Coolier - 新生・東方創想話

とても優しい閻魔様の話

2020/04/18 01:20:19
最終更新
サイズ
3.5KB
ページ数
1
閲覧数
1570
評価数
8/8
POINT
720
Rate
16.56

分類タグ

 あるところに、とてもとても厳しい閻魔様がおりました。

 閻魔様に嘘は通じません。とてもごうしゃな椅子に座りながら、閻魔様は魂たちを裁いていきます。



 ある魂は、とても大きく揺らめいていました。

 閻魔様は魂をのぞきこみます。

 魂は、とても大きい商店を営んでいました。たくさんの客にたくさんのものを売り、たくさんの富を築き、しあわせに死にました。

 魂は、とても善行を積んでいるように見えます。ですが、閻魔様はさらに魂をのぞきこみます。

 魂は、店の者たちに怒鳴り、拳を奮い、足蹴にしていました。使用人たちの顔は、魂の記憶にはとても暗くうつっています。

 閻魔様は、魂に地獄行きを告げました。



 ある魂は、揺れることはせず、ただそこに佇んでいました。

 閻魔様は魂をのぞきこみます。

 魂は、ただただ刀の道を生きていました。

 幼いころから刀に憧れ、刀を振り、いつしか自身の道になっていました。

 閻魔様は、さらに目を凝らします。

 魂は、同じような者たちと命のやり取りをしていました。

 一人目を切り捨てた時、魂は打ち震えていました。

 七人目で魂は切り伏せられました。魂は、しぬその瞬間まで、己の道に満足していました。

 同族の命を奪うこと。閻魔様は、その悲しみを教えようとして、口を閉じました。

 魂は、やはり揺れ動きません。閻魔様は、魂に地獄行きを告げました。



 ある魂は、見てわかるほどに擦り切れ、ぼろぼろになっていました。

 閻魔様は、すこしだけためらってから、魂をのぞきこみます。

 魂は、ただただ疲れ果てていました

 子供の頃は親の暴力と寒さに苦しみました。

 歳を重ね、魂は妻を娶ります。ですが、飢えに苦しみ、何人もの子を失いました。

 魂は更に歳を重ねます。いよいよからだは動かなくなり、妻は先立ちました。子供たちは戦に取られ、男はただ布団で己の動かぬからだに涙しました。

 畑を耕すこともできず、だんだんと食糧が無くなっていきます。

 魂は、ある時に盗みを働きました。大根を三本。ただそれだけのはずだったのです。

 盗みを働いた先の家には、若い夫婦が住んでいました。

 魂は大根を盗んだところを見られてしまいました。激しく打ち据えられ、それでもほうほうのていで大根を一本だけ懐に忍ばせたのです。

 魂は家路につく途中で、近くにあった尖った石で喉を貫いてしにました。

 魂は、耐えられませんでした。どうしてこんなにみじめなのか。痛いのか、苦しいのか。

 魂は楽になれるかと思い石で喉を貫きましたが、ただの石なのです。魂はさんざんと苦しんで、泣きながらしにました。

 誰も幸せではありませんでした。

 閻魔様は言葉を出そうとして、喉のおくがつかえました。

 魂は、いきたがっていました。ですが、その果てに積み上げたものに耐えきれずにしにました。

 誰が悪かったのでしょうか。魂でしょうか。それとも魂を打ち据えた家族でしょうか。はたまた世界が狂っていて悪いのでしょうか。ですがそうなると閻魔様も悪いのではないのでしょうか。

 とてもとてもながい思考の時間。それはたったの数秒でした。

 閻魔様は魂に地獄行きを告げました。



 魂を見終わって、閻魔様は溶けた鉛を喉のおくに流し込みました。

 とても悲しいのです。泣きたくなるのです。

 それでも、口を動かさなくてはいけないのです。

 そのために、閻魔様は鉛を飲み込むのです。

 閻魔様の椅子の下には、たくさんの魂たちの成れの果てがうずもれているのです。

 閻魔様は嘘をつけないのです。だから閻魔様は口を止めるわけにはいかないのです。

 誰も知りません。閻魔様は泣いているのを我慢しているのです。

 口から喉へ広がる痛みが、ただ閻魔様の償いなのです。

 誰も閻魔様の哀しみを知りません。



 罪を雪いだ魂たちが、地獄の赤黒い大地を進んでいきます。魂たちは、しかるべきところで新しく生を受けるのでしょう。

 閻魔様は、しらずに泣いていました。ただその景色だけで、閻魔様は救われるのです。

 閻魔様は、今日も椅子に腰かけ、魂たちをのぞきこみます。

 とても悲しいことを知りながら、その果ての幸せを見るために。
 少しだけ、閻魔様の話を。最後に、このお話を読んでくださった方に感謝を。ありがとうございました。


 
モブ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.簡易評価なし
1.90奇声を発する程度の能力削除
悲しい雰囲気でした
2.100終身削除
悪に私情を挟まずに同じ裁きを受けさせるために心も体もボロボロにしながら役目に責任を持ち続けてる姿がとても強くて素敵に見えました 誰よりも人間の醜さを知っているはずなのに本当に人間が大好きなんだなと思いました
3.100サク_ウマ削除
優しさと残酷さが非常に重いですね。良いと思います。
4.100ヘンプ削除
優しい、優しい、閻魔様の苦痛はいつか雪がれる日が来るんでしょうか。
とても良かったです。
5.90名前が無い程度の能力削除
良かったです。優しさが悲しい
6.90南条削除
面白かったです
苦しみながらも役目に徹する閻魔に誠意と優しさを感じました
7.70夏後冬前削除
絵本のような雰囲気ながら、ずっしりと倫理に訴えるのが良かったです。
ただ、幻想郷は戦争を経験していないような気がします。
8.80名前が無い程度の能力削除
道徳