第二部 幻想は夢より速く
1
「君は私のことをよいカウンセラーだと言ってくれた。だが、私は医者失格だ。私は一抹の懐疑を一生胸に秘め、墓場まで持っていくつもりだった。しかし、例の患者達と出会ってからは、そうは言っていられなくなった。先日君のおばさんから、君が日本の大学で私と同じ相対性精神学を学んでいると聞いた。どうかこれから後の、私の相対性精神学者としての罪の告白を読んで欲しい。自分のことを許してもらえるとは思っていない。私には君の返事を期待する資格もない。だが、これを読んだ後、とにかく早く専門家に診てもらいたい……私ではない良い専門家に」
この前書きで始まる手紙には、グレッグ先生が当時の研究日誌を下敷きにして書いたと思しい当時の経緯と罪の告白が綴られていた。
先生が電子的手段ではなく制度廃止間際の物理郵便システムをわざわざ使ったのは、電子的手段よりも情報を第三者に抜かれる可能性が少ないと考えたからだろう。
手紙を受け取った私はまずその内容に驚き、不意にある光景を思い出していた。そして一晩ほど考え込んで、長い長い返信を書いた。
「……九と四分の三番線の中で幼い私は立ち尽くして泣いていました。目を覚まさなきゃいけないというのは分かっていたのです。でもそれが嫌で、私は思わず「廃線」の張り紙を引きちぎりました。
ここからはシムが予定していない動きをしたのだと思います。次の瞬間、紅の列車がホームに停まっていました。私は唖然としました。あたりには大勢の人が溢れていて……。しばらく目を見張っていたら列車の発車ベルが鳴り響きました。私は急いで乗り込みました。どうしてそうなったのかお知りになりたいでしょう。正確な経緯はもう分からないのですが、特に先生の知らない私の夢のことについて、できる限り再現してみようと思います。当時の私の感じたことを今の私が代弁することには抵抗があるので、あえて三人称で書いてみることでどうにか罪悪感を抑えてみようと思います。ちょっとナルシズムが入って見えちゃうかもしれません。そこは幼い私の主観性のなせるわざということで笑って流して頂ければ幸いです」
2
「ハーンからの手紙」
レンコという女の子と最初に出会ったのは、転校が決まった日の夜でした。
ハーンは学校のクラスメイトからも教師からも恐れられ、孤立していました。友達だったと思っていた子が急によそよそしくなって、その原因が自分の馬鹿な妄想に巻き込んだせいだとハーンには分かって、謝りに行く決心をやっとできたところでした。なのに、もうここでの生活も終わりなのです。
「ハーン。もう泣かないの。お母さんとお父さんはいつもあなたの味方よ」
両親は口ではそう言ってくれます。その言葉が本心の愛情から出ているのも知っています。でも、彼らの顔に疲れが過ぎっているのを見逃すほどハーンは馬鹿じゃありません。いずれ一週間のうちに引っ越すことになるマンションの一室で、ハーンは一緒に寝ようと言ってくれる両親の申し出を丁寧に断って、子供部屋でさんざん泣きました。しだいに泣くのも疲れて、泥のような眠りに落ちていきました。
夢を見ました。夢の中でハーンは同じくらいの歳頃の東洋人の女の子に出会いました。白い峰の麓にあるエルフの国の夢を見ていたのですが、旧き歴史を感じさせるエルフたちの木造りの街の広場で、あろうことか宇宙ロケットを建造している女の子を発見したのです。
「世界観! 世界観大事にして!」
「えっ何なのあなたこそ……」
今夜は明晰夢だったので、自分で良いように夢をコントロールしてやろうと思っていたところでした。
現実世界では人見知りをするハーンですが、ここは自分の夢です。夢世界の雰囲気を壊す不届きものにはがつんと言ってやるのです。
「わたしはマエリベリー・ハーン! この夢の主よ。さあさっさとその宇宙ロケットをあそこにみえてる天の川の果てにでも移動させなさい」
「マエリベ…り」女の子はハーンの名前をうまく発音できませんでした。
「えーと、ともかく私はレンコよ。よろしくね。宇宙ロケットはもうすぐ完成するわ。完成したらそこのお城の王様を一番に乗せてあげるって約束してるんだけど」
「ええ、よろしく。じゃなくて! 私の夢の住人なら言うことを聞いてよ」
「私はあなたの夢の住人じゃないわ。あなたこそ私の夢のキャラでしょ」
なんということでしょう。明晰夢でこんな不遜なキャラに出会うのは初めてです。敵対する妖精族ならともかく、こんな素敵な子が自分に敵対的だなんて我慢なりません。
「じゃあ論理的に証明できる?」
「なにをー!」
ひとしきり二人は喧嘩しましたが、お互い一歩も引きません。お互いいい加減言い合いに疲れてきて、まずレンコが休戦を申し出ました。
「第三の選択肢があるよ。つまり、私もあなたも現実の存在で、お互い夢の中で出会っているというのはどうかな」
「可能性としてはなくはないわね」
ハーンはまだ不満でしたが、いい加減口喧嘩にも疲れたのでしぶしぶ同意しました。
「そうだ。確かめるいい方法があるわ。目が覚めて起きて覚えていたら、アンドロメダ銀河VRチャットに顔を出してよ。ユーザーID:renko8901にコンタクトして」
「そんなこと」
「もしこの仮説が本当だとしたらすごいことよ? 夢を通じた遠隔コミュニケーション法の発見。世紀の大発見じゃない?」
「レンコって学者みたいね」
「良く言われる。それにさ、こんな特別な経験を共有できる友だちができるなんて、マエ……ええとメリーは素敵だと思わない?」
「ちょっと、メリーってわたしのこと?」
「だって名前覚えにくいんだもん。そういえば、私は日本語喋ってるつもりなんだけどあなたは?」
「英語だけど。そういえば不思議ね。でも夢だから」
メリーという響きは親しみやすく、ハーンは密かに気に入りました。今度から自分の日記にはメリーって使おう、と思うくらいに。それに、夢を共有した友人なんて確かに素敵です。とんでもなく常識外れのことです。ハーンは、いえメリーは本当は飛び上がりたいくらいワクワクしていました。でも夢から醒めるまではまだ表には出しません。何もかもが単なる夢だったということになりそうで、それなら最初から喜ばない方がいいと思ったのです。科学世紀の子どもによくみられる自己抑制的な態度なのですが、メリーはまだそうしたことが分かるには少し幼すぎました。
でもあんな約束をしたにもかかわらず、メリーは夢のことをしばらく忘れていました。なにせ翌朝に転校が既に決まってしまった古巣の学校に行くと、みんな白々しくお別れのメッセージをくれたり、新しく赴く学校で使う教科書選びその他の手続きで、息つく暇もなかったからです。にもかかわらず、メリーという呼び方だけはなぜか頭に残っていて、彼女はしばらくそれを自分で考え出したことのように思っていました。
3
「あー! メリーじゃない!」
「……レンコ?」
「今思い出すのに時間がかかったでしょ」
メリーは新しい学校で疲れ果てて、先週は担任のキャシーに保健室の隣にオフィスを持ってるスクールカウンセラーのグレッグ先生のところに連れていかれました。今日もまたグレッグ先生との面談がありました。
メリーは以前の学校に居たときの経験で、カウンセラーという職業に対し不信感しか持っていません。でも今度の先生はメリーの言うことをいきなり否定したりしませんでした。もしかすると、メリーのいい話し相手にになってくれるかもしれません。ですが不安です。メリーはもう何度も周囲に期待しては裏切られるということを繰り返してきたのですから。先生のことを信じようとするために、誰かに勇気を分けてもらいたかったのです。だからでしょうか。レンコに再会できたのは。
「ごめんなさい」
メリーは素直に謝りました。
「ずっと待ってても連絡が来ないから、私もあの出来事を夢だと思って、次第に夢自体忘れちゃってた。でもこうしてまた会えた。まだどっちも現実という証明ができてないけどね」
二人は今度は夢の中でゆっくり語り合いました。お互いのこと、家族のこと、学校のこと。
