まだ四月馬鹿が終了してないと信じて止まない元玉兎が袋麺で優勝するSS
年度末に追われた鈴仙・優曇華院・イナバの退勤は、本日も夜半二十三時を過ぎていた。
この時期の彼女は多忙を極める。
置き薬の点検と料金の回収、大口顧客に対する来期分の手配はもちろんのこと、新商品の案内とジェネリック品に置き換えることへの理解を得るためのロビー活動。度を越した値下げ要求に対する硬軟織り交ぜた懐柔のほか、永遠亭で受け入れている入院患者への回診と兎たちへの教育。永遠亭で使用している医療機器の保守点検および次期必要とする交換部品リストアップとそれを購入するための計画書作成、さらには自分自身が進めている治験の協力者募集などなど。
しかし、この慌ただしさも本日で一区切りだ。
「終わった……やりきったわ」
永遠亭のオフィスの隅にて、業者に最後のファックスを送信した鈴仙がしわくしゃの耳をくねらせて息を吐いた。他の兎も蓬莱人も、既に寝静まって久しい時間である。しんと静まり返ったオフィスをペタペタと脱出し、着たきり雀にしていたよれよれのブレザーを脱ぎ去った。
「おなか空いたな」
朝五時の起床からこちら、起き抜けに流し込んだトマトジュースのみで活動していた鈴仙である。そりゃあ腹も減ろうというものだ。何か食べるものはないかと食堂へ向かうが、やはりしんと静まり返り人気はない。
「なにか食べるものないかなあ、ああ、でも眠たいなあ」
さっさとシャワーを浴びて寝てしまいたい。
だが、それでは明日起きた時に栄養不足でふらつくのは目に見えていた。
つまりいま求められているのは――
手早く作れて、
美味しくて、
むやみやたらに栄養がある……そんな夜食だ。
小さな尻に乗ったこれまた小さな尻尾を左右に揺らし、ガス台下にある収納をひっかきまわす。
果たして彼女の手元に参集したのは以下のメンバーたちだった。
一個だけバスケットケースの底に残っていたサッポロ一番味噌。冷蔵庫最奥で干からびていたピザ用チーズ。冷凍の刻みネギ。朝方に飲んだトマトジュースがパックの底にいくらか残っていたほか、買い置きの卵をはじめとする冷蔵庫のレギュラーメンバー……。
材料を並べた鈴仙は、ふんすと鼻で息を吐き――
「――と、いうわけで。
袋麺と冷蔵庫のあまりもので優勝していくわね」
宣言のもと、いざとばかり調理を開始した。
雪平鍋にトマトジュースをあけ、火にかける。あっという間にふつふつと湧き始めるので、じゃばーっと蛇口からテキトーに水を足し、張り直す。
「再度沸騰したら、おもむろに袋を開けて、乾麺を『幻朧月睨』。あとはふつうに茹でていくわ」
と、ここでいったん鍋から離れる。
「麺がほぐれるまでに、トッピングを用意するわね。こちら、だいぶ干乾びたチーズをお椀にあけて、ここに牛乳をほんのひとたらし加えてやるわ。ふんわりとラップをかけて電子レンジに『幻朧月睨』。こうすると三十秒くらいでチーズがトロトロになるの。理由は知らないけどね」
そうこうしているうちに麺がほぐれはじめる。そうしたら刻み葱を放り込み、鍋の中央に卵を落とす。ポーチドエッグの要領で白身をまとめて固めるのが鈴仙の好みだった。
「はい、程よく煮えたわね。そしたらスープの素を溶かして、仕上げにチューブのニンニクをほんの少し足すわ。これで味の方向性が定まるのよォ」
味が整ったらどんぶりを用意して、鍋の中身を移す……ふんわりと立ち上る湯気に、鈴仙が目を細める。
「やだ美味しそうヤダ~!」
と、ここでとレンジがチンと子気味のよい音を立てた。そう、まだ完成ではないのである。
「これだけだとなんのことはない、ただのトマトラーメンじゃないか、って? 紅魔館にマイナス五百億点」
菜箸でお椀の中のチーズをかきまわし、まとまりをつける。水飴のように練り上げて、どんぶりにそっと落とす。
「チーズの脇に刻み葱を散らして……完成ね」
どんぶりを持って、がらんとした食堂を独り占めにして、手を合わせる鈴仙。
