赤蛮奇はさも退屈そうに暇人の定型句を吐き出した。一人であれば「暇だな」の三文字は自身の空虚さを浮き彫りにするだけの、何の変哲もない三文字であることは間違いない。しかしこの場には三匹がいる。今泉影狼、わかさぎ姫に赤蛮奇本人を含めた三匹である。影狼の提案でわかさぎ姫を湖から連れ出すところまではよかったが、いかんせん、赤蛮奇は退屈だった。
赤蛮奇の心無い一言にうつむくわかさぎ姫の表情を察するよりもはやく、影狼は赤蛮奇を睨めつけていた。
「ご、ごめんなさい。そうよね、わたし、足がこんなだし。かけっことか、鬼ごっことか、かくれんぼとか、できないものね」
影狼は眉間のしわをそのままに、赤蛮奇から視線を外す。わたしたちは普段そんな遊びをしていただろうか。足の人魚なわかさぎ姫を乗せた車椅子の動きが止まる。わかさぎ姫が心配そうに影狼を見上げる。影狼はわかさぎ姫の視線に気が付くこともなく、煩悶を続けていた。
「おい影狼、さっさと押せよ。なにやってんだ」
ひどい物言いである。影狼はなにかポーチ的なものを持っていた。財布やら、なにやらなにやらが入ったポーチである。わかさぎ姫は種族的不随の故車椅子で押されていたが、それでも、財布くらいは持っていた。赤蛮奇は手ぶらだった。財布すら持ってきていない。ひどい物言いである。しかし影狼は脳内湧いた疑問の煙が払いきれない。
「ま、待ってよばんきちゃん。私たちって、いつもそんな遊びをしていたかしら。そんな遊びっていうのは、わかさぎ姫の言う、かけっことか、鬼ごっことか、かくれんぼとか! そういう遊び!」
赤蛮奇は立ち止まる二人を気にすることもなくずいずい前へと進んでいく。両手をぽっけに入れ、至極面倒かつ退屈そうな面持ちで歩いていく。赤蛮奇は不遜だった。
「してたよ、してたしてた」
影狼は一瞬の間硬直した。私たちが集まるといえば基本里だ、人間あふれる人里で、私たちは本当にそんな遊びをするのだろうか。些か不自然ではなかろうか。「あーあ、なんかおなか減ってきた。なんか食べたい気がする」
赤蛮奇の適当に動かす口ではっとして、影狼はようやっと歩き始める。
「じゃあ、なにか食べましょうか。姫はなにがいい?」
「わたし、わたしは。二人より里に詳しくないし、だから、その。二人がおすすめのところなら、どこでもいいかも」
影狼は考える。赤蛮奇と行く店なんて居酒屋ぐらいなものだった。居酒屋はだめだ。帰ったあと自宅で水泳をする者が今この場に存在している。酔った状態で泳ぐなんて危険すぎる。溺死をする。仮にその者に飲酒をさせなかったとして、居酒屋に入ってしまった以上、自分たちは当然飲む。酔った二人と素面の一人。味がすればいいだけの肴と、一飯にはさもしすぎる一品の数々。そんなのはだめだ! 影狼は眉をひそめて、おずおずと赤蛮奇に尋ねる。
「ばんきちゃん、あんたどっかある? おすすめの店」
赤蛮奇の歩くペースの速さといえばない。影狼のおずおずをぎりぎり聞き取れるかどうかの位置にいた。二人の前を歩く赤蛮奇は腕を組み、なにやら考え込んでいる様子でいる。ともすれば、影狼の声は届いたのかもしれない。
「でもなんか、最近食欲がない。……だけど、食べたいような気だけはするんだよな。……味、味か」
影狼の声は届いていなかった。先行して腕を組んではぶつぶつぶつぶつと独り言をやっている赤蛮奇に、二人はため息を吐く。うわなんか来た。ため息を吐く二人に、赤蛮奇は急に寄ってきた。
「ど、どうしたの。ばんきちゃん?」
「そうよ、きゅ、急に寄ってきたりして。姫が驚いてるじゃない」
赤蛮奇は相変わらずうつむき加減に腕を組んでいる。二人は赤蛮奇の小さくうなる口元に視線を送らざるを得ない。小さな唸りが収まれば、赤蛮奇はだしぬけに言った。「あのさ」
「食べ物ってさ、味だけで売っててくれればいいと思わない?」
そうは思わない二人だった。
