『まえがき』
嫦娥への復讐にめでたく成功した純狐は幸せだった。しかし、この幸せこそが気の毒なことに純狐にとって猛毒だった。純狐は不幸という業火に長いこと焼かれすぎてしまい、それはなければ何をしても物足りないという状況に陥ってしまったのだった。純狐は達成感から来る幸福と達成することがない絶望の不幸の状態を振り子のように行ったり来たり常にしていた。今日は幸福の日、明日はきっと不幸の日……。
不幸の日、純狐は狂う。何をしても彼女は無意味と感じたので極端な感情主義に身を堕とす。自身の能力を片っ端から使いまくる。ヒキガエルを純化したら嫦娥になったのですぐ殺した。兎を純化したら兎神になったので鈴仙にプレゼントした。生き物はすぐ飽きてしまったので無生物を純化していく。きゅうりを純化したら河童、鶏肉を純化したらニワタリ神といった具合。酒を純化したら真水になり、煙草を純化したら純狐の死体が現れた。幸せそうに笑っていた。
『無限煙草』
この世でもっとも面倒なことは煙草を買いにいくことである。霧雨魔理沙にとってもこれは例外ではない。魔理沙は重度のヘビースモーカーだった。禁煙なんて思想は、頭のおかしなサタニストが流布していると信じていたが、それでも彼女は煙草を買いにいく面倒さは勝てなかった。そして魔理沙の煙草もとうとう尽きた。この時ばかりは魔理沙も禁煙する。しかし、煙草が無いのはどうしてもつらい。自分の半身が引き裂かれたような気分になる。あの麗しき煙草の味、もくもくした可愛らしいあの愛すべき紫煙、辛いような……、少し甘いような……、心を静めてくれるあの煙。『暖めたマグにたっぷり注がれたコーヒー、そしてシガレット、それさえあれば何もいらない!』彼女は魔法で無限に吸うことのできる煙草の製作に何度か挑戦したのだがことごとく彼女の友人パチュリー・ノーレッジに邪魔された。完成すると思った矢先、パチュリーが一人でやってきて魔理沙の家をめちゃめちゃにして帰っていく。魔理沙が泣き叫ぼうがそれは冷酷無比な自然災害のように全てを破壊した。その後パチュリーはいつも魔理沙の頬にキスをして泣きながら帰っていく。魔理沙には訳が分からない。このせいで禁煙イコール悪魔崇拝という図式が魔理沙の脳内で出来上がったのだった。
煙草がなければ何をするのも億劫だ。億劫だと煙草を買いに行く気がさらに失せる。魔理沙は感情と理性の二律背反に苦しめられた。『くるしいくるしい、誰か私を殺してくれ!』
魔理沙がソファーでゴロゴロ転がりながら苦しんでいると、ジリリリと家の呼び鈴がなる。魔理沙は気だるそうに立ち上がり、ドアスコープから外を覗く。すると表には河城にとりが立っていた。『なんだ、セールスかよ』内心で毒づきながらも魔理沙は笑みを浮かべて応対する。
「よお、にとり珍しいじゃないか」
「ふふふ、魔理沙。今日は新発明の紹介に来たんだ」
「なんだよ、発明って」
「ずばり全自動……」
にとりは一所懸命に魔理沙に新発明の説明をするのだが魔理沙の耳には全く入ってこない。魔理沙が欲するのはたばこの三文字、ただそれだけ。『ああ、煙草吸いたいなあ』魔理沙はにとりの顔を眺めながら煙草に思いを馳せていく。するとにとりの喋っている言葉が段々日本語から遠ざかり、何か魔理沙の知らない別の言語のように聞こえてくる。ぺらぺらと謎の言語を自在に操る謎の河童。
「Quax, Marisa, quo quel quan?」
『は? こいつ何言ってんだ。こええよ』魔理沙は恐怖に駆られる。今まで普通に喋っていた友人が急に得体のしれない化け物に変わってしまったのだ。
「に、にとり!」
「魔理沙聞いてるの?」
その声で魔理沙は現実に引き戻された。歪んだ現実は元の形にちゃんと収まり、魔理沙の友人のにとりも日本語を自在に操る河童に戻る。
「あ、ああ聞いてるとも」
「本当?」
「ああ、全自動煙草装置の話だろう?」
「全然聞いてないじゃん!」
