ここは人里のある小料理屋。そこの女将の料理にミスティアは舌鼓を打った。
「んー、美味しい!こんなの食べたことない!」
「あらあらお上手ね。」
女将は照れる。同じ業種の仲間に誉められるのはまんざらではない。
「これはなんていうんですか?」
「タルタルソースっていう、外の世界から来たレシピよ。私も教えてもらったの。」
「ほぅ!そのレシピ、私にも教えてもらうことは!?」
「いいわよ、そんなにかしこまらなくても。」
「いえいえ、私!料理に『命をかけてる』んです!」
「気合入ってるわね。」
「ええ、これほどの絶賛レシピを教えてもらえるなら『何でもします』!」
そう、この時のミスティアは正に希望に満ちていた。それがすぐに地獄に変わる。
厨房に入ったミスティアは青ざめた。
「まず、こうして茹で卵を作るの。」
「ひ、ひぃい……」
その時、ミスティアの脳裏に浮かんだもの。生まれたての赤ん坊を熱湯に突き落とす般若だった。
「茹で終わった卵は、こうして麺棒ですりつぶすの。」
「あ、あ、あ……」
次は、赤ん坊を金棒でぐちゃぐちゃに擦り潰す鬼が見えた。
「包丁でみじん切りにしてもいいわよ。」
「あばばばば」
今度はジェイソンに四肢を切り刻まれる赤ん坊。
「マヨネーズは、卵黄と酢と油を混ぜて作るの。」
お次は、赤ん坊の脳みそをかち割るトロール。
「最後にピクルスと一緒に徹底的に混ぜ合わせるの。」
「あわわわわ、やめろ、このクソ外道がっ!!」
美人女将の鳩尾にドロップキック!崩れ落ちる女将も確認せぬまま、ミスティアは駆け出した。
「チルノ軍団!緊急会議を行う!」
ここは魔法の森の外れ。チルノたちはミスティアに呼び出された。
「どうしたどうしたー、みすちーが招集かけるなんて珍しいのかー。」
ルーミアがふわふわ浮きながら答える。
「ちゃんと聞いてあげようよ、ルーミア。みすちー、何か真剣だし。」
そうたしなめたのはリグルだ。
「ま、みすちーが最強であるこのアタイの力が必要ってことだ。リーダーとして聞いてやろう!」
威勢よくチルノが叫ぶ。その隣にいるのは大妖精。発言はしてないが、ロクでもないことが起きそうということは勘づいている。
ミスティアは大判の紙束を出した。紙芝居だ。
「まず。諸君は人里で、現在進行形で野蛮極まれる殺戮が行われていることはご存じだろうか?」
「さつりくってなんだ?」
「えーと、たくさん誰かが殺されることよ、チルノちゃん。」
「おお、すげーな、大ちゃん!よし、アタイ、さつりく王になる!」
「チルノちゃん、ちょっと黙ってて。」
大妖精、チルノに軽くチョップする。まぁいつものことだ。ミスティア、軽く咳払いする。
「それは『タルタルソース』という名の処刑方法。年端もいかない幼子を限りなく残虐な手段で殺す、正に悪魔の所業よ。」
「タルタルソース、美味しいのかー。」
次の瞬間、ルーミアの首が180度回転した。ミスティアの高速フックだ。確実に首の骨が折れてるが、幻想郷なので一回休みですむ。
「他!文句ある奴は?」
「「「……」」」
ミスティアの暴力性を前にチルノ軍団、黙る。もはやミスティア軍団だ。
「じゃ、続けるわよ。とにかく人里でタルタルソース作りを止めさせるための活動を開始します。」
「えーと、あのー、はい。」
「はい、大ちゃん。」
「止めさせるって言っても、私たちが言ったからって止めないと思うんだけど……例のウナギ食を普及させるってやつ?」
「私も馬鹿じゃないわ。今までの方法だけじゃ足りない。だから。特別講師を呼ぶことにしたわ!」
「……というわけなのよ。」
「何が『というわけ』だ、バカ。」
ミスティアの説明に両津はそう突っ込む。ここは是非曲直庁。死者が裁きを受けるところ。しかし、両津が来て以来、何故か生きてる妖怪が来ることが多い。三途の川の意義が失われてかけてる。
「両さん、ウナギ好きでしょ?」
「焼き鳥も好きだぞ。」
両津、乗り気ではない。が、そこで引き下がるミスティアではない。
「私は焼き鳥食撲滅運動の一環としてヤツメウナギ屋をやってるんだけど。それでもタルタルソースという暴挙を許してしまった。もう今まで通りの方法じゃうまくいかないのよ!」
「聞いてる限り、元々上手く行きそうもない方法だがな。」
ヤツメウナギがどんなに流通しようと、鶏肉の消費量は減るかもしれないが、撲滅はしないだろう。
「で?結局ワシになにしろと?」
「察しが悪いなぁ、もう!だから皆がタルタルソースを食べたくなくなるくらいのウナギメニュー考えてって言ってるの!」
「あのなぁ……」
両津、頭をかく。こういうことは無視してもいいが、現役の寿司職人、つまり料理のプロとしてミスティアの方向性のミスを指摘しないわけにはいかなかった。
「タルタルソースっていうのはな。マヨネーズに刻みピクルスを入れたものだ。マヨネーズは何にでも合う。これはマヨネーズが界面活性の……ああ、難しい言葉は無しにしよう。油と水を混ぜる効果があるからだ。」
