私の名前は摩多羅隠岐奈。後戸の神であり、障碍の神であり、能楽の神であり、宿神であり、星神であり、そして幻想郷を作った賢者の一人でもある。自己紹介ではいつもこう述べている。本当はもっと凄い神様なのだが、あまり長い自己紹介というものも退屈だろう。大切なのは如何にして短い文章で私の凄さを伝えるかということだ。そう、私は凄い。とっても凄いのだが、そんな凄い私でも一つの大きな悩みに直面している。まあ、でもしかたがないだろう。悩みというのは常に自己発生的なのだ。偉大なる私から発生するならば私が悩むのも仕方があるまい。なにしろ私は究極の絶対秘神なのだから。
話がそれたので戻そう。そして悩みというのは私の友人である八雲紫のことである。しかし何という美だろうか! あれほどまでに美しいものを私は見たことがない。まさしく動く芸術品ではないか。あのふわっとした花のような可憐な容姿。万物を一瞬で把握する明晰な頭脳。全てを意のままに操る強大な力、全てが私好みである。紫が歩くと花が咲く。毎日が彩られる。私は彼女を手元に置きたいという欲求が自分の中で染め上げるように増大しているのに気づいたのだ。そして気づいてしまうともう止められない。ああ、紫よ紫。どうか私に惚れてくれ!
しかし実際はどうだろう! 紫は全く私の相手をしてくれないのである。それに何だ! 冗談半分で異変を起こしてやったら何が来たと思う。何だあの寄越してきた小娘は! 巫女と戦っている時も私の背後には紫の幻影が常に私に付き纏い、まるで集中できなかった。炎だ。嫉妬の黒い炎が私の中で燃えだしたのだ! 私は生まれてこの方嫉妬などしたことがなかった。あれは人間だけが陥る一種の自己嫌悪であり、自傷行為であると考えていた。私が自己嫌悪だと! 馬鹿め! だが実際に嫉妬の病に罹ってしまい私は理解した。嫉妬とは美が究極に達したときにそこから発せられる凄まじき光線によって自己の中で形成される言わば美の副産物であると。究極という言葉は好きだ。あらゆるものの頭に究極と着ければ神が宿る。そして紫は究極の美であるという確信が更に強まった。対する私は究極の絶対秘神である。
私は何か思いつき、命令したいことがあったら手を叩くことにしている。すると二童子が飛んでくる。これは私の教育が行き届いているおかげだろう。本当は口笛で格好良く呼びたいのだが残念ながら私は口笛を吹くことができない。それに引き換え二人の口笛はやたらと上手だ。だが本来笛というものは神聖なものなのだ。そう安々と鳴らしてはならない。夜に吹いたら不吉なものがやってくる。しかたがないので二人に口笛を吹くのを禁止した。
私は椅子に腰掛け、紫の表情に思いを馳せる。そしてそれを万華鏡のように切り替えていく。喜怒哀楽。しばらく待っていると私の部下である丁礼田舞がやってきた。片手には箒、もう片手には塵取り。実に関心である。頼まれる前に仕事をこなす。これが優秀な部下の第一条件だろう。頼んだ仕事を完璧にこなす部下よりもこちらの方が、人間味があるので私は好きだ。第一、完璧というものはよくない。あれは自然に反している。神は自然から生まれるものだ。そして自然と人間は兄弟だ。そして私は自然と尊重する優れた神である。
「というわけで舞。紫を見張るのだ。紫と巫女がどの程度の仲なのか探るのだ」
「あれ? お師匠様嫉妬ですか? 意外とそういうところあるんですね。でもこういうのも僕がやっちゃったらお師匠様一人で何もできなくなっちゃいますよ。まあお師匠様って甲斐性なしだからなあ」
「だまれ、だまれ。 さっさと行かないと飯抜きだぞ」
「げー、嫌だなぁ」
こうして私の忠実な部下である舞に巫女の偵察に行かせた。二童子は言わば私の手足である。命令すれば大体の言うことは聞いてくれる。心の無い奴は私が彼女らを洗脳していいように扱っているひどい神様などという馬鹿げたことを言っているがこれは断じて間違いである。ちょっと記憶を消して新しいことを教えただけだ。教えることは洗脳か? 新しい価値観を与えてやるのは洗脳か? もしそれでもこれが洗脳という奴がいたらそいつは全ての教育も洗脳というような気の毒な妄想病患者に違いない。寺小屋のどこが洗脳機関なのだ。陰謀論者め! むしろ私は豆腐のように崩れやすい人間の精神に心理的支柱を提供してやったのだ。非難されるようなことは何一つやっていない。実際私は神であるので何にも誓えないし、誓う必要もないのだが。人間よ、神を信仰せよ! 無神論者は刹那的な快楽だけを追い求め、その甘い毒汁によって破滅してしまえ!