工房に怒号が響く。あるわけないだろそんなもん。殺すぞ。雑然とした機械の山と畳の荒れ具合は、そこがまぎれもなく河城にとりの工房であることを指し示している。
「おい狼。それから魚。縁日を控えた河童の工房にこんな気狂いを連れ込むとはいい度胸じゃないか」
赤蛮奇は河童の言いように憮然とする。そこまでじゃねえし。
「そ、そんな。ばんきちゃんもそこまでではないと思います……!」
「そうよ、そ、そこまで言うことないじゃない」
憮然としているだけの赤蛮奇をよそにファンネルが飛ぶ。
「お、なんだよ。今日はそいつの味方をするのか」
意味不明な巨大マシンを起動させんとする河童の指にファンネル二機はたじろいだ。なぜ二人が気狂いのファンネルと成り果ててしまったのだろう。
――え、ない? ないかな。本当にないのかな。でもさ、ここって幻想郷じゃん? まずそもそもとして、外の世界のやつらから見りゃ私たちの存在がありえないわけじゃん。そんなありえないが普通の顔して存在できる幻想郷で、食べ物味の味が存在しないなんて言いきれるのかな。食べ物味の味とはなにかって、そりゃ、食べ物の味のする味だよ。味だけね。え、ない? ないかな。本当にないのかな。でもさ、ここって幻……え? 私たちにどうしろっていうの? そんなの、私が知るわけないじゃないか。影狼は影狼の考えがあるだろうし、姫だって同じだ。人はそれぞれ違うから。そうだろ?
理由は簡単だった。
「ま、待って。そのおおきな機械を起動させるのはやめて。なんだかこわい、わたしこわいの!」
「そうよ、や、やめなさいよ!」
今日の二人はちょっとしつこい。それほどまでに赤蛮奇のことを恐れていた。前述した赤蛮奇のセリフの最中、赤蛮奇はさもなんでもなさそうに、当然のことのような顔のままでいた。二人は赤蛮奇のなんでもなさそうな顔がこわかった。
「食い下がるなんて珍しいな。だけど後悔するぞ。この機械は買わせ君と言ってね。世界初の十六足歩行の自律型屋台ロボなんだ。屋台ロボといっても、これで物を売るわけじゃない。こいつはね、むしろ買うんだよ。まず、生体反応を見つけ次第声をかけるのさ。いらっしゃいませってね。それから、無言でじっと見つめる、相手がその手に持った縁日らしい食い物やおもちゃを明け渡すまで。そして受けとる。まいど、おおきにってな具合さ。そうして集まった品物を、私が売るんだ。どうだすごいだろう? おっと、私を攻撃しようとしたって無駄だよ。え? 攻撃しようだなんて思ってない? まあ聞けよ。仮に外敵が私に食って掛かろうと、こいつにかかればイチコロなのさ。そもそも、私に食って掛かる外敵とはどういった連中だ? 決まってる。買わせ君に恨みを持つ連中だ。でもそれじゃあ遅い。買わせ君はいらっしゃいませの時すでに先手を打っているんだから。そう、買わせ君はナノ単位のビーコンをすれ違った生命すべてに打ち込んでいるのさ。ビーコンを埋め込まれた対象が私に害意を示せばどうなると思う? 衛星からどかん、一巻の終わりってわけ」
そういえば筆者の小学生時代の友人に川瀬くんというのがいた。昆虫博士と呼ばれていた。彼は四年生のころに引っ越したが、六年生のころ一度だけ、わざわざ家まで遊びにきてくれたことがあった。しかしその日は別の友達と遊ぶ約束をしていたから、断って帰ってもらった。
めちゃくちゃ長いにとりの説明でわかったのは、それだけの意味不明な技術力を有しているのなら食べ物味の味を作っていても不思議ではないということだった。むしろなぜないのか。影狼は捲し立てる。
「じゃ、じゃあ! それだけのものが作れるのなら、食べ物味の味があってもいいじゃない! むしろ無いほうがおかしいんじゃないの? なによ、あるわけがないって! どっちらかっていうとありそうじゃない! この嘘つき!」
「……そうだそうだ!」
わかさぎ姫もおずおずと攻勢に打って出た。河童はたじろぐ。押しに弱かった。
「そんなに、そんなに怒鳴ることないじゃないか。魚のひとまで便乗して、わたしをいじめる。う、うう」
