晴れ渡る秋の空にざあ、っと大きな風が吹く。妖怪の山を一つの龍のような突風が吹き渡る。私は持っていた箒を強く握り締めて、風が通るのを感じている。境内の掃除をしていたけれども、落ち葉が大きく舞ってしまった。
「またですか……今日は風が強いですね」
はあ、っと心の中で大きなため息をつく。秋の最盛期でたくさんの色に彩られる山はとても綺麗だけれども。落ち葉は嫌だな。なんたって掃除が大変だもの。
そんなことを思いつつ集めていく。落ち葉は燃やしてしまおうかと思ったけれど、また大きな風が吹いたら火が広がってしまうのは怖いと思ったのでやめた。
集め終わって、全部袋に入れて境内の隅に置いておく。違う日に燃やせばいいかな、なんてそんなことを思いながら。
ひゅう、と冷たい風が私の頬を通っていく。軽く巻き上げられる緑の髪を耳に掛けながらふと空を見た。どこまでも吸い込まれそうな青い空。雲一つない高い高い青は私を覆う。
幻想郷に来てどのくらいの時間が経ったんだろうか。良くも悪くも、此処で起こる異変は印象的すぎて何が起こったのかも覚えているようで覚えてない。少しだけ、ほんの少しだけ外の世界の両親が気になった。私を忘れているだろうけれども、楽しく過ごしているのかな。もし私が死んだとされているのなら、悲しみを乗り越えているのかな。今更だって自分でも思う。時々、落ち着いた時にそう頭によぎるだけなのに。
さぁあ、と木々が揺れる。はらはらと落ち葉が落ちていく。目が、体が、空を離さない。雲一つない空に私はひとつ、違和感を感じた。その違和感は何なんだろう……
「早苗? おーい早苗?」
「は、はいっ! なんでしょうか!」
私は驚いて音が聞こえた方に向いた。諏訪子様が不思議そうな顔をして立っていた。
「……早苗、どうかした?」
少しこちらに歩いてきている諏訪子様。ポカンとしたような顔で聞かれるので私は何か後ろめたい事を隠すかのようにぶんぶんと手を振りながら答える。
「い、いえ! なんでもないです!」
「ふうん。ならいいんだけれど」
何故私は、後ろめたいと思ったんだろう。ただぼーっとしていただけなのに。
「あぁ、そう言えば神奈子を見なかったかい?」
神奈子様……そう言えば。
「確か一人で散歩に行ってくるとか言っていました。その辺を歩く、とかなんだとか……」
「散歩? 珍しいね。私も神奈子を探して散歩してくるよ」
そう言うと諏訪子様はふらふらっと鳥居をくぐって降りていってしまった。
私のすることは無くなってしまった。境内の掃除も終わってしまったし、家事もすることは無いし。また空を見上げる。どこかに行きそうな空はそこにあった。
「よしっ、里に行きましょうか」
分からないままくよくよしてたって仕様がない。自分でほっぺを叩いて私は荷物を取りに本殿に歩き出した。
***
空を飛んでいつもの通りに里に着く。お昼はとても人が多い。活動できる時間だし、私の布教を捗る。
……なんで私は今、人が多いなんて思ったんだろう。確かに人は多いけれど、満員電車に押し込まれる程の人数でも無いのに。
電車。ガタンゴトンと揺られている。私は海を見ていて。海? それって……
「やっほー、サナエっち元気ー?」
「ひゃあっ!?」
私は驚きで飛び上がった。
「ええ、そんなに驚かなくても」
「あっ……菫子さんですか。びっくりしちゃいました」
えへへと、笑って誤魔化す。菫子さんは怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
「いいけど。博麗神社に行ってきたら狛犬に追い出されちゃってね。なんか大切なことしてるから出てけーって。レイムっち何してるんだろ」
歩き出した私の隣についてくる菫子さん。
「さあ……何してるんでしょうかね。目処がつくなら祈祷とかかもしれませんけれど……流石に話だけじゃ詳しいことはわからないですね」
「そりゃそうかー残念。それでサナエっちのことだけど。何か考えてたの? 私が声かけるまで気が付かなかったみたいだから」
挙動不審な人がいればそれは気になるのが常だもの。聞かれるとは思っていた。