さて、彼女が帰ってくるまで暇だったので私は里乃と将棋をして時間をつぶすことにした。将棋は楽しい。何より相手の駒を取れば自分のものにできるのがこのゲームの最も優れたところだろう。将棋をやっていると私に囁きかけてくれるようだ。私はあなたの味方ですよ。音も風情がある。木の駒を盤にピシッと打つと丁度冬の寒気にあてられたように心が引き締まる。
但しそんな将棋にも欠点はある。実は将棋とはかなり現実から離れた遊びだ。駒を見てみろ。すべて動きが違うではないか。人間風情が生意気な。私から見たら人間はほとんど平等だ。王も歩も両方とも対して力の差は存在しない。どちらも五十歩百歩なのだ。しかしどうして王は歩の八倍の動きができるのだ。これはあまりにも現実に即していない。見てみろ! これが神の手だ! 神の手にかかればこんな戦争一瞬で両者とも壊滅させることができるのだ!更に神の手にかかれば地震も起こせるぞ! 人間に何ができる。
「ちょっと! 負けそうになったらそうやってぐちゃぐちゃにするの止めてください! 片付けるの私なんですよ!」
次は碁を打った。これこそ私に相応しい遊びだろう。何と言っても全ての駒の力は平等なのだ。これこそ本当の戦争と言っても過言ではない。完全なる戦略ゲームだ。猪口才な戦術など何の約にも立たないのだ。里乃には黒を譲ってやった。私は白が好きなのだ。白に紫はよく映える。
見ろ! これが神の力だ! 神を敬え人間ども! 信仰すれば助けてやる! そうでなければこうだ! 私は悪しき黒に染まった碁盤を滅茶苦茶にかき混ぜた。これは一種の自然災害だ。誰も抗うことができない。何故なら自然をコントロールすることなどこいつらには不可能だからだ。時々神の力を見せつけないと人間は驕り、自身の力を過信する。そして次には神を軽視し始めるのだ。大体、近年の科学信仰には困ったものである。あんなもの只の神の力の理由付けに他ならない。幸福でありたいのなら無知であるべきだ。それなら無意味な厭世観という汚れも綺麗に拭い取られ人間社会は永久に平和だろう。
夕食の時刻になり舞が帰ってきた。戯れは終わりだ。里乃も時間を忘れて私と遊べて楽しかっただろう。部下の精神管理も私の重要な仕事である。適度なストレスは日常に適度な刺激を与えてくれるが過度なストレスは毒である。自分の心理状態を確認するには客観的な視点が必要だ。しかし訓練をしていないと経験則という色眼鏡が無意識に掛けられ正確に自分を把握することは難しくなってしまう。ではどうするか。その為に私がいるのだ。
「お師匠様。何か食べたいものはありますか?」
「ハンバーグ」
「昨日も食べたじゃないですか。ハンバーグばかり食べてたらハンバーグ星人になりますよ」
「別に構わん。それでもハンバーグがいい」
私は夕飯を食べながら舞からの報告を聞く。紫は今日何をしていたのか、何を話していたのか、口は甘美な肉の味、耳は紫の私生活。こんな幸せなことがこの世の中にあるのだろうか。だが至福の時とは終わるのも早いもので、舞の口から博麗霊夢という言葉を聞くと途端に口の中のからすっと味が消えてしまった。
「つまり、どうだったんだ?」
「凄く仲が良さそうでしたよ。あの巫女のことを気に入っているに違いありません。何か色々やってましたし……」
「な、何をやっていたんだ!!」
「何かを教えているようでしたよ。それで手を握ったり……」
「う、うぐぅ」
「あ! お師匠様、水、水!」
私は水を飲み、心を落ち着かせた。この液体に味がないということが今はありがたかった。
ある程度冷静になったので私はもう一度舞の報告をハンバーグと共に咀嚼してみる。しかしよくよく考えてみると紫が巫女のことを気にいっているというのは舞の勝手な推測だ。大体、舞が見ていたことを紫が気づいていない筈がないのだ。つまり、舞というレンズ仕掛けを通して私に見せる為にわざとやったということ、言わば紫からの挑戦状という見方ができるのだ。だが一体何のために。何か大きな哲学がその深遠なる行為の中に覆い隠されているに違いない。手を握るという行為がこの謎を明らかにする一種の鍵のように思える。手を握る、手を握る、私は口に出して唱えてみる。もしかして紫は私に助けを求めているのではないのか? 手を差し伸ばして欲しいのではないのか?
「それとですねお師匠様」
「何だ。まだあるのか」
「あの幽霊とも仲が良さそうでしたよ。ほら例の」
「な、何をしていたんだ……」
「楽しそうに一緒にお酒を……」
「う、うぐぅ」
「あ! お師匠様、水、水!」
畜生。西行寺幽々子だ。西行寺幽々子め! 何だあの幽霊の親玉は! 意味がわからん! 紫とは旧知の仲らしいが知るか! 私の方がもっと古い! 酒は寝かしたほうが旨くなる。これは人との繋がりにも言えることだ。第一、付き合いが長い方が仲良くなるに決まっている。年月と成果は比例するべきである。そうでなくては不公平だ。それなのに……、西行寺幽々子め! 死してなお私の前に立ちはだかるのか! 黄泉の国を何だと思ってる。幽明境を異にした時点で勝敗は明らかだろう。それをあの娘よくも……。汚らわしい、穢らわしい。穢が紫に伝染ったらどうする。金閣寺ですらたった一つの火種によって全てが灰と化すのだ! 少し私が目を離したら直ぐこれだ。火種は燃え移る前に消さねばならぬ。
私は自分の皿を洗いながらあれこれ作戦を立ててみた。題して八雲紫奪還作戦だ。無論手荒な手も使えないこともないがそれはあまりにもスマートではないだろう。私は賢者なのだ。賢くやらねばならないのだ。摩多羅隠岐奈よ賢くあれ! だがどうしても作戦が決まらない。結局私はこの問題を布団の中まで持っていってしまった。薄暗い天井が見える。暗く、小さく、いかにも弱々しい。あの天井が私の未来だと? 嫌なこった! 私の未来は青空のように晴れやかで際限の無いものではならないのだ!