急に哀れになる河童を気遣い、二人は慌てて河童の肩を叩いた。叩いて、叩いてそのまま部屋の隅のほうへと向かう。河童と赤蛮奇が狭い室内なりに対極を為すような形を探したのだ。
「ごめんなさい河童さん。わたしまで河童さんを責めちゃって……」
「う、うう」
「わ、私もごめん! だ、だけど。元はと云えばあいつが悪いのよ。ほら、対極に位置するあの赤色。あいつが悪いんだから!」
「うぅ。……うん。わたしこそ、泣いちゃってごめん」
部屋の隅で和解した三人は談合を始めた。工房に向かう最中すでに興味をなくしていた赤蛮奇は、工房の冷蔵庫を物色していた。
「ねえ河童さん、もうなんでもいいから、ばんきちゃんをすこしだけ懲らしめられる機械はないかしら」
「あ、ある分にはあるけど。でもあれ、失敗作だし……」
「いいわ、いいわよ。失敗でも人殺しマシンでもなんでも! いいわにとえもん、それ出してちょうだいよ!」
「うん、わ、わかったよ」
例のSEと同時に、河童は帽子からそれを取り出した。
「未来予知ロボー!」
なんだかものすげえ名前のロボの登場をよそに、赤蛮奇は冷蔵庫からつがいを取り出す。
「きゅうりと味噌。うんうん、なかなかうまい。食べ物味の味って、こういうものを指すんだよなあ」
未来予知ロボ(こっから千文字)
(未来予知ロボねえ。なんだか私そっくりの容姿をしていた。しかし起動させるがはやいか忽然と消えてしまって、戻ってくる様子がないまま四日目だ。眠っているときにごつごつとした機械らしき感触を覚えることはあるけれど、どうやらあいつは私よりずっと早起きをする。それにしてもおなかが減ったぞ。行く弁当屋総菜屋で、私が食べたいものだけが品切れをしている。不思議なこともあったもんだ。もう四日間なにも食べてない)
それからまた四日が経った。妖怪といえども抗える空腹とそうじゃない空腹がある。八日目の空腹には世界中の誰もがきっと抗えない。それは赤蛮奇だっておんなじだ。
(ま、まずいな。この八日間水すら飲んでない。飲もうとして水道へ行くとあいつに先に飲まれてしまう。先を越されるとなんだか飲む気が失せる。だって先にやられちゃうから。しかし困った。このままじゃ私は餓死をしてしまうかもしれない。影狼に相談してみるか。あいつはどこにいるだろう。たぶん湖でわかさぎ姫と無駄な交遊を重ねているに違いない)
赤蛮奇は湖に向かった。向かった先の湖には確かに影狼とわかさぎ姫がいた。
「あれ? ばんきちゃんじゃない、さっきぶりね。なんで戻ってきたの? 変なばんきちゃん。ねえ、姫も変だと思わない?」
「うん、あ、あれからまだ四十分も経ってないし……」
赤蛮奇はすぐに合点がいった。四十分前に二人が会ったという自分は未来予知ロボに違いない。
「えっと。じゃあ、二人がさっき会った私は、どこへ向かうって言ってたかな」
二人は笑いながら答える。
「なによー! 未来予知ロボに困ってるっていうから、河童さんのところへ向かったらって姫が提案したんじゃないの。ばんきちゃん、今日はいつにも増して変ね。ねえ、姫?」
「うん。ばんきちゃんたら、変!」
二人が可笑しそうにするから、赤蛮奇もとりあえず笑っておいた。
二人と別れ、赤蛮奇は河童の工房へ向かった。湖から工房へ行くには里を抜けなければいけない。赤蛮奇は里のなか、ぼんやりと晴れやかな気持で歩いていた。
(しかし驚いたな。二人に相談しようと思っていたのに、それすら先にやられてるとは。でも、言われてみるとたしかに。河童の工房に行けばすべてが解決する。姫は存外聡いところがある。工房に行けば河童にロボを破壊してもらおう。……ん? なんだあの、ひぃふぅみぃ……十六足の気色悪い生き物は。なんかものすごい勢いで往来を爆走している。きもちわる)
里の空は青い。工房へ行けばすべてが解決する。赤蛮奇は凪いだ心もちのまま空を見上げる。晴天だった。
(……あれ?)
