「私は強くなりたいんです、袿姫様」
「はぁ……」
「なにとぞ! よろしくお願いします!」
ヅガン! という聞き慣れない音に鼓膜を殴られ、私は短い悲鳴を上げた。
磨弓は正座の姿勢で上半身を折り曲げ、付近に肌色の土片を飛び散らせている。
私が思わず銃声と勘違いした怪音の正体は、どうやら彼女が自分の額を床に叩きつけた音のようだ。
「私は悔しいんです! あの巫女に負けてからというもの、水も土も喉を通らなくなって白米を食べ始めました!」
「なんで……? 良いじゃんそれで……」
「なにとぞ! よろしくお願いします!」
ヅガン! ヅガン! と水飲み鳥のように頭を打ち付け、だんだん磨弓の顔面がグロいことになってきた。
「しかたがない、しかたがないねぇ……。頭を上げなさい磨弓」
「あ、ありがとうございます!」
「いや、だって床が……あっ」
だめ押しの土下座が繰り出され、私の部屋に亀裂が走った。
「で、どんな感じに強くなりたいの?」
「兵士たるもの、強ければ強いほど良いのは自明です。袿姫様の造形術でガンガン改造してください!」
「ガンガンって……。具体的な要望はないの?」
磨弓は片方の頬を膨らませて考え込んだ。
やれやれ、なんの考えもなしに頼んでいたのか。
「要望がないなら、頭に角でも生やしてみちゃう?」
私は冗談でそう言ってみた。
「袿姫様……」
磨弓は俯いてぶるぶると震えだした。
しまった。磨弓は真面目に相談しているのに、怒らせちゃったかな。
「良いですね!」
「良いんだ」
「じゃんじゃん生やしてください!」
私はさっそく土を捏ね、立派な角を造り始めた。
「どんなのが良い? おでこに一本? それとも、やっぱり眉の上に二本生えてるタイプの方が強そうかしら」
そう言うと、突然磨弓が立ち上がり、私に向かって熱弁をふるった。「二本!? 全然足りませんよ! もっとわちゃわちゃ生やしてください!」
「えっ?」
磨弓は熱く拳を握る。
「この前神社で会ったピンク色の仙人も、角は多ければ多いほど良いと言ってました!」
「なんで仙人が角を推すのよ……こわ……」
私はしかたなく、磨弓の頭に三十本の角を生やした。
ウニみたいになった自分の頭を手鏡で確認し、磨弓は満足そうに頷いている。
「さすがは袿姫様です。じゃあ次は……」
「まだやるの? もう十分強そうだけど」
磨弓は眉を吊り上げた。「〝強そう〟じゃないんですよ。私は強くなりたいんです!」
「こ、こわ……角こわ……」
「次はそうですねぇ。腹筋を割りたいです」磨弓はにこにこと笑いながら自分の腹を指差した。
「あぁ、それなら簡単ね。ちょっと待ってて」
私は服のポケットから金槌を抜き、磨弓の腹をぶち抜いた。「ほいっ」
「ぎゃあ!!」
固い腹が砕け、無事バキバキに割れた腹筋が飛散した。
磨弓の腹からは消化されていない白米がこぼれ落ち、先ほどできた床の亀裂にぽろぽろと吸い込まれていく。これは掃除が大変だ。
「なにするんですか!」
「なにって……あなたが腹筋を割りたいって言うから」
「そういうことじゃないんです。聞くところによると、腹筋って鍛えると割れるらしいんですよ。七つだか九つだか忘れましたけど」
「あぁ、そっちの……いや奇数には割れないでしょ!? と、とりあえず六つに割るわね」
磨弓はしょんぼりと床の米を拾い集め、お腹の穴に戻している。
「そんなんじゃあ全然足りませんよ! この前旧地獄で会った体操服姿の鬼だって、腹筋は割れていれば割れているほど良いと言ってました!」
「あなた意外といろんなとこに出掛けてるのね……」
私は磨弓の腹を修復したあと、しかたなく鑿で細い溝を彫り、磨弓の腹筋を一〇八個に割った。
磨弓は自分のお腹をぽんぽんと触り、満足そうに頷いている。
「どんどん強くなってますね」
「ほんとに? それほんとに強くなってると思う?」
