Coolier - 新生・東方創想話

突撃! 邪仙さんちのお昼ごはん!

2019/11/11 23:56:21
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『と、いうことでやってきました!
 本日の私はですね、なんと幻想郷を離れまして仙界のここ、仙人の霍青娥さんのお宅にお邪魔しています!
 いや~さすがに仙界、景色も良いし何だかとっても甘い香りがしますね~。
 いかがですか、スタジオの椛さーん?』

「いや、いかがと言われましても……私が居るのはスタジオではなくはたてさんの真横なのですが」
「んも~! 椛ったらノリが悪いよノリが~。険しい顔ばっかりしてたら幸せが逃げちゃうよ?」

 ということで、姫海棠はたてと犬走椛の二人は青娥の住まう屋敷の前に立っていた。
 天狗のガラケーに付けてもらった自撮り機能でリポーターごっこの真っ最中である。
 はたてが何故よりにもよって悪名高き邪仙に取材を試みたのか。理由はただ一つ、面白いネタをいっぱい持っていそうだからに他ならない。
 しかし、そんな事を聞かされた椛が素直に認めるはずもなかった。
 キョンシーに襲われでもしてミイラ取りがミイラにでもなったらどうするのか。それは危ないからやめた方がいいと押し問答になった結果、『じゃあ椛が一緒に来て守ってくれればいいじゃん』というはたての言葉に椛が折れた形だ。

「はたてさん、今ならまだ間に合いますよ。やはり帰った方が宜しいのでは?」
「しつこい! もう何十回その話をしたと思ってる? そんなに帰りたかったら椛ひとりで帰ったらいいじゃない」
「貴女が帰らないなら帰りません。それと、この話はまだ九回目です」
 白狼天狗にして妖怪の山の哨戒を勤める椛は、真面目で頭が回り、千里眼の特殊能力も持っている優秀な人物である。真面目と言えば聞こえは良いが、悪く言えば融通がきかないとも。
「じゃあ十回目は絶対に許さないからね。大体もみちゃんはさあ、はたてで良いよって言ってるのに最近までずぅうううっと姫海棠様って呼んでたし。ほんっと人の言うこと聞かないよねえ」
「もみちゃんって呼ぶのはやめてくださいって何度も言いましたよね。お互い様です」
 そして烏天狗にして念写能力を活かした新聞記者を勤めるはたては、この種族には珍しく誰に対してもフランクな人物であった。それには彼女が天狗の中でも恵まれた生まれであることにも起因しているのだが、上司、部下問わず誰にもこのような軽いノリで話しかけてくれるはたては、烏天狗には頭が上がらない立場である白狼天狗内でも人気が高かった。
 無論、それは椛も例外ではない。
「とにかくぅ、アポだってもう取っちゃってるんだから行かないと失礼でしょ? 椛は約束を破るような子は好き?」
「……そういう言い方はずるいと思うのですが。もういいです。同行はしますがくれぐれも油断なさらぬようお願いします」
 門の前で茶番を始めてから十数分、ようやく話がまとまった。
 椛の尻尾が少しだけ垂れる。私はこうやってずっと気苦労を背負って生きるのだろうなあ。そんな未来をはたての無邪気な笑顔の先に見ていたのだ。
「はたてさん、ちなみにアポって何ですか?」
「……アポォ?」
 はたての林檎のように朱に染まった阿呆面を眺めて、椛は溜息をこぼすのだった。

 ◇

「くんくん……鳥と犬の匂いがするぞぉ。お昼ごはんかー?」

 玄関前で早速二人を窮地に誘おうとするこの人物は言わずもがな、邪仙の忠実なる死体、宮古芳香である。
 霊廟を守る必要もなくなった彼女の役割は、もっぱら青娥周りの警護か愛玩動物として可愛がられる事だ。
「……やっぱり帰りませんか?」
「はい十回目!! 大丈夫だよ、この子はいい子だから話せば分かるって青娥さん言ってたし」
 何故その情報ソースで大丈夫と言い張れるのか、椛には全く理解できない。
 昼にはまだ早いが芳香の満腹中枢は新たな燃料を求めている。今はまだ様子を伺っているが、隙を見せればすぐにでもかぶりついてくるだろう。
「こんにちはー!」
「おー? こんにちはぁー!」
 ジャーナリスト魂とでも言うのか、はたまた幼いだけか、そのような状況でも全く怯まないのがはたてなのだが。
 挨拶されたらちゃんと挨拶を返しなさい。そんな青娥の言いつけに、良くも悪くも芳香は忠実だった。
「青娥さんに取材したくて来ました! 中に入れてもらえませんか?」
「しゅざいー? 我々は……そんな話は聞いておらぬぞぉ。ちゃんと"あぽいんとめんと"は取ったのかぁ?」
 ちゃんと『アポ』を略さず言えている。死体以下の英語力である事が判明してしまった目上の天狗に、椛は容赦のない視線を浴びせる。
「はたてさん……約束したって言ってましたよね。どういうことですか?」
「おっかしいなあ。青娥さんが『いつでも遊びに来てちょうだいね』って言うから、『暇があったら行きますねー!』って言ったんだけどなあ」
 椛は愕然とした。
 いやまさか、いくら世間知らずのお嬢様なはたてでも、そんな社交辞令に社交辞令を重ねた言葉を元に人を訪ねるはずがない。そう信じたかった。
 しかしはたては不思議そうな顔で芳香を見るばかり。いくら願ったところで残念だがこれが現実なのだ。
 さてどうするか、どうせ怒るのだろうが十一回目を言うべきなのかと椛が考えていたその時だった。

