寒い。昨日はあんなに暖かかったのに、今日は寒風が吹きすさぶ妖怪の山。
三寒四温とはよく言ったもので、気温の変化がやたら激しい今日この頃、里の方では季節風邪やら流行病やら地底妖怪の疫病とやらで体調崩す人が続出しているという噂だが、秋姉妹はそんなのどこ吹く風という具合に相も変わらず元気である。
「ねえさん。ねえさーん」
穣子は、何やらいつになくウキウキした様子で、読書中の静葉に話しかける。しかし静葉は無心に本を読み続けている。穣子が再び声かける。
「ねえさん。ねえさんってばー」
それでも静葉は読み続けている。業を煮やした穣子は、ぼそりと呟く。
「……根暗枯葉大明神」
「誰が根暗な枯葉神よ」
直ぐさま静葉が振り向く。
「何なのよいったい、気持ち悪い猫なで声で人を呼んだりしたと思ったら急に暴言吐いたり。情緒不安定なの?」
「聞こえてたんなら最初から返事してよ!」
「あなたの用事と読書とどっちが重要か天秤にかけていたのよ」
「へ……? で、どっち勝ったの」
「読書の圧勝だったわ」
「なんでよ! そんなに大事なのその本? いったい何の本読んでるよ」
「これよ」
と、言いながら静葉は本の表紙を穣子に見せる。大層な装飾が施されたその表紙にはこう書かれていた。
『人をおちょくる100の法則』
それを見た穣子は思わずうつろな目になる。
「……姉さんそれ、こないだも読んでなかった?」
「これはその続編よ」
「続編って……続編出るほど人気なのそれ……」
「そうよ。何しろロマン超大作だもの。前作は無実の罪で死刑となった主人公の死後の世界を舞台にしたお話だったけど、今作はその主人公がこの世に舞い戻ったお話なのよ」
「なにそれ。ちょっと気になるんだけど……?」
「読んでみる?」
と、静葉がニヤリと笑みを浮かべながら本を開いてみせると、びっしりと活字で埋め尽くされている。思わず穣子はめまいを覚えてその場に尻餅をついてしまう。
「もう。穣子ったら、これくらいの本も読めないなんて情けないわね。だから芋子って呼ばれるのよ」
「呼ばれてないわよ!! そう呼んでるのは姉さんだけよ!」
「……で。何の用事なの?」
「えっと……なんだったっけ……もう、姉さんが変なこと言うから忘れちゃったじゃない!」
「しょうがない子ね……どうせまたキノコとかお芋のことだったんじゃないの?」
「あ!! そうだ!! それそれ」
「……本当にそうだったの」
静葉は呆れた様子で穣子を見やる。彼女は構わず話を続ける。
「突然だけど姉さん。私と言えば何だと思う?」
「何、いきなり。大喜利でも始めるつもり?」
「いや、そうじゃないけど……いいから早く!」
「そうね。じゃあ、穣子とかけておぼこ娘ととく」
「……へ? そ、そのこころは?」
「どちらも芋くさいでしょう」
「絶対そう言うと思った! っていうかそれ大喜利じゃなくて謎かけだし!」
「どっちも対して変わらないわよ」
さらりと言ってのけた静葉を穣子はジト目で見るが、気を取り直すように咳払いをして告げる。
「まぁいいけどさ。……まぁそうよね。うん。私ってやっぱりお芋のイメージあるわよね……」
「あら、自分で認めちゃうのね。じゃあ今日からあなたは芋穣子ね」
「絶対嫌よ! 秋要素どこ行ったのよ!」
「芋も秋も同じような物でしょ。同じ二文字だし」
「全然違うわよ! 秋の要素の中に芋が含まれてるの! っていうか二文字だから一緒って言うならタコとかイカとかも一緒になっちゃうじゃない」
「タコ穣子」
「嫌!」
「イカ穣子」
「だから嫌だっての!」
「じゃ、クラゲ穣子」
「海産物から離れてよ!? 磯臭い! つーか三文字でしょそれ!」
「漢字にすれば二文字よ。海月。ほらね」
「知るか!! ……ってかこれじゃ話が全然進まないじゃない!」
「そんなのこっちこそ知らないわよ。そもそも話しかけてきたのはそっちの方でしょ」
「だからっ! 話戻すけどっ! 私と言えば連想されるのってイモでしょっ!?」