「仕方がないだろう煙草が吸いたくて堪らないんだよ!」
「じゃあ買えばいいじゃないか」
にとりの言葉に魔理沙は閉口する。そう買いに行けばいいのだ。それが最も賢い選択である。だがにとりは煙草を吸わない。魔理沙がどんな言葉をもって説明しようとしてもあの煙草を買いに行くという何とも言えないあの虚無感、自分が悪夢的な強迫観念の奴隷であるというあの事実に直面させられるもの悲しさ。興味ない課題に手を付けないといけないようなあの面倒さ、体と心がばらばらになったような奇妙なあの感覚が彼女には理解できないのである。
「なあ、にとり。そんなものよりさあ、ないのか? お前が作ったもので無くならない煙草みたいなもの……」
「そんなのあるわけ……、いや、あるよ」
「ほんとうか!」
魔理沙はついにあの地獄のような気分から抜け出せると大喜びである。先ほどまでぼうっとしてた魔理沙の頭の霧が急に無くなり、太陽の暖かい日差しが差し込んでくる。
「すごいなにとり!」
「それで値段なんだけど……」
「やっぱり結構するのか?」
「なんと無料!」
「にとりすげええ!」
「いつ持ってこようか?」
「今日! 今すぐ持ってきて!」
「分かったよ、まったく……」
にとりは魔理沙の家を後にする。魔理沙は大喜びで鼻歌交じりにソファーにダイブ。『やった! ついに無限煙草を得たぞ! ざまあみやがれパチュリー・ノーレッジ!』
魔理沙が永遠とも思える時を待っているとドアの呼び鈴がジリリとなる。先ほどとは打って変わって彼女が勢いよくドアを開けると、目に入ったのは煙草の自動販売機。にとりは魔理沙に説明書を手渡した。
『煙』
里の広場の中央に、大きい看板赤い張り紙、そして黄色い文字で大きくででんと『にとりの全自動喫煙装置』。そのとなりには大きな鍋。
河城にとりは人間が大好きな妖怪で、常に人間と友達になれる方法を考えていた。友達になるには、友達の喜ぶことをするべきだというのがにとりの哲学。ついでににとりは煙草が大好き、仕事中にもそして食事中にも吸いまくるチェーンスモーカー。にとりは煙草屋に行くとシガレットを片っ端から買いまくり、台車を使って煙草と鍋を広場の中央へと運んでいく。その後、鍋の中にありったけの煙草を投与、そしてマッチに火をつけ鍋に投入。白い煙は巨大な蛇のようになりうねりながら里を満たしていく。にとりは大喜びで大きく深呼吸した。ちょっと辛い。
『ケロちゃん煙にも負けず』
洩矢諏訪子は明日世界が滅んでも早苗さえ生きていれば正直どうでもいいといった性格で、何が起きようとそれは自身の行為から発生したのではなく、世界が発生させたという妙な考え方をしていた。その考え方の先には凄まじいほどの楽観主義が居座っているのだが、極度の楽観と自己肯定の海に浸っていると当然のことながら怠け者になってしまう。『本を読むのも面倒だ。信仰を集めるのは神奈子がやってくれるからどうでもいい』。そんなわけで諏訪子はよく縁側でぼうっと考え事をすることが多くなっていった。諏訪子は自身のことを怠け者とは呼ばずに隠居人だと呼び、自身の透明な趣味を低徊趣味と呼称した。
考え事をするには煙草が最適。まず火を付けるだけでいい。すると美味しい煙が口の中へ。『せんべいを食べ続けるより、煙草吸ってるほうがずっと健康的だ』諏訪子は幸せそうに煙を外に吐き出した。煙は口から伸びて青空へ。その煙を見て諏訪子は白い滝を連想した。その滝は口から離れて龍へと変わり、空へと登っていく。しかし天に届くことなく途中で消えてしまう。
人里で奇妙な異変が発生した。謎の毒ガスが発生し、里を覆っているというもの。神奈子は早速異変解決を早苗に命じた。諏訪子も退屈していたので、一つ里の様子を見てやろうと山を降りていく。途中、里の様子が木々の隙間からちらっと見える。その様子を見て諏訪子は愕然とした。『私の龍が大きく育ってあんなところで休んでる!』
『くたかちゃんとパイプ』
