Coolier - 新生・東方創想話

ビフテキキノコにご用心

2020/01/17 11:55:36
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 今、幻想郷は空前のダイエットブームだ。
 老若男女問わず、みんな痩せようとしている。

 特に痩せる必要もない人まで痩せようとしている。
 これぞまさに流行というものだ。
 
「そういうわけで穣子。秋神である我々もこのビッグウェーブに乗って何か一つ流行らしてみてはどうかしら」
「ずいぶんまた唐突ね……」
「だってそうしないと忘れ去られてしまいそうじゃない。ただでさえ私たちは出番少ないし」
「ま、姉さんはそうよねー。紅葉なんて地味なモノ司ってるから。私はほら、里の人たちとは切っても切れないもの司っているしー?」

 と、言って胸を張る穣子に静葉は告げる。

「……ああ、そういえばそうだったわね。芋の神様はやっぱ違うわね」
「誰が芋神だ!! この枯葉!」
「枯葉じゃないわ。静葉よ。静かなる葉で静葉……って、ほらほら、こんなところで不毛な争いをしても仕方ないわよ? 目立ちたかったらさっさと何か考えましょう」
「喧嘩ふっかけてきたのはそっちのような気がするけど……まぁでも一理はあるわね」
「分かってくれて嬉しいわ。流石、我が自慢の妹ね」

 よくもまぁ、思ってもいない事を次々と吐けるものだと、穣子は半眼で彼女を見つめるが、こうしていても話が進まないので、とっとと姉の要望に応えることにする。
 彼女は、食料倉庫から適当な食材を取り出しテーブルに置く。

 それは、ショッキングピンクのまさに衝撃的な色をした、大きく平べったい何かだった。

「穣子。これは何……?」
「キノコよ」
「またキノコなの? やっぱりあなたキノコの神様なんじゃないの? もしくは頭をキノコの菌でやられちゃったとか」
「違うわよ! キノコに乗っ取り完了なんてされるわけないでしょ。これにはちゃんと理由があるのっ!」
「って言うと?」
「キノコってそれ本体だけだとカロリーは、ほぼゼロに等しいって言うでしょ?」
「ええ、そうね」
「でも、大体のキノコって料理するでしょ?」
「ええ、そうね」
「でもそれだと、油とか他の食材でカロリー増えちゃうでしょ?」
「ええ、そうね」
「このキノコは生で食えるキノコなのよ! 生ならカロリー増えないもんね」
「ええ、そうね」
「さあ、というわけで早速試食ターイム!」
「ええ、そうね」

 話を聞いてるのか聞いていないのか、わからない姉を置いておいて、穣子は、その衝撃的な色合いのキノコに包丁を入れる。

 さくっと小気味よい音を立てて、それが真っ二つになると、たちまち切り口から赤い液がにじみ出てくる。さながら血のようだ。

「ねえ。穣子。なんか赤いのが垂れてきたんだけど、大丈夫なの……?」
「大丈夫。こういうキノコなの」

 穣子は、意に介する気配すらない。「それなら大丈夫ね」と、静葉はそれを口に入れた。

「……ふむ」

 さっくりとしたその歯ごたえはキノコと言うより果物に近い。そして、噛むたびに爽やかなキノコの風味が口の中を駆け抜けていく。

 ほう、これはなかなかと、彼女が思った次の瞬間。

「!?」

 突如主張してきた強い酸味に思わず口をおさえてしまう。
 口の中を、暴力的な酸っぱさに蹂躙されてしまった静葉は、思わず床をのたうち回ってしまう。

 そんな静葉の様子を穣子は、にやにやと笑みを浮かべて眺めている。
 どうやら彼女は、このキノコが酸っぱい事を知っていたうえで勧めたようだ。

 言わば、日頃のお返しと言ったところか。

「い、穣子……これ……」
「どう? このキノコはカンゾウタケと言って、生で食えるキノコとして有名なのよ。突き抜けるような爽やかな酸味が特徴で、一度食べたら癖になるって事で一部のマニアでは人気なの……って今、イモって言おうとしてたわよね? 絶対そうよね!?」
「違うわ……いもりこって言おうとしたのよ」
「もっとダメじゃん!?」
「……それはそうと爽やかな酸味って……穣子。このキノコは、このままじゃとても流行らないと思うわ。いくら何でも酸っぱ過ぎる」
「んー。同感ね。んじゃコンセプト変える?」
「と言うと?」
「ダイエット云々はとりあえず置いといて、このキノコを美味しく食べられる方法を探して、売り出すってのどう?」
「ふうん……」

