ある寒い晴れた日のこと。
河城にとりがキュウリをせびりに秋姉妹の家を訪ねると、軒先に穣子が洗濯竿に紐で括られ吊されていた。
びっくりしたにとりが、彼女に話かける。
「なにやってんの!? 新しい遊び?」
穣子はうんざりした様子で答える。
「こんな遊びあってたまりますかっての……」
穣子はうつろな目で虚空を見つめている。彼女は逆さまに括りつけられていた。
「……姉さんのお仕置きなのよこれ」
「お、お仕置きって何か悪い事でもしたの……?」
「そう、あれは昨日事だったわ……」
◆
「あー……暇ねぇ。暇すぎて蝦になっちゃうわ」
「それは大変ね。蝦になったら暇になっちゃうわ。そんなに蝦ならこれでも読んだらどう?」
と言って静葉は、暇を持て余してジャガイモのようにごろごろしている穣子に、分厚い本を取り出してみせる。
「本~? 堅苦しいのはいらないわよ? どうせ読まないから」
「大丈夫よ。これはイモでも分かるとても簡単な内容だから」
「イモが本読みますかっての……ったく、どれどれー……」
穣子は大儀そうに体を起こし、その本を手に取って表紙に目を通す。その仰々しい表紙にはこう書かれていた。
『人をおちょくる100の方法』
穣子の表情がたちまち曇る。
「……なにこれ」
「見ての通りよ」
何食わぬ顔で静葉は告げる。
「……姉さんはいつもこんなの読んでるわけ?」
「そうよ。面白いわよ」
「またロクでもない本を……」
「そんなことないわ。いい暇つぶしになるのよ」
「こんな本なんか読んでるから、里の信仰薄いのよ」
「これは趣味ですもの。信仰とは無関係よ」
「無関係じゃないわ。こんなの読んでる神様が、まともに信仰得られるわけないじゃない」
「それは違うわ。変わってるからいいのよ。そもそも神様の趣味を人間が理解出来るわけないじゃない」
「そういうの屁理屈っていうのよ。あーもう話にならない。もういいわ! こんな本こうしてやるから!」
穣子は本を外に投げ捨ててしまう。それを見た静葉が窘めるように彼女に言う。
「穣子。本を粗末に扱ってはいけないわ。いくら何でもそれは神様としてあるまじき行為よ」
彼女は、懐から紙切れのようなものを取り出して穣子に告げる。
「穣子。聞きなさい。これで五つ目の指導よ」
「え!?」
驚きの表情を見せる穣子に、静葉はその細かく文字の記された紙切れを、彼女の目の前に差し出して告げる。
「まず一つ目、マイタケをあなたの不注意で妖怪に盗まれた。二つ目、勝手に家の軒下改造して悪臭を放つキノコを栽培していた。三つ目、まだ読んでいない新聞を勝手にイモの包み紙に使った。四つ目、家の中でスペルカード暴発させて壁に大穴開けた。そして今回。合計指導五つよ」
「う……」
「指導が五つたまったら『姉さんのお仕置きシリーズ』を発動させるって言う約束だったわよね」
「そ、それは……」
思わずたじろぐ穣子に、静葉は不敵な笑みと共に告げた。
「問答無用。今回は干し芋の刑に処する」
◆
「……で。今の状態が、その干し芋の刑ってやつなのかい?」
経緯を聞いたにとりは、半ば呆れた様子で彼女を見る。
「そういうことよ。あー苦しい……」
「なるほどねぇ……でも、ほぼ自業自得って奴のような気がするけど」
「それはそうかもしれないけど……あー辛い……」
そう言いながら穣子は、眉間にしわを寄せながら身をくねらせる。様子を見たにとりが尋ねる。
「やっぱ神様でも逆さまだと辛いものなのかい?」
「いえ。そんなことないわよ?」
「え、じゃあ何で辛い辛いって……」
「決まってるじゃない。こんな真冬の外に長時間いるからよ……。冬の空気が私の体を蝕んでいくのが手に取るように分かるわ。あーつらい……」
「あー今が冬だから外にいるのがキツいってことか!」
「そーゆーことーあーくるしい、つらい」
「まぁ。その、なんていうか、ご愁傷様ってやつだねぇ」