「ええ、そうね。そんな耳元で怒鳴らなくてもそれは分かったわ」
「……あと、もう一つなんだか分かる? 時間もったいないから言っちゃうけどキノコよね?」
「考える余地を与えさせないスタイル嫌いじゃないわ」
「秋の味覚と言えばキノコでしょ! で、その二つを融合させたものって、私を象徴する物だと思わない?」
「融合ってイモとキノコを?」
「そうよ」
「そんなものあるわけないじゃない」
鼻で笑いながら言い放った静葉に穣子は、にやっと笑みを浮かべて告げる。
「言ったわね?」
「ええ。言ったわよ?」
「もし、あったらどうする?」
「そうね。あったら今夜はシシ肉のステーキにでもしましょうか」
「言ったからね!? じゃあ刮目してよーく見なさい!!」
と言って彼女が「じゃじゃーん」と言いながら取り出した物は、どう見てもジャガイモに見えるものだった。
「ただのジャガイモじゃない」
「そう見えるでしょー。 これ実はイモタケってキノコなのよ!」
「へぇ……どう見てもイモだけど」
静葉は、いかにも興味なさそうな様子でそのキノコを見つめる。
「だからイモタケって名前なの」
「こんなのが木から生えるの?」
「違う! こんなの木から生えてたらホラーでしょ! それこそ木からジャガイモが生えてるって大騒ぎよ!」
「どうせならニンジンとかタマネギも木から生やしたら? そうすれば一本の木からカレーの具材が調達出来るわ」
「……確かにそれはちょっと便利かもしれないけど、絵面的にヤバいからやっぱダメ」
「残念ね」
「……ええとね。このキノコは土に生えるのよ。土と言っても地面じゃないわ」
「と、いうことは地下?」
「ご名答!!」
「あらら、残念。当たっちゃった」
「当たって何が残念なのよ……」
「ボケたつもりだったのに」
「いちいちボケなくていいのよ!? ってかいちいちボケようとするから話がちーっとも進まないのよ!! これだから姉さんと話すと疲れるのよー!」
などと、わーわー喚いてる穣子を無視して静葉は、そのジャガイモのようなキノコを手に取って見回す。
「ふーむ。どう見てもイモね。強いて言えば若干匂いが強いくらいかしら……」
「どーよ。イモときのこの二つの特徴を持つキノコ! いかにも私に相応しいと思わない?」
「ええ、そうね。地味なところも含めてあなたらしいわ」
「誰が地味よ! ……それより姉さーん」
と、穣子はニヤニヤと笑みを浮かべて話しかける。
「何よ。気色悪いわね」
「さっき言った約束覚えてるー? そんな物あったらシシ肉のステーキにするって」
「ああ。言ったわね」
「約束通りよー」
「ふむ。そうね。いいわよ。……じゃあ、穣子お願いね」
「お願いって何よ……?」
「ステーキの調理よ」
「へ……!? 私が作るの!?」
「私、料理したい気分じゃないし」
「いやいやいや。はなから姉さんには期待してないわ! 姉さん絶望的な料理音痴だし。そうじゃなくて、肉持ってみすちーの居酒屋にでも行けば作ってくれるんじゃないって話」
「嫌よ。外出たくないわ。寒いもの。でも約束は守らないといけないわよね。というわけでステーキ作ってね」
姉の言葉に「何かおかしい」と思いつつも穣子は渋々台所へと向かうと、テーブルの上にイモタケを置いて、調理を始める。調理中も上機嫌で、そのイモタケを眺めたり手に持ってみたりしていたが、ついうっかり手を滑らせてイモタケを落としてしまう。
慌てて彼女が落ちたところを見てみると運悪く、イモタケはジャガイモのたくさん入った袋の中に落ちてしまったようで、ぱっと見ただけじゃ区別が付かない。
調理中だったということもあり、仕方なく彼女は夜が明けてから探すことにした。
次の日、早速彼女がイモタケを探そうと台所へとやってくると、昨日まであったジャガイモ袋がなくなっている。穣子は慌てて静葉に尋ねる。
「姉さん。台所にあったジャガイモたちはどこ!?」
「ああ、あれならミスティアのところに持って行ったわよ。こないだお世話になったお礼に」
