Coolier - 新生・東方創想話

狐独のグルメ 番外編 「三途の川のモツ鍋と焼きおにぎり」

2020/01/18 08:46:25
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「……寒い」

 寒風吹きすさぶ、年の瀬の三途の川。私、八雲藍は身体の芯まで凍らせるような風に身を竦めながら、川のほとりをとぼとぼと歩いていた。
 誤解のないように申し添えておくが、死んだわけではない。九尾の妖狐たるこの私がそう簡単に死ぬはずがない。死んでもいないのに、どうして三途の川なんぞにやってきたかと言えば、例によって例のごとく、主の気まぐれな一言が原因である。

『三途の川の古代魚が食べたいわ』

 これ自体は別に、紫様から申しつけられる雑用としては至極簡単な部類のものである。三途の川の古代魚なら、中有の道で買えるのだ。魚だから橙も喜ぶ。他の買い物がてら、さっそく中有の道へ足を伸ばしたのであるが――。
 品切れ、の一言には抗いようもない。物理的に売っていないものは買えないのである。参ったなと肩を落としていると、見かねた店主が「三途の川に行って、ウチに古代魚を卸している牛鬼に直接頼んでみてはどうか」と親切にもアドバイスしてくれたのだ。
 というわけで、私はこの寒空の下、三途の川で幽霊気分を味わっている。
 風を遮るものもなく、そもそも生きているものの気配もほぼない三途の川の体感温度は、活気に満ちている中有の道とは一桁違う。まあ、人妖霊が入り乱れてワイワイやっている中有の道が特殊なのであって、白玉楼のように、死者の世界とは本来こういう静謐なものである。風が止めば、生活臭に汚されることもなく凛と澄んだ冬の空気が胸に満ちてくる。感受性の豊かな者であれば、死者の渡る川を前に、厳粛な気分で己の生と死について哲学的な思索にふけりたくもなろう。

 ――だが、それはそれとして、寒い。

 私は身を震わせて首をすくめる。己の感受性が摩耗しているとは思いたくはないが、そもそも己の生や死について深く考えるというのは、結局は無知ゆえの想像力過多というものであろう。死んだら死神に船で運ばれて、閻魔の裁きを受けるというのが自明の事実である。未練を残せば西行寺幽々子様のように亡霊になるし、罪を重ねれば地獄行きだ。私も昔はいろいろとやんちゃをしたものだから、もし閻魔に裁かれれば地獄行きだろうか。それが嫌ならうっかり死なないように気を付けるほかないし、死が不可避になったらせいぜい温情判決を貰えるように悔い改めて身を慎むだけである。
 そんないつ来るかわからない先のことより、今はこの骨身に染みる寒さと、首尾良く古代魚を牛鬼から購入できるかどうかが問題なのだ。現実の方に頭を切り替え、私は周囲を見回す。三途の川など、せいぜい新地獄に足を運ぶときぐらいしか用がないから、地理には不慣れだ。船頭の死神がいれば案内を請いたいところであるが、あいにく姿が見当たらない。中有の道あたりでサボっているのか、それとも今まさに川で舟を漕いでいるのか。
 やれやれと吐いた白い息も、冷たい風に流されて瞬く間に消えていく。ああ、心まで寒くなってきた。こういうときは鍋が食いたい。熱々の鍋を紫様と橙と囲んで……。猫舌の橙にふーふー冷ましてやりながら……。
 しまった、想像したら余計に寒さが身に染みる。おまけに腹まで減ってきた。いかんいかん、しっかりしろ八雲藍。とにかく牛鬼を探して古代魚を手に入れなければ。まさかいつぞやの魔女のように尻尾の毛をむしられることもあるまい。
 気合いを入れ直して歩き出す。――と、何やらはしゃいだ声が聞こえてきた。三途の川には似つかわしくない、楽しげな声。何だろう。興味を引かれ、私はそちらに足を向けた。








時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たすとき、つかの間、彼女は自分勝手になり、自由になる。
誰にも邪魔されず、気を遣わずにものを食べるという、孤高の行為。
この行為こそが、人と妖に平等に与えられた、最高の“癒し”と言えるのである。