──芳香……芳香……。

「むむっ! これはぁ……青娥の声だぞぅ!」
「えー? 何も聞こえないけど椛は?」
 椛も首を横に振った。芳香にしか聞こえない声が脳に直接流れているのだが、そのような事は二人に知る由もない。
 芳香は満面の笑みで、時たま相槌を打ちながら自分の世界に入り込んでいる。
「ふむぅ……お前たち、良かったなぁ。そういう事なので通ってよいぞぉ!」
 何やらご機嫌な顔で芳香はそう告げた。おそらく見張りの労いの言葉でもあったのだろう。
「いや、どういう事なのかさっぱり分かりませんが……」
 しかしマスコミというのは総じて自分に都合の良い発言しか捉えないもので、それははたても同じであった。
「ありがとうございまーす! さあ、行くよもみちゃん! 芳香さんもまたねー」
「おー! 今度会った時は味見させてほしいぞぉ」
 叶う事の無い欲望を背に、関門を突破したはたては浮き浮きとした足取りで突き進んでいくのだった。一方、椛の表情は重い。まだ何も始まっていないのに疲労困憊の様子だ。
「お前も……苦労してるのだなぁ」
 椛もまさか死体から同情されてしまうとは思っていなかった。
「天狗社会の方がこれの数倍は疲れますよ。こう見えてもそれなりに楽しんでいます。ご心配なく……」
「だろうなぁ。お前からは同類の匂いがしたものなぁ」
 彼女の言う同類とはすなわち、犬の事である。
 主人からちょっと酷い扱いを受けても、ちょっと甘い顔をされたら全力で尻尾を振ってしまう。芳香が感じたのはそういう匂いだ。
「もみじー! 早くおいでー! 迷子になっても知らないよー!?」
 流石に天狗と言うべきか、だだっ広い屋敷の奥の方まであっという間に入り込んでいるらしい。はたての声は既に遠く、石造りの廊下によく反響した。
「ほれ、忠犬。主が呼んでおるぞぉ。さっさと後を追うがよい」
 芳香がしっしと動物を追い払う動作で手を振った。
 言われなくとも、椛とて死体と二人きりは御免である。死体のくせにやけに芳しい彼女に一礼し、椛は嗅ぎ慣れたはたての匂いを追うのであった。

 ◇

「よく来てくれたわねぇ。あの言い方で本当に来たのは貴女達が初めてよ」
「えへへへ、今日はお仕事もなくて暇なので来ちゃいましたー!」
「私はこれが仕事です。本当にすみません。姫海棠様がとんだご迷惑を……」

 縁側に面した和室。上座から順に、霍青娥、姫海棠はたて、犬走椛。三人が座っているのは急な来訪に合わせて用意された、ちゃぶ台に座布団の簡素な応接セットだ。
「それにしても全く関わり合いなど無かったようにお見受けしますが、お二人は一体どこでお知り合いになられたのですか?」
「あら、犬走様ったら。はたてさんではなくて貴女が取材しちゃうのかしら」
「お、気になる? 気になっちゃうよねー? 教えてあげようかなぁ、どうしよっかなぁ?」
「……じゃあいいです」
 はたて一人でも椛はいっぱいいっぱいだというのに邪仙まで絡んできたら溜まったものではない。
「貴女って生真面目なのね。はたてさんの爪の垢でも煎じて飲むと良いんじゃないかしら」
 椛は口をつぐむが、特に隠すような事でもないからか、意外にも青娥の方からあっさりと白状してくれた。
「別に特別な事は無いですよ。人里の甘味処で同席になって、そこで意気投合しただけですから」
「そーそー。私の地道な取材努力が実を結んだってわけだね」
 任務を放ったらかして団子を貪る事が地道な努力と評されるのなら私の仕事は何なのだろう。椛はやるせなくなった。
 別に人見知りというわけではないが、椛は自分から他人に話しかけるような人物ではない。それに対してはたては怖いもの知らずだ。上司の大天狗であろうが鬼であろうが、『まあ死にはしないし大丈夫でしょ』でぶつかりに行ける。そんな性格はまさに記者に向いた性格であることは椛も認めている。
 だからこそ、椛としては複雑なのだ。私の眼ですら届かない所で、彼女は見ず知らずの相手に笑顔を振りまいているのか、と。
「あらあら。そんな怖い顔しなくても、取らないし取って食いもしないですって」
 椛の尻尾がぴんと立つ。図星を突かれた条件反射的なものだ。一段階熱の下がった頭で横を見れば、はたても椛の事を不安そうに眺めていたことに気付かされた。
「椛……そんなに疑ってると失礼だよ。本当に一緒にお菓子を食べただけだから、ね?」
「ち、違っ……」
 椛の頭に血が昇っていく。違うのだ。今、椛ははたての心配よりも個人的な感情で青娥を睨みつけていた。己の賤しい身分を弁えもしない不相応な想いから目の前の邪仙に敵愾心を抱き、そしてそれを本人に見透かされたのだ。
「た、大変な失礼を……ッ!」
「大丈夫、大丈夫だから。そんなに縮こまらないでいいからね。椛が私の事をとっても心配してくれてるのは分かってるし。ほら、青娥さんだって怒ってないよ」
 はたての言う通り、椛を映す青娥の瞳は穏やかだ。その笑顔は一見慈愛に満ちているようだが、それが本心からかどうかを知るのは本人のみである。
「ふふ……若いって良いわね。私にも貴女達みたいなフレッシュな時代があったものですよ」
「ええー、青娥さんめちゃくちゃ綺麗じゃないですか~。お肌なんか私よりピッチピチかも?」
 ピチピチという単語に今どきらしさは全く感じないが、受け取ったお世辞を噛みしめるように青娥は自らの頬を手の平で撫で回す。
「うふふ、不老不死を目指して努力してますもの。何といっても仙人ですから」
「憧れちゃうな~。うちの椛なんて美への意識がほんと低くて……お化粧もしないしお風呂も水浴びで済ませてばっかりなんですよ」
 急に身内から女子力の低さを暴露されて、椛は縮こまる。
「ちょっと、はたてさん。今は私の事などどうでもいいじゃないですか」
 椛は良く言えばストイック。悪く言えば洒落っ気が無い。元々が哨戒要因、つまり見張りで立ちっぱなしも珍しくはない椛に自分の美にかまけている余裕などなかった。彼女は所詮、下っ端の白狼天狗である。天狗の顔である烏天狗に比べれば容姿など下で構わないのだ。
 ただし、そうは言っても、椛だって女の子なのには違いないので言われて平気でというわけではない。
「うーん。犬走様って、私の見立てでは磨けば光ると思うのよねえ。体の方は無駄なお肉も無く締まってますし、そのちょっとぼさぼさの御髪もちゃんと整えればとても可愛らしいんじゃないかしら」
「あ、青娥さんもそう思いますー!? ほらー、やっぱり一度女の子らしくしてみようよ。私ももっと可愛い椛が見たいなあ」
「わ、私はそういうのは似合わないですから……!」
 ひたすら謙遜する椛であるが、そのような態度は勢い付いた女子には通用しないものだ。可愛い。可愛い。言われ慣れていない言葉を投げかけられ続け、椛の日に焼けた浅黒い顔が真っ赤に染まった。
(は、恥ずかしくて耐えられない……!)
 先程まではたてに帰ろう帰ろう言っていたのが一転、今度は椛が自分自身の心の平穏を守らんが為に帰りたくて堪らなくなっている。そんな彼女の祈りが届いたのか、椛の窮地を救う一条の光。それは誰もが予想だにしない場所から急に差し込んだ。

