「超凶悪犯罪者ー?」
「はい、守矢神社にこんな予告状が。」
四季映姫は両津と小町に真剣な顔で言う。
映姫によると、予告状を出した犯人は外の世界で有名な悪党。手口も特殊で、予告状を出して警備が強化された対象を正面から叩き潰す、ハードボイルドな奴だという。
そんな悪党がどういう手段をとってか幻想入りし、守矢神社の最古の御柱を盗むと予告してきたのだ。守矢と山の妖怪はすぐに協議。白狼天狗たちは自らの力で守ると息巻いていたが、敵は外の世界でも誰も防げなかった大悪党。また盗まれたとすれば守矢も山もメンツを失ってしまう。そこで両津ならばあるいは、と考えたらしい。
「しかし、私は両津と小町だけでは荷が重いと判断しました。幸い、その大悪党を追って外の世界から応援が来るそうです。詳しいことは彼に聞けばよいかと。」
「応援?両さん、どういうことだい?」
「ああ、警察では時々あるんだ。所轄だけでは荷が重いと判断した場合、警視庁から応援が来ることが。」
尋ねる小町に両津が説明する。そして更に映姫が続けた。
「はい、今回はその中でも更に特殊な任務に携わってる方だと。」
「『特殊』?」
両津がぴくっと反応。そして軽く青ざめる。
「どうしたんだい、両さん。」
「……裁判長。『特殊』っていうのはどこから?」
「書類に特殊刑事課って書いてありましたから。」
「げぇえええ!!やっぱりーーーー!!」
悲鳴を上げて退散しようとする両津だったが、一足遅かった。
ズキューーン、ズキュズキューン!!
「「ひ、ひぃいいいい!!」」
部屋に飛び交う銃弾!伏せる両津と小町。
銃弾は部屋の外から壁越しに発射されていた。銃弾たちが壁に開けた穴は大きく円弧を描き、そしてとうとう壁が倒れた。
「ふははははは!!」
外にはマッチョで長身の、そして海パン姿の男が仁王立ちしていた。
「ふははははは!
股間のモッコリ 伊達じゃない
陸に事件が起きた時 海パン一つですべて解決
特殊刑事課三羽烏の一人
海パン刑事 ただいま参上」
(注:海パン刑事を知らない方は、ここをご覧ください。
動画は見つけられませんでした。
エイチttps://thefunnel.jp/topics/537e08cb343138000c420000)
「毎回毎回、ドアがあるんだから壁に穴開けて入るんじゃない!!」
「……両さん、この変態は知り合いなのかい?」
最後に決めポーズを決める海パン刑事に突っ込む両津と訝しむ小町。しかし映姫は違った。
「両津!小町!慎みなさい!この方は外の世界よりわざわざ来てくださったエリート刑事さんですよ!」
「肩書より実物を見てくださいよ、裁判長!」
「そうですよ!コイツ、ただの変態じゃないですか!黒を超えて闇ですよ!」
猛反対の小町を無視し、映姫は海パン刑事とがっちり握手する。
「こちらの世界で閻魔を勤めさせてもらっている四季映姫と申します。」
「こちらは警視庁の海パン刑事です。よろしく。」
「普通に握手するなーーー!何でも受け入れすぎだろ、幻想郷ーーー!」
「コホン。その幻想郷に、今危機が訪れている。」
軽く咳払いして海パン刑事が言う。そしておもむろに海パンの中に手を突っ込み、出す。
「きゃっ!」
小町が思わず目をそらす。しかし出てきたのはiPadだった。無論、どうやって海パンの中に入っていたかは謎である。
「こちらのリストを見てくれたまえ。これが奴が起こした、あるいは起こしたと思われる事件のリストだ。」
「16件ですか。判明しているだけで。」
「うむ、しかも奴は恵まれた体格を頼りに、全て素手で事件を起こしている。人はこう呼ぶ、『怪盗Tバック』と!」
「「……」」
絶句する小町と両津。
「怪盗……Tバックってまさか……」
「うむ、奴もまた裸に女物のTバックだけを纏う、正々堂々とした奴だ。」
「敵も変態じゃないですか、やだーーーー!!」
「諦めろ、小町。コイツラ(特殊刑事課)が追う犯人もだいたい変態なんだ。」
両津がげんなりして言う。既に嫌悪感を抱いている小町、全幅の信頼を置いている映姫、そして全てを諦めて受け入れる両津。それを全て超越(無視)して、海パン刑事の説明は続いていた。
一方、そのころの人里の定食屋。昼時でありながら、誰も食べていない。否、一人を除いて誰も食べてなかった。中央には毛むくじゃらのハンプティダンプティみたいな男。ボウボウの胸毛に、禿げかかったバーコードの頭皮。黒縁眼鏡にタラコ唇。そして裸に女物の赤いTバック1枚。要するに変態だ。
もう説明はいらないだろうが、この男が怪盗Tバックだ。
「店主、天丼おかわりー」
「へ、へい……」
店主も不気味そうに見ている。この男、既に5杯も食っていた。とんでもない大食いだ。と、そんな時に入り口ががやがやする。そこには熊のような男。ご存じ、第1話に出ていた町内会の会長だ。異常を聞きつけて登場したのだ。
怪盗Tバックもおもむろに立ち上がる。町内会長から伝わる敵意は背中越しにも感じた。そしてそのまま両者店の外に出た。
大勢の野次馬の中。先に口を開いたのは町内会会長の方だ。
「オッサン。流石にその服装はねぇーんじゃねぇか?女子供もいるんだぞ。」
「あら、やだん。アタシ、心は女よーん?」
一斉にオぇっていう声。ブクブクの毛むくじゃらデブからのまさかの猫なで声。会長も気圧されたが、踏ん張り言う。
「ここの支払いはやっといてやる。だから悪りぃけど、出てってくれないか?」
「奢ってもらうのは嬉しいけど、追い出されるのは癪ね。」
会長はそれに答えず、上半身を脱ぐ。もう既に40は超えていたが、筋骨隆々。野次馬もおーとどよめく。怪盗Tバックは屈伸の準備運動。上下するたびに贅肉がぽよんぽよんする。
「さ、かかってきなさぁい。貴方の全て、受け止めてア・ゲ・ル。」
「……出ていけ、変態。」
会長はいきなり大振りのストレート。が、片手でパンっと受け止められる。
「な!?」
「んふふ」
そして崩れ落ちる会長。目にもとまらぬ左の腹パンがヒットした。そしてそのまま背負い投げ!
土煙を上げて倒れる会長。
「あら、手は離さないのね。」
「ぐ……なめるな」
もう勝負はついた感はあったが、会長は意地でつかんだ手を離さない。すると、とんと持ち上げられる。会長は立たされていた。
「いいわよー。気に入った。私のスペシャルで、ビューティーな必殺技で悩殺してア・ゲ・ル。」
「……」
大きなケツをふりふりしながら答える怪盗Tバック。キモさ抜群。会長は頭に血が上ったが、いったん止まる。
「……」
ゆっくりと円を描くように間合いを取る。正攻法では勝てない。しかし町内会会長として負けるわけにはいかない。
「ふん!」
「!?」
会長は突如蹴り上げる。足元にあったのは、先ほど脱いだ会長の上着。蹴りで宙に舞った上着が怪盗Tバックの視界を塞いだ。
「スキありー!!!」
会長、渾身の顔面右フック。確かな手ごたえ。完璧に入った……はずだった。
「いいパンチもってるじゃなーーい。」
「な!?」
顔面に届いてなかった。また左手1本で防がれていた。思わず左手を出すが、それも弾かれる。するとキュっと会長は怪盗Tバックに抱きしめられる。
「いくわよー、必殺、悩殺スペシャルーー」
「何を……ぐ、ぐーーーーーーおえぇ!」
怪盗Tバックの必殺技。それはベロチュー!!キモデブ男が強引に舌を入れて口内を舐めまわす、吐き気を催す邪悪!
「オ・・・・お・・・・」
舌を口に入れられ、会長は悲鳴すら上げられず、また強引に離れることもできない。
永遠にも感じられる凌辱。そして会長は失神した。
「ふぅ……ご馳走様。」
投げ捨てられる会長。気力がぬけたのか、カピカピに干からびていた。それには目もくれず怪盗Tバックは悠々と去っていった。
会長はそのまま、自警団の妹紅が到着するまで投げ捨てられていた。
「こ、これは……幻想郷の終わりだ!」
その遥か5km以上離れた妖怪の山奥。犬走椛が悲鳴を上げる。千里眼で先ほどの戦闘を見ていたのだ。
「か、神奈子様!!かくかくじかじか……」
「何!?予告状を送った変態をとっちめようと人里の大男がつまみ出しにかかったら、全ての攻撃を受け止められた挙句、公衆の面前でべろちゅーを敢行されて、気持ち悪さの余り失神して倒れたですって!?」
「私のかくかくじかじかを返せよ。」
ここは妖怪の山中腹の対策本部。思ってたのと随分違う怪盗Tバックに一同動揺を隠せない。
特に千里眼で見ていた白狼天狗一同は皆戦意を喪失していた。べろちゅーされるくらいなら舌を噛み切って死ぬ。椛はリアルにそう思っていた。
「あやややや、とりあえず写真はとってきました。倒れた会長の。」
「いや、Tバックの方を撮れよ。」
神奈子は頭を抱える。
「諏訪子。」
「言わなくても分かるけど、何?」
「早苗を拘束して絶対に出すな。御柱盗まれても、早苗の唇だけは盗ません。」
「うん、やっとく。私たちは地底に隠れるわ。」
神奈子は頭を抱えた。戦う前に戦力が大喪失だ。
「とりあえず私と共に戦える奴はおるか?援護だけでもよい。」
ほとんどがしり込みする中、射命丸文と河城にとりだけが前に出る。この二人のやれるのは……
「遠距離支援。結局、接近して戦うのは私ってことね。」
「あやや、話が早くて助かります。」
「河童の光学迷彩で隠れさせてもらいますが、ちゃんと戦いますよ、へへへ。」
神奈子は再び頭を抱えたが、まだ希望がある。両津と外の世界からの応援が待ち遠しい。神奈子もやはり女。変態に対する生理的嫌悪はあるのだ。上の立場だから抑えているだけで。しかし、彼らなら一緒に……。
神奈子のその希望は、すぐに打ち砕かれた。犬走椛からの再びの伝令で。
「か、神奈子様!新しい変態が2人山に接近!しかも今度は二人です!」
「何!?どんな奴だ!」
「裸に海パン1枚だけの、あとネクタイが……とにかく変態です!!」
その頃、両津たちは徒歩で山を登っていた。当然というか、お約束というか。両津も裸に海パン一丁に着替えさせられていた。
両津たちは飛べないうえに、この格好のせいであらゆる交通機関から乗車を断られていた。海パン刑事はそういう扱いに慣れているが、両津はたまったものではない。
「くっそー、疲れたーーー」
(両さん、聞こえるかい?)