「次はそうですねぇ。身長を高くしたいです」
私はそれを聞いてがっかりした。
「えぇー。磨弓ちゃんは今のサイズ感が一番かわいいのに」
「私は強くなりたいんです!」
「わ、分かったからその顔で怒るのやめてよ……。じゃあ、どのくらいが良いの? 一八〇? まさか、一九〇?」
磨弓は一瞬目を見開いたかと思うと、けらけらと笑いだした。
「またまたぁ。それはいくらなんでも高すぎますよ」
「そ、そうよね。磨弓の感覚が狂ってなくて安心したわ」
「うっかり袿姫様を踏み潰しちゃいますからね」
「メートルが前提なの!?」
磨弓は怪訝そうな顔をし、角まみれの顔で私を睨み付けた。
「当たり前じゃないですか……。私は戦地に赴くんですよ? センチ単位でちまちま伸ばしてどうするんです?」
「ちょうど良いじゃないそれで……」
「この前神社で会った酒臭い鬼も、体は大きければ大きいほど良いと言ってました」
「どうして見ず知らずの人の妄言を鵜呑みにするかなぁ」
私はしかたなく、磨弓の身長を伸ばした。
途中で何度も本人に確認したが、磨弓はそのたびに首を横に振る。
いよいよ五メートルを超そうかという辺りで、磨弓はようやく満足そうに頷いた。いやはや、部屋の天井を高く造っておいて助かった。
「さすがは袿姫様です。あれ? 袿姫様、なんか縮みました?」
「私はどこで育て方を間違えたんだろう……」
「今も絶賛成長中ですよ。さぁ、次はお待ちかね。腕にモリモリと筋肉をつけてください」
私は露骨に嫌な顔を見せた。
「いやだぁ! 磨弓がかわいくなくなる!」
「どんな姿になっても私はかわいいですよ」
「それ普通私のセリフじゃない? 自分で言う?」
磨弓が私の体をつまみ上げた。「なにとぞ! よろしくお願いします!」
「もはや人にものを頼む態度じゃない……」
「勁牙組のあの羽が生えた馬も、筋肉はあればあるほど良いと言ってましたからね」
「なに? 普通に世間話とかしてるの?」
私はしかたなく、磨弓の腕を土管みたいに太くしてやった。
「さすがです袿姫様! この上腕なんちゃら筋とか、こっちのナントカかんとか筋のあれが……よく分かんないけど強そうです!」
「一応、まともな人体の造形にかけてはプロですからね」
「しかし、どうしてあんなに嫌がっていた筋肉をつけてくれたんですか?」磨弓が極太になった首をかしげた。
「よくよく考えてみたら、角の時点でもう大分かわいくなくなってたし……」
「あれ? 袿姫様、何か言いました?」
磨弓が私の体を鷲掴みにした。「いえいえ何も。そんなことより次は脚の筋肉に取りかかるから、早く床に下ろしてちょうだい」
磨弓は顔の前でぶんぶんと手を振った。「とんでもない! 脚はこのままで大丈夫です!」
「い、いやいや、今めちゃくちゃバランス悪くて気持ち悪いんだけど」
私を床の上に下ろし、磨弓が恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「あのですね袿姫様。いくら戦いのために造られたとは言え、私は兵士である以前に女の子ですよ? 脚は細ければ細いほど良いって、この前神社で会ったジョシコーセーも言ってました」
「今さらそんなとこ気にする?」
「そうですね。この際せっかくだから、もっと細くしてください」
「も、もっと細く」
反論することにも疲れ果て、私はしかたなく、磨弓の両脚を従来の倍ほどひょろひょろにした。
「ふふ……。さすが袿姫様、良い感じです。次はそうですね。この大きな体では死角が多い。全身に目を付けましょう」
「とち狂ったの?」
「私の話を聞いてなかったんですか? 私は強くなりたいんです。これは極めて論理的な帰結ですよ」
「真の狂人は得てして論理的だと言うけれど、こういうことだったのね」
磨弓は澄んだ瞳で私を見つめた。「目は多ければ多いほど……」
