畜生界、某所。
一人の大きな笑い声が響いていた。
「あっははははははは! なんだの顔は! 饕餮のヤローにボコされたとか! あっひひひ……鬼傑組も対した事ないな! はははは!!」
綺麗な顔を崩してまで大笑いし、床を転げ回っているのは驪駒早鬼。オオカミ霊を引き連れる勁牙組の組長である。
「何を大笑いすることがあるのです……このバカ馬が。みっともないほど大笑いするのが組長なら、勁牙組の底が知れますね」
椅子に座り、足を組みながら顔を引き攣らせているのは吉弔八千慧。カワウソ霊を率いる鬼傑組の組長である。顔は右頬を覆い隠すくらいのガーゼを貼り付けていた。
「だってなぁ! 会合をするためにカチコミに行ったら隙を付かれて顔に一発許すなんてなぁ! 傑作すぎて大笑いしないとやってらんないよ! ははは!」
そう言ってさらに転げ回っている。それを見た吉弔は立ち上がって驪駒の頭を蹴り飛ばした。部屋の隅に飛ばされる驪駒。反射神経はさすがと言うべきかガードをしていた。
ちなみに言うと饕餮はオオワシ霊を率いる強欲同盟の組長である。高飛車な性格を吉弔は死ぬほど嫌っていた。
「危ないなあ。吉弔、カリカリしすぎだぞ。それで饕餮のヤローは来ないのか?」
「あなたが笑うからでしょう。今すぐにでも殺したいぐらいですよ。饕餮は来ないらしいですが。まあいいでしょう。勝手に神に殺されれば良いですよ」
平然としたような顔で吉弔は座り直す。驪駒は壁にもたれ掛かりながら座った。
「あ? 神って言ったな。そう言えばそのこと分かったのか」
畜生界では人間霊が呼び出した厄介な神が侵攻を始めていた。それが埴安神袿姫。呼び出されたと同時に畜生界全体に響き渡るような声で動物霊に対して宣戦布告をしたのである。人間霊を取り返そうとした動物霊はどこかともなく表れた何かの土くれに負けてしまったのだ。この三組は埴安神袿姫の同行を調べていたのである。
「ええ……分かりましたよ。一つ、敵は人間霊に信仰されて強くなる。二つ、あの土くれは何体でも表れる。三つ、土くれには動物霊は勝てないことです」
指を上げて説明をする吉弔。霊の蔓延るこの畜生界は生身の者などいない。故に土くれと言えども物体を持つものには勝てないのである。まさに人間霊を取り返したい動物霊には致命的だった。
「あ? それはおかしくないか? 私が殴ったらバラバラになって壊れたぞ?」
「……その馬鹿な頭で少しは考えてください。私たちは霊じゃなくて妖怪です。生身の肉体を持っているとは言い難いですが、動物霊とは違うのですから、壊せるも道理でしょう」
吉弔は一つ一つあげていた指を下ろす。どう対処をすれば良いのか分からないのである。あとから人間霊を取り返せたとすれば適当に拷問にかけてやれば何か吐くだろうと思っていた。
「なるほどね……そういう事か」
驪駒は何か思いついたかのように手を叩く。吉弔は期待せずに聞いた。
「何を思いついたのです。あなたの事ですからロクなことにならなさそうですけれど」
気だるそうなため息をつく吉弔。
「まずは殴り飛ばせばいいだろう。なんか最近部下から人型の土くれがいたと聞いてな。楽しそうじゃないか。あのよく分からない……と言ってもあれは埴輪だな。あんなの殴り飛ばしても何もつまらんよ。もっと骨のあるやつが出てこい」
握り拳を作りながら嬉嬉として立ち上がる驪駒。吉弔はさっきよりも大きなため息をついた。
「聞いていれば、特攻しに行くような感じじゃないですか。まあいいですが。勝手に死んでもらえると闘争相手も減るので」
「そんな悲しいこと言うなよー!」
ばしんと驪駒は吉弔の背中を思い切り叩いた。
「痛いですね! 甲羅を割らないでください!」
怒りながら叫んだ吉弔であった。
~*~*~
漆黒の翼を広げて私は畜生界の空を飛ぶ。何も無かったはずの荒野が、埴安神が現れてから変わった。だだっ広い中でオオカミ霊たちと駆け回ったり、あるいは鬼傑組や強欲同盟と戦ったりしたよな。だが何だこの有様は。大きな建物が沢山建って、土くれ共が徘徊しているではないか!