どうやらレンコはメリーと違って学校にはかなり沢山友人がいるようです。
メリーは少しがっかりしました。何となく、自分と同じような疎外感を感じている子だったら良かったのにと思っていたからです。
「私はね。この世界のどこにも不思議が残っていないなんてこと信じてないの」
だからレンコがそう言いだした時には体中に不思議な電流が駆け巡ったような気がしました。
「私は科学が好き。でも今の科学者はね。段々新しい発見が難しくなっていると感じている。もちろん素晴らしい発見は次々と出てきているわ。それでも、その革新度合いは百年間くらいのスパンで見ると確実に低下してきているの。以前の大学者が敷いたパラダイムの上に精緻な建築物をつくり続けている、そんな感じ。どうしてそうなのかって考えていて、これは結局みんなが不思議を内心諦めているからじゃないかって思ったの」
レンコは「こんな話、誰もまともに取り合ってくれなくて本当に退屈」と付け加えます。
「科学のことは詳しくないけれど。でも。その話、なんだかわたしすごく分かるわ」
メリーはなにかに突き動かされるように、結界とその綻びを視ることができる自分の「眼」のことを話しました。もっと小さいころからいないはずの妖精が見えたこと、不思議な出来事に会いやすいこと、でも誰もがそうした存在を無いものとして扱っていて最近では自分の方がおかしいのではないかと思い始めたこと。
「すごい、すごいわメリー! そんな変な眼があったら、全部前提がひっくり返るわよ!」
変な眼というのは引っ掛かりましたが、レンコが決して悪意を持って言っているわけではないことはすぐに分かりました。彼女の眼は期待に燃えるように輝いていたのですから。
「ぜ、前提って?」
「人生の前提! 世界の前提!」
レンコは有頂天です。
「でも絶対にこの世界に不思議は残っていると確信していたわ」
「どうして?」
「だって、私も持ってるんだ。ちょっと他とは違う眼を。例外が一つあれば、反例としては十分」
なんとレンコの眼は月と星を見るだけで現在の場所と時間を正確に知ることができるそうなのです。残念ながら夢の中では時刻も場所も無茶苦茶になるので使えないようなのですが。レンコはちょっと恥ずかしそうに「GPSと時計があればいらない能力だけど。あなたの眼がうらやましいかも」と顔を俯かせます。
「でもそのためにも早くメリーが私の願望が生み出した夢のキャラじゃないって証明しないと」
それからまた何週間かして、メリーの使っているプライベートSNSにrenkoというユーザーからのメッセージが届きました。
「ハロー、メリー! はじめましてじゃないはずだから、自己紹介はしないよ。もしあなたが私のことを知らなかったらごめんなさい。その場合は偶然が生んだ事故だと思っていただけると嬉しいです。日本のウサミ・レンコより」
メリーは頭が一気に冴えたように思いました。そうです。また忘れていました。どうしてでしょう。ともかくこれで証明できたのです。
「レンコ、メッセージ、サンキュー!」メリーは慌てて文章になってない返信をします。まるで早くしないと夢が逃げていくかと恐れているように。すぐに「よかった!」と返事が来ました。それからは怒涛のやり取りです。こちらは英語で打ち込みますが、自動で翻訳されるので特に問題はありません。
以来、彼女たちは毎日のようにチャットや夢で連絡を取り合うようになりました。
「ねえメリー聞いて聞いて。この間、我が町のオカルトを調査してたんだけど、すごいものを見つけちゃったわ。きっと妖怪の痕跡だと思う!」
「ヨウカイ?」
「日本の伝説上の怪物? なんていえばいいのかしらね。とにかくオカルトよ」
「面白そう。詳しく聞かせて」
「たとえばこの画像の妖怪は九尾の狐といって最高に悪くて強い」
「クールだわ!」
「ぬいぐるみが余ってるからあげようか? 国際郵便で送るよ」
「ありがとう。とっても嬉しい!」
「あ、でもお小遣いが出るまでちょっと待ってもらっていいかな。国際郵便って最近高いらしいんだよね」
「なんだか悪いわね。そうだいいやり方があるわ。ねえ、そのぬいぐるみ夢に持ってこれたりしない?」
「ええっ? メリーって時々びっくりするようなこと言うなあ。私、夢に何か持ち込んだ経験ないよ」
「そう? 枕元に置いておけば意外に簡単よ?」
「す、すごい自信ね……。わかった、今晩試してみる」
「メリーってみんなから呼ばれてるニックネームある?」
「レンコに呼ばれてるメリーってのがそれだわ」
「それ以外で」
「うーん、しいて言えば“妖精憑きのマエリベリー”」
「なにそれカワイイ。ずるい」
「そうでもないよ。みんな馬鹿にしてるんだから。ねえレンコは?」
「ずっと星ばかり見てるから星バカ」
「うふふ」
「あー笑ったなー!」
「何だか怖いニュースが飛び交ってるわね」
「うん電子戦争開戦直前! なんてことが言われているけど、悲観しすぎなくてもいいって報道がこっちでは大多数だよ」
「私の国ではかなり信頼できるメディアがリスク分析をしてたけど」
「そっか。まあ一応気を付けようかな」
「ねえレンコ。昨日先生を怒らせちゃったんだけど、どうしよう」
「あ、昨日の夢でちらっと言ってた話ね」
「うん。また今日夢で相談に乗ってくれる?」
SNSメッセージや全身投影型シムで相談してもいいのですが、夢の中で会う方がなんだか素の自分で相談できる気がしたのです。
「今日はちょっと用事があって駄目だなー。くだらない研修旅行中なのよ。研修はくだらないんだけど、たぶん夜中にみんな寝ないで馬鹿話するだろうから……」
「分かった。次の土曜日はどう?」
「いいよ」
「わたしたちの夢による遠隔コミュニケーションの発見は世間に発表しないの?」
「よく考えたんだけど、まだ伏せておいた方が良いと思う。というのは、きっと学者が沢山来て私たち散々調べられちゃうわ。それに、その研究結果は全部調べた人たちのものになるのよ。これっておかしくない? 私がそのうちこの夢通信を理論的に解明してから発表したほうが良いと思うんだよね」
「それもそうねえ。騒ぎになったら家族にも迷惑かけちゃうし。少なくとももう少し大人になってからでないと」
身近なことから大きなことまで。こんなに話していて知的に楽しい同世代は二人にとって初めてでした。しかも二人はとんでもない秘密を共有しているのです。メリーとレンコが互いを親友だと感じるようになるのにそう時間はかかりませんでした。
4
メリーは興味本位で怪しい古本屋で買ったヘカテーの魔術書から、三叉路の魔術を試しました。古い言葉と暗号を使って書かれていて、メリーが解読した限り、どうやら友だちともっと仲良くなれるおまじないのようでした。気味の悪い材料を揃えてぶつぶつ人目に付くところで唱える必要があるのでかなりの羞恥心を覚えましたが好奇心には勝てません。薬草と胃をむかつかせる酷い匂いのせいで意識がもうろうとします。でも確かに人気の少ないロンドン郊外の寂れた三叉路の真ん中に結界が見えました。
「メリー?」
「レンコ、なぜここにいるの?」
「分からない。メリーの魔術のせいじゃないかな」
メリーは信じられない思いでレンコの手を取ろうとしました。でもレンコの手はエーテルで出来ているかのようにメリーの手をすり抜けました。よく見ると、月明かりの中でレンコの身体は透けて見えます。
「分かった。これは私の幻覚ね。だってレンコは日本にいるはずだし」
「だから、私は現実にここにいるの!」
ふいにレンコが出現したにもかかわらず、東の路地からこちらに歩いてくる人も、北の商店のシャッター下に座り込んでいる若者たちも、レンコに注意を払いません。
自分以外に見えなくてさわれもしない人間がいるなんて思えません。もしかするとこれまでレンコとSNSでやり取りしていたのもすべて、現実感覚を喪失した自分が作り出した都合の良い妄想だったりしないでしょうか? メリーは背筋がぞっとしました。そのことをレンコに伝えると、レンコも困ったように首を傾けました。
