Coolier - 新生・東方創想話

芳香ちゃんは頑丈です

2020/01/31 01:57:23
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「泥棒だなんて人聞きの悪い。私はただ貴重な古物が眠っていないかを確認しに来ただけですよ。そもそも畜生界にも泥棒の概念ってあったのですね」

 邪仙、霍青娥は縛られていた。理由は言わずもがな、窃盗の現行犯逮捕である。
「人の物に手を出せば畜生だって怒り狂うわ。そもそも我々は動物ではないし」
「でも兵士さんは動いてるじゃないですか」
「それはまあ、そうだけど」
 畜生界が霊長園。土偶兵士長の仗刀偶磨弓はずっと調子を狂わされていた。それもこれもこんな邪仙を自ら捕まえてしまったが為に。
 この青い女、先程からずっと話の腰を折ってどうでもいい所を突っついてくる。このまま話していると自分の中の何かが壊れそうな気がする。
 疲れを感じないはずの磨弓すら疲れさせる、これぞ邪仙だ。
「うおぉ……はーなーせー。はーなーせー!」
 一緒に縛られているのは邪仙が居ればセットで付いてくる動く死体の宮古芳香だ。
「ちょっとぉ、芳香の縄がキツいんじゃないですか? いくら痛みを感じなくてももう少し優しく縛ってくださいな」
「だから! そうされたくなかったら泥棒など止めてさっさと帰れと言っているのに!」
 磨弓が聞きたいのは『もう泥棒なんて致しません。反省して私はもう帰ります』である。この女、その話題になると話を逸らそうとする。

(それにしても、痛みを感じない戦士か……)
 磨弓は考え込んだ。

──まるで私のようではないか。
 この芳香という少女、額に貼られた札といい、脳に欠陥がありそうな喋りといい、こっちの青い女に操られたキョンシーであることは間違いない。決定的に自分と違うのは素材だ。私は土と水で、あちらは人の身体そのもの。どちらがより人に近いかは自明で──。

「……って違う! 今はそんなことはどうでもいい!」
「一人でどうされたのですか? 悩みがあるのでしたら聞いてあげますよ?」
「お前のせいだ! お前の!」
 疲れた。もう斬ろう。
 磨弓はその考えに至り刀に手をかけた。動物霊ではないからと手心を加えず、最初からこうするべきだったのだ。
「きゃあー。暴力はんたーい!」
 青娥の甲高い声が霊長園に響き渡る。磨弓はここまでわざとらしい悲鳴を聞いたことがなかった。
「やめろぉー! 青娥を斬るなら私を斬れぇー! もしも斬ったらお前が私を喰ってやるぞぉー!」
「よ、芳香ちゃん……! こんなに健気ないい子を斬れるというの!? 貴女は人でなしですわ!」
「私は埴輪だ。最初から人ではないので」
 そして相手も仙人とキョンシーだ。この場には人でなししか居ないのだ。
「んもう、ノリが悪いわよぉ。それに芳香にも全然怖がらないし。貴女って肝っ玉なのね」
「お生憎様。ここはガラが悪い連中ばっかりだからいちいち怖がっていられないのよ。それより……聞く気があるなら聞きなさい」
 抜き放った刃を青娥の喉元に当てる。そんな青娥は泣き顔ではあるが目に涙は無い。どうせ無駄だと分かっているのだ。ならば聞ける事を聞いておくべきだと磨弓は判断した。
「……お前、かの水鬼鬼神長の顔に泥を塗ったと噂の邪仙でしょう。だったらそんな縄程度はいつでも抜けられるはずなのに何故逃げない。そして何故大人しく捕まった?」
 磨弓は青娥の目を真っ直ぐ睨みつける。青娥は磨弓の目を子供のように興味津々で見つめ返す。
「だって、脱走するにはまず捕まらないと始まらないでしょう?」
 青娥の答えは磨弓の理解を越えていた。
「……いや、待て。お前は抜け出したくて捕まったの?」
「仙人とはそういうものなのです。縛り付けられても煙のように抜け出してこそ。ほら、このように」
 言うやいなや青娥の全身からモワモワと煙が吹き出し、中から彼女の代わりに一匹の子猫が姿を表した。それまで青娥を縛っていた縄は本人の消失で役目を終えて地べたに落ちる。
「ぅうう……うおー! 凄いぞ青娥ぁー!」
 芳香の歓喜の声に反応して一声にゃんと鳴くと、その猫は再び煙に包まれて元の姿を現した。すなわち、青娥に。
「にゃーんにゃん。どう、驚いた?」
「呆れて何も言いたくないわ。ここまでのやり取りは全て無駄だったんじゃない」
 やはり初手で斬るべきだったと磨弓は思った。どうせそれも、この女は難なく凌ぐのだろうが。
「無駄だなんて。私と貴女の間でお話が弾んだでしょう?」
「青娥とのお話は楽しいぞぉー!」
 青娥は芳香の頭を撫でると、刃物としても使えるかんざしで彼女の縄を切り解く。その様子を磨弓は黙って睨んでいるものの、せめてこちらの鈍い死体をバラバラにするくらいはいけるだろうと思案していた。相手はキョンシーだからどうせ修復されて無駄と分かっているが、それでも憂さ晴らしにはなるだろう。