「姉御、偵察に行くんですかい?」
吉弔との会合が終わったあとから付いてきている幹部のオオカミ霊が言った。
「ああ、最近来た神だとかそんなのは知らんが。だがひとつも挨拶が無いんだ。乗り込んでやっていいだろう。付いてきてくれるか!」
「あなたとならどこまでも! まずはあの土くれからどうにかしないと行けやしないですね……」
オオカミ霊は怯えたように言う。効くと思っていたものが聞かないのだから無理は無いか。
「私が先陣を切る。ボサッとしてないで着いてこいよ!」
「了解です姉御! 周りのヤツも呼びますぜ!」
ウォオォオオオン……遠吠えが響く。ウォォオオン……と遠くから返事が聞こえてきた。直にやってくるだろう。そう思いつつ速度を落とさずに沢山の建物を目印に空を翔ける。
「相も変わらず土くれ共は徘徊しているか。よし、行くぞ! 突撃だ! 暴れろよ!」
来ている仲間達に聞こえるように大声で叫ぶ。建物の近くにいた土くれ共は戦闘体制に入っていた。
「ひゃっはあああ! あの土くれ共にはイライラしてたんだ! さっさとくたばってもらわないとなあ!」
一斉に私たちは突撃する。まずはストレートで一体目はぶち壊す。蹴りで二体目、三体目と次々に破壊していく。オオカミ霊はその上を走り、土くれがいなくなった建物を奪っていく。
バリン、ガシャンと沢山の土くれを壊していくがとても楽しくない。呆気なく壊れてしまうのがとてもつまらなかった。例えるなら脆い陶器のようなもの。壊した気にもなりはしない。
「つまらない、本当につまらないなぁ! 土くれと言っても骨のあるやつはいるだろう!」
つまらなさ過ぎて叫ぶ。この土くれ、埴輪は感情など持ってはいないのだろう。ただの物が持つべきものでは無いのだから。壊した後のがらんどうの中身はとてもとても感情を持つものの身体では無いのだと思わせた。
わらわらと寄ってくる土くれは攻撃をしているのだろうが、そんなもの私の肉体に効くわけが無いのだ。太子様に認めてもらったこの肉体に傷をつけられるのなんて吉弔や饕餮ぐらいなものだ。
「姉御! 何かが空から飛んできます!」
高い建物を占拠したオオカミ霊が告げる。言われるがままに空を見ると高速で何がが飛んできていた。みるみるうちにそれは突進してきたのだ。私は弾かれるように後ろに大きく飛んだ。
ドカァン!と地面が割れて、その何かは着地していた。風圧に耐えられなかったオオカミ霊達は叫びながら吹き飛ばされている。少しぐらい耐えろ。誇り高き勁牙組の戦士だろうが!
「……袿姫様に言われて来てみれば、暴れているのは勁牙組か。袿姫様の邪魔をするな」
お、喋るじゃないか。高めの女の声だった。舞い上がる砂埃が少しずつ引くのを見計らう。土くれ共のボスにしては身軽なような服装。身軽と言っても鎧らしきものを着ているみたいだが。どこからともなく埴輪を感じさせる服装に武具。もし、埴輪だとすれば簡単に潰れるだろう。それなら好都合だが……駆ける、私の動きに合わせて砂埃は動く。初速を出し切って目の前の土くれをぶっ壊すために自慢の足で回し蹴りをぶち込んだ。土くれは仁王立ちのまま動かなかった。
……硬い。こいつは簡単には壊れない。また後ろへ飛んだ。舞い上がる砂埃は私たちを包む。
「畜生ごときの一撃で壊れるわけないだろう! 誰に造られたと思っているんだ」
土くれは静かに告げた。
面白い。こいつは面白いぞ!
「いいねぇ、いいねぇ……骨があって素晴らしい。気に入った!」
敵は攻撃態勢に入っている。なら私はそれを叩きのめすまで。ああ! とても楽しいでは無いか!
