元は一面のお花畑だった荒れ地で、チルノと私は、生首を抱えて弾幕から逃げ惑う。
「話を聞いて頂戴」 私は弾幕の主に必死で呼びかける。
「ボッコボコになったら聞いてあげる」 無視してスペルカードを展開させる弾幕の主。
彼女の弾幕の密度は異変前の水準とあまり変わりない。こんな弾幕を生成するのは今の私達には絶対無理。妖力が地面をえぐり、土が雨のように降り注ぎ、服に入ってとても不快。お花畑だった場所はすでにクレーターだらけになっていた。
周りを気にしている余裕はないが、それでもリソースを振り絞ってチルノを探すと、結構重い生首を抱えて息切れしそうになっていた。私は彼女に駆け寄る。
「チルノ、パス!」
「おっけー」
まるで球技でもしているかのように生首を受け取って、目が合った。生首はニヤリと笑う。
「お願い、あのひとを説得して、あなた知り合いでしょ?」
「任せて」
生首をけん制も兼ねて弾幕の主めがけて投げつける。
「お~い、こいつは敵じゃないってさ」
生首は放物線を描きながら、のんきな口調で相手に呼びかけるものの、片手で持ったパラソルで乱暴にぱっか~ん。
「うるさい」
「あ~れ~」
ああ、見事なホームラン。
どうしてこうなったのかって? 私が教えてよ。
竹林を出て歩いていくと視界はいくらか開けていて、道から離れた場所に普通の森が見えた。チルノはときどき空を飛んで周りに危険がないか確認してくれた。
「さっきは必死だったから気づかなかったけど、まだ飛ぶのって結構疲れるな」
「でも、最初会った時よりは力が戻ったんじゃない。私よりうまく飛べてる感あるわ」
「へへへ~。ユカリもすごかったよ、まさかあの怪物を説得しちゃうなんて」
「たまたまよ、まさかうまくいくとは思わなかった」
「あたい、力で押す事しか考えてなかったし、最強って、力ばかりじゃないのかも」
うーんと考えこむチルノ、こんな姿はあまりこの子に似つかわしくないな。でも、こうやって考える事もきっと大事。
「あなたなりの最強を目指せばいいのよ、ってワンパターンかしら」
「みんなそう言うけど、よくわかんない。あたいもけーね先生教室の卒業生だけど、ユカリの頭の良さって、それとは違う気がする」
私は彼女の事を過小評価していた。いろいろ経験していけば、おそらく地頭は悪くない。自分の可能性に気付いてくれればいいなと思う。
そうこうしているうちに、低い丘が見えてくる。ここが太陽の畑だろうか? それにしては向日葵らしき植物は生えておらず、かわりに白い花が点在している。太陽の畑は竹林からもっと離れているのではなかったか。
「ユカリ、あたい行ってみる」 チルノが足で駆けていく。私も後を追う。
息を切らして丘のてっぺんに着く。丘には密生というほどではないにしろ、鈴蘭が花を咲かせていた。遠くを見渡すと林の向こうに平原が見え、まだ春なのに黄色い向日葵らしき花が見えた用か気がした。そこが太陽の畑に違いない。とするとここは……。
「無名の丘に何の用?」
いきなり足元から声。ぎょっとして下を見ると、声の主は人形の首だった。
「うわあ、びっくりした!」 チルノが飛びのく。
「失敬な奴だなあ」 首が怒る。
「落ち着いてチルノ、ただの喋る人形の首よ」
「なあんだ、ただの喋る人形の首か……ってぜんぜんタダモノじゃないじゃん」
「ノリツッコミをする余裕があるなんて……妖怪としてちょっと傷ついたなあ」
無名の丘には動く人形が暮らしていると聞いた。たしかあまり人間には友好的ではない妖怪だ。
「あなたは、メディスン・メランコリーね」
「そうよ、ゆっくりしていってね、毒にやられても自己責任だけど」
彼女は首のままぽんぽんと跳ねた。
「じつは太陽の丘に行きたかったの。ここを荒らす気はないわ」
「それで、あんたはどうして首だけに?」 チルノが単刀直入に尋ねた。
「いやあ、急に力が抜けて、全身バラバラになって丘を転がって、それから意識が飛んで、気が付いたら首だけになっていたってわけ」
やっぱり異変の影響だろう。ただの人形に戻らなかっただけましだろうか。
胴体の方はどうなったのだろう。
白いお花畑、心地良い風がさらさらと吹く。人形の首が鎮座している以外は平和そのものの光景だ。
「今頃、私の胴体の方はメインカメラ探して徘徊しているでしょうね」
「メインカメラって言わないの……ええっ、メインってことは……」
「じつは胴体からもある程度周囲を認識できるの。求聞史紀に書いてあるよ」
「へえ~知らなかったな」 チルノが頭をつんつんとつつく。
「そんな設定ないってば!」
やけに落ち着いているな。でも放っとくのはかわいそうだし、とはいっても太陽の丘へも急ぎたいし。
「とりあえず、貴方も太陽の畑までいってみないかしら」
「そうだなあ、幽香なら何か知ってるかもだし」
「ねえ、メディスンだっけ、ドリブルしながらでもいい?」
