秋の夜の妖怪の山に私は居る。ザザザと木に隠れながら飛んでくる弾幕を避けつつ走る。
私は今、白狼天狗に追いかけ回されている。勝手に山に入った挙句、気に入らない言動を吐いた白狼天狗を炎の拳で殴り飛ばしたからだ。
「侵入者め!待て!!!」
三人ほどの白狼天狗に長いこと追いかけ回されている。しかし私は目的があってこの山に来たのであって、天狗とケンカしに来たわけじゃない。
事の発端は慧音の寺子屋に通う男の子が山に入るといって帰ってこなかったことだった。怖いもの知らずの男の子で、山に入って何か持って帰るなぞ言って本当に入った大馬鹿者だった。
その子の親が息子を探してくれ、連れて帰ってくれと大狂乱になり慧音は親二人を止めるのに忙しかったため、慧音の家にお邪魔していた私が捜索に行ってくれと頼まれたのだ。
「くっそ、見つからない……ああもう、邪魔だなお前ら!」
後ろに向かって炎の弾幕を放って逃げる。あちちち!と声が聞こえたのでざまあみろとニヤニヤしながら走る。
ふと前に見えてきたのは何かが燃えているような炎の光だった。このまま逃げ続けても埒が明かないのでそちらに向かって全速力で走った。後ろの方で怒鳴る声が聞こえたが知らない。私は光に向かった。
***
近くに来ると遠くから見えた光は焚き火だったようだ。だれかが住んでいるのだろうか、古びた藁葺き屋根の小屋が建っている。古びた、と言っても人が住んでいる小綺麗さがある。
小屋の裏手から表に行くと焚き火の側に男の子が転がっていた。
「おいっ、大丈夫か」
駆け寄って息があるか確かめる。……大丈夫。生きている。秋の夜は冷えて、体が少し冷たいのと、服が破れているが走って破れたような跡だったので大丈夫そうだった。
軽く揺すっても起きる気配はしない。担ごうとしたら、後ろのから何かが出てくる音がしたと思えば、頭を殴られていた。
バァンと殴られた勢いで壁に当たる。反撃に立ち上がろうとすると近づいていた敵はもう一発頭を殴った。立ち上がることすら出来ず私は地面に崩れる。
「誰だおめえは。うちの獲物に何してくれてる」
グイッと髪を鷲掴みにされ、体を踏まれ、首を突き出すように後ろに引かれる。痛い。頭がグラグラとして動けない。良く、この状態になると輝夜に殺されてるな。
「なんだ人間か……おめえ何しに来た」
敵の顔がよく見える。くせ毛のような白く長い髪、鬼の形相のような顔、その顔からは覗くは私を射抜く赤い目……
どこかでその目を見たことがあるような気がする。
「答えろ。殺しちまうぞ……」
ああ、分かった、縄張りを取られなくない、必死に守る獣の目だ。
「答えんのなら、殺す」
敵はそう言うと身動きが取れない私に向けて右手に持っていた鉈を振り上げる。髪を強く引っ張られ、体の動きがさらに固定された。敵の質問に答える気もなく、最後に見たのは私の首元に鉈が振り下ろされるところだった。
〜*〜*〜
女の体がドサリと倒れるのを確認する。手に持っている切り飛ばした首を体の近くに放り投げる。辺りに散乱した血を見ると惨状が分かった。女が近くにいた家の壁にもついている。
「こりゃあ、掃除が大変だべ」
切り殺した感覚を味わってトドメは指した、はずだった。
死体の方に目を向けると、女の体と首がカタカタと少し動いているのを見た。信じられないものを見ている。殺したはずの生き物が動くだなんて。
「な、なんだ、おめえは!」
有り得ないという恐怖のあまり叫ぶ。
空のような色の炎を女の体は纏う。その炎は熱くなくて、炎の中で女の体が再生されていた。まるでもう一度生まれ変わるかのようだった。
「いてて……お前、いきなり殺すのは酷くないか……」
炎が消えてその女は起き上がった。
〜*〜*〜
むくりと私は起き上がる。首元を見ると血塗れでもうこの服は使い物にならないな……とそんなことを思う。
「……おめえ、人間じゃないな。妖怪か?」
襲ってきたものを見ると鉈を構えて臨戦態勢に入っている。そりゃあ殺したはずのやつが生き返ったらそうなるか。
「生憎、私は蓬莱人さ。妖怪じゃない。それと今は争いたくないんだ。そこに転がってる子供を連れて帰りたい」
