その日は朝から夜だった。
しかし、普段から時間の概念がない秋姉妹の二人は、そんなことは知るよしもなく。
「姉さんおはよー」
穣子が寝ぼけ眼で囲炉裏へやってくると、静葉は涼しい顔で告げる。
「まだ夜よ」
眼をこすりながら穣子は、大きなあくびをする。
「そっか。んじゃも少し寝るわ。寒いし」
「そ。おやすみ」
穣子はきびすを返すと、自室へ帰っていった。
数刻後、再び穣子がやってくる。
「姉さんおはよー」
静葉は涼しい顔で告げる。
「まだ夜よ」
「結構寝た気がしたけど……じゃ、も少し寝るね」
再び穣子は自室へと消えていく。
更に数刻後。
「ねえさん、おあよー」
「まだ夜よ」
「なんかもう十分寝た気がするんだけど」
「外見てご覧なさい」
首をかしげていた穣子は言われるまま外を見る、確かに暗かった。
「夜ね」
「夜でしょ」
穣子は納得したようにうんと頷く。
「でももう眠くないし起きるー」
そう言うと穣子は、囲炉裏のそばへ胡座をかいて座る。
「ところで、姉さんは何してたの」
「火を見てたのよ」
「火?」
「そう。囲炉裏の火の揺らぎを見つめていたの」
「そんなことして何が楽しいのよ」
「こうして火の揺らぎを見ていると、段々と精神が統一され、感覚が研ぎ澄まされていき、自然に私が神としてなすべき事、そして、この山における自分の立ち位置。果ては幻想郷の行く末なんかを、ぼんやりと考えられるようになってくるのよ」
「……よーするに暇って事ね」
「そうね」
そう言って静葉は、にやりと笑みを浮かべる。
穣子は気怠そうに、頬杖をつく。
「ほら、暇なら穣子も眺めてみるといいわ」
「嫌よ。そんな根暗っぽいことしても面白くないし。それなら囲炉裏で焼き芋作った方がまだマシだわ」
「本当、穣子は花より団子ね」
「そう言う姉さんだって美味しいもの好きでしょ」
「それはもちろんよ。美味しいものは心を豊かにするもの」
「でも、火は美味しくないでしょ」
「そうね」
「なら、火よりイモの方がいいじゃない」
「その理屈はおかしいわよ」
「なんでよ」
「だって火はそもそも食べ物じゃないわ。火を食べるなんて火の神様くらいじゃない。でもイモは違うわ。イモは誰でも食べられるでしょ。食べ物だもの」
「私は愛でるときもあるけど」
「あなたは例外よ。だって――」
「あー先に言っておくけど芋の神様じゃないからねー」
「ええ知ってるわ。焼き芋の神様でしょ」
「なんでそんな限定的なのよ!? トイレの神様くらい限定的だわそれ」
姉との身のない会話に疲れた穣子は、ふうとため息をつくとちらりと外を見る。まだ暗いままだ。
「姉さん。まだ朝来ないみたいなんだけどー」
「そのうち明けるわよ」
「そうかしら」
「そうよ。止まない雨などない。明けない夜はない。幻想郷の夜明けは近いわ」
「まー別にいいけどさー。朝になってもやることないし」
そう言って穣子はごろんと横になる。
ふと、静葉が告げる。
「そういえば思い出したんだけど、昨日はお天道様が西から昇って東に沈んでたわね」
「はぁー? 何それ。姉さんの見間違いなんじゃないの?」
「そんなことないわ。私は一度見たことは忘れないもの」
「ふーん。じゃあ、昨日の文さんの新聞の見出し言ってよ」
「もちろん覚えてるわ。『怪奇! 夜歩く埴輪人間出現!?』ね」
「ふーん。じゃ、その前の日は?」
「『衝撃の事実! 雪不足はレティが風邪を引いたせいだった!?』だわ」
「じゃ、その――」
「『里激震! 寺子屋爆発事件!』」
「ぶー! ハズレー」
「あら、どうして?」
「その日は休刊日でしたー」
そう言うと穣子は、にやっと笑みを浮かべる。
静葉も不敵な笑みを浮かべて告げる。
「というか、そもそも穣子はいつも新聞まともに読んでないじゃない」
「必要ないもーん」
「だからいつまで経ってもイモっぽいのよ」
