色づいた葉たちが各々に散りゆく幻想郷は、そろそろ冬の到来を暗に告げていた。冬は様々な生き物の活動を鈍らせる。しかし妖精たちはそんなことお構いなしに木枯らしが吹く中を元気に飛び回っている。
香霖堂もそろそろ冬支度の時期だ。ストーブはどこにしまったかな。こう寒いと部屋の中だというのに動きたくなくなる。こんな時は布団の中で寝転がりながら本を読むに限る。僕はそんなことを考えながら大切なコレクションのなかに埋もれていたストーブを掘り出した。
――ドンドンドン
この扉の叩き方は誰か、大方予想はついている。もうすぐすればこの店内が騒がしくなるだろう。僕は扉を開けることなくストーブを弄り続けた。
――ダンダンダンダン
扉が開かないことに苛立っているのか来訪者は更に強く扉を叩く。仕様がない、開けてやるか。僕は作業を中断し、扉を開けた。
そこに居たのは赤と白のおめでたい色をした少女だ。彼女は僕を見るや否や怒鳴り散らす。
「霖之助さん! 居るんなら早く開けてよ! こっちは大変なんだから!」
そんなに大声出したら近所迷惑じゃないか。……まあ周りには誰も住んで居ないが。
「全く、いつもは開けて貰う前に自分から入ってきているくせに何を今更言っているんだ」
「そんなこと言ってる場合じゃないの! 見てわからないの!?」
実は一目見たときから気付いてはいた、あえて触れてはいなかったが。
「それは一体何の遊びをしてるんだ。おんぶごっこか?」
「これがそう見えるんだったらすぐにその眼鏡新調した方が良いわよ、霖之助さん」
「取りあえず入ると良い。このまま開けっぱなしじゃ店の中も冷える」
僕は半身になって霊夢たちを中へ招き入れる。霊夢もそれを待ち構えていたかのようにすぐに店の中へと歩を進めていく。外の木々はもうすっかり葉を落としきって、冬を待ち構えているようだ。僕は木枯らしに身を震わせながら扉を閉めた。
僕が店の中に戻ると何やら奥の方でバタバタと慌ただしい音がしている。一体何事かと覗いてみるとなんと霊夢が魔理沙を布団に寝かしつけていたのだ。おんぶごっこではなくおままごとだったかと考えを改めようと思った時、魔理沙がいつもと違うことに気が付いた――いや、最初から変だったじゃないか。あの魔理沙が霊夢におんぶされて黙っているはずがない。
ようやく事の重大さに気が付いた僕は霊夢に訊ねた。
「魔理沙は一体どうしたんだ」
「ようやく気が付いたのね、霖之助さん。どうやら風邪を引いたみたいでね、今朝は熱があるにも関わらず神社まで来たのよ。ふらふらしながらで危ないったらなかったんだから!」
「それで、今魔理沙は? 寝てるのか?」
「ええ、ぐっすり。ここまで連れてくるのは大変だったんだから! 飛んでも重いし、歩いても落ちそうになるし散々よ」
「だったら、君が看病してやればいいだろう。どうしてわざわざこんな遠いところまで連れてきたんだ」
霊夢の顔が少し曇る。どうやら霊夢にとってもここに連れてくるのはあまり本意ではなかったらしい。
「どうしても私人里で外せない用事があって、だから暇な……じゃなくて信頼できる霖之助さんに預けるのが一番かと思って」
こいつ今僕のこと暇って言おうとしただろう。まあそんなことを言っても始まらないからここは取りあえず聞き流す。
「わかった。魔理沙のことは僕が責任を持って看病しよう。君は安心して用事を済ませてくるといい」
「ごめんなさいね、霖之助さん。よろしく頼んだわよ」
僕は早速台所に立ち、卵粥を作る事にした。魔理沙は小さい頃、風邪を引いた時は卵粥をねだった。そう、あれは偶々商談をしに霧雨の家に行った時のことだ。
あの日はいつもと違い家の中がやけに慌ただしくなっていたから、何となく気になってどうしたのか訊ねてみたのだ。すると魔理沙が風邪を引いてしまったと言うではないか。しかもこれから大きな取引があり、主人は家を空けなければならないという。まだ幼い魔理沙が風邪をこじらせたら面倒になる。僕は霧雨の家への恩や魔理沙を不安に思う気持ちから看病することを申し出た。
主人は、おまえなら安心できるよ助かった。ありがとう、と言って快く僕の申し出を受け入れた。
そうして家には僕と風邪で寝込んでいる魔理沙の二人だけが残された。
「あれ、こおりん?」
「気が付いたかい、魔理沙」
「うん。……おとうさんはどこへいったの?」
「……大事なお仕事だ」
「そっ、か。うん、そうだよね。おとうさん忙しいもんね」
自らを納得させるかのように呟く魔理沙を見て僕は居たたまれない気持ちになって、話題を逸らすことにした。