「私のお気に入りの煙草ですか?そうですねー、そもそもあなたって煙草って聞いたらまず思い浮かべるのが、紙巻き煙草でしょう? え、煙管? 変わってますね……。とにかく私が吸っているのはパイプタバコ、これですね。ほらこの美しい光沢、見ているだけでワクワクしてしまいますね! ほら、小さい頃なんでもない石とか見つけてワクワクしちゃったりして……、なんでそんなもの吸ってるかって? そんなの美味しいからに決まってるじゃないですか! 鶏肉だって美味しいから食べられてるんですよ! 鶏肉もまずければきっと鶏の地位向上が……。話がそれてしまいましたね。とにかくこれです。ほらこのパイプの形、ここの部分が真っ直ぐなっているでしょう。他にも曲ったり色々な形のものがあるんですがこの真っ直ぐなやつはビリヤードっていうんですよ! かわいいと思いませんか? 思いませんか、そうですか。とにかく、あなたもパイプを始めようと思ったらこの真っ直ぐなやつがおすすめでございます。はじめのうちは長い間加えてて疲れてしまうかもしれませんが、慣れれば大したことないですし、ほら真っ直ぐになっているから火の調整が比較的楽なんですよ。それにボウルに沢山煙草の葉が入るから長い間……、え? いやいや、そりゃ吹き続けてないと消えてしまいますよパイプタバコは。面倒だ? まったく風情がありませんねー、あなたは。この消えないように試行錯誤するのが楽しいんじゃいですか。大体の道楽なんて試行錯誤すること自体が目的みたいなところがありますし……、とにかくちょっとした火遊びみたいで楽しいですよ、ぜひあなたも……、興味ないですか。それでパイプの話でしたね。まあ、一つ欠点がありまして、仕事中これすこぶる吸いづらいんですよ。仕事先はどこかって? そんなこと聞いてどうするんですか? 秘密ですよ。とにかくこれ葉っぱの湿り具合にもよりますが一回四十分くらい吸うのにかかるんですよ。だからちょっと吸うみたいなことができなくて……、私はコルクでボウルに一々蓋をしてちょっと吸ったら自分の仕事場に戻るんですよ。そうです。ボウルはこの葉っぱ詰める部分です。さっき説明し忘れてましたね。小さくて可愛いでしょう。私は小さいのが好きですね。おもちゃみたいで。そのヒヨコみたいにかって? まあ、そうですね。だから頭にも乗せやすいんですよ。ほら挨拶。そうそう。あー好きな煙草の話でしたね。私甘いの好きなんですよ。だからアメリカ系かヨーロッパ系ですね。『ボウクムリーフ・オリジナル』っていうのが好きで……、口当たりがよくて初心者におすすめですね。まあ、でも今吸ってるのは『ブルーノート』これ最高ですよ! 香りがフルーティーで何かおいしいジュースを吸っているような気分になれるんですよ。ブルーノートはジャズのレーベルでも有名ですよね。聞いたことあるんじゃないですか? さすがゆーえすえーですね! え、ブルーノートの創設者はドイツ人? このタバコもドイツ? 何を馬鹿な……。まあ、でも堪りませんよ。夜遅く家に帰って、レコードを聴きながら吸うパイプは。好きなレコードはマイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』ですね。幸せ過ぎておかしくなりそうでございます。コロムビア・レコードじゃないかって? いいんですよ、美味しければ。写真ですか? ええ分かりました。これ新聞に乗るんですよね。ちょっと恥ずかしいですね……。 葉っぱを詰めてるところもですか? いいですけど……、じゃあ、あそこの机でやりましょう。まずは紙を敷いてですね、それで……、時間がないですって? 別にそんなにかかりませんから。それで指で煙草の葉をほぐしながら詰めていくんですよ。こんな具合に。三回に分けて詰めていくんです。一回目は子供の力、二回目は女の力、三回目は男の力で詰めろってよく言われますね。はぁ? それなら真のパイプが吸えるのはオカマだけ? 何言ってるんですかまったくもう……」
