Coolier - 新生・東方創想話

妹紅の喫煙所

2020/02/05 02:26:04
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 不死身にこんなこと言っても仕方ないかもだけどさあ、と彼女は前置きした。

 菫子に言われて魂消たのだが、煙草は体に悪いのだという。幻想郷には「煙草は体に悪い」という観念は存在しない。いや、多分、存在しない、と思う。だって、みんな公然と煙草を吸っているし、それは楽しそうに行われる。なにせ、煙草を吸うと気分がいい。目が覚めたような気がするし、なんだかすっきりする。

 なにか食べたときに、べろが快感をおぼえることを「おいしい」とよぶなら、一体どこのなにが快感を覚えているのかはわからないけれど、きっと煙草も「おいしい」とよんでいいはずだ。とりあえず、べろではない。煙草を吸う時にだけ使う体のどこかが、わたしに「おいしい」をくれる。ぱっと口で説明できるような魅力っていうとそれくらいだけれど、わたしにとって煙草は三大欲求の四つ目とでも言うべきもので、当然に生活に存在するものだった。

 ちょっとだけ、だめな処をあげてみるなら、あの、いつもいつでも、煙草というもののために生活全体を動かされているような、なんともいえない、少しだけみじめな感覚とか、けむたいのが苦手な友達と会うときには、煙の匂いをごまかすために輝夜のくれた香水とかを付けていく必要があって面倒くさいとか、そのくらいだ。

 そしてしかも、それは菫子だけが知ってる秘密って訳じゃなくて、外の世界では常識中の常識だと言うんだから、それは驚くよ。あんまり驚いたもんだから、輝夜にお前は煙草吸わないのかと聞いてみたら「それが永琳が許してくれないの。体に悪いんですってよ。不死身にそんなこと言っても仕方ないわよねえ?あれ?妹紅は、ご存知でない?煙草、体に悪いって、ご存知でない?ぷぷぷ」と笑ったので三回殺した。永琳が言うなら、きっと間違いないんだろう。でも、じゃあ、それだったら外の世界では煙草を吸わないのかって聞くと、どうもそれは違うということで、煙草が体に悪いことを知っていても普通に煙草は吸われているらしい。一応、わたしはこれでも人間のつもりで居たけれども、人間ってのはよくわからない生き物だ。体に悪いの知ってるなら吸わなきゃ良いじゃないか。わたしは吸うけど。不死身だし。

 わたしは自分の家の横に喫煙所を作った。竹林の入り口辺りなので、人里からは近い。菫子が言うことには、外では「ブンエン」というものが徹底されており、喫煙所という「ただ煙草を吸うためだけにある場所」があちこちに設置されているのだという。オイオイ、マジなの?「ただ煙草を吸うためだけにある場所」ですってよ。なんと無駄で贅沢な空間なんだろう。煙草なんざその辺でパカパカ吸えるというのに、わざわざそこへ何秒から何分かかけて向かって、ただ煙草を吸って出るという場所があるんだと。外の世界の人間の幸福度はそこまで行っているのかと感動した。聞く限り、完全に文化的な成功を収めている。ユートピアじゃあないか。完全な娯楽のための空間じゃあないか。憧れるじゃあないか。そんな動機から、喫煙所を作った。菫子は何故か、そういうことじゃないと思う、と言って呆れた様子だった。いや、わたしは間違っていない。喫煙所はロマンだ。そりゃ外の世界には及ばないかも知れないが、幻想郷の人里にだって「ただお茶を飲むためだけにある場所」とかあるもん。お茶なんかその辺でゴクゴク飲めるというのに。

 しかし、別にここで何かの商品を提供するわけではない。ここではただ、それぞれが愛用している煙草を持ってきて吸うだけだ。面倒くさいから宣伝とかもしない。最初は人なんかこない。しかし、立地とわたしの立場が良かった。だってわたしは竹林の案内人をやっている。竹林の案内を必要とするようなやつっていうのは、体を悪くして永遠亭に行くようなやつらが殆どで、つまり煙草を吸ってるやつが多いんだ。そこへ通り道に「妹紅の喫煙所」なんて看板掲げたクッソしょぼい納屋くずれがあったら、わたしは当然こう聞かれる。

