私はテーブルの上に置かれたマイタケを見つけると、思わず手に取った。どうやら身が締まっているらしく、ずしりと重い。
おそらく穣子が、山で収穫してきたのだろう。今夜はマイタケご飯か、あるいはてんぷらか。
その日の夜、食卓に舞茸の姿はなく、茄子のぬか漬けとかぼちゃの煮物、そして白米と大根の味噌汁が食卓に並べられていた。私は思わず穣子に尋ねる。
「穣子。あのマイタケはどうしたの?」
穣子はきょとんとした様子で聞き返す。
「え? マイタケ?」
「ええ、さっきテーブルに上がっていたんだけど、あれ穣子が採ってきたんじゃないの?」
「マイタケなんて採ってきてないわよ?」
穣子が採ってきてないとなると、誰が来ておみやげに置いていったのか。しかし、穣子が言うには今日は誰も家に来ていないというのだ。
「おかしいわねえ。確かにさっきテーブルにあるのを見たのよ。これくらいでずっしりとしたやつ」
と、手を広げてマイタケの大きさを教えると穣子は呆れた様子で答える。
「そんなおっきいマイタケあったらすぐわかるわよ。姉さん夢でも見ていたんじゃないの?」
などと言いながら、穣子は漬け物をぽりぽりと食べ、ご飯を口へ入れる。
はてさて不思議なこともあるもの。果たしてあの大きなマイタケは本当に幻だったのか。
確かにこの目ではっきり見たのだ。それどころか手にもしっかり持ったのだ。あのずしりとした感触は断じて幻なんかであるはずがない。とはいえ、穣子がないというのだからおそらくないのであろう。
腑には落ちないが、あの舞茸はなかったものだと私は結論付けることにした。
◆
次の日。朝、私が部屋から出ると穣子が血相を変えて近づいてくる。
「どうしたのよ。そんな慌てて」
息も絶え絶えに穣子は私に尋ねる。
「姉さん! マイタケ見なかった?」
「マイタケ?」
「そう! テーブルの上に置いておいたのよ。おっきなの」
何を言ってるの。この子は。
「あなた、昨日マイタケなんてなかったって言ったじゃない」
「いや、実は姉さんを驚かそうと思ってしらを切ってたのよ」
なんとも実に面倒な事をしてくれたものだ。昨日自分があると思ってたマイタケがなかったのに今日になって実はあったというのだ。そんな馬鹿げた話があってたまるか。
「穣子、そう言ってまた私をからかおうとしてるんじゃないかしら?」
これで本当にからかっているのだとしたら、本当にたちが悪い。場合によっては【姉さんのお仕置きシリーズ】発動も視野に入れなければ。
「そんなわけないでしょ! そんな事しても何の得もないわよ!」
と言う穣子の様子は真剣そのもので、どうやら本当な様子である。さすがにそこまで意地悪ではないようだ。と、なるとマイタケはどこへ消えてしまったのか。
私は、思わず口元に手を当てながらテーブルに座る。
「マイタケが存在してたのが本当に間違いないとするならよ。なくなったのは昨日の夜から朝にかけてという事になるわね」
「そうね。それは間違いないわ」
穣子も頷く。
「問題はなぜなくなったのかという事ね」
穣子は頷きながら口を開く。
「えーとね。なんかそういえばなんだけど……昨夜何かの気配があったような気がするわ」
これは有力な情報かもしれない。
「本当? 詳しく教えなさい」
「えーとね。大分夜遅く頃になにか物音したのよ」
「確かめたの?」
穣子は首を横に振る。
「気のせいかなーって思ってスルーしちゃった」
「そう。それは残念ね」
穣子が、その時点で確認していれば何かしら手がかりが得られただろうに、とは言え、終わってしまった事をぐだぐだ言っても仕方ないのだ。
「もっと現場を調べてみましょう」
私と穣子はテーブル付近を調べてみる。
穣子はどこから取り出したのか、虫眼鏡のような物を持ってテーブルを見つめている。
正直そんな事しても見つからないと思うけど。そもそも仮に私たち以外の指紋が残っていたとしてもそれが誰の物か判別する術はない。こういうときのあの子ははっきり言って頼りにならないので、私独自で捜査を進めることにする。