──ぐぅううう。

 先程も述べたが椛はストイックである。つまり、食べる量も必要最低限ということだ。
「あ……!」
 二人の間に気まずい空気が漂った。
「うん……ごめん、椛ってこのぐらいの時間はいつもお腹空かせてたよねぇ……」
 うつむく椛とそれを苦笑いで見るはたて。かわいいかわいい攻撃は止んだが、今度はかわいそうという視線に晒される。窮地は脱したがこれでは何の意味も無かった。
「あらあら、あらあら。ごめんなさいね私ったら。そろそろお昼の時間なのに何もお出ししていなくって。ちょっとそこで待っていてくださいな」
 いたたまれない空気をぶち壊せるのも邪仙の、あるいは年配の女性の力なのかもしれない。青娥はぱたぱたと足音を響かせ、何かを取りに部屋から出ていってしまった。
 嗚呼、どうして私がこんな目に。椛としてはその場で介錯してもらいたい気分だが、いくら邪仙のとはいえ他人の家で勝手に腹を切るなど言語道断と思い留まっていた。もっとも、そんな事をはたてが認めるはずもないのだが。
「うう、お恥ずかしい……」
「気にすることないよ。お腹が空いたら鳴るのは当たり前だもんね。実は私も結構ぺこぺこでさ~、椛がやらなかったら私のお腹の音が先に聞かれてたかもしれないし。だから、ありがと」
 椛には優しい嘘のフォローにしか聞こえなかったが、実際にはたてのお腹がきゅうと鳴った。
 野性味あふれる椛のそれとは比べ物にならない可愛らしい音で、こんなところでも女子力の差が出てしまう形であったが。
「……ね?」
 気恥ずかしそうに微笑むはたてに胸打たれ、椛は一層忠誠心を高めるのだった。

 ◇

「お待たせ~……じゃないわね。へいお待ちっ!」
 青娥が江戸っ子のような威勢の良いかけ声と共に戻ってくる。その手に抱えているのは平桶だ。布が被っていて中身が見えないが、しかしこの場に居るのはなんといってもイヌ科妖怪の椛である。その独特の匂いで何が入っているかはお見通しだ。
「それは……酢飯ですか」
「あら、正解で~す。流石は犬走様、嗅覚はキョンシー並みなのですね」
 それと並べられても……という表情を浮かべる椛だが、はたてが『うちの子は凄いでしょ』と言わんばかりに鼻をふんすと鳴らす。
「ですがそれだけですか? ちらし寿司の具のような匂いは感じませんね。いや、それとは別に何やら生臭い匂いがするのですが……」
 椛がくんくんと鼻をひくつかせる。はたてもそれに合わせて四方八方に顔を向けて匂いを拾おうとするが、椛ですら特定できない匂いが鴉に感じられるはずも無い。もっとも、匂いの発生元は邪仙の住処らしく地の底にあるのだから、感づけただけでも大したものなのだ。
 青娥はそんな優秀な白狼天狗を讃えるべく桶をどすんと畳に下ろし、怪訝な顔の椛に向けてわざとらしく柏手を打つ。
「素晴らしいわ。それではお腹を空かせたワンちゃんの為に、ご・開・帳~♪」
 時代がかったリズムで髪から抜き放つは、青娥ご自慢の穴空け鑿。畳のおよそ二畳分、ぐるりと丸くなぞればそこには大きな穴が開く。鬼が出るか蛇が出るか、はたして邪仙が呼び出したのは──。