「分かった分かった。付ければ良いんでしょう? 付けるから」
私はしかたなく、磨弓の全身に五〇〇を超す数の目玉を取り付けた。
「わぁお、凄くよく見える。あっなんだこれ……うわ気持ち悪……おえぇ」
「ちょっ! ちょっと! 私の部屋で吐かないでよ!」
磨弓の巨大な口からヘドロと白米と赤いものが流れ出した。
五メートルの高さから落下したヘドロが床で飛び散り、私の部屋を真っ黒に汚していく。この部屋はもう諦めた方が良いかもしれない。
私は頬を伝う涙を拭い、なんとか声を絞り出した。
「また盛大にやってくれたわね……。というか、この赤いのは何? 血なんて通わせた覚えがないけど」
「あぁ、すみません。それは昨日食べた明太子の霊です」
「思いのほか人間飯を満喫している……」
体中の目を不気味に瞬かせ、気持ち悪い磨弓が気持ち悪そうに座り込む。
床はボロボロ、部屋はドロドロ、そして磨弓は鬼形の獣。
悪夢のような現実がここに顕現していた。
「……よし、落ち着いてきました」
「やっぱり目を減らそうか?」
「もったいないので大丈夫です。そんなことより、さっそく神社に殴り込みますよ!」
磨弓が勢いよく立ち上がり、天井に三十個の穴が空いた。
「あら、もう行くの?」
「もちろんです。リベンジは……」
「早ければ早いほど良いのね。分かった分かった」
「では!」
磨弓は自動ドアをぶち破り、狭い廊下を破壊しながら出ていった。
「……本気で退治されるんじゃないかしら」
しばらくその場で見送っていたが、磨弓の背中は一向に小さくならない。
私は一人、部屋の掃除に取りかかった。
「よーし、綺麗綺麗」
嵐のような磨弓が去ってから数時間、ようやく部屋が元通りになった。
なかなか骨の折れる作業だったが、ちょっとしたリフォームだと思えばそう悪いものでもない。――とでも割り切らなければ、ちょっと精神がもちそうにない。
私は小さな丸椅子に腰掛け、犠牲になったかわいいカーペットやお気に入りの埴輪コレクションに黙祷を捧げた。
……それにしても磨弓ったら、いつの間にあんなにお友達ができたのかしら。
あの子には戦い以外の楽しみをもっともっと知ってほしい。
神社にはいろんな奴らが集まるみたいだし、磨弓が人付き合いを学ぶには絶好の場所かもしれない。……まともな奴らかどうかはともかく。
そろそろ神社に着いた頃だろうか。さて、磨弓はあの巫女に勝てるかしら?
何だかんだとケチを付けたが、この私があそこまで手を貸したのだ。簡単にやられてもらってはつまらない。今夜は良い報告が聞けそうだ。
「――埴安神袿姫」
ほっと一息ついていたとき、誰かが私の名前を呼んだ。
びっくりして辺りを見回すが、部屋の中には誰もいない。
声の出どころが分からずあたふたしていると、目の前の空間が黒く細く裂け始めた。裂け目は人の身長ほどに成長し、中からぬっと出てきた手にゆっくりとこじ開けられていく。
現れたのは、鬼の形相をした博麗霊夢だった。
「あんたね……あの子をあんな目に遭わせたのは」
「えっ? えっ?」
霊夢は目尻にうっすらと涙を浮かべ、分厚い御札の束を構えている。
「いくら私を倒すためとは言え、逆らえない手下をあんな異形の姿に変えるとは! 私の目に狂いはなかった! 貴様は人の魂を弄ぶ邪神だ!」
「いや、ちがっ……」
「問答無用!」霊夢は両腕を大きく広げた。「霊符――」
「ああああ! 部屋があああああ!!」
虹色の神光に包まれ薄れゆく意識のなかで、私はこの部屋に二度と磨弓を入れないと誓った。
「はぁ……」
「なにとぞ! よろしくお願いします!」
ヅガン! という聞き慣れない音に鼓膜を殴られ、私は短い悲鳴を上げた。
磨弓は正座の姿勢で上半身を折り曲げ、付近に肌色の土片を飛び散らせている。