テーブルに変わった様子は見当たらない。と、なると床。というか畳だが。しかし、ぱっと見た感じ何も変わった様子はない。下がダメなら次は上。天井を見てみる。すると。
「穣子。見なさい。天板がずれてるわ。あそこ怪しくない?」
「あ……!」
穣子は慌てて飛び上がるとその天板を戻す。
「どうしたの? あそこはなに?」
「あそこは、隠し食料庫なのよ」
「ふーん」
穣子ったらいつの間にそんな部屋を作ったのか。そういえばたまに天井で何やら物音がすると思ったけど、そういうことだったのか。
「……って、それで納得するわけないでしょう。そこ調べてみるわよ」
「えっ! いや、そこは!」
慌て振りからして絶対何かある。そう踏んだ私は、天井へ飛び上がり手を伸ばそうとする。すると穣子は、私を後ろから羽交い締めするようにしがみつく。
「あそこはダメなの!! 色々あって色々あるのよ!」
「姉に内緒で色々あるなんて許されると思うの?」
強引に手を振りほどくと、穣子は無様に墜落した。その際、彼女の重みで机が大破したが、見なかった事にする。
私は、天板をずらし天井裏へと侵入した。
◆
天井裏は想像していたより遙かに凄い事になっていた。床一面が枯れ葉で埋め尽くされ、その上にイガグリも落ちている。踏んだらきっと痛いだろう。
更にいろいろなキノコも無造作に転がっている。天井もやたら高い。
どれくらい高いかというと、うろこ雲が浮かぶ秋の空が見えるくらいだ。もちろん本物の空ではない。
どうやらあの子は神の力を使って理想の秋空間を作り上げていたようだ。
自分に内緒でこんな素敵な空間を作って独り占めしていたなんて。やっぱり今夜はお仕置きスペシャルを発動させなくちゃいけないかもしれない。
なんてことを思いつつ、その空間を進むと、やがて大きな木が見えてきた。
私はその木に見覚えがあった。妖怪の山に生えている大きな紅葉の木だ。なぜこんなところにあるのか。
「……姉さんごめんなさい」
声に気づいて振り返ると、ばつが悪そうな表情の穣子の姿があった。
「穣子。これはどういうことなの?」
「実はね。一年中秋を満喫したいと思ってこっそりこの空間を作ったの。完成したら姉さんに見せようと思ってたんだけど……」
と、言いながら穣子はしょぼくれた様子で俯いてしまう。
そんな理由でこんな大層な空間を作るとは。本当、しかたない子だけど、なんて可愛い妹なのか。お仕置きなんてしようとした私が間違っていた。今夜はごちそうでも振る舞ってあげないと。
「そうだったのね。いいじゃない。今夜はこの空間でお鍋でもしましょう
穣子の表情は冴えない。私が理由を聞くと彼女は、言いにくそうな様子で答える。
「それが実は、変な妖怪がここに迷い込んじゃったのよ」
「どんな妖怪?」
「それがわからないの」
「どういうこと?」
「姿は見えないけど気配はするのよ」
「なにそれ」
「私が聞きたいわよ。今だって気配はするのに」
「今も……?」
息を殺してじっと気配を感じ取ろうとする。すると確かにあった。何かの気配が。私と穣子以外の気配がする。しかも、思ったより近い。この周辺だ。
「そこね」
私はその場所――大きな紅葉の木に向けて言い放つ。すると一瞬その紅葉の木が揺らいだ。
「穣子。あの木が怪しいわ」
穣子は訝しげな顔で私に言う。
「木……?」
「そうよ。あの紅葉の木よ」
「木ってどこにあるのよ……?」
「どこって目の前にあるでしょ」
「え? 目の前にあるのは大きなサツマイモよ?」
サツマイモなんてどこにもない。目の前にあるのは大きな紅葉の木だ。この子は何を言っているのか。
「サツマイモ? どこよ」
「あれよ」
と、穣子は木を指さす。
「あれは木よ。大きな紅葉の木」
「いえ、あれはサツマイモよ! 丸々とした子豚のような」
なんかもう色々ややこしくなってきた。