色々考えてみたが私は結局一番誠実な手を打つことにした。所詮奴らは人間だ。完全な誠実さの前には手も足も出まい。正義が必ず勝つのは正論に対して誰も反論できないからである。私はつけ入る隙など一切与えないつもりだ。
「お師匠様起きてください!」
その声で私は目が覚めたが私はしばらく寝たふりを続ける。冬だから寒くて眠い当然のことだろう。体は温いが顔は冷える。外からは雀の鳴き声が聞こえる。どうやらあいつらは冬眠しないらしい。とんでもない奴らだ。何処かの誰が考えたのか知らないが、春眠暁を覚えずという言葉がある。しかし実際がどうだろうか! どう考えても春より冬の方が起きるのは大変ではないか! 今すぐ冬眠暁を覚えずに変えるべきだろう。私の頭の中で様々なことが浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返した。夢と現実の丁度半分の地点に根を下ろしている気分である。しかし、私は何時ものように無理やり蒲団を引っぺがされ現実に引っ張られる。仕方なく眠い目を擦りながら食卓に着いた。
朝食の味噌汁を飲みながら私は部下に今日外出するから付いてくるよう命令した。私の作戦はただ一つ。あの二人に紫のことは諦めてもらって、私のことを紫に口利きして欲しいとお願いしに行くつもりである。無論私も無料でとはいいまい。幻想郷は資本主義社会だ。私は自分の財宝の一部を二人に差し出すつもりである。特に博麗の巫女などはお金に目がないらしい。これで上手くいかないわけがない。幽霊の方はちょっと自信がないが……。まあ、私が誠意を見せれば何とかなるだろう。必要なのは誠意と感謝だ。紫と仲良くなれたらどこへ行こうか。見せたいところが沢山ある。
私は二人に車椅子とお土産を用意させたて意気揚々と玄関を潜った。私の愛車と紫色の風呂敷に包まれた欲望渦巻く宝箱。自身の夢に向かって邁進するのはすこぶる楽しい。扉を作り、そこを潜る。目指すのは博麗神社。少し進み、そして扉を開けば外はからりと晴れている。いつもは煩わしい冬の寒さだが、今日は私を鼓舞しているようだ。幻想郷の山々は雪をかぶりその雄大さを一層大きくしている。そして目の前には博麗神社へと続く長い階段。
「えー、何でここに出てきたんですか。お師匠様重いのに……」
二人は文句を言ったが私にはこの長い階段を上ることに何か重要な意味があるように思えたのだった。すぐに目的地につき、目標を達成するのは何かが違う。形だけでも苦労は必要だ。楽ばかりしていてはだめになる。
「さぁ、運んでくれ! それ一二、一二」
二人は掛け声を上げて私を運ぶ。揺れる車椅子に乗りながら私は期待に胸を膨らませる。この頂上に私の望む未来、光輝く未来が待ち受けているように思えるのだった。
水心あれば魚心。魚心あれば水心。水心あれば魚心。魚心あれば水心。
水心あれば魚心。魚心あれば水心。
水心あれば魚心。魚心あれば水心。
水心あれば……
「お師匠様二人ともだめでしたねー。やっぱりここは紫様に直接アタックしないと!」
水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心……
「というか、お仕様様。やり方が汚いんですよ。好きな人が出来たらまず最初にやることが根回しって……」
水心魚心水心魚心水心魚心水心水心魚心水心魚心水心魚心水心水心魚心水心魚心水心魚心水心魚心水心魚心水心魚心水心水心魚心水心魚心水心魚心水心
水心魚心水心魚心水心魚心水心
水心魚心
水心魚心
水心魚心
水心魚心
水心魚心
……
「ほら、僕応援しますから! そのために私たちがいますから! 早速紫様のところに……」
否、否、否! それでは確証が得られない。絶対安全ではないのだ。もし先に紫を取られたらどうなる! 間違いなく私は狂う! 先手を打つか? かと言って隠岐奈と紫の関係は修復可能か? 一度壊れたらどうなる! 関係性は目に見えないのだぞ! 巫女と幽霊は今日のこと紫には黙っておくからとか言っていたが本当に信用できるのか? 思い出してみろ摩多羅隠岐奈。あの目を。私がお願いしに知った時、二人の冷い目を。冷笑的な口元を。お金なんかで釣ろうとするなんて、そんな感情がひしひしと伝わって来たぞ。万が一紫の耳に今日のことが入ったらどうする! 私は耐えられるのか。絶対無理だ! ああ! ああ! どういうことなんだ! 巫女はお金が好きではなかったのか! 時間がないぞ摩多羅隠岐奈。お前はどうしたい。そして今からどう動く。大丈夫だ。私は究極の絶対秘神。人間風情に負けるものか。こうなったら、強硬手段だ! 水心あれば魚心。あっちがその気ならこっちだってやってやる! 誰にも紫を渡してなるものか!
翌日私は八雲紫に手紙を書いた。手紙で告白しようかとも考えたのだが、百聞は一見に如かず。私の力を紫に見てもらいたく思い、実際に合って話すことにした。筆をとるのは久しぶりだ。いつもは代筆をお願いしていたから少々緊張する。上手に書けただろうか。
親愛なる八雲紫へ
最近寒くなってきたけどどう過ごしてる紫? あんまり寝てばかりだと病気になるぞ!
話したいところがあるからこっちに来てくれ! 面倒かもしれないがとても大事な話があるのだ。下手したら幻想郷破滅レベルの話なのだ。明日の十四時ごろ私の家で会おう! 誰にも聞かれたくないから一人で来てくれ!
摩多羅隠岐奈より
今日、摩多羅隠岐奈から珍しく手紙が届きました。どうやら結構重大な問題が私の知らないところで発生したらしく、それでこちらに尋ねて来いという内容でした。普通何か用事があればそちらから訪ねてくるのが筋だと思いますがどうやら緊急の用事だそうで行くしかないようです。それに最近の摩多羅隠岐奈の様子も気になります。部下をこちらに寄越して何がしたいのでしょうか。どうにも彼女の考えていることがよくわかりません。何か良くないことの前触れでなければ良いのですが。しかし妙に慣れ慣れしい手紙ですね。少々無礼では?