「いいわけないだろ!」
「冗談だよ、じゃああたいが持ってってあげるね」
こんなブラックな事も言う子だったのか。チルノ。
でも言葉とは裏腹に大事に抱えて歩いていく。
太陽の畑は、やはり向日葵が少なくなっていた。雑草が生えている場所も多い、やっぱり、ここを守っている風見幽香の力が衰えたのかな。畑の真ん中にある一軒家を見つけたので、尋ねてみようと歩いていくと、不意に弾幕の雨が降り注いだ。
「ちょっと、危ない」
「わわっ」
妖力を使って飛びのく。力を温存しておかなくてはならないので、足で走って距離を取る。
弾幕が地面で次々に炸裂し、そこだけ外界の月面の様。
「うおっつ、幽香って結構優しくしてくれたのに。なんで?」
「地面の色からして、結構栄養少ないね」 首だけのメディスンが冷静に地味を評価する。
「言ってる場合かっての!」
弾幕が飛んできた先を見ると、風見幽香がふくれっ面しながらこちらを見ている。
「八雲紫、あなたのせいよ。弾幕の練習台になりなさい」
こんなふうに、私達は風見幽香に襲われる羽目になったわけ。
「幽香! ユカリをいじめないで!」
チルノがアイシクルフォールらしき弾幕を展開するが、その密度はまばらで威力も貧弱だった。
「ダメ、チルノじゃかなわない。逃げなさい! こいつはきっと私が目当て」
「でもユカリを置いていけないよ!」
やり取りを聞いた幽香が哄笑する。
「うふふ、美しい友情ね、じゃあまとめてバッドエンドにしてあげる」
さらに生成される弾幕。こんなものが放出されたら、反撃はおろかかわす事も逃げる事も不可能。私達はここまで?
「そおれ……ううっ」
突然弾幕が消えた。いったいなぜだ?
「ボッコボコにしてあげ……」
太陽の畑の主は、糸の切れた人形のようにその場に倒れた。
「ええ?」
「なんで?」
「あ~幽香、相当無理してたなー」 足元に首だけのメディスンがいた。
「びっくりした! いるなら言ってよ」 チルノが再度ジャンプ。
私とチルノで幽香を家に運ぶ。メディスンは首だけで跳ねたり転がったりしながらついてきて、こうなると不気味を飛び越してコミカルに思えてくる。
運びながら周囲の景色を見やる。生えている向日葵も細くて背も低い。ほかの種類の花もわずかでやっぱり元気がない。あちこちでむき出しの土が乾いて灰色になっていて、耕作放棄された田畑のほうがまだ土が肥えているみたい。
「妖精が見当たらないな。虫も飛んでないっぽい」 とチルノ。
「こりゃあ、幽香の力が衰えただけって訳じゃなさそう」 生首のメディスンの意見。
加えて何らかの妖力じみた雰囲気。土壌改良だけでなく、お祓いが必要な空気だ。
霊夢、こんな時に貴方がいてくれればいいのに。
「あ、貴方、一体何のつもり……ううっ」
ベッドに寝かせて、幽香に妖力を分け与えた。鈴仙が滞在しているはずだと思ったけど、彼女の姿はない。しばらくすると目を覚まし、私を見て起き上がろうとしたが、また力が抜けてベッドに体を落とした。
「無理しちゃ駄目」
「貴方に情けをかけられるなんてね」
私は彼女に、申し訳ないが自身の記憶が飛んでしまっている事と、敵対するつもりはない事を伝える。
「あの、記憶が戻らなくても、私はこの異変の犯人じゃありません。多分」
「とりあえず今は信じてあげる。悪かったわ」
「ねえ、幽香、大丈夫?」
チルノが尋ねる。彼女とは時々遊んでもらっていたのだという。幽香は上半身を起こし、彼女の頭を撫でながら、娘に話しかけるような優しい口調で語った。
「大丈夫よ、チルノ、元気になったらまた遊びましょうね」
「うん、仲間も少しずつ戻ってきているから、そいつらも連れてくるよ。約束だよ」
「うふふ、じゃあまたクッキーを焼いてあげる。ああ、それから八雲紫」
笑顔のまま語調だけ固くして
「元気になったら貴方とも『遊び』ましょうね」
そういうカギカッコつきの言い方はやめて。マジで怖いから。
「ふふ、何だかさっきのでうっぷん晴らしはもういいから、そんなに怖がらない」
さっきの殺気はもう感じられない。風見幽香は昔、そうとうおっかない妖怪だった。でも年月が過ぎてこれでも丸くなったのだと思う。私のように。
「幽香、それでさー、私の体なんだけど」
「うわあ! びっくりした」
メディスンが唐突にしゃべった。首だけなのでベッドの幽香の位置から見えない。威圧感も威厳もない声で幽香が驚いた。
「幽香、チルノと同じ驚き方だよ」 生首は淡々とコメント。
「し、仕方ないでしょ、誰かに言ったら消滅させるから」
「言わないよ、それより、私の体知らない?」
ああそういえば、と幽香はぽんと手を叩いた。
「最近の異変でね、お花さんの手入れもできなくなっちゃったの。肥料も在庫なくて、それで……」
「それで?」
「肥料代わりに死体を埋めたわ。三日ほど前に」
「ええ~っ」
年月が経ってもやっぱりこのひとはこのひとだった!