「……もう、サツマイモでも豚でも何でもいいけど、とにかくあれにめがけて弾幕を放ちなさい」
「わ、わかったわ」
そう言うと穣子は、狐につままれたような表情で弾幕を構築し、それを放出する。すると、なんと木が空に浮かび上がってその弾幕を避けた。
「なんてこと。木が飛んだわ」
「姉さん大丈夫? あれはサツマイモよ。きでもくるった?」
「確かにあの木はくるってるわね。空を飛ぶ木なんて聞いた事ないわ」
「だからサツマイモだってば!」
「サツマイモにしても空飛ぶサツマイモなんて聞いた事ないわよ。あれがきっとここに紛れ込んだ妖怪よ。とっとと追い払いましょう」
「そっか。分かったわ! いっくわよー!」
今度は納得してくれたのか、穣子は再び弾幕を構築し、その木(サツマイモ)に向かって放つ。しかし、あっさりとよけられてしまう。それどころか木(サツマイモ)がお返しとばかりに弾幕を放って来た。
「ひえぇええー!? なにこれー!?」
慌てながらも穣子は、その弾幕を確実に避けていく。流石、喧嘩っ早い子だけあって弾幕ごっこは慣れている。
「ちょ、ちょっと姉さん! この弾幕なんか変なんだけど!!?」
「え?」
言われるままに弾幕をよく見てみる。
「なにこれ」
思わず声が漏れてしまった。というのも、その弾幕は皆マイタケの形をしていたのだ。
なんという事なのか。どうやらマイタケ型の弾幕を放つ木(サツマイモ)の形をした妖怪が紛れ込んでいるということらしい。
ややこしや。ややこしや。
「さ、サツマイモがマイタケで攻撃してきてるぅー……っ!?」
穣子は頭を抱えながら落下してそのまま気を失ってしまう。どうやら混乱して頭がオーバーヒートしてしまったようだ。あの子はおつむは弱めだから仕方ないと言えば仕方ない。
それはそうと、どうやらここから先は自分がやらなきゃいけないらしい。これは面倒な事になった。
というのも、戦闘力は穣子の方が上だ。正攻法で挑んでもまず勝ち目はない。
ならば、まやかしにはまやかしで対抗してみることにしてみよう。
足下のイガグリを拾うと木(サツマイモ)にめがけて投げつける。 木(サツマイモ)はそれを避けようとするが、避けたイガグリはそのままUターンして相手の背中に命中する。
「痛っ!?」
木(サツマイモ)が痛そうな声を上げた。これでこの木(サツマイモ)の正体が妖怪である事がほぼ確定してと言ってもいいだろう。
声を出す木なんてこの世には存在しないのだから。多分。
「妖怪さん。言っておくけど、ここは秋度で満ちあふれた空間なの。すなわち、ここは私の自由自在の空間なのよ。あなたに勝ち目はないわ」
そう言って私が両手を広げると、背後から巨大な落ち葉の塊の姿をした怪物が姿を現す。
「ひぃい……なによ!? あれ!?」
相手さんが思わず声を漏らす。案外可愛い声をしているようだ。
「さあ。いくわよ。もみじんがーぜっと」
私の号令で怪物が腕を上げると胸から無数のイガグリ弾幕を発射する。もちろん誘導弾だ。
相手さんは必死で避けようとするが、避けても避けてもしつこくイガグリは追い回す。やがて、避けきれなくなったイガグリが相手に次々と命中する。
「ぎゃああああ!!!いだだだだだだっ!!? 降参!! 降参っ……!!」
そう言うと相手はドロンという効果音が付きそうな煙と共についに正体を現した。
◆
「……ふーん。それでそのぬえって奴はどこ行ったの……?」
「逃げるように去って行ったわ」
「そっか……」
そう言うと床に大の字になって寝そべっている穣子は、安堵の表情を見せる。
「それにしても厄介な奴だったわねー。実際の物とは別の物に見せる能力なんてー」
「ええ。なかなかカオスで楽しかったわ。また会えるかしら?」
「もう会わなくていいわよ! あんなの」
敵の正体は封獣ぬえという妖怪で、正体不明の種を使う事で、実際とは違うものの姿に見せるという能力を持っているのだという。