「?それが何なの?」
「つまり、どんな脂っこいものでも、水っぽいものでも、マヨネーズがあればお互いが馴染んで料理になる。タルタルソースっていうのはそれに更に酸味を加えた上位種。特に揚げ物に合う。それは鶏肉だけじゃない。豚肉にも魚にも合うってことだ。汎用性でタルタルソースの上を行くものなんてそうそうないぞ。」
「じゃあ、このまま手をこまねいてろって!?」
掴みかかりそうな形相のミスティア。しかし両津は言葉を重ねる。
「タルタルソースを上回るソースがないことにはな。」
「私の蒲焼きのタレは?」
「真新しさがない。タルタルソースは、今まで幻想郷になかったという新鮮さがあるしな。」
両津、いつしか真剣に考えるモードになった。
「ん?待てよ……」
「え、何か閃いたの?」
「ああ、しかし……やってみる価値はあるか。よし、ワシは今から妖怪の山に行ってくる。そして、明日。博麗神社集合だ!外の世界に行くぞ!」
「へ?外?」
そして2日後。ミスティアは海にいた。
「両さん、ここ、どこ?」
「千葉県の九十九里浜から出たとこだ。」
「つまり、どこよ!」
ミスティアの動揺は無理ない。生まれて初めての外の世界で、更に海だ。何の説明もなしに。
「そうか、ミスティア。紹介が遅れたな。ここの船長の飛鷹二徹。で、助っ人に妖怪の山から河童を数匹借りてきた。」
メタ説明になるが説明しよう。飛鷹二徹はコミック115巻に登場した頑固者の漁師だ。モチーフは野球漫画、巨人の星の星一徹。というか、星一徹をそのまま漁師にしてみました、というキャラ。
当時、作者の秋本治先生は空前の弓道ブーム。磯鷲早矢という弓道の達人美女を中心にストーリーが展開していき、そのライバルである美人双子姉妹、飛鷹左京・右京の父親という設定で彼は登場した。しかし右京が出たころには秋本先生は弓道に飽きてしまい、右京も2話程度しか出番がなかった。なので二徹もそれで終わるはずであった。
しかし秋本先生の次のブームは寿司。両津を寿司屋に転職させた。一時期警察漫画ではなく寿司漫画と揶揄されるほどの入れ込みようだった。そんなときに二徹は再ブレイク。寿司と漁師という相性の良さに加え、頑固で凝り性、そして儲けを単純に追及する性格がこち亀という異色キャラづくしの漫画の中でも埋もれにくく、准レギュラーポジションを獲得した。
メタ説明終了。
「それで何で海にいるの?ウナギ獲るの?」
「違う。ワシらが獲るのはウニだ。」
「ウニ?」
「ああ、幻想郷にはないな。ウニはな、魚介の中でも一番高いもんの一つだ。高いもんだと、こんな箱一つで1万以上もする。昔はな。」
「昔?」
「そこからは俺が説明しよう。」
二徹が口を挟む。
「ウニをめぐる情勢が変わったのは最近だ。まず魚が獲れなくなった。で原因は何かと調べると、海藻がなくなった。大繁殖したウニが海藻を食い荒らしちまったからだ。」
「んー?でもウニは高いし美味しいんでしょ?ウニ食べればいいんじゃない?」
「説明するより、見せた方が早いか。ちょっとウニ獲る。両津、スマホで本物のウニを見せてやってくれ。」
「おう。」
二徹が準備している間に両津が画像を見せる。画面には鮮やかなオレンジ色の果肉のような物体。これがウニか。
「ウニはな。甘くてとろけるような食感だ。そしてほんのり磯の香りがする。しかしだ。二徹、獲れたか?」
「ほら。」
二徹が出したのは黒いトゲトゲの球体。それをハンマーでガツンと割る。
「これが今のウニだ。」
「え、これ?一緒なの?」
ミスティアが驚くのは無理もない。中に入っていたのは、黒に近い紫色の、薄ーいナメクジのような物体。とても美味しそうには見えない。
「食ってみろ。」
「う…うん。」
食べる。感想は
「うすっ、味ない!塩水の悪いところだけ食べた気分。」
「ああ、これが問題だ。大繁殖したウニは海藻を食い荒らし、そして自分たちも食べるものがなくなった。しかしウニは繁殖が早い上に絶食に強くてな。海はあっという間にウニだらけだ。漁業組合では何とかウニを獲ってるんだが、値段がつかんもの獲ってもな。船の燃料費も馬鹿にならん。」
二徹の腕組みに両津が肩を叩く。
「そこでワシらの出番ってわけだ。二徹、まぁ見てろ。おい、お前たち、籠やるからちょっと獲ってこい。」
「はーい。」
近くにいた5人の少女(河童)が返事する。そして二徹が見ている中、躊躇なく海に飛び込んだ。
「おい、馬鹿!何してる!!」
二徹が怒鳴るのも無理はない。彼女たちはドライスーツを着ることもなく、普段着で海に飛び込んだのだから。当然、溺れてる。そう思って二徹は海面を見たが、
「これでいいの?」
「なん……だと?馬鹿な。」
海にはさっきの少女たち。そしてスーパーの籠ぎっしりのウニだった。熟練の海女でもこうはいかないが、この娘たちはいったい……?