「この声は……小町?」
今回は小町は同行しなかった。正確には同行する予定だったのだが、海パン男2人と並んで歩くことを全力で拒否。もちろん女として普通の反応である。麗子は大物だったんだな、と両津は昔を懐かしんだ。
が、その小町の声がどこからか聞こえる。
(今、私は映姫様の道具から両さんの脳内に通信している。半径500m内にいるから困ってることがあったら言ってくれ。)
「なら、ワシを背負って山まで運んでくれ。」
(それはできない相談だね)
「ははは、両津。その程度でへこたれるとはな。」
(え、聞こえるの!?何で!?)
「全ての隠し事はできず、ありのままをさらけ出す。海パンスタイルにはそういう効果があるのだ。」
(ねーよ、絶対。)
小町はため息をつく。が、本来の要件を伝える。
(山の妖怪たちが両さんを敵だと思ってるらしくてね。あたいが誤解を解きに行ってくるよ)
「助かる。」
(あともう一つ。まだ、人里にいるんだけどね、そいつ。今回の奴はヤバイ。)
「……どういうことだ?」
「なるほどな。言ってることは分かったが、やってることが分からん。」
「あたいに言われても。」
小町は神奈子のところに出向き、両津たちの事情を伝える。神奈子は今更ながら本当に不安になってきた。
「どうする?アタイも戦うのかい?」
「いや……引き続き上空で待機して欲しい。この調子だと両津の相棒の……海パン刑事?そいつの監視も必要そうだ。椛はTバック野郎に集中してもらいたいんでね。」
椛を親指で指さす。絶対に戦わないという条件で、椛を引き留めたのだ。
「へいへい。ところで何か作戦はあるんですか?」
「ああ。だが、相手が規格外だ。どこまで通じるか。そっちの変態はどうなんだ?」
「さぁ?」
小町が肩をすくめる。そんな中、椛の伝令が響く。
「標的、山を登り始めました!北西から山道沿いに山頂に向かってくると思われます。一番近いのは白狼5番隊。事前の打ち合わせ通りに敵との接触を避けて、退路を塞ぎます。」
「ご苦労。さて、いくか。小野塚の。両さんたちにまずここに来るように案内しておくれ。それまでに撃退できるといいんだがな。」
軍神、守矢神奈子、戦場に向かった。
「おほっ?うーん、迷子になっちゃったのかしら?」
怪盗Tバックはそう独白する。彼は山道を登っているのだが、一向に頂上が近づく気配がない。それもそのはず、白狼天狗たちの突貫工事によって、山道は頂上を中心にぐるぐる回る道に変更されていた。途中で山谷があるものだから、登ってるのか降りているのかも分かりづらい。
「迷ってるのではない。貴様は真っすぐに向かっているぞ。墓場にな。」
いつの間にか出現した神奈子が見下ろす。場所は森から抜け、小石が混じる開けた場所。ここで声をかけたのは一番地の利を得られる場所と判断したからだ。
「あっれー?もしかして神奈子様?やだん、いきなりVIPが来るなんて……感激。」
怪盗Tバック、投げキスをする。鳥肌と吐き気を抑えて神奈子が言う。
「どうする?大人しく帰るならそれでよし。帰らぬなら、地獄巡りをさせてやる。」
「会って早々帰れなんて、乙女心が分かってないわね。」
首を鳴らしつつ、答える。やる気のようだ。
静かだ。あたりは風の音しかしない。こういうのて時代劇みたいね。1人そんなことを考えていたTバックだったが。
「……?」
風がどんどん強くなっている。いや、強いだけではない。どうやら自分を中心に旋毛風が発生しているようだ。
「く……」
思わず、眼を塞ぐ。砂埃が舞ってきた。それを見逃す神奈子ではない。
「うぉおらぁあああ!!」
「!?」
どこからきたのか御柱。軍神の全力投球、いや投柱は里の力自慢とは訳が違う。怪盗Tバックは何とか弾いたものの、手が痺れた。なお、この威力の投柱は明確に弾幕ごっこルール違反ではあるが、変態相手にそんなことは気にしてられない。
「く、この風……なんなの?」
神奈子の投柱は隙だらけだった。すぐに間合いを詰めれば封じれる。しかし、怪盗Tバックは動けなかった。その原因はおそらくは彼を中心に舞っている旋毛風にあるが、理由までは分からない。彼の感覚では、神奈子のところに歩こうとしてるのだが、足は何故か同じ場所を踏み続けていた。
「いつまでも……調子こいてんじゃないわよ、ババア!」
Tバックは石を拾って投げる。が、神奈子から大きく外れた。彼のコントロールが悪いわけではない。軽い石では旋毛風の影響を受けて軌道が曲がってしまい、しかし御柱は重さからほぼ真っすぐに彼の元に届いていた。加えて、彼は気づいていないが、神奈子は投げる度にちょくちょく間合いを変えていた。そこら辺のセンスが流石軍神である。
が……。
「守りに入ったか。」
「……」
神奈子は御柱を投げるのを止める。Tバックは腕を大きく頭の前に掲げてブロックを組む。防御に集中する構えだ。試しに投げて見ると上半身をそらして弾く。神奈子の投柱は所詮単発。ジャブもないストレートのみなので、防ごうと思えば防げる。直撃しなければ疲労が蓄積するのは神奈子の方だ。
が、神奈子の方が1枚2枚上手だった。
「風が……更に強くなった?」
今や旋毛風は轟轟と吹き荒れ、砂嵐となった。視界を完全に奪われるわけではないが、もはや神奈子の視認は難しかった。
「……!?」
寸でのところで御柱を弾く!神奈子が真横から投げてきたのだ。
「ふん、死角からというつもり?」
しかし神奈子の戦術はTバックの上をいった。
今度は正面から御柱。当然弾くが……
「水?」
それは放水だった。驚きによって固まってるところに背後から御柱っ!
「がふっ」
Tバック、初めて転倒した。幾層にも重なる贅肉と、その奥に潜む凶悪な筋肉によってダメージはそれほどでもない。しかし、問題は……。
「水……がふっ」
またクリーンヒット。水を囮に御柱を放つ。視界が奪われてる中のフェイントを交えた攻撃には流石に防御しきれなかった。
今更説明するまでもないが。旋毛風を操っているのは射命丸文、水は河城にとりだ。
旋毛風は別に怪盗Tバックの動きを封じているわけではなかった。単に風に押されるようにして神奈子が後ろに下がってるだけ。もちろん木や岩などの目印のようなものがあれば彼もそれに気づいただろう。が、ここは開けた荒れ地であり、更に地面の小石や砂たちは風によって緻密に制御されており、あたかも彼が同じ場所をずっと踏み続けているような錯覚に陥らせた。
また放水の方だが、にとりが放ったのは泥水を棒状放水していた。色合いも柱と見分けることが困難。少しずつだが、怪盗Tバックは膝をついている時間が増えていた。文とにとりは勝利を確信したが……
「うりゃああ!」
「がふっ…」
「にとり!!」
にとりが倒れた。原因はTバックが投げた御柱。周囲に転がっていた御柱を正確ににとりに命中させた。神奈子に比べて雑な手投げに過ぎなかったが、にとりを倒すには十分だった。
「文!にとりを介抱しろ!撤退だ!」
軍神・神奈子の判断は早い。Tバックの視界が回復するころには誰もいなくなった。
(ふふふ、馬鹿ね。敗因は『油断』よ。)
神奈子の戦術は完ぺきだったが、にとりは甘かった。神奈子は立ち位置を常に細かく変えて攻撃していたのに対し、にとりは段々同じ場所に留まるように。敵の姿が見えてないので油断したのだ。それをTバックは見逃さなかった。
「さて、山頂はあっちね。」
Tバックは悠々と山を登っていった。
両津と海パン刑事が到着した頃、白狼天狗たちがにとりの介抱をしていた。
「おい、どうした、にとり!?」
「あ、両さん触らないで!命に別状はないけど、すぐに医者に見せた方がいい。」
両津の問いかけに椛が制止した。
「遅かったぞ、両津。待ちわびた。」
神奈子がやってきた。
「状況を教えてくれ。」
「ああ、さっきTバックとやらとやりあってな。にとりは肋骨を2本折ったが、状況から考えれば当たり所が良かったといえるだろう。敵はとんでもない怪力だ。」
神奈子の説明に海パン刑事が割って入る。
「ご苦労。ここからは両津と私に任せてもらおう。」
「おい、相手は……いや、そうか」
神奈子は止めようとしたが思い直してやめた。あっちの変態も怪力だが、こっちの変態も只者ではないことは感じ取っていた。
「おい、海パン。相手のことは知ってるのか。」
「もちろん。が、その前にだ。」
いきなり股間の中に手を突っ込む。きゃっと椛が目を塞ぐが、出したのはバナナ。
「戦いの前の腹ごしらえだ。あむ。」
「……本当に大丈夫かい?」
神奈子は早くも不安になったが、そうも言ってられなくなった。白狼天狗から伝令が来た。
「敵、半径800m内に接近!」
「仕方ない。両津!そこの!あー、汚野?戦ってくれ。私たちは一度作戦を立て直す。」
「任せとけ!」
両津たちは山を下って行った。
両津たちが怪盗Tバックと遭遇したのは拠点からちょうど400mのところ。
「久しぶりだな、怪盗Tバック。」
「貴様は……海パン刑事……」
両者が会うなりの第一声がこれだった。
(なんだ?聞いていたのと随分様子が違うぞ?)
