聖人を縛り首にした日が、いつの間にか、大切な人にチョコレートを贈る日に。
いわゆる、バレンタインデー。人間も結構ロックな所があるよね。
「全然見つかんない……」
正直、私も縛っておけばよかったな、とは思った。
もちろん、聖人でも、首でも無い。
「あっ! す、過ぎてる! 15日になってる!」
じゃあ何をかって?
「リグルはどこに居るのッ!?」
その……渡す相手をね……。
レイト・レイト・チョコレート
いや、途中までは順調だったのよ。
屋台に来たお客さんにサービスで、ちっちゃいのを渡してさ。
宵闇ちゃんと氷精ちゃん。大ちゃんにも渡した。もっとちゃんとしたヤツを。
響子にも渡した。
私は人里を出禁にされてるから、変装して忍び込んだよ。
ラッピングした私の手作りハートと、同じく響子の手作りハート。
お互い渡し合った瞬間に、寺に来たハクタクに潜入がバレた。
次に出禁を破ったら、血煙になるまでケツを叩くって言ってたの思い出してさ。もう脂汗とかめっちゃ出たよ。
速攻で逃げたから、ムードとかそんなの無かった。歴史書より空気を読んで欲しい。
「宵闇ちゃ~ん」
「おかえりー。蟲さん見つかって……無いみたいね」
暗い森の切れ目に差し込む、柔らかな月の光。それは大きな切り株と、そこにちょこんと座る、宵闇ちゃん……ルーミアを照らしていた。
闇も纏わず、退屈そうに、髪の毛を弄る宵闇ちゃん。
私はその側に降り立ち、ゆらゆらと揺れる彼女の脚に、縋り付いて頬を寄せた。
「りぐるーん。隠れてないで出ておいでー」
「くっつかないでよー」
「でもあったかいでしょ?」
「汗だくドロドロは勘弁して欲しいなー」
「あ、ごめん」
散々飛び回ったからか、暑い。汗も結構かいている。
後で風邪ひかないようにしないとな……。
「それにしても、どこ行っちゃったんだろ。こんなに見つからないの珍しいよ」
「別にお菓子なんて、いつ渡してもいいじゃないのー」
「良いけど、良くないの」
……リグルだけ時間外ってのが、何となく嫌なのよ。
深い意味も、意義も無い。気持ちの問題ってヤツ。
「まあ、もう過ぎちゃったんだけどさ……」
「程ほどにしときなよ。それじゃーねー」
「どこ行くのよ」
宵闇ちゃんはふわりと浮かび、両手を広げて問いかけた。
「聖者は水よりワインが好き、って言ってるように見える?」
「女々しい菓子より肉が良い、って言ってるように見える」
「そういえば。ついさっき、あっちの方にチラッと、緑色の髪の子が」
「先に言ってよ!」
ごめーん、という謝意の足りない謝罪を聞き流し、指差された方角へと飛び立つ。
ついさっき、の言葉は正しかったようで。少し飛んだだけで直ぐに見つかった。
そう! ずーっと探してた、見知ったあいつ!
「りぐるーん!」
緑の髪の女の子!
「もー! 探したんだから!」
サイドテールがキュートなあの子!