「まだまだあるけど、獲ってくる?」
「ああ、籠はまだまだある。」
呆気にとられる二徹を後目に、籠が行き来する。ものの30分もした後、船はぎっしりウニが詰め込まれていた。
「両津、この娘たちは?」
「それは聞かん約束だろ、二徹。ワシらはウニを獲り、燃料費を出す。お前は船を出す。後は詮索なしだ。」
「両さーん、もうないよー。」
「そうかー、じゃ、そろそろ帰るか。」
「ま、ま、待ってくれ!」
「ん?どうした、二徹?」
「……俺の秘密の穴場があるんだが、そこもウニが増えてきてな。そっちも掃除してくれないか。」
「結局2tトラック借りることになったな。」
幻想郷に帰ってきた両津たち。トラックにはウニが満載されていた。もちろんウニが2tなのではなく、体積が2tトラック分ということだが。
「でもどうするの、これ。こんな不味いもの獲っても。」
ミスティアがそう零す。それに対して両津は笑顔だ。
「おお、そうだな。話の続きがあるんだ。二徹も言っていたが、環境保全のために増えすぎたウニを獲ってるって言っただろ。でもそのまま捨てるんじゃ大赤字だ。だからほとんど捨て値に近いが、このウニをある業者に売ってる。」
「業者?」
「ああ。このウニは直接は食えたもんじゃない。でも風味はウニなんだ。こいつらの身を集めて濃縮し、醤油や牛乳で味を調える。それがこれだ。」
両津が取り出したのは外の世界のスパゲティソースのレトルト。ウニソースと書いてある。
「ウニソース?」
「ああ。外の世界じゃウニソースが出回ってる。日本人特有の勿体ない精神だな。人間の漁師じゃ儲けなんてほとんど出ないが、幻想郷には泳ぎの得意な河童がいる。ワシらなら儲けは十分計算できる。」
「へー、でも、美味しいの?」
「それを今から研究する。まずは身を全部出すぞ。」
それから地道な作業が続く。ひたすらウニを割り、身を取り出す。身は色に応じて3種類のボールに分けられた。割ってみると、質はまばら。真っ黒い欠片のような身もあれば、黒紫色の綺麗な身もある。食生活の違いだろう。
「この綺麗な身は生で食えるレベルのムラサキウニだ。醤油はちょっとだけかけた。食ってみろ。」
ミスティアたち、恐る恐るパクリ。そして。
「ん、ん、うまーーーーーい。ナニコレ?一緒の生物なの?」
「ああ、これが本来のウニだ。このレベルの味は出せんが、それに近いものをコイツラで作るぞ」
質が悪いウニを指す。両津とミスティアは早速取り掛かった。
それから1月が経過。正に一夜城だった。昨日まで空き物件だった人里のいくつかの店舗。そこに分裂した萃香たちが入っていく。そして次の日には全てが飲食店に生まれ変わっていたのだ。”ウニ処 両さん”。
開店初日のみ、ウニソースをつけたさいころステーキサイズの魚を無料で配る。そして翌日には全店舗が長蛇の列になった。
この1月の間、両津らはウニソースを開発し、妖怪の山の河童でテストしていた。ウニソースといってもクリームタイプもあれば、醤油タイプもある。かといって何種類も作れば受け入れられない。幻想郷に一番マッチする、渾身のウニソースを開発したのだ。
ウニはいくらでも獲れた。二徹が漁師仲間からウニの掃除を請け負ったからだ。どこの漁業組合もある程度困っており、少ない燃料費で獲ってくれる分には歓迎してくれた。
しかしタルタルソース側も黙ってはいなかった。
「チキン南蛮以外の商品を考えないとな。」
ここはタルタルソースの組合。組合長は藤原妹紅。そう、自警団長にして人里の有力者だ。焼き鳥屋を不定期にやっていたが、深秘録異変の時に、外の世界の女の子からタルタルソースを紹介された。それを広めて結構な臨時収入を得ていた。しかし今、ウニブームに押し出されて下火になっていた。
「妹紅、タルタルソースで蕎麦を作ってみたぞ。」
「ああ、うん、あとで味見する。」
慧音の申し出を婉曲に断る妹紅。ミスティアと違い、妹紅はそれほど料理に長けていない。教えてもらったレシピを広めただけだ。また両津のように経営に長けてもいない。しかし手を打たないわけにもいかなかった。
「とりあえず組合で新料理を開発するが、できるまでの間にウニソースが勢力を伸ばすとまずい。各店舗、タルタルソースの緊急値下げをするように。」
これが致命的な悪手となった。原価が卵と油にピクルスという、そもそも高級でない食材で作られているタルタルソース。値下げに向いてない商品である。タダでさえ、ウニソースに顧客を奪われていたタルタル組合加盟店は経営不振で倒産続出。組合脱退が相次ぎ、新料理が登場するまで持たなかった。
結局1月後、妹紅が引責辞任する。こうしてミスティアのタルタル戦争は勝利に終わった。
が、そうは問屋が卸さなかった。。