「うちの獲物を奪う気か」
迷い込んだ人間を食べるタイプの妖怪なのだろう。鉈をさらに構えてこちらを警戒している。
「返してくれないなら実力行使か……悪く思わないでくれよ!」
弾幕を放ち、空を飛ぶ。相手も乗ってきてくれたのか弾幕ごっこが始まった。
***
「降参だべ。いくら殺しても元に戻ったら何も出来ないべ」
正面に飛ぶものが降参した。弾幕ごっこをしていたはずなのにいつの間にか殺し合いみたいになっていて、二回ほど殺されてから相手は降参した。
「それならあの子供は貰っていっていいな?」
「良い。うちは勝負に負けたんだ、勝者の言うことを聞く。それとおめえ、聞きたいんだべ。人間じゃないのになんで童を必要なんだべ?」
意外な質問をされていた驚く。素直にここは答える。
「知り合いに助けてくれって言われたからだ。それだけだよ」
「なんと、難儀な。おめえ気に入った。うちは坂田ネムノ。ネムノと呼んでくれ」
うんうんと頷くかのように言われ、そして握手を求められた。自然に自己紹介をするものだからスルーしそうになった。
「ネムノ、ネムノさんね……って名前! えーと私の名前は藤原妹紅。殺しあったけど、とりあえず……よろしく?」
「妹紅か。良い名だ。そこに転がってる童はもういい。あした明るくなったらもう一度来い。料理を振る舞うべ」
私は子供を担いで追い出されるかのように帰れと言われた。一定距離、小屋から離れるとまた白狼天狗が追いかけてきたので子供の注意をしながら全速力で逃げた。
〜*〜*〜
里に着いたので私は人目につかない道を走って慧音の家に飛び込む。
「妹紅!? 帰ってきてくれたのか!」
「慧音、子供任せた! このまま私は帰る! 里にこの格好じゃいれないから!」
逃げるように私は竹林に帰った。
〜*〜*〜
朝、山に行く前に里に向かう。あの子供の様子を見ておきたいと思ったからだ。家に帰ってからあの血塗れの服は捨てた。また作らないといけないか……
「おはよう慧音。昨日の子供はどうだった?」
寺子屋の門をくぐって、玄関から出かけようとしていた慧音に聞く。少し疲れていそうな顔で慧音は答えた。
「妹紅が連れて帰ってくれたあの後、親に返しに行ったよ。二人とも泣いて喜んでたぞ。お酒を貰って欲しいと言っていたから、事務所の机の上に置いておいたから持って行ってくれ」
「分かった。貰っていくな。それと慧音、少し休んだら?」
意外とげっそりしているので心配なる。
「まあ、今日は寺子屋が休みだからゆっくり仕事するさ。それと妹紅、なんで昨日はあんなに血塗れだったんだ?」
聞かれる気がしていた。怒られそうだけどちゃんと話そう。
「迷い込んだところで男の子を取り返そうとしたら妖怪と戦闘になって殺されたんだよ。私が死なないのを知ったら相手は降参したけど」
「妹紅……お前な……」
じいっと横目で見られるので視線が痛い。殺されたのは不可抗力だから。自殺したわけじゃないから。その目で私を見ないでくれ!
「……詳しいことは聞かないが。体は大切にしてくれ」
慧音の親切は受け取った方がいい。
「うん。わかった。それじゃあお酒貰っていくな。ちょっと出かけてくるよ」
事務所に行こうと寺子屋の戸を開ける。
「うん? どこに行くんだ?」
「妖怪の山。襲われたネムノさんに気に入られたみたいで、今日また来いって言われたから」
「……襲われた相手のところに行くのか。止めはしないけど気をつけて」
お? 慧音が小言を言わないのは初めてかもしれない。余程疲れたんだろう。私は断りを入れてお礼のお酒を持って山に向かった。
***
妖怪の山に入るとまた白狼天狗が追いかけてきた。
「やっべ、酒瓶割れないでくれよ!」
事務所に置いてあった私宛のお酒を持ってはいるのは無謀だったか。二升置いてあったので麻袋に入れて持ってきたが走る度にガチガチ音が鳴って怖い。せめてゆっくり持って行かせろ!
昨日通った所を走り抜け、ネムノさんの小屋に向かう。
「おいこら待て!!!」
鬱陶しい。目的の場所ぐらいゆっくり行かせろ!