「うーん、どうやったら信じてもらえるのかな。そうだ! 今の時間と場所を時計もGPSも見ずに当てて見せるから、メリーも何も見ないで、私が言った時間と場所が正解かどうか、その辺りの誰かに尋ねてみて!」
レンコは星と月を見て時間と場所が分かる眼を持っています。だから、メリーが今の時間と場所を他の誰かに確認して、それがレンコの言うものと正確に一致するのなら、このレンコは幻ではないことになります。メリーの想像力がつくり出したものなら、メリーの知らないことを知っているはずがありませんから。
「道行く誰かに尋ねなきゃダメ? わたしの端末の時計で確認すればいいと思うんだけど」
「それだとあなたは、実際には自分で端末で時間を確認しただけにもかかわらず、私という本来存在しない人物があなたが端末を見る前に時間と場所を伝えたというストーリーを自分の脳が勝手に作り上げたと思うかもしれないわね」
「うう、わかったわ……」
レンコは夜空を見つめ、「午前三時二十四分五十二秒、日本標準時から時差があるから十八時二十四分……もう二十五分ね。場所は××通り二十八番地」と自信たっぷりにつぶやきます。その黒い瞳に月と星の影がきらめいたような気がして、メリーの背筋にざわりとした冷たい感触が走ります。禁じられた結界をそれと知らずに超えてしまったときのあの異質な感覚と同じでした。同時に、メリーは思わずその横顔に見とれてもしまったのです。
レンコに促されたメリーが、恥ずかしさをこらえて道行くおばあさんに今の時間と場所を尋ねると、レンコの言った通りでした。
「ね。これで信じた?」
「でもわたしが通行人の幻にしゃべらせている可能性もあるし」
「そりゃ形式論理的にはその可能性もあるわ。でもそこまで疑うならそもそも普段見ている現実自体疑った方がいいんじゃない?」
二人は笑い合いました。メリーも口ではああいいましたが、もうとっくにレンコのことを信じていました。あとでしっかり調べたところ、メリーが最初効果を誤解していたこのヘカテーの儀式は「月の通り道」という魔術だと分かりました。術者が強く思う相手の意識を、月影が照らす三叉路の真ん中に呼び出してしばらく止め置く魔術です。相手が眠っているときにしか使うことはできません。つまりレンコの方は夢の身体でこの三叉路に呼び出されていることになります。この魔術を使えばレンコにロンドンの街並みを案内できるし、その逆に自分が日本の路地に立ってレンコに案内してもらうこともできると考えてメリーは嬉しくなりました。ただ、この魔術はひと月に一度しか使えないうえ、集める材料が難しいものが多く、人目につかないように実行するのは至難の業なのでこれ以降使ったことはありません。それでもメリーの脳裏に、互いの街を訪ねるというアイディアは素敵なものとして刻み込まれたのです。
「こんなふうに、まだ見ぬ不思議をもっともっと暴いていきたいわ」
メリーの言葉に嬉しそうな顔を向けたのはレンコです。
「それは良かった、いまちょうど“秘封倶楽部”の会員募集中よ」
「ヒフウクラブ?」
メリーが怪訝な顔をするとレンコは帽子をとって覗き込むような仕草をしながら、得意げに説明してくれました。
「今の時代はあらゆる現象が学問によって説明されてしまったんだってことになってる。私たちが生まれる前に大人達が世の中の問題はもうほとんど解いてしまっていて、後は残っている問題に既存の解き方を当てはめていく流れ作業。つまらないわね」
「つまらないわ」
「でも、本当はそうじゃないかもしれない。ねえ、これってあなたが教えてくれた本の話と似てるのよ。私たちはある日突然全てが当たり前に整った世界に放り出された手品の兎なのよ。私たちはポンッとこの世界に出てきて、あとはただの普通の兎。ニンジンでも食べて人間に飼われて死ぬだけね。でも、シルクハットの中身には、まだ魔法が残っているかもしれない」
「パンドラの箱みたいに?」
「それと似てる。とにかく、シルクハットから取り出された兎は好奇心旺盛。どうしても気になって、魔術師から帽子を奪って覗き込んで見るのです」
それが、結界の向こう側を暴くことだと、メリーにはすぐに分かりました。
「でも、それって怖いわ。魔術師の帽子は今度は兎を吸い込んでしまって、二度と出て来れないかもしれないじゃない」
「そうね。だから禁じられてる」
レンコは神妙な顔で頷きます。
「でも、やっぱり気にならない?」
「それは……気になるわね」
「でしょ! きっと私たち、どうしても覗き込んでしまう。やめておこうと思っても、思い詰めて、ある月夜の晩にふっと結界の中に消えて、二度と戻ってこない……」
メリーはぞくりとしました。それはとても「ありそう」に思えたからです。でも、メリーは自分が震えているのが怖さからだけではないことが、嫌でも分かっていました。
「だったらこっちからガンガン行くべきよ。『君たちの安全のため』なんて過保護な魔術師の大人は無視無視。それに二人なら楽しさも二倍、危険なことがあっても不安は二分の一!」
二人は月が天文台の影に隠れるまで語り合いました。月が見えなくなると、レンコの姿はぐんぐん透けていきました。「時間みたい。またね」「うん、またね」。
でも二人はしばらく会えませんでした。メリーの方でも色々な騒ぎを連続して起こしてしまい、メリーの知らないところで魔女信仰カルトが学校周辺に出没してみんなぴりぴりしていて、そのストレスでメリーはうまく夢路を辿ることができなかったのです。
5
それからは、グレッグ先生の知っての通り、治療用シムの話です。
メリーはそれを受けることに同意しました。もっとも先生の説明はシムのコマーシャルと同じオブラートに包んだ言い方で、これは君の信念を無理矢理変えるものではないだとか、とても言い訳がましいものでした。レンコがどうなるかにも触れていません。ちゃんとしたインフォームドコンセントの原則を満たしていたとは言い難いでしょう。
――治療用シムは対象の好みに合わせためくるめく物語の世界を再現するところから開始されました。気分がふわふわとして、なんだかいつものように頭が働いてくれません。でもメリーは気にしませんでした。なにせ、ここに来るまでにもとても素敵な御伽噺の冒険をしてきたのですから。そしてついに、メリーは九と四分の三番線の前まで再びやって来ました。
おずおずと壁に手を当てると、すっと手が吸い込まれます! メリーはどきどきして、壁の中に飛び込みました。眼を開けた先に広がるのは夢にまでみた九と四分の三番線のホーム。でも、メリーのとびっきりの笑顔は、すぐに曇ってしまいます。日が落ちて昏いホームには、とっくに明かりが付いていないとおかしいのです。それなのに、酷く薄暗く、そしてなによりメリーの他には誰もいません。
ずいぶん昔に捨てられたらしいコカ・コーラの空き缶が転がり、配線がむき出しになった電燈が目立ちます。ホームには列車がくる気配はありません。ホームの天井には穴が空いていて、夜空だけが綺麗に静かに輝いています。
「九と四分の三番線は廃線になりました。20XX年 魔法省交通部マグル界担当課」
ついに古びた掲示板にそれだけ書かれた張り紙を見つけてしまいました。
ハリー・ポッターに魔法省「交通部」なんて出てきたでしょうか。メリーはこれはシムなんだとシムの中で自覚し始めました。メリーはなぜ自分がこれほどまでにシムがきらいなのかが分かったように思いました。現実ではないシムが結局戯言にすぎないなら、メリーの「ヴィジョン」もまた単なる妄想に過ぎないと、分かってしまうのが怖かったからです。
九と四分の三番線のホームで、メリーは立ち尽くして泣いていました。でも目を覚まさなくちゃいけないというのは分かっていました。「分かってるわ」とメリーは言い訳するように独り言を言いました。シムが見せてくる現実認識条件の水路付けに対して、メリーの自我は罪悪感を感じ始めていたのです。