「死体、誰の?」
「行き倒れよ、首がなかった。埋めて気が付いたら瘴気がぶわーっと湧き出して、何とかしようと思ったのに、これはこれでいいやっていう気分になっちゃって、そしたらあなた達が来たの」
ああ、流れが読めた。私は急いで死体を埋めた場所を聞き、借りたスコップで掘り返すと、あった、メディスンの胴体が。服もそのまま。
「おお、私の体」
掘り起こされた胴体が動き出して生首をつかみ、接続した。泥をはたき、動き具合を確かめている。
「毒がすっかり抜けている。土に広まってしまったみたいだね。コンパロコンパロ~毒よ集まれ」
太陽の畑から毒気や妖気のようなものがあふれ出し、メディスンに吸い込まれていく。
なんだか暗く淀んだ雰囲気が消えていく。心なしか、空の色まで澄み渡るよう。
「ねえ幽香、なんだか太陽の畑がすっきりした気分だよ」
チルノが家から出て、両手を広げて走りまわる。後から幽香もゆっくりついてきて、そうねえと笑った。驚き方といい、なんだか親子みたいでほほえましい。
数少ない花に、虫が寄り始めている。確か向日葵は虫媒花だったと思う。これで種を残せる。花が咲き誇れば、幽香の妖力も回復すると思う。
「あっ、リグルリグル。元気だった?」
チルノが羽根をぱたぱたさせながらやってきた人物に駆け寄る。緑色のショートヘアーの妖怪は確か蛍の子。
「チルノも無事だったんだ。ほかのみんなは?」 リグルも触覚をぴくぴく動かして興奮ぎみ。
「大ちゃんもみすちーも、ぱわーだうんしてなくもないけど生きているよ、ルーミアはまだ見つかってない」
「そうか。きっとルーミアも見つかるよ」
「リグルはいままでどうしてたの?」
「うん、妖力を無駄遣いしないようにして隠れていたんだけど、虫たちがいつもの幽香さんのとこに入れないって困ってて、そうするとお花も受粉できないし。行こうとしても嫌な感じがして入れなかったんだ。誰が助けてくれたの?」
「ユカリだよ、ユカリが埋まっていた毒人形を掘り起こして、毒人形が毒を取ってくれたんだ」
聞いていた幽香が珍しく(?)頭を下げた。
「ごめんね、リグル、そしてお花さん達。その毒人形を埋めたのは私なの。お花畑の管理人なのに、ほんと情けないわ」
「幽香さん、済んだことは仕方ないですよ、それより、これから少しずつ、元のお花畑に戻していこうよ」
「そうね。八雲紫、あなたには世話になったわ」
「ただ掘り起こしただけ、たぶん、誰も悪くないんだと思う」
「これで幻想郷がまた少し復活したね」
和気あいあいな光景を見て、私は霊夢と同じように語らっていた頃を思い出して胸が痛くなる、と同時に新しい目の前の友人達(って思っても良いよね)を見て元気を出さなきゃとも思える。
「私はこれで失礼するよ、もう目的は果たしたしね」
背を向けて去っていくメディスン、チルノ達の雰囲気とのギャップがなんだかとても……。
私の視線を感じたのか、彼女が振り向いた。
「私はどうもこういうノリは苦手なの」
「でも。こんな世の中だし、孤立はまずいわよ」
「大丈夫、実は幽香が一人きりの時を見計らって、遊びに行っているんだから。じゃあねスーさんが待ってる」
メディスンは帰っていった。目的という言葉で思い出した、本来ここに来たのは鈴仙を探すためだった。そして……。
「幽香、悪いのだけど、永遠亭の鈴仙を見なかったかしら」
「ああ、その子なら昨日来て、どうにか集めた薬種を受け取って、もう帰っていったけど」
「ええ? 私達、その兎の子が今日になっても戻らないから、それで頼まれてきたんだけど」
「それは……もしかして、あの影だか霧だかみたいな奴に襲われたんじゃ。まだ力は回復してないけど、復活した妖精にでも聞いてみる」
鈴仙はもう帰った? では彼女は今どこに? まさか……。
「ありがとう、私、とりあえず永遠亭に戻ってこの事を伝えてみる。チルノ、悪いけど、急いで戻らなきゃいけないみたい」
「ユカリの頼みじゃ仕方ないね。ごめんねリグル、私、また行かなきゃ」
「いろいろ行動できるチルノってすごいなあ、僕だったら、虫のピンチ以外でここまで動けないよ」
「どうだ見たか。あたい達最強ね」
まだ日は明るい、思っていたより永遠亭からさほど離れていなくて良かった。私は最後に、幽香に今まで言いそびれていたことをわずかな希望をもって聞いてみた。
「幽香、博麗の巫女の事を何か知っているかしら?」
「こういう事態になってからは神社に行ってないし、行く気も何となくしなかったから分からない。貴方はまだ行ってないの?」
「真っ先に目指した。でも木が生えまくっていて進めなかった。空からも今の力じゃ無理」
「どうしても神社に行きたいのかしら?」
「ええ、私は確かめたい。この幻想郷がどうなったのかを。仮説だけど、私は、この幻想郷とは違う平行世界から来た者だと思う」