「あ……夜雀さん。こんばんは」
「いや大ちゃんじゃねーか!!」
確かに緑だけどさ! 髪型全然違うし、髪色も薄いのよ。
それに途中まで気が付かなかった私。結構煮えてるなー。頭とかが。
「こんな夜中にどうしたの。珍しいじゃん」
「何となく、お散歩したくなって」
冬の夜の、暗い森で、花のように笑う大ちゃん。
うーん。可愛い。少なくとも癒やしにはなった。
「リグルを探してるんだけどさ、見てない?」
彼女は眉をハの字に下げて、小さく首を横に振った。
「見てないかー」
「あの。お菓子、美味しかったです。ありがとう」
「こっちこそ。食べてくれてありがと。寒いから早く帰りなよー」
「夜雀さんも。今度、チョコのお返ししますから」
「ホント? 楽しみに待ってるね。それじゃ!」
笑顔で手を振る大ちゃんに、二本指を振って飛び去る。
それにしても、困ったな。もう行きそうな場所は粗方探したのに……。
飛び回ったせいでかなり暑いし、寒さのせいか喉が渇いた。
この場所は自宅が近い。一旦帰って身を整えてから、またリグルの家に行ってみよう。
もう寝てるかもしれないけど。そしたら、枕元にでも置いていこうかな。
「……サンタか私は」
先取りしすぎね、なんて思いながら、見えてきた自宅へと降下する。
そして玄関前に降り立ったところで。
「あ、みすちーやっと帰ってきた。どこ行ってたのさ~」
思いっきり、足を捻った。
「ヴッ!」
「いまメキッって……」
「なッ、何でココに痛いのよ!?」
「みすちー混ざってる」
「どういう事よ。何で私の家に居るの」
玄関先に座り込む、緑髪に触手が二本。華奢な身体に多重の防寒。
寒さで赤らんだ顔に浮かぶ、あまりに見慣れた苦笑い。
今度こそ、間違いなくリグルだった。
「今年は材料が中々手に入らなくてさ。何とか集めて慌てて作ってたら……こんな時間に」
リグルが防寒着の下から出したのは、ミント色にラッピングされた、小さな箱。
「それで渡しに来たら、私が居なかったと」
「うん。日が変わる前にはココに居たんだけど……どこに行ってたの?」
「あんたを探してたの!」
「えっ!?」
どうやら、ずっと入れ違い続けてたらしい。
灯台下暗しとは、人間も上手いこと言うもんだわ。
手袋を外して、リグルの赤い頬を両手で挟む。
「ほらー、こんなに冷たい。寒いの苦手なくせに。帰っちゃえば良かったじゃん」
「みすちーだって。日が昇ってから探せば良かったのに」
「蛍は夜に探さないとね。それに、リグルにチョコ渡すの……先に延ばしたくないし?」
「む……その……探してくれてありがと……」
「よ、よせやい」
うん、ちょっと照れくさいけど、中々バレンタインらしい雰囲気に――。
「「――へっぷし!!」」
これだから生理現象ってヤツは……!
「……寒いし、入ろっか」
「うん、お邪魔しまーす。みすちーどうしたの? 渋い顔して」
「いや、気にしないで」
ま、いいさ。日々を楽しむ秘訣は、素早い切り替えだ。
今はまず、遅いバレンタインを堪能するべきよね。
暖炉に火を入れて、ワンピースのポケットからブツを取り出し、防寒着を脱ぎ捨てる。
そして、ブラウン色のラッピングで飾られた小箱を、両手でリグルに差し出した。
「遅くなっちゃったケド。はっぴーばれんたいーん」
「ありがとう!」
リグルは差し出した小箱を、両手で大事にそうに取ってくれた。
そして、彼女もまた、ミント色の小箱を差し出した。
「は、はっぴーばれんたいーん」
あ、言ってくれるんだ。もう、可愛いなぁ。
「ありがと」
頬の赤みと、僅かに逸らした目線を堪能しつつ、その小箱を受け取った。
「せーのであけよっか」
「うん、そうしよう」
リボンを解いて、ラッピングの紙を外し、蓋を開ける手前で止める。
あとは二人同時に、蓋に手を掛けて。
「「せーのっ」」
開けた瞬間から、甘い香りが漂ってきた。
友人が手作りした、バレンタインのチョコ。まして、飛び回って疲れた身体だ。
普段の何十倍も、素敵に感じるチョコレートの香り。
さて、リグルはどんな形にしたのかな?
楽しみを増やすため、あえて中を見ずに手だけを入れる。
どうやら、大きめな一つのチョコが入っているらしい。
それを撫でると、柔らかい、どろりとした触感が。
……どろり?