「サブロウちゃ~ん」
『応ッ!』

 野太い大声と共に、穴の底に居た者が勢い良く飛び出した。
「うひぃ!?」
「ひゃい!?」
 はたてが横の椛の首に飛び付く。そして抱き付かれた椛の尻尾がぴんと天を突いた。はたして地下に待機していたのは白い割烹着に身を包んだ強面の大男であった。はたてが怯えるのも無理はなく、そして急に抱き付かれた椛も冷静さを失っている。
 さて、男の特徴はそれだけではない。板剣とも見紛うような巨大魚の尾ひれを右腕一本で背負って仁王立ちする姿は鬼神の如し。何ならば鬼に金棒の状態とでも言えようか。
 このようなサプライズの為にこの男は青娥に穴を開けてもらうのを待っていたのか。椛もいろいろと言いたいことはあるものの、はたての柔らかな髪が頬をくすぐる感触に意識を持っていかれてそれどころではない。
「と、いうことで。娘々自慢のキョンシーコレクションが一人、お料理キョンシーのサブロウちゃんですっ! そしてこちらは私の得意な死体防腐術の応用で、理想の熟成具合を半永久的に保つことに成功したマグロキョンシーのツナキチちゃんよ」
 何故食材になるであろう魚までキョンシーして命名までしてしまうのか。邪仙のやることに意味など考えてはいけない。
 そしてキョンシーなのも確実である。男の方はともかくマグロの(眉が無くても)眉間にまで札が貼ってあったのだから。
「あービックリした! 青娥さんってばこんなキョンシーも居たのなら先に言ってくださいよ~!」
「ダメよぉ。言っちゃったらサプライズにならないでしょ?」
 はたての頭が離れたものの、椛の心臓はまだ早鐘を打ちっぱなしだ。少々名残惜しさを感じつつ、お得意の千里眼で縁側の外を眺めて、意識をできる限りはたてから離そうと懸命に努力するのだった。
「さてと、酢飯があって、マグロがあって、料理人もいる。もう何が出てくるかはお分かりですね?」
「はい! 私達ってずっと山暮らしだから海の魚なんてほんと久しぶりで……今から楽しみでたまりません!」
「天狗が海に親しんでいたらおかしな話ですけどね」
 ともかく、はたての上々な反応に青娥はすっかり上機嫌である。
「さーて、それじゃあツナキチちゃんを捌いちゃうから今しばらくお待ち下さいな。あ、そうだわ! せっかくだしマグロ解体ショーも披露しちゃいましょう! 行くわよサブロウちゃん!」
『御意ッ!』
「あの、さっきマグロキョンシーって言いましたよね。本当にそんな物を食べるのですか……?」
 椛の言うことなど知らん顔。こうと決めたら返事も聞かず、邪仙は一つポンと手を打ちショーの準備に取り掛かる。
「とりあえず何かカウンターになる物が欲しいわねえ」
 さしもの邪仙も畳に直置きして魚を捌く類の非常識ではない。まあ、他人の家ならやったかもしれないがここは自宅なので。そんな我田引水な彼女が何か無いものかと部屋を見回して、目を付けたのは縁側に飾っていた枯れ木の盆栽であった。うんうんと頷いて、青娥は二人から少し離れた場所に鉢植えを設置して一つ咳払いする。
「えー、それでは。さあさあお立ち会い、こちらの何の変哲も無い盆栽がなんと、私がこうして手をかざしますだけで……!」
 青娥の掌から何やら妖しい煙のような物が吹き出したように見えた。するとどうだろうか、枯れ木は急速に生命を取り戻し、じわりじわりと上に向かって伸びだしたのだ。その変化ははたてが慌てて取り出したカメラも追いつけないほどだ。お次は盆栽の幹が腰ほどの高さまで到達すると、今度は楕円のとぐろを巻くように床と水平に曲がっていく。はたてと椛が呆気に取られている暇もなく、ぐるりぐるりと木の成長は止まらない。人ならば二人は寝られそうな程に大きく広がると、仕上げに四方の隅から地面に向かって枝が伸びる。それは即ち机と化した枯れ木のバランスの保つための物、脚であった。畳に対してしっかりと脚が這ったのを見届けると、青娥は誇らしげに二人に向かって笑顔を向けた。

「……とまあ、こんな具合で御座います」
「凄い、すごーい!」
 ぱちぱちぱち。はたてが無邪気に邪仙の奇術を褒め称えた。
「驚きました。失礼を承知で申しますが、青娥殿はまともに仙人らしい術も出来たのですね」
「椛、それすっごい失礼」
 それでも見直され、驚いてもらえた喜びの方が青娥にとっては勝るのだ。
「本番はこれからですよ。さあサブロウちゃん、ヤッちゃって!」
『うむッ!』
 サブロウちゃんがマグロを枯れ木のテーブルにそっと乗せた。腐っても板前であるので、鬼のような見た目に反して食材の扱いは繊細、丁寧そのものなのだ。
「このツナキチちゃん全然動かないけど大丈夫? 死んでるんじゃないですか?」
「当たり前です……」
「元々この子は大人しかったですから。マグロだけに……ふふっ」
 青娥は自分で言ったことにセルフで受けて、手を口に当てて震えだす。
「ねえ椛、今のってどういう意味?」
「知りません……」
 全く知らないわけでもないが知らなくていい。
 それはそれとして、まな板の上の鯉ならぬ鮪を前にして目をギラつかせているサブロウちゃん。おそらく生前も料理人だったのであろう彼だが闘気をみなぎらせて包丁を構える姿は歴戦の武士そのものである。青娥の力によるものなのかは定かでないが職業には不釣り合いな迫力と言える。
『……墳ッ!』
 サブロウちゃんの包丁が振り下ろされた。まずはヒレ。背ビレ、胸ビレ、腹ビレ、尾ビレと一つ一つテンポ良く切り落とされていく。いかにも力任せで真っ二つに切りかかりそうな見た目に反して手順通りの丁寧な解体方法である。次に頭、ここで使うのは包丁ではなく鋸だ。一生を泳ぎ続けるパワフルなマグロの土台である脊椎骨、当然その大きさも硬さも並大抵な物ではないがサブロウちゃんの鋸刃は全く止まらない。押し、引き、押し、引き。刃がマグロの身を往復するたびにその体液が飛散する。
「きゃー! ツナキチちゃんがー! なんか汁が出てるよ汁がー!!」
 飛び散るツナキチちゃんの体液にはたての興奮も絶頂である。椛は椛でサブロウちゃんの刃の冴えへの対抗心に加えて身肉と血の臭いで疼きが収まらない。青娥の白い一張羅にも無視できない量の血がかかっているのだが、笑顔をキープしているのは流石邪仙と言ったところか。
 いよいよ胴体だ。サブロウちゃんは鮪包丁に持ち替えてそれを振りかぶると、その背を横一文字に一息で切り裂いた。刃が骨に一度も引っ掛かることなく通り抜ける腕の冴え。あるいは冥界の庭師にも匹敵するかもしれない、そう思わせるほどの恐ろしく速い包丁であった。
「相変わらず見事な仕事よね~。流石は私のサブロウちゃん!」
『光栄……』
 青娥の自画自賛を含んだ労いの言葉を受けつつ、サブロウちゃんはマグロの半身をサクに分け続ける。薩摩武士の如き一刀両断の大技も見事なものであったが、料理人としての包丁捌きも超人染みた速さと正確性だ。
「まあ、この程度なら私にだって出来ますけど……」
「もみちゃん、張り合わない!」
 実際負け惜しみである。椛はなかなか立派な剣と盾を所持しているが、彼女のスペルカードを知っている者ならばその腕はある程度察せるのではないだろうか。
 それはともかく、ショーの間に酢飯はいい塩梅に冷め、青娥がいつの間にやら取り出していた皿に醤油や山葵やら、そしてサブロウちゃんがトロに赤身とそれぞれ切り揃えて準備は完了だ。いよいよ青娥寿司の開店である。