「両さん、こっち!」
「くそ、どういうルートから……」
両津たちがいるのは、人里のある一角。そこには倒産したチキン南蛮店があるはずだった。しかし、今はウニソース店になっていた。問題は『両津たちはそこにウニソースを卸していない』ということ。幻想郷にはウニはいない。
両津の対応は早い。萃香を分裂させて店に潜入させた。まもなく、ミニ萃香がウニソースを持ってきた。
「うん、味は大分違うわね。」
「ワシらはウニではなく、ウニソースとして卸している。つまりソースになる前のウニを横流しされたのか……」
「あるいは、勝手に獲っていったかだね、ウニを。」
「……妖怪の山に行くぞ。河童たちが怪しい。」
妖怪の山には河童はいなかった。否、少なくとも両津たちは発見できなかった。
「アンタらもやっぱりこうなったか……」
そう、頭を掻きながら語り掛けるのは守矢神奈子。妖怪の山のボスだ。
「やっぱり、って。どういうことだ?」
「私も以前、河童にダム工事をさせて大変な目にあった。設計図に書いてない物を作ったり、勝手に発注したり。おまけにそれで起きた被害は守矢持ちだ。河童は従順なように見えるけど、結局妖怪なのよ。ワル、悪側、害獣。本人たちに悪いことをしている意識が全くないから質が悪い。」
「なぁ神奈子。ワシらはウニを河童に獲らせてるんだが、知ってることあるか?」
「んー、話が長くなりそうだ。詳しく聞こう。早苗、お茶出してくれ。」
「な……んだと?」
神奈子の説明に両津は驚愕した。両津が雇った河童は20匹程度で毎回5匹くらいを連れ出してローテーションを組んでいた。しかし、ウニ獲りに使っていた河童たちの金回りが良くなったのを受け、別の河童たちが外で密漁をし始めたのだ。正規のルートで漁業組合費用も払っている両津に比べて、単価も安い。というより違法だ。また同時に最近博麗の巫女の金遣いが荒くなっていることから、どうやら博麗神社経由で外に出ている可能性が高いとのこと。
「おい、神奈子!何で止めんのだ!」
「私も今日お前たちの話を聞いて初めてここまで合点が行ったんだ。河童だけでなく白狼天狗まで業務をサボり始めて問題視はしてたんだが。ウニ獲りということまでは分からなかった。」
ピピピピピッ!!
両津の懐がけたたましく鳴る。通信用のお札だ。出ると小町の切羽詰まった声が響く。
「両さん!一体どこにいるんだい!?」
「小町?今、妖怪の山だが、どうした?」
「妖怪の山?なら逆に都合がいいか。外の世界が大変なことになってるんだ。今、四季様もお偉いさんに呼び出されてる!」
「外?一体、何が……」
「これ、今朝の読買新聞の一面だ。読むよ。」
-昨日、15時頃。北海道のウニ養殖場で3人組の女が逮捕された。最近、北海道ではウニの密漁が相次ぎ、警察も捜査していた。調べに対し女たちは「自分たちは河童」「幻想郷に出荷する」という要領を得ない回答に終始していた。また女たちは「両津に連絡してくれ」とも述べ、警察は窃盗団のボスではないかと見て慎重に調査を進める方針である……。
「あ、あ、あんにゃろーーーー!」
激怒する両津だが、どうすることもできない。
「今、四季様が外の世界に呼び出されてる。八雲紫の話では、ウニの流通を当面の間、全面禁止する可能性が高いって。」
「えぇぇえええ!!」
今度はミスティアだ。
「じゃ、じゃあ!タルタルソースの暴挙を許すんですか?」
「タルタルソース?何の話?」
「気にするな、小町。こっちの話だ。しかし河童共。ワシを怒らせてタダで済むと思うなよ……!」
怒る両津に怯えるミスティア。楽しそうな萃香に、厄介事だけは勘弁してくれという神奈子。そして、とりあえずスマホで動画撮る早苗。
その日の夜。まだ外の世界から帰らない、無人の河童の住処に一人の男と鬼が入っていった。
「ひゅい!?なんじゃ、こりゃあ!?」
外の世界からそそくさ戻ってきた河童たちを迎えたのは変わり果てた住処だった。元ののどかな河原はどこにもない。一面が真っ黒の針、針、針。両津が今まで廃棄されていたウニの殻を回収し、それを岩場という岩場に手作業で丁寧並べ、石膏で固めたのだ。この膨大な作業に要した時間は僅か1日。しかも夜のみ。この両津という男、復讐に燃えると米軍にすら甚大な被害を及ぼす悪鬼と化すのだ。河童は山の神を敵に回そうと、この男だけは敵に回してはならなかった。
「くくくくく。」
滝の上から見下ろす両津と萃香。
「良かったじゃないか、大好きなウニと一緒に暮らせるぞ!ワハハハハ!!」
「んー、美味しい!こんなの食べたことない!」
「あらあらお上手ね。」
女将は照れる。同じ業種の仲間に誉められるのはまんざらではない。
「これはなんていうんですか?」