──パチ、パチ、パチ。

 そんな一触即発の雰囲気を打ち破ったのは、磨弓が唯一忠誠を誓う人物のゆったりとした拍手だった。
「お見事、お見事。なんということなのかしら、私の磨弓があの悪名高い邪仙を捕らえただなんて! まあ、もう抜けられちゃったけど」
 霊長園で話せる人物はあと一人しかいない。すなわち拍手と声の主は磨弓の造り手にしてイドラデウス、埴安神袿姫その人だ。
「騒がしいから出てきてみれば、何やら楽しんでいたようじゃない」
「はっ! 作業の邪魔をして申し訳ありません!」
「よしよし、磨弓は何も悪くないよ。それに創作にはインスピレーションが必要だからね。こういう珍客は大歓迎よ」
 磨弓を労うと、袿姫は改めて青娥と芳香に相対した。
「さて、邪仙さん。私がわざわざ出てきたのよ。本当に窃盗などとくだらない悪事の為に来たのだったら、今と同じ身体で帰れると思わないことね」
 霊長園の空気がピンと張り詰めた。砕けた話し方をしているが袿姫は日本最古の部類に入る神だ。博麗の巫女をもってして、そのオーラだけで一時退却を決意させるほどの圧がある。
 さりとて青娥も泣く子も黙る地獄の使いから何度も逃げ延びた強者だ。単純な力では完敗のはずの袿姫を相手に飄々とした態度を保ち続けていた。
「最初に言いましたでしょ。私はトレジャーをハントしに来たのであって盗みが目的ではないと。今のところ貴女がお作りになった陶器とかばっかりですけど」
 青娥が台の上の花瓶を手に乗せるが、不思議なことにそれはふよふよと宙に浮いて青娥から逃げてしまった。
「この通り、みんな勝手に動いてどこかに行ってしまうのですけどね」
「私が作った物には魂が宿るのよ。霊長園内ならその力はさらに強まるわ」
「凄いぞぉ。まるで私のようではないかぁ!」
 動く死人と動く陶器。幻想郷ではどちらの方が珍しいかというと甲乙付けがたい。一応、確認されているゾンビは芳香だけであるが。
「古墳ですから宝剣とかを期待していたのですけどね。尸解仙の依代としても上々ですし」
「悪いけどここは墓としての古墳ではなくてアトラクション施設の類だからねえ。剣なら私が作ったものしか無いよ」
「それはこちらの兵士さんやあの作品を見る限り素晴らしい出来なのでしょうね。既に魂が宿っているので依代向きでは無いのが残念ですが」
「ふっ、私の超一流造形師の腕が仇となるとは、何とも皮肉なことね……」
 陶酔しだす袿姫に、自分の二の轍を踏ませまいと磨弓が修正にかかる。
「袿姫様、結局こいつは物を漁りに来たんじゃないですか。もう問答無用でやっちゃいましょうよ」
放っておいたらまた作品自慢に入ってしまうだろうと磨弓は予期していた。畜生界に袿姫の芸術を理解できる者はいない。袿姫はクリエイタートークができる相手に餓えているのだ。
「まったく、磨弓は余裕が無いねえ。それじゃあこういうのはどうかしら。私の磨弓とそのキョンシーでバトルをするというのは」
「おー……って私かぁー!?」
 飛び回る埴輪を目で追うのに夢中だった芳香も、いきなりのご指名に驚きの声を挙げる。
「磨弓に勝ったら剣でも壺でも持っていくがいい。その代わり、負けたらお前のキョンシーを弄らせてもらうわよ!」
「袿姫様!?」
 何故か相手よりも身内の磨弓の方が驚いていた。
「生身の人間を土の身体に変えるのも楽しいのだけどなかなか同意を得られなくてねえ。腕が鈍りそうだから練習台が欲しかったのよ。はっはっは!」
「私ではなくて芳香を、ですか。なるほど、私の嫌がる事をよく理解していらっしゃる……ふふふ」
 青娥と袿姫の二人はうふふ、あははと互いに見えない火花を散らし合う。
 青娥は強欲だ。自分のテリトリーや所有物に手を出されるのを酷く嫌う。自分が命を狙われるのはいい。むしろそれすらも楽しんでみせてこその青娥である。死者には怒りも哀しみも無いのだから、自分が死んでも『私は』何も感じない。全てよりも一部を半端に失う事を青娥は恐れるのだ。

「ということで素直に帰ることにします。ご機嫌よう、埴安様」
「えっ」
 芳香の肩を抱いて出口の方を向かせた。まさかこの流れで断られると思ってなかった袿姫もつい素の声音が出てしまう。
「ちょっと待ってよ。普通このノリの中で帰ろうとする?」
「その通りだ! 何でもいいからお前達を斬らせろ!」
 磨弓もうっかり本音がこぼれる。
「えー……だって別に絶対に欲しい物は無かったですしぃ、芳香に手を出されるリスクを負ってまでする勝負じゃないですもの。貴方様と面識が出来ただけでも十分過ぎますよ」
「うぅー、私は暴れたかったぞぉ!」
「わがまま言わないの。勝負ならお墓の唐笠お化けとでもやりなさい」
 青娥曰く、長生きのコツとは勝負に拘らない事だ。例え一時の敗北で恥を晒そうとも最後まで生き残った者が勝ち。彼女の人生は死からの脱出ゲームなのである。
「そんなつれない事を言わないで勝負してよお。せっかくここまで来たのだからさあ」
「そうは言いますけど、そちらはお二人合わせて11ボスの強さですのにこちらは二人合わせて4ボスですよ? わざわざ勝負なんて大人げなくないです?」
「お前は6ボスの師匠なんでしょう? なら実質7ボスみたいなものじゃない。地獄の女神と同じよ、足せば10よ!」
「何の話ですか……」
 壁抜けを得意とする邪仙はディスプレイもその対象なのであった。袿姫も神なので常人には理解できない話もやむ無し。
「大体ですねえ、ゾンビとは噛ませ犬がお決まりなんですよ。最初は数の暴力と不気味さで恐怖感を与えてくれますけど、いざ反撃に転じられたら後はやられるだけの雑魚キャラ。つまり芳香一人じゃただ可愛いだけじゃないですか。それなのに戦わせるのですか?」
「そんな死体より私の磨弓の方が圧倒的に可愛いわ! 邪仙のくせに正論で返してくるな!」
「袿姫様……」
 さっきまではオーラで圧倒していたはずなのに、磨弓には袿姫が青娥よりも小さくなったように見えた。
「むむむ……青娥ぁ、あんまり意地悪言うと可哀想だぞう。勝負してあげよう?」
「そうよぅ。減るもんじゃないのだし良いじゃない。私だって頑張って作った磨弓を勝たせてあげたいのよー」
芳香のみならず袿姫にまですがり付かれた重力で、青娥のふわふわ軽やかな足取りは地に落ちた。

「……そちらが勝ったら芳香に手を出すというのは無しでいいですか?」
「いい。もう言わない」
「私が勝ったら何か貰えるというのも?」
「勝っても負けてもあげる。また作るし」
「終わったら帰っていいですか?」
「どうぞどうぞ」
 もはや神の威厳の欠片もないが、袿姫自身はこの一連の茶番も楽しんでいるのだ。神とは暇をもて余すものなのだから。

「オーケー。やりましょう」
 青娥のこの一言に袿姫は全力のガッツポーズを決めた。幻滅しかけていた磨弓も、まあこれはこれで麗しいので良しと思って忠誠心を保つのだった。

 ◇

 霊長園に併設されている畜生コロシアム。元々は畜生達が人間霊同士を戦わせて観戦を楽しむ下卑た施設であった。
 畜生界の武闘派アイドル磨弓と、現世から来た畜生系美女が育てたキョンシーが勝負をするらしい。埴輪兵士の一体から漏れ出た情報は袿姫と青娥が茶番を繰り広げている間に霊長園を飛び出し畜生界にまで広まった。その結果、是非とも観戦したいという者が、狭い霊長園では二次被害の恐れがあるほどに集まってしまったのである。