シムからの目覚めは刻一刻と近づいています。サンタクロースの正体がなんとなく分かってしまった年のクリスマス。なにも知らないつもりでプレゼントを開けるときの、あのなんともいえない白々しい喪失感と、大人になった感覚。目を覚ませば、馬鹿馬鹿しいことはみな古い素敵な思い出に変わって、次第に日々の中で忘れて生きるようになるでしょう。この目覚めで、メリーはまた一歩大人になるのかもしれません。
「そんなの嫌!!」
メリーは思わず「廃線」の張り紙を引きちぎりました。怒りに紅潮した頬が白い肌に燃えるようでした。
次の瞬間、ぐらりと空間全体が揺れ、大きな現実感覚のレイヤーが張り替わったような感覚がありました。気がつくと紅の列車がホームに停まっています。魔法学校行きのあの有名な列車です。
メリーは唖然としました。あたりには大勢の人が溢れていて……。しばらく目を見張っていたら列車の発車ベルが鳴り響きます。彼女は急いで乗り込みました。夢の奥に進めば、物語の力に捉えられ、もう戻ってこれなくなるでしょう。それはグレッグ先生が危惧していた「引き上げるのが遅くなりすぎるシナリオ」なのですが、メリーにはもちろん知る由もありませんでした。
6
魔法魔術学校の大広間にはたくさんの生徒がいました。メリーと同じくらいの背丈の子ども達は不安そうにあたりをきょろきょろ見渡しています。
その中に、メリーは安心できる顔を見つけました。
「レンコ!」
「あ、メリー。最近会えなかったから心配してたわ」
「ええそうなの、わたし、今でもちょっと混乱していて……」
「えー静粛に静粛に」
教員の席から、魔法魔術学校の校長が前に進み出ます。
校長先生は白髭のお爺さんではなく、白黒の玉が付いた変な服に変なナイトキャップを被った青い髪の女の子でした。
「皆さんご入学おめでとうございます。私が本学校長のドレミー・スイートです。気軽にドレミーとお呼びください。今から皆さんを組み分け帽子が適切なクラスに割り振ります」
組み分け帽子はメリーを黒魔法使い、レンコを竜騎士のクラスに割り振りました。
「ハリー・ポッターはベースで、色々混じってるのね」メリーは感心して笑います。
「大丈夫なの? なんだか、いつもより夢が全体的にざわついている気がするよ」
それからメリーとレンコは夢の中を冒険し、八面六臂の大冒険です。
邪竜を倒して手に入れた剣で、それ抜きには決して破ることができない邪悪な魔法使いの砦を攻略しました。影から呼び出してしまったもう一人のメリーの力が暴走し、世界を危機に陥れようとするのを二人で止めました。影がメリーと入れ替わろうとするのをレンコがメリーの名前を呼んで止めなければ危ないところでした。
メリーもレンコも夢に流されるままに遊び続けました。何か大事なことを忘れているような気がします。頭の片隅で時計が針を進めているのに、それが何のタイマーなのか思い出せないあの感覚です。
最初のうちは夢の内容には、現実のメリーの住むロンドンや学校の人々や家族を思わせるモチーフが時折顔を出していました。しかしメリーが極力そうしたシーンを避けようとしたことで、次第に夢の内容は以前の夢の内容のリバイバルかバリエーションのような自己言及的な内容に移行していきました。
レンコはもう竜騎士のクラスをレベル九十九まで上げてしまいました。メリーも「シム魔王」を倒してその手からこの世で一番強いニワトコの杖を奪い取りました。
そんな二人の前に、ドレミーがぽんっと気の抜けた音と共に現れます。変なぶよぶよしたピンクの物体に寝そべるようにして宙に浮いています。
ドレミーはすっかり夢見心地の二人に空中から取り出したミネラルウォーターを振る舞いました。それを飲んで、二人は束の間、現実感覚の残滓を取り戻しました。
そしてドレミーは二人に厳かに宣言します。
「あなたたちはこの夢をこのまま見続けてもいいし、見るのを辞めてもいい。この夢を見続けるのであればこちらが現実になって、もう一方の現実は夢になるわ。あなたたちは永遠に世界の可能性の断片の間を漂って、胡蝶のように生きることができる。見るのを辞めたのなら、現実はそのままで生きることができる。だけどほぼ確実に、もう二度と異界を見ることはできなくなる」
メリーもレンコも、どこかで家に帰りたい、現実に帰りたいと思い始めていました。なのにそれが不思議な力や不思議な世界の可能性と引き換えなんて思ってもみませんでした。
「それから、現実に帰る場合、この夢にかかわる記憶は全部忘れてしまいます」
「それって、私たち、お互いのことも忘れちゃうの?」
「忘れる忘れる。それも考えに入れることですね。あ、それから、そちらの金髪の子の意思しか聞かないからご注意を」
「えっどうして」
「だってこの夢の主はあなたですから」
ふたりは顔を見合わせます。
「しばらく考えなさい」
この世界は、確かによく出来ています。だけど、なんだか少しずつ慣れてきて飽きてきてしまいました。時々なら楽しい場所です。でも永遠に居るとなるとそれは意味消失した悪夢以外のなにものでもありません。
「きっとさ、この世界がメリーの夢だからよ。メリーが知っていることと想像できることしかこの世界にはないんだと思う」
「それはつまんないかも……。でも、わたしレンコみたいな変な子のことは想像したこともなかったわ」
「だから言ってるでしょ」
そういうとレンコは悪戯っぽい笑みで胸を張ります。
「私は現実にいるの」
そのレンコの言葉でメリーは考える方向が見えたと思いました。
「わたし、レンコとずっと一緒にいたい。だから、ずっとこの夢をみたい」
レンコはびっくりした顔をしています。実はメリーもです。メリーはまだ迷っていたのです。
「待って、違う、わたしはそんなことを言うつもりじゃ――」
「メリー、喉のところ!」
レンコは鋭く叫ぶと、メリーの喉元に手をやり、影の蜘蛛のようなものを取り上げました。
「影のメリーの力の残滓ね。しぶといやつ!」レンコはそれを手にした剣ですっぱり斬ってしまいました。
ドレミーはじっとりとした目つきで含みのある顔をメリーに向けます。
「返答は返答です。だってそれもあなたでしょう? それでは、どうぞ――」
反論する間もありませんでした。
足元の石畳が紫色の気味の悪い泥のようにぐにゃぐにゃになって、メリーを呑み込みはじめます。メリーが悲鳴を上げる間にも、もうメリーは膝下まではまり込んでしまいました。「メリーっ!」びっくりしたレンコが手を伸ばしてくれましたが、床が引き込む力は大人が数人がかりでひっぱっているようで、とてもレンコの力では太刀打ちできません。
やがてとぷんという音がしてメリーの体は全て床に飲み干されました。メリーは自分が夢の深奥へぶくぶくと沈んでいくのを感じました。
7
紫色の背景に赤いグリッド線が引かれた何もない空間にメリーはいました。何となく楽屋裏というか、「夢の底」というイメージの場所です。そばには憎たらしい獏がふよふよと漂っています。
「レンコがいない」
「ああ、あの子だったらあなたとは別の場所で別の夢を見ていますよ」
「どうして!」
貘は意地の悪い笑顔で教えてくれました。
「あなたが自分の夢に深く沈むことを選んだからです。夢は私有財産なんです。誰かと分けあうなんて今の人間にはできやしない。あなた達が生まれるずっとずっと前には、夢が共有物だった時代もあったんですがねえ。いまじゃそれができるのは幻想郷か月の都か異界の住人くらい。あなたたちも幻想郷に生まれていれば幸せだったかもしれませんね」
でもいいじゃないですか。夢は何でもつくり出せるんですから。そう貘は言いました。たしかにそうです。メリーのコートの内側から、黒猫がひょいと出てきてにゃおんと鳴きます。ぬいぐるみではなく、数年前に死んでしまったメリーの思い出のペット、黒猫ネーブルです。レンコからもらったまま首に巻いていたマジック・フォックスのぬいぐるみも、いつの間にか本物になって一声こーんと高く鳴きました。そして、あたりの紫色の泥だんごがぐにゃぐにゃと形を変えて、レンコの姿になりました。