「タルタルソースっていう、外の世界から来たレシピよ。私も教えてもらったの。」
「ほぅ!そのレシピ、私にも教えてもらうことは!?」
「いいわよ、そんなにかしこまらなくても。」
「いえいえ、私!料理に『命をかけてる』んです!」
「気合入ってるわね。」
「ええ、これほどの絶賛レシピを教えてもらえるなら『何でもします』!」
そう、この時のミスティアは正に希望に満ちていた。それがすぐに地獄に変わる。
厨房に入ったミスティアは青ざめた。
「まず、こうして茹で卵を作るの。」
「ひ、ひぃい……」
その時、ミスティアの脳裏に浮かんだもの。生まれたての赤ん坊を熱湯に突き落とす般若だった。
「茹で終わった卵は、こうして麺棒ですりつぶすの。」
「あ、あ、あ……」
次は、赤ん坊を金棒でぐちゃぐちゃに擦り潰す鬼が見えた。
「包丁でみじん切りにしてもいいわよ。」
「あばばばば」
今度はジェイソンに四肢を切り刻まれる赤ん坊。
「マヨネーズは、卵黄と酢と油を混ぜて作るの。」
お次は、赤ん坊の脳みそをかち割るトロール。
「最後にピクルスと一緒に徹底的に混ぜ合わせるの。」
「あわわわわ、やめろ、このクソ外道がっ!!」
美人女将の鳩尾にドロップキック!崩れ落ちる女将も確認せぬまま、ミスティアは駆け出した。
「チルノ軍団!緊急会議を行う!」
ここは魔法の森の外れ。チルノたちはミスティアに呼び出された。
「どうしたどうしたー、みすちーが招集かけるなんて珍しいのかー。」
ルーミアがふわふわ浮きながら答える。
「ちゃんと聞いてあげようよ、ルーミア。みすちー、何か真剣だし。」
そうたしなめたのはリグルだ。
「ま、みすちーが最強であるこのアタイの力が必要ってことだ。リーダーとして聞いてやろう!」
威勢よくチルノが叫ぶ。その隣にいるのは大妖精。発言はしてないが、ロクでもないことが起きそうということは勘づいている。
ミスティアは大判の紙束を出した。紙芝居だ。
「まず。諸君は人里で、現在進行形で野蛮極まれる殺戮が行われていることはご存じだろうか?」
「さつりくってなんだ?」
「えーと、たくさん誰かが殺されることよ、チルノちゃん。」
「おお、すげーな、大ちゃん!よし、アタイ、さつりく王になる!」
「チルノちゃん、ちょっと黙ってて。」
大妖精、チルノに軽くチョップする。まぁいつものことだ。ミスティア、軽く咳払いする。
「それは『タルタルソース』という名の処刑方法。年端もいかない幼子を限りなく残虐な手段で殺す、正に悪魔の所業よ。」
「タルタルソース、美味しいのかー。」
次の瞬間、ルーミアの首が180度回転した。ミスティアの高速フックだ。確実に首の骨が折れてるが、幻想郷なので一回休みですむ。
「他!文句ある奴は?」
「「「……」」」
ミスティアの暴力性を前にチルノ軍団、黙る。もはやミスティア軍団だ。
「じゃ、続けるわよ。とにかく人里でタルタルソース作りを止めさせるための活動を開始します。」
「えーと、あのー、はい。」
「はい、大ちゃん。」
「止めさせるって言っても、私たちが言ったからって止めないと思うんだけど……例のウナギ食を普及させるってやつ?」
「私も馬鹿じゃないわ。今までの方法だけじゃ足りない。だから。特別講師を呼ぶことにしたわ!」
「……というわけなのよ。」
「何が『というわけ』だ、バカ。」
ミスティアの説明に両津はそう突っ込む。ここは是非曲直庁。死者が裁きを受けるところ。しかし、両津が来て以来、何故か生きてる妖怪が来ることが多い。三途の川の意義が失われてかけてる。
「両さん、ウナギ好きでしょ?」
「焼き鳥も好きだぞ。」
両津、乗り気ではない。が、そこで引き下がるミスティアではない。
「私は焼き鳥食撲滅運動の一環としてヤツメウナギ屋をやってるんだけど。それでもタルタルソースという暴挙を許してしまった。もう今まで通りの方法じゃうまくいかないのよ!」
「聞いてる限り、元々上手く行きそうもない方法だがな。」
ヤツメウナギがどんなに流通しようと、鶏肉の消費量は減るかもしれないが、撲滅はしないだろう。
「で?結局ワシになにしろと?」
「察しが悪いなぁ、もう!だから皆がタルタルソースを食べたくなくなるくらいのウナギメニュー考えてって言ってるの!」
「あのなぁ……」
両津、頭をかく。こういうことは無視してもいいが、現役の寿司職人、つまり料理のプロとしてミスティアの方向性のミスを指摘しないわけにはいかなかった。
「タルタルソースっていうのはな。マヨネーズに刻みピクルスを入れたものだ。マヨネーズは何にでも合う。これはマヨネーズが界面活性の……ああ、難しい言葉は無しにしよう。油と水を混ぜる効果があるからだ。」
「?それが何なの?」
