雲山を見て私は考えに浸る。地上に出てからのこの心のヒビはなんだってことを。里に出て、雲山が子供と遊びたいからと外に出して戯れているところを私は少し遠くで見ている。とてもじゃないけど今の私だとその輪の中に入れそうじゃなかった。この暗い思考で何かが出来るわけでもなく。ただそこを眺めている。
雲山がスススと軽そうにこちらに近づいて話してくる。子供たちと遊ぼう、楽しいぞ、と。
「雲山ごめんね、もう少しこっちで見とくよ。ほら子供たちが待ってるから行ったら?」
あまり表情を変えないように見える雲山の表情はとてもとても暗かった。
どうしたのだ、一輪。と心配してきた。
「んーん、大丈夫よ。話すならまた帰ってから」
そうか。と納得して雲山はまた子供たちと遊んでいた。
「ただいま」
「おかえり一輪。それと雲山も」
帰って直ぐに目を合わせたのは村紗だった。村紗水蜜。船幽霊でなんだかんだ腐れ縁のやつ。
「村紗、あんた寺の掃除は?」
「へへーん逃げてきた」
「……あんたねえ。姐さんに怒られても知らないよ」
「少しぐらいバレないだろ」
こいつはいつも飄々としていて清々しい。海で人を殺してきたとは思えない軽さだ。
「コラー! 村紗! 掃除をしなさい!」
本殿の方からバタバタと走ってきたのは寅丸星だった。意外だ。
「じゃあ逃げる。後はよろしく!」
脱兎の如く逃げようとした村紗を雲山がセーラー服の後ろえりを掴んだ。苦しかったのか村紗は足掻いた。
「おい、放せ雲山! 一輪も何とか言って!」
「知らないよ。村紗の自業自得でしょ」
「一輪ーー!!!」
雲山の両手に掴まれる村紗。
「おお、お手柄です雲山! ほら本殿の掃除をしてくださいよ! 聖に言ったら怒りますよ!」
あれ、姐さん居ないんだ。
「ハイハイ……わかったよ掃除するよ……本殿水浸しにしてもいい?」
「ダメに決まってるでしょう!」
なんか村紗がとぼけたこと言ってる。
「私は部屋に戻るね。それじゃあ村紗、掃除頑張って」
雲山が解放した時に星が村紗の手を掴んでいた。
部屋に戻ると畳にゴロンと寝転んだ。
「あーあ、なんだろうこれ」
このモヤ……というかヒビというか。それが離れなくて嫌になる。少し前まで地獄にいたからなのか。鬼と喧嘩してボコボコに負けた日々が懐かしい。その後酒に溺れて、気がついたら村紗がいて勝手に酒飲んで、支払いだけを私に押し付けてきたことを思い出した。あの後、そこで働いて許してもらった。今思い出すと腹立つ。
どうしたんだ、一輪。何か悩み事か?
そういう風に真剣に話をしてくれるのは雲山だけだよ。
「さあね……なんか心にヒビが入ったのかな……わかんないんだけど地上に出てからずっともやもやしてる」
聖を助けられたのはとても喜ばしいのにどうしてここまでもやもやするんだろう?
一輪は頑張ってきたから少し休んだらいいんじゃないのかね。
「まさか雲山がそんなこと言うなんてね……」
なんじゃ、意外か?
「意外よ。頑固親父の雲山がまさか」
そう言うと雲山は大笑いしている。この笑いはいつぶりなのだろうか。地底に落ちてから見たような覚えがない。千年ぶりの笑顔なのだろうか。笑いが溢れているのが怖い。太陽の陽を見るのが怖い。青い空を見るのが怖い。地上の全てが怖かった。
ああ、やっと出れたのに、何故、どうして怖いんだろう……
なんじゃ、一輪。なんで泣いておるのじゃ……
ぽろぽろと溢れるものが止まらない。心のヒビから何かが溢れるような気がした。
「ひっく……うう……な、なんでも……ない……」
声を殺して、私の溢れたものを吐き出す。
「ヒクッ、うわああん……」
溢れたものを私は受け止められなかった。地上を怖いという心、ここまで生きたという荷重、聖が戻ってきたという事……心はぐちゃぐちゃだった。それが今出ただけだったのだ……
「一輪! どうかしたの!」
バタバタと廊下をみっともなく走ってきた声は聖だった。
「姐さん……あねさん……うわああん!」
私は聖に縋り着いた。
「どうしたのです一輪……」
なんでないの、なんでも……
わんわんと年甲斐もなく私は泣き続けた。
このヒビは千年かけて出来たものだったのだろう、世界の呪いだった。
コップから溢れ出た水がただ出てきただけのお話。
大泣きしたところ皆に見られ私は少し笑われた。心のヒビは少しだけ治ったと思う。私が死ぬまで完全には治らないものなのだろうけれど。それでもすっきりしたのでよかった……と思うのだ。
一輪は溜め込むからの。皆が見てやってくれ。