「根拠は?」
「私は幻想郷を愛している。もし私がこの幻想郷の八雲紫なら、こうなる事を放置しなかったはず」
「もしかしたら、幻想郷がどうでも良くなるほどの絶望があったのではなくて?」
心がずきりと痛んだ。それは彼女のまるで尋問のような空気のせいか? それとも……。
「そんな事はない……と思う。私はこの世界がなぜこうなったのか知りたい。ここも私が愛する幻想郷には違いないから」
幽香は少し考えて、
「いずれにしろ、異変の真相を知るなら、誰かが神社に行ってみる必要があるか。私はそこまでする気はないから、リグル、納屋から枝切りばさみを持ってきて頂戴」
しばらくしてリグルは、大きめの枝切りばさみを持ってきて私に手渡した。なんだか妙な力が感じられる。
「おおっ、すごそうなはさみ」
「これは妖怪が鍛えた枝切りばさみ。あるツテで手に入れたの」
「まるで妖夢の剣みたい」
「同じ職人の手によると言われているわ。園芸にはあまりにオーバーキルだからしまっておいたんだけど、これなら枝どころか行く手を阻む木だって切れるでしょうね。でも、最低限必要なだけ切ってね」
「うわあ、ユカリ、これなら神社へ行けるよ」
チルノがうんうんとうなずいている。とんでもない物を渡されたが、これなら密生した木々を切り、あの神社へ行ける。胸が熱くなるような不安になるような思いが込みあがってくる。ああ、忘れていた。鈴仙、彼女の行方も気がかりだ。でもこの世界における霊夢の安否を早く確かめたい衝動も抑えがたい。
「ありがとう、しばらく使わせてもらいます」 素直に頭を下げる。
「でも、鈴仙の行方も気がかりだし、私達も探した方がいいかも……どうしよう」
それなら、とリグルが提案した。
「紫さんとチルノは巫女さんの所へ行ってあげて。虫のネットワークに尋ねてみる」
幽香が私の目を見て言う。
「八雲紫、貴方、もっと自分勝手でうさん臭い妖怪だったじゃない。堂々と自分の気持ちに素直でいなさい」
「私、どうしてもこの世界の真相を確かめたい。でも永琳や、てゐも、きっと鈴仙を心配しているでしょう。みんなにあの子を任せてもいいの?」
幽香はため息をつく。
「やっぱり貴方、根っこの傲慢さは変わっていないな」
「それはどういう?」
「あのね、貴方、周りを過小評価しすぎ。そこらの妖怪や妖精も幻想郷で生きていくだけの強さがある、むろん私も。賢者だか何だか知らないけれど、私達は貴方に頼らないと生きていけないほど脆弱な存在な訳ない。それは隣の子がとっくの昔に証明しているはず」
隣のチルノを見る。彼女はにかっと笑った。幽香もひとを見る目があるのだ。
私もまだまだだな。
「ごめんなさい、お任せします」
「じゃあ、記憶が戻ったらまた痛めつけられにいらっしゃい」
「それはご勘弁」
「幽香は本気でそんな事しないって」 笑うチルノ。
さあ、永遠亭に戻り、永琳に事情を話して神社に向かわせてもらおう。
ここを去ろうとした時、ぶおーんという蜂の羽音を大きくしたような音が太陽の畑に響き渡る。
「あっあれ見て」
リグルが指さした方角を見ると、空から白い巨鳥のような機械が降りてくる。
「あれは飛行機。妖力とか霊力なしで飛ぶ機械」
飛行機の主は手ごろな草地を探すとそこに向けて高度を下げ、地面に着く寸前にふわりと少し浮かび上がって衝撃を和らげ、幽香の家の前の道に着陸した。これはもしかしたら……。
「試作段階だけど、良かったら乗ってくかい?」
河城にとりの自信作のようだ。
紅魔館の庭にて、椅子に座り、紅茶をごちそうになる狐と猫。
「少しずつ、少しずつですが、紅魔館の活気が戻りつつあります」
そう言う咲夜の顔には希望がともっている。
。
「幻想郷全体もそうなっていると思う。ここへの道中、妖精たちの悪戯に遭遇したよ。異変直後はそこまでの環境にはなかったしね」
「多分、八雲様のおかげかと」
「紫様が何とかしてくれたのか」
「にゃあ」 膝に乗った橙が嬉しそうに鳴いた。
「うん、紫様はきっと見つかるよ」
「まだ当家にはパチュリー様しか戻っておられませんが、きっとお嬢様方も帰ってくるでしょう」
「あの、七曜の魔女が居るのかい?」
「ええ、真正面に」
咲夜に言われて藍は正面の椅子を見る。ピンク色の板のような何かが垂直に立っている。
別の角度から見ると、平面になったパチュリーの姿があった。
「うわあ! びっくりした!」「にゃあ!」
「まだ体はこんなだけどね」 平面パチュリーが口を動かした。
「さらに喋った!」
橙は警戒せず、板パチュリーの居る椅子へジャンプし、あいさつのすりすりをした。
「まだ二次元でしか存在できませんが、確かにパチュリー様は復活されました。お嬢様方も帰ってこないはずはありません」
「そういう事よ」 平面パチュリーはこともなげにティーカップを持ち上げ、紅茶を楽しむ。