「つまり、どんな脂っこいものでも、水っぽいものでも、マヨネーズがあればお互いが馴染んで料理になる。タルタルソースっていうのはそれに更に酸味を加えた上位種。特に揚げ物に合う。それは鶏肉だけじゃない。豚肉にも魚にも合うってことだ。汎用性でタルタルソースの上を行くものなんてそうそうないぞ。」
「じゃあ、このまま手をこまねいてろって!?」
掴みかかりそうな形相のミスティア。しかし両津は言葉を重ねる。
「タルタルソースを上回るソースがないことにはな。」
「私の蒲焼きのタレは?」
「真新しさがない。タルタルソースは、今まで幻想郷になかったという新鮮さがあるしな。」
両津、いつしか真剣に考えるモードになった。
「ん?待てよ……」
「え、何か閃いたの?」
「ああ、しかし……やってみる価値はあるか。よし、ワシは今から妖怪の山に行ってくる。そして、明日。博麗神社集合だ!外の世界に行くぞ!」
「へ?外?」
そして2日後。ミスティアは海にいた。
「両さん、ここ、どこ?」
「千葉県の九十九里浜から出たとこだ。」
「つまり、どこよ!」
ミスティアの動揺は無理ない。生まれて初めての外の世界で、更に海だ。何の説明もなしに。
「そうか、ミスティア。紹介が遅れたな。ここの船長の飛鷹二徹。で、助っ人に妖怪の山から河童を数匹借りてきた。」
メタ説明になるが説明しよう。飛鷹二徹はコミック115巻に登場した頑固者の漁師だ。モチーフは野球漫画、巨人の星の星一徹。というか、星一徹をそのまま漁師にしてみました、というキャラ。
当時、作者の秋本治先生は空前の弓道ブーム。磯鷲早矢という弓道の達人美女を中心にストーリーが展開していき、そのライバルである美人双子姉妹、飛鷹左京・右京の父親という設定で彼は登場した。しかし右京が出たころには秋本先生は弓道に飽きてしまい、右京も2話程度しか出番がなかった。なので二徹もそれで終わるはずであった。
しかし秋本先生の次のブームは寿司。両津を寿司屋に転職させた。一時期警察漫画ではなく寿司漫画と揶揄されるほどの入れ込みようだった。そんなときに二徹は再ブレイク。寿司と漁師という相性の良さに加え、頑固で凝り性、そして儲けを単純に追及する性格がこち亀という異色キャラづくしの漫画の中でも埋もれにくく、准レギュラーポジションを獲得した。
メタ説明終了。
「それで何で海にいるの?ウナギ獲るの?」
「違う。ワシらが獲るのはウニだ。」
「ウニ?」
「ああ、幻想郷にはないな。ウニはな、魚介の中でも一番高いもんの一つだ。高いもんだと、こんな箱一つで1万以上もする。昔はな。」
「昔?」
「そこからは俺が説明しよう。」
二徹が口を挟む。
「ウニをめぐる情勢が変わったのは最近だ。まず魚が獲れなくなった。で原因は何かと調べると、海藻がなくなった。大繁殖したウニが海藻を食い荒らしちまったからだ。」
「んー?でもウニは高いし美味しいんでしょ?ウニ食べればいいんじゃない?」
「説明するより、見せた方が早いか。ちょっとウニ獲る。両津、スマホで本物のウニを見せてやってくれ。」
「おう。」
二徹が準備している間に両津が画像を見せる。画面には鮮やかなオレンジ色の果肉のような物体。これがウニか。
「ウニはな。甘くてとろけるような食感だ。そしてほんのり磯の香りがする。しかしだ。二徹、獲れたか?」
「ほら。」
二徹が出したのは黒いトゲトゲの球体。それをハンマーでガツンと割る。
「これが今のウニだ。」
「え、これ?一緒なの?」
ミスティアが驚くのは無理もない。中に入っていたのは、黒に近い紫色の、薄ーいナメクジのような物体。とても美味しそうには見えない。
「食ってみろ。」
「う…うん。」
食べる。感想は
「うすっ、味ない!塩水の悪いところだけ食べた気分。」
「ああ、これが問題だ。大繁殖したウニは海藻を食い荒らし、そして自分たちも食べるものがなくなった。しかしウニは繁殖が早い上に絶食に強くてな。海はあっという間にウニだらけだ。漁業組合では何とかウニを獲ってるんだが、値段がつかんもの獲ってもな。船の燃料費も馬鹿にならん。」
二徹の腕組みに両津が肩を叩く。
「そこでワシらの出番ってわけだ。二徹、まぁ見てろ。おい、お前たち、籠やるからちょっと獲ってこい。」
「はーい。」
近くにいた5人の少女(河童)が返事する。そして二徹が見ている中、躊躇なく海に飛び込んだ。
「おい、馬鹿!何してる!!」
二徹が怒鳴るのも無理はない。彼女たちはドライスーツを着ることもなく、普段着で海に飛び込んだのだから。当然、溺れてる。そう思って二徹は海面を見たが、
「これでいいの?」
「なん……だと?馬鹿な。」
海にはさっきの少女たち。そしてスーパーの籠ぎっしりのウニだった。熟練の海女でもこうはいかないが、この娘たちはいったい……?