「ええー!? あの中にイモタケ混ざっちゃってたのよー!?」
「あら、そうなの。でもジャガイモもイモタケもどっちもイモなら大差ないでしょ」
と、静葉は意に介さない様子だったので穣子は慌てて告げる。
「いや、あの。実はイモタケって食べられないのよ!!」
それを聞いた静葉は怪訝そうな表情を浮かべる。
「イモなのに食べられないって……。 それ本当にイモなの?」
「イモじゃなくてキノコ!」
「食えないキノコね」
「そう! だから焦ってるのよ!」
「そうね。大変だわ。でもね。穣子、焦っても仕方ないわよ。こういうときこそ落ち着いて対処するのよ」
「……というと?」
「まず深呼吸。続いて掌に芋と三回書いて飲み込む。そして最後にゆっくりとその辺歩いてみなさい」
穣子は怪訝そうな表情を浮かべながら、言われたとおりの事をする。すると静葉は、にやっと笑みを浮かべて彼女に告げる。
「そう。そのまま歩き始めたら、その調子でミスティアの居酒屋まで行きなさい」
穣子は思わず歩みを止めて静葉に尋ねる。
「……は? どゆこと」
「いい? 何事も落ち着いて処理する。それが神としての振る舞いよ」
「そんなんしてたら日が暮れちゃうわよっ!?」
「大丈夫よ。どうせ居酒屋は夜からしか開かないもの。慌てる必要ないでしょ。さあ、行ってらっしゃい」
穣子は頭に疑問符をたくさん浮かべつつも、結局律儀に歩いて居酒屋へ向かう。
彼女がミスティアの居酒屋に着いたのは、日もすっかり落ちてしまった頃だった。
慌てて店の中に入るとすでに数人のお客がいる。穣子は笑顔で迎えてくれたミスティアを急いで呼び寄せる。
「ど、どうしたんですか……? 焦った顔して」
「実はさー。姉さんが持ってきたジャガイモの中にさー。一つだけイモタケってキノコが紛れ込んじゃってたのよ」
「えっ! そうなんですか?」
「毒はないんだけど、あれ、食えないからさ。急いで取り戻しに来たってわけよ」
「えっ! それは大変!」
「でも、幸いあれって切ると断面がジャガイモと全然違うから、あんたならすぐ区別付くと思うのよね。その様子だとまだ出してないわね?」
その言葉を聞いたミスティアの顔からさーっと血が引いていく。
「どしたの……? 顔色悪いわよ」
「い、いや、あの。……実は今日、大量に芋が手に入ったってことで、じゃがバターサービスやってるんですよー……!」
「えっ……それってまさか」
「……はい。切らずにそのまま焼いてバターつけて食べるっていう」
「じゃあ、もう客に出しちゃってる可能性があるってこと!?」
「どどどどどどうしましょう……!?」
「どどどどどどうしましょうって言われても……なんとかするしかないでしょ!」
と、二人が慌てふためいているその時だ。
「おい! 女将!」
声に気づいた二人が振り向くとそこには金髪の少女の姿が。霧雨魔理沙だ。彼女はすでに酒が入っているようで、赤ら顔でこっちを見つめている。ミスティアは恐る恐る彼女に話しかける。
「ま、魔理沙さん。ど、どうしかしましたか……」
「あのジャガイモのことだがな」
「あ、な、何か不具合ありましたか……」
「あれはジャガイモじゃないぞ!」
その言葉を聞いたミスティアは思わず泣きそうな目で穣子の方を見る。
穣子が、ばつ悪そうにアイコンタクトを送ると、ミスティアは決心したように一つ頷いて口を開く。
「あの、申し訳ございません。手違いでジャガイモとは違うものが混入していたようで……」
「やっぱりそうだったか! 私の舌は間違ってなかったようだな!」
「あ、あの……実はあれは――」
「いや、言わなくていいぜ! 私がアレの正体、当ててやる!」
そう言うと魔理沙は、含み笑いを浮かべて腕を組むと、まるで探偵が推理でもするような様子で語り出す。
「……そう、ジャガイモとは明らかに違う、あの舌にまとわりつくような濃厚で癖のある風味、鼻孔を貫くような刺激的な芳香……そして芋にそっくりな形状といえば……間違いないぜ」