「話を聞いて頂戴」 私は弾幕の主に必死で呼びかける。
「ボッコボコになったら聞いてあげる」 無視してスペルカードを展開させる弾幕の主。
彼女の弾幕の密度は異変前の水準とあまり変わりない。こんな弾幕を生成するのは今の私達には絶対無理。妖力が地面をえぐり、土が雨のように降り注ぎ、服に入ってとても不快。お花畑だった場所はすでにクレーターだらけになっていた。
周りを気にしている余裕はないが、それでもリソースを振り絞ってチルノを探すと、結構重い生首を抱えて息切れしそうになっていた。私は彼女に駆け寄る。
「チルノ、パス!」
「おっけー」
まるで球技でもしているかのように生首を受け取って、目が合った。生首はニヤリと笑う。
「お願い、あのひとを説得して、あなた知り合いでしょ?」
「任せて」
生首をけん制も兼ねて弾幕の主めがけて投げつける。
「お~い、こいつは敵じゃないってさ」
生首は放物線を描きながら、のんきな口調で相手に呼びかけるものの、片手で持ったパラソルで乱暴にぱっか~ん。
「うるさい」
「あ~れ~」
ああ、見事なホームラン。
どうしてこうなったのかって? 私が教えてよ。
竹林を出て歩いていくと視界はいくらか開けていて、道から離れた場所に普通の森が見えた。チルノはときどき空を飛んで周りに危険がないか確認してくれた。
「さっきは必死だったから気づかなかったけど、まだ飛ぶのって結構疲れるな」
「でも、最初会った時よりは力が戻ったんじゃない。私よりうまく飛べてる感あるわ」
「へへへ~。ユカリもすごかったよ、まさかあの怪物を説得しちゃうなんて」
「たまたまよ、まさかうまくいくとは思わなかった」
「あたい、力で押す事しか考えてなかったし、最強って、力ばかりじゃないのかも」
うーんと考えこむチルノ、こんな姿はあまりこの子に似つかわしくないな。でも、こうやって考える事もきっと大事。
「あなたなりの最強を目指せばいいのよ、ってワンパターンかしら」
「みんなそう言うけど、よくわかんない。あたいもけーね先生教室の卒業生だけど、ユカリの頭の良さって、それとは違う気がする」
私は彼女の事を過小評価していた。いろいろ経験していけば、おそらく地頭は悪くない。自分の可能性に気付いてくれればいいなと思う。
そうこうしているうちに、低い丘が見えてくる。ここが太陽の畑だろうか? それにしては向日葵らしき植物は生えておらず、かわりに白い花が点在している。太陽の畑は竹林からもっと離れているのではなかったか。
「ユカリ、あたい行ってみる」 チルノが足で駆けていく。私も後を追う。
息を切らして丘のてっぺんに着く。丘には密生というほどではないにしろ、鈴蘭が花を咲かせていた。遠くを見渡すと林の向こうに平原が見え、まだ春なのに黄色い向日葵らしき花が見えた用か気がした。そこが太陽の畑に違いない。とするとここは……。
「無名の丘に何の用?」
いきなり足元から声。ぎょっとして下を見ると、声の主は人形の首だった。
「うわあ、びっくりした!」 チルノが飛びのく。
「失敬な奴だなあ」 首が怒る。
「落ち着いてチルノ、ただの喋る人形の首よ」
「なあんだ、ただの喋る人形の首か……ってぜんぜんタダモノじゃないじゃん」
「ノリツッコミをする余裕があるなんて……妖怪としてちょっと傷ついたなあ」
無名の丘には動く人形が暮らしていると聞いた。たしかあまり人間には友好的ではない妖怪だ。
「あなたは、メディスン・メランコリーね」
「そうよ、ゆっくりしていってね、毒にやられても自己責任だけど」
彼女は首のままぽんぽんと跳ねた。
「じつは太陽の丘に行きたかったの。ここを荒らす気はないわ」
「それで、あんたはどうして首だけに?」 チルノが単刀直入に尋ねた。
「いやあ、急に力が抜けて、全身バラバラになって丘を転がって、それから意識が飛んで、気が付いたら首だけになっていたってわけ」
やっぱり異変の影響だろう。ただの人形に戻らなかっただけましだろうか。
胴体の方はどうなったのだろう。
白いお花畑、心地良い風がさらさらと吹く。人形の首が鎮座している以外は平和そのものの光景だ。
「今頃、私の胴体の方はメインカメラ探して徘徊しているでしょうね」
「メインカメラって言わないの……ええっ、メインってことは……」
「じつは胴体からもある程度周囲を認識できるの。求聞史紀に書いてあるよ」
「へえ~知らなかったな」 チルノが頭をつんつんとつつく。
「そんな設定ないってば!」
やけに落ち着いているな。でも放っとくのはかわいそうだし、とはいっても太陽の丘へも急ぎたいし。
「とりあえず、貴方も太陽の畑までいってみないかしら」
「そうだなあ、幽香なら何か知ってるかもだし」
「ねえ、メディスンだっけ、ドリブルしながらでもいい?」
「いいわけないだろ!」