『へーちょー! へーちょー!』『まゆみーん!』『ハニー!』

 磨弓の追っかけが生き甲斐な人間霊の、脂っこいエールがコロシアムに響き渡る。人から注目されるのは望むところな青娥も、この急な展開には流石に困惑の色を隠せなかった。
「こんな事になるならやっぱりさっさと帰ればよかったわぁ」
 観客として集まったのは埴輪、人間霊、袿姫の力で九十九神と化した道具、さらに敵対関係であるはずの畜生霊まで混じっている。
「埴安様ぁ、あの子達って敵じゃないのですか?」
「畜生といっても全部がナントカ組の手下ってわけじゃないのよ。たまに組員なのにこっそり応援にくる奴もいるけどね」
 暴力による無秩序な秩序で支配される畜生界。当然支配される側は不満タラタラで、隣の家の芝生が青く見えたりするのも日常茶飯事だ。反抗で敵対勢力の一員になりきるのも一種の気晴らしになるらしい。
「す、すすすすぅ、すごい人がいっぱいだなあああああ!」
 いつもハイテンションの芳香だが今の一声の上ずり方は尋常ではなかった。
「……芳香、貴方もしかして緊張してる?」
「そそそそそんなことはないぞおおお!」
 大嘘である。芳香のただでさえ堅い身体は鋼のようにガチガチになっていた。
「無理もない。今のお前達は完全なアウェーですからね。キョンシーもこういう場は初めてなのでしょう」
 磨弓は慣れたものだがいきなり舞台に上げられて動揺しない方が稀だ。彼女とて処刑はしたかったがこのような公開処刑がしたかったわけではない。極寒地獄に放り込まれた虜囚のように震える芳香に、さしもの磨弓も同情心を覚え始めていた。
 その時だ。

「青娥師匠ぉおおおおお! 大師匠ォオオオオオオ!」

 会場の歓声を上書きする霹靂の大声量、それはコロシアムに特設された一席から放たれた。
 皆が振り替えればそこには、テンガロンハットに黒翼を湛えた豪快な印象の女性、さらに鹿角と竜の尾が目を引く細身の女の二人組がいた。
「大変ご無沙汰しておりましたッ! 私ですッ! 驪駒ですッ! 此度はこの驪駒早鬼、剄牙組の総員を引き連れて貴女様の応援に参りましたァッ!」
「声がでかい……」
 吉弔は驪駒側の耳を塞いで疲れきった顔をしていた。
 剄牙の組長である驪駒早鬼と、同じく鬼傑組の長である吉弔八千慧。地獄の使いに恥をかかせた邪仙といえば畜生界でも噂になっているが、しかし驪駒にとっては敬愛していたかつての飼い主が世話になった師匠という一面の方が何よりも重要だ。驪駒にとっては心の師である聖徳太子のさらに師匠だから青娥は大師匠と、そういうことである。そんな彼女が畜生界に訪れているとの情報を斥候の一人から聞かされた驪駒は、強者のプライドも何もかも投げ捨て他の組との休戦を強引に結んで駆けつけたのであった。なお、吉弔と饕餮は敵の敵は味方理論で応援を要請された末に連行された。
「なのに何でいつの間にか饕餮の奴はいなくなってるかなあ! 全くアイツは!」
「饕餮はオオワシ達の間で鳥インフルエンザが流行ってるから看病すると言っていましたよ」
「……じゃあ仕方ないな」
 ともかく、予想外の増援にさしもの袿姫も危機感を覚え、声の大きさにうんざり顔の青娥に詰め寄った。
「ちょっと邪仙、お前はあの驪駒と繋がってたの?」
「私にあんなやかましいお友達はいませんけど……クロコマ? まさかとは思いますが、もしかして」
一匹だけ思い当たる生き物がいた青娥は、特別席に座る驪駒の下にふわりと飛んでいった。青娥を前にした驪駒は全身全霊で頭を垂れ、オオカミ霊もそれに倣う。
「クロちゃんなの? 太子様のペットだった?」
「……は、ハイッ! 聖徳太子様の愛馬であった驪駒です! 覚えてましたか!?」
「もちろんよ。空を飛ぶ馬なんて太子様のクロちゃんぐらいしか記憶に無いもの」

──ウォオオオオオオ!

『いや、クロちゃんて……』『クロちゃん……』『でもアリかも……』
 剄牙組の構成員からどよめき混じりの歓声が上がる。今まで驪駒の聖徳太子自慢は自分に箔を付けるためのフカシだと思われていたのだ。それが事実と証言する者がついに現れ、一同は大いに盛り上がった。
「いやーお懐かしい! 太子様が死んだと聞いた時は私も悲しすぎて後を追ったりなどしましたが、数年前に風の噂であのお方も復活されたと聞いた時の衝撃と言いましたら! この驪駒、いずれ畜生界も地上も制圧して太子様の下に馳せ参じる所存で戦いの日々を……!」
「ちょ、ちょっとストップストップ」
 凄まじいテンションと早口の驪駒に、青娥は堪らず彼女の言葉を遮った。
「積もる話はいろいろあるのでしょうけど今は取り込み中だから。終わるまで大人しく見てなさいね」
「ハイッ!」
 ビシっと気を付けをして返事をするその様は馬というよりも忠犬のようであった。普段のワンマンだがカリスマ性に溢れていた剄牙組のトップとしての威厳は微塵もない。
「敵ながら、こんな発情期の雌馬みたいな顔をした驪駒など見たくありませんでしたよ」
 大きなため息をつく吉弔にも青娥は馴れ馴れしく話しかけた。
「あら、そちらの亀さんはもしかして妬いてるんですか?」
「驪駒が馬鹿なら関係者も馬鹿ですか? 何故そうなるのか理解に苦しみますよ。無駄口を叩いていないでさっさとあの土偶を破壊させなさい。私がお前に求めるのはそれだけです」
 吉弔は淡々と、しかし高圧的に言葉を叩きつけた。知っている者ならば彼女が逆らわせない能力を使って青娥を操ろうとしているのは明白だった。
「あら怖い。私ってどんな方とでも仲良くなれる自信があるんですけど、何だか貴女とは無理そうな気がします」
 ところで、当然だが能力には相性というものがある。例えば相手に死をもたらす幽々子の力は不死の相手には極めて分が悪い。つまり、逆らう以前に人の話を真面目に受け取る気が無い青娥に吉弔の能力は効きが悪い。
「吉弔、貴様……大師匠への侮辱は許さんぞ」
 他にも馬耳東風の体現者たる驪駒にも効きが悪かったりする。
「いいえ、あの邪仙は私の能力で手駒に出来そうにないことは分かりましたよ。ならばあれが大層お気に入りの聖徳太子とやらは相当な人間なのでしょうね」
 その言葉に驪駒は満足そうに頷いた。