「メリー!」
「レンコ……?」
レンコだと思いました。だから、メリーはレンコと一緒に夢の中で遊びました。何日も何日も遊びました。だけれど、このレンコはメリーの知っているだけのレンコでした。思えば、レンコについてメリーはどれだけ知っているでしょう。日本の東京に住んでいると聞いていましたが、それだけです。それでは彼女が生まれた街をきちんと想像できません。名前の綴り(カンジ?)も尋ねていませんでした。家族や友だちのこともどれほど知っているでしょう。一緒に美味しいものを食べたらどんな表情になるのかも知りません。現実に手を握ったこともありません。以前魔術で呼び出したレンコの手は透明にすり抜けてしまったのですから。レンコがくれたかもしれない思いもよらない冒険へのきっかけも、根が引っ込み思案なメリーの想像力で再現できるのもはどこか刺激を欠き、本物ではない気がします。
「違うわ。これは、何か違うの。私が見たかったのは、もっともっと思いもよらない世界なの」
貘が隣に立っていました。ずっとそこにいたのでしょうか。時間があれからどれだけ経ったのかも曖昧です。
「でもここにはあなたの望むあらゆるものがある」
「じゃあ本物のレンコと会わせて」
「それは無理ね。本物のあの子も自分自身の夢からもう抜け出せなくなっている頃でしょう」
メリーは首を絞められたような息苦しさを覚えました。レンコはメリーのせいで現実に戻れなくなってしまったのです。
兎を帽子の中に誘い込んだのは、魔術師である自分なのだという呪われた事実に気がつきました。
「あ、魔術師だ!」
「結界を暴くなよ、気味が悪いだろ。イカレ魔女」
いつの間にか、周りに現実世界のクラスメイト達の姿が現れ、メリーを囃します。
貘は面白そうに笑っています。
「悪夢が美味しそうに熟成されてきましたね」
そのとき、ぱんっという高い音が響き、ドレミーの姿が破裂しました。その足元に大きな穴が空き、その縁に小さな手がちょこんと乗っかっていました。
「メリー、こっちよ!」
レンコの声です。メリーは本物なのかどうかと躊躇しましたが、握った手は問答無用でぐいっと穴に引きずり込みます。メリーと顔を合わせるとレンコは嬉しそうに頷きました。全身泥だらけで、あたりには異様な気配を感じるつるはしやクリスタルで出来た光り輝くドリルが散乱しています。
「これ、なに?」
「恒星系開発に使われる最強のつるはしと究極の掘削ドリルよ。貘があなたが想像できる範囲でどんな夢でも見せてあげるっていうから、ブラックホールの核をぶち破る工事をしたいって願ったの。本当はこんな工具じゃなくて物理学的にSFな原理を使ってるんだけど、意図がバレにくいように念のため分かりやすいアイコンにして偽装したんだ」
「なにそれ」
「我ながら中々面白い夢だった。月の裏側にある宇宙人の都市から伝説の宇宙工事道具を盗もうとして、月の兎に追いかけられて捕まっちゃって名前を聞かれたんだけど宇佐見ですって言ったらあいつらウサギと勘違いして逃がしてくれたんだ。笑っちゃうよね。それから変な三段ロケットの残骸を修理して宇宙に飛び出して、ブラックホールのコアをぶち破ったわ。実際私もすごく夢自体を楽しんでたから、貘の奴も油断してたのね。で、あいつがぼーっとしてる隙に私は特異点をあれこれして通り抜けて、夢宇宙のワームホールを通ってメリーの夢宇宙まで来たってわけ。特異点をくぐったら別宇宙へ行けるって理論を、夢の中の特異点をくぐったら別の夢宇宙に行けるということに無理やり想像力の中でくっつけたの」
レンコの言っていることは全然分かりませんでしたが、レンコの指すワームホールとやらがこの穴なのは分かりました。よく見ると、穴の底に近い部分の壁にもう一つ穴が空いていて、ずっとずっと奥まで続いています。きっとレンコの夢まで通じているのでしょう。こんなメリーの思いもしない奇妙なことを思いつけるのは本物のレンコにちがいありません。
二人は夢の中を駆け抜けます。
「レンコの夢に行く?」
「いや、もう私の夢も警戒されていると思う。もう一度戻ったら私も同じことをできる自信がないから、ここは逃げの一手」
そうやってデタラメに夢の壁を壊して行きます。いくつもの夢を渡りました。だけど、メリーはレンコに手を引かれながら、どきどきすると同時に終わりの予感も感じていました。
――この夢が覚めてしまったら、私たちはお互いのことを忘れてしまう。再会できたのだから、このまま夢の中でずっと逃げていればいいんじゃない? それに、もしかしたらドレミーは二人で一緒に夢を見ることも許してくれるかもしれない。今の人間にはできないというだけで、ダメだとは言わなかったわ。わたしたちならそれができるかもしれない。
それは甘い誘惑でした。そして、メリーがそんな気持ちを自覚すると、とたんに渡る夢にメリーの夢の風景が混じりはじめたのです。進んだと思っていたのに、まだ出発点からほとんど動いていなかったのです。気持ちが外に向けば遠くに、内に向けば近くに吸い寄せられるのが夢の世界のルールなのです。
そこで初めてレンコが疲れたような表情を見せました。そのときです、突然目の前に目にも鮮やかな列車が停まっているのが分かりました。魔法学校行きの列車とは違う、きわめて現代的なデザインの最新列車です。
車体にはHIROSHIGEと書かれています。
8
それからのことは、夢の中の経験の中で、一番鮮明に覚えています。メリーはこの冒険のことを忘れてしまった後も、この場面だけは何度も何度も夢の中で繰り返し見るようになりました。そんなときは決まって少し早く目が覚めてしまうのですが、覚めてから五分もしないうちに夢の残り香は雪のように解けて、夢を見たことすら忘れてしまいます。そのくせ、同じ夢を見ているときには、あっまたこの夢だと分かるのです。その夢は、メリーが大学に入ってしばらくするまで続きました。
「ねえメリー。メリーだ」
レンコが言う通り、列車の中には大人になったメリーがいました。影のメリーなんかじゃありません。正真正銘の大人になった本物のメリーです。なぜだか、すぐにそう分かったのです。彼女は、列車の個室のシートに誰かと向かい合って座り、楽しそうに笑っていました。メリーは大人の自分の安心しきったようなその笑顔をみて、大人の自分がそんな顔をしているのがすごく不思議で――そして、すごく羨ましいと思いました。
お相手は、同じくらいの年齢の颯爽とした雰囲気の女性。東洋系の顔立ちで、たぶん日本人です。というのは彼女達の会話が日本語だったからです。「東京みやげ」とか「××のご両親、面白い人だったわ」だとか、なぜかメリーにも日本語のまま意味が分かりました。もう一人は、きっと、レンコです。メリーには確信がありました。そう確信してみると、会話の中から「レンコ」という名前が何度も大人の自分の口から出てくることに気付きました。
「もうひとりはあなたみたい」
「うん」隣の今のレンコもごくりと唾を飲み込みます。
大人のメリーがレンコを呼ぶときの口調には、今のメリーがレンコを呼ぶときのような気恥ずかしさなど微塵もなく、流暢な日本風のアクセントで親しみが籠められていて、少し大人の匂いがしました。その呼び方に含まれている歴史は、どんなに子どものメリーが想像をこらしたところで、分かるものではありません。
すぐそばにいるのに、大人の二人には子どもの二人の姿が見えていないようです。
メリーの手を傍らのレンコが強く引きました。彼女も目を丸くしながら大人の二人の顔をみています。それでもレンコは「帰らなきゃ」と言います。
メリーは泣き出しそうでした。レンコとは、大人になったらこんなに素敵な友だち同士になれるかもしれないのです。でも夢から覚めたらお互いを忘れてしまいます。夢だとしても大人にもなれるのなら帰る必要などあるでしょうか?