 ◇

「おいしーい! 身はしっかりしてるのにさっくりと噛み切れる絶妙な歯ごたえ! 生臭みなんか全く無くて清涼な香りが鼻を抜けていくし、噛めば噛むほどマグロの赤身の濃厚なうま味がじんわりと口の中に広がっていって、それが酢飯の柔らかな甘味と合わさって口の中が天国だよ~!」
「……はたてさん、意外と食レポがお上手なのですねぇ。ちょっとだけ見くびっていましたわ」
「甘く見てはいけませんよ青娥殿。普段の振る舞いからは想像できないかもしれませんがはたてさんは教養豊かな方なのです。記者をやっているのは伊達ではありません」
 9貫目の大トロを口の中に放り込みながら椛が補足する。キョンシーの大男が握る寿司を、見た目だけはうら若き少女たちが仲良く並んでつまむ光景。新聞記者でなくともスマホを持った女子高生などが面白がってシャッターを切っていることだろう。
「……あ! いっけない、お仕事お仕事……!」
 中トロに意識を持っていかれていたはたてがガラケーを取り出し、犬特有のハッハッという吐息と共に10貫目を頬張る椛の横顔にパシャパシャとフラッシュを浴びせた。
「ちょ、ちょっとはたてさん、撮るなら前もって言ってくださいよ! たぶん今の私って凄くはしたない顔してましたよね!?」
「えー、とっても可愛い顔してたし撮らないのは勿体無さすぎるって。 青娥さんもそう思いますよね?」
「そうねえ、うちの芳香ちゃんも大好物を出した時はこんな感じだわ」
 味の表現のことは分からないがとにかく美味い。飢えた野犬をあっという間に駄犬へ変貌させる、彼女らが口にする寿司にはそれだけの力があった。
「それにしても本当に美味しいなあ。握り加減もまた絶妙で、口に入れた途端にほろりとばらける最高の腕前だよ。ねえ青娥さん、いったいサブロウちゃんは何者なんですか? キョンシーで操れるレベルとは到底思えないです!」
 青娥は過去を振り返りたがらない。なのでしばらく無言で考え込んだ。
「うーん……まあ教えてあげてもいいか。このサブロウちゃんはね、元は東北のドラゴンって呼ばれていた伝説の料理人なの。そんな彼だけど、不幸にも寿司職人コンクールの大会中に電車の事故で死んでしまったのよ」
「はー……それはお気の毒ですねー……」
 ガラケーをポチポチと録音操作しながら話を聞く。はたてとしては後からでも確認できるようにと至って真面目なのだが、話し手側としてはケータイのついでで聞かれているようであまりウケは良くない。幸いにして青娥は感性まで古い人間では無いので気を損ねたりはしなかったが。
「……で、彼からはまだ料理をしたいっていう無念が漂っていたからその欲に私が惹きつけられたわけね。それでスカウトしてきて今に至るというわけよ。この通り身体の方も超人染みているから護衛とか力仕事もばっちりで本当に助かっているわ」
『感謝……』
 サブロウちゃんは険しい顔で寿司を握り続ける。不機嫌というわけではなく
「それで、腕を買って幻想郷の外から連れてきてしまったと? 死体とはいえ騒ぎにならないのですか?」
「私にかかれば死体の複製ぐらいは容易いことでして。後々の為に余計な面倒を起こさない術ぐらいは心得ておりますよ。なんたって、地獄のお尋ね者ですから」
「そうだったかなあ。青娥さんって何かと変な事件で新聞に載ってないですか? 文の新聞ではサンタさんの格好で泥棒してたって書いてたよ」
 青娥はころころと微笑む。笑顔を絶やさないのも邪仙流の処世術の一つだ。
「あれはもちろん深謀遠慮あっての振る舞いでございますよ。あ、サブロウちゃん、中落ちいただけるかしら」
「そうは思えませんね。その場限りの快楽主義者というのが貴女のもっぱらの評判ですが。さて、サブロウ殿、また大トロをお願い致します」
 先に椛の注文を素早く片付け、サブロウちゃんは匙でマグロの骨から身をこそげ取りだした。その様子を青娥は不思議な鼻歌を口ずさみながら眺めている。どうやら椛の指摘は聞き流すつもりのようだ。
「でもさあ、青娥さんのキョンシーといえば脳だけ腐らせているんだったよね? そのうちお寿司も握れなくなったりしない?」
 箸休めのガリをつまみながらはたてが問うと、無我夢中で貪った大トロの味に恍惚の表情を浮かべていた椛も我に返った。考えてみればこれは邪仙の操る死体の握った寿司だ。もしや毒が回ったりしないかと今更不安になっていたが時既に遅し。青娥はそんな顔から胸中を読んだのか、弄ぶような眼差しを椛に向けた。
「心配しなくても毒なんか盛らないわよぉ。サブロウちゃんの手はお酢で消毒してるし、ツナキチちゃんの防腐だってお寿司らしくお酢を用いているから食べても無害なの。何より私は貴女たちを殺したいなんて、断じて思っておりません。思われるのもごもっともですが心外ですわ」
 心の中を見透かされて椛は言葉に詰まる。戦慄と共に、既に十数貫以上をがっついておきながら今更疑いを持った罪悪感もあった。
 申し訳ないやら恥ずかしいやら、百面相を浮かべる椛。そんな彼女の背をぽんぽんと叩いて励ましつつ、はたては話の軌道を修正すべく続きを促した。
「ごめんね青娥さん。椛は真面目に私のことを心配してくれただけだから。えーとそれで、サブロウちゃんも腐っちゃったら職人技に影響出たりしないのって話ですね」
「その前に一つ、腐敗と発酵……この違いがわかるでしょうか」
 鉄火巻をつまみつつはたてが答えた。
「えっと、実は紙一重の差でほとんど同じことなんだよね。私達に都合が悪いことは腐敗って言うけど、良いなら発酵ってだけだったような?」
 青娥はにっこりと頷く。
「その通りね。さらに言うなら狙ってさせる発酵には意図的に酵素を加えたりもしますわ。大豆を藁に包んで納豆を作ったり、巫女の口咬み酒なんかも唾液の酵素を利用したものですね。もっとも、神社ではそれを神の御技として捉えていますが……あらごめんなさいね、食べながらで聞いていいわよ」
 青娥はご注文のネギトロを箸でつまんだ。それに合わせて椛も一貫を手に取る。
「博麗の巫女の力には道教の要素も入ってるそうですが、その教義を少し否定してはいませんか?」
「森羅万象の真理を追い求めるのが道教ですから、学問から得られた事実は直視しませんと。昔から科学と宗教というのは相容れないものですしね。地動説しかり、進化論しかり」
 思えば仙人という神秘の存在でありながら青娥の術は妙に生々しい。死体を用いているのだからある意味当然であるのだが。
「えーと……それでサブロウちゃんはどうなのって話だよね」
 はたてもネギトロを箸で口に持っていく。骨回りの凝縮されたうま味が舌の上で拡がって蕩けるようだ。
「そうね、つまりはサブロウちゃんも彼の持ち味に特化した脳へと発酵するように狙って腐らせているわ。つまり料理のことだけの脳へと」
 椛はお茶をすすった。濁った緑色から想像できる風味同様の表情を露骨に浮かべながら。
「あまり聞いていて気分の良い話ではありませんね。現状でこれほどの寿司が握れる男です。わざわざ放置して腐らせる意味は?」
「だから食べながら聞いてと言ったの。意味と聞かれたら余計な機能なんかいらないから、それだけの話。例えばはたてさん、貴女のガラケーにいろいろ付いてる機能、全部使ってるかしら?」
 はたては携帯電話を開いて画面を眺めた。
「あー……トリセツは貰っていたけど読む気にならなくて全然だなあ」
「でしょう? 私だって死体一つにそこまで多くのことを求めちゃいないのよ。お札に込める命令文を考えるのもそれだけ面倒になりますし」
 青娥もお茶を一口すすり、マグロのサクの減り具合を確認する。
「よく食べるわねえ犬走様。気に入っていただけたようで何よりですわ」
「すみません、つい本能で……。それと、恥のついでですが私のことなど様付けしなくて椛と呼んでいただいて構いません。はたてさんより偉いみたいで落ち着かないのです」
「あらいけない、私ったら逆に失礼を働いてしまいましたのね。でははたてさんと同じ、椛さんね」
 はたては口を押さえてそっぽを向いた。かつて自分が椛に言ったことと全く同じなのが面白かったらしい。
「良かったねえ、犬走様~?」
「茶化さないでください……それより口の右下、米粒が付いてます」
「え? やだもう、早く言ってよ椛ったら~」
 口の周りをさすりさすり、はたてはお目当ての一粒を探り当てた。