「まだまだあるけど、獲ってくる?」
「ああ、籠はまだまだある。」
呆気にとられる二徹を後目に、籠が行き来する。ものの30分もした後、船はぎっしりウニが詰め込まれていた。
「両津、この娘たちは?」
「それは聞かん約束だろ、二徹。ワシらはウニを獲り、燃料費を出す。お前は船を出す。後は詮索なしだ。」
「両さーん、もうないよー。」
「そうかー、じゃ、そろそろ帰るか。」
「ま、ま、待ってくれ!」
「ん?どうした、二徹?」
「……俺の秘密の穴場があるんだが、そこもウニが増えてきてな。そっちも掃除してくれないか。」
「結局2tトラック借りることになったな。」
幻想郷に帰ってきた両津たち。トラックにはウニが満載されていた。もちろんウニが2tなのではなく、体積が2tトラック分ということだが。
「でもどうするの、これ。こんな不味いもの獲っても。」
ミスティアがそう零す。それに対して両津は笑顔だ。
「おお、そうだな。話の続きがあるんだ。二徹も言っていたが、環境保全のために増えすぎたウニを獲ってるって言っただろ。でもそのまま捨てるんじゃ大赤字だ。だからほとんど捨て値に近いが、このウニをある業者に売ってる。」
「業者?」
「ああ。このウニは直接は食えたもんじゃない。でも風味はウニなんだ。こいつらの身を集めて濃縮し、醤油や牛乳で味を調える。それがこれだ。」
両津が取り出したのは外の世界のスパゲティソースのレトルト。ウニソースと書いてある。
「ウニソース?」
「ああ。外の世界じゃウニソースが出回ってる。日本人特有の勿体ない精神だな。人間の漁師じゃ儲けなんてほとんど出ないが、幻想郷には泳ぎの得意な河童がいる。ワシらなら儲けは十分計算できる。」
「へー、でも、美味しいの?」
「それを今から研究する。まずは身を全部出すぞ。」
それから地道な作業が続く。ひたすらウニを割り、身を取り出す。身は色に応じて3種類のボールに分けられた。割ってみると、質はまばら。真っ黒い欠片のような身もあれば、黒紫色の綺麗な身もある。食生活の違いだろう。
「この綺麗な身は生で食えるレベルのムラサキウニだ。醤油はちょっとだけかけた。食ってみろ。」
ミスティアたち、恐る恐るパクリ。そして。
「ん、ん、うまーーーーーい。ナニコレ?一緒の生物なの?」
「ああ、これが本来のウニだ。このレベルの味は出せんが、それに近いものをコイツラで作るぞ」
質が悪いウニを指す。両津とミスティアは早速取り掛かった。
それから1月が経過。正に一夜城だった。昨日まで空き物件だった人里のいくつかの店舗。そこに分裂した萃香たちが入っていく。そして次の日には全てが飲食店に生まれ変わっていたのだ。”ウニ処 両さん”。
開店初日のみ、ウニソースをつけたさいころステーキサイズの魚を無料で配る。そして翌日には全店舗が長蛇の列になった。
この1月の間、両津らはウニソースを開発し、妖怪の山の河童でテストしていた。ウニソースといってもクリームタイプもあれば、醤油タイプもある。かといって何種類も作れば受け入れられない。幻想郷に一番マッチする、渾身のウニソースを開発したのだ。
ウニはいくらでも獲れた。二徹が漁師仲間からウニの掃除を請け負ったからだ。どこの漁業組合もある程度困っており、少ない燃料費で獲ってくれる分には歓迎してくれた。
しかしタルタルソース側も黙ってはいなかった。
「チキン南蛮以外の商品を考えないとな。」
ここはタルタルソースの組合。組合長は藤原妹紅。そう、自警団長にして人里の有力者だ。焼き鳥屋を不定期にやっていたが、深秘録異変の時に、外の世界の女の子からタルタルソースを紹介された。それを広めて結構な臨時収入を得ていた。しかし今、ウニブームに押し出されて下火になっていた。
「妹紅、タルタルソースで蕎麦を作ってみたぞ。」
「ああ、うん、あとで味見する。」
慧音の申し出を婉曲に断る妹紅。ミスティアと違い、妹紅はそれほど料理に長けていない。教えてもらったレシピを広めただけだ。また両津のように経営に長けてもいない。しかし手を打たないわけにもいかなかった。
「とりあえず組合で新料理を開発するが、できるまでの間にウニソースが勢力を伸ばすとまずい。各店舗、タルタルソースの緊急値下げをするように。」
これが致命的な悪手となった。原価が卵と油にピクルスという、そもそも高級でない食材で作られているタルタルソース。値下げに向いてない商品である。タダでさえ、ウニソースに顧客を奪われていたタルタル組合加盟店は経営不振で倒産続出。組合脱退が相次ぎ、新料理が登場するまで持たなかった。