メリーはぽつんと「帰りたくない」と言いました。
レンコは黙ってしまいました。レンコにだってメリーの気持ちは痛いほどわかったはずです。自分だってメリーと過ごした日々をとても楽しく思っていたはずです。とはいえ、戻らなくちゃいけないと彼女はもう一度言いました。
二人はどうするか決めあぐねて、しばらく未来の自分たちの会話を聞くことなく聞いていました。
大人のメリーが窓の外を見て退屈そうな声を上げました。
「それにしても、外は真っ暗ねえ」
「そりゃ夜だからね」
「ヴァーチャルスクリーンなんだから昼と同じ風景を映せるでしょうに」
「それじゃあんまりにも情緒がないでしょ? 夜はね、実際の外の映像を流しているそうよ。高層建築とかそういう見苦しいものをちょっと編集してね」
「なんのために実際の映像なの?」
「そんなの決まってるじゃない。月と星を見るためよ。見れないときは見れない。見れるときは見れる。空の様子は、人間の思惑で勝手に変更できない。だからこそ自分がいまここにいるという信頼できる感覚をくれるわ。そうだ、星を見やすくしよう」
大人のレンコは星が見えやすいように自分たちの個室の照明を落として、遮光カーテンで通路と隔てました。幼い二人もカーテンで区切られた窓側の夜の中にいます。大人の二人は窓辺で寄り添うようにして星を数えています。
「九月二十日二十時四十五分十一秒、新東海道線浜松市付近」
二人のレンコがつぶやくのは同時でした。
レンコははっとしました。先ほど見た無茶苦茶な夢の中では夜空をみても時間も場所も分からなかったのに、ここでははっきりとその感覚が分かるのです。それは、この時間と場所が現実であることを示しています。
「ここ“現実”よ」
夢のワームホールをくぐっているうちに、未来から漂ってきた現実の時空の切れ端に遭遇したとでもいうのでしょうか。賢いレンコにもその原理は全く分かりませんでしたが、気の遠くなるような確率の偶然の結果だと思われました。
「わたしの夢じゃないの?」
「ここではむしろ私たちの方が夢みたい。大人の私たちは現実」
その言葉の意味をメリーは噛み締めるように考えました。
「いぜんメリーの魔術で眠ってる私の意識だけ現実のロンドンに呼ばれたことがあったわよね。あれと似てる現象……だと思う」
「これが夢だけど夢じゃないってことは……私たちはここにずっといることはできないのね」
やがてメリーは言いました。そうです。自分たちの方が儚い存在なのだとすれば、いつまでこの時空と関係を持っていられるかは分かりません。メリーもそれを直感的に理解したのです。
「帰ろう、メリー」レンコはもう一度はっきりと言いました。今度はメリーの眼をしっかり覗き込んで、力強く頷きながら。
「うん」
メリーは泣きべそをかいていました。そんなメリーの肩をレンコは優しく叩きます。
「いつか大人になったら、ここにまた来よう。夢じゃなく、現実に来よう」
「うん」
メリーはもう一度しゃくりあげましたが、その目はしっかりと前を見上げていました。
「私たちは、現実に帰るけれど、それは夢を見なくなることとは違うわ。貘の奴が出してきた二択なんか無視!」
「忘れてたってあなたに会いに行く。そして再会した私たちは、いつかまたこの列車に二人で乗るの」
「夢を現実に変えることが、メリーと二人ならきっとできる」
しだいに列車が酉京都駅に近づきます。駅に到着する前にここから出ないと、メリーとレンコは永遠に夢の世界をさまようことになると二人には分かりました。二人は気がつくと列車を降りていました。気持ちの在り方でいる場所が決まるのが夢の世界のルールですから、不思議ではないのでしょう。
レンコは名前の綴りを教えてくれました。メリーにとってはとっても奇妙に見えるカンジという文字で、「宇佐見蓮子」と書くのだと知りました。再会のための方法は打ち合わせません。きっとすぐに忘れてしまうからです。でも、これは二人以外の誰にも分らない理屈なのですが、自分たちはいつか絶対にもう一度出会うだろうという確信がありました。メリーと蓮子は果てしない線路を東へ東へ歩いていきました。やがて太陽が地平線を明るく染め始めると、急にあたりに朝靄が立ちこめ始めました。同時に歩いて来た西の方角からゴーッという地響きが伝わってきます。遠くなっていく夜の衣の奥から古い夢が何か大きな怪物の姿をとって追いかけて来たのです。
「メリー!」「蓮子!」
二人は手を取って朝の方角に駆け出します。体が軽くて、まるで飛ぶように走ることができます。二人の速さには、古い夢は追いつけません。幻想は夢より速いのです。
しだいに地響きは遠くなり、あたりはどんどん明るくなり、ついに後ろからは諦めたように何の音もしなくなりました。もう安心です。二人はスピードを落とし、また名残を惜しむように歩きます。
そしてついに、線路が二手に別れるところまでやってきました。
「ここでお別れね。また会おうね、メリー!」
そういうと蓮子はぷいっと顔を背けて、右側の線路へさっさと歩いていきます。二十歩も歩かないうちに朝靄がその背中を白く隠しはじめます。
「今度はわたしが日本まできっと会いに行くわ! 日本の素敵なところをいっぱい案内してね! お互い忘れていても、また仲良くなりましょう!」
メリーは自分でもびっくりするくらい大きな声を出して蓮子を見送りました。蓮子がこちらを振り向き、目の辺りを片手で拭いました。朝靄に隠されていても、目尻に涙がいっぱいに溜まっているのが分かります。
二人は朝靄がすっかり互いの姿を隠してしまうまで、いつまでも手を振っていました。
9
それ以来、私は日本に留学すると言って生まれて初めて両親に駄々を捏ねて泣きついて、日本語をハイスクール二年までにマスターするなら考えてもいいと言質を取りました。“マスター”の基準はネイティブ並って話だったからちょっと無茶だとは思います。だけど最初は絶対反対って感じだった家族も、日本語の勉強をしている私が笑うようになったといって考えを変えたみたいです。それから猛烈に勉強して、今じゃ山門と三門の違いも分かるようになって日本人にもちょっと引かれるくらいになりました。これは余談ですけれど。
でも、私は日本に留学したいと思った理由を「なんとなく」だと思うようになっていました。誰か名前も忘れてしまった友だちの影が時折頭をよぎることがあっても、自分があまりに寂しくて幻の友だちをつくり出してしまったのだと。イマジナリー・フレンドという概念も本を読んで理解していたので、自分を納得させるのはそれほど難しくありませんでした。それに、あの後すぐに世界的な企業間電子戦争が勃発して旧来のデータが全部吹っ飛んでしまって、SNSの履歴やクラウド保存していた日記も全部消えちゃいました。だからあのメルヘンチックな夢の冒険のことも全て忘れていたのです。以上が私から先生に申し上げたかった当時の真相です。
このメルヘンな冒険を信じてもらえなくても全然かまいません。私はもう自分の“ヴィジョン”のことで人からどう思われようと気にしないのです。
私は夢の中で貘が言った通り、この冒険のことを先生からの手紙の「治療用シム」のくだりを読むまですっかり忘れていました。どうしてこんな経験を忘れることができたのでしょうか? なんだか相対性精神学の研究対象になりそうな話ですよね。どう解釈できるんでしょう。
たとえば、先生の手紙を読んだショックから心を守るために、私の脳が主観的に都合の良いストーリーを後からでっち上げた(私は思い出したと感じているが、先生の手紙を読むまでそもそもそんな冒険は存在していなかった)なんて説はもっともらしいかも。
ぜひともグレッグ先生のご意見をお聞かせください。
もっとも、私は相対性精神学としてはやや型破りな方法でこの問題にアプローチするつもりです。私の“イマジナリー・フレンド”に直接この記憶のことを問いただしてみるんです。どんな反応が返ってくるかしら?
そうそう、このあいだ久々に近くの結界の綻びの近くで妖精を見かけました。日本の妖精ってなぜかシシリー・バーカー風の姿なんですよ。なんだか不思議ですね。そうだ、グレッグ先生も良かったら一度日本に遊びに来ませんか? 本当の京都は小綺麗なシムで体験するのとはずいぶん違って、路地裏や古い祠に渾沌とした不思議がぎっしりと詰まった興味深い街です。昔に比べたら結界が管理されて表側はずいぶん冥い街になってしまったんですが、まだまだちゃんと探せば思いもよらないものに出会えます(このあいだなんて公園に野生の狸がいたんです。この科学世紀に!)。先生が来てくれたら、京都の街を案内して、面白い友人も紹介したいと思っています。
では、長時間のタイピングで手が悲鳴を上げてきましたので、本日はこの辺で。
10