「まさか、これ」
嫌な予感がして、箱の中を覗き込む。
チョコレートが入っている。当然だ。
その中に入っているのは、大きめな一つのチョコ。
……大きめなチョコに、成ってしまった、複数の小さなチョコだったモノ。
自分の指先を見る。
素敵な香りが漂う、茶色がどろり。
「「溶けてるじゃんコレ!」」
私が叫ぶと当時に、リグルも声を上げた。
思わず、お互いに、顔を見合わせる。
「あっ、私があげた方も!?」
「えっ、みすちーにあげた方も!?」
リグルの指にも、べったりとチョコが付いている。
ああ、多分、溶けてるんだろうな。
……冷静に考えると。チョコは普段着の、ワンピースのポケットに入れてあった。
防寒着の下、飛び回って暑くなって、籠もった熱に晒され続けていたワケだ。そりゃ溶けるわ。
リグルも探し回ってたみたいだし、小箱を防寒着の下から出していた。溶けた理由は同じだろうな。
「ど、どうしよう……両方ともドロッドロ……」
すっかりへこんでしまったリグルだけど、諦めるのはまだ早い。
復習しよう。日々を楽しむ秘訣は、切り替えの早さにあるのだ。
「溶けちゃったなら仕方ないわね」
「仕方ないって、どうするの?」
「どうせなら、しっかり溶かそう!」
バレンタインチョコは固形じゃないと駄目、なんて決まりは無いハズだ。
「ちょっと牛乳を温めてくれる? コーヒーカップ2つ分くらい」
「う、うん。分かった。ホットチョコにするの?」
「惜しい。チョコとホットミルクと……」
そして四角いガラス瓶に詰まった、深い金色の美味しいヤツ。
普段はあんまり呑まないんだけど、買っといて正解だった。
「ウイスキーよ!」
「えー。ウイスキー苦いから苦手なんだよね……」
「大丈夫。これは呑みやすいし、そのうえ簡単」
ウイスキーをホットミルクで割って、細かく刻んだチョコを溶かすだけ。
簡単でしょ?
「そして既に刻まれたバレンタイン溶けチョコがこちら」
「え、いつの間に?」
「屋台の女将を舐めるなよ? はい、ホットショコラスキーおまちどう」
「だからいつ混ぜたの!?」
「美少女ロックンロール女将を舐めるな、と言ったハズよ」
出来るオンナは手際も良いのだ。覚えておきたまえリグル君。
「ほら、呑んで。美味しいし、冷えた身体もソッコーで暖まるよ」
「いただきまーす」
未知の味を確かめるように、ちびり、と呑むリグル。
疑念が透けていたその顔は、すぐに綻んで笑顔へと変わっていった。
「おー、コレなら私も呑める」
「でしょー?」
「でも流石に、チョコが凄い余るんじゃ……」
「カクテルに使う分を残して、余りはもう少し溶かして、クッキーとかに付けて食べよう」
「フォンデュ的な? チョコ三昧だねぇ」
ホントはもっと、準備してからやるべきなんだろうけど。
でもこういう、場当たり的に楽しみを摘んでいくのも、私は好きだ。
「フフフ……こんなにチョコが余るから。甘い夜になりそうね」
「それ誰の真似だっけ……あ、言わないでねみすちー。当てるから」
「夜明けまでに当ててよー?」
「……そろそろヒントくれる?」
「いや早いよ!」
日付はもはや遅刻確定。
やってる事といえば、夜も遅い時間から、家で友達とバカ笑い。
結局、普段と大して変わらない感じだけど。
大切な人に贈り物をして、一緒に過ごすという意味では。
紛うこと無きバレンタインデー、だよね?
ほんのり甘くて暖かいバレンタイン、堪能させていただきました。ミスリグ、とても良いものだ。
ミスティアカワイイヤッター!
バレンタインにお互いを探してたとか最高にかわいいと思います
思い通りにいかないことがあっても笑い飛ばして喜びに変えてしまうような暖かい雰囲気とてもいいですね