 ところが一体何を思ったのか、はたては人差し指の先っぽに付けたその米粒を椛の口に押し込んだのだ。
 
「な、な、な……!?」
 何でそんなはしたないことをするんですか。そう言いたかったが椛には最初の『な』しか絞り出せなかった。
「んー……餌付け? それともマーキング?」
 意味が分からない。いや言葉の意味は分かるが意味が分からない。
 はたての柔らかい指の感触がまだ唇に残っている。さっきまで寿司が次々と放り込まれていた口がたった一つの米粒を飲み込むことができないなんて。
 百面相を浮かべる椛に楽しげなはたて、そんな二人を見て青娥は自分の腹を撫でまわすのだった。
「はいはいご馳走様ね。見てるだけでお腹いっぱいだわよ。もうお寿司は結構かしら」
「はーい、とっても美味しかったです! ご馳走様でした~!」
「ご、ご、ご……」
 椛はまだ飲み込めていない。
「満足いただけたようで何よりですわ。ほら見て、ツナキチちゃんも美味しいって言ってくれたから喜んでる!」
 ツナキチちゃんは死んだ魚の目でこちらを見ている。
「ツナキチちゃんもありがとうね。あなたの体、とっても美味しかった!」
 ツナキチちゃんは死んだ魚の目で嬉しそうにこちらを見ている。
 そんなものを直視してしまっては流石に気持ちも冷え、椛がようやくこちらに戻ってきた。
「……あ、あの、今更ですがタダでご馳走になってしまって良かったのですか。小耳に挟んだ話ではここまで大きく育ったマグロは札束を積まないと買えないとか……」
「おやおや、椛さんが払ってくれるのかしら? そんなにお給料を貰っているのかなぁ?」
「あ、使うと思ってなかったから今日は私お財布持ってないよ。椛が代わりに払ってくれる?」
 払えるはずがない。椛ら哨戒の白狼天狗は言わずもがなの安月給。というよりか、最低限の食事が配給される程度で基本は自給自足で何とかしろと言われる始末なのだ。
 思えば今日は自分から余計なことを言って墓穴を掘ってばかり。椛の過剰な心配が全て裏目に出てしまった形だ。
 ぷつん。
 糸が切れる。不意に椛は自分の目頭が熱くなるのを感じた。
「わー! 泣かない! もみちゃん泣いちゃダメ!! 私たちが悪かったから、涙はNGだよ!」
「そうよぉ、客人には飽食をもっておもてなしするのが中国人の礼儀と誇りですからお代なんていただくわけがないわ」
「す、すみません……何だか急に自分が嫌になってしまって……」