その後も二人はとりとめない会話を続けていたが、やがて穣子が「辛い」「苦しい」しか言わなくなってしまったので、彼女はキュウリをもらいに来たことなどすっかり忘れて、さっさとその場から立ち去ってしまった。
◆
次の日、キュウリのことを思い出したにとりが、再び秋姉妹の家を訪ねる。洗濯竿には穣子の姿はなく、代わりにぶら下がっていたのは大きな干し芋だった。なかなか美味しそうである。
彼女は思わずその芋を食べたくなり、家の中に入る。家の中では静葉が囲炉裏の側で本を読んでいた。
「こんちはー。静葉さん」
「あら、河童さん。いらっしゃい。今日はどうしたの?」
「あ、実はね。ちょっと聞きたいことがあって」
「分かったわよ。またキュウリせびりに来たんでしょう。今用意するからそこで待ってなさい」
と言って立ち上がろうとする静葉を、にとりは呼び止める。
「いや、違うんだよ。外にある干し芋頂けないかと思ってさ」
「干し芋?」
「そう。竿に吊してあるでしょ」
「そうなの?」
「あれ? じゃあ穣子さんのかな?」
「穣子? あの子ならお仕置き中よ」
「え?」
「悪い事したからお仕置き中なのよ」
「それ、昨日のことじゃなかった? なんかぶら下がってたけど」
「そうそう。そういえば、まだ回収してないわ」
「えっ」
「回収しましょ」
二人は洗濯竿の前へとやってくる。やはりぶら下がっているのは穣子ではなく大きな干し芋だ。
その芋を見つめながら静葉は呆れた様子で呟く。
「……あらあら。穣子ったらこんな姿になっちゃって」
「えっ!? 違うよ静葉さん。これは大きな干し芋だよ!?」
静葉は表情変えずに彼女に告げる。
「いえ。これは穣子よ」
「えっ」
「いや、穣子と言うより干しいもりこね」
「干しいもりこ」
「そう。長時間寒風に吹き付けられて秋度を失い、干し芋の姿になってしまったのよ」
「そんなことってあるの……?」
「あるわ。神様だもの」
「……へぇー神様って大変だねぇ」
などと言いながらにとりは、懐から自前のキュウリを取り出すと一口囓る。
「んで、これどうするのさ?」
「そうね。せっかくだから頂きましょうか」
「へ……?」
驚いたにとりは、思わずきゅうりを地面に落としてしまう。
「美味しそうな干し芋だもの、食べなきゃもったいないじゃない」
「いやいやいやいや!? これ穣子さんなんだよね?」
「そうよ」
「いいの? 食べちゃったりして」
「大丈夫よ。干し芋だもの」
「いや、見た目はそうだけど、穣子さんなんだよね? これ」
「そうよ」
「食べちゃマズいんじゃない?」
「そんなことないわ。干し芋は自然の甘みで美味しいのよ」
「いや、美味しいとか不味いとかいうことじゃなくて……」
狼狽えるにとりを尻目に、静葉は干し芋の下に木を手早く組むと火をつける。
にとりは思わずぼそっと呟いた。
「……神様とは言え、妹を食べる姉がこの世に存在するなんて……」
二人は徐々に焼き上がっていく干し芋を眺めている。やがて、ほんのりと焼き色が付き、辺りに甘い香りが漂い始める。
「そろそろ頃合いね」
静葉はいい塩梅に焼けた焼き芋を、躊躇なくちぎって口に頬張る。
「うんうん。美味しいわ。さあ、にとりも食べてみたらどう」
「えっ……でも」
「大丈夫よ。神の罰なんて当たらないわ。だって私が神だもの」
「いや、そりゃそうだろうけど……」
「あなた食べたかったんでしょ? これを。遠慮する必要なんてないじゃない」
「うっ。そうだけど……でも」
にとりは葛藤していた。
――食べたい。だけど、これを食べてしまったら穣子さんにもう会えなくなってしまう。確かに芋っぽくてイモイモしい芋神様だけど、それでも彼女に会えなくなってしまうのは嫌だ。でも、この干し芋はあまりにも魅力的過ぎる。ここで食べておかなかったらもう一生お目にかかることはないだろう。