結局1月後、妹紅が引責辞任する。こうしてミスティアのタルタル戦争は勝利に終わった。
が、そうは問屋が卸さなかった。。
「両さん、こっち!」
「くそ、どういうルートから……」
両津たちがいるのは、人里のある一角。そこには倒産したチキン南蛮店があるはずだった。しかし、今はウニソース店になっていた。問題は『両津たちはそこにウニソースを卸していない』ということ。幻想郷にはウニはいない。
両津の対応は早い。萃香を分裂させて店に潜入させた。まもなく、ミニ萃香がウニソースを持ってきた。
「うん、味は大分違うわね。」
「ワシらはウニではなく、ウニソースとして卸している。つまりソースになる前のウニを横流しされたのか……」
「あるいは、勝手に獲っていったかだね、ウニを。」
「……妖怪の山に行くぞ。河童たちが怪しい。」
妖怪の山には河童はいなかった。否、少なくとも両津たちは発見できなかった。
「アンタらもやっぱりこうなったか……」
そう、頭を掻きながら語り掛けるのは守矢神奈子。妖怪の山のボスだ。
「やっぱり、って。どういうことだ?」
「私も以前、河童にダム工事をさせて大変な目にあった。設計図に書いてない物を作ったり、勝手に発注したり。おまけにそれで起きた被害は守矢持ちだ。河童は従順なように見えるけど、結局妖怪なのよ。ワル、悪側、害獣。本人たちに悪いことをしている意識が全くないから質が悪い。」
「なぁ神奈子。ワシらはウニを河童に獲らせてるんだが、知ってることあるか?」
「んー、話が長くなりそうだ。詳しく聞こう。早苗、お茶出してくれ。」
「な……んだと?」
神奈子の説明に両津は驚愕した。両津が雇った河童は20匹程度で毎回5匹くらいを連れ出してローテーションを組んでいた。しかし、ウニ獲りに使っていた河童たちの金回りが良くなったのを受け、別の河童たちが外で密漁をし始めたのだ。正規のルートで漁業組合費用も払っている両津に比べて、単価も安い。というより違法だ。また同時に最近博麗の巫女の金遣いが荒くなっていることから、どうやら博麗神社経由で外に出ている可能性が高いとのこと。
「おい、神奈子!何で止めんのだ!」
「私も今日お前たちの話を聞いて初めてここまで合点が行ったんだ。河童だけでなく白狼天狗まで業務をサボり始めて問題視はしてたんだが。ウニ獲りということまでは分からなかった。」
ピピピピピッ!!
両津の懐がけたたましく鳴る。通信用のお札だ。出ると小町の切羽詰まった声が響く。
「両さん!一体どこにいるんだい!?」
「小町?今、妖怪の山だが、どうした?」
「妖怪の山?なら逆に都合がいいか。外の世界が大変なことになってるんだ。今、四季様もお偉いさんに呼び出されてる!」
「外?一体、何が……」
「これ、今朝の読買新聞の一面だ。読むよ。」
-昨日、15時頃。北海道のウニ養殖場で3人組の女が逮捕された。最近、北海道ではウニの密漁が相次ぎ、警察も捜査していた。調べに対し女たちは「自分たちは河童」「幻想郷に出荷する」という要領を得ない回答に終始していた。また女たちは「両津に連絡してくれ」とも述べ、警察は窃盗団のボスではないかと見て慎重に調査を進める方針である……。
「あ、あ、あんにゃろーーーー!」
激怒する両津だが、どうすることもできない。
「今、四季様が外の世界に呼び出されてる。八雲紫の話では、ウニの流通を当面の間、全面禁止する可能性が高いって。」
「えぇぇえええ!!」
今度はミスティアだ。
「じゃ、じゃあ!タルタルソースの暴挙を許すんですか?」
「タルタルソース?何の話?」
「気にするな、小町。こっちの話だ。しかし河童共。ワシを怒らせてタダで済むと思うなよ……!」
怒る両津に怯えるミスティア。楽しそうな萃香に、厄介事だけは勘弁してくれという神奈子。そして、とりあえずスマホで動画撮る早苗。
その日の夜。まだ外の世界から帰らない、無人の河童の住処に一人の男と鬼が入っていった。
「ひゅい!?なんじゃ、こりゃあ!?」
外の世界からそそくさ戻ってきた河童たちを迎えたのは変わり果てた住処だった。元ののどかな河原はどこにもない。一面が真っ黒の針、針、針。両津が今まで廃棄されていたウニの殻を回収し、それを岩場という岩場に手作業で丁寧並べ、石膏で固めたのだ。この膨大な作業に要した時間は僅か1日。しかも夜のみ。この両津という男、復讐に燃えると米軍にすら甚大な被害を及ぼす悪鬼と化すのだ。河童は山の神を敵に回そうと、この男だけは敵に回してはならなかった。
「くくくくく。」
滝の上から見下ろす両津と萃香。
「良かったじゃないか、大好きなウニと一緒に暮らせるぞ!ワハハハハ!!」