「畜生ごときに壊されるわけがない。袿姫様のため、全力でお前を倒す!」
「面白い! 土くれごときが、私を倒して見せろ!」
***
勁牙組が暴れているところから少し離れた建物にて。
「やはりこうなりましたか……」
呆れたように吉弔は呟く。徘徊していた土くれ共は全て壊したが鬼傑組の方に来ることはなく、勁牙組の方に動員されているらしい。覗き見るにはちょうど良かった。
「組長、これからどうしますか?」
着いてきたカワウソ霊が聞く。
「気がつけば私たちは埴安神に囲まれている。ならそれを壊すために動くだけです」
険しい顔で吉弔は言った。そうして見ている先は土くれのトップ杖刀偶磨弓と勁牙組がぶつかり合っていた。
「……埴安神を殺すためには……」
吉弔八千慧は目を細める。そう、神殺しは妖怪の役目では無いのだ……
~*~*~
「あっはっは、楽しいな! お前の名前はなんだ!」
振り下ろした拳は避けられて建物を殴る。ひびの入った建物はバランスを崩して大きく倒れた。その時に土くれとオオカミ霊は巻き込まれていた。オオカミ霊は通り抜けられるから大丈夫だろう。
「杖刀偶磨弓。袿姫様から授かった名だ!」
「なるほどなぁ! 良い名だ!」
土くれ──杖刀偶は持っている太刀で飛びかかってくる。真っ直ぐな剣閃は身体の軸を動かすだけで避けられる。そんな太刀筋では到底私の身体を傷つけることが出来ないだろう。華麗かつ、大胆な太刀筋でないと屈服させられても、満足なんか出来ない。服従させられたとすればそこで私の命は終わりだが、敵に命を差し出すほど馬鹿では無いのだ。首をかすって抜けていた太刀を杖刀偶の腕から叩き落とす。すぐさま杖刀偶は、私と距離を取った。
「勁牙組の驪駒早鬼。お前は何のために人間を支配する!」
杖刀偶は表情を変えずに叫ぶ。ただ、知りたいだけなのだろうか。
「あ? そんなの簡単だろう。人間は資材だよ。動物霊が蔓延るこの畜生界でただ食われるだけの人間は資材だ!」
太子様は人を民として扱っていたが、その裏、本心としてはただの駒として扱っていたのだろう。そうでなければ殺したり殺されたり、騙したり騙されたりなんかそんなこと起きはしないはずなのに。それならば人間は資材で、食料でこき使われて捨てられるだけのものなのだから。
「ああ、資材だと。袿姫様は悲しまれていた。人間がこんなに扱いを受けて良い訳がないと。動物霊たちが友好であるのならこんなことをしなくて良いのだと。お前たちはここでくたばるべきだ!」
がらんどうの癖に良く喋る。感情のようなものを受けるが、怒りだとか、そんなのは感じられなかった。
「土くれのお前には言われたくないな! 感情を持たぬものが感情を語るなど滑稽! 大人しく人間は資材にされていればいいんだ!」
「少しは分かり合いたかった。これは袿姫様の最終通告だったのに。お前たちとは分かり合えない!」
拳を握り、私に突撃していく杖刀偶。いいねぇ。戦うのはとても良いことだ!
「分かり合えなくて結構! それが争いだ!」
杖刀偶の右ストレートと私の右ストレートがヒットした。もう避けられない争いの開幕の合図であった。それはきっと泥仕合なのだろう。ここにいる限り逃れられないものは争いなのだから。
***
勁牙組、本拠地。
「……イテテ……おい、待て、痛い!」
私は背中に水をかけられて飛び上がる。殴られた怪我よりも弾幕で当てられた怪我の方が痛いとは。それもどうかと思う。
「姉御……俺たちのことを思っていた引いたのは有難いですけれど怪我してたらダメじゃないですか」
「わーかってるよそんなこと! って痛え!」
右ストレートを入れてから、戦いに熱が入って周りのことに気がついていなかった。オオカミ霊たちは土くれと戦いつつも負け始めていて、これ以上戦うのは大きな損失があるということに気がついてしまった。楽しい時間はすぐに過ぎてしまうが、これ以上はいられない。埴安神の策略に嵌められてしまっては遅すぎるのである。そうして私達は撤退を余儀なくされた。
その撤退最中に杖刀偶に弾幕を当てられてしまい怪我をしてしまったのだ。団員たちには散々怒られたがまあいいだろう。骨のあるやつが見つかったのだから。
埴安神袿姫、杖刀偶磨弓。お前たちはいつか倒してやる。まだ無理だとしてもお前たちを正々堂々と戦っていつか資源の人間を使うのだ。
ああ、これからが楽しみだ。戦えることが、拳をぶつけ合えることが。待っていろ、土くれ共よ!