何に見えるかは、相手が意識しているものによって違うらしく、それで私と穣子で見えるものが違っていたという、実に面白い能力の持ち主だった。
「で、それはそうと穣子」
「んー?」
「マイタケはどこへいったのかしら」
「あー……」
穣子はうんざりした様子で首を横に振る。
無理もない。マイタケに見える弾幕に襲われたのだから、今はマイタケの姿すら見たくないだろう。
「……ま、いいわ。あのマイタケも、もしかしたらあの妖怪さんの力でマイタケに見えた別のものだったのかもしれないし」
とは言ってみたものの、あの手に持った感じのしっとりとした感触はキノコそのものだった。とても偽物だったとは思えないのだが。
「……ねえ、穣子。そういえばあのマイタケはどこから手に入れたの?」
「え? そりゃ私がもちろん山で見つけて………………あっ!!」
「やっぱり本物だったんじゃないの」
「うへぇーーーしまったあああああぁーっ!!! もしかしてあいつ持ってったー!?」
「……まったくもう」
情けない声を上げる穣子を見て、私は思わずため息をつく。そして、ふと心の中でこう思った。
――やっぱりこの子には少しお仕置きが必要なのかもしれない。と。
◆
――その日の夜の命蓮寺。
お勤めを終えた寺の住職である聖白蓮にぬえが声をかける。
「聖-! お土産ー!」
「あら。何かしら」
ぬえは、ずしりとしたそれをテーブルの上にのせた。それを見た白蓮は思わず感嘆の声を上げる。
「まぁ、なんて立派なマイタケなのでしょう!」
「聖、マイタケご飯食べたいって言ってたでしょ? 聖のために頑張って見つけてきたのよ」
「まあ、わざわざ見つけてきてくれたのね。ありがとう!!」
「ふふん。きのこ狩りならまかせてよ! なんたって【穴場】を知ってるからねー!」
そう言って彼女は、にやりと笑みを浮かべるのだった。
おそらく穣子が、山で収穫してきたのだろう。今夜はマイタケご飯か、あるいはてんぷらか。
その日の夜、食卓に舞茸の姿はなく、茄子のぬか漬けとかぼちゃの煮物、そして白米と大根の味噌汁が食卓に並べられていた。私は思わず穣子に尋ねる。
「穣子。あのマイタケはどうしたの?」
穣子はきょとんとした様子で聞き返す。
「え? マイタケ?」
「ええ、さっきテーブルに上がっていたんだけど、あれ穣子が採ってきたんじゃないの?」
「マイタケなんて採ってきてないわよ?」
穣子が採ってきてないとなると、誰が来ておみやげに置いていったのか。しかし、穣子が言うには今日は誰も家に来ていないというのだ。
「おかしいわねえ。確かにさっきテーブルにあるのを見たのよ。これくらいでずっしりとしたやつ」
と、手を広げてマイタケの大きさを教えると穣子は呆れた様子で答える。
「そんなおっきいマイタケあったらすぐわかるわよ。姉さん夢でも見ていたんじゃないの?」
などと言いながら、穣子は漬け物をぽりぽりと食べ、ご飯を口へ入れる。
はてさて不思議なこともあるもの。果たしてあの大きなマイタケは本当に幻だったのか。
確かにこの目ではっきり見たのだ。それどころか手にもしっかり持ったのだ。あのずしりとした感触は断じて幻なんかであるはずがない。とはいえ、穣子がないというのだからおそらくないのであろう。
腑には落ちないが、あの舞茸はなかったものだと私は結論付けることにした。
◆
次の日。朝、私が部屋から出ると穣子が血相を変えて近づいてくる。
「どうしたのよ。そんな慌てて」
息も絶え絶えに穣子は私に尋ねる。
「姉さん! マイタケ見なかった?」
「マイタケ?」
「そう! テーブルの上に置いておいたのよ。おっきなの」
何を言ってるの。この子は。
「あなた、昨日マイタケなんてなかったって言ったじゃない」
「いや、実は姉さんを驚かそうと思ってしらを切ってたのよ」
なんとも実に面倒な事をしてくれたものだ。昨日自分があると思ってたマイタケがなかったのに今日になって実はあったというのだ。そんな馬鹿げた話があってたまるか。