彼女は、目を見開くとミスティアの方に勢いよく指さして言い放つ。
「ズバリ! あれはトリュフだな!?」
ミスティアは、慌てて穣子に耳打ちをする。
「……穣子さん、トリュフってなんですか……?」
「……あー、えっと。なんだっけ。聞いたことあるような……あ、思い出した。森の宝石とか呼ばれてて、外の世界では三大珍味の一つに数えられてるキノコだって何かの本で読んだわ。実物は見たことないけど……」
「どうなんだ。違うのか?」
「あ、えっと……その」
そのとき、ミスティアを遮って穣子が口を開く。
「その通り! 正解よ! あれはトリュフよ! 流石キノコマイスターと名乗るだけはあるわね! うっかり私が混入させちゃったのよ。ごめんなさいねー」
「おお! そうだったか!! あんな珍しいのどこで手に入れたんだ!?」
「それは流石に企業秘密よ。特別なルートだし」
「そうか、まぁそうだよな。仕方ないか。高級品だもんな」
「いやー。食べてくれたのがあなたで良かったわ。他の人だったらこれがなんなのか分からず、なんだこれはって怒り出すところだったもの」
「はっはっはっは!! それは確かに言えるな! あの独特の味は分かる人にしか分からん! それにしても驚いたぜ! まさか居酒屋でトリュフが食えるとは思わなかった! いやー今日はなんていい日なんだ! やはり私は運がいい!」
と、彼女は上機嫌そうに笑みを浮かべている。穣子は「これでもう大丈夫」と言わんばかりに笑みを浮かべミスティアの方を振り向く。それを見た彼女はようやく安堵の表情を浮かべた。
◆
「……と、いうことが昨日あったのよ。いい事した後は気持ちいいわね」
「ふーん。いいことなのかどうかはさておき、お疲れ様だったわね。ところで穣子、このテーブルに置かれたジャガイモのバター焼きのようなものは何かしら」
「何ってイモタケよ?」
「……あなたこれ食べられないって言ってたでしょ」
「いやー。魔理沙の奴があんな美味しそうに言ってたから、もしかしたら工夫すれば食べられるのかなって……」
「……一応聞くけど、食べたことあるの?」
「ええ、あるわよー。昔、ジャガイモとうっかり間違えて。あれは不味かったわねー」
穣子はそう言って顔をしかめる。呆れた様子で静葉は尋ねる。
「……で、どんな工夫したの」
「ええとね。長い時間煮込んで、あくを極力取り除いたのよ。どんだけ煮込んでも型崩れしないんだからやっぱこれってキノコなのねー。ジャガイモだったらもうとろけてなくなってるところだもの」
と、暢気なことを言っている穣子を無視して静葉は、そのテーブルの上のイモタケ料理をそっと嗅いでみる。
バターの香ばしい香りに混じって芳香とも悪臭ともつかないにおいが鼻をつく。
「穣子。私の神様としての直感がこれは食べてはいけないって教えてるんだけど」
「私の神様としての直感は多分大丈夫じゃない? って教えてくれてるわ。それに人間のあいつが食べて大丈夫だったんだから、神である私たちが食べても大丈夫よ」
「そうかもしれないけど……」
「ここはひとつ、あいつを信じてみましょう」
そう言いながら穣子は、イモタケを一口口に入れるともぐもぐと咀嚼する。
「どう? 味は」
「うんうん……バターがとってもまろやかでいいわね。んでもって口の中に独特の香りが……」
次の瞬間、彼女の顔がたちまち真っ青になる。
「どうしたの? 顔色悪いわよ」
「んぐぐぐーーーーーーーーーーーっ!!?」
慌てて彼女は外にイモタケを吐き出すと台所に行き、水を飲み干す。
「えっ……エグいっ!! エグい!! エグ味がっ……!! エグ味がぁあああああああああっ……!!!」
絶叫しながらのたうち回る穣子を傍目に、静葉は呆れたように言い放つ。
「……どうやらイモタケも魔理沙も、とんだ食えない奴だったってことね」