そんな彼女が取り出したのは、この日のためにとっておいた銀色の缶だった。
「ハイ、いちばんのやつ!」
全くの笑顔である。
タブを起こし、一気に喉奥に流し込む。脳髄を駆け巡る炭酸にひとしきり身をよじった鈴仙はいよいよ箸を手に取った。
「はっ、はふっ……ちゅる……ずっ……ちゅるる」
寒々とした食堂で、ひとり熱い吐息を吐き吐きラーメンをすする。
温めたトマトジュースが強い酸味を発揮したが、チーズがそれをまんべんなく受け止めてくれていた。なにより、トマトに負けない味噌の風味である。あまりものたちが混然一体となり、疲れた鈴仙の舌と身体に染みわたる。
「ウマイ……UMAすぎて……ネッシーになったわね」
正直よく解らないことを口走りながら半分ほど麺を食べ進める。
「んふふ、トマトラーメンは味濃い目で作ると満足感があっていいわね。さてここらで、黄身を潰して、麺に絡めて……味変カンフージェネレーション」
こうなるともう止まらない。丼を傾けて、残った麺とスープを一気に平らげる。トマトの酸味、にんにくの香り、味噌とチーズによるうま味とコク。許容量を超えた衝撃に、舌の根がびりびりと歓喜に震えた。
やがてすべてが胃の腑に落ち着くと……えもいわれぬ満足感が、身体の芯から湧き上がってくる。
「はい、いくてん」
両手を合わせる鈴仙。
くしゃくしゃだった耳には、確かな生気が蘇っていた。
どんぶりと箸、使った鍋を洗い終えると時刻は既に夜中の一時にさしかかろうとしていた。
こんな時間に、けっこう重ための夜食を取ってしまったことに、遅ればせながら罪悪感がこみあげてくる。
「でもまあ、いっか」
しかし、彼女の顔は晴れやかだ。
「あしたから、ダイエットするもんね」
食堂の電気を消し、寝室へ向かう鈴仙。
彼女の言葉が真実になるか嘘になるかは、このさい読者諸氏の想像にお任せすることとする。
年度末に追われた鈴仙・優曇華院・イナバの退勤は、本日も夜半二十三時を過ぎていた。
この時期の彼女は多忙を極める。
置き薬の点検と料金の回収、大口顧客に対する来期分の手配はもちろんのこと、新商品の案内とジェネリック品に置き換えることへの理解を得るためのロビー活動。度を越した値下げ要求に対する硬軟織り交ぜた懐柔のほか、永遠亭で受け入れている入院患者への回診と兎たちへの教育。永遠亭で使用している医療機器の保守点検および次期必要とする交換部品リストアップとそれを購入するための計画書作成、さらには自分自身が進めている治験の協力者募集などなど。
しかし、この慌ただしさも本日で一区切りだ。
「終わった……やりきったわ」
永遠亭のオフィスの隅にて、業者に最後のファックスを送信した鈴仙がしわくしゃの耳をくねらせて息を吐いた。他の兎も蓬莱人も、既に寝静まって久しい時間である。しんと静まり返ったオフィスをペタペタと脱出し、着たきり雀にしていたよれよれのブレザーを脱ぎ去った。
「おなか空いたな」
朝五時の起床からこちら、起き抜けに流し込んだトマトジュースのみで活動していた鈴仙である。そりゃあ腹も減ろうというものだ。何か食べるものはないかと食堂へ向かうが、やはりしんと静まり返り人気はない。
「なにか食べるものないかなあ、ああ、でも眠たいなあ」
さっさとシャワーを浴びて寝てしまいたい。
だが、それでは明日起きた時に栄養不足でふらつくのは目に見えていた。
つまりいま求められているのは――
手早く作れて、
美味しくて、
むやみやたらに栄養がある……そんな夜食だ。
小さな尻に乗ったこれまた小さな尻尾を左右に揺らし、ガス台下にある収納をひっかきまわす。
果たして彼女の手元に参集したのは以下のメンバーたちだった。
一個だけバスケットケースの底に残っていたサッポロ一番味噌。冷蔵庫最奥で干からびていたピザ用チーズ。冷凍の刻みネギ。朝方に飲んだトマトジュースがパックの底にいくらか残っていたほか、買い置きの卵をはじめとする冷蔵庫のレギュラーメンバー……。
材料を並べた鈴仙は、ふんすと鼻で息を吐き――