嫦娥への復讐にめでたく成功した純狐は幸せだった。しかし、この幸せこそが気の毒なことに純狐にとって猛毒だった。純狐は不幸という業火に長いこと焼かれすぎてしまい、それはなければ何をしても物足りないという状況に陥ってしまったのだった。純狐は達成感から来る幸福と達成することがない絶望の不幸の状態を振り子のように行ったり来たり常にしていた。今日は幸福の日、明日はきっと不幸の日……。
不幸の日、純狐は狂う。何をしても彼女は無意味と感じたので極端な感情主義に身を堕とす。自身の能力を片っ端から使いまくる。ヒキガエルを純化したら嫦娥になったのですぐ殺した。兎を純化したら兎神になったので鈴仙にプレゼントした。生き物はすぐ飽きてしまったので無生物を純化していく。きゅうりを純化したら河童、鶏肉を純化したらニワタリ神といった具合。酒を純化したら真水になり、煙草を純化したら純狐の死体が現れた。幸せそうに笑っていた。
『無限煙草』
この世でもっとも面倒なことは煙草を買いにいくことである。霧雨魔理沙にとってもこれは例外ではない。魔理沙は重度のヘビースモーカーだった。禁煙なんて思想は、頭のおかしなサタニストが流布していると信じていたが、それでも彼女は煙草を買いにいく面倒さは勝てなかった。そして魔理沙の煙草もとうとう尽きた。この時ばかりは魔理沙も禁煙する。しかし、煙草が無いのはどうしてもつらい。自分の半身が引き裂かれたような気分になる。あの麗しき煙草の味、もくもくした可愛らしいあの愛すべき紫煙、辛いような……、少し甘いような……、心を静めてくれるあの煙。『暖めたマグにたっぷり注がれたコーヒー、そしてシガレット、それさえあれば何もいらない!』彼女は魔法で無限に吸うことのできる煙草の製作に何度か挑戦したのだがことごとく彼女の友人パチュリー・ノーレッジに邪魔された。完成すると思った矢先、パチュリーが一人でやってきて魔理沙の家をめちゃめちゃにして帰っていく。魔理沙が泣き叫ぼうがそれは冷酷無比な自然災害のように全てを破壊した。その後パチュリーはいつも魔理沙の頬にキスをして泣きながら帰っていく。魔理沙には訳が分からない。このせいで禁煙イコール悪魔崇拝という図式が魔理沙の脳内で出来上がったのだった。
煙草がなければ何をするのも億劫だ。億劫だと煙草を買いに行く気がさらに失せる。魔理沙は感情と理性の二律背反に苦しめられた。『くるしいくるしい、誰か私を殺してくれ!』
魔理沙がソファーでゴロゴロ転がりながら苦しんでいると、ジリリリと家の呼び鈴がなる。魔理沙は気だるそうに立ち上がり、ドアスコープから外を覗く。すると表には河城にとりが立っていた。『なんだ、セールスかよ』内心で毒づきながらも魔理沙は笑みを浮かべて応対する。
「よお、にとり珍しいじゃないか」
「ふふふ、魔理沙。今日は新発明の紹介に来たんだ」
「なんだよ、発明って」
「ずばり全自動……」
にとりは一所懸命に魔理沙に新発明の説明をするのだが魔理沙の耳には全く入ってこない。魔理沙が欲するのはたばこの三文字、ただそれだけ。『ああ、煙草吸いたいなあ』魔理沙はにとりの顔を眺めながら煙草に思いを馳せていく。するとにとりの喋っている言葉が段々日本語から遠ざかり、何か魔理沙の知らない別の言語のように聞こえてくる。ぺらぺらと謎の言語を自在に操る謎の河童。
「Quax, Marisa, quo quel quan?」
『は? こいつ何言ってんだ。こええよ』魔理沙は恐怖に駆られる。今まで普通に喋っていた友人が急に得体のしれない化け物に変わってしまったのだ。
「に、にとり!」
「魔理沙聞いてるの?」
その声で魔理沙は現実に引き戻された。歪んだ現実は元の形にちゃんと収まり、魔理沙の友人のにとりも日本語を自在に操る河童に戻る。
「あ、ああ聞いてるとも」
「本当?」
「ああ、全自動煙草装置の話だろう?」
「全然聞いてないじゃん!」
「仕方がないだろう煙草が吸いたくて堪らないんだよ!」