──トン。

 椛の前に湯呑が差し出された。同じ緑色の液体でも今までのお茶とは違う、それは先程まで飲んでいたアガリとは全く異なる香りが物語っている。
『飲むと良い……』
 次いではたてと青娥にも同じものが出された。
 言われるがままに一口すすると甘い風味が椛の口に広がる。温度も熱すぎずぬるすぎず、完璧と言える淹れ方だった。
「美味しい……これは玉露だね。良いお茶だよ」
 飲んですぐに名前が出せるはたてには流石と言うべきであろう。
 通常はこのような強いお茶は寿司の味を阻害してしまうので出さないが、サブロウちゃんは良い笑顔で食べてくれていたお客の為に用意していたのだ。
「サブロウちゃん、本当に気が利く子だわ。いいこ、いいこ」
 青娥がサブロウちゃんの坊主頭を撫で回した。青い仙女に甘やかされて鬼のような強面男の顔がほんのりと赤くなる、非常に珍妙な光景だ。はたてはお茶を戻しそうになるのを堪えながらシャッターを切った。
「そうね、最後にもう一つだけ面白いものを見せてあげましょうか。頭だけになってしまったツナキチちゃんをこうしてね……」
 縁側まで下りた青娥は上向きでマグロのお頭を地面に置くと、左手を眉間の御札に当てた。

──入魔「ゾウフォルゥモォ」──

 青娥の呪が込められたツナキチちゃんの眼が赤く充血する。その頭がぶるぶると小刻みに震えたかと思うと、なんと、ツナキチちゃんの胴体が頭の下の地面から一気に飛び出してきたのだ。それはまるで一本釣りで釣り上げられたカツオの如く。
「ツ、ツナキチちゃんが帰ってきたー!?」
「い、今まで食べてきたマグロの身は……!?」
 椛が振り返るが先程まで食べていた方のツナキチちゃんの身はまだ確かにテーブルの上にある。青娥は紛れもなくマグロの身を完全に再生させたのだ。
「……ふんっ!!」
 青娥が両腕で落下してきたツナキチちゃんを受け止めた。たとえ邪でも仙人である。数百キロは下らないマグロの重さに全く負けていない。
「ね? こうやって再生させるからお金なんかいらないの、分かったでしょ?」
「すごいすごーい! 青娥さんが居れば世界の食料問題が解決するんじゃない!?」
「それは流石に無理よぉ。この技を使うととってもお腹が空いちゃうの。再生させた分だけ食べないとやってられないわ」
 ツナキチちゃんを特製の氷の詰まった棺桶(またの名をクーラーボックス)に寝かせると、青娥は再びテーブルの前に座った。
「……えっと、じゃあ今の青娥さんってあり得ないぐらいお腹ぺこぺこだったりする?」
「イエスよ。そういう訳だから私はちょっとまた食べてるわね」
『うむ……』
 終わったと思ったから玉露を出したというのに。サブロウちゃんの気遣いは少しだけ無駄になったが、このおかげで彼も高価なマグロの料理研究を気兼ねなく出来るわけなので文句など言えない。
 心配したり、恥ずかしかったり、マグロは美味しかったり、驚いたり。今日のたった数時間だけで感情が右往左往しすぎたせいで、椛からはこれ以上頑張ろうという意気込みがすっかりと抜けてしまっていた。
「……申し訳有りません、はたてさんに何かあっては一大事と気を張りすぎていました」
「ちょっと頑張りすぎちゃったねー。椛はもっと肩の力抜いていっても良いんだよ」
 青娥にならってはたても椛の頭を撫で回す。青娥はくすくすと笑みを浮かべた。

「嘘おっしゃい。はたてさんとのデートでいつもは抑えていた心のタガが外れちゃってたのでしょう? 欲がダダ漏れすぎてこっちは笑いを堪えるのに必死だったわよぉ」

 椛の顔がマグロの身のように朱に染まる。
「ほほー……あんだけ帰ろう帰ろう言ってたのにねえ。あー! もみちゃんは可愛いなあ!!」
 手だけで撫で回していたはたてが全身を抱きしめて撫で回しだすと、ついに椛の最後の錠が外れてしまった。
 今までこれだけは動かすまいと必死に力を入れていた尻尾が盛大にブンブンと横に揺れるのであった。
「まったく、甘ったるすぎて犬も食えたもんじゃありませんわ。もう帰って二人だけで仲良くおやりなさい」
 青娥は甘いお茶を一気に飲み干すと、手の平でパタパタと自分を仰ぐポーズを取った。
 甘い物と寿司は合わない。いただくなら酢の後味が消えてから。今の青娥が欲しているのは三つ、炭水化物とたんぱく質と脂質だ。旧ツナキチちゃんの身肉はまだ半分以上残っているが、彼女は全てを食べ尽くす気なのだろうか。
「青娥さん、今日はありがとうございました! 私も頑張って良い記事書きますね!」
「ご馳走様でした……」
 二人は揃って深々と頭を下げた。
「次はアポを取ってから来てちょうだいね。身を捧げるお魚さんのレパートリーを増やしておくから」
 いつかキョンシー水族館を開くのも良いかもしれない、魚が死ぬ心配も無いし。青娥はそんな腹案を温めながら二人に手を振った。
 彼女の計画には一つ大きな見落としがある。死んだ魚を見たければ魚市に行けば良いのだ。