大体、キュウリが好きな自分がここまで惹かれるということは、絶対それだけの価値があるということだ。河童の勘がそう教えている。一体どうすればいいのか。……そうだ。科学の力で穣子さんのクローンを作ってしまおうか。そうすればこれを食べてしまっても穣子さんに会うことが出来るじゃないか……! いや、でもクローンはあくまでもクローン。それは果たして穣子さんと呼べるのか……
「食べないなら私が全部食べちゃうわよ」
「あ! 待って!! 食べる食べるっ!!」
反射的に彼女は、干し芋をちぎって口に入れる。入れてしまってから我に気づく。
――はっ! 食べてしまった……!!
「お味はどう?」
「……あ、う、あ、甘い……」
まだ咀嚼もしていないのに口いっぱいに優しい甘みが広がっていく。彼女が意を決して噛みしめると、今まで味わったことないような優しく柔らかい甘みが彼女を包み込む。
やはり自分の勘は正しかった。しかし、これでもう穣子とは二度と会えない。そう思うと彼女の目からは自然と涙がこぼれた。
「あらあら、そんな涙出るほど美味しい?」
そんな思いの内など知らないであろう静葉の言葉が、彼女の胸に突き刺さる。
にとりは、せめてものはなむけと思い、一心不乱にその干し芋を頬張る。その勢いは、さしものの静葉も思わず目を見張るほどだった。
と、その時だ。
「ちょっと! 何勝手に人のイモ食べてるのよ!?」
「……え?」
声に驚いたにとりが振り向くと、そこには穣子の姿があった。
「穣子さん……?」
まるでハムスターのように芋を口いっぱいに頬張ったまま、きょとんとしているにとりに、彼女は腰に手を当てて怒りの表情で告げる。
「せっかく秋度回復のために取っておいた、とっておきのごちそうだったのにっ!!」
そんな彼女に、静葉がニヤリと笑みを浮かべて告げる。
「そろそろ戻ってくる頃だと思ったわよ」
「まったくもう。あのままぶら下がってたら本当に凍え死んじゃうところだったわ」
「お仕置きから逃げ出したのは感心しないけど、自分の身を守るためだったということで今回は不問としましょう」
「じょーだんじゃないわよ! あんなお仕置きなんかでくたばってたまりますかっての!」
「まぁ、いいわ。まだ干し芋残ってるからあなたも食べなさい」
「もちろんそうするわよ! これ元々私のだし……ん?」
ふと穣子は、何か寒気がするのを感じて後ろを振り返る。
「ヨ ク モ ダ マ シ タ ナ……」
そこには鬼も戦くような形相のにとりの姿があった。
「な、なになになになになになに!? なんで怒ってるのっ!?」
事情を飲み込めない穣子は思わずたじろぐ。一方の静葉は「あらあら」と言った様子で笑みを浮かべている。
「私を弄んだ罰を受けやがれぇえええーーーーーーーーっ!!」
にとりは怒りの形相で、背中のリュックを展開させミサイルを発射させる。二人が逃げる間もなくミサイルは炸裂する。
「どぇえええええええっ!? なんでこーなるのぉおっ……!?」
「もう。にとりったら過激なんだから……」
炸裂したミサイルは二人を家ごと巻き込みながら、冬の青空に綺麗なキノコ雲を作り上げた。
河城にとりがキュウリをせびりに秋姉妹の家を訪ねると、軒先に穣子が洗濯竿に紐で括られ吊されていた。
びっくりしたにとりが、彼女に話かける。
「なにやってんの!? 新しい遊び?」
穣子はうんざりした様子で答える。
「こんな遊びあってたまりますかっての……」
穣子はうつろな目で虚空を見つめている。彼女は逆さまに括りつけられていた。
「……姉さんのお仕置きなのよこれ」
「お、お仕置きって何か悪い事でもしたの……?」
「そう、あれは昨日事だったわ……」
◆
「あー……暇ねぇ。暇すぎて蝦になっちゃうわ」
「それは大変ね。蝦になったら暇になっちゃうわ。そんなに蝦ならこれでも読んだらどう?」