 確かに見た目はインパクトある。上手く使えば料理の素材として十分使えそうだ。静葉はニヤリと笑みを浮かべる。

「ねえ、穣子。このキノコなんかの肉に見えない?」
「おお! 流石姉さん! その通り! これは別名ビフテキキノコとも呼ばれているの」
「ビフテキ。じゃあ、そのようにして食べてみましょうか」

 早速そのキノコを焼いてみる。こんがりと焼き上がる頃はショッキングピンクだったその色は赤黒く変わり果てていた。

「不気味ね」
「不気味ね。でも、ある意味肉っぽくなった気がしなーい?」

 暢気なことを言う穣子を尻目に静葉は、塩を少々振りかけその赤黒いのを口にする。

「……ふむ。歯ごたえはなくなっちゃったわね。代わりにキノコの風味がつよ………………」

 静葉は慌てて水を飲み干す。

「……やっぱダメだわこれ。酸味が……」
「姉さん! 諦めちゃダメよ! 諦めたらそこで試合が終わってしまうわ! 他の料理で試してみましょう! もしかしたら、酸っぱいのが取れるかもしれないわ!」
「……もう負けでもいいから試合終了したいんだけど」

 ◆

 その静葉の思いも空しく、数刻後テーブルの上には様々なカンゾウタケの料理が置かれていた。

「穣子。これを全部試すの……?」

 静葉は、呆れた様子でそれを眺めている。

「そーよっ! せっかく作ったんだから食べてよね!」

 もはや試食ではなく拷問である。しかし、せっかく作ったのを捨てるのも忍びないので静葉は片っ端から試食することにした。

「穣子。これは?」

 静葉が手に取ったそれは赤黒い汁で染まった肉のような何かだった。すかさず穣子は答える。

「カンゾウタケのおひたしよ!」

 恐る恐る静葉は口に入れ何回か咀嚼する。そして思わず顔をしかめた。

「じゃあ、姉さん次はこれ食べてよ。カンゾウタケのスープ」
「酸っぱい」
「カンゾウタケのまぜごはん!」
「酸っぱい」
「カンゾウタケのホイル焼き」
「酸っぱい」
「カンゾウタケの酢の物!」
「とても酸っぱい」
「カンゾウタケの――」
「酸っぱい」
「えーとこれは……」
「酸っぱい」
「ちょっと!? 食べる前から決めつけないでよ!」
「酸っぱい」
「……」
「酸っぱい」

 ◆

「……って、結局全滅しちゃったじゃない。どうしてくれるのよー!」
「私のせいじゃないわ。このキノコが悪いのよ。全くもう、あまりの酸っぱさに口の中が溶け落ちてしまいそうだわ」

 そう言いながら静葉は、何度も口の中を水でゆすいでいる。

「……よーし。こうなったら最後の手段よ!!」
「何する気なの?」
「神の力を使ってこの酸味を中和させてやるわ!!」
「…………へえ」
「あ、なによその虚無に満ちた顔」
「なんかもう、そこまでしてこのキノコにこだわる理由がなくなってきたと思って」
「何言ってんのよ! ここまで来たらやれるところまでやるしかないわ。敵前逃亡は死に等しい! やられる前にやれ! よ!」

 穣子ったら、また変な本でも読んだのね。と、思いながら静葉はとりあえず成り行きを見守ることにした。

「さあ! 赤き悪魔よ! 覚悟しろ! 偉大なる神の力をもってその邪悪なる酸味を中和して世界に平和をとりもどしてやる! くらえー! 穣子びーーーむ!! 豊穣神びーーむ!! おいもびーーーーーむ!!」