「それはどこの親父の台詞よ」
ははは、一輪は頑固じゃの。
「それを雲山には言われたくないな!」
雲山がスススと軽そうにこちらに近づいて話してくる。子供たちと遊ぼう、楽しいぞ、と。
「雲山ごめんね、もう少しこっちで見とくよ。ほら子供たちが待ってるから行ったら?」
あまり表情を変えないように見える雲山の表情はとてもとても暗かった。
どうしたのだ、一輪。と心配してきた。
「んーん、大丈夫よ。話すならまた帰ってから」
そうか。と納得して雲山はまた子供たちと遊んでいた。
「ただいま」
「おかえり一輪。それと雲山も」
帰って直ぐに目を合わせたのは村紗だった。村紗水蜜。船幽霊でなんだかんだ腐れ縁のやつ。
「村紗、あんた寺の掃除は?」
「へへーん逃げてきた」
「……あんたねえ。姐さんに怒られても知らないよ」
「少しぐらいバレないだろ」
こいつはいつも飄々としていて清々しい。海で人を殺してきたとは思えない軽さだ。
「コラー! 村紗! 掃除をしなさい!」
本殿の方からバタバタと走ってきたのは寅丸星だった。意外だ。
「じゃあ逃げる。後はよろしく!」
脱兎の如く逃げようとした村紗を雲山がセーラー服の後ろえりを掴んだ。苦しかったのか村紗は足掻いた。
「おい、放せ雲山! 一輪も何とか言って!」
「知らないよ。村紗の自業自得でしょ」
「一輪ーー!!!」
雲山の両手に掴まれる村紗。
「おお、お手柄です雲山! ほら本殿の掃除をしてくださいよ! 聖に言ったら怒りますよ!」
あれ、姐さん居ないんだ。
「ハイハイ……わかったよ掃除するよ……本殿水浸しにしてもいい?」
「ダメに決まってるでしょう!」
なんか村紗がとぼけたこと言ってる。
「私は部屋に戻るね。それじゃあ村紗、掃除頑張って」
雲山が解放した時に星が村紗の手を掴んでいた。
部屋に戻ると畳にゴロンと寝転んだ。
「あーあ、なんだろうこれ」
このモヤ……というかヒビというか。それが離れなくて嫌になる。少し前まで地獄にいたからなのか。鬼と喧嘩してボコボコに負けた日々が懐かしい。その後酒に溺れて、気がついたら村紗がいて勝手に酒飲んで、支払いだけを私に押し付けてきたことを思い出した。あの後、そこで働いて許してもらった。今思い出すと腹立つ。
どうしたんだ、一輪。何か悩み事か?
そういう風に真剣に話をしてくれるのは雲山だけだよ。
「さあね……なんか心にヒビが入ったのかな……わかんないんだけど地上に出てからずっともやもやしてる」
聖を助けられたのはとても喜ばしいのにどうしてここまでもやもやするんだろう?
一輪は頑張ってきたから少し休んだらいいんじゃないのかね。
「まさか雲山がそんなこと言うなんてね……」
なんじゃ、意外か?
「意外よ。頑固親父の雲山がまさか」
そう言うと雲山は大笑いしている。この笑いはいつぶりなのだろうか。地底に落ちてから見たような覚えがない。千年ぶりの笑顔なのだろうか。笑いが溢れているのが怖い。太陽の陽を見るのが怖い。青い空を見るのが怖い。地上の全てが怖かった。
ああ、やっと出れたのに、何故、どうして怖いんだろう……
なんじゃ、一輪。なんで泣いておるのじゃ……
ぽろぽろと溢れるものが止まらない。心のヒビから何かが溢れるような気がした。
「ひっく……うう……な、なんでも……ない……」
声を殺して、私の溢れたものを吐き出す。
「ヒクッ、うわああん……」
溢れたものを私は受け止められなかった。地上を怖いという心、ここまで生きたという荷重、聖が戻ってきたという事……心はぐちゃぐちゃだった。それが今出ただけだったのだ……
「一輪! どうかしたの!」
バタバタと廊下をみっともなく走ってきた声は聖だった。
「姐さん……あねさん……うわああん!」
私は聖に縋り着いた。
「どうしたのです一輪……」
なんでないの、なんでも……
わんわんと年甲斐もなく私は泣き続けた。
このヒビは千年かけて出来たものだったのだろう、世界の呪いだった。
コップから溢れ出た水がただ出てきただけのお話。
大泣きしたところ皆に見られ私は少し笑われた。心のヒビは少しだけ治ったと思う。私が死ぬまで完全には治らないものなのだろうけれど。それでもすっきりしたのでよかった……と思うのだ。
一輪は溜め込むからの。皆が見てやってくれ。
「それはどこの親父の台詞よ」
ははは、一輪は頑固じゃの。
「それを雲山には言われたくないな!」
会話が好き
村紗が雲山にふん捕まえられているシーンが笑えました
ヒビというお題の使い方が見事だと思いました
とてもよかったです