晴れやかな真昼間の空に、故知らぬ星のひとつがきらめいた。
赤蛮奇の心無い一言にうつむくわかさぎ姫の表情を察するよりもはやく、影狼は赤蛮奇を睨めつけていた。
「ご、ごめんなさい。そうよね、わたし、足がこんなだし。かけっことか、鬼ごっことか、かくれんぼとか、できないものね」
影狼は眉間のしわをそのままに、赤蛮奇から視線を外す。わたしたちは普段そんな遊びをしていただろうか。足の人魚なわかさぎ姫を乗せた車椅子の動きが止まる。わかさぎ姫が心配そうに影狼を見上げる。影狼はわかさぎ姫の視線に気が付くこともなく、煩悶を続けていた。
「おい影狼、さっさと押せよ。なにやってんだ」
ひどい物言いである。影狼はなにかポーチ的なものを持っていた。財布やら、なにやらなにやらが入ったポーチである。わかさぎ姫は種族的不随の故車椅子で押されていたが、それでも、財布くらいは持っていた。赤蛮奇は手ぶらだった。財布すら持ってきていない。ひどい物言いである。しかし影狼は脳内湧いた疑問の煙が払いきれない。
「ま、待ってよばんきちゃん。私たちって、いつもそんな遊びをしていたかしら。そんな遊びっていうのは、わかさぎ姫の言う、かけっことか、鬼ごっことか、かくれんぼとか! そういう遊び!」
赤蛮奇は立ち止まる二人を気にすることもなくずいずい前へと進んでいく。両手をぽっけに入れ、至極面倒かつ退屈そうな面持ちで歩いていく。赤蛮奇は不遜だった。
「してたよ、してたしてた」
影狼は一瞬の間硬直した。私たちが集まるといえば基本里だ、人間あふれる人里で、私たちは本当にそんな遊びをするのだろうか。些か不自然ではなかろうか。「あーあ、なんかおなか減ってきた。なんか食べたい気がする」
赤蛮奇の適当に動かす口ではっとして、影狼はようやっと歩き始める。
「じゃあ、なにか食べましょうか。姫はなにがいい?」
「わたし、わたしは。二人より里に詳しくないし、だから、その。二人がおすすめのところなら、どこでもいいかも」
影狼は考える。赤蛮奇と行く店なんて居酒屋ぐらいなものだった。居酒屋はだめだ。帰ったあと自宅で水泳をする者が今この場に存在している。酔った状態で泳ぐなんて危険すぎる。溺死をする。仮にその者に飲酒をさせなかったとして、居酒屋に入ってしまった以上、自分たちは当然飲む。酔った二人と素面の一人。味がすればいいだけの肴と、一飯にはさもしすぎる一品の数々。そんなのはだめだ! 影狼は眉をひそめて、おずおずと赤蛮奇に尋ねる。
「ばんきちゃん、あんたどっかある? おすすめの店」
赤蛮奇の歩くペースの速さといえばない。影狼のおずおずをぎりぎり聞き取れるかどうかの位置にいた。二人の前を歩く赤蛮奇は腕を組み、なにやら考え込んでいる様子でいる。ともすれば、影狼の声は届いたのかもしれない。
「でもなんか、最近食欲がない。……だけど、食べたいような気だけはするんだよな。……味、味か」
影狼の声は届いていなかった。先行して腕を組んではぶつぶつぶつぶつと独り言をやっている赤蛮奇に、二人はため息を吐く。うわなんか来た。ため息を吐く二人に、赤蛮奇は急に寄ってきた。
「ど、どうしたの。ばんきちゃん?」
「そうよ、きゅ、急に寄ってきたりして。姫が驚いてるじゃない」
赤蛮奇は相変わらずうつむき加減に腕を組んでいる。二人は赤蛮奇の小さくうなる口元に視線を送らざるを得ない。小さな唸りが収まれば、赤蛮奇はだしぬけに言った。「あのさ」
「食べ物ってさ、味だけで売っててくれればいいと思わない?」
そうは思わない二人だった。
工房に怒号が響く。あるわけないだろそんなもん。殺すぞ。雑然とした機械の山と畳の荒れ具合は、そこがまぎれもなく河城にとりの工房であることを指し示している。
「おい狼。それから魚。縁日を控えた河童の工房にこんな気狂いを連れ込むとはいい度胸じゃないか」
赤蛮奇は河童の言いように憮然とする。そこまでじゃねえし。
「そ、そんな。ばんきちゃんもそこまでではないと思います……!」
「そうよ、そ、そこまで言うことないじゃない」
憮然としているだけの赤蛮奇をよそにファンネルが飛ぶ。
「お、なんだよ。今日はそいつの味方をするのか」
意味不明な巨大マシンを起動させんとする河童の指にファンネル二機はたじろいだ。なぜ二人が気狂いのファンネルと成り果ててしまったのだろう。
――え、ない? ないかな。本当にないのかな。でもさ、ここって幻想郷じゃん? まずそもそもとして、外の世界のやつらから見りゃ私たちの存在がありえないわけじゃん。そんなありえないが普通の顔して存在できる幻想郷で、食べ物味の味が存在しないなんて言いきれるのかな。食べ物味の味とはなにかって、そりゃ、食べ物の味のする味だよ。味だけね。え、ない? ないかな。本当にないのかな。でもさ、ここって幻……え? 私たちにどうしろっていうの? そんなの、私が知るわけないじゃないか。影狼は影狼の考えがあるだろうし、姫だって同じだ。人はそれぞれ違うから。そうだろ?
