山間部に位置する幻想郷の秋は早い。ついこの間までうだるような暑さと強い日差しに晒されていたのが嘘のように、人々は羽織を重ねて冬支度を始めている。この誰にとっても過ごしやすい秋がずっと続けばいいのにという思いも本当はあるのだけど、私は寂しさと終焉の象徴。命あるものがいつかは死にゆくように、死の季節へと巡りゆく秋を送り出してあげる役目がある。
小さな刷毛と、えんじ色から黄色まで揃った色鮮やかな顔料。私の大切な色。この仕事道具を携えて山に降り立つと、樹たちがざわめきをあげる。まるで迫りくる死の気配を恐れているよう。
「大丈夫、怖がらないで。私は散りゆく貴方たちを見送るための準備をしに来たの。最期の姿を鮮やかに飾って、見るものの心に刻みつける……私がするのは、そのお手伝い」
葉の一枚をそっと手に取り、朱を乗せる。私の扱う朱はただ葉の表面に赤色を塗りつけるものではない。葉の魂に染み込み、緑を薄れさせ、内側から紅い色に染めていく。その変化はとてもゆっくりで、じっと見ていては気付かないほど。そして何万の樹の何百万の葉を、人の目には見えない分霊をたくさん出して一枚一枚心を込めて塗り上げる。もちろん紅葉する葉はイロハモミジだけではない。イチョウやソメイヨシノやハナミズキといった樹たちにも、散りゆく葉のためのお化粧を施しそれぞれの色に染める。とても時間のかかる、けれどもとても大事な作業。
そうして夏の間は緑濃い色をしていた山が、立冬を過ぎるころには赤から黄色の混じった明るい褐色に変わり、人の目を惹きつける。やがて麓の樹も色鮮やかに染まり、最期の輝きを燃やし尽くした葉から散りはじめ、見るものに過ぎゆく秋を惜しませる。
最も山が美しくなるこの季節は、最も死を思う季節。儚く永遠でないからこその美しさが、最も際立つ季節。だから私は愛しい秋を終わらせないといけない。
「……今年の幻想郷も、美しく色づいてるわね」
話しかけてきたのは冬の寒さを象徴する妖怪、レティ・ホワイトロック。まだ眠そうな目を細めて、半分ほど葉の散った樹を眺めている。吐く息は白く、そばにいるだけでも凍えそうな気分になる。
「雪女。もう貴方が目を覚ます時期だったかしら? 確かにもうすぐ秋は終わりだけど、まだ少し葉が残ってるわ」
「もう立冬だもの。本格的な冬が待ち切れなくて出てきちゃった」
「そう……それなら貴方も葉たちの最期の姿を見届けてあげて。冬を迎えるためにその命を輝かせる葉たちの姿を。それが過ぎゆく季節への手向けになるでしょう」
「そうね。私が生命の輝きを強く感じられるのも、秋から冬になる境目の今だけだものね」
レティがほうと息をつくと、ひときわ冷たい風が吹きつけた。身を切るように冷たい木枯らしに打たれ、葉たちが樹に別れを告げる。葉の減る速度を増した樹はいかにも寂しげで、残った色を惜しんでいるように見えた。自分の役目に誇りを持ってはいるけれど、木々が色を失っていく様を見るのはやはり辛いものがある。
「ごめんなさい。私も名残惜しいけど、そろそろお別れ。貴方たちに安らかな眠りがあらん事を……」
「……秋の神様、貴方もお疲れ様。私は冬の象徴の努めとして、冬を迎え入れてくれるこの命たちに安らかで静かな眠りを約束しましょう」
「ありがとう。私ももうじき住処に帰るわ。この先の季節をよろしくお願いしますね」
「ええ。それでは少し早いけれど、お休みなさい」
「お休みなさい……」
見上げた空は白く、手を広げるとわずかに雪が落ちてくるのを感じた。
冬はもうすぐそこまで迫っている。
小さな刷毛と、えんじ色から黄色まで揃った色鮮やかな顔料。私の大切な色。この仕事道具を携えて山に降り立つと、樹たちがざわめきをあげる。まるで迫りくる死の気配を恐れているよう。
「大丈夫、怖がらないで。私は散りゆく貴方たちを見送るための準備をしに来たの。最期の姿を鮮やかに飾って、見るものの心に刻みつける……私がするのは、そのお手伝い」
葉の一枚をそっと手に取り、朱を乗せる。私の扱う朱はただ葉の表面に赤色を塗りつけるものではない。葉の魂に染み込み、緑を薄れさせ、内側から紅い色に染めていく。その変化はとてもゆっくりで、じっと見ていては気付かないほど。そして何万の樹の何百万の葉を、人の目には見えない分霊をたくさん出して一枚一枚心を込めて塗り上げる。もちろん紅葉する葉はイロハモミジだけではない。イチョウやソメイヨシノやハナミズキといった樹たちにも、散りゆく葉のためのお化粧を施しそれぞれの色に染める。とても時間のかかる、けれどもとても大事な作業。
そうして夏の間は緑濃い色をしていた山が、立冬を過ぎるころには赤から黄色の混じった明るい褐色に変わり、人の目を惹きつける。やがて麓の樹も色鮮やかに染まり、最期の輝きを燃やし尽くした葉から散りはじめ、見るものに過ぎゆく秋を惜しませる。
最も山が美しくなるこの季節は、最も死を思う季節。儚く永遠でないからこその美しさが、最も際立つ季節。だから私は愛しい秋を終わらせないといけない。
「……今年の幻想郷も、美しく色づいてるわね」
話しかけてきたのは冬の寒さを象徴する妖怪、レティ・ホワイトロック。まだ眠そうな目を細めて、半分ほど葉の散った樹を眺めている。吐く息は白く、そばにいるだけでも凍えそうな気分になる。
「雪女。もう貴方が目を覚ます時期だったかしら? 確かにもうすぐ秋は終わりだけど、まだ少し葉が残ってるわ」
「もう立冬だもの。本格的な冬が待ち切れなくて出てきちゃった」
「そう……それなら貴方も葉たちの最期の姿を見届けてあげて。冬を迎えるためにその命を輝かせる葉たちの姿を。それが過ぎゆく季節への手向けになるでしょう」
「そうね。私が生命の輝きを強く感じられるのも、秋から冬になる境目の今だけだものね」
レティがほうと息をつくと、ひときわ冷たい風が吹きつけた。身を切るように冷たい木枯らしに打たれ、葉たちが樹に別れを告げる。葉の減る速度を増した樹はいかにも寂しげで、残った色を惜しんでいるように見えた。自分の役目に誇りを持ってはいるけれど、木々が色を失っていく様を見るのはやはり辛いものがある。
「ごめんなさい。私も名残惜しいけど、そろそろお別れ。貴方たちに安らかな眠りがあらん事を……」
「……秋の神様、貴方もお疲れ様。私は冬の象徴の努めとして、冬を迎え入れてくれるこの命たちに安らかで静かな眠りを約束しましょう」
「ありがとう。私ももうじき住処に帰るわ。この先の季節をよろしくお願いしますね」
「ええ。それでは少し早いけれど、お休みなさい」
「お休みなさい……」
見上げた空は白く、手を広げるとわずかに雪が落ちてくるのを感じた。
冬はもうすぐそこまで迫っている。
レティとのやりとりも神々しくてよかったです!
2人のやり取りがきれいでした
とても良かったです。
今の季節とマッチしていて なんだかもの悲しいです
良かったです
妖怪によっての役目を持つ二人の責任と美しさが見えるいい作品です。情景とそこから想起される木々の感情の描写が綺麗……。