十三時。後一時間で紫がやってくる。私は縁側に座って外の景色をじっと眺めている。しかし眺めているだけで何も情報が頭に入ってこない。いつも眺めているはずの風景はその姿を変え何か奇妙な抽象画か何かに見えてしまい、どこかぼんやりとしており曖昧である。口の中が乾燥している。飲み物が欲しかったが私が目を離した瞬間に紫が来るような気がしてどうしても席を立てない。だが何かしていないとどうにも落ち着かない。私は手を叩き車椅子を持ってこさせ、押してもらう。そして同じところをぐるぐると回り続けた。山、池、家、山、池、家、山、池、家、太陽、光線、太陽、光線、光、光、光、光……。今何時だ?
十四時。天気は晴れ。紫がやってきた。相変わらず美しい。そして予想していた通り、紫は私の隣に立っている人物を見た途端、凍り付いたように全く動かなくなってしまった。作戦はどうやら成功したようだ。この瞬間を絵にしたらさぞかし素晴らしいものができるに違いない。私は自身の言葉に重みをもたせるようにゆっくりと話し始めた。
「ほら見るのだ! 紫! 私の親友である紫! お前の大切な博麗霊夢と西行寺幽々子はこの通り二童子になったのだ! 博麗の巫女なのに! 幽霊の親玉でもう子供ではないのに! ほら見ろ! 私と対等であり、親しい紫! 今私の車椅子を押しているのが霊夢だ! よし霊夢、あそこ紫が立ってるだろう。ほら手を振ってやるのだ。そうそう、そんな感じで。そして幽々子、踊るのだ。昨日教えたとおりに、そう右足を前に出してゆらゆらと。いいぞ、力が湧いてくる。つまりこういうことだ紫! 私の手にかかればこの二人でも簡単に私の言いなりになってしまうということだ! それはつまりどういうことか。私のほうが強いのだ! 圧倒的に! 果てしなく! こいつらより私だ! 私のほうが凄いのだ! ほら、霊夢飛び跳ねろ。上へ、上へ、もっと高く。そうそう。幽々子も踊れ。踊れ踊れ! 気分がいいぞ。
さて紫、実はな、その……。どうやら私はお前のことが気に入ってしまったらしくてな……、だからこれからずっと一緒に……、って聞いているのか紫。どうしてそんなに青い顔をしている? 泣いているのか? そうか嬉しいときに泣くというあれか! ふふふ。そうか紫。そうだったのか。まったく、緊張してしまったよ紫。そうだ、私はお前のことが好きなんだよ紫。ああ、なんて晴れやかな気分なんだ! 澄み渡っていくようだよ。ほら、こっちに来てくれ紫。熱い抱擁をしようじゃないか。そうそう、そうやって。紫? どうしてそこで止まる? 何をしている? 紫……? うわ! 危ないじゃないか紫! 電車が突っ込んできたぞ! うわ!ちょっと、痛い! 痛い! おい、紫! 待ってくれ! どこに行くんだ! ああ……」
それからだ、紫が私を避けるようになったのは。それからだ、紫の式神が私を襲うようになったのは。目があっても無視された。注意を惹こうと手を振っても無視された。挙句の果てに話しかけても無視された。何をしても無視だ。無視無視無視無視。存在を否定されるというのは中々につらいことだ。私は秘神であるからそういったことには日頃から鍛え上げられ耐性もついていたと思っていたが、どうやら違ったらしい。期待の大きさが失望感を増大させて私にこれを耐えきれなくした。日に日に私が今まで気づきあげた自信という巨大な石が削られていった。これは身を削られることよりも痛いことだ。思い切って彼女が嫌がりそうなことをして注意を引いてやろうなどという暗い考えが私の中に芽吹いたがそれはか弱い人間がやることであり、神である私にはふさわしくない。邪悪な芽は育つ前に摘み取った。
幻想郷の美しい景色でも楽しもうと、暗い夜道、夜風にあたって気持ちよく月明かりを頼りに闊歩する。すると不思議なことにいつも式神に道で出くわす。牙をむいて襲いかかってくる。あの立ち振舞はまさしく獣だ。そして私には無様に逃げるという選択肢しか残っていなかった。返り討ちにするのは簡単だったがあれは紫の所有物である。つまりあれは紫が私に与える罰そのものであり、言わば紫の手足なのだ。一体誰が破壊できようか。しかし逃げるということは負けを認めるということだ。この私が、この神である私がである。自分から負けるのは楽しいが、負けを強制されるのは甚だ苦しい。私はどうすればよかったのだろうか。何が悪かったのだろうか。考えても全く思い当たる節が見当たらない。私は力を誇示し、自分の秘密を打ち明けただけだ。それの何が悪いのだろう。無知は恐怖を加速させる。撤退は自信の色を失わせる。紫よ、紫よ、もう彼女と話すこともできないのだろか。もうその手に触れることもできないのだろうか。
しかし諦めることはどうしてもできない。それをしたら本当にただの負け犬だ。私は負け犬にはなりたくないし、きっと負け犬も私になれるとは微塵たりとも思っていないだろう。犬畜生の分際で生意気だ。私は前に進み続けたいのだ。胸を張っていたいのだ。こうなったら私に残された道は唯一つ。紫を私のものにしてしまうのだ。早速私は紫を洗脳する術の研究を開始した。目標は大切だ。目標は希望であり、希望は明日を照らす太陽だ。さすがの私でも太陽無しの生活はどうにも忍びないものである。
そういえば前の二童子たちは元気だろうか。今どこで何をしているのだろうか。何れにせよ私のように謙虚に前を向いて強く生きているに違いない。私は摩多羅隠岐奈。後戸の神であり、障碍の神であり、能楽の神であり、宿神であり、星神であり、そして恋愛の神でもある。
話がそれたので戻そう。そして悩みというのは私の友人である八雲紫のことである。しかし何という美だろうか! あれほどまでに美しいものを私は見たことがない。まさしく動く芸術品ではないか。あのふわっとした花のような可憐な容姿。万物を一瞬で把握する明晰な頭脳。全てを意のままに操る強大な力、全てが私好みである。紫が歩くと花が咲く。毎日が彩られる。私は彼女を手元に置きたいという欲求が自分の中で染め上げるように増大しているのに気づいたのだ。そして気づいてしまうともう止められない。ああ、紫よ紫。どうか私に惚れてくれ!