「じゃあ買えばいいじゃないか」
にとりの言葉に魔理沙は閉口する。そう買いに行けばいいのだ。それが最も賢い選択である。だがにとりは煙草を吸わない。魔理沙がどんな言葉をもって説明しようとしてもあの煙草を買いに行くという何とも言えないあの虚無感、自分が悪夢的な強迫観念の奴隷であるというあの事実に直面させられるもの悲しさ。興味ない課題に手を付けないといけないようなあの面倒さ、体と心がばらばらになったような奇妙なあの感覚が彼女には理解できないのである。
「なあ、にとり。そんなものよりさあ、ないのか? お前が作ったもので無くならない煙草みたいなもの……」
「そんなのあるわけ……、いや、あるよ」
「ほんとうか!」
魔理沙はついにあの地獄のような気分から抜け出せると大喜びである。先ほどまでぼうっとしてた魔理沙の頭の霧が急に無くなり、太陽の暖かい日差しが差し込んでくる。
「すごいなにとり!」
「それで値段なんだけど……」
「やっぱり結構するのか?」
「なんと無料!」
「にとりすげええ!」
「いつ持ってこようか?」
「今日! 今すぐ持ってきて!」
「分かったよ、まったく……」
にとりは魔理沙の家を後にする。魔理沙は大喜びで鼻歌交じりにソファーにダイブ。『やった! ついに無限煙草を得たぞ! ざまあみやがれパチュリー・ノーレッジ!』
魔理沙が永遠とも思える時を待っているとドアの呼び鈴がジリリとなる。先ほどとは打って変わって彼女が勢いよくドアを開けると、目に入ったのは煙草の自動販売機。にとりは魔理沙に説明書を手渡した。
『煙』
里の広場の中央に、大きい看板赤い張り紙、そして黄色い文字で大きくででんと『にとりの全自動喫煙装置』。そのとなりには大きな鍋。
河城にとりは人間が大好きな妖怪で、常に人間と友達になれる方法を考えていた。友達になるには、友達の喜ぶことをするべきだというのがにとりの哲学。ついでににとりは煙草が大好き、仕事中にもそして食事中にも吸いまくるチェーンスモーカー。にとりは煙草屋に行くとシガレットを片っ端から買いまくり、台車を使って煙草と鍋を広場の中央へと運んでいく。その後、鍋の中にありったけの煙草を投与、そしてマッチに火をつけ鍋に投入。白い煙は巨大な蛇のようになりうねりながら里を満たしていく。にとりは大喜びで大きく深呼吸した。ちょっと辛い。
『ケロちゃん煙にも負けず』
洩矢諏訪子は明日世界が滅んでも早苗さえ生きていれば正直どうでもいいといった性格で、何が起きようとそれは自身の行為から発生したのではなく、世界が発生させたという妙な考え方をしていた。その考え方の先には凄まじいほどの楽観主義が居座っているのだが、極度の楽観と自己肯定の海に浸っていると当然のことながら怠け者になってしまう。『本を読むのも面倒だ。信仰を集めるのは神奈子がやってくれるからどうでもいい』。そんなわけで諏訪子はよく縁側でぼうっと考え事をすることが多くなっていった。諏訪子は自身のことを怠け者とは呼ばずに隠居人だと呼び、自身の透明な趣味を低徊趣味と呼称した。
考え事をするには煙草が最適。まず火を付けるだけでいい。すると美味しい煙が口の中へ。『せんべいを食べ続けるより、煙草吸ってるほうがずっと健康的だ』諏訪子は幸せそうに煙を外に吐き出した。煙は口から伸びて青空へ。その煙を見て諏訪子は白い滝を連想した。その滝は口から離れて龍へと変わり、空へと登っていく。しかし天に届くことなく途中で消えてしまう。
人里で奇妙な異変が発生した。謎の毒ガスが発生し、里を覆っているというもの。神奈子は早速異変解決を早苗に命じた。諏訪子も退屈していたので、一つ里の様子を見てやろうと山を降りていく。途中、里の様子が木々の隙間からちらっと見える。その様子を見て諏訪子は愕然とした。『私の龍が大きく育ってあんなところで休んでる!』
『くたかちゃんとパイプ』