三寒四温とはよく言ったもので、気温の変化がやたら激しい今日この頃、里の方では季節風邪やら流行病やら地底妖怪の疫病とやらで体調崩す人が続出しているという噂だが、秋姉妹はそんなのどこ吹く風という具合に相も変わらず元気である。
「ねえさん。ねえさーん」
穣子は、何やらいつになくウキウキした様子で、読書中の静葉に話しかける。しかし静葉は無心に本を読み続けている。穣子が再び声かける。
「ねえさん。ねえさんってばー」
それでも静葉は読み続けている。業を煮やした穣子は、ぼそりと呟く。
「……根暗枯葉大明神」
「誰が根暗な枯葉神よ」
直ぐさま静葉が振り向く。
「何なのよいったい、気持ち悪い猫なで声で人を呼んだりしたと思ったら急に暴言吐いたり。情緒不安定なの?」
「聞こえてたんなら最初から返事してよ!」
「あなたの用事と読書とどっちが重要か天秤にかけていたのよ」
「へ……? で、どっち勝ったの」
「読書の圧勝だったわ」
「なんでよ! そんなに大事なのその本? いったい何の本読んでるよ」
「これよ」
と、言いながら静葉は本の表紙を穣子に見せる。大層な装飾が施されたその表紙にはこう書かれていた。
『人をおちょくる100の法則』
それを見た穣子は思わずうつろな目になる。
「……姉さんそれ、こないだも読んでなかった?」
「これはその続編よ」
「続編って……続編出るほど人気なのそれ……」
「そうよ。何しろロマン超大作だもの。前作は無実の罪で死刑となった主人公の死後の世界を舞台にしたお話だったけど、今作はその主人公がこの世に舞い戻ったお話なのよ」
「なにそれ。ちょっと気になるんだけど……?」
「読んでみる?」
と、静葉がニヤリと笑みを浮かべながら本を開いてみせると、びっしりと活字で埋め尽くされている。思わず穣子はめまいを覚えてその場に尻餅をついてしまう。
「もう。穣子ったら、これくらいの本も読めないなんて情けないわね。だから芋子って呼ばれるのよ」
「呼ばれてないわよ!! そう呼んでるのは姉さんだけよ!」
「……で。何の用事なの?」
「えっと……なんだったっけ……もう、姉さんが変なこと言うから忘れちゃったじゃない!」
「しょうがない子ね……どうせまたキノコとかお芋のことだったんじゃないの?」
「あ!! そうだ!! それそれ」
「……本当にそうだったの」
静葉は呆れた様子で穣子を見やる。彼女は構わず話を続ける。
「突然だけど姉さん。私と言えば何だと思う?」
「何、いきなり。大喜利でも始めるつもり?」
「いや、そうじゃないけど……いいから早く!」
「そうね。じゃあ、穣子とかけておぼこ娘ととく」
「……へ? そ、そのこころは?」
「どちらも芋くさいでしょう」
「絶対そう言うと思った! っていうかそれ大喜利じゃなくて謎かけだし!」
「どっちも対して変わらないわよ」
さらりと言ってのけた静葉を穣子はジト目で見るが、気を取り直すように咳払いをして告げる。
「まぁいいけどさ。……まぁそうよね。うん。私ってやっぱりお芋のイメージあるわよね……」
「あら、自分で認めちゃうのね。じゃあ今日からあなたは芋穣子ね」
「絶対嫌よ! 秋要素どこ行ったのよ!」
「芋も秋も同じような物でしょ。同じ二文字だし」
「全然違うわよ! 秋の要素の中に芋が含まれてるの! っていうか二文字だから一緒って言うならタコとかイカとかも一緒になっちゃうじゃない」
「タコ穣子」
「嫌!」
「イカ穣子」
「だから嫌だっての!」
「じゃ、クラゲ穣子」
「海産物から離れてよ!? 磯臭い! つーか三文字でしょそれ!」
「漢字にすれば二文字よ。海月。ほらね」
「知るか!! ……ってかこれじゃ話が全然進まないじゃない!」
「そんなのこっちこそ知らないわよ。そもそも話しかけてきたのはそっちの方でしょ」
「だからっ! 話戻すけどっ! 私と言えば連想されるのってイモでしょっ!?」
「ええ、そうね。そんな耳元で怒鳴らなくてもそれは分かったわ」
「……あと、もう一つなんだか分かる? 時間もったいないから言っちゃうけどキノコよね?」