「冗談だよ、じゃああたいが持ってってあげるね」
こんなブラックな事も言う子だったのか。チルノ。
でも言葉とは裏腹に大事に抱えて歩いていく。
太陽の畑は、やはり向日葵が少なくなっていた。雑草が生えている場所も多い、やっぱり、ここを守っている風見幽香の力が衰えたのかな。畑の真ん中にある一軒家を見つけたので、尋ねてみようと歩いていくと、不意に弾幕の雨が降り注いだ。
「ちょっと、危ない」
「わわっ」
妖力を使って飛びのく。力を温存しておかなくてはならないので、足で走って距離を取る。
弾幕が地面で次々に炸裂し、そこだけ外界の月面の様。
「うおっつ、幽香って結構優しくしてくれたのに。なんで?」
「地面の色からして、結構栄養少ないね」 首だけのメディスンが冷静に地味を評価する。
「言ってる場合かっての!」
弾幕が飛んできた先を見ると、風見幽香がふくれっ面しながらこちらを見ている。
「八雲紫、あなたのせいよ。弾幕の練習台になりなさい」
こんなふうに、私達は風見幽香に襲われる羽目になったわけ。
「幽香! ユカリをいじめないで!」
チルノがアイシクルフォールらしき弾幕を展開するが、その密度はまばらで威力も貧弱だった。
「ダメ、チルノじゃかなわない。逃げなさい! こいつはきっと私が目当て」
「でもユカリを置いていけないよ!」
やり取りを聞いた幽香が哄笑する。
「うふふ、美しい友情ね、じゃあまとめてバッドエンドにしてあげる」
さらに生成される弾幕。こんなものが放出されたら、反撃はおろかかわす事も逃げる事も不可能。私達はここまで?
「そおれ……ううっ」
突然弾幕が消えた。いったいなぜだ?
「ボッコボコにしてあげ……」
太陽の畑の主は、糸の切れた人形のようにその場に倒れた。
「ええ?」
「なんで?」
「あ~幽香、相当無理してたなー」 足元に首だけのメディスンがいた。
「びっくりした! いるなら言ってよ」 チルノが再度ジャンプ。
私とチルノで幽香を家に運ぶ。メディスンは首だけで跳ねたり転がったりしながらついてきて、こうなると不気味を飛び越してコミカルに思えてくる。
運びながら周囲の景色を見やる。生えている向日葵も細くて背も低い。ほかの種類の花もわずかでやっぱり元気がない。あちこちでむき出しの土が乾いて灰色になっていて、耕作放棄された田畑のほうがまだ土が肥えているみたい。
「妖精が見当たらないな。虫も飛んでないっぽい」 とチルノ。
「こりゃあ、幽香の力が衰えただけって訳じゃなさそう」 生首のメディスンの意見。
加えて何らかの妖力じみた雰囲気。土壌改良だけでなく、お祓いが必要な空気だ。
霊夢、こんな時に貴方がいてくれればいいのに。
「あ、貴方、一体何のつもり……ううっ」
ベッドに寝かせて、幽香に妖力を分け与えた。鈴仙が滞在しているはずだと思ったけど、彼女の姿はない。しばらくすると目を覚まし、私を見て起き上がろうとしたが、また力が抜けてベッドに体を落とした。
「無理しちゃ駄目」
「貴方に情けをかけられるなんてね」
私は彼女に、申し訳ないが自身の記憶が飛んでしまっている事と、敵対するつもりはない事を伝える。
「あの、記憶が戻らなくても、私はこの異変の犯人じゃありません。多分」
「とりあえず今は信じてあげる。悪かったわ」
「ねえ、幽香、大丈夫?」
チルノが尋ねる。彼女とは時々遊んでもらっていたのだという。幽香は上半身を起こし、彼女の頭を撫でながら、娘に話しかけるような優しい口調で語った。
「大丈夫よ、チルノ、元気になったらまた遊びましょうね」
「うん、仲間も少しずつ戻ってきているから、そいつらも連れてくるよ。約束だよ」
「うふふ、じゃあまたクッキーを焼いてあげる。ああ、それから八雲紫」
笑顔のまま語調だけ固くして
「元気になったら貴方とも『遊び』ましょうね」
そういうカギカッコつきの言い方はやめて。マジで怖いから。
「ふふ、何だかさっきのでうっぷん晴らしはもういいから、そんなに怖がらない」
さっきの殺気はもう感じられない。風見幽香は昔、そうとうおっかない妖怪だった。でも年月が過ぎてこれでも丸くなったのだと思う。私のように。
「幽香、それでさー、私の体なんだけど」
「うわあ! びっくりした」
メディスンが唐突にしゃべった。首だけなのでベッドの幽香の位置から見えない。威圧感も威厳もない声で幽香が驚いた。
「幽香、チルノと同じ驚き方だよ」 生首は淡々とコメント。
「し、仕方ないでしょ、誰かに言ったら消滅させるから」
「言わないよ、それより、私の体知らない?」
ああそういえば、と幽香はぽんと手を叩いた。
「最近の異変でね、お花さんの手入れもできなくなっちゃったの。肥料も在庫なくて、それで……」
「それで?」
「肥料代わりに死体を埋めたわ。三日ほど前に」
「ええ~っ」
年月が経ってもやっぱりこのひとはこのひとだった!