理由は簡単だった。
「ま、待って。そのおおきな機械を起動させるのはやめて。なんだかこわい、わたしこわいの!」
「そうよ、や、やめなさいよ!」
今日の二人はちょっとしつこい。それほどまでに赤蛮奇のことを恐れていた。前述した赤蛮奇のセリフの最中、赤蛮奇はさもなんでもなさそうに、当然のことのような顔のままでいた。二人は赤蛮奇のなんでもなさそうな顔がこわかった。
「食い下がるなんて珍しいな。だけど後悔するぞ。この機械は買わせ君と言ってね。世界初の十六足歩行の自律型屋台ロボなんだ。屋台ロボといっても、これで物を売るわけじゃない。こいつはね、むしろ買うんだよ。まず、生体反応を見つけ次第声をかけるのさ。いらっしゃいませってね。それから、無言でじっと見つめる、相手がその手に持った縁日らしい食い物やおもちゃを明け渡すまで。そして受けとる。まいど、おおきにってな具合さ。そうして集まった品物を、私が売るんだ。どうだすごいだろう? おっと、私を攻撃しようとしたって無駄だよ。え? 攻撃しようだなんて思ってない? まあ聞けよ。仮に外敵が私に食って掛かろうと、こいつにかかればイチコロなのさ。そもそも、私に食って掛かる外敵とはどういった連中だ? 決まってる。買わせ君に恨みを持つ連中だ。でもそれじゃあ遅い。買わせ君はいらっしゃいませの時すでに先手を打っているんだから。そう、買わせ君はナノ単位のビーコンをすれ違った生命すべてに打ち込んでいるのさ。ビーコンを埋め込まれた対象が私に害意を示せばどうなると思う? 衛星からどかん、一巻の終わりってわけ」
そういえば筆者の小学生時代の友人に川瀬くんというのがいた。昆虫博士と呼ばれていた。彼は四年生のころに引っ越したが、六年生のころ一度だけ、わざわざ家まで遊びにきてくれたことがあった。しかしその日は別の友達と遊ぶ約束をしていたから、断って帰ってもらった。
めちゃくちゃ長いにとりの説明でわかったのは、それだけの意味不明な技術力を有しているのなら食べ物味の味を作っていても不思議ではないということだった。むしろなぜないのか。影狼は捲し立てる。
「じゃ、じゃあ! それだけのものが作れるのなら、食べ物味の味があってもいいじゃない! むしろ無いほうがおかしいんじゃないの? なによ、あるわけがないって! どっちらかっていうとありそうじゃない! この嘘つき!」
「……そうだそうだ!」
わかさぎ姫もおずおずと攻勢に打って出た。河童はたじろぐ。押しに弱かった。
「そんなに、そんなに怒鳴ることないじゃないか。魚のひとまで便乗して、わたしをいじめる。う、うう」
急に哀れになる河童を気遣い、二人は慌てて河童の肩を叩いた。叩いて、叩いてそのまま部屋の隅のほうへと向かう。河童と赤蛮奇が狭い室内なりに対極を為すような形を探したのだ。
「ごめんなさい河童さん。わたしまで河童さんを責めちゃって……」
「う、うう」
「わ、私もごめん! だ、だけど。元はと云えばあいつが悪いのよ。ほら、対極に位置するあの赤色。あいつが悪いんだから!」
「うぅ。……うん。わたしこそ、泣いちゃってごめん」
部屋の隅で和解した三人は談合を始めた。工房に向かう最中すでに興味をなくしていた赤蛮奇は、工房の冷蔵庫を物色していた。
「ねえ河童さん、もうなんでもいいから、ばんきちゃんをすこしだけ懲らしめられる機械はないかしら」