私が思わず銃声と勘違いした怪音の正体は、どうやら彼女が自分の額を床に叩きつけた音のようだ。
「私は悔しいんです! あの巫女に負けてからというもの、水も土も喉を通らなくなって白米を食べ始めました!」
「なんで……? 良いじゃんそれで……」
「なにとぞ! よろしくお願いします!」
ヅガン! ヅガン! と水飲み鳥のように頭を打ち付け、だんだん磨弓の顔面がグロいことになってきた。
「しかたがない、しかたがないねぇ……。頭を上げなさい磨弓」
「あ、ありがとうございます!」
「いや、だって床が……あっ」
だめ押しの土下座が繰り出され、私の部屋に亀裂が走った。
「で、どんな感じに強くなりたいの?」
「兵士たるもの、強ければ強いほど良いのは自明です。袿姫様の造形術でガンガン改造してください!」
「ガンガンって……。具体的な要望はないの?」
磨弓は片方の頬を膨らませて考え込んだ。
やれやれ、なんの考えもなしに頼んでいたのか。
「要望がないなら、頭に角でも生やしてみちゃう?」
私は冗談でそう言ってみた。
「袿姫様……」
磨弓は俯いてぶるぶると震えだした。
しまった。磨弓は真面目に相談しているのに、怒らせちゃったかな。
「良いですね!」
「良いんだ」
「じゃんじゃん生やしてください!」
私はさっそく土を捏ね、立派な角を造り始めた。
「どんなのが良い? おでこに一本? それとも、やっぱり眉の上に二本生えてるタイプの方が強そうかしら」
そう言うと、突然磨弓が立ち上がり、私に向かって熱弁をふるった。「二本!? 全然足りませんよ! もっとわちゃわちゃ生やしてください!」
「えっ?」
磨弓は熱く拳を握る。
「この前神社で会ったピンク色の仙人も、角は多ければ多いほど良いと言ってました!」
「なんで仙人が角を推すのよ……こわ……」
私はしかたなく、磨弓の頭に三十本の角を生やした。
ウニみたいになった自分の頭を手鏡で確認し、磨弓は満足そうに頷いている。
「さすがは袿姫様です。じゃあ次は……」
「まだやるの? もう十分強そうだけど」
磨弓は眉を吊り上げた。「〝強そう〟じゃないんですよ。私は強くなりたいんです!」
「こ、こわ……角こわ……」
「次はそうですねぇ。腹筋を割りたいです」磨弓はにこにこと笑いながら自分の腹を指差した。
「あぁ、それなら簡単ね。ちょっと待ってて」
私は服のポケットから金槌を抜き、磨弓の腹をぶち抜いた。「ほいっ」
「ぎゃあ!!」
固い腹が砕け、無事バキバキに割れた腹筋が飛散した。
磨弓の腹からは消化されていない白米がこぼれ落ち、先ほどできた床の亀裂にぽろぽろと吸い込まれていく。これは掃除が大変だ。
「なにするんですか!」
「なにって……あなたが腹筋を割りたいって言うから」
「そういうことじゃないんです。聞くところによると、腹筋って鍛えると割れるらしいんですよ。七つだか九つだか忘れましたけど」
「あぁ、そっちの……いや奇数には割れないでしょ!? と、とりあえず六つに割るわね」
磨弓はしょんぼりと床の米を拾い集め、お腹の穴に戻している。
「そんなんじゃあ全然足りませんよ! この前旧地獄で会った体操服姿の鬼だって、腹筋は割れていれば割れているほど良いと言ってました!」
「あなた意外といろんなとこに出掛けてるのね……」
私は磨弓の腹を修復したあと、しかたなく鑿で細い溝を彫り、磨弓の腹筋を一〇八個に割った。
磨弓は自分のお腹をぽんぽんと触り、満足そうに頷いている。
「どんどん強くなってますね」
「ほんとに? それほんとに強くなってると思う?」
「次はそうですねぇ。身長を高くしたいです」
私はそれを聞いてがっかりした。
「えぇー。磨弓ちゃんは今のサイズ感が一番かわいいのに」
「私は強くなりたいんです!」
「わ、分かったからその顔で怒るのやめてよ……。じゃあ、どのくらいが良いの? 一八〇? まさか、一九〇?」