一人の大きな笑い声が響いていた。
「あっははははははは! なんだの顔は! 饕餮のヤローにボコされたとか! あっひひひ……鬼傑組も対した事ないな! はははは!!」
綺麗な顔を崩してまで大笑いし、床を転げ回っているのは驪駒早鬼。オオカミ霊を引き連れる勁牙組の組長である。
「何を大笑いすることがあるのです……このバカ馬が。みっともないほど大笑いするのが組長なら、勁牙組の底が知れますね」
椅子に座り、足を組みながら顔を引き攣らせているのは吉弔八千慧。カワウソ霊を率いる鬼傑組の組長である。顔は右頬を覆い隠すくらいのガーゼを貼り付けていた。
「だってなぁ! 会合をするためにカチコミに行ったら隙を付かれて顔に一発許すなんてなぁ! 傑作すぎて大笑いしないとやってらんないよ! ははは!」
そう言ってさらに転げ回っている。それを見た吉弔は立ち上がって驪駒の頭を蹴り飛ばした。部屋の隅に飛ばされる驪駒。反射神経はさすがと言うべきかガードをしていた。
ちなみに言うと饕餮はオオワシ霊を率いる強欲同盟の組長である。高飛車な性格を吉弔は死ぬほど嫌っていた。
「危ないなあ。吉弔、カリカリしすぎだぞ。それで饕餮のヤローは来ないのか?」
「あなたが笑うからでしょう。今すぐにでも殺したいぐらいですよ。饕餮は来ないらしいですが。まあいいでしょう。勝手に神に殺されれば良いですよ」
平然としたような顔で吉弔は座り直す。驪駒は壁にもたれ掛かりながら座った。
「あ? 神って言ったな。そう言えばそのこと分かったのか」
畜生界では人間霊が呼び出した厄介な神が侵攻を始めていた。それが埴安神袿姫。呼び出されたと同時に畜生界全体に響き渡るような声で動物霊に対して宣戦布告をしたのである。人間霊を取り返そうとした動物霊はどこかともなく表れた何かの土くれに負けてしまったのだ。この三組は埴安神袿姫の同行を調べていたのである。
「ええ……分かりましたよ。一つ、敵は人間霊に信仰されて強くなる。二つ、あの土くれは何体でも表れる。三つ、土くれには動物霊は勝てないことです」
指を上げて説明をする吉弔。霊の蔓延るこの畜生界は生身の者などいない。故に土くれと言えども物体を持つものには勝てないのである。まさに人間霊を取り返したい動物霊には致命的だった。
「あ? それはおかしくないか? 私が殴ったらバラバラになって壊れたぞ?」
「……その馬鹿な頭で少しは考えてください。私たちは霊じゃなくて妖怪です。生身の肉体を持っているとは言い難いですが、動物霊とは違うのですから、壊せるも道理でしょう」
吉弔は一つ一つあげていた指を下ろす。どう対処をすれば良いのか分からないのである。あとから人間霊を取り返せたとすれば適当に拷問にかけてやれば何か吐くだろうと思っていた。
「なるほどね……そういう事か」
驪駒は何か思いついたかのように手を叩く。吉弔は期待せずに聞いた。
「何を思いついたのです。あなたの事ですからロクなことにならなさそうですけれど」
気だるそうなため息をつく吉弔。
「まずは殴り飛ばせばいいだろう。なんか最近部下から人型の土くれがいたと聞いてな。楽しそうじゃないか。あのよく分からない……と言ってもあれは埴輪だな。あんなの殴り飛ばしても何もつまらんよ。もっと骨のあるやつが出てこい」
握り拳を作りながら嬉嬉として立ち上がる驪駒。吉弔はさっきよりも大きなため息をついた。
「聞いていれば、特攻しに行くような感じじゃないですか。まあいいですが。勝手に死んでもらえると闘争相手も減るので」
「そんな悲しいこと言うなよー!」
ばしんと驪駒は吉弔の背中を思い切り叩いた。
「痛いですね! 甲羅を割らないでください!」
怒りながら叫んだ吉弔であった。
~*~*~
漆黒の翼を広げて私は畜生界の空を飛ぶ。何も無かったはずの荒野が、埴安神が現れてから変わった。だだっ広い中でオオカミ霊たちと駆け回ったり、あるいは鬼傑組や強欲同盟と戦ったりしたよな。だが何だこの有様は。大きな建物が沢山建って、土くれ共が徘徊しているではないか!