しかし実際はどうだろう! 紫は全く私の相手をしてくれないのである。それに何だ! 冗談半分で異変を起こしてやったら何が来たと思う。何だあの寄越してきた小娘は! 巫女と戦っている時も私の背後には紫の幻影が常に私に付き纏い、まるで集中できなかった。炎だ。嫉妬の黒い炎が私の中で燃えだしたのだ! 私は生まれてこの方嫉妬などしたことがなかった。あれは人間だけが陥る一種の自己嫌悪であり、自傷行為であると考えていた。私が自己嫌悪だと! 馬鹿め! だが実際に嫉妬の病に罹ってしまい私は理解した。嫉妬とは美が究極に達したときにそこから発せられる凄まじき光線によって自己の中で形成される言わば美の副産物であると。究極という言葉は好きだ。あらゆるものの頭に究極と着ければ神が宿る。そして紫は究極の美であるという確信が更に強まった。対する私は究極の絶対秘神である。
私は何か思いつき、命令したいことがあったら手を叩くことにしている。すると二童子が飛んでくる。これは私の教育が行き届いているおかげだろう。本当は口笛で格好良く呼びたいのだが残念ながら私は口笛を吹くことができない。それに引き換え二人の口笛はやたらと上手だ。だが本来笛というものは神聖なものなのだ。そう安々と鳴らしてはならない。夜に吹いたら不吉なものがやってくる。しかたがないので二人に口笛を吹くのを禁止した。
私は椅子に腰掛け、紫の表情に思いを馳せる。そしてそれを万華鏡のように切り替えていく。喜怒哀楽。しばらく待っていると私の部下である丁礼田舞がやってきた。片手には箒、もう片手には塵取り。実に関心である。頼まれる前に仕事をこなす。これが優秀な部下の第一条件だろう。頼んだ仕事を完璧にこなす部下よりもこちらの方が、人間味があるので私は好きだ。第一、完璧というものはよくない。あれは自然に反している。神は自然から生まれるものだ。そして自然と人間は兄弟だ。そして私は自然と尊重する優れた神である。
「というわけで舞。紫を見張るのだ。紫と巫女がどの程度の仲なのか探るのだ」
「あれ? お師匠様嫉妬ですか? 意外とそういうところあるんですね。でもこういうのも僕がやっちゃったらお師匠様一人で何もできなくなっちゃいますよ。まあお師匠様って甲斐性なしだからなあ」
「だまれ、だまれ。 さっさと行かないと飯抜きだぞ」
「げー、嫌だなぁ」
こうして私の忠実な部下である舞に巫女の偵察に行かせた。二童子は言わば私の手足である。命令すれば大体の言うことは聞いてくれる。心の無い奴は私が彼女らを洗脳していいように扱っているひどい神様などという馬鹿げたことを言っているがこれは断じて間違いである。ちょっと記憶を消して新しいことを教えただけだ。教えることは洗脳か? 新しい価値観を与えてやるのは洗脳か? もしそれでもこれが洗脳という奴がいたらそいつは全ての教育も洗脳というような気の毒な妄想病患者に違いない。寺小屋のどこが洗脳機関なのだ。陰謀論者め! むしろ私は豆腐のように崩れやすい人間の精神に心理的支柱を提供してやったのだ。非難されるようなことは何一つやっていない。実際私は神であるので何にも誓えないし、誓う必要もないのだが。人間よ、神を信仰せよ! 無神論者は刹那的な快楽だけを追い求め、その甘い毒汁によって破滅してしまえ!