「……それで、またしても畜生側の代理の人間として、お前は私に弓を引くのかしら?」
 袿姫は観客席から戻ってきた青娥を訝しげに見つめる。盛り上がる剄牙組を一度無表情に横目で見ると、青娥は無言で首を横に振った。
「あの独善的言動は確かに豊聡耳様の関係者を彷彿とさせましたよ。ですが今はあの子が誰の知り合いだろうと関係ありません。個人的に仲良くしても私は畜生界の争いなど知ったことではない。私はただ、埴安様との戦いを済ませたら帰ります」
「独善的と来ましたか」
 磨弓も独り善がりの権化のような存在からそんな言葉が飛び出すと予想だにしなかったが、ひとまず袿姫の方は中立的宣言に安堵する。実際、青娥がその気になって畜生ゾンビ軍団でも作られたら非常に面倒だ。死者とはいえゾンビは生身の身体であるので埴輪にも攻撃が通ってしまう。
「話が反れましたが早速始めましょうか、と言いたいところですが、あのキョンシーはまだ震えていますね」
「ううううう、おおおおおおおお?」
 むしろ余計な観客が増えて振動はますます激しくなるばかり。このままでは移動すらおぼつかないと判断した青娥は一計を案じた。
「よーしか」
「おおお、お?」
 青娥は芳香の背中から腕を回して抱擁した。

──ワァアアアアアア!

 突然の甘い展開に会場の一部が沸き上がった。
『尊い……』『せいよしいいよね』『いい……』
 組とは全く関係ない豚の畜生霊からそんな声も聞こえる。
「思い出すなあ。昔は太子様もああやって撫で回して落ち着かせてくれたもんだよ」
 驪駒は腕組みしてしみじみと目を閉じた。
「お前の惚気など誰が聞きたいものですか」
 吉弔は苦虫を噛み潰した顔で毒を吐いた。

「芳香、いいかしら? 私の声だけを聞いて、目の前の相手を倒す事だけに集中なさい。私の事だけを考えるの。わかった?」
「青娥ぁ……わかったぞ!」
 芳香の思考が青娥で埋め尽くされていく。青娥の為に戦う。青娥の為なら頑張れる。芳香は今、自分の存在意義を思い出した。
「さぁ、いくぞぉ!」
 百人力となった芳香が自慢の毒爪を振りかざす。
「……袿姫様」
「何だい?」
 それを見て当てられた磨弓も袿姫に声をかける。
「私にもお願いします……」
「やれやれ、磨弓は仕方がないねえ」
 そう言いつつも、待ってましたとばかりの笑顔で磨弓を正面から抱き寄せた。

──ホァアアアアア!

『まゆけーきもいいよね』『いい……』
 再び人間霊と豚霊が目を閉じてシンクロする。何故女同士が抱擁しただけでこんなに大声が出せるのか、吉弔には全く理解出来ない。
「何だ吉弔、寂しいのか? 特別に私が抱き締めてやってもいいぞ?」
「……殺しますよ」
 吉弔らしからぬ直球の殺意が驪駒に向けられた。

「磨弓、勝ちなさい。あの小癪な邪仙の下僕を打ち倒して貴方の力を証明するの。貴方の後ろには……ずっと私がいるからね」
「袿姫様……貴方の期待に応えてみせます!」
 忠誠心がチャージされた磨弓は得意の弓を持って芳香の眉間を見据えた。
 いよいよ、開戦だ。

 ◇

「吉弔よ、お前はこの戦いをどう見る?」
「普通に考えれば埴輪の圧勝でしょう」

 その言葉通り、戦いは芳香の防戦一方となっていた。
「芳香、躱して!」
「うおおおおおおお!」
 磨弓から次々と放たれる矢の雨を、芳香は青娥の指示に従って懸命に逃げ続ける。
 芳香の役割は青娥の盾となって前衛で攻撃を受け止める、文字通りの肉壁である。幻想少女の嗜みとして苦無を用いた遠距離攻撃の手段こそあるが、主となるのは爪や歯を使った肉弾戦だ。
 一方で磨弓が得意とするのは兵長の特権を存分に活かした遠距離からの集団攻撃である。流石に自重して埴輪兵団こそ呼んではいないものの、芳香には磨弓の素早く正確な矢弾を避けつつ自身の得意なインファイトに持ち込む余裕は無かったのだ。

「あの通り、埴輪の方は愚鈍なキョンシーから距離を取りつつ一方的に攻めていればいいのです。邪神の力で次々と矢が生み出されているので弾切れも起きませんしね。全くもって忌々しい……」
「ならそのまま埴輪が勝つというのか。私はそんなつまらない戦いは認めない」
「お前と同意見は御免ですが私も埴輪の勝ちなど見たくはない。だからこそ気になるんですよ。あの邪仙が何も対策を施さずに戦いに望んだのかと」
 吉弔の目は芳香に命令を送る青娥に向けられた。彼女はまるで楽団の指揮を取るかのように手を振り回して芳香の避けを誘導している。
 防戦側にも関わらず余裕の表情を浮かべる青娥が何かを企んでいることは明らかだった。

「身体は硬いくせにちょこまかと、よく動くじゃない!」
 このまま遠くからちまちま撃っていてもらちが明かないと、磨弓は刀を抜き放った。このまま射ち続けてもいいが、そんな塩試合では観客は納得しない。アイドルとはエンターテイナーでなければならないのだ。
「ふ、ん……! 自分から近付いてくるとは好都合、だ……!」
 芳香が猛ダッシュで距離を詰めてきた磨弓へ迎撃の体勢を取る。爪と同じ毒々しい色の苦無を周囲に浮遊させ、磨弓に向けて放射状にそれを放った。
「当たるか、そんなものっ!」
 弾くどころか避けるまでもない。雑な狙いで飛来した苦無は全てが磨弓の横を抜けるに終わる。だがそれこそが芳香の、青娥の狙いであった。苦無は当てるのが目的ではない。これは磨弓の進行ルートを直進に限定させる為の『外し』だったのだ。
「芳香、解放しなさい!」
 青娥の号令で芳香は右腕を大きく振りかぶった。全てはこの一撃を相手にぶつける為に。
 人間の筋肉は壊れてしまわないように普段は全力の三割ほどしか出せないように無意識のセーブがかけられている。しかし壊れても直せる死体である芳香は気にせず無制限に力を出せるようにリミッターを外されているのだ。おまけに芳香は生前から異様な怪力を誇る人物であった。
「オォォオオオオオ!」
 右手をただ上から振り下ろすだけの単純な攻撃、だがその一振りの破壊力は鬼にだって負けはしない!