両津が小町や神奈子から聞いた話では、人を食ったような気持ち悪いオカマ声の男。しかし、海パン刑事を見た怪盗Tバックは野太く低い声で唸った。そしてこの声を聞いて、両津は確信する。
「海パン……お前、コイツを?」
「そうだ、両津。この怪盗Tバックは昔、私が逮捕した男だ。関取だった。」
怪盗Tバックが四股を踏む。明らかに素人の動きではない。軸がぶれずに高く上がる足。そして踏み下ろすときの体重移動。何度も何度も鍛えていることがうかがわれた。
「ああ、海パン刑事。貴様に捕まってから俺は変わった!ムショでは現役の時以上に稽古に打ち込んだ!相撲に戻れない俺が稽古した理由!貴様を倒すためだ!!」
Tバックの紐を軽く引っ張る。
「もう俺にゴールデンボンバーは通じない。俺もがっつり変態側に行った。今までの俺をすべて捨ててな。」
「ふ、ははははは、全て?」
海パン刑事が海パンを脱ぎ捨てる。全裸だ。股間の一物は雄々しく天を差した!
「違うな、全てとはこういうこと!己の全てを!ありのままに!さぁ裸で語り合おうか。」
怪盗TバックもTバックを脱ぐ。その股間の一物は……むっちゃ小さかった。
「く……笑うなよ。」
「誰も笑っとらん。馬鹿だなと思っただけだ。」
恥ずかしがる怪盗Tバックに、両津が冷静なツッコミ。両津にしてみれば全裸になる意味が分からない。が、それを許さぬ男がいた。
「両津、貴様も裸になれ。」
「はぁ!?お前が戦うんじゃないのか?」
「私は隠し事が大嫌いな性格なんだ!」
一瞬で海パンを引きずり下ろす。両津の脳内に小町の失笑が聞こえた気がした。
「さて、怪盗Tバック。共に語り合おうではないか、お互いの全てを。」
それには答えず、怪盗Tバックは渾身の張り手!不意打ちだ。
が、それはブロックされた。
「はぁぁぁぁあああ!!」
「ふんふんふんふんふん!!」
海パン刑事と怪盗Tバックの打撃の応酬!素人には理解しがたいが、とにかく高レベルなのは間違いなかった。
(あの海パン刑事って、リアルに戦えるんだね。)
「ああ、数種類の格闘技を会得してるらしい。服装の問題がなければ金メダルとれたかも知れん。」
1分ほどしただろうか。
「ぷっはー、はー、はー」
先に肩で息をしたのは怪盗Tバックの方だった。元々相撲という長期戦に向かない格闘技だったことに加え、神奈子たちとの戦闘でのダメージの蓄積。バーコードヘアは汗で流れて、落ち武者ヘアになっていた。
「どうした?この程度か、怪盗Tバック?」
余裕しゃくしゃくの海パン刑事が言う。なお、怪盗Tバックが攻めきれなかったのは、裸になったが故にマワシに該当するものがなく、相撲の要である投げが仕掛けにくくなり、打撃戦になってしまったからである。それも計算に入れていたのか、あるいは単純な露出癖が効果的だったのか、知る由もない。
「そろそろ楽にしてやろう、怪盗Tバック!」
海パン刑事が蟹股で接近していく。ご存じ”アレ”の構えだ。ハイジャンプで飛び上がり、股間の一物を相手の顔に押し付ける秘技。これで数々の凶悪犯を失神に追いやった。それは怪盗Tバックも含めてだった。
が……、である。
「く、ふふふ、ふふふふふ!」
「? 何がおかしい?」
海パン刑事が訝しる。怪盗Tバックが笑い出したのだ。
「そうね、忘れてたわ。今のアタシは怪盗Tバック。Tバックらしく戦えばいい!」
怪盗Tバックが脱ぎ捨ててたTバックを拾い、そのまま履いた。
「さぁ、来なさい。天国に行かせてアゲル!」
「いいだろう、受けてみろ、我が必殺の一撃!」
「まずい、海パン刑事!下がれ!」
Tバックの挑発にのる海パン刑事を止める両津だったが、海パン刑事は接近する!が、飛び上がる直前。
ガシっ!!
「な!?」
逆に間合いを詰められて、抱きかかえられる海パン刑事。
「受けてみなさい!必殺、悩殺スペシャルーー!」
「ぬ、うごぉぉほぉ、おぇえええええ!!」
怪盗Tバック、全力のべろちゅー!あまりの気持ち悪さに海パン刑事吐き出そうとするも、がっしり抱きかかえられていて離せない。
「ぐぉほぉぉ、おぇえ!!おぇえ!おぉぉおおおお!!」
海パン刑事の終わらない悲鳴がこだまする。両津も小町もオッサン二人のベロチューにドン引き。
20秒ほどして海パン刑事は失神していたのだが、怪盗Tバックは熾烈な追い打ち。おそらくは3分はたっただろうか。
倒れる海パン刑事。顔面蒼白で身体は干物の様にしぼんでいた。
「こ、小町……」
(両さん、逃げな!)
「しかし……」
両津は逃げなかった。理由は倒れる海パン刑事。たとえ変態であろうと、両津は仲間を置き去りにして逃げることはできなかった。
「ふふふ、海パン刑事の相方さん。別に逃げてもいいのよー。」
「うぐぐぐぐ、」
両津は頭をフル回転。そして一つだけ回答を得る。しかし、それは……いや、やむを得ない。
(小町、聞こえるか?)
(なんだい、両さん。)
(ワシが一瞬だけ隙を作る。その隙に距離を操作して海パン刑事を救出しろ。)
(え。両さんは?)
(馬鹿。アイツがいたらワシが逃げれないだろーが!!)
(あ、うん、分かった。)
小町に伝令した後、両津は後退をやめる。
「うふふ、どうしたの、子猫ちゃん?」
「まぁ、見てろ。」
両津は敵に後ろを見せ、足で曲線を引き始める。眉を寄せる怪盗Tバック。その曲線は円となり、更に真ん中に2本線を引く。
「土俵……のつもり?」
「ああ、ワシも相撲には覚えがあってな。」
両津は四股を踏む。足を高く上げ、下ろす。体幹も悪くない。しかし……
(足の太さが足りないわ。素人が元プロの私に勝とうというの?)
なかなか土俵に上がらない怪盗Tバック。
「どうした?格下であるワシが土俵に上がってるのに、何を怖気づいてる?」
「……いいわ」
両津の挑発に怪盗Tバックはのった。罠なのは分かってる。しかし元力士として土俵から逃げるわけにはいかなかった。が、Tバックが土俵入りした瞬間、
「今だ、小町!」
「あいよ!」
小町が距離を縮めて急接近し、全裸で倒れている海パン刑事を回収。すぐに飛び去った。Tバックは海パン刑事に背中を向けていたため、反応が遅れてしまった。
「貴様、よくも……」
「うぉおおらぁ!残った!」
両津は振り向きざまに、飛び後ろ回し蹴り。しかも顔面だ。後ろの海パン刑事に気を取られたところの不意打ち!一撃必殺!
いや、一撃必殺の”はずだった”。
「な……」
「ふふふ、残念ね。よく頑張ったほうよ」
両津の蹴りは怪盗Tバック顔の手前。片手で受け止められていた。そしてそのまま抱きしめられる。
「げぇ!!」
「ふふふ、暴れなーい。最高の夢の世界に連れて行ってア・ゲ・ル!」
怪盗Tバックが唇をすぼめる。両津は残った左手で必死に叩くが、全く無力。両津絶体絶命!
が、ここで両津の生存本能がフル活性。スパコン以上の計算速度で生存ルートを計算!その答えは……
「へ?」
怪盗Tバックの間抜けな声。両津が掴んだのは怪盗Tバックの髪の毛。サイドにわずかに残るバーコード群。
「まさか……」
Tバックの声は悲痛に満ちていた。
「やめろッ!」
「うぉおおおお!!」
ブチブチブチブチブチ……!!
響き渡る毛が抜ける音。怪盗Tバックには命が引きちぎられる音に聞こえた。
怪盗Tバックは両津を離した。そして両津よりはるかに重要なものを確認する。頭のサイド部分を撫でる。そこには、残っていたはずの髪がない。僅かにチクチク感を残すのみ。
「あ、あ、」
いつの間にか涙にあふれた。もう生えてこないかもしれない。涙に満たされた視界の中、その原因の男をとらえる。瞬間、世界が赤に染まる。
「殺してやるーーーーッ!!」
「わぁ、逃げろ!」
間一髪、両津はよける。さっきまで両津がいたところに張り手が通り過ぎる。張り手は近くの木を穿ち、手形を残した。恐るべき張り手。人間は自らを破壊しないよう、無意識のうちに力を30%程度にセーブしているというが、今の怪盗Tバックはリミッターが外れた状態だった。
「ひぃいいいい!!」
「うぉおおおらぁああ!!」
次々に殺人張り手をくり出す怪盗Tバックに、両津はゴキブリのように逃げる!2人はついたり離れたりしながら、森に入る。逃げ惑う両津をハラハラしながら見つめる小町だったが、山頂の守矢神社に向かった。小町の脳内に……逃げる両津から確かな指令が入ったからだ。
全裸で気絶している海パン刑事を放り投げる小町に、守矢神社も天狗も異論を挟まなかった。千里眼を持つ椛が状況を説明したんだろう。
「神奈子様!両さんから頼みがあって……」
「いい、小町!既に手配済みだ。」
説明しようとする小町を制止する神奈子。
「え……?」
「私は神だよ。お前たちの脳内の会話を盗聴するくらい、カエルを飲み込むより簡単だ。」
よく分からない例えだが、伝わってるならよしとしよう。
「とは言え小町よ。」
「なんだい?」
「この作戦、下手したら両津、死ぬぞ。」
「川か!」
逃げる両津の目の前には横たわる川。三途の川と違って泳げるが、溺れたら地獄行きという点では変わりない。しかも妖怪の山という上流の川。深さもまばらで、川底も大岩だらけ。そして激流だ。ライフジャケットなしに泳ぐのは無謀だ。
「うふふ、年貢の納め時ねー。タダじゃ殺さないわ。貴方の毛という毛、全て毟ってから殺してやる!」
両津は川を見る。”あの場所”に行くまで捕まるわけにはいかない。川に怯んでる場合ではないのだ。
「おい、変態Tバック野郎。」
「ん?」
「お前、泳ぎは得意か?」
「……何を馬鹿なことを。死ぬわよ?」
怪盗Tバックの指摘は最もだ。両津はライフジャケットどころか全裸。そして激流にゴツゴツの岩肌である。だが、彼は間違っている。
「貴様に捕まっても死ぬんだろ。ならワシはこっちを選ばせてもらう!」
そういって両津は川に飛び込む。怯えながら入ったわけではない!競泳選手のような、美しいフォルムでためらいもなく飛び込んだのだ!