「何か食べたいものはないか? と言っても粥物しか作れないが」
「だったら私、たまごかゆがいい」
即答だった。
「たまごかゆって、おとうさんおかあさんとこどもがいっしょに居れるたべものなんだよね? 私それ食べたい」
「……」
言葉が出なかった。知識としては色々と間違ってはいるが、その純真な気持ちに誤りはないだろう。
「だめ……? こおりん」
「いや、わかった。作ろうじゃないか。だから、ちゃんと布団を被って大人しくしてくれよ」
「わかった」
僕は魔理沙がきちんと布団に入っていることを確認すると、台所へと向かった。粥を作ること自体は容易い。しかし唯卵粥を作るだけではどうしても納得がいかないのだ。
だから僕は魔理沙の願いを叶えてやる事にした。
「ん……香霖?」
「気が付いたか、魔理沙」
「ああ、どうして私はここに居るんだ?」
「霊夢が、眠った君を負ぶってここまで連れてきたんだ」
「霊夢が……そうか」
「後で礼でも言うと良い。さ、粥が出来てる。冷めないうちに食べろ」
うん、と言って魔理沙は粥を食べ始める。魔理沙がここまで素直だとやはり居心地が悪い。相当風邪に参っているのだろう。
「なあ、香霖」
「ん? どうした」
「前から気になっていたんだが、どうして香霖が作る卵粥には鶏肉が入っているんだ?」
「ああ、それか。どうしてと言われても、君のリクエストだからな」
「えぇ? 私はそんなリクエストした覚えないぜ?」
「君が覚えていないだけだ」
「そう……なのか?」
「ああ」
嘘は吐いていない。何故なら本当のことだからだ。
魔理沙は僕の作った卵粥を全て平らげると、またすうすうと寝入ってしまった。全く、風邪だというのによく食べるもんだ。僕は食器を片付けながらそう思った。皿を流れる水は刺すような冷たさで僕の手から温もりを奪っていった。
僕が片付けを終えて様子を見に戻ると、寝返りを打ったのか少し布団が乱れていた。
「10年以上前のリクエストさ」
眠っている魔理沙にそう言い掛けて、布団を掛け直してやった。その布団温もりが指先に残る。僕はふと窓の外を覗いた。
木枯らしが吹き、木々から葉を奪い去ってゆく。木枯らしはきっと雪雲を連れてくるのだろう。秋から冬へと移り変わる晩秋の幻想郷。そんな中最も大切なのは人と人との温もりなのかもしれない。
しゅんしゅんとストーブが音を立てる部屋の中、僕はそう思った。
香霖堂もそろそろ冬支度の時期だ。ストーブはどこにしまったかな。こう寒いと部屋の中だというのに動きたくなくなる。こんな時は布団の中で寝転がりながら本を読むに限る。僕はそんなことを考えながら大切なコレクションのなかに埋もれていたストーブを掘り出した。
――ドンドンドン
この扉の叩き方は誰か、大方予想はついている。もうすぐすればこの店内が騒がしくなるだろう。僕は扉を開けることなくストーブを弄り続けた。
――ダンダンダンダン
扉が開かないことに苛立っているのか来訪者は更に強く扉を叩く。仕様がない、開けてやるか。僕は作業を中断し、扉を開けた。
そこに居たのは赤と白のおめでたい色をした少女だ。彼女は僕を見るや否や怒鳴り散らす。
「霖之助さん! 居るんなら早く開けてよ! こっちは大変なんだから!」
そんなに大声出したら近所迷惑じゃないか。……まあ周りには誰も住んで居ないが。
「全く、いつもは開けて貰う前に自分から入ってきているくせに何を今更言っているんだ」
「そんなこと言ってる場合じゃないの! 見てわからないの!?」
実は一目見たときから気付いてはいた、あえて触れてはいなかったが。
「それは一体何の遊びをしてるんだ。おんぶごっこか?」
「これがそう見えるんだったらすぐにその眼鏡新調した方が良いわよ、霖之助さん」
「取りあえず入ると良い。このまま開けっぱなしじゃ店の中も冷える」
僕は半身になって霊夢たちを中へ招き入れる。霊夢もそれを待ち構えていたかのようにすぐに店の中へと歩を進めていく。外の木々はもうすっかり葉を落としきって、冬を待ち構えているようだ。僕は木枯らしに身を震わせながら扉を閉めた。
僕が店の中に戻ると何やら奥の方でバタバタと慌ただしい音がしている。一体何事かと覗いてみるとなんと霊夢が魔理沙を布団に寝かしつけていたのだ。おんぶごっこではなくおままごとだったかと考えを改めようと思った時、魔理沙がいつもと違うことに気が付いた――いや、最初から変だったじゃないか。あの魔理沙が霊夢におんぶされて黙っているはずがない。
ようやく事の重大さに気が付いた僕は霊夢に訊ねた。
「魔理沙は一体どうしたんだ」