明るいからか白狼天狗は昨日よりしつこい。ネムノさんの小屋に転がり込むように入った。
「おお、待ってた……が、侵入者は叩き切るべ」
囲炉裏に煮込んだ鍋みたいのをしてくれていたんだろう。ぐつぐつととても美味しそうな匂いがする。ネムノさんは玄関に立てかけてある鉈を手に取って出て行った。
「ここはうちのなわばりだべ! とっとと出てけ!」
「うおっ!? 山姥! そこの侵入者をよこせ!」
「知らん! 出て行かんならたたっ切る!」
外から大きな声が聞こえる。ぶおんと鉈が振り回される音がしている。
「おい! 新人何やってんだ! そこは入っちゃいけない場所だ! 下がれ!」
ドカッ、と誰かが墜落している。部屋の中から出ていないので声と音しか分からない。
「仲間か! こいつを殺されたくなければさっさと連れて行け! 次入ったらその尻尾、無くなることを覚えておけ!」
ネムノさんが叫んで白狼天狗二人が逃げていくのを聞いていた。
「はあ、これで何回目だ……」
ため息をつきながら小屋の中に入ってくるネムノさん。
「とりあえずお疲れ様、かな。そうそうこれ持ってきたんだ」
麻袋に入れた酒瓶を床に置いて見せる。ゴトッと少し重い音がした。
「おお、酒か! いつぶりだろうか。ありがとな妹紅!」
ニカッととても良い笑顔で私も嬉しかった。
「妹紅、おめえ、なんで死ねねえんだ?」
鍋を盛り、酒を二人で飲み交わす中で問いかけられる。
「なんでかな……宿敵を追っかけてたら死ねなくなったんだよ」
竹を切ったコップで並々と注がれたお酒の水面をゆらゆら揺らしながら答える。私はそもそも酔わないが、雰囲気に酔っていて気分がいい。
「宿敵か。それはどんな名前なんだべ?」
揺らしているお酒を煽る。喉が焼けるような感覚がとても良かった。
「蓬莱山輝夜。かぐや姫の話の本人だよ」
飲み干したコップをタンッと軽快な音で下ろす。
「かぐや姫……? ああ、月のやつか。そういえば、襲った目暗の坊主が食う前に琵琶で唄っていたべ」
うーんと考えるような動作をしたネムノさんは思い出したかのように言う。
「ならおめえ、藤原の家の娘か? そういう話があったの……」
何回琵琶法師から聞いたのかは知らないけれど、よく覚えているな。
「そうだよ。父上の仇だと、なんだと取ろうとしたら気がついたらここまで来てたんだ。死ねないけど宿敵と殺し合うのは楽しいよ」
「ほお、血の滾るような殺し合いかい。良いじゃないか」
ほら食え、と空になっていた器にネムノさんはついでくれる。
「おめえさん、豪胆だな。そんな人間は好きだ。不死だろうとなんだろうとそこにおめえがいるから良い。人生を楽しめ」
笑顔で言うのだけれどきつい冗談だと感じた。
「はは、ネムノさん、そんなきつい冗談言う? 私は死ねないのだから人生も無いよ。下手したらネムノさんの死まで見ないといけないかもしれない」
「なんだおめえさんそんなことかよ。今を生きればそれでええんだ。楽しめることを楽しいと思え。それだけで良いぞ。それとさん付けはやめろ。呼び捨てでいい」
カカカ、と楽しそうにネムノさんは笑う。
敵わないなあ。今を必死に生きるものだからそういう事を言えるのだろうか。
「ほらほら飲め食え。今はたらふく食って寝ろ。それだけでいい」
ネムノさんは器に沢山盛って沢山食えと笑顔で言ってくれた。
「ありがとうネムノさん」
「だから呼び捨てでいいと言ったろ」
久々のとても楽しい酒盛りになった。
***
「妹紅、また来い。お前なら歓迎する」
「ありがとうネムノ。また来れたらもう一人連れて来ていいか?」
飲んで食べて寝て。とても楽しい日だった。
「うちのなわばりに害をせんやつならいいぞ。連れてきたやつを殺しちまうかもしれんから気をつけてな」
じゃあね、と私は山を走った。また白狼天狗に追いかけられたが軽く火だるまにしてから帰った。
楽しかったからまた慧音と行こうかな。そんなことを思った。