「あー、うん。考えてたかな」
ザッザと歩いていると、いつも入らせてもらっているお団子屋さんが見えた。月の兎が二羽いる。自分の店があるのに時々お手伝いとかで入っているのだとか。
「ちょっと入って話そうか」
私は少しだけ逃げるようにそう言って。菫子さんは頷いた。
***
席について、お団子を二人分頼んで無言になる。周りの人の声がよく聞こえる。何故か私は少し言葉が詰まった。何かを言いたくないのか。心の中の靄は晴れない。
お茶です、と店員さんが二人分を席に置いて行ったので私は菫子さんに渡した。
「ありがと、サナエっち。それで何考えてたの?」
暖かい湯のみを持って単刀直入に話してくる菫子さん。
私は一息つく。何故か心が慌てている。そんなことなんてないはずなのに、自分のことが分からなくなってきた。
「ええっと……」
目が泳ぐ。身体が熱くなる。なんでだろう……
「あ、言いたくないならいいの。無理して聞くことじゃないし。興味があっただけだから」
気を遣われているという事実に私は落ち着く。そんなに慌てることでも無いはずのことを恥ずかしいと思うことはなかったか。
一つ大きく息を吸って言葉を発する。
「海がね、電車から見えたの。此処には無いはずのものが見えて、外が懐かしいなって思って。ただそれだけ……」
揺れる電車。光る水面。夏の青い空、白い雲。飛行機が空を……
「そうか……飛行機雲……飛行機雲が無いんだ……」
ハッと私は空を見る。
空を見て感じた違和感。それは外でずっと見ていた飛行機雲を幻想郷では見ないということだった。家の帰りの田んぼ、少し都会のビルの合間から見える、白い雲一筋……
「飛行機雲? それって空にあるやつでいいの?」
ぽかんとしたような顔をする菫子さん。
「はい、そうです。飛行機雲ですよ」
私が引っかかっていたのは、ずっと雲だったんだ。
「飛行機雲ね……こっちじゃ見ないよね。もし空を飛行機が飛んでいたとしても結界で見えないよね。外は良く見るよ。気がついたら空に浮かんでる」
少し考えたように菫子さんは言った。
「ここって本当に幻想なんですよ。改めてそう思いました」
「はは、私は夢でここに来てるから分からないけどね……」
あははと、私はお団子が来るまで笑っていた。笑いが止まらなかった。どおしてこんな簡単なことに気が付かなかったのかと、そんなことが頭を通り過ぎる。
あっははは……あははははは……
大声で笑っていた。周りの目だとかどうでも良い……私の浅はかさ、幻想という馬鹿らしさを笑っていた。
***
あの後取り留めのない話を菫子さんとして別れた。もう起きるとか言って外に戻って行った。私はそれを羨ましいとは思わないけれど、妬ましいとは思う。私にとって、元々あった日常に帰れるのだから。神奈子様、諏訪子様に着いてきて博麗神社に喧嘩を売って、ボコボコにされて。あれも後から考えると楽しかったし、御二方に着いて来れたことも光栄なのかと思う。ある意味家族を捨てて、私にとっての未知の世界に飛び込んで、馴染んで。外の世界の常識は幻想郷の非常識で。
あーあ、本当に馬鹿らしい。今までの心のつっかえが取れたような気がした。
此処に飛行機雲が無いのは当たり前なのに、気がつかないなんてね。あれがこれから幻想郷で飛ぶとしてたら何百年後の世界なんだろう。飛行機雲を私は死ぬまで見ないことだけは確かなんだろう。
そんな途方も無いことに思いを馳せた。
ふと見上げた秋の高い空に一筋の雲が見えたような、気がした。
気がした、だけだった。
「またですか……今日は風が強いですね」
はあ、っと心の中で大きなため息をつく。秋の最盛期でたくさんの色に彩られる山はとても綺麗だけれども。落ち葉は嫌だな。なんたって掃除が大変だもの。
そんなことを思いつつ集めていく。落ち葉は燃やしてしまおうかと思ったけれど、また大きな風が吹いたら火が広がってしまうのは怖いと思ったのでやめた。
集め終わって、全部袋に入れて境内の隅に置いておく。違う日に燃やせばいいかな、なんてそんなことを思いながら。