 などと、わーわー言いながら両手を広げ片足を立てた奇妙なポーズで彼女は念をキノコに送る。
 
 その姿を見て静葉は思わず「もう、この子の姉でいるのやめようかな……」と心の中で呟く。

「さ、姉さん! お待たせ! 無事、悪は滅びたわ! これで姉さんの口の中にも、安心と安全と世界の平和が訪れることでしょう!」

 と、穣子はすがすがしい表情でキノコを差し出す。
 取ろうとした静葉は思わず、その手を止める。

――果たしてこのキノコを食べて良いのだろうか。もし、この子が中和を失敗していたら、またあの悪夢のような酸っぱい地獄に突き落とされてしまうことになる。果たしてこの子を信用して良いのだろうか。そもそも、あんな変なポーズで念を送るだけで、酸味は取れるものなのか。いくら神様とは言え、彼女は元々はお芋の神様。キノコの毒の中和は専門外のはず。『生兵法は大怪我のもと』ということわざもあるし、もしかしたら――

「……ちょっと姉さん。全部丸聞こえなんだけど……誰がお芋の神様よ! 私は豊穣神なのっ!」
「あらあら。うっかり思ってることをしゃべっちゃってたみたいね」
「そう言って、わざとなんじゃないのー?」
「まさかそんな。優しい姉である私が、そんなことするわけないでしょう?」

 さらりと言い放つ静葉を、穣子はジト目で見やる。

「……でさー。食べるの!? 食べないの!?」
「そんな焼き芋みたいにふくれっ面しないで。食べるわよ。話的に私が食べる流れだし」

 と、言いながら静葉は仕方なさそうに、それを口に入れる。

「ふむ……」

 先ほどと同じようにサクサクという心地よい歯ごたえ。爽やかなキノコの風味。そして、あの厄介な酸味は、確かに跡形なく消えていた。
「あら、穣子。やるじゃない。美味しいわ」

 と、静葉が親指を立てながら穣子の方を向くと、彼女は「あーうー」と言いながら床に這いつくばっていた。

「どうしたの? キノコの菌にでも犯された?」
「ちがうー。うー……どうやら今ので神の力を使い果たしたみたい……カンゾウタケ……まれに見る強敵だったわ」

 そう言い残して穣子は、力尽きて眠り込んでしまう。

「……まったく。秋度の少ない冬に無茶なんてするから……」

 静葉は呆れ顔で、すうすうと寝息を立てる妹を見やる。

 それはそうとこのキノコである。酸味が取れるには取れたが、いちいち神の力を使って取り除いていたのでは効率が悪いし、何より身がもたない。

 「しかたないわね。こうなったら……」

 静葉はその真っ赤なキノコを抱えて家を出た。


 ◆

「……それで、私のところに来たって訳なのですかー……」

 まだ、営業開始前にやってきた闖入者にミスティアは、思わず困惑した表情を浮かべる。

「ええ。穣子の弔い合戦よ。居酒屋やってるあなたなら、このキノコの活用法を見つけてくれると思ってね」

 ミスティアは、「どれどれ」と、そのキノコを口に入れて咀嚼する。
「んぅーーーーーっ!!?」

 たまらず彼女は、それを流しに吐き出すと、急いで水を飲み干した。
「どう、お味はいかが?」

 にこっと笑みを浮かべて静葉が尋ねると、彼女は目に涙を浮かべて言い放つ。

「……うえぇ……静葉さんは、私を虐めに来たんですか……っ!?」
「滅相もないわ。あなたにお願いしに来たのよ」
「だって、これは完全にお酢ですよ! ビネガーですよっ! 私は今、お酢を丸飲みさせられたようなものですよ!!?」