思わず固まるTバック。1秒後、2秒後、3秒後。
「ぷはっ」
息継ぎで顔を出す両津。遥か下流だ。しかもそれに飽き足らず、両津は更に泳いで下流に向かっていくのだ。激流の川の中で、更に加速する方向に泳いでいく両津。もはや危険を通り越して、自殺行為だ。
「く……待て!」
怪盗Tバックは陸地を走って追いかける。ほっといても死ぬようなことをしている両津だが、Tバックとしては自分の手で殺しておきたい。が、
(追いつけない……)
当然である。流石に両津がやっているのは激流川下り。とても人が走ってどうこうなるスピードではない。このままじゃぐんぐん引き離され、両津を見失ってしまう。
(しかし……)
怪盗Tバック、本日初めて恐怖で唾を飲み込む。川は曲がりくねり、時折小さな滝すらある。ここに入る?無謀だ。
(が、奴は私の髪を……)
見逃すわけにはいかない。海パン刑事への恨みをようやく晴らしたところだ。今度は奴への恨みで眠れぬ日を過ごすのか。
「う、う、う、お、お、お」
怪盗Tバック、川に入る。両津のように飛び込むのではない。浅瀬からじゃぶじゃぶ水につかる。
が、意味なし。逆効果。川の中で立ち尽くしてるだけ。これでは走っていた方がまだマシだ。
だが、大丈夫。そんな臆病な水遊びを許すほど、山の川は優しくなかった。
ズルっ!
怪盗Tバック、足を滑らせる。声にならない悲鳴を上げ、ひっくり返り、犬神家の助清状態で、水面から逆さに足だけ出して流されていった。
「うぼぼぼぼぼ、がつっ!」
Tバック、額から血を吹き出す。完全に溺れてしまい、岩に額をぶつけたのだ。しかし彼が悪いのではない。これが普通!両津が異常、異端!
が、怪盗Tバック。彼もまた異常なのだ。
「ぐがぁぁああああ!」
ここで怪盗Tバック、なんと泳ぐことを放棄!両手は顔の前でブロッグを作る。そして迫りくる岩を避けることなく耐える!
ガツ……ザク……ガン……
当然、何度も激突。しかし彼は頑なにガード!水に沈むに任せ、川底につけば地面を蹴って上昇。これを繰り返す!
気づけば彼も猛スピードで川を下って行った。
「ここら辺でいいか。」
両津、川から這い出て岩に這い上った。身体は冷え切っていた。ここら先はどこまでやれるか。
両津は身体を岩にへばりつけた。日射のおかげで岩はそこそこの温もり。両津の体温を僅かながら上昇させる。気休め程度であっても、勝つために手は抜かない。
20分弱して、怪盗Tバックも現れた。両津を見て慌ててブレーキ。大岩に身体をぶつけた際に、ガードではなく抱きしめる。そして剛力で無理矢理岩に登った。
登った怪盗Tバックだったが、異変に気付く。あたりに響き渡る轟音。両津の先に見える水平線もどき。これは……
「滝……なの?」
「ああ、ここで溺れればワシかお前。どちらかが死ぬな。」
「ふ、ふふふ、馬鹿ね。貴方、こんなことして何になるの?馬鹿な真似はやめて……」
「どうした?さっきまで殺してやるとか言ったくせに怖気づいたのか。所詮、お前は身体が大きいだけ。中身は危ない橋を渡れない、臆病者だ。」
痛いところを突かれて怪盗Tバックは紅潮する。そう、彼を犯罪の道に踏み外させたのは正にそういう卑劣な部分。両津を殺そうとしていたが、自分の命を賭ける決心は実のところついていない。激流下りも、足を滑らせてなければ未だに上流でチャパチャパやっていただろう。
「でもね、貴方。ここからどうするの?私は風上どころか上流側よ。その優位は圧倒的。いえ、そもそもここで川に戻ること自体が無謀、自殺行為よ。運よく大岩にぶつかることができれば話は別だけど。9割方、滝に真っ逆さまよ。」
「どうかな?」
両津は水に戻った。流されぬように慎重に、足を踏ん張っている。しかし、生まれたての小鹿よりも不安定だろう。
「ぐぬぬぬぬ、うぉおおおお!」
「ふ、ははははは。そんな様子で私のところまでたどり着けるの?私は貴女が落ちるところ見届けてからゆっくり岸に上がるとするわ。」
「違うな。Tバック変態野郎。死にたくなかったら今すぐ岩から降りるべきだな。」
「は?何を言って……」
怪盗Tバックはここで気づく。両津の視線が自分を越えて上流に向けられていることに。そして後ろを向くと、そこには川を埋め尽くさんばかりの……
「お、御柱ッア!?」
「これが幻想郷名物、弾幕ごっこだッ!!」
そう、上流から川を埋め尽くさんばかりの御柱!御柱たちは次々に岩に激突!そして岩をひっくり返していった。そして、怪盗Tバックの乗る岩にももちろん……
ガッコーーーン!
「あ、わ、わ、わ、わぁあああああああ!!」
残りの悲鳴は川に飲み込まれる。川に叩き落された怪盗Tバックは次々に御柱に激突し、流されていく。
一方両津は川に仁王立ちし、迫りくる御柱を最小限の動き、所謂チョン避けで交わしていく。流され、今や両津のはるか後方にいく怪盗Tバックには目もくれない。
しばらくして御柱の嵐がおさまる。両津が後ろに目を向けた時、怪盗Tバックは滝に堕ちる寸前。わずかに残る小岩に辛うじて片手をかけていた。
「た……助けて……」
「もう、悪さはせんか?」
「しない!しない!御柱も諦める!だから……」
「ふん!」
両津は岸に上がった。そしてそこに何故か転がっているロープを手にし、投げ縄の要領で怪盗Tバックに投げる。
何故そんなところにロープが?そんな疑問を持てる余裕は怪盗Tバックになかった。
3分後。怪盗Tバックが岸に引き上げられる。身体中の穴という穴から汁を垂らして。おそらく脱糞もしただろう。
「ひ、ひぃ、ひぃ……」
「さて約束だ。もう悪さはするなよ。ワシは帰るからな。」
両津は無防備に背中を向ける。
それをみたTバックの心の中に沸き起こるもの。それは憎しみ。助けてもらった恩などどごぞに吹き飛んだ。
「く、くくく、ふふふ……」
上体を大きくひねる。今度は張り手ではない。グーだ。無防備な背中など背骨ごと折ってくれるわ!
「死ねぇぇえええい!」
が!!!
その拳が両津に届くことはなかった。
後ろから掴まれて、止められる拳。そして顔面に押し付けられる軟体と剛体!この感触を彼は知っていた。忘れるわけもないトラウマっ!!
「貴様……」
「海パン刑事、復活!」
そう、海パン刑事。そして顔面に押し付けられるは海パン刑事の”海パン刑事”。
(やめ……)
「はぁああああん!」
突然開始されるセンズリ!硬い剛直と柔らかい陰嚢の感触!そして悍ましさ!これぞ、海パン刑事の必殺、ゴールデンボンバー!!
両津が振り向いた時、既に怪盗Tバックは失神していた。
「両さーーーーん!」
上空より小町と神奈子。そして岸より駆け寄る白狼天狗。両津は未だに全裸だったが、今や誰も気に留めなかった。
「両さん、あんた、やっぱりスゴイ男だよ!」
「ワシがすごいんじゃない。アイツらのおかげだ。」
両津が親指で川を指す。川から出てきたのは2匹の河童。二人ともガッツポーズしていた。
そう、この河童たちは両津をずっと支えていた。怪盗Tバックを振り切り、激流を下っていた両津は途中で河童と合流。後は2匹の河童に支えられて激流を下っていた。滝の手前という超激流ポイントで仁王立ちできていたのも、何のことはない。水中で河童たちが両津の両足を支えていたからだ。
が、河童の援助はそれだけ。御柱を避けきる動体視力、そもそも河童と合流するまで無事に激流を下りきる遊泳能力は両津の実力だった。
「両津、借りができたな。」
「おう、返しに来んでもいいぞ。」
そういって海パン刑事とガッシリ握手した。
その後。怪盗Tバックは外の世界の警察に引き渡されることになった。形上は海パン刑事の手柄として。両津は外の世界からは何もなかったが、後日正式に守矢神社に招待され表彰された。
そして帰り道。
「両さんさ、一つだけ聞いてもいいか?」
「何だ?」
小町に問われる。
「何で怪盗Tバックを助けたんだ?」
あの作戦の時。何故河原にロープがあったのか。それは両津が手配したから。更に怪盗Tバックが滝から落ちる事態に備え、滝にはネットと河童製空飛ぶ潜水艦が待機していたのだ。
「アイツがそのまま死んだところで両さんを責める人なんていやしないよ。むしろ生け捕りするために両さん自身がかなり危なかったはずだ。もし海パン刑事がやられたら、それこそ両さんは死んでたよ。」
「警察官たるもの、人に暴力を振るってはいけない。ワシは部長に……元の世界の上司にそう教えられていてな。」
小町が眉を寄せる。両津の顔には若干の誇らしさが浮かんでいた。
「その部長、よっぽどいい人なんだね。」
「はぁあ?馬鹿言うな。口うるさくて、その癖自分には甘いオッサンだ。」
談笑する両津と小町。そんな二人を夕日が赤く照らしていた。
「はい、守矢神社にこんな予告状が。」
四季映姫は両津と小町に真剣な顔で言う。
映姫によると、予告状を出した犯人は外の世界で有名な悪党。手口も特殊で、予告状を出して警備が強化された対象を正面から叩き潰す、ハードボイルドな奴だという。
そんな悪党がどういう手段をとってか幻想入りし、守矢神社の最古の御柱を盗むと予告してきたのだ。守矢と山の妖怪はすぐに協議。白狼天狗たちは自らの力で守ると息巻いていたが、敵は外の世界でも誰も防げなかった大悪党。また盗まれたとすれば守矢も山もメンツを失ってしまう。そこで両津ならばあるいは、と考えたらしい。
「しかし、私は両津と小町だけでは荷が重いと判断しました。幸い、その大悪党を追って外の世界から応援が来るそうです。詳しいことは彼に聞けばよいかと。」
「応援?両さん、どういうことだい?」
「ああ、警察では時々あるんだ。所轄だけでは荷が重いと判断した場合、警視庁から応援が来ることが。」
尋ねる小町に両津が説明する。そして更に映姫が続けた。
「はい、今回はその中でも更に特殊な任務に携わってる方だと。」
「『特殊』?」
両津がぴくっと反応。そして軽く青ざめる。
「どうしたんだい、両さん。」
「……裁判長。『特殊』っていうのはどこから?」
「書類に特殊刑事課って書いてありましたから。」
「げぇえええ!!やっぱりーーーー!!」
悲鳴を上げて退散しようとする両津だったが、一足遅かった。
ズキューーン、ズキュズキューン!!