「穣子、そう言ってまた私をからかおうとしてるんじゃないかしら?」
これで本当にからかっているのだとしたら、本当にたちが悪い。場合によっては【姉さんのお仕置きシリーズ】発動も視野に入れなければ。
「そんなわけないでしょ! そんな事しても何の得もないわよ!」
と言う穣子の様子は真剣そのもので、どうやら本当な様子である。さすがにそこまで意地悪ではないようだ。と、なるとマイタケはどこへ消えてしまったのか。
私は、思わず口元に手を当てながらテーブルに座る。
「マイタケが存在してたのが本当に間違いないとするならよ。なくなったのは昨日の夜から朝にかけてという事になるわね」
「そうね。それは間違いないわ」
穣子も頷く。
「問題はなぜなくなったのかという事ね」
穣子は頷きながら口を開く。
「えーとね。なんかそういえばなんだけど……昨夜何かの気配があったような気がするわ」
これは有力な情報かもしれない。
「本当? 詳しく教えなさい」
「えーとね。大分夜遅く頃になにか物音したのよ」
「確かめたの?」
穣子は首を横に振る。
「気のせいかなーって思ってスルーしちゃった」
「そう。それは残念ね」
穣子が、その時点で確認していれば何かしら手がかりが得られただろうに、とは言え、終わってしまった事をぐだぐだ言っても仕方ないのだ。
「もっと現場を調べてみましょう」
私と穣子はテーブル付近を調べてみる。
穣子はどこから取り出したのか、虫眼鏡のような物を持ってテーブルを見つめている。
正直そんな事しても見つからないと思うけど。そもそも仮に私たち以外の指紋が残っていたとしてもそれが誰の物か判別する術はない。こういうときのあの子ははっきり言って頼りにならないので、私独自で捜査を進めることにする。
テーブルに変わった様子は見当たらない。と、なると床。というか畳だが。しかし、ぱっと見た感じ何も変わった様子はない。下がダメなら次は上。天井を見てみる。すると。
「穣子。見なさい。天板がずれてるわ。あそこ怪しくない?」
「あ……!」
穣子は慌てて飛び上がるとその天板を戻す。
「どうしたの? あそこはなに?」
「あそこは、隠し食料庫なのよ」
「ふーん」
穣子ったらいつの間にそんな部屋を作ったのか。そういえばたまに天井で何やら物音がすると思ったけど、そういうことだったのか。
「……って、それで納得するわけないでしょう。そこ調べてみるわよ」
「えっ! いや、そこは!」
慌て振りからして絶対何かある。そう踏んだ私は、天井へ飛び上がり手を伸ばそうとする。すると穣子は、私を後ろから羽交い締めするようにしがみつく。
「あそこはダメなの!! 色々あって色々あるのよ!」
「姉に内緒で色々あるなんて許されると思うの?」
強引に手を振りほどくと、穣子は無様に墜落した。その際、彼女の重みで机が大破したが、見なかった事にする。
私は、天板をずらし天井裏へと侵入した。
◆
天井裏は想像していたより遙かに凄い事になっていた。床一面が枯れ葉で埋め尽くされ、その上にイガグリも落ちている。踏んだらきっと痛いだろう。
更にいろいろなキノコも無造作に転がっている。天井もやたら高い。
どれくらい高いかというと、うろこ雲が浮かぶ秋の空が見えるくらいだ。もちろん本物の空ではない。
どうやらあの子は神の力を使って理想の秋空間を作り上げていたようだ。
自分に内緒でこんな素敵な空間を作って独り占めしていたなんて。やっぱり今夜はお仕置きスペシャルを発動させなくちゃいけないかもしれない。
なんてことを思いつつ、その空間を進むと、やがて大きな木が見えてきた。
私はその木に見覚えがあった。妖怪の山に生えている大きな紅葉の木だ。なぜこんなところにあるのか。
「……姉さんごめんなさい」
声に気づいて振り返ると、ばつが悪そうな表情の穣子の姿があった。
「穣子。これはどういうことなの?」
