Coolier - 新生・東方創想話

鍋は開戦に限る

2019/11/21 22:38:54
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「吉弔、おい吉弔。これはめでたい席なんだぞ? もう少し眉間を解したらどうだ」
「良く言いますね。突然人を拉致しておいて。休戦中じゃなかったら殺してましたよ」

 飾り気の無いテーブルの上に、大きな土鍋が一つ。
 鍋を囲むは小皿とお箸。野菜、鶏肉、茸にマロニー。
  
 ご存じ、鍋料理。
 千差万別の姿を見せる冬の定番だが、今回食卓に用意された物は、極めてベーシックな構成だ。

 楽しげで暖かな時を想像させるが、それを挟んで相対するは、二匹と二匹の畜生霊。

「事を伝えに行く度に追い返す、お前にも非があると思うぞ。吉弔」
「貴女がアポ無しで直接来たら、それはもう襲撃ですよ」

 驪駒は上機嫌で、盛られた野菜の山を眺め。
 吉弔は不機嫌で、白い眉間に谷を掘る。

 それぞれの背後には、それぞれの側近が、やれやれと言わんばかりの表情を浮かべている。

「色々聞きたい事はありますけどね。まず、何が目出度いんですか」
「例の埴輪どもさ。生人間達が、首魁を倒したじゃないか」

 霊長園にて生まれた神性は、偶像を生み出し、その力で版図を広げていった。
 
 死なず、疲れず、悩まず、恐れず。
 ただひたすらに前進し、蹂躙し、征服する。神が造りし偶像の兵団。

 肉体の無い畜生霊達には、戦う術すら無い。
 弱肉強食の世界が、信仰という名の秩序に塗りつぶされていくのを、座して眺めるしか無かった。
 
 生身の人間に戦わせるという、秘策を捻り出すまでは。 

「面倒臭い戦いだったなぁ、吉弔よ」
「その面倒は、殆ど私がやったんですけどね……で、それだけですか?」

 細い脚を組み替えて、面倒臭そうに尋ねる吉弔。 

「いや。この鍋を、我ら連合のケジメにしたいんだ」
「貴女の指なんか食べたくないんですが」
「誰がケジメを具にすると言った! 発想が怖いぞ吉弔! 何で私だけなんだ吉弔!」
「うるさい」

 長身を乗り出しての抗議に、眉根を顰めて睨む吉弔。
 同時に彼女は、驪駒が言いたい事を何となく理解していた。

「……連合を解散する儀式をしたい訳ですね? 誤解と誤認を防ぐ為に」

 いつまで共闘するのか? いつから敵同士に戻るのか?
 柔軟は許されても、曖昧は御法度だ。

 まして本来対立している同士では、尚更と言える。
 不出来な解散がそのまま、泥沼に発展しかねない。

「我ら頭目はともかく……組員達がな。分かりやすい形は必要だろう」
「だから、ココに連れてきたのですね。無理矢理」

 畜生界の有力な組織達。それらの縄張りが重なるエリアに設けられた緩衝地帯。
 それが、驪駒と吉弔が居るこの一軒家だ。 
 
 メニューも無い。呼び鈴も無い。いや、そもそも店ですらない。
 壁を飾る絵画も無ければ、小粋な雑貨も置かれていない。
 あるのは椅子とテーブル。調理設備とトイレのみ。専属の人員もいない。
 
 用途としては、会合の為に用意された空き家だ。
 言ってしまえば宅呑み用なのだが、そう呼ぶには利用者同士の仲が悪すぎる。
 完全な第三者を用意できない為か、管理人も月ごとに変わり続ける形になっている。

「まあ難しい話じゃない。食べ終わったら解散だ」
「しかし、どうして鍋に?」
「喰いたかった!」
「それが目的じゃ無いでしょうね……まあ、いいです。これでようやく、駄馬の介護を終えられる」
「私も。ノロマに歩を合わせるのは、もう御免だ。はっはっは」

 笑いながら鍋に野菜を入れていく驪駒。
 吉弔はそれを手伝う事も無く、豊かになっていく鍋を眺めていたが、ふと思い出したように驪駒に尋ねた。
 
「ところで。饕餮はどうしたんですか?」

 連合に参加した集団の中でも、不明勢力を除いて特に強大な三大勢力。
 その一角たる剛欲同盟の頭目が、饕餮だ。

「アレの不在なんて些末な問題ですが、連合です。筋は通さないと厄介でしょう」
「当然誘ったんだが、親戚の葬式があるらしくてな。まあ問題は無かろう」
「それ信じたんですか……饕餮め。雑な逃げ方を」