「死体、誰の?」
「行き倒れよ、首がなかった。埋めて気が付いたら瘴気がぶわーっと湧き出して、何とかしようと思ったのに、これはこれでいいやっていう気分になっちゃって、そしたらあなた達が来たの」
ああ、流れが読めた。私は急いで死体を埋めた場所を聞き、借りたスコップで掘り返すと、あった、メディスンの胴体が。服もそのまま。
「おお、私の体」
掘り起こされた胴体が動き出して生首をつかみ、接続した。泥をはたき、動き具合を確かめている。
「毒がすっかり抜けている。土に広まってしまったみたいだね。コンパロコンパロ~毒よ集まれ」
太陽の畑から毒気や妖気のようなものがあふれ出し、メディスンに吸い込まれていく。
なんだか暗く淀んだ雰囲気が消えていく。心なしか、空の色まで澄み渡るよう。
「ねえ幽香、なんだか太陽の畑がすっきりした気分だよ」
チルノが家から出て、両手を広げて走りまわる。後から幽香もゆっくりついてきて、そうねえと笑った。驚き方といい、なんだか親子みたいでほほえましい。
数少ない花に、虫が寄り始めている。確か向日葵は虫媒花だったと思う。これで種を残せる。花が咲き誇れば、幽香の妖力も回復すると思う。
「あっ、リグルリグル。元気だった?」
チルノが羽根をぱたぱたさせながらやってきた人物に駆け寄る。緑色のショートヘアーの妖怪は確か蛍の子。
「チルノも無事だったんだ。ほかのみんなは?」 リグルも触覚をぴくぴく動かして興奮ぎみ。
「大ちゃんもみすちーも、ぱわーだうんしてなくもないけど生きているよ、ルーミアはまだ見つかってない」
「そうか。きっとルーミアも見つかるよ」
「リグルはいままでどうしてたの?」
「うん、妖力を無駄遣いしないようにして隠れていたんだけど、虫たちがいつもの幽香さんのとこに入れないって困ってて、そうするとお花も受粉できないし。行こうとしても嫌な感じがして入れなかったんだ。誰が助けてくれたの?」
「ユカリだよ、ユカリが埋まっていた毒人形を掘り起こして、毒人形が毒を取ってくれたんだ」
聞いていた幽香が珍しく(?)頭を下げた。
「ごめんね、リグル、そしてお花さん達。その毒人形を埋めたのは私なの。お花畑の管理人なのに、ほんと情けないわ」
「幽香さん、済んだことは仕方ないですよ、それより、これから少しずつ、元のお花畑に戻していこうよ」
「そうね。八雲紫、あなたには世話になったわ」
「ただ掘り起こしただけ、たぶん、誰も悪くないんだと思う」
「これで幻想郷がまた少し復活したね」
和気あいあいな光景を見て、私は霊夢と同じように語らっていた頃を思い出して胸が痛くなる、と同時に新しい目の前の友人達(って思っても良いよね)を見て元気を出さなきゃとも思える。
「私はこれで失礼するよ、もう目的は果たしたしね」
背を向けて去っていくメディスン、チルノ達の雰囲気とのギャップがなんだかとても……。
私の視線を感じたのか、彼女が振り向いた。
「私はどうもこういうノリは苦手なの」
「でも。こんな世の中だし、孤立はまずいわよ」
「大丈夫、実は幽香が一人きりの時を見計らって、遊びに行っているんだから。じゃあねスーさんが待ってる」
メディスンは帰っていった。目的という言葉で思い出した、本来ここに来たのは鈴仙を探すためだった。そして……。
「幽香、悪いのだけど、永遠亭の鈴仙を見なかったかしら」
「ああ、その子なら昨日来て、どうにか集めた薬種を受け取って、もう帰っていったけど」
「ええ? 私達、その兎の子が今日になっても戻らないから、それで頼まれてきたんだけど」
「それは……もしかして、あの影だか霧だかみたいな奴に襲われたんじゃ。まだ力は回復してないけど、復活した妖精にでも聞いてみる」
鈴仙はもう帰った? では彼女は今どこに? まさか……。
「ありがとう、私、とりあえず永遠亭に戻ってこの事を伝えてみる。チルノ、悪いけど、急いで戻らなきゃいけないみたい」
「ユカリの頼みじゃ仕方ないね。ごめんねリグル、私、また行かなきゃ」
「いろいろ行動できるチルノってすごいなあ、僕だったら、虫のピンチ以外でここまで動けないよ」
「どうだ見たか。あたい達最強ね」
まだ日は明るい、思っていたより永遠亭からさほど離れていなくて良かった。私は最後に、幽香に今まで言いそびれていたことをわずかな希望をもって聞いてみた。
「幽香、博麗の巫女の事を何か知っているかしら?」
「こういう事態になってからは神社に行ってないし、行く気も何となくしなかったから分からない。貴方はまだ行ってないの?」
「真っ先に目指した。でも木が生えまくっていて進めなかった。空からも今の力じゃ無理」
「どうしても神社に行きたいのかしら?」
「ええ、私は確かめたい。この幻想郷がどうなったのかを。仮説だけど、私は、この幻想郷とは違う平行世界から来た者だと思う」