 ◇

「面白かったねー! それにこんなごちそうまでされるとは思ってなかったし」
 帰り道、神秘的な燐光に照らされる洞穴を二人は行く。この道は妖怪の山を流れる大瀑布の裏側に通じているのだ。
「何というか、本当に昼食をいただいただけでしたね。あの体験は記事にはできるかもしれませんが、あまりはたてさんらしい記事にはならないかも……」
 はたての記事は本人のお気楽な雰囲気とは異なり真面目な物だ。必要以上の誇張や悪意に満ちた表現などは無く、身内だから良いところを紹介すべきだと白狼天狗に話を聞きにいったこともある。だからこそはたては好かれているのだ。
「そんなこと無いよ。青娥さんがとっても大事なこと言ってたの分からなかった? 腐敗と発酵の話のところ」
「はて、それならはたてさんも知っていることだったではないですか。わざわざ記事にするまでもない」
「違う違う、同じ腐るでも良いと悪いがあるってことだよ! キョンシーの術だって、青娥さんは私達にご馳走するために使ってたでしょ? どんな物でも技術でも使い方次第、あの人はそれを教えてくれていたんだと思うよ」
 椛はしばし無言で考え込んだ。言うべきか否か、あの邪仙は絶対にそこまで深く考えてはいないと。しかしはたてはそのように何でも前向きに捉えてくれるところこそが魅力なのである。死体が目の前で動く様を見せられても変わらない彼女の思考回路に水を差すべきではない、そう思うことにした。
「そういえば次はネタを増やしておくって言ってたよね。また椛と一緒にお食事しに行きたいなー」
「いいえ、私は遠慮しておきます。あそこに行くと私の守りたかった諸々が崩壊しそうになりますので……」
「何言ってるのさ、元々守るようなものでもないのになあ」
「私には重要なのです。私のような位の低い妖怪は理性を保っていなければただの獣と変わりません。それでは組織というものは成り立たないのですから」
 はたては思わず吹き出しそうになった。あれだけ醜態を晒しておいて何を今更である。
「へへーん、いいもんねー。椛がお寿司に夢中になってた写真、一面に使っちゃうから」
「か、勘弁してくださいよぅ。こんなことなら本当に全力で引き止めるべきでしたよ」
 まだそんなことを言うのかと、はたては強情っぱりなワンちゃんにトドメを刺すべく身を斜めに曲げて椛の面前に顔を出した。

「……あのさ、椛だったら絶対に止めるだろうなぁっていうのが分かってるのに、何で私は青娥さんのお宅に行くって教えたと思います?」

 椛の尻尾が一度大きく横に振れた。
「……あ……ぅ」
「次に会う時までに、よーく考えておいてね!」
 椛はそれから解散まではたての顔を見ることが出来なかった。
 椛は見張り失格である。はたての赤面という超重大な事項を見落としてしまったのだから。

 ◇

──その後。

「青娥ァ!!」
 神霊廟に雷落ちる。
 落としたのは怨霊、蘇我屠自古、そして落とされたのはもちろん霍青娥。
「あら屠自古さん、そんなに怒っては可愛い顔が台無しですよ?」
「そんなことはどうでもいいわ! お前に会わせろ、寿司を食わせろって大勢詰めかけてきてんだよ。山の仙人とか冥界の亡霊とか博麗の巫女までな! この記事のせいで!!」
 破れんばかりの勢いで目の前に新聞が広げられた。青娥は屠自古の剣幕など意にも介さず、その内容を見てくすりと微笑むのだった。

「良い表情してるじゃない」

 そこには満面の笑みで寿司を頬張る椛と、それを温かい目で見守る青娥とキョンシーの写真が掲載されていた。

おまけ

~ 板前キョンシーのサブロウちゃん ~
 元ネタは漫画『将太の寿司』に登場する料理人、大年寺三郎太。料理の腕以上に身体能力の方で出るところ間違えてるんじゃないかと言われるほどの超人で、マグロの一刀両断も本当にやっている。
 なお、こちらのサブロウちゃんは電車で死んだと言われていたが、あっちの三郎太は電車に轢かれても五体満足で生きているしその後の試合にも勝っている。その完璧超人っぷりはぜひとも漫画の方を見てもらいたい。
 余談であるが大年寺三郎太を電車に突き落とした女は、そんな外道行為を涼しい顔でやってのけたサイコパスなので彼女もたぶん邪仙か何かだと思う。

~ マグロキョンシーのツナキチちゃん ~
 インド洋の出身なので名前には若干不満の様子。今回は麻酔で動けなかったが普段は泳ぐように空を飛んで移動できる。
 一生を海で泳ぎ続けなければならないマグロライフに嫌気が差していたので現在の海の上の生活は楽しいらしいが、代わりに油断すると仲間のキョンシーにかじられそうになるのがもっぱらの悩み。
 最近は可愛い女の子が自分の身肉を食べるのを見ると少し興奮を覚えるようになってきたとか。
石転
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100名前が無い程度の能力削除
はたてと椛のやり取りが可愛いですね。登場人物のキャラが立っていて面白かったです。
4.60名前が無い程度の能力削除
ときにははたもみもいいですね
最後のはたての一言……お前、本当にはたてなのか……?
5.100終身削除
文は意識的にこういうことやりそうだけどはたては何も考えずに押しかける分タチが悪そうですね…急な訪問も完璧にもてなして見せる邪仙一行もすごい サブロウは無口だけど良いキョンシーそうでかっこよかったです