 葬式とは何か。死者を弔い葬る儀式である。
 すでに畜生界に堕ちた霊達に、葬式の類いが必要か。言うまでも無い。

「吉弔! いかにお前が冷血でも、親族への敬意は忘れてはならんぞ吉弔!」
「馬鹿駒……」
「おい、いま何か言ったか」
「頭蓋に糞を溜め込んだ役立たずの馬鹿駒……」
「悪態を即座に盛るな吉弔! 食前に糞なんて言うな吉弔!」
「うるさい」

 大勢力の頭目が来ないとあれば、ケジメ云々は既に破綻している。
 よってこの鍋パは、ただの食事会に成ってしまったのだ。

「……まあ、いいか。もし饕餮が文句垂れても、黙らせるだけですし」
「ほら問題無いじゃないか。騒ぎすぎだぞ吉弔」
「ニンジンをケツの穴に詰められて死ね」
「流石にはしたないぞ吉弔! さっきも言ったが食前だぞ吉弔!」
「口にも詰めろ二度死ね」

 吉弔の小さな口から、溜め息が零れる。

 この鍋をあの駄馬にブチまけてやろうかと考え……しかし、そうはしなかった。
 
 暴威を躊躇うような女では無いが、今回に関してはそれが出来ない理由がある。
 吉弔が拉致されたのは、夕食の直前。現在彼女は、割と重度の空腹状態であった。

「うん。そろそろ良いか」
「ええ。頂くとしましょうか」
「頂きます! いやぁ美味そうな待てそれは取り過ぎだ吉弔! 流石に許容できんぞ吉弔ォ!」

 一膳の箸に支えられ、鍋上に晒された有機物の複合体。
 我を見よと言わんばかりに湯気を昇らせ、汁を滴らせるそれは、鍋に投じられた具材の実に半数を擁していた。

 天馬を出し抜いて得た会心の略奪。それは吉弔の美しい顔に、満足と爽快を咲き誇らせた。
 愉悦と侮蔑では? という正しい誤認はさておき。この食卓もまた、弱肉強食であることは確かだった。

「早い者勝ちですよ。何か異論が?」
「ぐぐぐ……確かにそうだが……!」
「天馬が速度で物言いだなんて、恥も良いところで待て待て待て待ちなさい。煮る前の奴はダメです喰うなバカ」

 善は急げ。あるいは、兵は拙速を尊ぶ。
 古の時代から、速さや早さを重要視する言葉は多い。それが事実であることも広く知られている。

 とはいえ。ざるに置かれた生の具材を掻き込む電撃的青田刈りは、果たして尊ぶべき選択か否か。
 どちらにせよ、大量のナマモノを詰め込んだ驪駒の端正な顔は、愉快極まりない造形へと変貌していた。

「あやいおのあいらァ!」
「限度ってモノがありますよ。戻しなさい」
「うごおおおォ!?」

 閉じられた頑健な歯をこじ開けて、吉弔の箸が驪駒のナカへと突入を敢行。
 未調理食材が混ざり合う天馬の口内を、二振りの木棒がいざ喉を突かんと邁進する。
 
 この場にマナー講師が居たら憤死しかねない畜生の食卓に、見かねた側近達が止めに入った。

「く、組長方。材料はまだ有りますから。そう焦る事はありませんって」
「そうですよ! 足りなければもっと持ってきますので!」
「うにもにもにもー!」
「何言ってんのか全然わかんねえ……」

 河豚と化した親分に、天を仰ぐオオカミ霊。
 吐けと言って吐くわけも無く、かといって、飲み込むまでどれだけの時間を要するか。

 オオカミ霊は気を取り直して、深度を増していく吉弔の箸に、出来るだけ穏当な突撃破砕を試みる。
 
「吉弔さんも勘弁して下さい。箸を沈めた後にナニがあっても、クリーニング代は出せませんぜ」
「不要ですよ? 首を捻じ切れば、惨事の指向は自由ですから」

 きょとん、とした表情で告げられる、殺害予告と安全保障。
 あまりに鮮やかな一石二鳥に、オオカミ霊も言葉が出ない。

 このサディストが、と目線で批難を浴びせつつ、彼女の側近に標的を変更する。

「おいカワウソ! 何とかしろ! テメエの親分だろうが!」
「うっさいな黙ってて! 吉弔様、そろそろ抜きましょう。ほら、汚いですし」
「そんな事より見なさい。この天馬だかハムスターだか分からない顔を」
「何ちょっと楽しそうな顔してるんですか」