さて、彼女が帰ってくるまで暇だったので私は里乃と将棋をして時間をつぶすことにした。将棋は楽しい。何より相手の駒を取れば自分のものにできるのがこのゲームの最も優れたところだろう。将棋をやっていると私に囁きかけてくれるようだ。私はあなたの味方ですよ。音も風情がある。木の駒を盤にピシッと打つと丁度冬の寒気にあてられたように心が引き締まる。
但しそんな将棋にも欠点はある。実は将棋とはかなり現実から離れた遊びだ。駒を見てみろ。すべて動きが違うではないか。人間風情が生意気な。私から見たら人間はほとんど平等だ。王も歩も両方とも対して力の差は存在しない。どちらも五十歩百歩なのだ。しかしどうして王は歩の八倍の動きができるのだ。これはあまりにも現実に即していない。見てみろ! これが神の手だ! 神の手にかかればこんな戦争一瞬で両者とも壊滅させることができるのだ!更に神の手にかかれば地震も起こせるぞ! 人間に何ができる。
「ちょっと! 負けそうになったらそうやってぐちゃぐちゃにするの止めてください! 片付けるの私なんですよ!」
次は碁を打った。これこそ私に相応しい遊びだろう。何と言っても全ての駒の力は平等なのだ。これこそ本当の戦争と言っても過言ではない。完全なる戦略ゲームだ。猪口才な戦術など何の約にも立たないのだ。里乃には黒を譲ってやった。私は白が好きなのだ。白に紫はよく映える。
見ろ! これが神の力だ! 神を敬え人間ども! 信仰すれば助けてやる! そうでなければこうだ! 私は悪しき黒に染まった碁盤を滅茶苦茶にかき混ぜた。これは一種の自然災害だ。誰も抗うことができない。何故なら自然をコントロールすることなどこいつらには不可能だからだ。時々神の力を見せつけないと人間は驕り、自身の力を過信する。そして次には神を軽視し始めるのだ。大体、近年の科学信仰には困ったものである。あんなもの只の神の力の理由付けに他ならない。幸福でありたいのなら無知であるべきだ。それなら無意味な厭世観という汚れも綺麗に拭い取られ人間社会は永久に平和だろう。
夕食の時刻になり舞が帰ってきた。戯れは終わりだ。里乃も時間を忘れて私と遊べて楽しかっただろう。部下の精神管理も私の重要な仕事である。適度なストレスは日常に適度な刺激を与えてくれるが過度なストレスは毒である。自分の心理状態を確認するには客観的な視点が必要だ。しかし訓練をしていないと経験則という色眼鏡が無意識に掛けられ正確に自分を把握することは難しくなってしまう。ではどうするか。その為に私がいるのだ。
「お師匠様。何か食べたいものはありますか?」
「ハンバーグ」
「昨日も食べたじゃないですか。ハンバーグばかり食べてたらハンバーグ星人になりますよ」
「別に構わん。それでもハンバーグがいい」
私は夕飯を食べながら舞からの報告を聞く。紫は今日何をしていたのか、何を話していたのか、口は甘美な肉の味、耳は紫の私生活。こんな幸せなことがこの世の中にあるのだろうか。だが至福の時とは終わるのも早いもので、舞の口から博麗霊夢という言葉を聞くと途端に口の中のからすっと味が消えてしまった。
「つまり、どうだったんだ?」
「凄く仲が良さそうでしたよ。あの巫女のことを気に入っているに違いありません。何か色々やってましたし……」
「な、何をやっていたんだ!!」
「何かを教えているようでしたよ。それで手を握ったり……」
「う、うぐぅ」
「あ! お師匠様、水、水!」
私は水を飲み、心を落ち着かせた。この液体に味がないということが今はありがたかった。
ある程度冷静になったので私はもう一度舞の報告をハンバーグと共に咀嚼してみる。しかしよくよく考えてみると紫が巫女のことを気にいっているというのは舞の勝手な推測だ。大体、舞が見ていたことを紫が気づいていない筈がないのだ。つまり、舞というレンズ仕掛けを通して私に見せる為にわざとやったということ、言わば紫からの挑戦状という見方ができるのだ。だが一体何のために。何か大きな哲学がその深遠なる行為の中に覆い隠されているに違いない。手を握るという行為がこの謎を明らかにする一種の鍵のように思える。手を握る、手を握る、私は口に出して唱えてみる。もしかして紫は私に助けを求めているのではないのか? 手を差し伸ばして欲しいのではないのか?
「それとですねお師匠様」
「何だ。まだあるのか」
「あの幽霊とも仲が良さそうでしたよ。ほら例の」
「な、何をしていたんだ……」
「楽しそうに一緒にお酒を……」
「う、うぐぅ」
「あ! お師匠様、水、水!」
畜生。西行寺幽々子だ。西行寺幽々子め! 何だあの幽霊の親玉は! 意味がわからん! 紫とは旧知の仲らしいが知るか! 私の方がもっと古い! 酒は寝かしたほうが旨くなる。これは人との繋がりにも言えることだ。第一、付き合いが長い方が仲良くなるに決まっている。年月と成果は比例するべきである。そうでなくては不公平だ。それなのに……、西行寺幽々子め! 死してなお私の前に立ちはだかるのか! 黄泉の国を何だと思ってる。幽明境を異にした時点で勝敗は明らかだろう。それをあの娘よくも……。汚らわしい、穢らわしい。穢が紫に伝染ったらどうする。金閣寺ですらたった一つの火種によって全てが灰と化すのだ! 少し私が目を離したら直ぐこれだ。火種は燃え移る前に消さねばならぬ。
私は自分の皿を洗いながらあれこれ作戦を立ててみた。題して八雲紫奪還作戦だ。無論手荒な手も使えないこともないがそれはあまりにもスマートではないだろう。私は賢者なのだ。賢くやらねばならないのだ。摩多羅隠岐奈よ賢くあれ! だがどうしても作戦が決まらない。結局私はこの問題を布団の中まで持っていってしまった。薄暗い天井が見える。暗く、小さく、いかにも弱々しい。あの天井が私の未来だと? 嫌なこった! 私の未来は青空のように晴れやかで際限の無いものではならないのだ!