「「ひ、ひぃいいいい!!」」
部屋に飛び交う銃弾!伏せる両津と小町。
銃弾は部屋の外から壁越しに発射されていた。銃弾たちが壁に開けた穴は大きく円弧を描き、そしてとうとう壁が倒れた。
「ふははははは!!」
外にはマッチョで長身の、そして海パン姿の男が仁王立ちしていた。
「ふははははは!
股間のモッコリ 伊達じゃない
陸に事件が起きた時 海パン一つですべて解決
特殊刑事課三羽烏の一人
海パン刑事 ただいま参上」
(注:海パン刑事を知らない方は、ここをご覧ください。
動画は見つけられませんでした。
エイチttps://thefunnel.jp/topics/537e08cb343138000c420000)
「毎回毎回、ドアがあるんだから壁に穴開けて入るんじゃない!!」
「……両さん、この変態は知り合いなのかい?」
最後に決めポーズを決める海パン刑事に突っ込む両津と訝しむ小町。しかし映姫は違った。
「両津!小町!慎みなさい!この方は外の世界よりわざわざ来てくださったエリート刑事さんですよ!」
「肩書より実物を見てくださいよ、裁判長!」
「そうですよ!コイツ、ただの変態じゃないですか!黒を超えて闇ですよ!」
猛反対の小町を無視し、映姫は海パン刑事とがっちり握手する。
「こちらの世界で閻魔を勤めさせてもらっている四季映姫と申します。」
「こちらは警視庁の海パン刑事です。よろしく。」
「普通に握手するなーーー!何でも受け入れすぎだろ、幻想郷ーーー!」
「コホン。その幻想郷に、今危機が訪れている。」
軽く咳払いして海パン刑事が言う。そしておもむろに海パンの中に手を突っ込み、出す。
「きゃっ!」
小町が思わず目をそらす。しかし出てきたのはiPadだった。無論、どうやって海パンの中に入っていたかは謎である。
「こちらのリストを見てくれたまえ。これが奴が起こした、あるいは起こしたと思われる事件のリストだ。」
「16件ですか。判明しているだけで。」
「うむ、しかも奴は恵まれた体格を頼りに、全て素手で事件を起こしている。人はこう呼ぶ、『怪盗Tバック』と!」
「「……」」
絶句する小町と両津。
「怪盗……Tバックってまさか……」
「うむ、奴もまた裸に女物のTバックだけを纏う、正々堂々とした奴だ。」
「敵も変態じゃないですか、やだーーーー!!」
「諦めろ、小町。コイツラ(特殊刑事課)が追う犯人もだいたい変態なんだ。」
両津がげんなりして言う。既に嫌悪感を抱いている小町、全幅の信頼を置いている映姫、そして全てを諦めて受け入れる両津。それを全て超越(無視)して、海パン刑事の説明は続いていた。
一方、そのころの人里の定食屋。昼時でありながら、誰も食べていない。否、一人を除いて誰も食べてなかった。中央には毛むくじゃらのハンプティダンプティみたいな男。ボウボウの胸毛に、禿げかかったバーコードの頭皮。黒縁眼鏡にタラコ唇。そして裸に女物の赤いTバック1枚。要するに変態だ。
もう説明はいらないだろうが、この男が怪盗Tバックだ。
「店主、天丼おかわりー」
「へ、へい……」
店主も不気味そうに見ている。この男、既に5杯も食っていた。とんでもない大食いだ。と、そんな時に入り口ががやがやする。そこには熊のような男。ご存じ、第1話に出ていた町内会の会長だ。異常を聞きつけて登場したのだ。
怪盗Tバックもおもむろに立ち上がる。町内会長から伝わる敵意は背中越しにも感じた。そしてそのまま両者店の外に出た。
大勢の野次馬の中。先に口を開いたのは町内会会長の方だ。
「オッサン。流石にその服装はねぇーんじゃねぇか?女子供もいるんだぞ。」
「あら、やだん。アタシ、心は女よーん?」
一斉にオぇっていう声。ブクブクの毛むくじゃらデブからのまさかの猫なで声。会長も気圧されたが、踏ん張り言う。
「ここの支払いはやっといてやる。だから悪りぃけど、出てってくれないか?」
「奢ってもらうのは嬉しいけど、追い出されるのは癪ね。」
会長はそれに答えず、上半身を脱ぐ。もう既に40は超えていたが、筋骨隆々。野次馬もおーとどよめく。怪盗Tバックは屈伸の準備運動。上下するたびに贅肉がぽよんぽよんする。
「さ、かかってきなさぁい。貴方の全て、受け止めてア・ゲ・ル。」
「……出ていけ、変態。」
会長はいきなり大振りのストレート。が、片手でパンっと受け止められる。
「な!?」
「んふふ」
そして崩れ落ちる会長。目にもとまらぬ左の腹パンがヒットした。そしてそのまま背負い投げ!
土煙を上げて倒れる会長。
「あら、手は離さないのね。」
「ぐ……なめるな」
もう勝負はついた感はあったが、会長は意地でつかんだ手を離さない。すると、とんと持ち上げられる。会長は立たされていた。
「いいわよー。気に入った。私のスペシャルで、ビューティーな必殺技で悩殺してア・ゲ・ル。」
「……」
大きなケツをふりふりしながら答える怪盗Tバック。キモさ抜群。会長は頭に血が上ったが、いったん止まる。
「……」
ゆっくりと円を描くように間合いを取る。正攻法では勝てない。しかし町内会会長として負けるわけにはいかない。
「ふん!」
「!?」
会長は突如蹴り上げる。足元にあったのは、先ほど脱いだ会長の上着。蹴りで宙に舞った上着が怪盗Tバックの視界を塞いだ。
「スキありー!!!」
会長、渾身の顔面右フック。確かな手ごたえ。完璧に入った……はずだった。
「いいパンチもってるじゃなーーい。」
「な!?」
顔面に届いてなかった。また左手1本で防がれていた。思わず左手を出すが、それも弾かれる。するとキュっと会長は怪盗Tバックに抱きしめられる。
「いくわよー、必殺、悩殺スペシャルーー」
「何を……ぐ、ぐーーーーーーおえぇ!」
怪盗Tバックの必殺技。それはベロチュー!!キモデブ男が強引に舌を入れて口内を舐めまわす、吐き気を催す邪悪!
「オ・・・・お・・・・」
舌を口に入れられ、会長は悲鳴すら上げられず、また強引に離れることもできない。
永遠にも感じられる凌辱。そして会長は失神した。
「ふぅ……ご馳走様。」
投げ捨てられる会長。気力がぬけたのか、カピカピに干からびていた。それには目もくれず怪盗Tバックは悠々と去っていった。
会長はそのまま、自警団の妹紅が到着するまで投げ捨てられていた。
「こ、これは……幻想郷の終わりだ!」
その遥か5km以上離れた妖怪の山奥。犬走椛が悲鳴を上げる。千里眼で先ほどの戦闘を見ていたのだ。
「か、神奈子様!!かくかくじかじか……」
「何!?予告状を送った変態をとっちめようと人里の大男がつまみ出しにかかったら、全ての攻撃を受け止められた挙句、公衆の面前でべろちゅーを敢行されて、気持ち悪さの余り失神して倒れたですって!?」
「私のかくかくじかじかを返せよ。」
ここは妖怪の山中腹の対策本部。思ってたのと随分違う怪盗Tバックに一同動揺を隠せない。
特に千里眼で見ていた白狼天狗一同は皆戦意を喪失していた。べろちゅーされるくらいなら舌を噛み切って死ぬ。椛はリアルにそう思っていた。
「あやややや、とりあえず写真はとってきました。倒れた会長の。」
「いや、Tバックの方を撮れよ。」
神奈子は頭を抱える。
「諏訪子。」
「言わなくても分かるけど、何?」
「早苗を拘束して絶対に出すな。御柱盗まれても、早苗の唇だけは盗ません。」
「うん、やっとく。私たちは地底に隠れるわ。」
神奈子は頭を抱えた。戦う前に戦力が大喪失だ。
「とりあえず私と共に戦える奴はおるか?援護だけでもよい。」
ほとんどがしり込みする中、射命丸文と河城にとりだけが前に出る。この二人のやれるのは……
「遠距離支援。結局、接近して戦うのは私ってことね。」
「あやや、話が早くて助かります。」
「河童の光学迷彩で隠れさせてもらいますが、ちゃんと戦いますよ、へへへ。」
神奈子は再び頭を抱えたが、まだ希望がある。両津と外の世界からの応援が待ち遠しい。神奈子もやはり女。変態に対する生理的嫌悪はあるのだ。上の立場だから抑えているだけで。しかし、彼らなら一緒に……。
神奈子のその希望は、すぐに打ち砕かれた。犬走椛からの再びの伝令で。
「か、神奈子様!新しい変態が2人山に接近!しかも今度は二人です!」
「何!?どんな奴だ!」
「裸に海パン1枚だけの、あとネクタイが……とにかく変態です!!」
その頃、両津たちは徒歩で山を登っていた。当然というか、お約束というか。両津も裸に海パン一丁に着替えさせられていた。
両津たちは飛べないうえに、この格好のせいであらゆる交通機関から乗車を断られていた。海パン刑事はそういう扱いに慣れているが、両津はたまったものではない。
「くっそー、疲れたーーー」
(両さん、聞こえるかい?)