「吉弔、これは!」
「キョンシーは、いえ邪仙は最初からこの状況を狙って避けに徹していたのでしょう。焦れた埴輪が前に出てきた時に必殺の一撃を当てる為に……!」
 組長二人は無意識に実況解説と化していた。
「ならば勝敗は、キョンシーの腕が奴を叩き潰すのが先か……!」
「その前に土偶の刃が届くのが先か……!」
 手に汗握り、芳香と磨弓の激突に全神経を集中する。
 これは肉を切らせて骨を断つ戦い方だ。どちらの一撃が先でも勝者は無傷では済まないだろうが、何しろ彼女らは痛みを感じない人形である。壊れても直してもらえばいい。勝ちさえすれば自分は壊れてもいい。
 二人の距離が肉薄する。あとほんの数秒、それで決着が付く!
 はずであった。

「磨弓、上に跳べ!」
「……ッ!?」

 この試合で初めて袿姫が号令を出した。磨弓は咄嗟の命令にも忠実に応えて駆ける勢いそのままに跳躍し、芳香を飛び越えて青娥の前まで着地する。

「うぉおおおおお!?」
 突然相手が居なくなってしまったが芳香は急には止まれない。勢い余って転倒するも、当たるはずだった腕は風圧だけで地面を爆発させるほどに凄まじい威力であった。
「……エクセレント! 馬鹿力もここまでくると称賛に値するわ。あのまま突っ込んだら磨弓は粉々にされていただろうね!」
 もうもうと上がる土煙の向こうから袿姫の高揚した声が届く。
「ざんねーん。埴安様に救われたわね、兵長さん」
 目の前には青娥の口だけの笑顔があった。うすら寒さで反射的に斬りそうになるのを抑え、磨弓は状況を見直す。前方の青娥、後方には芳香。芳香とは互いに後方を取った形なので攻撃は先程よりも易いだろう。しかしそれは青娥に背を向けるリスクであり、今がたとえ自分とキョンシーの一騎討ちの場といえども磨弓はそちらを重く見た。何より今の位置で芳香に攻撃を放てばその弾は袿姫の方向に飛んでいく。忠臣の磨弓にはそれが最も許しがたい行為だったのだ。
「こちらに戻れ、磨弓! 青娥もそれで構わないね!」
 そんな磨弓の躊躇を見抜いて袿姫は半ば強制的な仕切り直しを宣告する。
「はーい。芳香~、戻っておいで~」
「おー!」
 青娥側はこの能天気なやり取りで同意を示した。

「……うーむ、グレイト! 流石は大師匠のキョンシーだ!」
 驪駒も芳香の嵐のような一撃にご満悦の様子だ。
「しかし当たらなければ何の意味もない。結果で言えば両者共に体力を消耗しただけでしょう。奴等に体力があるのかは知りませんが」
 吉弔の言葉通り、二人はどちらも無傷の状態だ。青娥はいつもなら盾にする芳香に避けを徹底させている。
「ここまではお遊び、本番はここからってところか。さあて吉弔、あいつらはどうすると思う?」
「どうもこうもない。やはり不利はキョンシーの方ですよ。先程の一撃は恐らく何度も連続で出せるものではない。出せても威力は先程より劣ると見ていいでしょう」
 その予想は正しかった。いくらリミッターは外し放題とはいえ出せばその分の負担が身体にかかる。芳香に痛みは無くても身体のパフォーマンスには影響が出るのだ。
 我慢できず驪駒は立ち上がった。彼女も流石に一騎打ちに割って入る程の野暮ではない。しかしじっと見ているのは性に合わないのだ。

「さあ! 勝つのは邪神が創り出した埴輪か、それとも我らが大師匠が育てたキョンシーか! 勝負は次のぶつかり合いで決まる! お前ら、全力で応援しろォッ!」
『ウォオオオオオオ!!』

 驪駒の怒号に敵も味方もなくコロシアム全体が呼応した。床が、壁が、天井が、歓声で悲鳴を上げている。畜生コロシアムがここまで熱気に包まれる事は畜生史上でも片手で数えるほどしかない。
 しかし、その熱の中で青娥と袿姫だけは冷めていた。思惑こそ違えど二人の脳内で浮かんだ言葉は同じだったのだ。

(余計なことを……)

 青娥は予定を狂わされた。次もまた磨弓を焦れさせて不完全な攻撃に出た所を狙う作戦でいたのに、これでは彼女が全力で勝負に出てしまう。それでは素早さで劣る芳香はどうしても不利だ。
「はあ……どうして豊聡耳様の関係者は揃いも揃って私の思い通りに事を運ばせてくれないのかしら……」
 元はと言えば聖徳太子の人生を狂わせたのも霍青娥その人だ。自業自得としか言いようがない。

 一方で袿姫もこう考えていた。吉弔が言ったように馬鹿力の影響で身体の動きが鈍っている芳香は格好の的だ。基本に忠実に遠距離から攻撃していれば磨弓の勝ちは揺るがないのに、驪駒のせいで次も大技で博打勝負に出なければいけない雰囲気になってしまったのだ。それを裏切れば神の沽券に関わる。磨弓の人気はガタ落ちだ。
「これだからお馬鹿な畜生は嫌いなのよねえ、まったく!」
 先の抗争でも吉弔の口車に乗せられた人間に敗北した。袿姫は今回もまた畜生の口車に乗せられて敗北してしまうのか。
「袿姫様、私の覚悟は最初から出来ています。あの技の使用許可を!」
 いや、磨弓は袿姫を敗北者にさせる気など毛頭ない。驪駒の煽りに乗るのは癪だが磨弓の心も燃え上がっていた。ここで私が良いところを見せれば袿姫様はもっと私を愛してくれる。私の人気が高まれば袿姫様の御力ももっと高まる。絶対にここで負けるわけにはいかない!
「……しかたがない。しかたがないねえ」
 袿姫は磨弓の創造主であるからその滾りは自身にも伝わってくる。芸術は爆発させてこそで、火を消すなんて有り得ない。
「磨弓、断崖の剣を使うがいい! これで決着だ!」
「……承知しましたッ!」
 袿姫からマグマのように赤黒いオーラが迸り、それと同じ光が磨弓の握る勾玉に集まって燃えるように輝きだした。磨弓は今、大地を創造する神の力を宿したのだ。