色々考えてみたが私は結局一番誠実な手を打つことにした。所詮奴らは人間だ。完全な誠実さの前には手も足も出まい。正義が必ず勝つのは正論に対して誰も反論できないからである。私はつけ入る隙など一切与えないつもりだ。
「お師匠様起きてください!」
その声で私は目が覚めたが私はしばらく寝たふりを続ける。冬だから寒くて眠い当然のことだろう。体は温いが顔は冷える。外からは雀の鳴き声が聞こえる。どうやらあいつらは冬眠しないらしい。とんでもない奴らだ。何処かの誰が考えたのか知らないが、春眠暁を覚えずという言葉がある。しかし実際がどうだろうか! どう考えても春より冬の方が起きるのは大変ではないか! 今すぐ冬眠暁を覚えずに変えるべきだろう。私の頭の中で様々なことが浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返した。夢と現実の丁度半分の地点に根を下ろしている気分である。しかし、私は何時ものように無理やり蒲団を引っぺがされ現実に引っ張られる。仕方なく眠い目を擦りながら食卓に着いた。
朝食の味噌汁を飲みながら私は部下に今日外出するから付いてくるよう命令した。私の作戦はただ一つ。あの二人に紫のことは諦めてもらって、私のことを紫に口利きして欲しいとお願いしに行くつもりである。無論私も無料でとはいいまい。幻想郷は資本主義社会だ。私は自分の財宝の一部を二人に差し出すつもりである。特に博麗の巫女などはお金に目がないらしい。これで上手くいかないわけがない。幽霊の方はちょっと自信がないが……。まあ、私が誠意を見せれば何とかなるだろう。必要なのは誠意と感謝だ。紫と仲良くなれたらどこへ行こうか。見せたいところが沢山ある。
私は二人に車椅子とお土産を用意させたて意気揚々と玄関を潜った。私の愛車と紫色の風呂敷に包まれた欲望渦巻く宝箱。自身の夢に向かって邁進するのはすこぶる楽しい。扉を作り、そこを潜る。目指すのは博麗神社。少し進み、そして扉を開けば外はからりと晴れている。いつもは煩わしい冬の寒さだが、今日は私を鼓舞しているようだ。幻想郷の山々は雪をかぶりその雄大さを一層大きくしている。そして目の前には博麗神社へと続く長い階段。
「えー、何でここに出てきたんですか。お師匠様重いのに……」
二人は文句を言ったが私にはこの長い階段を上ることに何か重要な意味があるように思えたのだった。すぐに目的地につき、目標を達成するのは何かが違う。形だけでも苦労は必要だ。楽ばかりしていてはだめになる。
「さぁ、運んでくれ! それ一二、一二」
二人は掛け声を上げて私を運ぶ。揺れる車椅子に乗りながら私は期待に胸を膨らませる。この頂上に私の望む未来、光輝く未来が待ち受けているように思えるのだった。
水心あれば魚心。魚心あれば水心。水心あれば魚心。魚心あれば水心。
水心あれば魚心。魚心あれば水心。
水心あれば魚心。魚心あれば水心。
水心あれば……
「お師匠様二人ともだめでしたねー。やっぱりここは紫様に直接アタックしないと!」
水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心水心あれば魚心……
「というか、お仕様様。やり方が汚いんですよ。好きな人が出来たらまず最初にやることが根回しって……」
水心魚心水心魚心水心魚心水心水心魚心水心魚心水心魚心水心水心魚心水心魚心水心魚心水心魚心水心魚心水心魚心水心水心魚心水心魚心水心魚心水心
水心魚心水心魚心水心魚心水心
水心魚心
水心魚心
水心魚心
水心魚心
水心魚心
……
「ほら、僕応援しますから! そのために私たちがいますから! 早速紫様のところに……」
否、否、否! それでは確証が得られない。絶対安全ではないのだ。もし先に紫を取られたらどうなる! 間違いなく私は狂う! 先手を打つか? かと言って隠岐奈と紫の関係は修復可能か? 一度壊れたらどうなる! 関係性は目に見えないのだぞ! 巫女と幽霊は今日のこと紫には黙っておくからとか言っていたが本当に信用できるのか? 思い出してみろ摩多羅隠岐奈。あの目を。私がお願いしに知った時、二人の冷い目を。冷笑的な口元を。お金なんかで釣ろうとするなんて、そんな感情がひしひしと伝わって来たぞ。万が一紫の耳に今日のことが入ったらどうする! 私は耐えられるのか。絶対無理だ! ああ! ああ! どういうことなんだ! 巫女はお金が好きではなかったのか! 時間がないぞ摩多羅隠岐奈。お前はどうしたい。そして今からどう動く。大丈夫だ。私は究極の絶対秘神。人間風情に負けるものか。こうなったら、強硬手段だ! 水心あれば魚心。あっちがその気ならこっちだってやってやる! 誰にも紫を渡してなるものか!
翌日私は八雲紫に手紙を書いた。手紙で告白しようかとも考えたのだが、百聞は一見に如かず。私の力を紫に見てもらいたく思い、実際に合って話すことにした。筆をとるのは久しぶりだ。いつもは代筆をお願いしていたから少々緊張する。上手に書けただろうか。
親愛なる八雲紫へ
最近寒くなってきたけどどう過ごしてる紫? あんまり寝てばかりだと病気になるぞ!
話したいところがあるからこっちに来てくれ! 面倒かもしれないがとても大事な話があるのだ。下手したら幻想郷破滅レベルの話なのだ。明日の十四時ごろ私の家で会おう! 誰にも聞かれたくないから一人で来てくれ!
摩多羅隠岐奈より
今日、摩多羅隠岐奈から珍しく手紙が届きました。どうやら結構重大な問題が私の知らないところで発生したらしく、それでこちらに尋ねて来いという内容でした。普通何か用事があればそちらから訪ねてくるのが筋だと思いますがどうやら緊急の用事だそうで行くしかないようです。それに最近の摩多羅隠岐奈の様子も気になります。部下をこちらに寄越して何がしたいのでしょうか。どうにも彼女の考えていることがよくわかりません。何か良くないことの前触れでなければ良いのですが。しかし妙に慣れ慣れしい手紙ですね。少々無礼では?
十三時。後一時間で紫がやってくる。私は縁側に座って外の景色をじっと眺めている。しかし眺めているだけで何も情報が頭に入ってこない。いつも眺めているはずの風景はその姿を変え何か奇妙な抽象画か何かに見えてしまい、どこかぼんやりとしており曖昧である。口の中が乾燥している。飲み物が欲しかったが私が目を離した瞬間に紫が来るような気がしてどうしても席を立てない。だが何かしていないとどうにも落ち着かない。私は手を叩き車椅子を持ってこさせ、押してもらう。そして同じところをぐるぐると回り続けた。山、池、家、山、池、家、山、池、家、太陽、光線、太陽、光線、光、光、光、光……。今何時だ?