「なあ、案内人の嬢チャンよ。喫煙所ってのはなんなんだ。見たとこなんもねえようだけど」

「喫煙所っていうのは、煙草を吸う場所だよ。ここでは煙草を好きなだけ吸っていいんだよ」

「ははは、なんだそりゃ。煙草なんて、その辺でパカパカ吸えるじゃないか」

「そうだけど、外の世界には喫煙所が一杯あるっていうんだよ。煙草を吸うためだけに、喫煙所っていうのがさ」

「……へえ。それってなんだか、贅沢な話だな」

「そうでしょ?だから作ってみたんだよ。おっちゃんも吸ってみたら?煙草吸うためだけにここに居るなんて気分いいかもよ」

「試してみるかなあ」

 そんなこんなで、病院に行く傍ら、喫煙所で煙草を吸うようなやつらでそこそこ客入りを見せた。別に客でもなんでもないけれど。ただ煙草吸ってるだけだけれど。病院で煙草は体に悪いんですよと永琳に注意されるので、実は人里では、煙草が体に悪いことを知ってる人はちょっとは居るんだと聞いてまた驚いた。こいつら、煙草が体に悪いって知っててもやめないんだ。外の人間と同じで変わってるな。

 その内、ここは煙草は売ってないのかいなんてよく聞かれるようになった。それに対してわたしは思う。煙草売ったらそれは喫煙所じゃなくて煙草屋じゃないか。仕入れだなんだもめんどくさい。それに、みんなが気分よく煙草吸ってるのに、わたしだけ呼ばれたらハイハイ言って煙草を売らなきゃいけないなんていやだ。売ってないし、売ることもないよと言って、のらりくらりと躱していたけれど、ある日森の道具屋の亭主が水煙草とかいうのを持ってきて、これを置かないかと言ってきた。ついでに鳥みたいな妖怪を連れてきて、こいつを店員にするからここで煙草を売らせてくれ、手数料はハネていいからと言った。そのくらいならいいだろうということで、喫煙所はますますの賑わいを見せるようになっていった。

「妹紅さん、すごいね。こんなに繁盛して」

「菫子、未成年でしょう?喫煙所は駄目だよ」

「やだなあ。わたしと喋りすぎて、外の世界に被れ過ぎちゃったの?」

「いや、これぐらいが丁度いいんだ。心くらいは良く代謝しておかないと直ぐに正気でなくなる」

「ああん、闇が深い」

「外の世界のぬくぬく少女には刺激が強すぎるのかな」

「どこの世界のぬくぬく少女にも妹紅さんの話は刺激が強すぎるって。刺激が強いで気になってたんだけど、妹紅さんの吸ってるそれって手作りよね?」

「ああ、これはわたしが栽培してるあれやこれやを、あれやこれやして作ったんだよ。これが一番いいんだ」

「え?うわ、それってつまり、いいの?げ、幻想郷ってすごいのね」

「そうよ、幻想郷だってすごいんだから。喫煙所の素晴らしさくらい、すぐに分かると思ってたよ」



 ところが思惑を超えて、そこから更にしばらくすると、せまっこい喫煙所一つじゃ入り切らないほどの人気が出てしまって困った。いつものわたしであれば寝るような時間になっても、ニ、三人の人が居て、何やらぷかぷかやっている。家のすぐ隣だから迷惑でもあるし、何より人間が人里から離れたところに夜、狼煙を上げてるなんて危ないじゃないか。煙草を吸う人が人里では大幅に増えたんだという。煙草は気分がいいし、喫煙所でわざわざ煙草を吸うためだけに煙草を吸うなんて酔狂でお洒落だから、文明人を気取ったやつらには特に注目の的となっているらしい。わたしの知らない間に人里の様々な場所に喫煙所が出来たんだとか。それでも、元祖であるわたしの喫煙所は殊更人気があって、時には外に溢れている人数だけでも両手では数えられないような状態になってしまった。