「――と、いうわけで。
袋麺と冷蔵庫のあまりもので優勝していくわね」
宣言のもと、いざとばかり調理を開始した。
雪平鍋にトマトジュースをあけ、火にかける。あっという間にふつふつと湧き始めるので、じゃばーっと蛇口からテキトーに水を足し、張り直す。
「再度沸騰したら、おもむろに袋を開けて、乾麺を『幻朧月睨』。あとはふつうに茹でていくわ」
と、ここでいったん鍋から離れる。
「麺がほぐれるまでに、トッピングを用意するわね。こちら、だいぶ干乾びたチーズをお椀にあけて、ここに牛乳をほんのひとたらし加えてやるわ。ふんわりとラップをかけて電子レンジに『幻朧月睨』。こうすると三十秒くらいでチーズがトロトロになるの。理由は知らないけどね」
そうこうしているうちに麺がほぐれはじめる。そうしたら刻み葱を放り込み、鍋の中央に卵を落とす。ポーチドエッグの要領で白身をまとめて固めるのが鈴仙の好みだった。
「はい、程よく煮えたわね。そしたらスープの素を溶かして、仕上げにチューブのニンニクをほんの少し足すわ。これで味の方向性が定まるのよォ」
味が整ったらどんぶりを用意して、鍋の中身を移す……ふんわりと立ち上る湯気に、鈴仙が目を細める。
「やだ美味しそうヤダ~!」
と、ここでとレンジがチンと子気味のよい音を立てた。そう、まだ完成ではないのである。
「これだけだとなんのことはない、ただのトマトラーメンじゃないか、って? 紅魔館にマイナス五百億点」
菜箸でお椀の中のチーズをかきまわし、まとまりをつける。水飴のように練り上げて、どんぶりにそっと落とす。
「チーズの脇に刻み葱を散らして……完成ね」
どんぶりを持って、がらんとした食堂を独り占めにして、手を合わせる鈴仙。
そんな彼女が取り出したのは、この日のためにとっておいた銀色の缶だった。
「ハイ、いちばんのやつ!」
全くの笑顔である。
タブを起こし、一気に喉奥に流し込む。脳髄を駆け巡る炭酸にひとしきり身をよじった鈴仙はいよいよ箸を手に取った。
「はっ、はふっ……ちゅる……ずっ……ちゅるる」
寒々とした食堂で、ひとり熱い吐息を吐き吐きラーメンをすする。
温めたトマトジュースが強い酸味を発揮したが、チーズがそれをまんべんなく受け止めてくれていた。なにより、トマトに負けない味噌の風味である。あまりものたちが混然一体となり、疲れた鈴仙の舌と身体に染みわたる。
「ウマイ……UMAすぎて……ネッシーになったわね」
正直よく解らないことを口走りながら半分ほど麺を食べ進める。
「んふふ、トマトラーメンは味濃い目で作ると満足感があっていいわね。さてここらで、黄身を潰して、麺に絡めて……味変カンフージェネレーション」
こうなるともう止まらない。丼を傾けて、残った麺とスープを一気に平らげる。トマトの酸味、にんにくの香り、味噌とチーズによるうま味とコク。許容量を超えた衝撃に、舌の根がびりびりと歓喜に震えた。
やがてすべてが胃の腑に落ち着くと……えもいわれぬ満足感が、身体の芯から湧き上がってくる。
「はい、いくてん」
両手を合わせる鈴仙。
くしゃくしゃだった耳には、確かな生気が蘇っていた。
どんぶりと箸、使った鍋を洗い終えると時刻は既に夜中の一時にさしかかろうとしていた。
こんな時間に、けっこう重ための夜食を取ってしまったことに、遅ればせながら罪悪感がこみあげてくる。
「でもまあ、いっか」
しかし、彼女の顔は晴れやかだ。
「あしたから、ダイエットするもんね」
食堂の電気を消し、寝室へ向かう鈴仙。
彼女の言葉が真実になるか嘘になるかは、このさい読者諸氏の想像にお任せすることとする。
ぽっちゃりなうどんげも私は好きです。
日頃の疲れをちょっとした自分へのご褒美で癒しながら深夜テンションで意味不明な事を口走ってみたりしちゃう気持ち、よく分かります。
自分でも何言ってるのか分からなくなるみたいな深夜テンションの感じが事情にそれっぽかったです
「はい、ゆかてん」
ここで爆笑してしまった