狐独のグルメ 番外編

「三途の川のモツ鍋と焼きおにぎり」









 死んだ子供の霊は、賽の河原で石を積んで親を供養する。積んでも鬼に崩されて、永遠に石積みを繰り返すことになる――というのはよく知られた俗説で、実際のところこの三途の川に鬼はいない。子供の霊が石積みをしているのは事実だが、それは川を渡れない子供の霊が、努力すれば憐れんでもらえると思って続ける不毛の努力に過ぎない。――というのは、この川で船頭をしている死神から聞いた話だ。
 いずれにせよ、哀れな話である。不憫なものだと思っていたのだが。

「第2354回、賽の河原石積みコンテスト、始めるよー!」

 何やら、三途の川の石積みの様子は、死神から聞いたものとは随分と違っていた。子供の霊たちが集まって、ワイワイガヤガヤと楽しそうに石を積んでいる。とにかく高く高く石を積もうとしている霊があれば、何やらサイケデリックな積み方をして前衛芸術めいた石の塔を作っている霊もいる。挙げ句には石を並べて地面に絵を描いている霊や、石を手に踊っている霊もいる。石積みとはいったい。親の供養はどこへいった。

「……なんだこれは」
「あら、どちら様?」

 思わず呟いた私に、石積み集団の中心で霊たちをまとめているらしい少女の霊が振り返った。福耳をした白い髪の少女は、「狐? え、畜生界の動物霊ってやつ?」と首を傾げる。

「あいにくだが死んでない。君たちは何をしているんだ?」
「何って、見ての通りの石積みコンテストよ!」

 積み重ねた石に腰を下ろした少女は、その手元に積み上げた石の山を示してドヤ顔で胸を張る。見れば、少女が積んだ石の山は立派な船の形をしていた。器用なものだ。

「戎瓔花最新作、えびす様の宝船!」

 宝船だったのか。三途の川の渡し船かと。

「……君たちは水子や幼子の霊だろう。賽の河原の石積みは今はこんなのなのか?」
「こんなのって何よ。死神さんが言ってたの、自分を憐れんで間違った努力をしても不毛だって。親の供養のために石を積んだって川は渡れないって」
「サボり魔の死神にか?」
「そうそう、いつもそのへんで昼寝してるお姉さん。だからね、私たちは石積みを楽しむことにしたの! 辛く苦しく石を積んでも川を渡れないなら、明るく楽しく石を積めば、いずれ川を渡れるはず!」

 ――はて、死神の言ったことはそういうことなのだろうか?
 何かこの子供の霊たち、努力の方向性が間違ってはいないだろうか。

「というわけで狐さんも石積みしない? 楽しいよ」
「いや、私は三途の川を渡るつもりは当分ないんだが」
「いいからいいから。この賽の河原石積みコンテストのコンセプトは《自由》! 常識に囚われない新しい石積みをみんなで考えてるから、生きてる狐さんが石を積むのはコンテストの趣旨にピッタリよ!」

 それで石で前衛芸術を作ったり絵を描いたりしている霊がいるわけか。自由というより単なる無秩序のような気がするが。首を捻りつつ周囲を見回す。

「石積みに参加していない霊もいるようだが、あれは観客か?」
「違うよ。あれは今回の石積みエントリーナンバー72番、作品名《石を積まない》」
「……あっちのひたすら穴を掘ってる霊は?」
「エントリーナンバー327番《マイナス石積み》。下に向かって石を積んでるの」
「あの十人ぐらいの霊で組み体操してるのは?」
「エントリーナンバー104番《石に積まれる》。今回は人数を前より増やしてチャレンジ中」
「……本を抱えてる霊がいるが」
「エントリーナンバー726番《積ん読》。積むのは石じゃなくたっていいシリーズだね」

 哲学か。なんというかこう爛熟して進化が行き詰まったジャンルのようである。

「まあでもああいう変化球も最近弾切れだから、今は一周回ってまた純粋な石積みの高さや芸術性を追求する方が人気かなー」
「賽の河原業界はいつの間にそんなことになっていたんだ」
「子供の流行のサイクルは速いんだよ! ついていけないのは老人になった証拠!」
「ぐふっ」