私は今、白狼天狗に追いかけ回されている。勝手に山に入った挙句、気に入らない言動を吐いた白狼天狗を炎の拳で殴り飛ばしたからだ。
「侵入者め!待て!!!」
三人ほどの白狼天狗に長いこと追いかけ回されている。しかし私は目的があってこの山に来たのであって、天狗とケンカしに来たわけじゃない。
事の発端は慧音の寺子屋に通う男の子が山に入るといって帰ってこなかったことだった。怖いもの知らずの男の子で、山に入って何か持って帰るなぞ言って本当に入った大馬鹿者だった。
その子の親が息子を探してくれ、連れて帰ってくれと大狂乱になり慧音は親二人を止めるのに忙しかったため、慧音の家にお邪魔していた私が捜索に行ってくれと頼まれたのだ。
「くっそ、見つからない……ああもう、邪魔だなお前ら!」
後ろに向かって炎の弾幕を放って逃げる。あちちち!と声が聞こえたのでざまあみろとニヤニヤしながら走る。
ふと前に見えてきたのは何かが燃えているような炎の光だった。このまま逃げ続けても埒が明かないのでそちらに向かって全速力で走った。後ろの方で怒鳴る声が聞こえたが知らない。私は光に向かった。
***
近くに来ると遠くから見えた光は焚き火だったようだ。だれかが住んでいるのだろうか、古びた藁葺き屋根の小屋が建っている。古びた、と言っても人が住んでいる小綺麗さがある。
小屋の裏手から表に行くと焚き火の側に男の子が転がっていた。
「おいっ、大丈夫か」
駆け寄って息があるか確かめる。……大丈夫。生きている。秋の夜は冷えて、体が少し冷たいのと、服が破れているが走って破れたような跡だったので大丈夫そうだった。
軽く揺すっても起きる気配はしない。担ごうとしたら、後ろのから何かが出てくる音がしたと思えば、頭を殴られていた。
バァンと殴られた勢いで壁に当たる。反撃に立ち上がろうとすると近づいていた敵はもう一発頭を殴った。立ち上がることすら出来ず私は地面に崩れる。
「誰だおめえは。うちの獲物に何してくれてる」
グイッと髪を鷲掴みにされ、体を踏まれ、首を突き出すように後ろに引かれる。痛い。頭がグラグラとして動けない。良く、この状態になると輝夜に殺されてるな。
「なんだ人間か……おめえ何しに来た」
敵の顔がよく見える。くせ毛のような白く長い髪、鬼の形相のような顔、その顔からは覗くは私を射抜く赤い目……
どこかでその目を見たことがあるような気がする。
「答えろ。殺しちまうぞ……」
ああ、分かった、縄張りを取られなくない、必死に守る獣の目だ。
「答えんのなら、殺す」
敵はそう言うと身動きが取れない私に向けて右手に持っていた鉈を振り上げる。髪を強く引っ張られ、体の動きがさらに固定された。敵の質問に答える気もなく、最後に見たのは私の首元に鉈が振り下ろされるところだった。
〜*〜*〜
女の体がドサリと倒れるのを確認する。手に持っている切り飛ばした首を体の近くに放り投げる。辺りに散乱した血を見ると惨状が分かった。女が近くにいた家の壁にもついている。
「こりゃあ、掃除が大変だべ」
切り殺した感覚を味わってトドメは指した、はずだった。
死体の方に目を向けると、女の体と首がカタカタと少し動いているのを見た。信じられないものを見ている。殺したはずの生き物が動くだなんて。
「な、なんだ、おめえは!」
有り得ないという恐怖のあまり叫ぶ。
空のような色の炎を女の体は纏う。その炎は熱くなくて、炎の中で女の体が再生されていた。まるでもう一度生まれ変わるかのようだった。
「いてて……お前、いきなり殺すのは酷くないか……」
炎が消えてその女は起き上がった。
〜*〜*〜
むくりと私は起き上がる。首元を見ると血塗れでもうこの服は使い物にならないな……とそんなことを思う。
「……おめえ、人間じゃないな。妖怪か?」
襲ってきたものを見ると鉈を構えて臨戦態勢に入っている。そりゃあ殺したはずのやつが生き返ったらそうなるか。
「生憎、私は蓬莱人さ。妖怪じゃない。それと今は争いたくないんだ。そこに転がってる子供を連れて帰りたい」
「うちの獲物を奪う気か」