「実はね。一年中秋を満喫したいと思ってこっそりこの空間を作ったの。完成したら姉さんに見せようと思ってたんだけど……」
と、言いながら穣子はしょぼくれた様子で俯いてしまう。
そんな理由でこんな大層な空間を作るとは。本当、しかたない子だけど、なんて可愛い妹なのか。お仕置きなんてしようとした私が間違っていた。今夜はごちそうでも振る舞ってあげないと。
「そうだったのね。いいじゃない。今夜はこの空間でお鍋でもしましょう
穣子の表情は冴えない。私が理由を聞くと彼女は、言いにくそうな様子で答える。
「それが実は、変な妖怪がここに迷い込んじゃったのよ」
「どんな妖怪?」
「それがわからないの」
「どういうこと?」
「姿は見えないけど気配はするのよ」
「なにそれ」
「私が聞きたいわよ。今だって気配はするのに」
「今も……?」
息を殺してじっと気配を感じ取ろうとする。すると確かにあった。何かの気配が。私と穣子以外の気配がする。しかも、思ったより近い。この周辺だ。
「そこね」
私はその場所――大きな紅葉の木に向けて言い放つ。すると一瞬その紅葉の木が揺らいだ。
「穣子。あの木が怪しいわ」
穣子は訝しげな顔で私に言う。
「木……?」
「そうよ。あの紅葉の木よ」
「木ってどこにあるのよ……?」
「どこって目の前にあるでしょ」
「え? 目の前にあるのは大きなサツマイモよ?」
サツマイモなんてどこにもない。目の前にあるのは大きな紅葉の木だ。この子は何を言っているのか。
「サツマイモ? どこよ」
「あれよ」
と、穣子は木を指さす。
「あれは木よ。大きな紅葉の木」
「いえ、あれはサツマイモよ! 丸々とした子豚のような」
なんかもう色々ややこしくなってきた。
「……もう、サツマイモでも豚でも何でもいいけど、とにかくあれにめがけて弾幕を放ちなさい」
「わ、わかったわ」
そう言うと穣子は、狐につままれたような表情で弾幕を構築し、それを放出する。すると、なんと木が空に浮かび上がってその弾幕を避けた。
「なんてこと。木が飛んだわ」
「姉さん大丈夫? あれはサツマイモよ。きでもくるった?」
「確かにあの木はくるってるわね。空を飛ぶ木なんて聞いた事ないわ」
「だからサツマイモだってば!」
「サツマイモにしても空飛ぶサツマイモなんて聞いた事ないわよ。あれがきっとここに紛れ込んだ妖怪よ。とっとと追い払いましょう」
「そっか。分かったわ! いっくわよー!」
今度は納得してくれたのか、穣子は再び弾幕を構築し、その木(サツマイモ)に向かって放つ。しかし、あっさりとよけられてしまう。それどころか木(サツマイモ)がお返しとばかりに弾幕を放って来た。
「ひえぇええー!? なにこれー!?」
慌てながらも穣子は、その弾幕を確実に避けていく。流石、喧嘩っ早い子だけあって弾幕ごっこは慣れている。
「ちょ、ちょっと姉さん! この弾幕なんか変なんだけど!!?」
「え?」
言われるままに弾幕をよく見てみる。
「なにこれ」
思わず声が漏れてしまった。というのも、その弾幕は皆マイタケの形をしていたのだ。
なんという事なのか。どうやらマイタケ型の弾幕を放つ木(サツマイモ)の形をした妖怪が紛れ込んでいるということらしい。
ややこしや。ややこしや。
「さ、サツマイモがマイタケで攻撃してきてるぅー……っ!?」
穣子は頭を抱えながら落下してそのまま気を失ってしまう。どうやら混乱して頭がオーバーヒートしてしまったようだ。あの子はおつむは弱めだから仕方ないと言えば仕方ない。
それはそうと、どうやらここから先は自分がやらなきゃいけないらしい。これは面倒な事になった。
というのも、戦闘力は穣子の方が上だ。正攻法で挑んでもまず勝ち目はない。
ならば、まやかしにはまやかしで対抗してみることにしてみよう。
足下のイガグリを拾うと木(サツマイモ)にめがけて投げつける。 木(サツマイモ)はそれを避けようとするが、避けたイガグリはそのままUターンして相手の背中に命中する。