と言って静葉は、暇を持て余してジャガイモのようにごろごろしている穣子に、分厚い本を取り出してみせる。
「本~? 堅苦しいのはいらないわよ? どうせ読まないから」
「大丈夫よ。これはイモでも分かるとても簡単な内容だから」
「イモが本読みますかっての……ったく、どれどれー……」
穣子は大儀そうに体を起こし、その本を手に取って表紙に目を通す。その仰々しい表紙にはこう書かれていた。
『人をおちょくる100の方法』
穣子の表情がたちまち曇る。
「……なにこれ」
「見ての通りよ」
何食わぬ顔で静葉は告げる。
「……姉さんはいつもこんなの読んでるわけ?」
「そうよ。面白いわよ」
「またロクでもない本を……」
「そんなことないわ。いい暇つぶしになるのよ」
「こんな本なんか読んでるから、里の信仰薄いのよ」
「これは趣味ですもの。信仰とは無関係よ」
「無関係じゃないわ。こんなの読んでる神様が、まともに信仰得られるわけないじゃない」
「それは違うわ。変わってるからいいのよ。そもそも神様の趣味を人間が理解出来るわけないじゃない」
「そういうの屁理屈っていうのよ。あーもう話にならない。もういいわ! こんな本こうしてやるから!」
穣子は本を外に投げ捨ててしまう。それを見た静葉が窘めるように彼女に言う。
「穣子。本を粗末に扱ってはいけないわ。いくら何でもそれは神様としてあるまじき行為よ」
彼女は、懐から紙切れのようなものを取り出して穣子に告げる。
「穣子。聞きなさい。これで五つ目の指導よ」
「え!?」
驚きの表情を見せる穣子に、静葉はその細かく文字の記された紙切れを、彼女の目の前に差し出して告げる。
「まず一つ目、マイタケをあなたの不注意で妖怪に盗まれた。二つ目、勝手に家の軒下改造して悪臭を放つキノコを栽培していた。三つ目、まだ読んでいない新聞を勝手にイモの包み紙に使った。四つ目、家の中でスペルカード暴発させて壁に大穴開けた。そして今回。合計指導五つよ」
「う……」
「指導が五つたまったら『姉さんのお仕置きシリーズ』を発動させるって言う約束だったわよね」
「そ、それは……」
思わずたじろぐ穣子に、静葉は不敵な笑みと共に告げた。
「問答無用。今回は干し芋の刑に処する」
◆
「……で。今の状態が、その干し芋の刑ってやつなのかい?」
経緯を聞いたにとりは、半ば呆れた様子で彼女を見る。
「そういうことよ。あー苦しい……」
「なるほどねぇ……でも、ほぼ自業自得って奴のような気がするけど」
「それはそうかもしれないけど……あー辛い……」
そう言いながら穣子は、眉間にしわを寄せながら身をくねらせる。様子を見たにとりが尋ねる。
「やっぱ神様でも逆さまだと辛いものなのかい?」
「いえ。そんなことないわよ?」
「え、じゃあ何で辛い辛いって……」
「決まってるじゃない。こんな真冬の外に長時間いるからよ……。冬の空気が私の体を蝕んでいくのが手に取るように分かるわ。あーつらい……」
「あー今が冬だから外にいるのがキツいってことか!」
「そーゆーことーあーくるしい、つらい」
「まぁ。その、なんていうか、ご愁傷様ってやつだねぇ」
その後も二人はとりとめない会話を続けていたが、やがて穣子が「辛い」「苦しい」しか言わなくなってしまったので、彼女はキュウリをもらいに来たことなどすっかり忘れて、さっさとその場から立ち去ってしまった。
◆
次の日、キュウリのことを思い出したにとりが、再び秋姉妹の家を訪ねる。洗濯竿には穣子の姿はなく、代わりにぶら下がっていたのは大きな干し芋だった。なかなか美味しそうである。
彼女は思わずその芋を食べたくなり、家の中に入る。家の中では静葉が囲炉裏の側で本を読んでいた。
「こんちはー。静葉さん」
「あら、河童さん。いらっしゃい。今日はどうしたの?」