 コンクリ製の血管を、流れゆくは液体窒素。
 そうまで言われる冷血女の笑みは、意外にも可憐な造形をしていた。
 他人の口内に棒を捻じ込む蛮行が無ければ、なお良かったのだろうが。
    
「何なら追加でねじ込んで……あっ」
「うごごごご!」

 そして、あの驪駒が黙って耐えている訳も無い。
 彼女は、食べ始めた。そして飲み込み始めた。箸も一緒に。

 ミキサーの如く噛んで潰し、胃へと落とし込んでいく。
 まるで早送りのような速度で顎が動き、頬袋が縮んでいった。

 箸は既に、吉弔の手に無い。引きずり込まれてしまった。
 時折ぼりぼりと、箸が食材と成れ果てた音が響く。

「すッ、すげえ! さすが組長!」

 とうとう中身を失った驪駒の口が、満足げに笑みの形を作り上げた。 

「はっはっは! どうだ吉弔!」
「気持ち悪かったです」
「失敬な! そういえば、何か固いのが混じってたぞ。結構美味かったが」
「それ吉弔さんの箸です」
「い、今の顔ヤバ……こんなの笑う……くひっ……!」
「なにウチの組長笑ってんだカワウソ! シメるぞ!」

 カワウソの粗相も無理は無い。
 限界ハムスターが2秒で美人すぎる馬に戻るその様は、睨めっこなら即殺を確約できる力を秘めていた。

「まったく。吉弔のせいで落ち着きの無い鍋になったな」
「貴女が暴走したんでしょう。馬刺しにしますよ」
「よく言うよ」

 そう言いながら、僅かに残った食材を入れていく驪駒。それを吉弔が、先ほどの戦果を堪能しながら眺めている。
 残り物も鍋の賑わい。食卓に少しずつ、活気と正気を取り戻していく。

「もう野菜は無いのか?」
「ええ。肉が割と残ってますから、十分でしょう」
「好きだなぁ、肉。その割に、いつまで経っても身体が枯れ枝だが」
「あら、喋れるだなんて賢い豚」
「これは筋肉だ吉弔~ッ!」

 両腕に力こぶを作って見せる驪駒。
 長身の体躯を美しいままに、無駄なく纏った筋肉は、芸術や美術のそれに肉薄していた。

「この驪駒早鬼に! 無駄な脂肪などッ! 無いッッ!」
「うるさい」
「むしろ吉弔の方が怪しいだろう。いつも肉ばかり食って」
「貴女と違って暴食はしませんので。あ、そろそろ良いですね」