「断崖の剣、だと……!」
「知っているのか吉弔!?」
「こことは異なる世界の大地の神のみが使える伝説の技と聞いたことがあります。同じ創造神ならば埴安が使えてもおかしくはありませんが、まさかそれを配下の埴輪にまで仕込んでいたとは……」
「それはとんだ親馬鹿がいたもんだな!」
 親とは違うが大事な者の為ならいくらでも馬鹿になれる。それはこの場にいる誰もが知っていることだ。

「ぬわぁあああ! 何かすっごくやばそうだぞぉ!」
「ああー……これはちょっと避けるのは無理だわね。この身体の重さといい、まったく埴安様ったら本当に大人げない……」
 袿姫の仕込みはもう一つあった。いつもなら青娥の周囲を浮かんでいる羽衣が、今は元気無く青娥の肩にかかっている。創造神の大地の力から宙を浮いて逃げるような興醒め行為を袿姫は許さない。発生している重力場は磨弓の、そして袿姫の無慈悲な闘気の表れであった。
「こうなってはやむを得ないか。ねえ、芳香……」
「お、おお?」
 青娥も腹を決めた。基本に帰っていつもの芳香の戦い方をする。こうなってはそれしか打つ手が無かった。
「命を賭して私を護りなさい。私を信じて攻撃を受け止めるの……お願いね?」
「……任せておけぇ!」
 元より逃げる気など無かった。逃げればあの剣は自分ではなく青娥を襲うだろう。それだけは絶対に許さない。自分の身体が吹き飛ぼうとも構わない。青娥を失う事が芳香にとっての『死』なのだ。

「……さあ、来いッ!」

 芳香が青娥の前で仁王立ちする。磨弓が刀を構えて芳香に駆け寄る。二人の激突に会場の皆が固唾を飲んだ。
 神の力の宿りし大地が剣の形に隆起して敵を討つ、それが断崖の剣だ。袿姫ならば一歩も動くことなくこの力を発動出来ただろうが、神ではない磨弓が擬似的に行うには相手に近づいて直接地面を叩き付ける必要があった。
「でぃやぁああああああ!!」
 磨弓の全身全霊の力に地が震え、飛び出した刃が芳香の胴体に直撃する!
 芳香は不動の構えで受け止めるが、鬼ですら及ばない神の一撃にキョンシーの身体が耐えられるはずがなかった。



「と、思ったでしょう?」

 信じられない光景がそこにあった。
 耐えている。磨弓の渾身の一撃を受けても芳香の身体は貫かれることなくその場に踏み止まっていたのだ。
「そんな、馬鹿な!?」
 有り得ない事態にさしもの袿姫も目を疑った。一体これはどういう事なのか。青娥は満を持して種明かしを始める。
「うちの芳香は身体が硬いのが悩みでございまして。それが一向に改善しないので開き直ってみたのです。身体に金属フレームを用いた強化骨格を搭載して、頑丈で最硬の身体を作り上げたの!」

「そういうことでしたか!」
「うおっ!? どうした吉弔!」
 ここで吉弔が初めての大声を上げた。今までの謎が氷解し、吉弔も興奮を抑えきれなくなったのだ。
「これまで邪仙がキョンシーに無傷の戦いを徹底させていたのは頑丈な身体を維持させる為だったのです。埴輪の決戦の一撃を確実に受け止めるのが邪仙の真の狙いだった……!」
「だが、受け止めるだけじゃ勝負は決まらん。あんな物凄い一撃を喰らってキョンシーに何か出来るだけの力が残っているというのか!」
「……有ります。頑丈な金属の身体、ここから導き出される返しの一手はたった一つ!」

「さあ芳香、はね返しなさい!」
 号令一下、青娥の声に反応して芳香の身体が銀色の光に包まれる。この技は自分が受けた一撃をより強くして相手に与えられる、倒され役の芳香を不憫に思った青娥が搭載した、とっておきの切り札なのだ。

──反射「金属爆炸」

 磨弓の大地の剣が崩れていく。芳香の身体が放つ銀光が砕け落ちた土塊を巻き込み、八方に飛び散った銀の弾丸全てが向きを変えて磨弓に襲いかかった。
「ウ、オ、オォオオオ……!」
 既に満身創痍の芳香に意識は殆どなかった。青娥が見てくれている、その事実だけが芳香を立ち奮わせていたのだ。

「……決着です」
「……ああ!」
 土埃は距離のある吉弔と驪駒の席にまで届いていた。
 大地が爆ぜるほどの超威力の爆発は、そのまま磨弓の技の威力が凄まじかった事を意味している。それに上乗せされた一発の直撃を喰らって立てる者など居やしない。いや、磨弓の原型が遺っているかすらも怪しかった。



「ま、だ、だ……」

 それでも。
 それでも磨弓は立った。
 左腕は肩から吹き飛び、脇腹には大穴が空き、頭も一部が抉れている。それなのに磨弓は立ち続けていた。

「馬鹿な!? どうしてあの状況で耐えられる!」
 動揺する吉弔とは対照的に驪駒は感動を覚えていた。例えそれが相容れぬ敵だとしても。
「奴の主への想いが本物だったって事さ。そういう奴は得てして奇跡を起こすもんだよ」
 吉弔は溜め込んだ苛立ちを拳に集めて椅子にガンと叩き付けた。
「……反吐が出ます」
 情のせいで結果が変わる。それが策士の吉弔にとって一番忌むべき事象なのだ。

「グ、ウゥウ……!」
「く、ううぅ……!」
 青娥の為、袿姫の為、対象が違うだけで二人の身体を突き動かすものは同じだった。
 理性などもはや必要ない。自分の爪が、刀が、相手に一秒でも先に当たった方が勝つ。本能のみが彼女らの足を動かしていた。
 ……しかし。
「もういいわ、芳香。ありがとうね」
 青娥が芳香を抱き寄せた。開戦前と同じように。
「十分よ、磨弓。貴女は素晴らしかった」
 袿姫も磨弓の頭に顔を埋めた。身体の砕けた部分に優しく指を這わせる。
 それまで人形たちを動かしていた糸はぷっつりと切れ、二人はそれぞれの主に身を委ねて倒れ落ちた。
「貴女の勝ちよ、青娥。あんな見事な返し技を受けたら負けを認めざるを得ないね」
「いいえ、埴安様の勝ちです。決めるべきところで決められなかったのですから、このまま二人がぶつかればそちらの刀が先に届いたでしょう」
 二人は互いに相手の勝ちを、そして自分の負けを宣告した。
 見るのも辛いほど損傷の激しい身体になるまで戦ったのだ。外から勝敗に文句を付けられる者など誰も居ない。
 会場の空気も静まり返る。それを打ち破ったのはまたしても驪駒だった。