「余計なお世話よ!」
「もう少し幻想郷のこと学んでみたらどうなの」
「嫌よ。面倒くさい」
「だから鈍くさいのよ」
「そんなことより、うどん食べたい」
「だからうどんくさいのよ」
「うどんくさいって何よ。どんなにおいよそれ」
「そうね。ほのかな小麦粉のにおいとか、だしの効いたつゆのにおいとか」
「まーた適当なことを言って……」
そう言って穣子は、はぁとため息をついて外を見る。まだ暗い。
「ねえ、いくら何でも長過ぎない? 夜」
「そうね」
「なにかあったのかしら」
「きっと夜さんが朝さんを陥れたのよ。そしてこうやって幅をきかせているんだわ」
「……昼さんはどうしたのよ」
「そうね。昼寝でもしてるんじゃないかしら。昼さんは昼寝が趣味なのよ」
「ずいぶん怠惰ね。そいつ」
「どこでも横になれば3秒で眠れるのよ」
「あのさー。思いつかなかったからって、いくらなんでも適当過ぎない? さっきっから何よ。朝さんとか昼さんとか」
「え、まさか、穣子知らないの? 朝の神様と夜の神様よ?」
「あっ、えっ、神様のことだったの……? さん付け呼びだったからすぐ思い浮かばなかったわよ! もう。早く言ってよ! っていうかそれ本当だったらかなり大事じゃない!? 神様同士の喧嘩って異変って奴じゃ」
「大丈夫よ。なんにせよいずれにせよ解決するから」
そう言って静葉はにこりと笑みを浮かべる。
その更に数刻後、ようやく二人の家に朝日が差す。
後日、新聞には、巫女によって異変が解決されたことを伝える記事が載っていた。
「ね。私の言ったとおりでしょ。 なんとかなるって。異変だからって慌てる必要なんてないのよ。大抵は私たちとは無関係なんだから」
「まぁ……たしかにそうなんだけど……姉さんはいいの? それで」
複雑そうな表情を浮かべている穣子に、静葉は笑みを浮かべて告げる。
「これでいいのよ」
しかし、普段から時間の概念がない秋姉妹の二人は、そんなことは知るよしもなく。
「姉さんおはよー」
穣子が寝ぼけ眼で囲炉裏へやってくると、静葉は涼しい顔で告げる。
「まだ夜よ」
眼をこすりながら穣子は、大きなあくびをする。
「そっか。んじゃも少し寝るわ。寒いし」
「そ。おやすみ」
穣子はきびすを返すと、自室へ帰っていった。
数刻後、再び穣子がやってくる。
「姉さんおはよー」
静葉は涼しい顔で告げる。
「まだ夜よ」
「結構寝た気がしたけど……じゃ、も少し寝るね」
再び穣子は自室へと消えていく。
更に数刻後。
「ねえさん、おあよー」
「まだ夜よ」
「なんかもう十分寝た気がするんだけど」
「外見てご覧なさい」
首をかしげていた穣子は言われるまま外を見る、確かに暗かった。
「夜ね」
「夜でしょ」
穣子は納得したようにうんと頷く。
「でももう眠くないし起きるー」
そう言うと穣子は、囲炉裏のそばへ胡座をかいて座る。
「ところで、姉さんは何してたの」
「火を見てたのよ」
「火?」
「そう。囲炉裏の火の揺らぎを見つめていたの」
「そんなことして何が楽しいのよ」
「こうして火の揺らぎを見ていると、段々と精神が統一され、感覚が研ぎ澄まされていき、自然に私が神としてなすべき事、そして、この山における自分の立ち位置。果ては幻想郷の行く末なんかを、ぼんやりと考えられるようになってくるのよ」
「……よーするに暇って事ね」
「そうね」
そう言って静葉は、にやりと笑みを浮かべる。
穣子は気怠そうに、頬杖をつく。
「ほら、暇なら穣子も眺めてみるといいわ」
「嫌よ。そんな根暗っぽいことしても面白くないし。それなら囲炉裏で焼き芋作った方がまだマシだわ」
「本当、穣子は花より団子ね」
「そう言う姉さんだって美味しいもの好きでしょ」
「それはもちろんよ。美味しいものは心を豊かにするもの」
「でも、火は美味しくないでしょ」