 グサッと刺さる言葉である。私のように歳を取ると1年などほんの一瞬に過ぎない。瞬きする間に5年や10年はすぐ経ってしまう。数学は何千年経とうが数学のままであるし、紫様の式としての生活も5年や10年では何も変わらないが、副業の作家や書評家としては5年10年ぼやぼやしていたら、こののんびりした幻想郷でも流行り廃りに取り残されてしまう。古びた感性にしがみつく老害にはなりたくないものだ。

「どれ、それじゃあ私が九尾の石積みを見せてやろう」

 たまには最先端の子供の流行に付き合ってみるのも悪くない。賽の河原の石を積んで高さや芸術性を競うと口で言うだけなら単純な競技だが、ひとつとして同じ形のない石を精密なバランスで積み上げる作業には数学者としての血が騒いだ。八雲の式の頭脳を見せてやろうではないか。腕まくりして、私は子供の霊に混じって石を拾い集め始めた。



 2時間後。

「どうだ! 完成したぞ!」

 目の前に完成した石積みの像に、私は満足して頷いた。賽の河原の石を精密無比のバランスで積み上げた、等身大の橙の像である。我ながら、ただの積み上げられた石とは思えない再現度だ。見よこの二本の尻尾の曲がり具合のバランス。石の色の違いを駆使して作った表情もいい出来だ。無論本物の橙のかわいらしさには到底及ばぬにせよ、なかなかの再現度と言えよう。
 八雲の式の名に恥じぬこの芸術的な石積みに、賽の河原の子供たちからも歓声が――。
 上がらない。な、何故だ。
 慌てて私が周囲を見回すと、既にそこは閑散としていた。積み上げられた石の塔や像や絵はそのまま捨て置かれ、子供の霊たちは三々五々、どこかへ散ってしまっている。

「あれ、狐さん、まだやってたの?」

 と、先程の水子の霊――戎瓔花といったか。瓔花が私に気付いてそう声をあげた。彼女ももう石を積むのをやめて、三途の川で足を洗っている。

「……みんなどこへ行った?」
「え? 今日の石積みコンテストはとっくに終わったよ? みんな解散しちゃったよ」
「………………」
「私が今日はここまでって言ったのに、狐さん全然聞いてないんだもん」
「…………………………」
「あ、でもその猫の像はいい出来だね。明日のコンテストまでそのままにしておくね」

 私は、その場に膝をついて失意体前屈するより他になかった。
 何をやっているのだ私は……。ずーんと落ちこんでいると、不意に何やら良い匂いが鼻腔をくすぐった。はて、こんな三途の川には似つかわしくない食べ物の匂い。なんだ、寒さに加えて腹も減ってきて幻覚でも見ているのか。
 ああ、それにしても、この2時間の無為のせいで余計に腹が減った――。

「うん? なんだ、今日の石積み大会はもう終わっちまったのか」
「あ、うるみん!」

 聞き覚えのない何者かの声に、瓔花が答える。私が顔を上げると、何やら片手に湯気を立てる巨大な鍋、もう片方の手に石の赤子を抱えた女がこちらに歩いてくるところだった。白黒の髪から生えた角を見る限り――あれは、話に聞いていた牛鬼では?

「なんだ、寒いだろうからって鍋を作ってきてやったのに」
「お鍋! みんなー、うるみんがお鍋作ってきてくれたってー!」

 瓔花が声をあげると、どこからともなくわーっと子供の霊たちがまた集まってきた。

「瓔花、鍋の置き場を作っておくれ」
「あいあいさー!」

 瓔花が手早く石を積む。牛鬼はそこに鍋を下ろした。巨大な鍋の蓋を取ると、その場にぶわっと白い湯気とともに、食欲をそそる味噌の匂いが広がる。――な、なんという食欲の暴力。私も思わずふらふらとそちらに引き寄せられた。

「ほら、たくさんあるからみんな順番にお食べ」

 わーい、と子供の霊たちから歓声が上がる。牛鬼はどこからともなく器を取りだして、鍋の中身を子供の霊たちに取り分け始めた。まるで炊き出しである。ああ、何の鍋だか知らないが、この匂いは犯罪的だ。腹が減りすぎて目が回りそうだ。