「この声は……小町?」
今回は小町は同行しなかった。正確には同行する予定だったのだが、海パン男2人と並んで歩くことを全力で拒否。もちろん女として普通の反応である。麗子は大物だったんだな、と両津は昔を懐かしんだ。
が、その小町の声がどこからか聞こえる。
(今、私は映姫様の道具から両さんの脳内に通信している。半径500m内にいるから困ってることがあったら言ってくれ。)
「なら、ワシを背負って山まで運んでくれ。」
(それはできない相談だね)
「ははは、両津。その程度でへこたれるとはな。」
(え、聞こえるの!?何で!?)
「全ての隠し事はできず、ありのままをさらけ出す。海パンスタイルにはそういう効果があるのだ。」
(ねーよ、絶対。)
小町はため息をつく。が、本来の要件を伝える。
(山の妖怪たちが両さんを敵だと思ってるらしくてね。あたいが誤解を解きに行ってくるよ)
「助かる。」
(あともう一つ。まだ、人里にいるんだけどね、そいつ。今回の奴はヤバイ。)
「……どういうことだ?」
「なるほどな。言ってることは分かったが、やってることが分からん。」
「あたいに言われても。」
小町は神奈子のところに出向き、両津たちの事情を伝える。神奈子は今更ながら本当に不安になってきた。
「どうする?アタイも戦うのかい?」
「いや……引き続き上空で待機して欲しい。この調子だと両津の相棒の……海パン刑事?そいつの監視も必要そうだ。椛はTバック野郎に集中してもらいたいんでね。」
椛を親指で指さす。絶対に戦わないという条件で、椛を引き留めたのだ。
「へいへい。ところで何か作戦はあるんですか?」
「ああ。だが、相手が規格外だ。どこまで通じるか。そっちの変態はどうなんだ?」
「さぁ?」
小町が肩をすくめる。そんな中、椛の伝令が響く。
「標的、山を登り始めました!北西から山道沿いに山頂に向かってくると思われます。一番近いのは白狼5番隊。事前の打ち合わせ通りに敵との接触を避けて、退路を塞ぎます。」
「ご苦労。さて、いくか。小野塚の。両さんたちにまずここに来るように案内しておくれ。それまでに撃退できるといいんだがな。」
軍神、守矢神奈子、戦場に向かった。
「おほっ?うーん、迷子になっちゃったのかしら?」
怪盗Tバックはそう独白する。彼は山道を登っているのだが、一向に頂上が近づく気配がない。それもそのはず、白狼天狗たちの突貫工事によって、山道は頂上を中心にぐるぐる回る道に変更されていた。途中で山谷があるものだから、登ってるのか降りているのかも分かりづらい。
「迷ってるのではない。貴様は真っすぐに向かっているぞ。墓場にな。」
いつの間にか出現した神奈子が見下ろす。場所は森から抜け、小石が混じる開けた場所。ここで声をかけたのは一番地の利を得られる場所と判断したからだ。
「あっれー?もしかして神奈子様?やだん、いきなりVIPが来るなんて……感激。」
怪盗Tバック、投げキスをする。鳥肌と吐き気を抑えて神奈子が言う。
「どうする?大人しく帰るならそれでよし。帰らぬなら、地獄巡りをさせてやる。」
「会って早々帰れなんて、乙女心が分かってないわね。」
首を鳴らしつつ、答える。やる気のようだ。
静かだ。あたりは風の音しかしない。こういうのて時代劇みたいね。1人そんなことを考えていたTバックだったが。
「……?」
風がどんどん強くなっている。いや、強いだけではない。どうやら自分を中心に旋毛風が発生しているようだ。
「く……」
思わず、眼を塞ぐ。砂埃が舞ってきた。それを見逃す神奈子ではない。
「うぉおらぁあああ!!」
「!?」
どこからきたのか御柱。軍神の全力投球、いや投柱は里の力自慢とは訳が違う。怪盗Tバックは何とか弾いたものの、手が痺れた。なお、この威力の投柱は明確に弾幕ごっこルール違反ではあるが、変態相手にそんなことは気にしてられない。
「く、この風……なんなの?」
神奈子の投柱は隙だらけだった。すぐに間合いを詰めれば封じれる。しかし、怪盗Tバックは動けなかった。その原因はおそらくは彼を中心に舞っている旋毛風にあるが、理由までは分からない。彼の感覚では、神奈子のところに歩こうとしてるのだが、足は何故か同じ場所を踏み続けていた。
「いつまでも……調子こいてんじゃないわよ、ババア!」
Tバックは石を拾って投げる。が、神奈子から大きく外れた。彼のコントロールが悪いわけではない。軽い石では旋毛風の影響を受けて軌道が曲がってしまい、しかし御柱は重さからほぼ真っすぐに彼の元に届いていた。加えて、彼は気づいていないが、神奈子は投げる度にちょくちょく間合いを変えていた。そこら辺のセンスが流石軍神である。
が……。
「守りに入ったか。」
「……」
神奈子は御柱を投げるのを止める。Tバックは腕を大きく頭の前に掲げてブロックを組む。防御に集中する構えだ。試しに投げて見ると上半身をそらして弾く。神奈子の投柱は所詮単発。ジャブもないストレートのみなので、防ごうと思えば防げる。直撃しなければ疲労が蓄積するのは神奈子の方だ。
が、神奈子の方が1枚2枚上手だった。
「風が……更に強くなった?」
今や旋毛風は轟轟と吹き荒れ、砂嵐となった。視界を完全に奪われるわけではないが、もはや神奈子の視認は難しかった。
「……!?」
寸でのところで御柱を弾く!神奈子が真横から投げてきたのだ。
「ふん、死角からというつもり?」
しかし神奈子の戦術はTバックの上をいった。
今度は正面から御柱。当然弾くが……
「水?」
それは放水だった。驚きによって固まってるところに背後から御柱っ!
「がふっ」
Tバック、初めて転倒した。幾層にも重なる贅肉と、その奥に潜む凶悪な筋肉によってダメージはそれほどでもない。しかし、問題は……。
「水……がふっ」
またクリーンヒット。水を囮に御柱を放つ。視界が奪われてる中のフェイントを交えた攻撃には流石に防御しきれなかった。
今更説明するまでもないが。旋毛風を操っているのは射命丸文、水は河城にとりだ。
旋毛風は別に怪盗Tバックの動きを封じているわけではなかった。単に風に押されるようにして神奈子が後ろに下がってるだけ。もちろん木や岩などの目印のようなものがあれば彼もそれに気づいただろう。が、ここは開けた荒れ地であり、更に地面の小石や砂たちは風によって緻密に制御されており、あたかも彼が同じ場所をずっと踏み続けているような錯覚に陥らせた。
また放水の方だが、にとりが放ったのは泥水を棒状放水していた。色合いも柱と見分けることが困難。少しずつだが、怪盗Tバックは膝をついている時間が増えていた。文とにとりは勝利を確信したが……
「うりゃああ!」
「がふっ…」
「にとり!!」
にとりが倒れた。原因はTバックが投げた御柱。周囲に転がっていた御柱を正確ににとりに命中させた。神奈子に比べて雑な手投げに過ぎなかったが、にとりを倒すには十分だった。
「文!にとりを介抱しろ!撤退だ!」
軍神・神奈子の判断は早い。Tバックの視界が回復するころには誰もいなくなった。
(ふふふ、馬鹿ね。敗因は『油断』よ。)
神奈子の戦術は完ぺきだったが、にとりは甘かった。神奈子は立ち位置を常に細かく変えて攻撃していたのに対し、にとりは段々同じ場所に留まるように。敵の姿が見えてないので油断したのだ。それをTバックは見逃さなかった。
「さて、山頂はあっちね。」
Tバックは悠々と山を登っていった。
両津と海パン刑事が到着した頃、白狼天狗たちがにとりの介抱をしていた。
「おい、どうした、にとり!?」
「あ、両さん触らないで!命に別状はないけど、すぐに医者に見せた方がいい。」
両津の問いかけに椛が制止した。
「遅かったぞ、両津。待ちわびた。」
神奈子がやってきた。
「状況を教えてくれ。」
「ああ、さっきTバックとやらとやりあってな。にとりは肋骨を2本折ったが、状況から考えれば当たり所が良かったといえるだろう。敵はとんでもない怪力だ。」
神奈子の説明に海パン刑事が割って入る。
「ご苦労。ここからは両津と私に任せてもらおう。」
「おい、相手は……いや、そうか」
神奈子は止めようとしたが思い直してやめた。あっちの変態も怪力だが、こっちの変態も只者ではないことは感じ取っていた。
「おい、海パン。相手のことは知ってるのか。」
「もちろん。が、その前にだ。」
いきなり股間の中に手を突っ込む。きゃっと椛が目を塞ぐが、出したのはバナナ。
「戦いの前の腹ごしらえだ。あむ。」
「……本当に大丈夫かい?」
神奈子は早くも不安になったが、そうも言ってられなくなった。白狼天狗から伝令が来た。
「敵、半径800m内に接近!」
「仕方ない。両津!そこの!あー、汚野?戦ってくれ。私たちは一度作戦を立て直す。」
「任せとけ!」
両津たちは山を下って行った。
両津たちが怪盗Tバックと遭遇したのは拠点からちょうど400mのところ。
「久しぶりだな、怪盗Tバック。」
「貴様は……海パン刑事……」
両者が会うなりの第一声がこれだった。
(なんだ?聞いていたのと随分様子が違うぞ?)