「あ、実はね。ちょっと聞きたいことがあって」
「分かったわよ。またキュウリせびりに来たんでしょう。今用意するからそこで待ってなさい」
と言って立ち上がろうとする静葉を、にとりは呼び止める。
「いや、違うんだよ。外にある干し芋頂けないかと思ってさ」
「干し芋?」
「そう。竿に吊してあるでしょ」
「そうなの?」
「あれ? じゃあ穣子さんのかな?」
「穣子? あの子ならお仕置き中よ」
「え?」
「悪い事したからお仕置き中なのよ」
「それ、昨日のことじゃなかった? なんかぶら下がってたけど」
「そうそう。そういえば、まだ回収してないわ」
「えっ」
「回収しましょ」
二人は洗濯竿の前へとやってくる。やはりぶら下がっているのは穣子ではなく大きな干し芋だ。
その芋を見つめながら静葉は呆れた様子で呟く。
「……あらあら。穣子ったらこんな姿になっちゃって」
「えっ!? 違うよ静葉さん。これは大きな干し芋だよ!?」
静葉は表情変えずに彼女に告げる。
「いえ。これは穣子よ」
「えっ」
「いや、穣子と言うより干しいもりこね」
「干しいもりこ」
「そう。長時間寒風に吹き付けられて秋度を失い、干し芋の姿になってしまったのよ」
「そんなことってあるの……?」
「あるわ。神様だもの」
「……へぇー神様って大変だねぇ」
などと言いながらにとりは、懐から自前のキュウリを取り出すと一口囓る。
「んで、これどうするのさ?」
「そうね。せっかくだから頂きましょうか」
「へ……?」
驚いたにとりは、思わずきゅうりを地面に落としてしまう。
「美味しそうな干し芋だもの、食べなきゃもったいないじゃない」
「いやいやいやいや!? これ穣子さんなんだよね?」
「そうよ」
「いいの? 食べちゃったりして」
「大丈夫よ。干し芋だもの」
「いや、見た目はそうだけど、穣子さんなんだよね? これ」
「そうよ」
「食べちゃマズいんじゃない?」
「そんなことないわ。干し芋は自然の甘みで美味しいのよ」
「いや、美味しいとか不味いとかいうことじゃなくて……」
狼狽えるにとりを尻目に、静葉は干し芋の下に木を手早く組むと火をつける。
にとりは思わずぼそっと呟いた。
「……神様とは言え、妹を食べる姉がこの世に存在するなんて……」
二人は徐々に焼き上がっていく干し芋を眺めている。やがて、ほんのりと焼き色が付き、辺りに甘い香りが漂い始める。
「そろそろ頃合いね」
静葉はいい塩梅に焼けた焼き芋を、躊躇なくちぎって口に頬張る。
「うんうん。美味しいわ。さあ、にとりも食べてみたらどう」
「えっ……でも」
「大丈夫よ。神の罰なんて当たらないわ。だって私が神だもの」
「いや、そりゃそうだろうけど……」
「あなた食べたかったんでしょ? これを。遠慮する必要なんてないじゃない」
「うっ。そうだけど……でも」
にとりは葛藤していた。
――食べたい。だけど、これを食べてしまったら穣子さんにもう会えなくなってしまう。確かに芋っぽくてイモイモしい芋神様だけど、それでも彼女に会えなくなってしまうのは嫌だ。でも、この干し芋はあまりにも魅力的過ぎる。ここで食べておかなかったらもう一生お目にかかることはないだろう。
大体、キュウリが好きな自分がここまで惹かれるということは、絶対それだけの価値があるということだ。河童の勘がそう教えている。一体どうすればいいのか。……そうだ。科学の力で穣子さんのクローンを作ってしまおうか。そうすればこれを食べてしまっても穣子さんに会うことが出来るじゃないか……! いや、でもクローンはあくまでもクローン。それは果たして穣子さんと呼べるのか……
「食べないなら私が全部食べちゃうわよ」
「あ! 待って!! 食べる食べるっ!!」
反射的に彼女は、干し芋をちぎって口に入れる。入れてしまってから我に気づく。
――はっ! 食べてしまった……!!