十四時。天気は晴れ。紫がやってきた。相変わらず美しい。そして予想していた通り、紫は私の隣に立っている人物を見た途端、凍り付いたように全く動かなくなってしまった。作戦はどうやら成功したようだ。この瞬間を絵にしたらさぞかし素晴らしいものができるに違いない。私は自身の言葉に重みをもたせるようにゆっくりと話し始めた。
「ほら見るのだ! 紫! 私の親友である紫! お前の大切な博麗霊夢と西行寺幽々子はこの通り二童子になったのだ! 博麗の巫女なのに! 幽霊の親玉でもう子供ではないのに! ほら見ろ! 私と対等であり、親しい紫! 今私の車椅子を押しているのが霊夢だ! よし霊夢、あそこ紫が立ってるだろう。ほら手を振ってやるのだ。そうそう、そんな感じで。そして幽々子、踊るのだ。昨日教えたとおりに、そう右足を前に出してゆらゆらと。いいぞ、力が湧いてくる。つまりこういうことだ紫! 私の手にかかればこの二人でも簡単に私の言いなりになってしまうということだ! それはつまりどういうことか。私のほうが強いのだ! 圧倒的に! 果てしなく! こいつらより私だ! 私のほうが凄いのだ! ほら、霊夢飛び跳ねろ。上へ、上へ、もっと高く。そうそう。幽々子も踊れ。踊れ踊れ! 気分がいいぞ。
さて紫、実はな、その……。どうやら私はお前のことが気に入ってしまったらしくてな……、だからこれからずっと一緒に……、って聞いているのか紫。どうしてそんなに青い顔をしている? 泣いているのか? そうか嬉しいときに泣くというあれか! ふふふ。そうか紫。そうだったのか。まったく、緊張してしまったよ紫。そうだ、私はお前のことが好きなんだよ紫。ああ、なんて晴れやかな気分なんだ! 澄み渡っていくようだよ。ほら、こっちに来てくれ紫。熱い抱擁をしようじゃないか。そうそう、そうやって。紫? どうしてそこで止まる? 何をしている? 紫……? うわ! 危ないじゃないか紫! 電車が突っ込んできたぞ! うわ!ちょっと、痛い! 痛い! おい、紫! 待ってくれ! どこに行くんだ! ああ……」
それからだ、紫が私を避けるようになったのは。それからだ、紫の式神が私を襲うようになったのは。目があっても無視された。注意を惹こうと手を振っても無視された。挙句の果てに話しかけても無視された。何をしても無視だ。無視無視無視無視。存在を否定されるというのは中々につらいことだ。私は秘神であるからそういったことには日頃から鍛え上げられ耐性もついていたと思っていたが、どうやら違ったらしい。期待の大きさが失望感を増大させて私にこれを耐えきれなくした。日に日に私が今まで気づきあげた自信という巨大な石が削られていった。これは身を削られることよりも痛いことだ。思い切って彼女が嫌がりそうなことをして注意を引いてやろうなどという暗い考えが私の中に芽吹いたがそれはか弱い人間がやることであり、神である私にはふさわしくない。邪悪な芽は育つ前に摘み取った。
幻想郷の美しい景色でも楽しもうと、暗い夜道、夜風にあたって気持ちよく月明かりを頼りに闊歩する。すると不思議なことにいつも式神に道で出くわす。牙をむいて襲いかかってくる。あの立ち振舞はまさしく獣だ。そして私には無様に逃げるという選択肢しか残っていなかった。返り討ちにするのは簡単だったがあれは紫の所有物である。つまりあれは紫が私に与える罰そのものであり、言わば紫の手足なのだ。一体誰が破壊できようか。しかし逃げるということは負けを認めるということだ。この私が、この神である私がである。自分から負けるのは楽しいが、負けを強制されるのは甚だ苦しい。私はどうすればよかったのだろうか。何が悪かったのだろうか。考えても全く思い当たる節が見当たらない。私は力を誇示し、自分の秘密を打ち明けただけだ。それの何が悪いのだろう。無知は恐怖を加速させる。撤退は自信の色を失わせる。紫よ、紫よ、もう彼女と話すこともできないのだろか。もうその手に触れることもできないのだろうか。
しかし諦めることはどうしてもできない。それをしたら本当にただの負け犬だ。私は負け犬にはなりたくないし、きっと負け犬も私になれるとは微塵たりとも思っていないだろう。犬畜生の分際で生意気だ。私は前に進み続けたいのだ。胸を張っていたいのだ。こうなったら私に残された道は唯一つ。紫を私のものにしてしまうのだ。早速私は紫を洗脳する術の研究を開始した。目標は大切だ。目標は希望であり、希望は明日を照らす太陽だ。さすがの私でも太陽無しの生活はどうにも忍びないものである。
そういえば前の二童子たちは元気だろうか。今どこで何をしているのだろうか。何れにせよ私のように謙虚に前を向いて強く生きているに違いない。私は摩多羅隠岐奈。後戸の神であり、障碍の神であり、能楽の神であり、宿神であり、星神であり、そして恋愛の神でもある。
まさに恋は盲目。
MMDドラマ的なヤンキーや芸人みたいな東方キャラも好きだし、それが教育的で正義にそった正しい東方な気がするけど
RDR2のダッチみたいな言うことは立派だけど実際はやべーやつみたいな魅かれたらやばそうなカリスマふりまく昔の東方界隈の東方キャラもやっぱり好きです 教育に悪かろうが正しくなかろうが
(まるでどす黒く燃える太陽だ。全てを燃やし尽くしてそれでも平然とゆらぎもしない)
隠岐奈様が今日も平常運転で安心しました
まさしく人間には理解できない領域にいる神だと思いました
まったくの正気なんでしょうねこれ