「ようやく気が付いたのね、霖之助さん。どうやら風邪を引いたみたいでね、今朝は熱があるにも関わらず神社まで来たのよ。ふらふらしながらで危ないったらなかったんだから!」
「それで、今魔理沙は? 寝てるのか?」
「ええ、ぐっすり。ここまで連れてくるのは大変だったんだから! 飛んでも重いし、歩いても落ちそうになるし散々よ」
「だったら、君が看病してやればいいだろう。どうしてわざわざこんな遠いところまで連れてきたんだ」
霊夢の顔が少し曇る。どうやら霊夢にとってもここに連れてくるのはあまり本意ではなかったらしい。
「どうしても私人里で外せない用事があって、だから暇な……じゃなくて信頼できる霖之助さんに預けるのが一番かと思って」
こいつ今僕のこと暇って言おうとしただろう。まあそんなことを言っても始まらないからここは取りあえず聞き流す。
「わかった。魔理沙のことは僕が責任を持って看病しよう。君は安心して用事を済ませてくるといい」
「ごめんなさいね、霖之助さん。よろしく頼んだわよ」
僕は早速台所に立ち、卵粥を作る事にした。魔理沙は小さい頃、風邪を引いた時は卵粥をねだった。そう、あれは偶々商談をしに霧雨の家に行った時のことだ。
あの日はいつもと違い家の中がやけに慌ただしくなっていたから、何となく気になってどうしたのか訊ねてみたのだ。すると魔理沙が風邪を引いてしまったと言うではないか。しかもこれから大きな取引があり、主人は家を空けなければならないという。まだ幼い魔理沙が風邪をこじらせたら面倒になる。僕は霧雨の家への恩や魔理沙を不安に思う気持ちから看病することを申し出た。
主人は、おまえなら安心できるよ助かった。ありがとう、と言って快く僕の申し出を受け入れた。
そうして家には僕と風邪で寝込んでいる魔理沙の二人だけが残された。
「あれ、こおりん?」
「気が付いたかい、魔理沙」
「うん。……おとうさんはどこへいったの?」
「……大事なお仕事だ」
「そっ、か。うん、そうだよね。おとうさん忙しいもんね」
自らを納得させるかのように呟く魔理沙を見て僕は居たたまれない気持ちになって、話題を逸らすことにした。
「何か食べたいものはないか? と言っても粥物しか作れないが」
「だったら私、たまごかゆがいい」
即答だった。
「たまごかゆって、おとうさんおかあさんとこどもがいっしょに居れるたべものなんだよね? 私それ食べたい」
「……」
言葉が出なかった。知識としては色々と間違ってはいるが、その純真な気持ちに誤りはないだろう。
「だめ……? こおりん」
「いや、わかった。作ろうじゃないか。だから、ちゃんと布団を被って大人しくしてくれよ」
「わかった」
僕は魔理沙がきちんと布団に入っていることを確認すると、台所へと向かった。粥を作ること自体は容易い。しかし唯卵粥を作るだけではどうしても納得がいかないのだ。
だから僕は魔理沙の願いを叶えてやる事にした。
「ん……香霖?」
「気が付いたか、魔理沙」
「ああ、どうして私はここに居るんだ?」
「霊夢が、眠った君を負ぶってここまで連れてきたんだ」
「霊夢が……そうか」
「後で礼でも言うと良い。さ、粥が出来てる。冷めないうちに食べろ」
うん、と言って魔理沙は粥を食べ始める。魔理沙がここまで素直だとやはり居心地が悪い。相当風邪に参っているのだろう。
「なあ、香霖」
「ん? どうした」
「前から気になっていたんだが、どうして香霖が作る卵粥には鶏肉が入っているんだ?」
「ああ、それか。どうしてと言われても、君のリクエストだからな」
「えぇ? 私はそんなリクエストした覚えないぜ?」
「君が覚えていないだけだ」
「そう……なのか?」
「ああ」
嘘は吐いていない。何故なら本当のことだからだ。
魔理沙は僕の作った卵粥を全て平らげると、またすうすうと寝入ってしまった。全く、風邪だというのによく食べるもんだ。僕は食器を片付けながらそう思った。皿を流れる水は刺すような冷たさで僕の手から温もりを奪っていった。
僕が片付けを終えて様子を見に戻ると、寝返りを打ったのか少し布団が乱れていた。
「10年以上前のリクエストさ」
眠っている魔理沙にそう言い掛けて、布団を掛け直してやった。その布団温もりが指先に残る。僕はふと窓の外を覗いた。
木枯らしが吹き、木々から葉を奪い去ってゆく。木枯らしはきっと雪雲を連れてくるのだろう。秋から冬へと移り変わる晩秋の幻想郷。そんな中最も大切なのは人と人との温もりなのかもしれない。
しゅんしゅんとストーブが音を立てる部屋の中、僕はそう思った。
あれ? いい話だ
香霖のやさしさが暖かくてよかったです