「お味はどう?」
「……あ、う、あ、甘い……」
まだ咀嚼もしていないのに口いっぱいに優しい甘みが広がっていく。彼女が意を決して噛みしめると、今まで味わったことないような優しく柔らかい甘みが彼女を包み込む。
やはり自分の勘は正しかった。しかし、これでもう穣子とは二度と会えない。そう思うと彼女の目からは自然と涙がこぼれた。
「あらあら、そんな涙出るほど美味しい?」
そんな思いの内など知らないであろう静葉の言葉が、彼女の胸に突き刺さる。
にとりは、せめてものはなむけと思い、一心不乱にその干し芋を頬張る。その勢いは、さしものの静葉も思わず目を見張るほどだった。
と、その時だ。
「ちょっと! 何勝手に人のイモ食べてるのよ!?」
「……え?」
声に驚いたにとりが振り向くと、そこには穣子の姿があった。
「穣子さん……?」
まるでハムスターのように芋を口いっぱいに頬張ったまま、きょとんとしているにとりに、彼女は腰に手を当てて怒りの表情で告げる。
「せっかく秋度回復のために取っておいた、とっておきのごちそうだったのにっ!!」
そんな彼女に、静葉がニヤリと笑みを浮かべて告げる。
「そろそろ戻ってくる頃だと思ったわよ」
「まったくもう。あのままぶら下がってたら本当に凍え死んじゃうところだったわ」
「お仕置きから逃げ出したのは感心しないけど、自分の身を守るためだったということで今回は不問としましょう」
「じょーだんじゃないわよ! あんなお仕置きなんかでくたばってたまりますかっての!」
「まぁ、いいわ。まだ干し芋残ってるからあなたも食べなさい」
「もちろんそうするわよ! これ元々私のだし……ん?」
ふと穣子は、何か寒気がするのを感じて後ろを振り返る。
「ヨ ク モ ダ マ シ タ ナ……」
そこには鬼も戦くような形相のにとりの姿があった。
「な、なになになになになになに!? なんで怒ってるのっ!?」
事情を飲み込めない穣子は思わずたじろぐ。一方の静葉は「あらあら」と言った様子で笑みを浮かべている。
「私を弄んだ罰を受けやがれぇえええーーーーーーーーっ!!」
にとりは怒りの形相で、背中のリュックを展開させミサイルを発射させる。二人が逃げる間もなくミサイルは炸裂する。
「どぇえええええええっ!? なんでこーなるのぉおっ……!?」
「もう。にとりったら過激なんだから……」
炸裂したミサイルは二人を家ごと巻き込みながら、冬の青空に綺麗なキノコ雲を作り上げた。
にとりが悩むところから爆発まで好きです
干し芋うまいよね
おちゃめな静葉もあれで信じちゃうにとりもコミカルでかわいらしかったです