両津が小町や神奈子から聞いた話では、人を食ったような気持ち悪いオカマ声の男。しかし、海パン刑事を見た怪盗Tバックは野太く低い声で唸った。そしてこの声を聞いて、両津は確信する。
「海パン……お前、コイツを?」
「そうだ、両津。この怪盗Tバックは昔、私が逮捕した男だ。関取だった。」
怪盗Tバックが四股を踏む。明らかに素人の動きではない。軸がぶれずに高く上がる足。そして踏み下ろすときの体重移動。何度も何度も鍛えていることがうかがわれた。
「ああ、海パン刑事。貴様に捕まってから俺は変わった!ムショでは現役の時以上に稽古に打ち込んだ!相撲に戻れない俺が稽古した理由!貴様を倒すためだ!!」
Tバックの紐を軽く引っ張る。
「もう俺にゴールデンボンバーは通じない。俺もがっつり変態側に行った。今までの俺をすべて捨ててな。」
「ふ、ははははは、全て?」
海パン刑事が海パンを脱ぎ捨てる。全裸だ。股間の一物は雄々しく天を差した!
「違うな、全てとはこういうこと!己の全てを!ありのままに!さぁ裸で語り合おうか。」
怪盗TバックもTバックを脱ぐ。その股間の一物は……むっちゃ小さかった。
「く……笑うなよ。」
「誰も笑っとらん。馬鹿だなと思っただけだ。」
恥ずかしがる怪盗Tバックに、両津が冷静なツッコミ。両津にしてみれば全裸になる意味が分からない。が、それを許さぬ男がいた。
「両津、貴様も裸になれ。」
「はぁ!?お前が戦うんじゃないのか?」
「私は隠し事が大嫌いな性格なんだ!」
一瞬で海パンを引きずり下ろす。両津の脳内に小町の失笑が聞こえた気がした。
「さて、怪盗Tバック。共に語り合おうではないか、お互いの全てを。」
それには答えず、怪盗Tバックは渾身の張り手!不意打ちだ。
が、それはブロックされた。
「はぁぁぁぁあああ!!」
「ふんふんふんふんふん!!」
海パン刑事と怪盗Tバックの打撃の応酬!素人には理解しがたいが、とにかく高レベルなのは間違いなかった。
(あの海パン刑事って、リアルに戦えるんだね。)
「ああ、数種類の格闘技を会得してるらしい。服装の問題がなければ金メダルとれたかも知れん。」
1分ほどしただろうか。
「ぷっはー、はー、はー」
先に肩で息をしたのは怪盗Tバックの方だった。元々相撲という長期戦に向かない格闘技だったことに加え、神奈子たちとの戦闘でのダメージの蓄積。バーコードヘアは汗で流れて、落ち武者ヘアになっていた。
「どうした?この程度か、怪盗Tバック?」
余裕しゃくしゃくの海パン刑事が言う。なお、怪盗Tバックが攻めきれなかったのは、裸になったが故にマワシに該当するものがなく、相撲の要である投げが仕掛けにくくなり、打撃戦になってしまったからである。それも計算に入れていたのか、あるいは単純な露出癖が効果的だったのか、知る由もない。
「そろそろ楽にしてやろう、怪盗Tバック!」
海パン刑事が蟹股で接近していく。ご存じ”アレ”の構えだ。ハイジャンプで飛び上がり、股間の一物を相手の顔に押し付ける秘技。これで数々の凶悪犯を失神に追いやった。それは怪盗Tバックも含めてだった。
が……、である。
「く、ふふふ、ふふふふふ!」
「? 何がおかしい?」
海パン刑事が訝しる。怪盗Tバックが笑い出したのだ。
「そうね、忘れてたわ。今のアタシは怪盗Tバック。Tバックらしく戦えばいい!」
怪盗Tバックが脱ぎ捨ててたTバックを拾い、そのまま履いた。
「さぁ、来なさい。天国に行かせてアゲル!」
「いいだろう、受けてみろ、我が必殺の一撃!」
「まずい、海パン刑事!下がれ!」
Tバックの挑発にのる海パン刑事を止める両津だったが、海パン刑事は接近する!が、飛び上がる直前。
ガシっ!!
「な!?」
逆に間合いを詰められて、抱きかかえられる海パン刑事。
「受けてみなさい!必殺、悩殺スペシャルーー!」
「ぬ、うごぉぉほぉ、おぇえええええ!!」
怪盗Tバック、全力のべろちゅー!あまりの気持ち悪さに海パン刑事吐き出そうとするも、がっしり抱きかかえられていて離せない。
「ぐぉほぉぉ、おぇえ!!おぇえ!おぉぉおおおお!!」
海パン刑事の終わらない悲鳴がこだまする。両津も小町もオッサン二人のベロチューにドン引き。
20秒ほどして海パン刑事は失神していたのだが、怪盗Tバックは熾烈な追い打ち。おそらくは3分はたっただろうか。
倒れる海パン刑事。顔面蒼白で身体は干物の様にしぼんでいた。
「こ、小町……」
(両さん、逃げな!)
「しかし……」
両津は逃げなかった。理由は倒れる海パン刑事。たとえ変態であろうと、両津は仲間を置き去りにして逃げることはできなかった。
「ふふふ、海パン刑事の相方さん。別に逃げてもいいのよー。」
「うぐぐぐぐ、」
両津は頭をフル回転。そして一つだけ回答を得る。しかし、それは……いや、やむを得ない。
(小町、聞こえるか?)
(なんだい、両さん。)
(ワシが一瞬だけ隙を作る。その隙に距離を操作して海パン刑事を救出しろ。)
(え。両さんは?)
(馬鹿。アイツがいたらワシが逃げれないだろーが!!)
(あ、うん、分かった。)
小町に伝令した後、両津は後退をやめる。
「うふふ、どうしたの、子猫ちゃん?」
「まぁ、見てろ。」
両津は敵に後ろを見せ、足で曲線を引き始める。眉を寄せる怪盗Tバック。その曲線は円となり、更に真ん中に2本線を引く。
「土俵……のつもり?」
「ああ、ワシも相撲には覚えがあってな。」
両津は四股を踏む。足を高く上げ、下ろす。体幹も悪くない。しかし……
(足の太さが足りないわ。素人が元プロの私に勝とうというの?)
なかなか土俵に上がらない怪盗Tバック。
「どうした?格下であるワシが土俵に上がってるのに、何を怖気づいてる?」
「……いいわ」
両津の挑発に怪盗Tバックはのった。罠なのは分かってる。しかし元力士として土俵から逃げるわけにはいかなかった。が、Tバックが土俵入りした瞬間、
「今だ、小町!」
「あいよ!」
小町が距離を縮めて急接近し、全裸で倒れている海パン刑事を回収。すぐに飛び去った。Tバックは海パン刑事に背中を向けていたため、反応が遅れてしまった。
「貴様、よくも……」
「うぉおおらぁ!残った!」
両津は振り向きざまに、飛び後ろ回し蹴り。しかも顔面だ。後ろの海パン刑事に気を取られたところの不意打ち!一撃必殺!
いや、一撃必殺の”はずだった”。
「な……」
「ふふふ、残念ね。よく頑張ったほうよ」
両津の蹴りは怪盗Tバック顔の手前。片手で受け止められていた。そしてそのまま抱きしめられる。
「げぇ!!」
「ふふふ、暴れなーい。最高の夢の世界に連れて行ってア・ゲ・ル!」
怪盗Tバックが唇をすぼめる。両津は残った左手で必死に叩くが、全く無力。両津絶体絶命!
が、ここで両津の生存本能がフル活性。スパコン以上の計算速度で生存ルートを計算!その答えは……
「へ?」
怪盗Tバックの間抜けな声。両津が掴んだのは怪盗Tバックの髪の毛。サイドにわずかに残るバーコード群。
「まさか……」
Tバックの声は悲痛に満ちていた。
「やめろッ!」
「うぉおおおお!!」
ブチブチブチブチブチ……!!
響き渡る毛が抜ける音。怪盗Tバックには命が引きちぎられる音に聞こえた。
怪盗Tバックは両津を離した。そして両津よりはるかに重要なものを確認する。頭のサイド部分を撫でる。そこには、残っていたはずの髪がない。僅かにチクチク感を残すのみ。
「あ、あ、」
いつの間にか涙にあふれた。もう生えてこないかもしれない。涙に満たされた視界の中、その原因の男をとらえる。瞬間、世界が赤に染まる。
「殺してやるーーーーッ!!」
「わぁ、逃げろ!」
間一髪、両津はよける。さっきまで両津がいたところに張り手が通り過ぎる。張り手は近くの木を穿ち、手形を残した。恐るべき張り手。人間は自らを破壊しないよう、無意識のうちに力を30%程度にセーブしているというが、今の怪盗Tバックはリミッターが外れた状態だった。
「ひぃいいいい!!」
「うぉおおおらぁああ!!」
次々に殺人張り手をくり出す怪盗Tバックに、両津はゴキブリのように逃げる!2人はついたり離れたりしながら、森に入る。逃げ惑う両津をハラハラしながら見つめる小町だったが、山頂の守矢神社に向かった。小町の脳内に……逃げる両津から確かな指令が入ったからだ。
全裸で気絶している海パン刑事を放り投げる小町に、守矢神社も天狗も異論を挟まなかった。千里眼を持つ椛が状況を説明したんだろう。
「神奈子様!両さんから頼みがあって……」
「いい、小町!既に手配済みだ。」
説明しようとする小町を制止する神奈子。
「え……?」
「私は神だよ。お前たちの脳内の会話を盗聴するくらい、カエルを飲み込むより簡単だ。」
よく分からない例えだが、伝わってるならよしとしよう。
「とは言え小町よ。」
「なんだい?」
「この作戦、下手したら両津、死ぬぞ。」
「川か!」
逃げる両津の目の前には横たわる川。三途の川と違って泳げるが、溺れたら地獄行きという点では変わりない。しかも妖怪の山という上流の川。深さもまばらで、川底も大岩だらけ。そして激流だ。ライフジャケットなしに泳ぐのは無謀だ。
「うふふ、年貢の納め時ねー。タダじゃ殺さないわ。貴方の毛という毛、全て毟ってから殺してやる!」
両津は川を見る。”あの場所”に行くまで捕まるわけにはいかない。川に怯んでる場合ではないのだ。
「おい、変態Tバック野郎。」
「ん?」
「お前、泳ぎは得意か?」
「……何を馬鹿なことを。死ぬわよ?」
怪盗Tバックの指摘は最もだ。両津はライフジャケットどころか全裸。そして激流にゴツゴツの岩肌である。だが、彼は間違っている。
「貴様に捕まっても死ぬんだろ。ならワシはこっちを選ばせてもらう!」
そういって両津は川に飛び込む。怯えながら入ったわけではない!競泳選手のような、美しいフォルムでためらいもなく飛び込んだのだ!