ハーンからの分厚い手書きの便箋をポストに見つけた時、私は胃が重くなり、手に鉛をつけられたようにのろのろと封を切った。返事を期待しないと書いたが、返事が欲しかったのは隠し難い事実だ。だが、この厚み。私を非難し断罪する言葉が溢れているのだと思った。
意を決して手紙を読みはじめた私は、すぐに眉根に皺を寄せた。そこにはあのときのハーンが感じた主観的世界が童話風の文体で綴られていたのだ。私は手を震わせて読み進んだ。クラスメイトからのいじめ、大人世界への不信、イマジナリー・フレンドが心の支えになっていたこと。その物語の中では、妖精と夢の世界は、たとえ恐ろしいことが時にあったとしても、現実の向こう側にあるもう一つの可能性としてハーンの希望だったこと。なによりハーンが楽しそうに心から笑っていたことが行間から伝わってくる。私への罵詈雑言で埋め尽くされているという私の予想は裏切られた。だが、ハーンの主観世界が美しく描かれれば描かれるほど、私の犯した罪が非難されているように思えてしかたがなかった。
ところが、眼を背けたくなるような「治療用シム」のくだりになって、ハーンの物語は私の知らない軌跡を描きはじめる。九と四分の三番線の行き止まりで、それ以上行けないはずの結界をなんらかの方法でこじ開け、イマジナリー・フレンドと一緒に夢の世界を冒険する。そして、夢か現実かの二択を迫られる。私は、はらはらしながら考える。夢世界のドレミーとかいう貘が提示した二択は、事実上私が施した治療用シムに対するハーンの精神の予想し得る二通りの反応に他ならない。それはどちらも、残酷な結果をもたらすものだ。
しかしなんとハーンは二択を拒否し、幻の友人とともに未来の自分を見て、現実に帰還した。私の用意したシムに、幻の友人が選択に介入する可能性などなかったし、まして未来のハーンと幻の友人を見せるなどというプロットは絶対に仕込んでいない。理解不能だ。
加えて、物語部が終わって大人のハーンの語りで私に話しかける手紙の最後の部分は、より解釈が難解だった。あの後も「結界」と妖精はハーンには見え続けていたらしい。そして、私の手紙をきっかけにかつてのレンコとの記憶をも思い出し、それをイマジナリー・フレンド本人に問いただそうと思っているのだとか。私が余計な手紙を書いてハーンの癒えていない傷を不用意に刺激したせいで、彼女は奇妙な妄想に再び囚われてしまったのではないか? 私は自らの手がハーンを突き落とした暗い淵を覗き込み、慄然とした。
机の上には読み終えた手紙。そして「手紙を読んでから開いてください」と書かれた葉書サイズの包み。わたしは絞首台に登る昔の罪人のような気分で、最後の包みを開いた。
「手紙の方ではきっと驚かせてしまったと思います。一言、何も問題ないですって返事をすれば先生を安心させられるのに……。ごめんなさい、でも先生には正直に全部伝えなくちゃいけないと思ったんです。そこで目は口ほどにも何とやらということで、つい先日京都の鴨川を背景に親友と撮った写真を同封しました。こんな感じで私は毎日楽しくやってますから、どうか心配しないでください。
――親愛なるグレッグ先生へ マエリベリー・ハーンより」
メモの下には写真があった。
大人になったハーンは、想像通りとても綺麗に成長していた。私の予想と違っていたのは、彼女が子どもの頃よりもずっとあどけない笑顔で笑っていたこと。そして、その横で同じように屈託のない表情で笑い合う友人がいることである。
「ああ!」
私は思わず拳で机を叩いていた。その女性には、私があの時見た幻影の少女の面影が確かにあった。そういえば、写真のハーンの笑顔には一度だけ見覚えがある。私が努めて忘れようとしていた、治療用シム施術中に寝言で「レンコ」と呼んだときのあの表情である。どれほど呆然としていただろうか。私はいつのまにか声を上げて笑い出していた。
こんな不思議な話を無邪気に信じるなど、相対性精神学徒として失格だ。たとえばイマジナリー・フレンドのイメージ通りの人間をハーンは友人にしただけだと解釈する方が妥当だろう。しかしハーンの昔なじみとしての私は、ハーンの選択を絶対的に祝福する。ハーンは現実を見事に掴んだ。それも、私がつくった夢と現実の区分を乗り越えることを通じて。こうした子ども達は、常識に囚われた大人の予測をいつだって超えてくる。私などには、ハーンの目を閉じきってしまうことは到底出来なかったのだ。
彼女の手紙のおかげで私にもやることができてしまった。彼女が許してくれても、私が自分の罪を許すことはない。いずれ治療用シムの致命的欠陥についての論文を書かなければなるまい。そんな論文を公表すれば、シムメーカーの影響力の強いこの業界で白眼視・異端視されることは必至だ。せっかく築き上げた専門家としてのキャリアも台無しになるかもしれない。だがそんな未来を想像しても、腹の底から面白いという感情がわき上がってくるのを不思議と抑えることができない。私はハーンからの手紙と写真をケース記録帳の「M・H」のファイルにはさみこむと、またひとしきり笑い声を上げるのだった。
それどころか たったひとつの冴えた作品とさえ思います
しかもこの作品からは 秘封を書くと言う意思と同時に 作者にとってのSF・ファンタジー(それはもともと不可分なジャンルですが)を表現しようと言う意思を感じます
オリジナル・キャラクターのグレッグ・スミスは本文のとおり「職務に対する誇り」がある善良な人物でありながら 同時に「半年後の契約満了」を気にかけている まさに〝現実的〟な人物です
それに対してメリーは〝夢の側〟なのですが そこに夢を見ない大人と夢を見る子供 その対比を感じないわけにはいきません
スミスはメリーを妄想的な子供と思うわけですが「何もない丘からバイオリン」が聴こえたり メリーが「二日後にストーンヘンジの中で」発見されると言うような非現実に直面して しだいに焦りがつのりはじめる
それは妄想的な人物が現実を受けいれられないのと まったく逆の現象でもあります
夢が現実に侵入してくることが 気にいらないのです
スミスはある意味で 子供の夢を壊してしまう大人のようなイメージが 背景にあると感じます
実際 スミスは治療用シムでメリーの夢を変質させてしまう
この物語で レンコも当然〝夢の側〟なのですが 彼女の立場は メリーの立場とはまたちがいます
レンコは夢の側でありながら「学校にはかなり沢山の友人」がいて 性格そのものもポジティブです
メリーは幻想において「世界観を大事に」する保守派であり レンコはエルフの国にロケットを創る革新派です
そこには思想の差異があるのでしょう
すくなくとも科学と幻想を安易に対立させないレンコの考えが わたしは非常にこのみです そこには科学を悪と扱う ありがちな厭世は見つかりません
夢の中であらゆるを創れることを利用し 特異点と宇宙の理論を夢に応用して レンコが現れるシーンは まさに科学と幻想の〝イイトコドリ〟で わたしはこの場面が最高にイカしてる! と思います
最後にスミスが「腹の底から面白いという感情がわき上が」り それ抑えきれなくなるシーン
わたしはその様子を まるでスミスが 夢を見る子供を理解したように思いました
ところで わたしはこの作品を読んでいる途中に この作品の終わりを予想していました
その予想は〝スミスがレンコと現実に会う〟か〝彼女の写真を見る〟と言う予想であり それはまさに的中しました
しかし その予想が的中したのは この作品が簡単だからではありません
それは感想の序盤に書いたように〝作者にとってのSF・ファンタジーを表現しようと言う意思を感じ〟たからであり それを感じる作品である以上 ハッピーエンドでないはずがないと確信したからです
しかも わたしが想像しうる最良のハッピーエンドは 奇しくも作者と同じでありました
いつかこんな物語を書きたい、そう切に思える物語でした。
次作も楽しみにしています。
うまく言葉にできないですが、読んでいるあいだ、とても幸せな気持ちでした。読後の今も満ち足りた心地です。
このお話を読めてよかった。ありがとうございました
原作ネタのつながりも凄いけどなにより設定が凄い緻密。ああ、今自分はSFを読んでるんだ! って気分でした。面白かったです
ページ1と2が現実と夢の、悔恨と喜び、謎と解決の対比になってて読んでるこっちもグレッグ同様メリーに振り回されてる気分になれてかなり幸せ
夢に全身浸かってるメリーと現実に全身浸かってるグレッグでしたが互いに半身浴になってよき
蓮子は風呂場の窓
秘封の二人が前向きでほんと良かった。
良かったです
なんだかもう何を言っても余計にしかならないように感じたので、一言だけ。
お見事でした。楽しませて頂きました。
凄まじい……!
本当に好みのハッピーエンドでした。そのまま大事に装丁したいくらい。
これだから秘封のことが大好きなんだ!