 煙草を吸う人が多くなるってことは、やっぱり永琳とか菫子の言うとおり煙草って体に悪いので、病院にかかる人が増える。そうすると煙草が体に悪いってことを知ってる人が増える。だんだん煙草を吸わない人たちも、煙草が体に悪いってことを知るようになる。そうすると、元々けむたかったので煙草なんか嫌いだね、という人たちは、我が意を得たりと「煙草は害があるんだから禁止にしなさい」と叫びだした。今まで当たり前に煙草を吸っていた人たちはびっくりしたし、怒った。なんでそんなことを言われなきゃいけないんだと。でも、煙草は吸ってる人だけじゃなくて、その煙を吸っただけの周りの人たちにも悪い影響があるって彼らは既に知っていた。

 それでも、ハイ禁止ですなんて話にはならない。煙草を吸ってる人も居るし、煙草を売ってる人も居るし、煙草を作ってる人もいる。そんなにも多くの人が一度に困ったらその影響はとても予想できないものになる。とはいえ、人に迷惑を掛けるなとか、子供の為にならないとかのたまっておけば、やっぱりとりあえずの聞こえはよくて、支持を得やすいもんだから、それは割とすぐに人里のルールに加わってしまった。



 曰く、「喫煙所以外の場所で煙草を吸うべからず」。

 わたしはその時に気付いた。

 人は煙草が体に悪いって知っててもやめない。
 でも煙草を吸わないで欲しい人たちがいる。

 喫煙所は、「煙草をどこでもパカパカ吸えなくなった人たちが押し込められる場所」だったんだ。



 幻想郷においても、喫煙所は文明人のお洒落な場所ではなくなってしまった。わたしの家の隣では「煙草を吸ってるってだけで肩身が狭いねえ」なんて、自分の領域に対しての卑屈な話題ばかりが持ち込まれるようになった。わたしは程なくいやになって、喫煙所を取り潰してしまって、いままで通りの生活に戻った。菫子に愚痴の一つでもこぼそうと思ったけれど、よく思い出してみると最後に見てから五十年くらい経っていた。喫煙所、作ってから百年くらいだったっけ?駄目だなあ、わたしって。輝夜のところにでも行こう。こういう時はちょっと落ち込んだふうにしておけば意外に結構甘えさせてくれるんだよ。あいつのくれた香水とか付けてけばちょろいんだ。わたし詳しいんだって、ほんとだよ。
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コメント



0.520簡易評価
1.90平田削除
妹紅が可愛くて良かったです
人によっていろんな書き方がありますね
2.100サク_ウマ削除
非常に芸術的な喜劇かと。
実に幻想郷的なものの見方の前半もいいですし、オチが流石の不老不死過ぎて。
お見事でした。面白かったです。
3.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
4.100SSBB Extreme (幻想さとりさん)削除
驚愕の上塗りで3回殺したところでくつくつと笑いました
途中のいきいきとした描写が進むにつれ切なくなります
読了後、己の行為の大半が窮屈だと感じてきて散歩にいきました
とても良かったです、拍手。
5.90田中削除
時の流れを感じさせない、それでも時は経っている。そんな不死性の者の感覚の一端を味わうことができた
上にもあったが、確かにこれは良い喜劇だと
6.100白銀(しろがね)成金メタリック削除
その喧嘩だが
在庫もろとも全て買わせてもらいます。

支払いは100点のスタンディングオベーションでね
9.100名前が無い程度の能力削除
幻想郷における喫煙所!
そしてこのオチ
10.100南条削除
とても面白かったです
喫煙所という外の文化が幻想郷の住人から見ると贅沢品に感じるというのがまず面白いし、結局外と同じ状態になっていくというのもいいと思いました
11.100クソザコナメクジ削除
良かったです
15.100終身削除
喫煙所の行く末を何十年も眺めているスケールの大きいような小さいような不思議な感じがしました トゲが無くて気の良さそうな妹紅の語り口が良いなと思いました 実物に触れたことのある人と長生きしてる人の言うことはちゃんと聞いた方が良いんだなと思いました
16.100転箸 笑削除
確かに最近は街中で煙草を吸えなくなった気がします。
それはそれとしてオチが突飛すぎる。
22.100名前が無い程度の能力削除
……いち喫煙者としてかなり身につまされるお話でした。煙草というアイテム、喫煙所という空間を通し、妹紅の色んな意味で「世間に対する疎さ」がとても丁寧に描かれていて面白かったです。値上げだけじゃ煙草の方も疲れるだろうしたまには値下げさせてやれ。