迷い込んだ人間を食べるタイプの妖怪なのだろう。鉈をさらに構えてこちらを警戒している。
「返してくれないなら実力行使か……悪く思わないでくれよ!」
弾幕を放ち、空を飛ぶ。相手も乗ってきてくれたのか弾幕ごっこが始まった。
***
「降参だべ。いくら殺しても元に戻ったら何も出来ないべ」
正面に飛ぶものが降参した。弾幕ごっこをしていたはずなのにいつの間にか殺し合いみたいになっていて、二回ほど殺されてから相手は降参した。
「それならあの子供は貰っていっていいな?」
「良い。うちは勝負に負けたんだ、勝者の言うことを聞く。それとおめえ、聞きたいんだべ。人間じゃないのになんで童を必要なんだべ?」
意外な質問をされていた驚く。素直にここは答える。
「知り合いに助けてくれって言われたからだ。それだけだよ」
「なんと、難儀な。おめえ気に入った。うちは坂田ネムノ。ネムノと呼んでくれ」
うんうんと頷くかのように言われ、そして握手を求められた。自然に自己紹介をするものだからスルーしそうになった。
「ネムノ、ネムノさんね……って名前! えーと私の名前は藤原妹紅。殺しあったけど、とりあえず……よろしく?」
「妹紅か。良い名だ。そこに転がってる童はもういい。あした明るくなったらもう一度来い。料理を振る舞うべ」
私は子供を担いで追い出されるかのように帰れと言われた。一定距離、小屋から離れるとまた白狼天狗が追いかけてきたので子供の注意をしながら全速力で逃げた。
〜*〜*〜
里に着いたので私は人目につかない道を走って慧音の家に飛び込む。
「妹紅!? 帰ってきてくれたのか!」
「慧音、子供任せた! このまま私は帰る! 里にこの格好じゃいれないから!」
逃げるように私は竹林に帰った。
〜*〜*〜
朝、山に行く前に里に向かう。あの子供の様子を見ておきたいと思ったからだ。家に帰ってからあの血塗れの服は捨てた。また作らないといけないか……
「おはよう慧音。昨日の子供はどうだった?」
寺子屋の門をくぐって、玄関から出かけようとしていた慧音に聞く。少し疲れていそうな顔で慧音は答えた。
「妹紅が連れて帰ってくれたあの後、親に返しに行ったよ。二人とも泣いて喜んでたぞ。お酒を貰って欲しいと言っていたから、事務所の机の上に置いておいたから持って行ってくれ」
「分かった。貰っていくな。それと慧音、少し休んだら?」
意外とげっそりしているので心配なる。
「まあ、今日は寺子屋が休みだからゆっくり仕事するさ。それと妹紅、なんで昨日はあんなに血塗れだったんだ?」
聞かれる気がしていた。怒られそうだけどちゃんと話そう。
「迷い込んだところで男の子を取り返そうとしたら妖怪と戦闘になって殺されたんだよ。私が死なないのを知ったら相手は降参したけど」
「妹紅……お前な……」
じいっと横目で見られるので視線が痛い。殺されたのは不可抗力だから。自殺したわけじゃないから。その目で私を見ないでくれ!
「……詳しいことは聞かないが。体は大切にしてくれ」
慧音の親切は受け取った方がいい。
「うん。わかった。それじゃあお酒貰っていくな。ちょっと出かけてくるよ」
事務所に行こうと寺子屋の戸を開ける。
「うん? どこに行くんだ?」
「妖怪の山。襲われたネムノさんに気に入られたみたいで、今日また来いって言われたから」
「……襲われた相手のところに行くのか。止めはしないけど気をつけて」
お? 慧音が小言を言わないのは初めてかもしれない。余程疲れたんだろう。私は断りを入れてお礼のお酒を持って山に向かった。
***
妖怪の山に入るとまた白狼天狗が追いかけてきた。
「やっべ、酒瓶割れないでくれよ!」
事務所に置いてあった私宛のお酒を持ってはいるのは無謀だったか。二升置いてあったので麻袋に入れて持ってきたが走る度にガチガチ音が鳴って怖い。せめてゆっくり持って行かせろ!
昨日通った所を走り抜け、ネムノさんの小屋に向かう。
「おいこら待て!!!」
鬱陶しい。目的の場所ぐらいゆっくり行かせろ!