磨弓は一瞬目を見開いたかと思うと、けらけらと笑いだした。
「またまたぁ。それはいくらなんでも高すぎますよ」
「そ、そうよね。磨弓の感覚が狂ってなくて安心したわ」
「うっかり袿姫様を踏み潰しちゃいますからね」
「メートルが前提なの!?」
磨弓は怪訝そうな顔をし、角まみれの顔で私を睨み付けた。
「当たり前じゃないですか……。私は戦地に赴くんですよ? センチ単位でちまちま伸ばしてどうするんです?」
「ちょうど良いじゃないそれで……」
「この前神社で会った酒臭い鬼も、体は大きければ大きいほど良いと言ってました」
「どうして見ず知らずの人の妄言を鵜呑みにするかなぁ」
私はしかたなく、磨弓の身長を伸ばした。
途中で何度も本人に確認したが、磨弓はそのたびに首を横に振る。
いよいよ五メートルを超そうかという辺りで、磨弓はようやく満足そうに頷いた。いやはや、部屋の天井を高く造っておいて助かった。
「さすがは袿姫様です。あれ? 袿姫様、なんか縮みました?」
「私はどこで育て方を間違えたんだろう……」
「今も絶賛成長中ですよ。さぁ、次はお待ちかね。腕にモリモリと筋肉をつけてください」
私は露骨に嫌な顔を見せた。
「いやだぁ! 磨弓がかわいくなくなる!」
「どんな姿になっても私はかわいいですよ」
「それ普通私のセリフじゃない? 自分で言う?」
磨弓が私の体をつまみ上げた。「なにとぞ! よろしくお願いします!」
「もはや人にものを頼む態度じゃない……」
「勁牙組のあの羽が生えた馬も、筋肉はあればあるほど良いと言ってましたからね」
「なに? 普通に世間話とかしてるの?」
私はしかたなく、磨弓の腕を土管みたいに太くしてやった。
「さすがです袿姫様! この上腕なんちゃら筋とか、こっちのナントカかんとか筋のあれが……よく分かんないけど強そうです!」
「一応、まともな人体の造形にかけてはプロですからね」
「しかし、どうしてあんなに嫌がっていた筋肉をつけてくれたんですか?」磨弓が極太になった首をかしげた。
「よくよく考えてみたら、角の時点でもう大分かわいくなくなってたし……」
「あれ? 袿姫様、何か言いました?」
磨弓が私の体を鷲掴みにした。「いえいえ何も。そんなことより次は脚の筋肉に取りかかるから、早く床に下ろしてちょうだい」
磨弓は顔の前でぶんぶんと手を振った。「とんでもない! 脚はこのままで大丈夫です!」
「い、いやいや、今めちゃくちゃバランス悪くて気持ち悪いんだけど」
私を床の上に下ろし、磨弓が恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「あのですね袿姫様。いくら戦いのために造られたとは言え、私は兵士である以前に女の子ですよ? 脚は細ければ細いほど良いって、この前神社で会ったジョシコーセーも言ってました」
「今さらそんなとこ気にする?」
「そうですね。この際せっかくだから、もっと細くしてください」
「も、もっと細く」
反論することにも疲れ果て、私はしかたなく、磨弓の両脚を従来の倍ほどひょろひょろにした。
「ふふ……。さすが袿姫様、良い感じです。次はそうですね。この大きな体では死角が多い。全身に目を付けましょう」
「とち狂ったの?」
「私の話を聞いてなかったんですか? 私は強くなりたいんです。これは極めて論理的な帰結ですよ」
「真の狂人は得てして論理的だと言うけれど、こういうことだったのね」
磨弓は澄んだ瞳で私を見つめた。「目は多ければ多いほど……」
「分かった分かった。付ければ良いんでしょう? 付けるから」
私はしかたなく、磨弓の全身に五〇〇を超す数の目玉を取り付けた。
「わぁお、凄くよく見える。あっなんだこれ……うわ気持ち悪……おえぇ」
「ちょっ! ちょっと! 私の部屋で吐かないでよ!」