「ブラボー! この勝負は引き分けだ! 二人の健闘を讃えて盛大な拍手を!」
 例え敵でも強者は素直に認める彼女らしい台詞だった。
 驪駒が頭の上で大きく手を打つのに合わせ、まずは剄牙の組員から、拍手の波はやがて会場全体に伝わっていき、吉弔も最後に渋々と小さな拍手を送った。

 ◇

「間近で見ると本当に神の御業です。さっきまで大破していたとは思えません!」
 青娥の感嘆に袿姫も得意げだ。元々磨弓には自己修復機能が備わっているのに加えて、袿姫も手づから粘土を付け足していった。むしろ磨弓は戦い前よりも完成度が上がっているように見えた。
「そういう貴女も、見事なオペの腕だったわ。内臓が軽く飛び出してたのにすっかり元通りじゃない」
「オペではなくて仙術なんですけどー……いえ、やっぱり施術かしらね」
 青娥も死体の修復はお手の物だ。大怪我からわずか十数分しか経っていないのに、そこには元気にスタジアムを飛び跳ねる芳香の姿があった。
「おー、磨弓ー! もう立てるかぁ!」
 起き上がった磨弓に芳香がぴょんこぴょんこと駆け寄って声をかける。
「お前ぇ、手加減してくれてたんだろ? ありがとなぁ」
「……何故そう思ったんですか?」
「さっきの凄い技が当たったとき、腹の途中で止まった感じがしたのだぞ。それでも凄い衝撃だったがなぁ」
 袿姫は磨弓の顔をまじまじと見た。彼女は手加減命令など出していない。これはつまり磨弓は袿姫に逆らって攻撃をしたということだ。
「……貴方のようなタイプには私の大地の力は必要以上に効いてしまうでしょう。貴方がとても大事にされていることは見れば分かります。同じ人形ですから」
 磨弓は自分を直す時の袿姫の顔を知っている。そして今、青娥も芳香を直す時に同じ顔をしていたことを知った。
 直せるのと壊れてもいいのは別問題だ。壊れた自分の姿は主には見せたくないものなのだ。
「だったら、貴女が最後の技をすぐ使わせなかったのも同じ理由なのかい」
 今度は袿姫が青娥に問いただした。
「ご明察です。私の計算だと最初の馬鹿力が当たれば十分でしたしね。あの技だとオーバーキルも良いところでしょう」
 青娥の世渡りのコツは『負けてもいいから死なない』、そして『勝つにしても勝ちすぎない』だ。その理由は様々だが、一つ言えるのは青娥が磨弓を破壊したくなかったということである。
「……参ったな。青娥は優しいのね」
「青娥はぁ、優しいしぃ、綺麗だしぃ、良い匂いがするしぃ、ご飯も美味しいぞ!」
 芳香はべた褒めで青娥の良さをアピールする。良い所は確かに良いのだろうけども。
「余計な恨みを買いたくないだけですよ。神様は怒らせると怖いですから」
「命を狙われている人が言うと説得力が違いますね」
 稼いだプラス点をゼロに突き落とすほどの悪行を重ねているからこその邪仙なのだ。
 戦い終わった四人は互いに顔を見合わせて朗らかな空気を醸し出した。

「大師匠! 大師匠ォ~!」
 驪駒も観客席から降りて突風のような勢いで駆け寄ってきた。何となく今は無害そうではあるが敵対関係の偶像組は一応臨戦態勢を取る。
「いやー見事な戦いでした! 流石は太子様のお師匠です。失礼ながら総合力では負けている相手にも敢然と立ち向かったお姿! この驪駒感服致しました!」
「クロちゃん……貴方にはいろいろと言いたいことがあるけども」
「何かこいつ、布都と同じ臭いがするぞぅ……」
「布都とは物部様の事ですか!? くぅぅ! この驪駒、ますますもって太子様にお会いできる時が待ち遠しい……!」
 芳香の言う通り、一度思い込んだら制止の効かないこの感じ、青娥が最も手を焼く物部臭を感じ取っていた。お説教なんかしても聞いてくれないのだろう。何しろ今は畜生界きっての極道集団の長でもある。あの頃の馬だった驪駒とは違うのだ。
「今のクロちゃんは太子様……豊聡耳様には程遠いわ。今会えばあの御方の足を引っ張りかねないでしょうね」
「そ、そんな……まだ力が足りていないのですか!?」
 驪駒は胃の辺りが縮まる思いがした。足りていないのが力だけだと思ってしまうから未熟と言われるのだが、それに気付かせてくれる人材は不幸にも剄牙組にはいない。剄牙組には、だ。
「もういいでしょう驪駒。茶番は終わったのだからさっさと帰らせて貰いますよ」
 吉弔も辟易した態度でコロシアム中央にまで降りてきた。
「そうやって言われたことを都合の良いように曲解しかしないからお前は驪駒なのですよ。まったく……」
「吉弔さん、私の言いたいことがよく分かってらっしゃるのですねえ。やっぱり貴方の方が気が合いそうかも」
「御免ですよ。貴女がいると驪駒が乙女の顔のままではないですか。私はいつもの根拠のない自信に満ち溢れた馬鹿な驪駒だから全力で嫌えるのです。さっさと話を終わらせて去ってください。どうせ私の言葉など効かないのでしょうが」
 複雑な想いの垣間見える捨て台詞を残して吉弔は配下のカワウソ達に号令をかけた。祭りは終わりだ、直ちに仕事に戻りなさい。吉弔の言葉に逆らうことができない者たちは次々とコロシアムから去っていく。
 吉弔は最後に袿姫と青娥を一瞥した。埴安神を斃して畜生界を制すれば次は邪仙もいる豊聡耳神子の勢力、地上に出たらいずれ奴らとも衝突することになるだろう。吉弔の野望の道は果てしない。