マイベスト秘封SSのうちの一つになりました
後半はそれこそハリー・ポッターのような大冒険でありながら、SF成分も見事に馴染んでいる。
純粋に秘封倶楽部を煮詰めたひとつの到達点だと思います。面白かったです。
現実的に見ればあまりに荒唐無稽なハーンの手紙の内容を、しかし絶対的に肯定したいと考える「ハーンの昔なじみのグレッグ」は、東方ならびに秘封倶楽部の世界に魅入られた我々そのものだったと思います。
それほどに没入感があり、秘封の魅力が表現されていました。
お見事でした。
ふわふわしながらも最後には地に足を付けられたメリー
終始誰にも止められなかった蓮子
そしてプロとしてあくまで科学的な解釈を重視しつつも、もしかしてという幻想が捨てきれないグレッグ先生
誰もが魅力的でした
結局誰の主観が一番現実に近いのか、どの可能性もまだ残っているところが素晴らしいと思いました
今の時代にこういった世界観の作品を創り出せる土壌の広さと深さがあることが東方の魅力なのかもしれない、なんてことを改めて考えてしまいました。
秘封倶楽部という枠を超えて、純粋な中編小説として完成度の高い素晴らしい作品でした。
個人的にはメリーが九尾の狐のぬいぐるみを抱いてるところの暗喩も素敵でした。
色気も希望もない悪夢のような「現実」を生きる者にとって、この作品はまさに心地好い「夢違」でした。
素晴らしい作品に出逢えた事に感謝します。
とても良い秘封倶楽部でした
もうね、雰囲気が最高、この雰囲気はこの2人にしか出せないなと。そしてそれを最大限引き出した作者様には脱帽です。
最善でそしてとても憧れる文体だと感じました
読んでいてまったく負担を感じなかったのがその証拠に思えます
現実と夢のふたつが対比されることで重厚感が増しているように思えましたし、
最後にはみんなが幸せとなって終わっているのがとてもすきです
また、グレッグ先生が良識のある大人でとても良かったです。
所々急ぎ足すぎたところが残念
ひとつ挙げれば1ページ目の最終段落など、どうしてグレッグがメリーへの施術を後悔する心情に至ったか、もう少し仔細に順を追って書いてくれないと腑に落ちないものがあります
そういった点も普通の作品なら目を瞑れるのですが、この作品の素晴らしいポテンシャルを考えると、ただただ勿体ないところです
作品集を流し見て、人が多かった昔と違って1000点を超える作品もずいぶん少なくなってしまったなあと思いながら目に止まったのがひときわ点数の高い3000超えのこの作品でした。
とても面白かったです。
他の方のような整った批評はできませんが、10年近く眠っていた東方熱がまた燃え出してしまうかも、とさえ思うほど面白かったです。
ありがとうございました。
これだからそそわは面白いんですよね
そのうえで垣間見える彼女の聡明さと、科学世紀の神秘の気配
「そんなことが起こるはずがない」と思いながらも、どうしても惹きつけられずにはいられない
緻密に積み重ねられてゆく描写の中で、異物だったはずのメリーの幻想がまるで彼女を起点に境界が裏返るようにしてグレッグの主観を侵していく
シムに映った「客観の中の主観」から、手紙の中の「メリーの世界」へと
夢の世界の深度が上がる
夢の中で夢をみているような閉塞感
そして悪夢が、最後の手紙で一気に現実の希望に、いや夢と現実の境界も無意味な場所で、メリーと蓮子の笑顔に変わる
この開放感、カタルシス
メリーに惹かれ、メリーに恐怖し、メリーへの罪に胸を痛める
私は常にグレッグでした
彼女たちのように常識を超えることはできなくとも、笑い飛ばしてやることは可能か
あるいは、常識を超えるというのは案外簡単なことなのかも
とても素敵な作品でした
きっとこの終わりは忘れません
とても素敵な作品でした。
1回目はグレッグ先生の最近の新しい法律とかへの不信感だったりメリーの言っていた化学世紀にありがちな自分を抑えてしまう子供だったり何だか息の詰まりそうな暮らしが思い浮かんできて、その中で押しつけられたsimの治療でメリー達が、これらの作りものや隠そうとするものに対して最初の反逆をするような印象が強かったんですが、夢の中でもその魅力だったり脅威だったりに取り込まれそうになって、科学世紀の現実も幻想のただの魅力も何かを隠してしまうのは同じで、それでも自分達が本当に見たいものが別にあるとメリーは迷いながらも見つけることができて、蓮子の言っていた2択のどちらでもない(ここの台詞本当に好きです)ところに向かって進んでいくのが2人の秘封倶楽部の在り方だったんだと思うと、何というかくるものがありました
今までのなんかちょっとカッコいい感じ、みたいな印象だった幻想?から自分も抜け出して秘封倶楽部の魅力にやっと本当に気付くことができたような作品でした
後半に入ってから秘封倶楽部の前身を物語調で描き、夢と現実の境界線を二転三転させた上でミスター・グレッグを過去からの慚愧へと至らせ”幻想を垣間見”させたラストも珠玉です。
幼少期の秘封倶楽部という観点でこの上無く、こんなスペクタクルが是非ともあって欲しいなと感嘆に浸っております。貴重な作品、本当に楽しかったです。
話の濃厚具合、斬新な設定が詰め込まれていて、これこそSF、科学世紀、そして秘封倶楽部なんだなって思えました。
最高でした!筆者様に感謝!
祝福、という言葉のなんと神々しいことか。100点では抑えきれない興奮と喜びとともに、感謝の意を。
そういうわけで理由や思いこそ違えど、現実を認識したくないというメリーに対してはとても共感が持てたとともに「それは夢を見なくなることとは違うわ」という言葉になるほどと気付きを得られました。あぁ、原典を知ったからって今まで見てきた感覚が消えるわけではないんだなと。秘封をしっかり知ることは別に恐ろしいことではなかった。
またコンセプトがSFとしてとても好きです。科学と夢、まさしく私がSFに求めているものが詰まっています。レンコ(あえてこの表記をさせていただきますが)が夢の中でドリルやらロケットやら持ち込んでいるのは、”みんなが不思議を内心諦めている”という科学世紀の中で彼女がまだまだ不思議を追い続けているのが分かってなんだか嬉しかったですね。グレッグだってそうでしょう。とても理知的で、ちゃんと仕事をこなす人がそういう感覚を持っているのも良い。
そして何よりメリー、学者として楽しく過ごしているのですね。理論について楽しく話しながらも妖精についても素直に書いている。グレッグへの信頼とも取れますが、複雑な思いを持っていた自分の目に対して素直になれたのかなとも感じられました。自分の見える世界が好きだけど間違っているとも思っていて、結局シムの中でもどちらとも決められずにいた彼女が楽しく生きられたことが一番安心しました。
方向性は予想通りながら、予想を超えた展開が繰り広げられるのは実に良い体験でした。
夢のところはワクワクして……2人の関係がとても素敵だなあと思いました。
去り際のレンコにうるっときました。
大冒険の後に掴み取った現実の幸せ。2人には幸せでいて欲しい!
現実と非現実の交差というテーマが個人的に大好物なのでそれを秘封で見れてとても嬉しかったです。語り手が一歩引いた、現実的な視点で物語るという構成が現実とのギャップを生み、物語に強く引き込んでくれるとこがとても魅力的でした。
そして語り手の彼が現実の範疇に収めようとするほどにメリーとの必然的なズレへとつながっていくドラマ、違和感なく必要性をもって挟まれる原作の要素はたまらなかったです!
カウンセラーと不思議な世界を見ている女の子。客観的にはカウンセラーが正しいように見え、しかし読者はメリーが正しいと知っている構図から、序盤はこの先がどうなるのか不安さを感じさせる展開でした。
カウンセリング対象を頭から否定しないながらも、根本的には否定しているグレッグ先生。人格に善性を感じさせながらも、それでいて「治療」をしようとするグレッグに対して、心を開いていくメリーに焦燥を感じました。我々の知っているメリーではなく、ifのメリーになってしまうのではないかという焦燥です。
そうはならないだろうな、と思いながらも前半までの段階では不穏さを覚える終わりかたでありました。
そしてもちろん、そうは終わりませんでした。蓮子が登場した時の、「ああこれこれこれが宇佐見蓮子だ!」という感覚がとても素晴らしく鮮明で気持ち良かったです。
終盤にかけての「夢の中で行われる夢のような二人の世界」が、雰囲気を損なうことなく、しっかりと何をやっていてどういう展開なのかが読みやすく書かれていてすらすらと心の中に入ってきました。
(全体を通して、SFな雰囲気でオリジナルな要素も豊富であるにもかかわらず、読みやすく書かれていたように思います)
そして希望を感じさせる……というより、将来への核心に至らせるような別れのシーンは大変読みごたえがありました。そしてグレッグ先生も、最後には納得して、メリーを肯定してくれて、自分自身へのわだかまりも無くした終わりが、素晴らしい読了感に繋がっていたように思います。
大変面白かったです。有難う御座いました。
その観点においてとてつもなくリアルな幻でした。
濃密なSFの中に登場人物が確かに生きていたように感じました。
レベルの高い秘封でした。お見事
物語中で、メリー・蓮子にとってある意味での障害となるグレッグ先生やドレミーの行動に不思議と悪い気はしませんでした。むしろ、いたってカウンセラーとして、妖怪として当然の“仕事”をしているに過ぎない。
自分でも自信がないのですが、私が読んでいて感じた”大きな敵”とは治療用セムのことなんだと思います。元来、答えのない心理・事象に対してなぜ、なぜ、と問いかけ続ける科学の営みを、"心理・事象そのものを手の届かない場所へ追いやる"という方法で排除してしまう冷徹な機械。それは幻想側にも科学側にも与しない非常に異質な存在として目に映りました。
機械が提示する選択肢に勝利し、さらにその勝利と二人の築いた関係性がかつて医療用セムを使用したグレッグ先生の罪悪感を変容させ、昇華させる。
あまりに素敵な話でした。読ませていただいて本当にありがとうございました。