明るいからか白狼天狗は昨日よりしつこい。ネムノさんの小屋に転がり込むように入った。
「おお、待ってた……が、侵入者は叩き切るべ」
囲炉裏に煮込んだ鍋みたいのをしてくれていたんだろう。ぐつぐつととても美味しそうな匂いがする。ネムノさんは玄関に立てかけてある鉈を手に取って出て行った。
「ここはうちのなわばりだべ! とっとと出てけ!」
「うおっ!? 山姥! そこの侵入者をよこせ!」
「知らん! 出て行かんならたたっ切る!」
外から大きな声が聞こえる。ぶおんと鉈が振り回される音がしている。
「おい! 新人何やってんだ! そこは入っちゃいけない場所だ! 下がれ!」
ドカッ、と誰かが墜落している。部屋の中から出ていないので声と音しか分からない。
「仲間か! こいつを殺されたくなければさっさと連れて行け! 次入ったらその尻尾、無くなることを覚えておけ!」
ネムノさんが叫んで白狼天狗二人が逃げていくのを聞いていた。
「はあ、これで何回目だ……」
ため息をつきながら小屋の中に入ってくるネムノさん。
「とりあえずお疲れ様、かな。そうそうこれ持ってきたんだ」
麻袋に入れた酒瓶を床に置いて見せる。ゴトッと少し重い音がした。
「おお、酒か! いつぶりだろうか。ありがとな妹紅!」
ニカッととても良い笑顔で私も嬉しかった。
「妹紅、おめえ、なんで死ねねえんだ?」
鍋を盛り、酒を二人で飲み交わす中で問いかけられる。
「なんでかな……宿敵を追っかけてたら死ねなくなったんだよ」
竹を切ったコップで並々と注がれたお酒の水面をゆらゆら揺らしながら答える。私はそもそも酔わないが、雰囲気に酔っていて気分がいい。
「宿敵か。それはどんな名前なんだべ?」
揺らしているお酒を煽る。喉が焼けるような感覚がとても良かった。
「蓬莱山輝夜。かぐや姫の話の本人だよ」
飲み干したコップをタンッと軽快な音で下ろす。
「かぐや姫……? ああ、月のやつか。そういえば、襲った目暗の坊主が食う前に琵琶で唄っていたべ」
うーんと考えるような動作をしたネムノさんは思い出したかのように言う。
「ならおめえ、藤原の家の娘か? そういう話があったの……」
何回琵琶法師から聞いたのかは知らないけれど、よく覚えているな。
「そうだよ。父上の仇だと、なんだと取ろうとしたら気がついたらここまで来てたんだ。死ねないけど宿敵と殺し合うのは楽しいよ」
「ほお、血の滾るような殺し合いかい。良いじゃないか」
ほら食え、と空になっていた器にネムノさんはついでくれる。
「おめえさん、豪胆だな。そんな人間は好きだ。不死だろうとなんだろうとそこにおめえがいるから良い。人生を楽しめ」
笑顔で言うのだけれどきつい冗談だと感じた。
「はは、ネムノさん、そんなきつい冗談言う? 私は死ねないのだから人生も無いよ。下手したらネムノさんの死まで見ないといけないかもしれない」
「なんだおめえさんそんなことかよ。今を生きればそれでええんだ。楽しめることを楽しいと思え。それだけで良いぞ。それとさん付けはやめろ。呼び捨てでいい」
カカカ、と楽しそうにネムノさんは笑う。
敵わないなあ。今を必死に生きるものだからそういう事を言えるのだろうか。
「ほらほら飲め食え。今はたらふく食って寝ろ。それだけでいい」
ネムノさんは器に沢山盛って沢山食えと笑顔で言ってくれた。
「ありがとうネムノさん」
「だから呼び捨てでいいと言ったろ」
久々のとても楽しい酒盛りになった。
***
「妹紅、また来い。お前なら歓迎する」
「ありがとうネムノ。また来れたらもう一人連れて来ていいか?」
飲んで食べて寝て。とても楽しい日だった。
「うちのなわばりに害をせんやつならいいぞ。連れてきたやつを殺しちまうかもしれんから気をつけてな」
じゃあね、と私は山を走った。また白狼天狗に追いかけられたが軽く火だるまにしてから帰った。
楽しかったからまた慧音と行こうかな。そんなことを思った。
殺す殺されるの良き理解者
キャラがすごく個性的でよかったです
妹紅とネムノさんの魅力が詰まっていました