「根拠は?」
「私は幻想郷を愛している。もし私がこの幻想郷の八雲紫なら、こうなる事を放置しなかったはず」
「もしかしたら、幻想郷がどうでも良くなるほどの絶望があったのではなくて?」
心がずきりと痛んだ。それは彼女のまるで尋問のような空気のせいか? それとも……。
「そんな事はない……と思う。私はこの世界がなぜこうなったのか知りたい。ここも私が愛する幻想郷には違いないから」
幽香は少し考えて、
「いずれにしろ、異変の真相を知るなら、誰かが神社に行ってみる必要があるか。私はそこまでする気はないから、リグル、納屋から枝切りばさみを持ってきて頂戴」
しばらくしてリグルは、大きめの枝切りばさみを持ってきて私に手渡した。なんだか妙な力が感じられる。
「おおっ、すごそうなはさみ」
「これは妖怪が鍛えた枝切りばさみ。あるツテで手に入れたの」
「まるで妖夢の剣みたい」
「同じ職人の手によると言われているわ。園芸にはあまりにオーバーキルだからしまっておいたんだけど、これなら枝どころか行く手を阻む木だって切れるでしょうね。でも、最低限必要なだけ切ってね」
「うわあ、ユカリ、これなら神社へ行けるよ」
チルノがうんうんとうなずいている。とんでもない物を渡されたが、これなら密生した木々を切り、あの神社へ行ける。胸が熱くなるような不安になるような思いが込みあがってくる。ああ、忘れていた。鈴仙、彼女の行方も気がかりだ。でもこの世界における霊夢の安否を早く確かめたい衝動も抑えがたい。
「ありがとう、しばらく使わせてもらいます」 素直に頭を下げる。
「でも、鈴仙の行方も気がかりだし、私達も探した方がいいかも……どうしよう」
それなら、とリグルが提案した。
「紫さんとチルノは巫女さんの所へ行ってあげて。虫のネットワークに尋ねてみる」
幽香が私の目を見て言う。
「八雲紫、貴方、もっと自分勝手でうさん臭い妖怪だったじゃない。堂々と自分の気持ちに素直でいなさい」
「私、どうしてもこの世界の真相を確かめたい。でも永琳や、てゐも、きっと鈴仙を心配しているでしょう。みんなにあの子を任せてもいいの?」
幽香はため息をつく。
「やっぱり貴方、根っこの傲慢さは変わっていないな」
「それはどういう?」
「あのね、貴方、周りを過小評価しすぎ。そこらの妖怪や妖精も幻想郷で生きていくだけの強さがある、むろん私も。賢者だか何だか知らないけれど、私達は貴方に頼らないと生きていけないほど脆弱な存在な訳ない。それは隣の子がとっくの昔に証明しているはず」
隣のチルノを見る。彼女はにかっと笑った。幽香もひとを見る目があるのだ。
私もまだまだだな。
「ごめんなさい、お任せします」
「じゃあ、記憶が戻ったらまた痛めつけられにいらっしゃい」
「それはご勘弁」
「幽香は本気でそんな事しないって」 笑うチルノ。
さあ、永遠亭に戻り、永琳に事情を話して神社に向かわせてもらおう。
ここを去ろうとした時、ぶおーんという蜂の羽音を大きくしたような音が太陽の畑に響き渡る。
「あっあれ見て」
リグルが指さした方角を見ると、空から白い巨鳥のような機械が降りてくる。
「あれは飛行機。妖力とか霊力なしで飛ぶ機械」
飛行機の主は手ごろな草地を探すとそこに向けて高度を下げ、地面に着く寸前にふわりと少し浮かび上がって衝撃を和らげ、幽香の家の前の道に着陸した。これはもしかしたら……。
「試作段階だけど、良かったら乗ってくかい?」
河城にとりの自信作のようだ。
紅魔館の庭にて、椅子に座り、紅茶をごちそうになる狐と猫。
「少しずつ、少しずつですが、紅魔館の活気が戻りつつあります」
そう言う咲夜の顔には希望がともっている。
。
「幻想郷全体もそうなっていると思う。ここへの道中、妖精たちの悪戯に遭遇したよ。異変直後はそこまでの環境にはなかったしね」
「多分、八雲様のおかげかと」
「紫様が何とかしてくれたのか」
「にゃあ」 膝に乗った橙が嬉しそうに鳴いた。
「うん、紫様はきっと見つかるよ」
「まだ当家にはパチュリー様しか戻っておられませんが、きっとお嬢様方も帰ってくるでしょう」
「あの、七曜の魔女が居るのかい?」
「ええ、真正面に」
咲夜に言われて藍は正面の椅子を見る。ピンク色の板のような何かが垂直に立っている。
別の角度から見ると、平面になったパチュリーの姿があった。
「うわあ! びっくりした!」「にゃあ!」
「まだ体はこんなだけどね」 平面パチュリーが口を動かした。
「さらに喋った!」
橙は警戒せず、板パチュリーの居る椅子へジャンプし、あいさつのすりすりをした。
「まだ二次元でしか存在できませんが、確かにパチュリー様は復活されました。お嬢様方も帰ってこないはずはありません」
「そういう事よ」 平面パチュリーはこともなげにティーカップを持ち上げ、紅茶を楽しむ。