 今度は大人しく、正しく鍋をつつく二匹。
 吉弔が第二次攻勢を仕掛けなかったのは、単に満足したからだ。
 もちろん腹では無く。行為に関して。

「シメの麺はあるんですか?」
「今回は用意しなかった。最後の、喰っていいぞ」
「では」

 先ほどの喧噪が嘘のように、静かになった食卓。
 最後の、小さな鶏肉を吉弔が食べ、ついに鍋が空となった。

「うむ!」
「ええ」
「「ごちそうさまでした」」

 これを以て、三大勢力を中核とした大連合は解消。

 協力し合っていた敵同士も晴れて、純然たる怨敵へと。

「よしッ! いくぞ吉弔ォ!!」

 叫びと共に、机と鍋が、割れて砕けて宙を舞う。
 天馬の強烈な蹴りが、彼女と吉弔の間から障害物を排除した。 

「驪駒……」

 眼前の粉砕に興味が無いかのように、敵の名をぼそりと呟き、ゆっくりと立ち上がる吉弔。
  
「長かったな! 待ち望んだぞ!」
「ええ。洒落臭い連合ごっこはお終いです」

 吹いて荒れるは破壊と簒奪。泣いて喚くは雑魚と腰抜け。
 清きを小銭で買い叩き、糞小便で埋め立てる、情け無用のメトロポリス。

 悪徳上等、外道一筋。
 畜生界は、今度こそ、弱肉強食の理を取り戻した。

「自慢の甲羅を蹴って砕いて、間抜けな背中を晒してやろう! 吉弔ォ!」
「羽を毟って、脚を捌いて、ドブに撒いて捨ててやる。驪駒……!」

 歓喜に沸くのは当然、組長達だけではない。
 部屋の扉が破られて、大勢のカワウソ霊達が飛び込んできた。

「吉弔様! ご無事ですか!?」
「覚悟しろ! 勁牙組の馬鹿どもめ!」

 吉弔が攫われた後、その拉致先を探していた鬼傑組の部下達。
 その努力がようやく実り、絶好のタイミングでの突入となった。

 あっという間に数的劣勢へと転げ落ちた勁牙組。
 オオカミ霊は低く唸り、カワウソ霊が口角を吊り上げる。
 
「カスばっか揃えやがって……しかも少ねえ! あと10倍連れてこい!」
「調子コくと後が悪いのに。一番惨めな土下座の仕方、教えてあげるよぉ?」

 ギリギリと歯を軋ませて、眼光鋭く睨み合う側近達。
 常識霊を気取っていた二匹だが、所詮は畜生霊。血潮が主食のロクデナシ共だ。

「もう邪魔は入らない。とことんやろう、吉弔」
「今日ばかりは、付き合ってあげますよ……目出度い日ですからね」 

 情熱的な視線を重ね合う二匹。
 双方が、いざ暴力、と力を込め始め――。

「吉弔様! 緊急です! 来やがりました!」

 一匹のカワウソ霊が、壊れた扉から飛び込んできた。
 部屋の空気が冷え込んだのは、夜の風が吹き込んだからでは無いだろう。

 アツい逢瀬を邪魔されて、驪駒は口を尖らせ、吉弔は僅かに下を向いた。

「何となく、内容の察しは付くがなぁ。流石にあんまりだと思わんか吉弔ォ~」
「うるさい。それで、来た、とは」

 カワウソ霊の返事を待たず、緊急の内容が姿を現した。

「……会合場所は、情報通り。まさか解散の場だとは思わなかったけど」

 金の髪に白いリボン。黄色い鎧と腰の剣。
 胸元に留められた埴輪のアクセサリが、彼女が何者であるかを、これ以上に無く表している。

 埴安神袿姫が生んだ、最高傑作の一角。
 あらゆる武に長けた戦士にして、埴輪兵団の長。
 
 杖刀偶磨弓の姿がそこにあった。

「やはりお前か、杖刀偶。直々に来訪とは恐縮だが、もう鍋も勝利も残っていないぞ」
「お久しぶりです、兵団長殿。戦史に釈明と誇張を綴る仕事は順調ですか?」

 冷たい歓待にも、磨弓は眉一つ動かさない。
 皮肉の二正面に対して、彼女の返答は、同程度に辛辣だった。

「他者を騙して得た勝利で、よくそこまで悦に浸れるものね。不思議な生態だわ」

 萎えていた二人が瞬時に沸騰し、顔面に青筋が次々と浮かび上がってくる。

「言うじゃないか杖刀偶! 受けて立つぞ杖刀偶!」
「砕いて埋めるぞ杖刀偶……高く付くぞ杖刀偶……」
「もしかして、意外と仲が良かったりする……?」
「「死にたいようだな杖刀偶ッ!!」」 

 声を揃えて叫ぶ二匹。
 あまり怒りを露わにしない驪駒でさえ、こうだ。よほど心外なのだろう。

「おい杖刀偶。実際のところ、何の用だ? 何をしに来た?」

 嘘や言い逃れを許さない、長としての問いかけ。
 驪駒らしからぬ昏い声に、磨弓は浮かれたような声で返した。

「兵団の長が、敵地に乗り込んでやる事なんて、一つしかない」

 二匹をまっすぐと見据える磨弓。
 形作られた華やかな笑顔には、喜びや楽しみとは違うモノが滲み出ている。

「無論、当然、戦うために」 

 いわゆる、闘争心と呼ばれるモノ。

「埴安神の命で、ですか?」
「少し違う。優先命令を疎かにしない程度に、兵団の自由運用の許可を賜ったのよ」
「手駒の使い方も許可制か。窮屈だな、偶像というものは」
「偶像も武力も、基本そういうものよ。貴方達が自由すぎる……そして」

 喜びを抑えきれない、とばかりに含み笑う磨弓。

「弱肉強食の理。それは我々も、例外では無いはず。精鋭無比たる我らが無尽兵団ならば、ゴロツキなど鎧袖一触」

 いよいよ剣の柄に手を掛けた磨弓に、二匹は互いに耳打ちする。

「おい吉弔。何となく、次の言葉が読めた気がするんだが」
「ここまで言われて読めなかったら、本気で無能ですよ……驪駒」
「仕方が無いな。いいだろう」

 鋼が擦れる音が静かに響き、磨弓が剣を降るって叫ぶ。

「再びこの地に! 誉れ高き袿姫様の燦然たる御威光をってあれ!? 居ないッ!?」

 磨弓だけを残して、がらんどうとなった鍋パ部屋。

 瞬時に吉弔を背負い、オオカミ霊を頭上に乗せ、カワウソ霊達を吉弔の尾に掴ませる。
 そして磨弓の意識が、剣に向かったその一瞬。
 文字通り瞬く間に、全員揃って、裏口から離脱した。