思わず固まるTバック。1秒後、2秒後、3秒後。
「ぷはっ」
息継ぎで顔を出す両津。遥か下流だ。しかもそれに飽き足らず、両津は更に泳いで下流に向かっていくのだ。激流の川の中で、更に加速する方向に泳いでいく両津。もはや危険を通り越して、自殺行為だ。
「く……待て!」
怪盗Tバックは陸地を走って追いかける。ほっといても死ぬようなことをしている両津だが、Tバックとしては自分の手で殺しておきたい。が、
(追いつけない……)
当然である。流石に両津がやっているのは激流川下り。とても人が走ってどうこうなるスピードではない。このままじゃぐんぐん引き離され、両津を見失ってしまう。
(しかし……)
怪盗Tバック、本日初めて恐怖で唾を飲み込む。川は曲がりくねり、時折小さな滝すらある。ここに入る?無謀だ。
(が、奴は私の髪を……)
見逃すわけにはいかない。海パン刑事への恨みをようやく晴らしたところだ。今度は奴への恨みで眠れぬ日を過ごすのか。
「う、う、う、お、お、お」
怪盗Tバック、川に入る。両津のように飛び込むのではない。浅瀬からじゃぶじゃぶ水につかる。
が、意味なし。逆効果。川の中で立ち尽くしてるだけ。これでは走っていた方がまだマシだ。
だが、大丈夫。そんな臆病な水遊びを許すほど、山の川は優しくなかった。
ズルっ!
怪盗Tバック、足を滑らせる。声にならない悲鳴を上げ、ひっくり返り、犬神家の助清状態で、水面から逆さに足だけ出して流されていった。
「うぼぼぼぼぼ、がつっ!」
Tバック、額から血を吹き出す。完全に溺れてしまい、岩に額をぶつけたのだ。しかし彼が悪いのではない。これが普通!両津が異常、異端!
が、怪盗Tバック。彼もまた異常なのだ。
「ぐがぁぁああああ!」
ここで怪盗Tバック、なんと泳ぐことを放棄!両手は顔の前でブロッグを作る。そして迫りくる岩を避けることなく耐える!
ガツ……ザク……ガン……
当然、何度も激突。しかし彼は頑なにガード!水に沈むに任せ、川底につけば地面を蹴って上昇。これを繰り返す!
気づけば彼も猛スピードで川を下って行った。
「ここら辺でいいか。」
両津、川から這い出て岩に這い上った。身体は冷え切っていた。ここら先はどこまでやれるか。
両津は身体を岩にへばりつけた。日射のおかげで岩はそこそこの温もり。両津の体温を僅かながら上昇させる。気休め程度であっても、勝つために手は抜かない。
20分弱して、怪盗Tバックも現れた。両津を見て慌ててブレーキ。大岩に身体をぶつけた際に、ガードではなく抱きしめる。そして剛力で無理矢理岩に登った。
登った怪盗Tバックだったが、異変に気付く。あたりに響き渡る轟音。両津の先に見える水平線もどき。これは……
「滝……なの?」
「ああ、ここで溺れればワシかお前。どちらかが死ぬな。」
「ふ、ふふふ、馬鹿ね。貴方、こんなことして何になるの?馬鹿な真似はやめて……」
「どうした?さっきまで殺してやるとか言ったくせに怖気づいたのか。所詮、お前は身体が大きいだけ。中身は危ない橋を渡れない、臆病者だ。」
痛いところを突かれて怪盗Tバックは紅潮する。そう、彼を犯罪の道に踏み外させたのは正にそういう卑劣な部分。両津を殺そうとしていたが、自分の命を賭ける決心は実のところついていない。激流下りも、足を滑らせてなければ未だに上流でチャパチャパやっていただろう。
「でもね、貴方。ここからどうするの?私は風上どころか上流側よ。その優位は圧倒的。いえ、そもそもここで川に戻ること自体が無謀、自殺行為よ。運よく大岩にぶつかることができれば話は別だけど。9割方、滝に真っ逆さまよ。」
「どうかな?」
両津は水に戻った。流されぬように慎重に、足を踏ん張っている。しかし、生まれたての小鹿よりも不安定だろう。
「ぐぬぬぬぬ、うぉおおおお!」
「ふ、ははははは。そんな様子で私のところまでたどり着けるの?私は貴女が落ちるところ見届けてからゆっくり岸に上がるとするわ。」
「違うな。Tバック変態野郎。死にたくなかったら今すぐ岩から降りるべきだな。」
「は?何を言って……」
怪盗Tバックはここで気づく。両津の視線が自分を越えて上流に向けられていることに。そして後ろを向くと、そこには川を埋め尽くさんばかりの……
「お、御柱ッア!?」
「これが幻想郷名物、弾幕ごっこだッ!!」
そう、上流から川を埋め尽くさんばかりの御柱!御柱たちは次々に岩に激突!そして岩をひっくり返していった。そして、怪盗Tバックの乗る岩にももちろん……
ガッコーーーン!
「あ、わ、わ、わ、わぁあああああああ!!」
残りの悲鳴は川に飲み込まれる。川に叩き落された怪盗Tバックは次々に御柱に激突し、流されていく。
一方両津は川に仁王立ちし、迫りくる御柱を最小限の動き、所謂チョン避けで交わしていく。流され、今や両津のはるか後方にいく怪盗Tバックには目もくれない。
しばらくして御柱の嵐がおさまる。両津が後ろに目を向けた時、怪盗Tバックは滝に堕ちる寸前。わずかに残る小岩に辛うじて片手をかけていた。
「た……助けて……」
「もう、悪さはせんか?」
「しない!しない!御柱も諦める!だから……」
「ふん!」
両津は岸に上がった。そしてそこに何故か転がっているロープを手にし、投げ縄の要領で怪盗Tバックに投げる。
何故そんなところにロープが?そんな疑問を持てる余裕は怪盗Tバックになかった。
3分後。怪盗Tバックが岸に引き上げられる。身体中の穴という穴から汁を垂らして。おそらく脱糞もしただろう。
「ひ、ひぃ、ひぃ……」
「さて約束だ。もう悪さはするなよ。ワシは帰るからな。」
両津は無防備に背中を向ける。
それをみたTバックの心の中に沸き起こるもの。それは憎しみ。助けてもらった恩などどごぞに吹き飛んだ。
「く、くくく、ふふふ……」
上体を大きくひねる。今度は張り手ではない。グーだ。無防備な背中など背骨ごと折ってくれるわ!
「死ねぇぇえええい!」
が!!!
その拳が両津に届くことはなかった。
後ろから掴まれて、止められる拳。そして顔面に押し付けられる軟体と剛体!この感触を彼は知っていた。忘れるわけもないトラウマっ!!
「貴様……」
「海パン刑事、復活!」
そう、海パン刑事。そして顔面に押し付けられるは海パン刑事の”海パン刑事”。
(やめ……)
「はぁああああん!」
突然開始されるセンズリ!硬い剛直と柔らかい陰嚢の感触!そして悍ましさ!これぞ、海パン刑事の必殺、ゴールデンボンバー!!
両津が振り向いた時、既に怪盗Tバックは失神していた。
「両さーーーーん!」
上空より小町と神奈子。そして岸より駆け寄る白狼天狗。両津は未だに全裸だったが、今や誰も気に留めなかった。
「両さん、あんた、やっぱりスゴイ男だよ!」
「ワシがすごいんじゃない。アイツらのおかげだ。」
両津が親指で川を指す。川から出てきたのは2匹の河童。二人ともガッツポーズしていた。
そう、この河童たちは両津をずっと支えていた。怪盗Tバックを振り切り、激流を下っていた両津は途中で河童と合流。後は2匹の河童に支えられて激流を下っていた。滝の手前という超激流ポイントで仁王立ちできていたのも、何のことはない。水中で河童たちが両津の両足を支えていたからだ。
が、河童の援助はそれだけ。御柱を避けきる動体視力、そもそも河童と合流するまで無事に激流を下りきる遊泳能力は両津の実力だった。
「両津、借りができたな。」
「おう、返しに来んでもいいぞ。」
そういって海パン刑事とガッシリ握手した。
その後。怪盗Tバックは外の世界の警察に引き渡されることになった。形上は海パン刑事の手柄として。両津は外の世界からは何もなかったが、後日正式に守矢神社に招待され表彰された。
そして帰り道。
「両さんさ、一つだけ聞いてもいいか?」
「何だ?」
小町に問われる。
「何で怪盗Tバックを助けたんだ?」
あの作戦の時。何故河原にロープがあったのか。それは両津が手配したから。更に怪盗Tバックが滝から落ちる事態に備え、滝にはネットと河童製空飛ぶ潜水艦が待機していたのだ。
「アイツがそのまま死んだところで両さんを責める人なんていやしないよ。むしろ生け捕りするために両さん自身がかなり危なかったはずだ。もし海パン刑事がやられたら、それこそ両さんは死んでたよ。」
「警察官たるもの、人に暴力を振るってはいけない。ワシは部長に……元の世界の上司にそう教えられていてな。」
小町が眉を寄せる。両津の顔には若干の誇らしさが浮かんでいた。
「その部長、よっぽどいい人なんだね。」
「はぁあ?馬鹿言うな。口うるさくて、その癖自分には甘いオッサンだ。」
談笑する両津と小町。そんな二人を夕日が赤く照らしていた。