 ミスティアは、まくし立てながら背中の羽をパタパタさせる。
 どうやら彼女は、興奮すると羽をパタつかせる癖があるようだ。

「好きな人は、この酸味がやみつきになるそうよ」

 と、静葉は涼しい顔で彼女に告げる。

「……また、ひどい食材持ってきてくれたものです」

 ミスティアは、そう言うとうんざりした顔でそのキノコを見やった。
「まあそう言わずに。料理のプロであるあなたなら、きっとこのキノコを素晴らしいモノにしてくれると信じてるわ。いつも美味しい料理を作ってくれるし」
「そんな、おだてられても……でも確かに味はともかく、歯触りは面白いかもしれませんね。これ」
「でしょう? だから、この酸味をなんとか出来れば、面白い食材になると思うの」
「……うーん。何か別の食材で薄めてみようかな」
「そんなこと出来るの?」
「ちょっと考えがあります。待ってて下さい」

 そう言ってミスティアは、その赤き悪魔を持って厨房へと消えて行く。
 しばらく経って彼女は、赤いサラダのようなものをお皿に盛って帰ってきた。

「それはなに?」
「まあ、とりあえず食べてみて下さいよ」

 言われるままに静葉はそれをつまんで食べてみる。それは甘みと酸味の調和が取れた、とても美味しい一品だった。

「なにこれ。美味しいじゃない」

 思わず驚きの表情を見せる静葉にミスティアは告げる。

「どうですかー? 我ながらなかなか良い感じになったと思います。これポテトサラダなんですよー。このキノコの酸っぱ味を中和させる為にジャガイモをすりつぶして混ぜてみたんです」
「へぇー。良くそんなアイデア思いつくものね。素直に感心するわ」
「えへへ……。前に同じように酸味の強い食材を生かすためにお芋を使ったことがあったので……」

 そう言いながら照れくさそうにミスティアは頬を染める。

 その様子を見ながら静葉は、やはり餅は餅屋だと思うと同時に、最初からこうしていれば、あんな酷い目に遭わなくて済んだのにと、強く強く思ったのだった。

 ◆

「……というわけで、無事あなたの敵は討ったわよ。穣子」
「……いや、別に私死んでないけど……」
「それにしても情けないわね」
「何がよ……?」
「あなたがイモのこんな有効活用法があったことに気づけなかった事よ。芋の神様なのに」
「だから私は豊穣神だっつーの!! いいかげんにしろ!!」
カンゾウタケ
スダジイの木に生える鮮やかな赤い色をしたキノコ。その見た目から外国では貧者のステーキとも言われており、生で食される事が多い。爽やかな酸味と歯ごたえが特徴的だが、好みは分かれる。現在、人工栽培の研究が進められていて、もしかしたら数年後には、家庭の食卓に並ぶ日が来る……かもしれない。
バームクーヘン
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
面白く楽しめました
4.100ヘンプ削除
すっぱそうなキノコを食べる静葉辛そう……ビームのところが可愛いです
5.90名前が無い程度の能力削除
茸食べたくなりました
7.100南条削除
面白かったです
キノコひとつで盛り上がっている秋姉妹が楽しかったです
8.無評価ペプチド削除
面白かったです!!
最近になってバームクーヘンさんの作品を読みはじめたので、新作が出て嬉しいです。
日常の会話シーンと食べるシーンがとても好きです。
9.80ペプチド削除
面白かったです!!
日常の会話シーンのテンポの良さと、キノコに関する知識量は凄いと思いました。
11.100モブ削除
読み終わって頭がよくなった気がする! 意外と神様たちもこうやって人間たちと同じように、自然と過ごしているのかもしれません。少し食べてみたいなあと正直に思いました。面白かったです。
12.60名前が無い程度の能力削除
ちょっと食べてみたいですね
14.100終身削除
ビフテキキノコってなんだろうと思ったんですけど相変わらずのこの姉妹らしい遠慮のないやり取りとキノコの豆知識が出てきて面白かったです 最後にここぞとばかりにイモが出てきて活躍してくれるのがこの2人の騒動の終わりにぴったりのように感じました
15.100名前が無い程度の能力削除
何もかも上手くいかなかった穣子の料理だったがミスティアの料理で蘇ったので、やはり穣子は芋神だと思った。また、穣子の料理を全て食したやさしい静葉の一面も見れた作品だった。