「うん?」

 私の存在に気付いて、牛鬼が眉を寄せる。

「生身の妖怪じゃないか。こんなところに何の用だ?」
「この狐さん、石積みコンテストに飛び入り参加してたんだよ。時間切れ失格だけど」
「なんだ、瓔花の知り合いか。あんたも食べるかい?」

 牛鬼がそう言って、鍋の中身を器によそって私へと差し出した。この味噌の匂いの前には、断るという選択肢は始めから存在しない。ありがたく器と箸を押し頂く。
 器の中には味噌の色をした汁。その中に、くたくたに煮込まれたニラとキャベツ、ネギともやしが浮いている。それから――味噌の海の中に点々と浮かぶ白く柔らかい小島。輪切りの唐辛子が、やや色彩に乏しい器の中にさりげない彩りを添えている。
 これは……なんと、モツ鍋ではないか。子供たちに振る舞う炊き出しとしてはずいぶん渋いが、しかしこの寒さの中、なんと心惹かれるメニューだろう。寒空にモツ鍋。砂漠のオアシス、夜の山小屋の灯りに匹敵する救済の象徴と言わざるを得ない。
 ああ、もう限界だ。この寒風吹きすさぶ三途の川、ぼやぼやしていたらせっかくのモツ鍋が冷めてしまう。いただこう。

「――いただきます」

 箸を手に取り、私はさっそく器の中のキャベツとニラを口に運んだ。はふはふ、ほっほっ、おお、熱い熱い、美味い美味い。白味噌の優しい味がしっかりと染みこんだキャベツが、口の中に心地よい熱を分け与えてくれる。五臓六腑に染み渡る温かさだ。このくたくたのニラがまたいいんだよな。ずず、と汁を啜る。ああ、味噌の味とニラの風味と、鍋になるとどうしてこんなにも調和するのだろう。もやしとネギがシャキシャキ感を添えていいアクセントだ。
 さて、モツの方はどうだ。白いモツを箸でつまんで口に運ぶ。噛みしめた瞬間、口の中でモツがほろりと溶けた。おお、なんといいモツだ。口の中で雪のように溶けて旨味がじわっと滲みだしてくる。これだよこれ、この溶けるように柔らかいモツこそ鍋の神髄だよ。素晴らしい。焼肉のホルモンが苦手な子供でも、このモツに頬がとろけない子はいないだろう。
 モツの脂っぽさを、キャベツが受け止め、ニラが独特の風味を添える。モツ、キャベツ、ニラの三位一体のトライアングルを支える、この白味噌の度量にはどれほどの賛辞の言葉を尽くしても足りない。味噌の味は全てを受け入れるとばかりに、母親の愛のような温かさで具材を包み込んでくれる。はふはふ、ずずっ。うう、なんだか美味すぎて泣けてきたぞ。
 ああ、しかし器に一杯だけでは全然足りない。すぐ空になってしまった器を見下ろしていると、牛鬼が「まだまだあるから好きなだけ食べな」とおかわりをよそってくれた。なんとありがたい。かたじけない。また新たなプリプリとしたいい艶のモツが白味噌の海に浮いている。たまらん光景だ。

「はふ、はふ」

 三途の川の畔で食べる、モツ鍋の温もり。生きる者の気配なく、物寂しく寒風の吹き抜ける川の光景が、モツ鍋ひとつでこれほど暖かくなるものか。ああ、この温かさは命の温かさだ。モツを喰らうということは命を喰らうこと。霊に振る舞われる命の味とはいささか逆説的だが、それを言ったら主の友人には健啖家の亡霊がおられる。命の温もりは生者も死者も等しく包み込むのだ。白味噌が全ての味を受け止めてくれるように。
 はふ、はふ、ずずずっ。ううん、滲みる。身体の芯から温まる。生者である私には、生きる活力が湧いてくるような味だ。死者である子供の霊たちは、どんな風にこの温もりを味わっているのだろう。