「姉御、偵察に行くんですかい?」
吉弔との会合が終わったあとから付いてきている幹部のオオカミ霊が言った。
「ああ、最近来た神だとかそんなのは知らんが。だがひとつも挨拶が無いんだ。乗り込んでやっていいだろう。付いてきてくれるか!」
「あなたとならどこまでも! まずはあの土くれからどうにかしないと行けやしないですね……」
オオカミ霊は怯えたように言う。効くと思っていたものが聞かないのだから無理は無いか。
「私が先陣を切る。ボサッとしてないで着いてこいよ!」
「了解です姉御! 周りのヤツも呼びますぜ!」
ウォオォオオオン……遠吠えが響く。ウォォオオン……と遠くから返事が聞こえてきた。直にやってくるだろう。そう思いつつ速度を落とさずに沢山の建物を目印に空を翔ける。
「相も変わらず土くれ共は徘徊しているか。よし、行くぞ! 突撃だ! 暴れろよ!」
来ている仲間達に聞こえるように大声で叫ぶ。建物の近くにいた土くれ共は戦闘体制に入っていた。
「ひゃっはあああ! あの土くれ共にはイライラしてたんだ! さっさとくたばってもらわないとなあ!」
一斉に私たちは突撃する。まずはストレートで一体目はぶち壊す。蹴りで二体目、三体目と次々に破壊していく。オオカミ霊はその上を走り、土くれがいなくなった建物を奪っていく。
バリン、ガシャンと沢山の土くれを壊していくがとても楽しくない。呆気なく壊れてしまうのがとてもつまらなかった。例えるなら脆い陶器のようなもの。壊した気にもなりはしない。
「つまらない、本当につまらないなぁ! 土くれと言っても骨のあるやつはいるだろう!」
つまらなさ過ぎて叫ぶ。この土くれ、埴輪は感情など持ってはいないのだろう。ただの物が持つべきものでは無いのだから。壊した後のがらんどうの中身はとてもとても感情を持つものの身体では無いのだと思わせた。
わらわらと寄ってくる土くれは攻撃をしているのだろうが、そんなもの私の肉体に効くわけが無いのだ。太子様に認めてもらったこの肉体に傷をつけられるのなんて吉弔や饕餮ぐらいなものだ。
「姉御! 何かが空から飛んできます!」
高い建物を占拠したオオカミ霊が告げる。言われるがままに空を見ると高速で何がが飛んできていた。みるみるうちにそれは突進してきたのだ。私は弾かれるように後ろに大きく飛んだ。
ドカァン!と地面が割れて、その何かは着地していた。風圧に耐えられなかったオオカミ霊達は叫びながら吹き飛ばされている。少しぐらい耐えろ。誇り高き勁牙組の戦士だろうが!
「……袿姫様に言われて来てみれば、暴れているのは勁牙組か。袿姫様の邪魔をするな」
お、喋るじゃないか。高めの女の声だった。舞い上がる砂埃が少しずつ引くのを見計らう。土くれ共のボスにしては身軽なような服装。身軽と言っても鎧らしきものを着ているみたいだが。どこからともなく埴輪を感じさせる服装に武具。もし、埴輪だとすれば簡単に潰れるだろう。それなら好都合だが……駆ける、私の動きに合わせて砂埃は動く。初速を出し切って目の前の土くれをぶっ壊すために自慢の足で回し蹴りをぶち込んだ。土くれは仁王立ちのまま動かなかった。
……硬い。こいつは簡単には壊れない。また後ろへ飛んだ。舞い上がる砂埃は私たちを包む。
「畜生ごときの一撃で壊れるわけないだろう! 誰に造られたと思っているんだ」
土くれは静かに告げた。
面白い。こいつは面白いぞ!
「いいねぇ、いいねぇ……骨があって素晴らしい。気に入った!」
敵は攻撃態勢に入っている。なら私はそれを叩きのめすまで。ああ! とても楽しいでは無いか!