「考える余地を与えさせないスタイル嫌いじゃないわ」
「秋の味覚と言えばキノコでしょ! で、その二つを融合させたものって、私を象徴する物だと思わない?」
「融合ってイモとキノコを?」
「そうよ」
「そんなものあるわけないじゃない」
鼻で笑いながら言い放った静葉に穣子は、にやっと笑みを浮かべて告げる。
「言ったわね?」
「ええ。言ったわよ?」
「もし、あったらどうする?」
「そうね。あったら今夜はシシ肉のステーキにでもしましょうか」
「言ったからね!? じゃあ刮目してよーく見なさい!!」
と言って彼女が「じゃじゃーん」と言いながら取り出した物は、どう見てもジャガイモに見えるものだった。
「ただのジャガイモじゃない」
「そう見えるでしょー。 これ実はイモタケってキノコなのよ!」
「へぇ……どう見てもイモだけど」
静葉は、いかにも興味なさそうな様子でそのキノコを見つめる。
「だからイモタケって名前なの」
「こんなのが木から生えるの?」
「違う! こんなの木から生えてたらホラーでしょ! それこそ木からジャガイモが生えてるって大騒ぎよ!」
「どうせならニンジンとかタマネギも木から生やしたら? そうすれば一本の木からカレーの具材が調達出来るわ」
「……確かにそれはちょっと便利かもしれないけど、絵面的にヤバいからやっぱダメ」
「残念ね」
「……ええとね。このキノコは土に生えるのよ。土と言っても地面じゃないわ」
「と、いうことは地下?」
「ご名答!!」
「あらら、残念。当たっちゃった」
「当たって何が残念なのよ……」
「ボケたつもりだったのに」
「いちいちボケなくていいのよ!? ってかいちいちボケようとするから話がちーっとも進まないのよ!! これだから姉さんと話すと疲れるのよー!」
などと、わーわー喚いてる穣子を無視して静葉は、そのジャガイモのようなキノコを手に取って見回す。
「ふーむ。どう見てもイモね。強いて言えば若干匂いが強いくらいかしら……」
「どーよ。イモときのこの二つの特徴を持つキノコ! いかにも私に相応しいと思わない?」
「ええ、そうね。地味なところも含めてあなたらしいわ」
「誰が地味よ! ……それより姉さーん」
と、穣子はニヤニヤと笑みを浮かべて話しかける。
「何よ。気色悪いわね」
「さっき言った約束覚えてるー? そんな物あったらシシ肉のステーキにするって」
「ああ。言ったわね」
「約束通りよー」
「ふむ。そうね。いいわよ。……じゃあ、穣子お願いね」
「お願いって何よ……?」
「ステーキの調理よ」
「へ……!? 私が作るの!?」
「私、料理したい気分じゃないし」
「いやいやいや。はなから姉さんには期待してないわ! 姉さん絶望的な料理音痴だし。そうじゃなくて、肉持ってみすちーの居酒屋にでも行けば作ってくれるんじゃないって話」
「嫌よ。外出たくないわ。寒いもの。でも約束は守らないといけないわよね。というわけでステーキ作ってね」
姉の言葉に「何かおかしい」と思いつつも穣子は渋々台所へと向かうと、テーブルの上にイモタケを置いて、調理を始める。調理中も上機嫌で、そのイモタケを眺めたり手に持ってみたりしていたが、ついうっかり手を滑らせてイモタケを落としてしまう。
慌てて彼女が落ちたところを見てみると運悪く、イモタケはジャガイモのたくさん入った袋の中に落ちてしまったようで、ぱっと見ただけじゃ区別が付かない。
調理中だったということもあり、仕方なく彼女は夜が明けてから探すことにした。
次の日、早速彼女がイモタケを探そうと台所へとやってくると、昨日まであったジャガイモ袋がなくなっている。穣子は慌てて静葉に尋ねる。
「姉さん。台所にあったジャガイモたちはどこ!?」
「ああ、あれならミスティアのところに持って行ったわよ。こないだお世話になったお礼に」
「ええー!? あの中にイモタケ混ざっちゃってたのよー!?」
「あら、そうなの。でもジャガイモもイモタケもどっちもイモなら大差ないでしょ」