「痛っ!?」
木(サツマイモ)が痛そうな声を上げた。これでこの木(サツマイモ)の正体が妖怪である事がほぼ確定してと言ってもいいだろう。
声を出す木なんてこの世には存在しないのだから。多分。
「妖怪さん。言っておくけど、ここは秋度で満ちあふれた空間なの。すなわち、ここは私の自由自在の空間なのよ。あなたに勝ち目はないわ」
そう言って私が両手を広げると、背後から巨大な落ち葉の塊の姿をした怪物が姿を現す。
「ひぃい……なによ!? あれ!?」
相手さんが思わず声を漏らす。案外可愛い声をしているようだ。
「さあ。いくわよ。もみじんがーぜっと」
私の号令で怪物が腕を上げると胸から無数のイガグリ弾幕を発射する。もちろん誘導弾だ。
相手さんは必死で避けようとするが、避けても避けてもしつこくイガグリは追い回す。やがて、避けきれなくなったイガグリが相手に次々と命中する。
「ぎゃああああ!!!いだだだだだだっ!!? 降参!! 降参っ……!!」
そう言うと相手はドロンという効果音が付きそうな煙と共についに正体を現した。
◆
「……ふーん。それでそのぬえって奴はどこ行ったの……?」
「逃げるように去って行ったわ」
「そっか……」
そう言うと床に大の字になって寝そべっている穣子は、安堵の表情を見せる。
「それにしても厄介な奴だったわねー。実際の物とは別の物に見せる能力なんてー」
「ええ。なかなかカオスで楽しかったわ。また会えるかしら?」
「もう会わなくていいわよ! あんなの」
敵の正体は封獣ぬえという妖怪で、正体不明の種を使う事で、実際とは違うものの姿に見せるという能力を持っているのだという。
何に見えるかは、相手が意識しているものによって違うらしく、それで私と穣子で見えるものが違っていたという、実に面白い能力の持ち主だった。
「で、それはそうと穣子」
「んー?」
「マイタケはどこへいったのかしら」
「あー……」
穣子はうんざりした様子で首を横に振る。
無理もない。マイタケに見える弾幕に襲われたのだから、今はマイタケの姿すら見たくないだろう。
「……ま、いいわ。あのマイタケも、もしかしたらあの妖怪さんの力でマイタケに見えた別のものだったのかもしれないし」
とは言ってみたものの、あの手に持った感じのしっとりとした感触はキノコそのものだった。とても偽物だったとは思えないのだが。
「……ねえ、穣子。そういえばあのマイタケはどこから手に入れたの?」
「え? そりゃ私がもちろん山で見つけて………………あっ!!」
「やっぱり本物だったんじゃないの」
「うへぇーーーしまったあああああぁーっ!!! もしかしてあいつ持ってったー!?」
「……まったくもう」
情けない声を上げる穣子を見て、私は思わずため息をつく。そして、ふと心の中でこう思った。
――やっぱりこの子には少しお仕置きが必要なのかもしれない。と。
◆
――その日の夜の命蓮寺。
お勤めを終えた寺の住職である聖白蓮にぬえが声をかける。
「聖-! お土産ー!」
「あら。何かしら」
ぬえは、ずしりとしたそれをテーブルの上にのせた。それを見た白蓮は思わず感嘆の声を上げる。
「まぁ、なんて立派なマイタケなのでしょう!」
「聖、マイタケご飯食べたいって言ってたでしょ? 聖のために頑張って見つけてきたのよ」
「まあ、わざわざ見つけてきてくれたのね。ありがとう!!」
「ふふん。きのこ狩りならまかせてよ! なんたって【穴場】を知ってるからねー!」
そう言って彼女は、にやりと笑みを浮かべるのだった。
それより静葉さま、【姉さんのお仕置きシリーズ】について詳しk(撃滅
話の内容もさることながら、秋姉妹以外をその他とまとめるタグがすごく面白かったです
マイタケを巡って戦う秋姉妹たちが愉快でした
マイタケ、盗まれたのかあ……
ぬえちゃんが入り込んだ理由とかはわりとすっぽなげだけど