ひゅう、と冷たい風が私の頬を通っていく。軽く巻き上げられる緑の髪を耳に掛けながらふと空を見た。どこまでも吸い込まれそうな青い空。雲一つない高い高い青は私を覆う。
幻想郷に来てどのくらいの時間が経ったんだろうか。良くも悪くも、此処で起こる異変は印象的すぎて何が起こったのかも覚えているようで覚えてない。少しだけ、ほんの少しだけ外の世界の両親が気になった。私を忘れているだろうけれども、楽しく過ごしているのかな。もし私が死んだとされているのなら、悲しみを乗り越えているのかな。今更だって自分でも思う。時々、落ち着いた時にそう頭によぎるだけなのに。
さぁあ、と木々が揺れる。はらはらと落ち葉が落ちていく。目が、体が、空を離さない。雲一つない空に私はひとつ、違和感を感じた。その違和感は何なんだろう……
「早苗? おーい早苗?」
「は、はいっ! なんでしょうか!」
私は驚いて音が聞こえた方に向いた。諏訪子様が不思議そうな顔をして立っていた。
「……早苗、どうかした?」
少しこちらに歩いてきている諏訪子様。ポカンとしたような顔で聞かれるので私は何か後ろめたい事を隠すかのようにぶんぶんと手を振りながら答える。
「い、いえ! なんでもないです!」
「ふうん。ならいいんだけれど」
何故私は、後ろめたいと思ったんだろう。ただぼーっとしていただけなのに。
「あぁ、そう言えば神奈子を見なかったかい?」
神奈子様……そう言えば。
「確か一人で散歩に行ってくるとか言っていました。その辺を歩く、とかなんだとか……」
「散歩? 珍しいね。私も神奈子を探して散歩してくるよ」
そう言うと諏訪子様はふらふらっと鳥居をくぐって降りていってしまった。
私のすることは無くなってしまった。境内の掃除も終わってしまったし、家事もすることは無いし。また空を見上げる。どこかに行きそうな空はそこにあった。
「よしっ、里に行きましょうか」
分からないままくよくよしてたって仕様がない。自分でほっぺを叩いて私は荷物を取りに本殿に歩き出した。
***
空を飛んでいつもの通りに里に着く。お昼はとても人が多い。活動できる時間だし、私の布教を捗る。
……なんで私は今、人が多いなんて思ったんだろう。確かに人は多いけれど、満員電車に押し込まれる程の人数でも無いのに。
電車。ガタンゴトンと揺られている。私は海を見ていて。海? それって……
「やっほー、サナエっち元気ー?」
「ひゃあっ!?」
私は驚きで飛び上がった。
「ええ、そんなに驚かなくても」
「あっ……菫子さんですか。びっくりしちゃいました」
えへへと、笑って誤魔化す。菫子さんは怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
「いいけど。博麗神社に行ってきたら狛犬に追い出されちゃってね。なんか大切なことしてるから出てけーって。レイムっち何してるんだろ」
歩き出した私の隣についてくる菫子さん。
「さあ……何してるんでしょうかね。目処がつくなら祈祷とかかもしれませんけれど……流石に話だけじゃ詳しいことはわからないですね」
「そりゃそうかー残念。それでサナエっちのことだけど。何か考えてたの? 私が声かけるまで気が付かなかったみたいだから」
挙動不審な人がいればそれは気になるのが常だもの。聞かれるとは思っていた。
「あー、うん。考えてたかな」
ザッザと歩いていると、いつも入らせてもらっているお団子屋さんが見えた。月の兎が二羽いる。自分の店があるのに時々お手伝いとかで入っているのだとか。
「ちょっと入って話そうか」
私は少しだけ逃げるようにそう言って。菫子さんは頷いた。
***
席について、お団子を二人分頼んで無言になる。周りの人の声がよく聞こえる。何故か私は少し言葉が詰まった。何かを言いたくないのか。心の中の靄は晴れない。
お茶です、と店員さんが二人分を席に置いて行ったので私は菫子さんに渡した。
「ありがと、サナエっち。それで何考えてたの?」
暖かい湯のみを持って単刀直入に話してくる菫子さん。