と、静葉は意に介さない様子だったので穣子は慌てて告げる。
「いや、あの。実はイモタケって食べられないのよ!!」
それを聞いた静葉は怪訝そうな表情を浮かべる。
「イモなのに食べられないって……。 それ本当にイモなの?」
「イモじゃなくてキノコ!」
「食えないキノコね」
「そう! だから焦ってるのよ!」
「そうね。大変だわ。でもね。穣子、焦っても仕方ないわよ。こういうときこそ落ち着いて対処するのよ」
「……というと?」
「まず深呼吸。続いて掌に芋と三回書いて飲み込む。そして最後にゆっくりとその辺歩いてみなさい」
穣子は怪訝そうな表情を浮かべながら、言われたとおりの事をする。すると静葉は、にやっと笑みを浮かべて彼女に告げる。
「そう。そのまま歩き始めたら、その調子でミスティアの居酒屋まで行きなさい」
穣子は思わず歩みを止めて静葉に尋ねる。
「……は? どゆこと」
「いい? 何事も落ち着いて処理する。それが神としての振る舞いよ」
「そんなんしてたら日が暮れちゃうわよっ!?」
「大丈夫よ。どうせ居酒屋は夜からしか開かないもの。慌てる必要ないでしょ。さあ、行ってらっしゃい」
穣子は頭に疑問符をたくさん浮かべつつも、結局律儀に歩いて居酒屋へ向かう。
彼女がミスティアの居酒屋に着いたのは、日もすっかり落ちてしまった頃だった。
慌てて店の中に入るとすでに数人のお客がいる。穣子は笑顔で迎えてくれたミスティアを急いで呼び寄せる。
「ど、どうしたんですか……? 焦った顔して」
「実はさー。姉さんが持ってきたジャガイモの中にさー。一つだけイモタケってキノコが紛れ込んじゃってたのよ」
「えっ! そうなんですか?」
「毒はないんだけど、あれ、食えないからさ。急いで取り戻しに来たってわけよ」
「えっ! それは大変!」
「でも、幸いあれって切ると断面がジャガイモと全然違うから、あんたならすぐ区別付くと思うのよね。その様子だとまだ出してないわね?」
その言葉を聞いたミスティアの顔からさーっと血が引いていく。
「どしたの……? 顔色悪いわよ」
「い、いや、あの。……実は今日、大量に芋が手に入ったってことで、じゃがバターサービスやってるんですよー……!」
「えっ……それってまさか」
「……はい。切らずにそのまま焼いてバターつけて食べるっていう」
「じゃあ、もう客に出しちゃってる可能性があるってこと!?」
「どどどどどどうしましょう……!?」
「どどどどどどうしましょうって言われても……なんとかするしかないでしょ!」
と、二人が慌てふためいているその時だ。
「おい! 女将!」
声に気づいた二人が振り向くとそこには金髪の少女の姿が。霧雨魔理沙だ。彼女はすでに酒が入っているようで、赤ら顔でこっちを見つめている。ミスティアは恐る恐る彼女に話しかける。
「ま、魔理沙さん。ど、どうしかしましたか……」
「あのジャガイモのことだがな」
「あ、な、何か不具合ありましたか……」
「あれはジャガイモじゃないぞ!」
その言葉を聞いたミスティアは思わず泣きそうな目で穣子の方を見る。
穣子が、ばつ悪そうにアイコンタクトを送ると、ミスティアは決心したように一つ頷いて口を開く。
「あの、申し訳ございません。手違いでジャガイモとは違うものが混入していたようで……」
「やっぱりそうだったか! 私の舌は間違ってなかったようだな!」
「あ、あの……実はあれは――」
「いや、言わなくていいぜ! 私がアレの正体、当ててやる!」
そう言うと魔理沙は、含み笑いを浮かべて腕を組むと、まるで探偵が推理でもするような様子で語り出す。
「……そう、ジャガイモとは明らかに違う、あの舌にまとわりつくような濃厚で癖のある風味、鼻孔を貫くような刺激的な芳香……そして芋にそっくりな形状といえば……間違いないぜ」
彼女は、目を見開くとミスティアの方に勢いよく指さして言い放つ。
「ズバリ! あれはトリュフだな!?」