 武人である磨弓でさえ反応出来ない、まさしく神速の業。

「速い、速いな。真っ当に戦えたら、どれだけ……」

 ぽつり、と無念と期待を呟く磨弓。
 
 先の異変での、虐殺に等しいワンサイドゲーム。
 神に仕えるモノとしては重畳だったが、武人としては、不足極まりなかった。

 彼女は、戦いを望んでいた。畜生霊と同じくらいに。



 ▽



 一方で。磨弓を出し抜いた畜生達は、メトロポリスの上空を飛んでいた。

「はっはっは! 気分爽快だな!」
「……こんな所まで来て、わざわざ宣戦布告とは。連中、やる気ですよ」
「ん、そうだな。奴がもし畜生霊なら、そのまま飛び掛かりたい位だった」

 そもそも。なぜ畜生霊達は、わざわざ生身の人間達を巻き込んだのか。
 実体を持たない霊である彼女達は、実体である埴輪兵団に、攻撃する手段が無かったからだ。

「ああは言っていましたが、今は霊長園の防護が主な仕事でしょうから」
「そうだな。以前よりは小粒だろう」
 
 首魁たる埴安神袿姫は、人間達が倒した。それ以降埴安神は、霊長園から領地を広げようとはしていない。
 埴輪兵団も以前のような、絶滅戦争にも似た徹底的な戦いはしないだろう。

 だが、実体と霊体の関係性が変わる訳では無い。
 畜生霊達はいまだ、埴輪兵団を攻撃出来ないのだ。 

「腕が鳴るな」
「腕が鳴りますね」
 
 競争、いや、戦争だ。どちらが先に、噛みつく手段を見つけ出し、完膚なきまで粉砕するかの。
 孤独に探し、多正面を戦い抜き、協力しては裏切って。
 力と矜持の名の下に、やれる事は何でもやる。

 背負い背負われた二匹は、心の中で勝手に競争を宣言し、相手もそうだろうと勝手に受け取った。

「しかしいい夜だ。連合を解いたからか? 何だが気分が良い。テンション上がってきた」
「組長、連中追って来ませんぜ」
「どうやら諦めたようですよ、吉弔様」
「そのようですね。驪駒、そろそろ」
「ようし! 折角だし飛ばすか! お前ら手を離すなよ!」
「何を言ってるんでウグッ!?」

 天馬の健脚が宙を蹴り、空を射貫かんとばかりに上昇していく。
 驪駒が大きく高らかに笑い、吉弔が罵りながら驪駒を殴り、オオカミ霊が楽しげに遠吠えし、カワウソ霊達が凄絶な悲鳴を上げる。
 
 星も月も無い、畜生界の色無き天蓋に、畜生達の声が響く。
 メトロポリスの無機質な光だけが、黒く騒がしい夜空を照らし続けていた。
鍋は開戦に限る。いかがでしたでしょうか。

AI、ヤクザ、軍隊、行政機関。
鬼形獣は好みの要素が多くて非常に嬉しいですね。(そうではない)
やはり今回も楽しく書けました。二匹の暴言を書くのが特に。

それでは。お読み頂き、ありがとうございました。
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コメント



0.400簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
面白かったですよ吉弔!
3.90奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
4.100名前が無い程度の能力削除
連合を解いた後即喧嘩するのがらしくてすごくいいなあと思いました。面白かったです。
5.100名前が無い程度の能力削除
 楽しませていただきました。
7.100モブ削除
語尾が卑怯だ。面白かったです。鍋食べたい
8.100封筒おとした削除
吉弔連呼するのかわいくていいですね
「もう鍋も勝利も残っていないぞ」
このセリフ大好き
9.100青生姜削除
暴言のやり取り部分で笑いました。
とても面白かったです。
10.100ヘンプ削除
とても良かったです。
黒駒が意外と丁寧で好き!
11.100南条削除
面白かったです
スジ者が仲良く鍋食ってるって絵面だけで笑えます
そのあと即座に争いになるのも期待どおりでした
13.100サク_ウマ削除
台詞回しのキレが素晴らしいと思います。大変面白かったです。
17.100終身削除
吉弔のきつい煽り文句に皮肉とユーモアもあってなんだか余裕があって頭の回ってる感じがしてかっこよかったのとそれに振り回されながらもノリよく答えてる驪駒っていう感じの関係が良いなと思いました 共通の敵が現れると息がぴったりになるのも面白かったです