私は一息つく。何故か心が慌てている。そんなことなんてないはずなのに、自分のことが分からなくなってきた。
「ええっと……」
目が泳ぐ。身体が熱くなる。なんでだろう……
「あ、言いたくないならいいの。無理して聞くことじゃないし。興味があっただけだから」
気を遣われているという事実に私は落ち着く。そんなに慌てることでも無いはずのことを恥ずかしいと思うことはなかったか。
一つ大きく息を吸って言葉を発する。
「海がね、電車から見えたの。此処には無いはずのものが見えて、外が懐かしいなって思って。ただそれだけ……」
揺れる電車。光る水面。夏の青い空、白い雲。飛行機が空を……
「そうか……飛行機雲……飛行機雲が無いんだ……」
ハッと私は空を見る。
空を見て感じた違和感。それは外でずっと見ていた飛行機雲を幻想郷では見ないということだった。家の帰りの田んぼ、少し都会のビルの合間から見える、白い雲一筋……
「飛行機雲? それって空にあるやつでいいの?」
ぽかんとしたような顔をする菫子さん。
「はい、そうです。飛行機雲ですよ」
私が引っかかっていたのは、ずっと雲だったんだ。
「飛行機雲ね……こっちじゃ見ないよね。もし空を飛行機が飛んでいたとしても結界で見えないよね。外は良く見るよ。気がついたら空に浮かんでる」
少し考えたように菫子さんは言った。
「ここって本当に幻想なんですよ。改めてそう思いました」
「はは、私は夢でここに来てるから分からないけどね……」
あははと、私はお団子が来るまで笑っていた。笑いが止まらなかった。どおしてこんな簡単なことに気が付かなかったのかと、そんなことが頭を通り過ぎる。
あっははは……あははははは……
大声で笑っていた。周りの目だとかどうでも良い……私の浅はかさ、幻想という馬鹿らしさを笑っていた。
***
あの後取り留めのない話を菫子さんとして別れた。もう起きるとか言って外に戻って行った。私はそれを羨ましいとは思わないけれど、妬ましいとは思う。私にとって、元々あった日常に帰れるのだから。神奈子様、諏訪子様に着いてきて博麗神社に喧嘩を売って、ボコボコにされて。あれも後から考えると楽しかったし、御二方に着いて来れたことも光栄なのかと思う。ある意味家族を捨てて、私にとっての未知の世界に飛び込んで、馴染んで。外の世界の常識は幻想郷の非常識で。
あーあ、本当に馬鹿らしい。今までの心のつっかえが取れたような気がした。
此処に飛行機雲が無いのは当たり前なのに、気がつかないなんてね。あれがこれから幻想郷で飛ぶとしてたら何百年後の世界なんだろう。飛行機雲を私は死ぬまで見ないことだけは確かなんだろう。
そんな途方も無いことに思いを馳せた。
ふと見上げた秋の高い空に一筋の雲が見えたような、気がした。
気がした、だけだった。
飛行機雲が繋がる遠い空の果てのどこを探してももう早苗はいないということに淡い郷愁を掻き立てられました。とても良かったです
タイトルもよかったです。
素晴らしいと思います。憧憬と哀愁がたいへん見事に描かれていて、とてもよかったです。
澄んだ気持ちになりました。ご馳走様でした。
もう故郷には戻れないよ
なんてことのないありふれたものなのに、早苗は二度と見られないのだと思うと寂しさを覚えます
もうここは外の世界ではないのだと改めて思い知らされるようでよかったです
早苗の郷愁の想いがしみじみ伝わってきて、とても良かったです。
文章だけでなく空にもすうっと引き込まれそうになる文章で、一回読んだ後に窓の外をつい見てしまったのも含めてとても良かったです。
このお話のように具体的に現代では身近な風景がなくなるのを想像すると妙にストンとイメージがハマった気がします。
だからこそ少女が見た日本の原風景なんだな、と。
ただ飛行機雲という当たり前にあるものの有無を外と幻想郷の差異としてテーマにするのは非常に面白かったです。
スパッと書き上げた作者さんのセンス。
早苗の揺れ動く?気持ちを董子との対比や飛行機雲で表すのは流石におしゃれ。
飛行機雲いいですよね。
締め方が最高にきれいでした