ミスティアは、慌てて穣子に耳打ちをする。
「……穣子さん、トリュフってなんですか……?」
「……あー、えっと。なんだっけ。聞いたことあるような……あ、思い出した。森の宝石とか呼ばれてて、外の世界では三大珍味の一つに数えられてるキノコだって何かの本で読んだわ。実物は見たことないけど……」
「どうなんだ。違うのか?」
「あ、えっと……その」
そのとき、ミスティアを遮って穣子が口を開く。
「その通り! 正解よ! あれはトリュフよ! 流石キノコマイスターと名乗るだけはあるわね! うっかり私が混入させちゃったのよ。ごめんなさいねー」
「おお! そうだったか!! あんな珍しいのどこで手に入れたんだ!?」
「それは流石に企業秘密よ。特別なルートだし」
「そうか、まぁそうだよな。仕方ないか。高級品だもんな」
「いやー。食べてくれたのがあなたで良かったわ。他の人だったらこれがなんなのか分からず、なんだこれはって怒り出すところだったもの」
「はっはっはっは!! それは確かに言えるな! あの独特の味は分かる人にしか分からん! それにしても驚いたぜ! まさか居酒屋でトリュフが食えるとは思わなかった! いやー今日はなんていい日なんだ! やはり私は運がいい!」
と、彼女は上機嫌そうに笑みを浮かべている。穣子は「これでもう大丈夫」と言わんばかりに笑みを浮かべミスティアの方を振り向く。それを見た彼女はようやく安堵の表情を浮かべた。
◆
「……と、いうことが昨日あったのよ。いい事した後は気持ちいいわね」
「ふーん。いいことなのかどうかはさておき、お疲れ様だったわね。ところで穣子、このテーブルに置かれたジャガイモのバター焼きのようなものは何かしら」
「何ってイモタケよ?」
「……あなたこれ食べられないって言ってたでしょ」
「いやー。魔理沙の奴があんな美味しそうに言ってたから、もしかしたら工夫すれば食べられるのかなって……」
「……一応聞くけど、食べたことあるの?」
「ええ、あるわよー。昔、ジャガイモとうっかり間違えて。あれは不味かったわねー」
穣子はそう言って顔をしかめる。呆れた様子で静葉は尋ねる。
「……で、どんな工夫したの」
「ええとね。長い時間煮込んで、あくを極力取り除いたのよ。どんだけ煮込んでも型崩れしないんだからやっぱこれってキノコなのねー。ジャガイモだったらもうとろけてなくなってるところだもの」
と、暢気なことを言っている穣子を無視して静葉は、そのテーブルの上のイモタケ料理をそっと嗅いでみる。
バターの香ばしい香りに混じって芳香とも悪臭ともつかないにおいが鼻をつく。
「穣子。私の神様としての直感がこれは食べてはいけないって教えてるんだけど」
「私の神様としての直感は多分大丈夫じゃない? って教えてくれてるわ。それに人間のあいつが食べて大丈夫だったんだから、神である私たちが食べても大丈夫よ」
「そうかもしれないけど……」
「ここはひとつ、あいつを信じてみましょう」
そう言いながら穣子は、イモタケを一口口に入れるともぐもぐと咀嚼する。
「どう? 味は」
「うんうん……バターがとってもまろやかでいいわね。んでもって口の中に独特の香りが……」
次の瞬間、彼女の顔がたちまち真っ青になる。
「どうしたの? 顔色悪いわよ」
「んぐぐぐーーーーーーーーーーーっ!!?」
慌てて彼女は外にイモタケを吐き出すと台所に行き、水を飲み干す。
「えっ……エグいっ!! エグい!! エグ味がっ……!! エグ味がぁあああああああああっ……!!!」
絶叫しながらのたうち回る穣子を傍目に、静葉は呆れたように言い放つ。
「……どうやらイモタケも魔理沙も、とんだ食えない奴だったってことね」
面白かったです
キノコはホント変なやつがたくさんありますね……。
秋姉妹のドタバタ劇が面白かったです。
秋姉妹の言い合いがとても面白かったです。
あとこの魔理沙好き
この軽快にテンポよく話が進まない感じ、まさに秋姉妹でした