「あ、ある分にはあるけど。でもあれ、失敗作だし……」
「いいわ、いいわよ。失敗でも人殺しマシンでもなんでも! いいわにとえもん、それ出してちょうだいよ!」
「うん、わ、わかったよ」
例のSEと同時に、河童は帽子からそれを取り出した。
「未来予知ロボー!」
なんだかものすげえ名前のロボの登場をよそに、赤蛮奇は冷蔵庫からつがいを取り出す。
「きゅうりと味噌。うんうん、なかなかうまい。食べ物味の味って、こういうものを指すんだよなあ」
未来予知ロボ(こっから千文字)
(未来予知ロボねえ。なんだか私そっくりの容姿をしていた。しかし起動させるがはやいか忽然と消えてしまって、戻ってくる様子がないまま四日目だ。眠っているときにごつごつとした機械らしき感触を覚えることはあるけれど、どうやらあいつは私よりずっと早起きをする。それにしてもおなかが減ったぞ。行く弁当屋総菜屋で、私が食べたいものだけが品切れをしている。不思議なこともあったもんだ。もう四日間なにも食べてない)
それからまた四日が経った。妖怪といえども抗える空腹とそうじゃない空腹がある。八日目の空腹には世界中の誰もがきっと抗えない。それは赤蛮奇だっておんなじだ。
(ま、まずいな。この八日間水すら飲んでない。飲もうとして水道へ行くとあいつに先に飲まれてしまう。先を越されるとなんだか飲む気が失せる。だって先にやられちゃうから。しかし困った。このままじゃ私は餓死をしてしまうかもしれない。影狼に相談してみるか。あいつはどこにいるだろう。たぶん湖でわかさぎ姫と無駄な交遊を重ねているに違いない)
赤蛮奇は湖に向かった。向かった先の湖には確かに影狼とわかさぎ姫がいた。
「あれ? ばんきちゃんじゃない、さっきぶりね。なんで戻ってきたの? 変なばんきちゃん。ねえ、姫も変だと思わない?」
「うん、あ、あれからまだ四十分も経ってないし……」
赤蛮奇はすぐに合点がいった。四十分前に二人が会ったという自分は未来予知ロボに違いない。
「えっと。じゃあ、二人がさっき会った私は、どこへ向かうって言ってたかな」
二人は笑いながら答える。
「なによー! 未来予知ロボに困ってるっていうから、河童さんのところへ向かったらって姫が提案したんじゃないの。ばんきちゃん、今日はいつにも増して変ね。ねえ、姫?」
「うん。ばんきちゃんたら、変!」
二人が可笑しそうにするから、赤蛮奇もとりあえず笑っておいた。
二人と別れ、赤蛮奇は河童の工房へ向かった。湖から工房へ行くには里を抜けなければいけない。赤蛮奇は里のなか、ぼんやりと晴れやかな気持で歩いていた。
(しかし驚いたな。二人に相談しようと思っていたのに、それすら先にやられてるとは。でも、言われてみるとたしかに。河童の工房に行けばすべてが解決する。姫は存外聡いところがある。工房に行けば河童にロボを破壊してもらおう。……ん? なんだあの、ひぃふぅみぃ……十六足の気色悪い生き物は。なんかものすごい勢いで往来を爆走している。きもちわる)
里の空は青い。工房へ行けばすべてが解決する。赤蛮奇は凪いだ心もちのまま空を見上げる。晴天だった。
(……あれ?)
晴れやかな真昼間の空に、故知らぬ星のひとつがきらめいた。
こういう発想が出来るのはすごい
可愛い物言いと俗っぽさと適度な思考回路のズレ等が絶妙にマッチしていてとても面白いです。多分、唯一無二です。