「私のお気に入りの煙草ですか?そうですねー、そもそもあなたって煙草って聞いたらまず思い浮かべるのが、紙巻き煙草でしょう? え、煙管? 変わってますね……。とにかく私が吸っているのはパイプタバコ、これですね。ほらこの美しい光沢、見ているだけでワクワクしてしまいますね! ほら、小さい頃なんでもない石とか見つけてワクワクしちゃったりして……、なんでそんなもの吸ってるかって? そんなの美味しいからに決まってるじゃないですか! 鶏肉だって美味しいから食べられてるんですよ! 鶏肉もまずければきっと鶏の地位向上が……。話がそれてしまいましたね。とにかくこれです。ほらこのパイプの形、ここの部分が真っ直ぐなっているでしょう。他にも曲ったり色々な形のものがあるんですがこの真っ直ぐなやつはビリヤードっていうんですよ! かわいいと思いませんか? 思いませんか、そうですか。とにかく、あなたもパイプを始めようと思ったらこの真っ直ぐなやつがおすすめでございます。はじめのうちは長い間加えてて疲れてしまうかもしれませんが、慣れれば大したことないですし、ほら真っ直ぐになっているから火の調整が比較的楽なんですよ。それにボウルに沢山煙草の葉が入るから長い間……、え? いやいや、そりゃ吹き続けてないと消えてしまいますよパイプタバコは。面倒だ? まったく風情がありませんねー、あなたは。この消えないように試行錯誤するのが楽しいんじゃいですか。大体の道楽なんて試行錯誤すること自体が目的みたいなところがありますし……、とにかくちょっとした火遊びみたいで楽しいですよ、ぜひあなたも……、興味ないですか。それでパイプの話でしたね。まあ、一つ欠点がありまして、仕事中これすこぶる吸いづらいんですよ。仕事先はどこかって? そんなこと聞いてどうするんですか? 秘密ですよ。とにかくこれ葉っぱの湿り具合にもよりますが一回四十分くらい吸うのにかかるんですよ。だからちょっと吸うみたいなことができなくて……、私はコルクでボウルに一々蓋をしてちょっと吸ったら自分の仕事場に戻るんですよ。そうです。ボウルはこの葉っぱ詰める部分です。さっき説明し忘れてましたね。小さくて可愛いでしょう。私は小さいのが好きですね。おもちゃみたいで。そのヒヨコみたいにかって? まあ、そうですね。だから頭にも乗せやすいんですよ。ほら挨拶。そうそう。あー好きな煙草の話でしたね。私甘いの好きなんですよ。だからアメリカ系かヨーロッパ系ですね。『ボウクムリーフ・オリジナル』っていうのが好きで……、口当たりがよくて初心者におすすめですね。まあ、でも今吸ってるのは『ブルーノート』これ最高ですよ! 香りがフルーティーで何かおいしいジュースを吸っているような気分になれるんですよ。ブルーノートはジャズのレーベルでも有名ですよね。聞いたことあるんじゃないですか? さすがゆーえすえーですね! え、ブルーノートの創設者はドイツ人? このタバコもドイツ? 何を馬鹿な……。まあ、でも堪りませんよ。夜遅く家に帰って、レコードを聴きながら吸うパイプは。好きなレコードはマイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』ですね。幸せ過ぎておかしくなりそうでございます。コロムビア・レコードじゃないかって? いいんですよ、美味しければ。写真ですか? ええ分かりました。これ新聞に乗るんですよね。ちょっと恥ずかしいですね……。 葉っぱを詰めてるところもですか? いいですけど……、じゃあ、あそこの机でやりましょう。まずは紙を敷いてですね、それで……、時間がないですって? 別にそんなにかかりませんから。それで指で煙草の葉をほぐしながら詰めていくんですよ。こんな具合に。三回に分けて詰めていくんです。一回目は子供の力、二回目は女の力、三回目は男の力で詰めろってよく言われますね。はぁ? それなら真のパイプが吸えるのはオカマだけ? 何言ってるんですかまったくもう……」
自販機を持ってくるにとりが最高でした