磨弓の巨大な口からヘドロと白米と赤いものが流れ出した。
五メートルの高さから落下したヘドロが床で飛び散り、私の部屋を真っ黒に汚していく。この部屋はもう諦めた方が良いかもしれない。
私は頬を伝う涙を拭い、なんとか声を絞り出した。
「また盛大にやってくれたわね……。というか、この赤いのは何? 血なんて通わせた覚えがないけど」
「あぁ、すみません。それは昨日食べた明太子の霊です」
「思いのほか人間飯を満喫している……」
体中の目を不気味に瞬かせ、気持ち悪い磨弓が気持ち悪そうに座り込む。
床はボロボロ、部屋はドロドロ、そして磨弓は鬼形の獣。
悪夢のような現実がここに顕現していた。
「……よし、落ち着いてきました」
「やっぱり目を減らそうか?」
「もったいないので大丈夫です。そんなことより、さっそく神社に殴り込みますよ!」
磨弓が勢いよく立ち上がり、天井に三十個の穴が空いた。
「あら、もう行くの?」
「もちろんです。リベンジは……」
「早ければ早いほど良いのね。分かった分かった」
「では!」
磨弓は自動ドアをぶち破り、狭い廊下を破壊しながら出ていった。
「……本気で退治されるんじゃないかしら」
しばらくその場で見送っていたが、磨弓の背中は一向に小さくならない。
私は一人、部屋の掃除に取りかかった。
「よーし、綺麗綺麗」
嵐のような磨弓が去ってから数時間、ようやく部屋が元通りになった。
なかなか骨の折れる作業だったが、ちょっとしたリフォームだと思えばそう悪いものでもない。――とでも割り切らなければ、ちょっと精神がもちそうにない。
私は小さな丸椅子に腰掛け、犠牲になったかわいいカーペットやお気に入りの埴輪コレクションに黙祷を捧げた。
……それにしても磨弓ったら、いつの間にあんなにお友達ができたのかしら。
あの子には戦い以外の楽しみをもっともっと知ってほしい。
神社にはいろんな奴らが集まるみたいだし、磨弓が人付き合いを学ぶには絶好の場所かもしれない。……まともな奴らかどうかはともかく。
そろそろ神社に着いた頃だろうか。さて、磨弓はあの巫女に勝てるかしら?
何だかんだとケチを付けたが、この私があそこまで手を貸したのだ。簡単にやられてもらってはつまらない。今夜は良い報告が聞けそうだ。
「――埴安神袿姫」
ほっと一息ついていたとき、誰かが私の名前を呼んだ。
びっくりして辺りを見回すが、部屋の中には誰もいない。
声の出どころが分からずあたふたしていると、目の前の空間が黒く細く裂け始めた。裂け目は人の身長ほどに成長し、中からぬっと出てきた手にゆっくりとこじ開けられていく。
現れたのは、鬼の形相をした博麗霊夢だった。
「あんたね……あの子をあんな目に遭わせたのは」
「えっ? えっ?」
霊夢は目尻にうっすらと涙を浮かべ、分厚い御札の束を構えている。
「いくら私を倒すためとは言え、逆らえない手下をあんな異形の姿に変えるとは! 私の目に狂いはなかった! 貴様は人の魂を弄ぶ邪神だ!」
「いや、ちがっ……」
「問答無用!」霊夢は両腕を大きく広げた。「霊符――」
「ああああ! 部屋があああああ!!」
虹色の神光に包まれ薄れゆく意識のなかで、私はこの部屋に二度と磨弓を入れないと誓った。
これほど気の毒な目に合う袿姫様も珍しいですね……
全員壊れてるよ……
強くなるためには何かを失わなければならないのですね
袿姫様が不憫すぎるのと磨弓の見た目のインパクトが良かったです!
とても面白い作品で楽しめました。
さてはスレンダーな女の子目指してますね???
三十本の角に百八の腹筋、五百の目とムッキムキの上半身と美脚が映える五メートルの磨弓ちゃん………女の子してるな!ヨシ!
鬼ズとかペガサスとかの意見に流される磨弓ちゃん可愛い。可愛い…?(大変なことになった外見を見つつ)