「そうね」
「なら、火よりイモの方がいいじゃない」
「その理屈はおかしいわよ」
「なんでよ」
「だって火はそもそも食べ物じゃないわ。火を食べるなんて火の神様くらいじゃない。でもイモは違うわ。イモは誰でも食べられるでしょ。食べ物だもの」
「私は愛でるときもあるけど」
「あなたは例外よ。だって――」
「あー先に言っておくけど芋の神様じゃないからねー」
「ええ知ってるわ。焼き芋の神様でしょ」
「なんでそんな限定的なのよ!? トイレの神様くらい限定的だわそれ」
姉との身のない会話に疲れた穣子は、ふうとため息をつくとちらりと外を見る。まだ暗いままだ。
「姉さん。まだ朝来ないみたいなんだけどー」
「そのうち明けるわよ」
「そうかしら」
「そうよ。止まない雨などない。明けない夜はない。幻想郷の夜明けは近いわ」
「まー別にいいけどさー。朝になってもやることないし」
そう言って穣子はごろんと横になる。
ふと、静葉が告げる。
「そういえば思い出したんだけど、昨日はお天道様が西から昇って東に沈んでたわね」
「はぁー? 何それ。姉さんの見間違いなんじゃないの?」
「そんなことないわ。私は一度見たことは忘れないもの」
「ふーん。じゃあ、昨日の文さんの新聞の見出し言ってよ」
「もちろん覚えてるわ。『怪奇! 夜歩く埴輪人間出現!?』ね」
「ふーん。じゃ、その前の日は?」
「『衝撃の事実! 雪不足はレティが風邪を引いたせいだった!?』だわ」
「じゃ、その――」
「『里激震! 寺子屋爆発事件!』」
「ぶー! ハズレー」
「あら、どうして?」
「その日は休刊日でしたー」
そう言うと穣子は、にやっと笑みを浮かべる。
静葉も不敵な笑みを浮かべて告げる。
「というか、そもそも穣子はいつも新聞まともに読んでないじゃない」
「必要ないもーん」
「だからいつまで経ってもイモっぽいのよ」
「余計なお世話よ!」
「もう少し幻想郷のこと学んでみたらどうなの」
「嫌よ。面倒くさい」
「だから鈍くさいのよ」
「そんなことより、うどん食べたい」
「だからうどんくさいのよ」
「うどんくさいって何よ。どんなにおいよそれ」
「そうね。ほのかな小麦粉のにおいとか、だしの効いたつゆのにおいとか」
「まーた適当なことを言って……」
そう言って穣子は、はぁとため息をついて外を見る。まだ暗い。
「ねえ、いくら何でも長過ぎない? 夜」
「そうね」
「なにかあったのかしら」
「きっと夜さんが朝さんを陥れたのよ。そしてこうやって幅をきかせているんだわ」
「……昼さんはどうしたのよ」
「そうね。昼寝でもしてるんじゃないかしら。昼さんは昼寝が趣味なのよ」
「ずいぶん怠惰ね。そいつ」
「どこでも横になれば3秒で眠れるのよ」
「あのさー。思いつかなかったからって、いくらなんでも適当過ぎない? さっきっから何よ。朝さんとか昼さんとか」
「え、まさか、穣子知らないの? 朝の神様と夜の神様よ?」
「あっ、えっ、神様のことだったの……? さん付け呼びだったからすぐ思い浮かばなかったわよ! もう。早く言ってよ! っていうかそれ本当だったらかなり大事じゃない!? 神様同士の喧嘩って異変って奴じゃ」
「大丈夫よ。なんにせよいずれにせよ解決するから」
そう言って静葉はにこりと笑みを浮かべる。
その更に数刻後、ようやく二人の家に朝日が差す。
後日、新聞には、巫女によって異変が解決されたことを伝える記事が載っていた。
「ね。私の言ったとおりでしょ。 なんとかなるって。異変だからって慌てる必要なんてないのよ。大抵は私たちとは無関係なんだから」
「まぁ……たしかにそうなんだけど……姉さんはいいの? それで」
複雑そうな表情を浮かべている穣子に、静葉は笑みを浮かべて告げる。
「これでいいのよ」
凄く読みやすくてほんわかとしました。