「畜生ごときに壊されるわけがない。袿姫様のため、全力でお前を倒す!」
「面白い! 土くれごときが、私を倒して見せろ!」
***
勁牙組が暴れているところから少し離れた建物にて。
「やはりこうなりましたか……」
呆れたように吉弔は呟く。徘徊していた土くれ共は全て壊したが鬼傑組の方に来ることはなく、勁牙組の方に動員されているらしい。覗き見るにはちょうど良かった。
「組長、これからどうしますか?」
着いてきたカワウソ霊が聞く。
「気がつけば私たちは埴安神に囲まれている。ならそれを壊すために動くだけです」
険しい顔で吉弔は言った。そうして見ている先は土くれのトップ杖刀偶磨弓と勁牙組がぶつかり合っていた。
「……埴安神を殺すためには……」
吉弔八千慧は目を細める。そう、神殺しは妖怪の役目では無いのだ……
~*~*~
「あっはっは、楽しいな! お前の名前はなんだ!」
振り下ろした拳は避けられて建物を殴る。ひびの入った建物はバランスを崩して大きく倒れた。その時に土くれとオオカミ霊は巻き込まれていた。オオカミ霊は通り抜けられるから大丈夫だろう。
「杖刀偶磨弓。袿姫様から授かった名だ!」
「なるほどなぁ! 良い名だ!」
土くれ──杖刀偶は持っている太刀で飛びかかってくる。真っ直ぐな剣閃は身体の軸を動かすだけで避けられる。そんな太刀筋では到底私の身体を傷つけることが出来ないだろう。華麗かつ、大胆な太刀筋でないと屈服させられても、満足なんか出来ない。服従させられたとすればそこで私の命は終わりだが、敵に命を差し出すほど馬鹿では無いのだ。首をかすって抜けていた太刀を杖刀偶の腕から叩き落とす。すぐさま杖刀偶は、私と距離を取った。
「勁牙組の驪駒早鬼。お前は何のために人間を支配する!」
杖刀偶は表情を変えずに叫ぶ。ただ、知りたいだけなのだろうか。
「あ? そんなの簡単だろう。人間は資材だよ。動物霊が蔓延るこの畜生界でただ食われるだけの人間は資材だ!」
太子様は人を民として扱っていたが、その裏、本心としてはただの駒として扱っていたのだろう。そうでなければ殺したり殺されたり、騙したり騙されたりなんかそんなこと起きはしないはずなのに。それならば人間は資材で、食料でこき使われて捨てられるだけのものなのだから。
「ああ、資材だと。袿姫様は悲しまれていた。人間がこんなに扱いを受けて良い訳がないと。動物霊たちが友好であるのならこんなことをしなくて良いのだと。お前たちはここでくたばるべきだ!」
がらんどうの癖に良く喋る。感情のようなものを受けるが、怒りだとか、そんなのは感じられなかった。
「土くれのお前には言われたくないな! 感情を持たぬものが感情を語るなど滑稽! 大人しく人間は資材にされていればいいんだ!」
「少しは分かり合いたかった。これは袿姫様の最終通告だったのに。お前たちとは分かり合えない!」
拳を握り、私に突撃していく杖刀偶。いいねぇ。戦うのはとても良いことだ!
「分かり合えなくて結構! それが争いだ!」
杖刀偶の右ストレートと私の右ストレートがヒットした。もう避けられない争いの開幕の合図であった。それはきっと泥仕合なのだろう。ここにいる限り逃れられないものは争いなのだから。
***
勁牙組、本拠地。
「……イテテ……おい、待て、痛い!」
私は背中に水をかけられて飛び上がる。殴られた怪我よりも弾幕で当てられた怪我の方が痛いとは。それもどうかと思う。
「姉御……俺たちのことを思っていた引いたのは有難いですけれど怪我してたらダメじゃないですか」
「わーかってるよそんなこと! って痛え!」
右ストレートを入れてから、戦いに熱が入って周りのことに気がついていなかった。オオカミ霊たちは土くれと戦いつつも負け始めていて、これ以上戦うのは大きな損失があるということに気がついてしまった。楽しい時間はすぐに過ぎてしまうが、これ以上はいられない。埴安神の策略に嵌められてしまっては遅すぎるのである。そうして私達は撤退を余儀なくされた。
その撤退最中に杖刀偶に弾幕を当てられてしまい怪我をしてしまったのだ。団員たちには散々怒られたがまあいいだろう。骨のあるやつが見つかったのだから。
埴安神袿姫、杖刀偶磨弓。お前たちはいつか倒してやる。まだ無理だとしてもお前たちを正々堂々と戦っていつか資源の人間を使うのだ。
ああ、これからが楽しみだ。戦えることが、拳をぶつけ合えることが。待っていろ、土くれ共よ!
己の欲望に忠実でまっすぐな早鬼と、忠義のために戦う磨弓。
対称的でどこか似た二人の掛け合いとバトルもとても面白かったです。
戦いに満ちた世界で生きる畜生たちと、そいつらの討伐に乗り出す神の一派
とてもイキイキとしていてよかったです
戦闘狂とも違うのがまた、組長たるゆえんだなぁと。