「お前、いい食いっぷりだな。これもどうだ?」

 と、顔を上げたところに、牛鬼が何かを差し出してきた。笹包みである。何だこれはと受け取って開くと、中から顔を出したのは、

「おお、焼きおにぎり!」

 こんがり香ばしく焦げ目のついた、ボリューム感ある焼きおにぎりである。これはありがたい。味噌の味でちょうど米が欲しくなってきたところだ。さっそくかぶりつくと、カリカリとした表面の焦げ目の中から、ほかほかの熱が口の中に溢れ出す。おお、はふはふ、熱い熱い。
 ずずっ、とモツ鍋の汁を啜る。ああ、米と味噌! これ以上望むべくもない黄金の組み合わせ! そこにこのプリプリとろとろのモツだ。これが米に合わない理由があろうか。いやない。米、モツ、味噌の新たなる三位一体がここに完成した。偉大なりお米。ああ、モツが米に合う、合うぞ! 素晴らしい!

「はむっ、はぐ、ずずっ、むぐ、むぐ、はぁ……」

 米が投入されて食欲がさらに加速する。モツ鍋と焼きおにぎり。飲み屋で食うならさらにもう二、三品欲しいところだが、こんな野外で食うならこれだけで十分な御馳走だ。この熱が、この温もりが何よりのおかずである。ああ、生命の愛! 死者の場所であるこの賽の河原に、三途の川に、命の温もりが満ちていく。生きるということは飯を食らうことだ。肉体は滅んでも、飯を食らう楽しみさえあれば、魂は生き続ける。幻想郷はそれでいいのだ。三途の川でも、地獄でも、冥界でも、飯を食えば皆、その瞬間は紛れもなく生きてここに存在している。素晴らしいことだと思わないかね。

「むぐ、むぐ……ずずずっ、ずずっ……はあっ、ふぁぁ……ごちそうさまでした」

 ああ、満足だ。手を合わせて生きとし生けるもの、死にとし死ねるものすべてに感謝する私に、瓔花が「食いしん坊な狐さんねー」と笑い、牛鬼が「やっぱり生身の奴はよく食うなあ」と呆れたように肩を竦めていた。



 結局、やはりあの牛鬼が、古代魚を中有の道に卸していたらしい。
 モツ鍋が美味すぎて危うく忘れるところだったが、本来の目的はそれである。牛崎潤美と名乗った牛鬼に頼んでみると、快く古代魚を一匹売ってくれた。ありがたい。モツ鍋の感謝を込めて色を付けた代金を渡すと、あちらも満足してくれたようである。
 さて、この古代魚、どう料理したものか。やはり鍋かな。骨まで使って出汁を取って……。
 古代魚をぶら下げながらその場を立ち去り、しばらく歩いて足を止め、私は来た道をふと振り返った。牛崎潤美の周囲に、戎瓔花ら幼子の霊たちが、母を慕うように集まって取り囲んでいる。潤美は少し困ったような顔をしながらも、瓔花らの頭を優しく撫でていた。楽しそうに何かを喋っている瓔花は、今日の石積みコンテストのことでも話しているのかもしれない。
 生まれることさえなかった水子の霊。生まれてまもなく召された幼子の霊。両親を供養するために積んでいた石は何やら楽しげな娯楽となり、石の赤子を抱いた牛鬼がそれを見守って、子供たちの世話を焼いている。
 それは、ひどく歪な光景なのかもしれないけれど――瓔花の頭を撫でている潤美の優しい表情には、あのモツ鍋のような、身体の奥まで染み渡るような温もりがあった。
 だとすれば、きっとそれでいいのだろう。モツ鍋は美味く、水子と幼子は楽しそうに笑っている。それ以上に大切なことなど、たぶんこの世にもあの世にもないのだ。
 あのプリプリのモツを食らえば、生者も死者も笑顔になる。
 ……そういえば、あのモツは何のモツだったのだろう?
 戻って牛鬼に確かめようかと思ったが、それも野暮な気がして、私は首を振った。

「――さて、我が家の大きな子供と小さな子供の面倒を見ないとな」

 私は視線を前に戻し、寒風に首をすくめながら、我が家への帰路を急いだ。
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あったかい……良かったです
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料理もそうなんですが道中の藍の考えた事とか見ている景色にも引き込まれるようで良かったです 風景も空気も寒そうで凍えてしまいそうな河原での水子達と牛鬼の鍋を囲いながらのやり取りに藍も飛び込みで混ぜてもらっているようでとても暖かくてほのぼのしました