 青娥は驪駒に向き直った。
「クロちゃん、いえ驪駒早鬼。貴方がこの酷い世界で太子様の事を想いながら頑張っていた事は理解していますよ」
「だ、大師匠……!」
 驪駒の目に涙が浮かぶ。そういえば生前からやけにメンタルが弱い馬だったなと、今更ながら青娥は思い出していた。
「貴方の事は必ず豊聡耳様に伝えるわ。出来れば会いに行ってあげるようにも言っておきます。そこから豊聡耳様の道に並べるかは貴方の頑張り次第。私は影から見守っているからね」
「は、ハイッ!」
 驪駒は潑剌とした大声で返すと、振り返って袿姫を睨みつけた。
「いずれお前たちを追い出し、畜生界は私の剄牙組の支配下になるだろう。それまでは暢気に埴輪でも彫っているがいい!」
「ふん、人としても組織としても未熟なお前たちに負けるものか。組員の統率が出来てから大言を吐くのだな」
 都合の悪いことは馬の耳に念仏。驪駒は磨弓の言葉を羽ばたきでかき消し、高笑いで飛び去っていくのだった。
「大師匠ォォォ……! 次は剄牙組にも遊びに来てくださいねぇぇぇ……!」
 驪駒は最後まで大声だった。
「悪い子じゃないのだろうけど、やっぱり豊聡耳様の馬よねえ。私は関係ないけど何だかご免なさいね」
「本当に関係ないのかしらねえ。お前の生き様って畜生道そのものじゃない。お前が弟子にした教育の賜物かもよ?」
 私は知りませ~んと言わんばかりに青娥は口笛を吹く。やっていることが驪駒と全く一緒で磨弓は額に手を付いた。

「そうだわ埴安様、終わったら何かを貰えるという話でしたよね?」
 青娥は手をポンと打ち、現金に目をきらきらと輝かせる。
「ああうむ、忘れてなかったのね。何を望む? 埴輪か、剣か、等身大の青娥フィギュアなんてのも作れるよ」
「欲しい!」
 芳香がフィギュアの部分で盛大に反応した。それも悪くはないが、神子や屠自古が見たら邪心像呼ばわりでもして速攻で叩き割りそうな気がする。なのではしゃぐ芳香を制して青娥は戦いの最中に思い付いた案を述べた。
「先程の磨弓さんが持っていた勾玉、あれと同じ物は用意できますか?」
「ええー!?」
 芳香が盛大に落胆したが、とりあえず放っておいて袿姫と話を進める。
「お目が高いね。あれは私の力を封じ込めた特別な勾玉なのよ。持っていれば先の磨弓と同じように特別な技を使えるでしょう。さあ、受け取りなさい」
 袿姫は首飾りにしていた藍色の勾玉を一つ取り外して握り、念を込める。ぼんやりと燐光が宿った勾玉を、青娥は両手で大事に受け取った。
「フィギュアも作っておくから、完成したらまた来なさいね」
「いいのかー!? サンキュー神様ぁ!」
「良いってことよ」
 袿姫と芳香がサムズアップを交わし合う。
「はあ、また来るんですか……」
 青娥を横目で見て磨弓はげんなりと肩を落とした。またバトルにはならないと思うが毎回疲れるやり取りは勘弁だ。
「今度はちゃんと普通に来るわ。毎回クロちゃんがあのテンションで来るかもしれないって思ったらお忍びにせざるを得ないもの」
「そうしてください。私だって最初からそうだったらもっと友好的に案内していたのですから」
「あらあら、友好的かもしれないけど社交辞令なお付き合いしかしてくれなかったんじゃない? 今は何の遠慮もないでしょう?」
「まさか、その為に無礼を働いと……?」
 磨弓はあんぐりと口を開けた。壁を取り払うために泥棒をしてくる奴がいるなんて、そんな人間は前代未聞だ。いや、磨弓が思い返してみればこの前来た三人だって最初の出会いは最悪そのものだった。まず殴り合う、次に酒を飲む。幻想郷に住む者の友好手段は大体このパターンだ。磨弓も幻想郷に関わってしまった以上は嫌でもそれを思い知ることになる。
「これもこの世界の理なのですか……来てもいいですけど、次は地上のお土産の一つでも持ってきてくださいね」
 青娥はウインクを飛ばした。磨弓は不安しか感じなかった。

 ◇

「何というか、何だったんでしょうね、あの人達」
 青娥達が満足そうに帰っていったのを見届けると、磨弓はぽつりと呟いた。
「覚えておくといいわね。ああいう人間が死んだら畜生道に堕ちるのよ」
「死んだらここに来るんですか……」
 せめて自分達が畜生界にいる間は死なないでほしいと磨弓は強く願うのだった。人間霊だとしても畜生霊になっていたとしても非常に面倒な存在になりそうだ。
「磨弓はお気に召さなかったかな? 私はああいう輩は嫌いじゃないよ。私が生まれた頃の原始的な人間はあんな感じだったからね」
「つまり、動物的だったんですね」
 自分が生きることしか考えず、その為に他者から奪う行為を当たり前にする。それが畜生だ。人と畜生の違いは何なのか。それは同じ組織に属するならば見知らぬ相手の事すらも慮って行動できるかだ。
「……実のところ、そこまで嫌いではありません。無秩序のようで自分なりのルールが有るようには感じました。正道の人物ではありませんが外道でもない、邪道を行くから邪仙なのでしょう」
 蛇の道でも道は道。曲がりくねっていても青娥は青娥なりに道の上にいる。得てしてそういう道は草木を踏み倒して作られるものだが。
「いろんな人間を知る勉強になったなら何よりだけど、でもあんな人を参考にしちゃいけないよ。あれを反面教師にして、磨弓はもっと謙虚に生きなさいね」
 袿姫は偶然にも青娥の愛弟子と全く同じ事を言うのだった。青娥に会った者は大抵が同じ感想を抱く。悪戯猫の責任者みたいな扱いをされている当の愛弟子こと聖徳太子も、またどこかで青娥が迷惑をかけているのではと心配をしているだろう。
 その頃、謎のくしゃみに襲われていた青娥は、灼熱地獄温泉の鬼達の目を盗んで厚かましく羽休めをしているのだった。
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あとがきで「ああ!」となりました。面白かったです。
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しょっぱなから青娥に振り回される磨弓にw 全体にテンポよく畜生界らしいギスギスした中でもどこか良いノリにもw あと芳香カワイイw 驪駒に解説付き合わされる吉弔にもw でした♪ 
9.100終身削除
青娥のどうやってもどうしようもない感じも袿姫の威厳もあるけど割と融通もききそうな感じも戦わされた2人のそれぞれ背負ってるものもそれぞれに魅力があって映っていて良かったと思います 吉弔と驪駒のちょくちょく入ってくる解説も何だか板についててとても面白かったです