作の手を止めてしまう。
彼女の表情から読み取れるのは不信感。さすがに何かに気が付いたようだ。だがここで全てを話すわけにはいかない。蓮子が彼女に近づいた理由を勘づかれたりでもしたら案件の遂行は難しくなってしまうし、何よりプロとしての意識がそれを許さない。
蓮子は繕うように不敵に笑って見せる。
「よく気づいたわね。さっきから店の外の廊下に変な恰好をしている人がいるのよ。それが気になってね」
 蓮子はそう言ってメリーの後ろの方の何もないところを指さす。
 彼女は蓮子に懐疑的な視線を送りつつもさされたほうを振り返る。
 蓮子はその間に席を立ち、こちらに向き直ったメリーに言う。
「そろそろ行きましょうか。会計してくるから先に店の外で待ってて」
 そうして会計へと急いだ。
 ちらりと振り返るとあきれた様子のメリーの姿が見えた。

 食後に夜の散歩でもしようと適当な理由をつれてメリーを連れた尾行は繁華街へと及んだ。彼女は静かな道のほうが好きのようだが、たまには違う道でもと丸め込んだ。
 しばらく彼らを監視しながら特に話すことなく歩いているとメリーがじっとこちらを見ていることに気が付いた。そろろそ誤魔化すのも限界が近づいてきたようだ。しかしこの尾行ももう少しで終わるだろうと調査員としての勘がささやく。渾身の時間稼ぎをするために自ら話を切り出した。
「そういえば、メリーってよく夢の話をするじゃない。あれって実は本当に体験したことなんじゃないの?」
 メリーは質問の意図がくみ取れないようで、首をかしげている。
「メリーの夢の話ってその時の感覚や考えてたことが妙に具体的なのよね。私なんかは夢を見たとしても曖昧にしか覚えてないからさ」
 それを聞いた彼女は意図を理解したようで、言葉を返してくる。
「気にしたことなかったけど普通はそういうものなの?私はいつからか覚えてはいないけどこれが普通だったのよね」
 力が関係しているのかしらと自分の目を指さしてみる。
「かもしれないわね。私の仮説だけど、メリーは気づかないうちに境界を越えているのかもしれないわね。肉体は寝ているのだけど精神だけが覚醒状態で動き回っているのかも」
 それでと先を話そうとしたときに彼らが路地に入っていった。蓮子は思わず足を速め、路地へと入った。すると彼ら、特に男性が背後を気にした様子できょろきょろと辺りの様子をうかがっている。
『まさか尾行がバレたのか!?』
 背後からメリーが後を追ってきたようで、あらわれた。
 この八方塞がりを打開するために半ばやけくそ気味にメリーの行く手を遮るようにどんと路地に建つ建物の壁に腕を突き立てた。
 これは今思いつく最善の策だ。今どき同性のカップルなんて珍しくない。ならお金のない貧乏な学生カップルが行為に及ぶために偶然同じ路地に入ったと相手に勘違いさせるしかない。横目で彼らのほうを見ながらゆっくりとメリーに顔を近づけていく。腕によって自らの視界が遮られるか否かのところでちらりと彼女のほうを見ると目を閉じていた。そしてそれと同時に警戒を解いた彼らは近くのビルに入っていく。たしかそのビルには格安のホテルが入っているはずだ。ということは今回の依頼はそういうオチなのか?
 蓮子は浮気現場の決定的瞬間を写真に収めると思わず空いているほうの手でガッツポーズをする。
 その瞬間、不意に強い力でメリーに突き飛ばされしりもちをつく。
「信じられない!私の気持ち返してよ!」
 メリーはそう言うと繁華街のほうに駆けて行ってしまった。
 どうやら騙せたのは調査対象だけではなく彼女のこともだったらしい。
 蓮子は大きなため息をはき、なんて謝ろうかと思案するのであった。
 次の日に無事に仲直りを果たしたのはまた別なお話である。
エアコミケに乗じてboothを公開したので良ければほかの作品も読んでみてください。
今回の案件はどのようなオチだったでしょう?
ヒント
男性はホテル代をなるべく安く抑えたいようです。

前回の話のURLを掲載しておきます。
http://coolier.dip.jp/sosowa/ssw_l/228/1586337919
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
成る程、こういう事があって前回の話しと繋がるんですね
面白かったです
3.100終身削除
華麗に難事件を解決するんじゃなくて浮気調査を地道にやっているのがリアルで重みがあったと思います 蓮子とメリーのすれ違いを外側から眺めている感じがアンジャッシュみたいで面白かったと思います
4.100ゆっくりmiyaさん 「とあみやさん」削除
メリー視点と蓮子視点を用意していて分かりやすかったです。
とても良かったです
これからも頑張ってください。